稲妻の双雷   作:八魔刀

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第15話 宵宮

 

 

 その日、空とパイモンは鳴神島を訪れていた。

 稲妻で大きくはないがそこまで小さくない祭りがあると聞き、その祭りに参加しようと思い足を運んだのだ。

 

 祭りは昼間からやってはいるが一番賑わうのは夜であり、それまで何かして時間を潰そうと考え、城下町へと顔を覗かせた。

 今日が祭りだからか町中は妙に賑わっている。空とパイモンは稲妻の知り合いにでも会わないかなと期待して、町中を歩き回る。

 

「父ちゃん! はよ準備終わらしや!」

「あ! 宵宮だ!」

 

 活気の良い少女の声が聞こえたパイモンは、その声の持ち主が知り合いの花火職人である宵宮だと気が付く。パイモンが宵宮にすっ飛んでいくと、宵宮もパイモンに気が付く。

 

「宵宮ー!」

「パイモン! 旅人も! 久しぶりやな!」

「こんにちは、宵宮」

 

 空と宵宮は空が稲妻に来たばかりの頃からの知り合いだ。色々とあったが、そのお陰で友情を育むことができた。

 

 仲の良い友人ではあるのだが、実は空は彼女に対して少し困るがあった。

 

 それは彼女の服装である。丈の短い着物は見慣れてはいるが、問題は彼女の胸元である。着物の左側だけを完全に開けさせ、それなりに大きなそれを晒で隠している。

 そう、晒なのだ。つまりそれは下着に等しいものであり、健全な男である空にとって宵宮の格好は少々刺激的なのだ。

 加えて言えば宵宮には天真爛漫な所があり、結構親しげに接してくる為、ふとすぐ隣に立たれると邪念を振り払うのに空は意識を集中させることになる。

 

「何で稲妻におるんや? あ、もしかして祭りに参加しに来たんか?」

「そうだぞ! 美味しい物を食べに来たんだぞ!」

「そうかいな! なら、うちの花火も見てってや!」

「花火! また凄いのが見れるのか!?」

「あったりまえや! 今回の花火もうちと父ちゃんの自信作やで!」

 

 稲妻の花火はそれはもう壮大で綺麗な物だ。一度見たら決して忘れられない素晴らしい思い出になる。璃月でも見る花火も、宵宮がその大半を手懸けた物である。

 

「また宵宮の花火を見られるのはラッキーだ」

「ラッキーじゃすまされへんぐらいに凄いの見せたるさかい、楽しみにしとき!」

「宵宮、オイラたち祭りの時間まで暇なんだけど、何か手伝うことはないか?」

「え? うーん……もううちの準備は終わっとるし、父ちゃんの仕事も殆ど片付いとる。後やることって言うても……あ、せや!」

 

 宵宮はパンッと手を叩き、ピカッと目を光らせた。

 

「お! 何かあるのか?」

「仕事やないんやけど、今日の『お詣り』がまだやってん。この前はもうやった後やったから行かんかったけど、せっかくやから一緒に行かへん?」

「『お詣り』……? えぃ――雷電将軍に会いに行くのか?」

 

 稲妻でお詣りと言えば、それは基本的に雷神である雷電将軍に関わってくるはずだ。海祇島では別の神であるオロバシを信仰してはいるが、宵宮が信仰するとしたら雷電将軍のことだろう。

 

 だが予想に反して宵宮は首を横に振る。

 

「ちゃうちゃう、うちがお詣りするのは焔の神様や。聞いたことあらへん? 『御建火産霊主尊(みたけほむすびぬしのみこと)様』って」

「みたけほむすび……? 何だそれ?」

「むかーし昔におった火の神様や。御建鳴神主尊様ととーっても縁の深い神様で、うちら花火職人や鍛冶職人にとっても縁深い神様なんや」

 

 稲妻にそんな神様がいたとは初耳である――と思った空とパイモンだったが、すぐにある存在に辿り着いた。今も尚、鳴神大社に住んでいるであろうあの意気地無しの元魔神である。

 確か八重神子の話では赤雷の将と名乗る前は赤雷の魔神と呼ばれており、その前は焔の魔神と呼ばれていたと。それ以上詳しくは聞いていないが、雷電将軍と縁深い火の神様と言われたら、彼しか思い浮かばなかった。

 

「花火を作る前や花火を披露する前には必ずお詣りして成功を祈っとるんや。稲妻で活躍した英雄様に拝んでもらえたら、神様も機嫌良くしてくれるかもしれん」

 

 空とパイモンは顔を見合わせる。

 

 ――あのだらしない無精髭を生やした意気地無しの元神様が?

 

 二人の焔硝に対する評価は変わらない。正直、神様の正体を知っている二人からすれば、お詣りする気は失せるというもの。

 

 しかし、宵宮の満面な笑みを見ればそんな事は口が裂けても言えない。

 二人は宵宮に付いていって御建火産霊主尊様にご挨拶しに行くことになった。

 

 三人が向かった場所は鳴神島の東側であり、以前、神里屋敷から見えた黒い島が一望できる場所だった。黒い島からは相も変わらず黒い煙が立ち籠めており、見ているだけで体温が上がっていくような錯覚を味わう。

 

 宵宮はポツンと建てられている小さな祠へと近寄り、花火に使う火薬と御神酒を備えて手を合わせる。空とパイモンも宵宮に習って手を合わせて花火の成功を祈った。

 

「――さて! ありがとうな、二人とも。一緒に祈ってくれて。これで絶対に花火は失敗せえへん!」

「おう! オイラたちが祈れば絶対に失敗しないぞ! なんたってオイラたちはえんしょぅ――」

「パイモン」

「――しょう……将軍様と友達だからな!」

 

 パイモンは口が滑りそうになったのを何とか誤魔化す。

 

 焔硝は神様であることを隠していると聞いた。神である資格を失ったとか、恥じているとか言っていたが、本人が隠しているのだから部外者である自分らが漏らす訳にはいかない。

 

 それに焔硝のことを教えたとしても、到底信じてもらえないだろうし、変な混乱を招いてしまうかもしれない。

 

 しかし、同時にこれは焔硝のことを知るチャンスかもしれないと空は考えた。

 これは好奇心である。旅人、冒険者として神様のことを知るのは性分である。

 

「どうしてあの島は黒いの? まるで燃えた跡みたい」

「うーん、うちもそう詳しくないんやけど。なんや昔、彼処で御建火産霊主尊様が悪い悪い神様と戦ったらしいで。えっと名前は『ベリアシノミコト』やったかいな? 外国風に言うなら『ベリアル』って言うとったかな?」

 

 聞いたことが無い魔神の名前だ。なら大昔の稲妻には魔神が五人いたってことになるのかと、空は戦慄する。璃月にも嘗て多くの魔神がいたと聞くが、稲妻も稲妻で混沌としていたのだろうか。しかし五人の内三人は仲が良かったはずだし、璃月よりは平和だったのかもしれない。

 

「大昔はあの島にも沢山の人が住んどったらしいけど、神様同士の戦いで島が永遠に燃え続けるようになってもうたって」

「永遠にって……あれ燃えているのか!?」

「らしいで。ただ近寄ったら燃えてまうから誰もあの島に行かれへんねん。一説じゃ、あの島に御建火産霊主尊様が眠っとって、ベリアシノミコトを封じとるって話や」

 

 ――いえ、鳴神大社でお酒飲んでます。

 

「どんな神様なんやろうな? 男神って話やし、雷電将軍がえらい別嬪さんやからきっと男前なんやろうなぁ」

 

 ――いえ、だらしない無精髭の飲んだくれでした。

 

 何て、空とパイモンは口が裂けても言えなかった。

 

 どうやら宵宮は焔硝に対して幻想を抱いているようだった。宵宮も年頃の乙女、幻想を、夢を抱くのは仕方が無いこと。

 

 空とパイモンは口にせずとも誓った。絶対に宵宮には焔硝のことを知られないように気を付けようと。

 

 その時だ――空の視界の端で赤い生き物が映った。それを見た瞬間、空は剣を取り出して宵宮を背中に回した。

 

「な、何や!?」

「あ、あれは獣域ハウンド!? 何でこんな所に!?」

「宵宮、下がってて!」

 

 獣域ハウンドはこの前倒しきったはずだ。それに彼等が纏っているのは炎元素だ。炎元素を扱うハウンドなんて初めてだ。

 

 空は殺気立って近付いてくるハウンドから宵宮を守るべく剣を構える。

 

「パイモン! 宵宮を連れて逃げて!」

「何言ってんだ! オイラがお前を置いて逃げる訳ないだろ!」

「せや! うちだって戦う!」

 

 宵宮は弓を取り出し、矢をハウンドへと向ける。

 

 ゾロゾロと集まってきたハウンドが唸り声を上げながら三人に躙り寄り、咆哮と同時に飛び掛かったその時――。

 

「――焔の雷よ!」

 

 何処からともなく聞こえてきた声と共に赤い雷がハウンドらを襲い、全てを燃やし尽くした。

 

 瞬く間にハウンドは殲滅され、空はホッと息を吐いて剣を収めた。

 パイモンと宵宮は驚いて目をパチパチさせているが、空はこれを仕出かした人物に心当たりがあった。

 

 その予想通り、上等な赤黒の羽織を羽織った黒髪の男が現れた。

 

「よっ、空にパイモン」

「え、焔硝!?」

 

 黒髪を項で結び、赤い瞳を持つその男は焔硝だった。以前と違って髭は綺麗に剃られ、憑き物が取れたように顔色も良くなっていて、服装が違っていたら分からなかったかもしれない。

 

 ――何だよ、もの凄く顔立ち良いじゃん。最初の印象じゃ、もっと老けてるのかと思ってた。

 

 空は本来の焔硝の顔を見て、評価を改めた。もうだらしなくもないし、宵宮の想像通り男前だ。これなら宵宮の夢を壊さないで済むだろう。

 

「何で焔硝がこんな所にいるんだよ!?」

「いや何でって……稲妻に住んでる訳だし」

「そういう意味じゃない!」

「まぁ、いいじゃないか。それより怪我は無かったか? そちらのお嬢さんも」

「は、はい……。いや、そやなくて! 助けてくれてありがとうございます!」

 

 宵宮は呆けた表情から慌てて頭を下げてお礼を言った。

 焔硝は「気にするな」と手を振り、今度は焔硝から空とパイモンに尋ねる。

 

「お前らこそ、此処で何をしてたんだ?」

「えっと、オイラたちは宵宮と一緒にみたけ……御建……ほむ……火産……」

「……あぁ、御建火産霊主尊か。まったく……忘れてくれても良いのに」

 

 最後の言葉は宵宮には聞こえなかったが、空の耳には入った。

 やはり宵宮が言う火の神様は焔硝のことだったようだ。

 

「そう言えば今日は祭りだな。稲妻屈指の花火職人の花火が見られるとか。もしかして、そちらのお嬢さんが?」

「せや! うちの自信作や! 稲妻屈指って、お兄さん上手いこと言うやないの! お兄さんも花火楽しみにしてくれとるん?」

「ああ、えぃ――んんっ、知人と三人で見る約束をしてる。楽しみにしてるよ」

 

 空とパイモンは宵宮に気付かれないよう、顔を寄せて小声で話す。

 

「何か焔硝の印象違って見えないか?」

「うん、何か気さく……影と仲直りしたお陰なのかな?」

 

 二人は以前の焔硝とは違う様子に戸惑いを覚えるが、こっちの方が印象良くていいやと結論付けた。

 

「って、焔硝! さっきの奴らは何だったんだ? また稲妻の危機なのか?」

「ん? いや、お前達が気にすることじゃない」

「えぇ……? ま、いいや」

「そうそう。気にせず今日の祭りを楽しみにしておけ。どれ、俺も花火の成功を祈って、神様を拝んでおくか」

「ほんまか!? お兄さん、ええ人やなぁ! 絶対に成功させるさかい、後で感想聞かしてや!」

 

 焔硝は祠の前に立って手を合わせた。

 

 その光景を見て空とパイモンはプッと軽く噴き出した。自分で自分の祠を拝んでる様がどうにも可笑しくて堪らないのだ。

 

「さて、町まで送ろう。俺も町に用事があるし、また彼等が現れるかもしれん。あぁ、それともお邪魔虫かな?」

「お邪魔虫? 何で?」

「そうや、お邪魔虫なんてことあらへん! 旅人もええよな?」

「うん、かまわないよ」

 

 焔硝を加えた四人は歩き出して町へと戻っていく。道中、宵宮と焔硝は祭りのことや花火のこと、御建火産霊主尊ことや日々の暮らしの事について話した。

 

 焔硝がこうやって稲妻で暮らしている人と話している姿を見ていると、自分達の苦労が報われたと思える。そう空とパイモンは嬉しそうに笑う。

 

 町に到着し、宵宮は父親と一緒に花火の最後の準備に向かった。

 それを見送った空は、ふと焔硝に宵宮から聞いた話を思い出して訊いてみることにした。

 

「ねぇ、焔硝。あの島で起きた話って……」

「……本当のことだ。二千年前、オロバシとの戦いの最中、俺はあの島で武火(ぶか)の魔神ベリアルと文字通りの死闘を繰り広げた。そこで俺は焔の魔神としての命を失い、眞の雷によって蘇生された。だから俺の炎は雷の形を取ってる」

「……焔硝の魔神としての名前って、何?」

「……気になるのか?」

 

 空は頷いた。パイモンも頷き、絶対に言えと焔硝の頭にしがみ付いた。

 焔硝はパイモンを肩車しながら懐かしそうにその名を口にする――。

 

「『焔の魔神アウナス』――戦うことしか知らなかった愚かな魔神さ」

「アウナス……」

「もうその名を持つ魔神は死んだ。今はただの赤雷……お前達の友だよ」

 

 空と肩車されているパイモンは目をパチパチとさせ、ニンマリと笑うのであった。

 

 

 

 

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