稲妻の双雷   作:八魔刀

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将軍にだって人間味はあってほしいもの。


第16話 雷電将軍

 

 

 焔硝の武器は赤鞘に収まった赤刃の刀である。その歴史は古く、遙か二千年前まで遡る。

 

 嘗て、焔ノ島と呼ばれた場所で焔の魔神と武火の魔神が死闘を繰り広げた後、焔の魔神はその力を失い一度命を落とした。その後、雷神によって雷の力を与えられ蘇った。

 

 しかしその結果、焔の魔神としての力を失ってしまう。故に新たな武器が必要だった。

 

 そこで彼は今持つ力と雷神バアルゼブルの知識と技術を以て、新たに手に入れた赤雷の力を最大限に発揮できる刀を鍛刀した。

 

 それが赤刃の刀であり、銘を『倶利迦羅』と呼ぶ。刀自体に炎元素が宿っており、本領を発揮すればその一太刀で大地を火の海へと変えてしまうとか。それが刀の力なのか彼の力なのかは不確かではあるものの、実際その後の彼の力を示す刀であったのは間違いない。

 

 神刀・倶利迦羅は、赤雷の将・焔硝の愛刀なのである。

 

 

「……」

 

 その焔硝であるが――今は刀を壁に立て掛け、槍を手に握っていた。

 此処は天守閣、将軍の間。焔硝が槍を構えるその姿を、雷電影は正座して見守っている。

 

「――ふっ!」

 

 焔硝が動き出す。槍を突き、払い、薙ぎ、斬り、打つ――それら全ての動作を槍で再現し、力強い舞いの如く全身と槍を動かす。空気を斬り裂く音を鳴らしながら槍を回し、遠心力を利用して攻撃と防御を繰り出す。

 

 まるで――槍こそが焔硝本来の得物であるかのように巧みに扱う。

 

「フンッ!」

 

 大きく槍を薙ぎ払い、ボウッと軽く炎元素の赤い粒子が舞う。残心から直り、槍を手元でくるくるさせて肩に担ぐ。

 

 パチパチパチ――。

 

 影から拍手の音が鳴り、焔硝は槍を壁に立て掛けた。

 

「流石ですね。二千年ぶりの槍捌きではないですよ」

「んー……流石に二千年も振ってないと鈍るな。あの時に比べたら雲泥の差だ」

「でもどうしていきなり? 槍はもう振らないと言っていたではありませんか」

 

 軽く流した汗をタオルで拭いながら影の隣に座った焔硝は、「んー……」と悩んだ顔を浮かべる。

 

「まぁ……あれから色々あったしな。変に拘らなくても良いかなと……」

「……思い出しますね。私とあなたが初めて刃を交えた時のことを。あの頃のあなたは今よりもっと物騒で乱暴で、正に戦いの権化のような神でした」

「そういう生まれだったからな。強者と戦うことが生きることだった」

「ですが、その一度だけでしたね、私と本気で刃を交えたのは。それからは眞に絆されて、私と肩を並べて戦うように……。因みに、あの時の勝負は私の勝ちです」

「嘘吐け、どっちも同時に気を失っただろうが」

「それでも私の方が先に目覚めました」

「そらお前……眞が起こしたんだろうよ」

「いいえ。例えそうであってもなくても私が先に起きました」

「はいはい」

 

 焔硝が敗北を認めると、影は嬉しそうに鼻を鳴らして胸を張った。

 影の子供らしい一面を見て焔硝はクスリと笑い、土産に持って来た団子牛乳で喉を潤す。

 

 焔の魔神であった頃の記憶を、焔硝は今も尚、鮮明に覚えている。何処でどうやって生まれ落ちたのかは記憶に無いが、気付いた頃には各地で力を振るっていた。もしかしたら人間に悪影響を齎していたかもしれないと思えるほど、その頃の焔硝は戦いに明け暮れ戦に飢えていた。

 

 眞と影に出会ったのも魔神戦争が始まってすぐのことで、あの頃は望みに望んだ戦いに心を躍らせていた。しかしそれも二人との出会いにより出鼻を挫かれたのだが。

 

 あの時の戦いで負けたつもりはなかったが、眞を愛するようになり、こうして影の前で平和な一時を過ごしている時点で、戦の化身である焔の魔神は敗北したのだろうと、焔硝は微笑を零した。

 

「……え?」

「ん?」

 

 突然、影が困惑した声を漏らした。影は胸に手を当てて何かを考え込むようにして黙る。

 焔硝がいったい何だと疑問に思っていると、影は困惑の気を残したまま口を開く。

 

「その……『将軍』があなたにお話があると……」

「……『将軍』が?」

「……え? いえ、それは……あ! 待ってくだ――」

 

 影が慌てた声を出すや否や、フッと意識を失うようにして頭がガクッと落ちた。

 そしてすぐに頭を上げると、先程までの柔らかい雰囲気が無くなり、剣呑とした雰囲気を顔に貼り付けた『将軍』が出てきた。

 

「……赤雷の将、あなたに話があります」

「いきなりだな……影はどうした? 随分慌てていたが……?」

「彼女には強制的に内へと引っ込んでもらいました。私達の会話も聞かれないように遮断しています」

「そんなことができるのか?」

「私ではなく、彼女が新たにそう設定しました。あなたと居る時は、私が干渉しないようにと」

 

 ――何で?

 

 将軍から気になる話が出てきたが、態々あの将軍が影を追い出してまで表に出てきたのだ、きっと重要な話なのだろうと突っ込まないことにした焔硝。そのまま将軍に本題へと入らせようとしたが、将軍は一向に話そうとしない。

 どうしたのかと将軍の顔を覗くと、将軍は冷たい表情のまま焔硝を見つめ返す。

 そして落胆したかのように溜息を一つ――。

 

「何時まで隣に座っているつもりですか? 今の私は将軍です。立場を弁えてください」

「……うむ」

 

 将軍にそう言われ、焔硝は将軍の隣から正面へと移動し、少し離れた場所で正座する。

 

「……良いでしょう。率直に言います――――『アレ』は何です?」

「……『アレ』、とは?」

「惚けないでください。あなたが神里家と手を組んで調べている『アレ』です」

「……」

 

 焔硝は押し黙った。答える気が無いのか、それとも答えられないのか……。将軍の鋭い眼が演習を射貫く。二人の視線が交差し、重い空気が二人の間を流れる。

 やがて将軍は腕を組んで溜息を吐く。

 

「私は将軍として稲妻を統治し、彼女が望む平和と永遠を齎さなければなりません。あなたがしている、または考えているそれは果たして稲妻にとって何を齎すのですか?」

「……影は聞いてないんだな?」

 

 焔硝は少し考え、将軍にそう確認した。将軍は静かに頷く。

 

「ええ。彼女はあなたに対して異常なまでに固執しています。私がこの手の話をすれば、私と彼女の間で不和が生じます」

「ふ~ん? 固執……固執? え、何それ?」

 

 焔硝は目が点になる。将軍は目を伏せ、何も無かったかのように振る舞う。

 

「……これ以上は禁則事項です。聞かないでください」

「いや待て、流石に待て。固執って何だ? しかも異常って――」

「禁則事項です」

「いやだが――」

「禁則事項です」

「……」

 

 取り付く島もなかった。焔硝にとってかなり重要そうな内容だったが、何があっても答えてくれそうにない将軍相手に退くしかなかった。仕方が無いと頭をかき、腰を上げて立ち上がる。着崩れかかった羽織を直し、天守閣の出入り口に親指を指す。

 

「一緒に来い。直接見せて説明する」

「将軍である私が此処を離れる訳にはいきません」

「影は離れること多いが?」

「……分かりました」

 

 将軍は立ち上がり、紫の髪を靡かせて焔硝の隣を通り過ぎる。襖を開き、チラリと後ろを振り向く。

 

「何をしてるんですか? 早く案内してください」

「……はいはい」

 

 焔硝は壁に立て掛けてある愛刀を手に取った――。

 

 

 

 

 

 焔硝と将軍は黒焦げた島が見える場所へとやって来た。以前よりも島からの熱気が強くなっている気がする。まるでもうすぐ再び島が燃え盛る前兆のようだ。黒い煙の量も増えているように見える。

 

 焔ノ島――嘗て焔硝が焔の魔神であった頃、武火の魔神ベリアルと死闘を繰り広げた場所。そこには多くの人が住んでいたが、今はもう島の表面上にはその形跡が残っていない。

 

 将軍は焔ノ島を眼で直に見て、僅かに顔を顰める。

 

「……随分と、炎元素が活性化しています」

「今はまだ害は無いが、このまま活性化が進めばいずれ鳴神島に悪影響を及ぼす」

「……分かりません。どうしてこれを彼女にも私にも伝えず、秘密裏に探っているのですか?」

 

 将軍である彼女は稲妻を統治し守る役目を担っている。焔ノ島が稲妻に悪影響を与えるというのなら、それを取り除くのもまた将軍の役目だ。人の手で解決させるべきだとしても、少なくとも事態は把握しておかなければならない。

 

 なのに焔硝は神里家の一部の人間を用いて将軍の耳に入らないようにして事態を探っている。天領奉行を総動員すればもっと動きやすいだろうに、焔硝はそれをしなかった。

 

 それは何故? 何か後ろめたい事でもあるのだろうか? 将軍はそれが分からなかった。

 

「いつ俺があの島のことを調べていると分かった?」

「侮らないでください。この身は人形であれど、力は雷神と同等です。我が領域内であれ程までに異なる元素力が活性化すれば、嫌でも事態の異変に気が付きます。その過程で、あなたがあの島に関心を寄せていることも、我が奥詰衆の調べで知り得ました」

「……この際、何で俺に奥詰衆が付き回っているのかは置いといて。お前は影からベリアルがどうなったか、どう聞いている?」

 

 焔硝からの問い掛けに、将軍はすぐさま回答する。

 

「そのような話は稲妻を統治するにあたって不必要です。私は存じません。ですが彼女から与えられたあなたに関する知識からすれば、あなたが葬り去ったのでは?」

「……」

 

 焔硝は黙り込む。それは沈黙の肯定なのか――それとも否定なのか。それを察するほどの能力を将軍は有していない。ただ機械的に物事を見据えて明確な答えを引き出すだけだ。だから焔硝がバツの悪い顔をしていたとしても、肯定なのか否定なのか判断することができなかった。

 

「――武火の魔神、奴は武神と謳われた焔の魔神ですら殺せない強大な力を有していた。アウナスの命を犠牲にしても奴が吐き出す火は焔を侵し、永遠に消えることはない。奴は今でもあの島に囚われている」

「封印したと言うのですか? 葬り去ったのではなく?」

 

 焔硝は頷く。

 

「そうだ。焔ノ島が燃え続けている理由は、アウナスの焔がベリアルの火を抑え続けているからだ。だが最近になってベリアルの火がアウナスの焔を上回りつつある」

「封印が弱まっているということですか……。当然、手立てはあるのでしょう?」

「……それを探っている最中だ。影に言わなかったのは、これをアイツが知れば無理にでもベリアルを殺そうとする。だがそれは俺が許さない。ベリアルという存在は俺の罪であり、俺が背負うべき業だ。赤雷となった今でも、この過去だけは決して手放せない最悪の負責なのだから」

 

 焔硝の拳を握る力が強くなる。爪が肉を貫き、赤い血が滴る。バチバチと赤雷が全身から迸り、激情に駆られようとしている焔硝の姿がそこにあった。

 将軍はそんな焔硝の姿を一瞥し、何かを思案する仕草を取る。そしてもう一度焔ノ島を見据え、将軍はある判断を下す。

 

「では、この問題は赤雷の将に一任します」

「……影には知らせるなよ? 知られるような真似もするな」

「善処しましょう。ですが断言はできません。彼女もこの異変には気が付いています。いずれは大きな問題として私に対処させることでしょう」

「助かる」

「……ではこれで」

「――あいや、ちょっと待て」

 

 帰ろうとした将軍を焔硝が引き止める。将軍は立ち止まり、「何か?」と振り向く。

 焔硝は顎に手をやりながら「う~ん」と唸り、ある事を将軍に尋ねる。

 

「お前、腹減ってないか?」

「……この身は人形です。無用な食事などしません」

「それは腹が減ってるか減ってないかの答えにはなってないだろう。影は甘味が大好きだが、お前にもそういうのは無いのか?」

「ありません。身体を維持するための栄養素と身体に害のある――」

「ああ、そんなのは良いから。まだ見付けられていないってだけだろ? せっかく外に出たんだ、試しに食べ歩きでもしようじゃないか」

 

 そう言って焔硝は将軍の手を掴み、町へと引き返していく。将軍は「無礼者。その手を離しなさい」と言って最初こそは抵抗していたが、腐っても元神である焔硝に抵抗するだけ無駄だと判断したのか、諦めて付いて回ることになった。

 町の者達は以前町に出てきた将軍とは様子が違うことに戸惑いながらも、焔硝の助けもあって何の問題も起きることはなく、以前と同じように接する事ができた。

 最終的に将軍は町中の食べ物を食べ歩くことになり、城へ帰る頃には初めての食べ過ぎに頭を抱えることになるのであった。

 

 

 

 

 

 

「さて、今日も甘いお菓子を頂きましょう! 今日は――」

「待ってください。私は甘味は好きません。辛味を所望します」

「――え!? いきなり何事です!? あなたにも味の好みがあるのですか!?」

「甘味ばかり食べると体調を崩しやすくなり、更には太りますよ?」

「こ、この身体はそのような作りになっていません! いま……いま……いません……よね?」

「……この身はそうでも、精神までは断言できません」

「そ、そんなはずは!? 神子! 神子ー!! そんな事はありえないと言ってくださいぃ!」

 

 

 

 

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