稲妻の双雷   作:八魔刀

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もうすぐ、主人公の伝説任務が始まります。


第17話 幕間

 

 

 

 八重神子の朝は忙しい。別に仕事がたんまりとあるわけでは無い。ただ身支度に使う時間が長いのだ。八重神子は自身の容姿がどれ程美しいか自覚している。そしてその容姿が自身の立場をより強く知らしめる武器であることも十二分に理解している。

 故に、八重神子が他者に見せる姿は常に完璧な状態なもの。決して床に就く姿を見せることなく、ましてや寝起きの姿など誰にも見せない。だからこそ、八重神子の一日の始まりは入念な身支度から始まる。

 

「……」

 

 いつもの巫女服を身に纏い、鏡の前で髪を梳かす。髪飾りと神の目を身に付け、卓の上に置いてある紅櫻の簪を手に取る。焔硝から贈り物として貰ったその簪を大切そうに触り、そっと髪に挿した。

 

「……よし」

 

 満足げに笑みを浮かべ、完璧な姿で部屋から出る。既に仕事を始めている巫女達に挨拶をしていき、一つの部屋の前で立ち止まる。

 そこは焔硝の部屋だ。毎朝、彼を起こすのは八重神子の役目であり、他の誰にも譲ることはない。別に彼が朝に弱くて起きられない訳ではないのだが、彼を起こすのがこの五百年で八重神子の日課になっていた。

 

「焔硝。もう起きておるか? 朝餉の時間じゃ」

 

 襖の前で焔硝に声を掛ける。いつもならすぐに返事がくるのだが、今日という日は返事が無かった。

 

「……焔硝? まだ寝ておるのか?」

 

 返事は――無い。八重神子は妙な胸騒ぎを感じた。

 男の寝床に了承も無く入るのは気が咎めるが――今更だが――、八重神子は襖に手を掛けた。

 

「入るぞ?」

 

 襖を開いて部屋に入る。部屋には布団が敷かれていたが、焔硝はそこにいない。焔硝は部屋の隅で壁にもたれ掛かるようにして座り込んでいた。

 

「焔硝? そんな所で何を――」

「う……ハァ……うぅ……!」

「――焔硝!?」

 

 焔硝が顔を赤くして魘されていた。それだけじゃなく、大量の汗をかき苦しそうにしている。明らかに異常だ。今まで悪夢で魘されていたことはあるが、此処まで辛そうにしているのは初めてである。

 

 八重神子は慌てて焔硝に駆け寄り、彼の身体に触れる。

 

「熱っ……!?」

 

 焔硝の身体からは高熱が発せられていた。火傷しそうな程の熱さに八重神子は手を思わず離してしまう。それにより焔硝の身体が崩れ落ち、畳の上に放り出されてしまう。焔硝は目を覚まさず、ただ苦しそうに顔を歪めて魘されている。

 

 八重神子はいつもの優雅さを殴り捨て、手が火傷するのも厭わず焔硝を抱え起こす。

 

「これ! 焔硝! しっかりするのじゃ! 焔硝!」

「宮司様! 何事で御座いますか!?」

「火急じゃ! 冷たい水を用意せよ! タオルも大量に持て!」

「は、はい!」

 

 八重神子の声に駆け付けた巫女に指示を出し、焔硝を布団へと引き摺って運び寝かせた。触れていた手や腕は火傷こそ負っていなかったものの、真っ赤になっていた。

 

「いったい何事じゃ……!? 何が起こっておる……!?」

「ハァ……ハァ……!」

 

 風邪? まさか、有り得ない。焔硝は魔神である。魔神が風邪など引くものか。

 だが明らかに焔硝の様子は異常であり、何かしらの病気を発症しているように見える。魔神が病気になるなど、聡明な八重神子ですら耳にしたことが無い。

 もし知っているとすれば、それは同じ魔神である雷電影しかいないだろう。

 八重神子は急ぎ影に知らせを出さねばならないと思い至る。焔硝が高熱を出し倒れたと――。

 

 その後、巫女達によって運ばれてきた冷水とタオルで焔硝の身体を拭き、服を着替えさせ、濡れタオルで身体の熱を冷まそうと試みる。しかし熱は一向に冷めず、焔硝は苦しみ続ける。

 

「いったい何じゃというのだ……この苦しみ様……病気ではあるまい」

 

 何度も何度もタオルを冷水で濡らし、焔硝の熱を冷まそうとする。朝餉を食べることすら忘れ、焔硝に付きっきりで看病していく。

 

 その時だ――庭に雷鳴と共に雷が落ちた。そしてドタドタと慌ただしい足音が部屋に近付いてくる。

 

「焔硝!」

 

 バンッ! と襖が勢い良く開かれる。現れたのは雷電影であり、その様子は酷く狼狽したものであった。八重神子からの知らせを受け文字通り飛んでやって来たのだ。部屋に大股で入るや否や、布団の中で苦しんでいる焔硝の顔を覗き込む。

 

「神子、いったい何があったのです!?」

「分からぬ。いつものように朝起こしに来た時からこうじゃった」

「そんな――――待ってください。まさか毎朝神子が起こしているのですか?」

「うむ――いやそれは今どうでもよくないか?」

 

 いきなりスンッとした顔になった影に八重神子はたじろぐ。一瞬、眷属に向けるべきではない目で睨み、影はすぐに焔硝へと視線を戻した。彼の顔に手を伸ばし、火傷しそうな熱を感じ取る。

 

「これは……」

「心当たりがあるのか?」

「……以前に一度だけ。同じような高熱を発したことがあります」

「その時はどうしたのじゃ? いつまでも此奴を苦しませる訳にはいくまい」

「……」

 

 八重神子の言葉に影は渋い顔をする。ギュッと膝の上で手を握り口籠もってしまう。

 その様子を見て八重神子は首を傾げる。何か問題でもあるのだろうかと。

 やがて影はグッと何かを堪えたような顔で口を開く。

 

「その時は……眞が治したんです。彼を連れて意識空間に入り、その中で何かをして治しました。私はその処置方法について知りません。何か特別な事をしていたのは間違いないのですが……」

「そんな……それでは此奴を治す方法は知らんと言うのか?」

「眞が居ない以上、正確な事は分かりません。ですが、彼処に焔硝を連れて行けば……」

「……眞の意識空間か」

 

 眞がこの世に居ない今、眞の意識空間だけが焔硝を治療する手掛かりに繋がる。魔神である彼には普通の薬など効かないだろう。意識空間で眞が何をしたのか、そこへ行けば何か掴めるかもしれない。

 

「……妾に手伝えることはあるか?」

「――神櫻に祈っていてください。祈りが眞に届くように」

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは夢なのだろうか? 失ったはずの彼らが目の前にいる。

 

『焔硝ー。この団子美味しいよー! あんたもこっちに来て食べなー?』

『斎宮、それ以上食うと太るぞ?』

『笹百合、それ以上言うてやるな。此奴、最近腹の肉を気にしておるのだから』

『千代!? 何で知ってんの!?』

 

 懐かしき盟友達が生きてそこに居る。生きて笑顔を見せている。

 自然と足が前に進む。盟友達の輪の中へ入る為に、脚を動かす。

 

「……!?」

 

 焔硝の脚が止まる。盟友達の側に、日傘を差して佇む紫髪の女性が居る。

 

「――眞」

『……焔』

 

 再び脚が動く。愛しいその神を、もう一度その手で抱き締めよと脚を進める。

 だがその脚は再び止まる。焔硝の背後から、もう一人の神が名を呼ぶ声が聞こえたから。

 

「……影?」

 

 ――焔硝、起きて。目を覚ましてください。

 

 途端、焔硝の意識は何かに吸い込まれるようにして遠くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ぁ……」

 

 瞼を開くとボンヤリとした視界が広がる。誰かが顔を覗き込んでいる。

 

 ――誰だ……? 眞……?

 

「……目が覚めましたか、焔硝?」

「影……?」

「はい、影です」

 

 視界がはっきりし、眞ではなく影の顔であると分かる。影の安心した笑みが視界いっぱいに広がり、己が今、影の膝に頭を預けて寝転がっているのだと把握する。

 

「……何で俺はお前に膝枕されて?」

「あなたは高熱で意識を失っていたんです。此処は眞の意識空間で、此処に咲く神櫻の力によって治療されました」

「眞の……?」

 

 焔硝は影に膝枕されたまま辺りを見渡す。以前は入ることができなかった眞の意識空間。此処で眞は影と別れの言葉を交わし、神櫻という遺産を稲妻に遺した。その時に眞の意識は完全に消え去ったが、意識空間は今も尚残り続けている。

 

「……そうか、此処が」

「あなたに何が起こって、眞がどうやって治療したのかは分かりませんが、あなたを此処へ連れて来て正解でした。目を覚ましてくれて良かったです」

 

 焔硝はゆっくりと身体を起こす。まだモヤモヤとする頭を必死に動かし、己に何があったのかを思い出す。

 

 ――確か夜中に目が覚めて、それから……あぁ、そうか。そういうことか。

 

 内に宿るとある力を感じながら、自身に何が起きたのかすぐに理解する。

 そしてこうして目を覚ませたのは不幸中の幸いだったことに安堵と、若干の『焦り』を抱く。

 だがそれを影に見せることなく、影に笑って礼を伝える。

 

「ありがとう。助かったよ」

「……魔神が熱を出すだなんて、いったい何が起きたのですか?」

 

 影も立ち上がり、焔硝に熱の理由を問う。

 

「何でもない。ただ、時折焔の力が暴れるだけだ」

「……初耳です。あなたの焔の魔神としての力は消えたのだとばかり……」

「消えた訳じゃない。眞の雷と混ざり合って形を変えただけ。俺の焔は頑固でな、本来の自分に戻ろうと反抗することがある。その所為だ」

「……」

 

 影は焔硝の背中を見つめながら、焔硝から聞いた説明に耳を傾けた。果たしてそれが本当なのか、影は確かめようとした。

 

 影が焔硝を此処へ連れて来た際、最初はどうすれば良いのか分からなかった。しかし神櫻の前に焔硝を寝かせた途端、神櫻が強く反応した。そして神櫻から淡い雷色の力が焔硝に流れ込み、苦しんでいる焔硝をその苦しみから解放したのだ。

 神櫻は眞の力そのものと言っても差し支えない。その力が焔硝を救った。

 

 何かある――眞と焔硝の間には、何か秘密がある。影はそう感じてならなかった。

 

 影にとってそれはとても悲しいものであった。未だ己は眞と同じ立場にはなれない。双生の魔神だというのに、眞と同じように見てくれない。それは当然であり仕方の無いことではあるが、その事が眞に追い付けないのだと現実を突き付けてくるようで、どうしようもなく悲しかった。

 

「……」

 

 背後から向けられる視線に、焔硝は気付いていた。影が何を考えているのかも、大凡だが見当も付いていた。

 

 ――私に遠慮して中々言い出さないだろうから、あなたが気付いてあげてね。

 

 以前、夢の中で眞に言われた言葉を思い出す。それが意味する所を、焔硝は理解している。

 しかしそれはできない。できない理由が、焔硝にはある。

 

「……いいでしょう。そういう事にしておきましょう」

「……面倒を掛けたな」

「ええ、本当に。お詫びは甘いお菓子で良いですよ? 今度のお休みに遠出でもしましょう!」

「……あぁ、そうだな」

 

 焔硝と影は眞の意識空間で神櫻を眺めた後、現世へと帰った。

 心配していた八重にしこたま詰められた焔硝は、彼女にもお詫びをすることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む……頼む……まだ保って……保ってくれ……まだ燃え尽きる訳には――」

 

 

 

 

 

 

 

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