焔が紫雷と出会ったのはもう数え切れないほど昔。焔はただ只管戦場を追い求めて世界中を駆け巡り、その過程で二つの紫雷と出会う。
焔は二つの紫雷から感じる強大な力――特に片方の――に内心恐怖を感じた。
こいつは己を殺せる、己を負かすことができる。
求めていた強者であったはずなのに、焔は生まれて初めて武者震いではなく恐怖で身体を震わせた。
焔はその恐怖を払拭せんと咆哮を上げ、紫雷へと刃を向けた。焔と紫雷はぶつかり合い、筆舌に尽くしがたい戦いが繰り広げられた。その戦いに勝者は無く、また敗者も無かった。
強いて挙げるなら、焔から修羅を取り払った紫雷の勝利になるだろう。
以来、焔は二つの紫雷の下、ただ一柱の男として傍らに在り続けた。
しかし――その在り方にも、終わりの兆しが訪れることになるのであった。
『我が火焔の剣――その身に刻め!』
『もう止めろ! ベリアル!』
『貴様が先に抜いたのだ! アウナス! 我らが臣民を! 貴様が!』
『止められなかった! 止められなかったんだよ! 彼らはもう止まらなかった!』
『我が臣民の悲願――我が火焔へと変えて貴様を討つ!』
『ベリアルゥ!』
『アウナスゥ!』
「――っ!?」
焔硝は目を覚ました。身体が飛び跳ねて起き上がろうとしたが、全身を走る激痛によって阻まれる。掛けられている布団を捲り上げ、自身の身体を確かめる。胴体は包帯で覆われ、腕や足も包帯で巻かれている。
「何があった……?」
焔硝は己の身に何があったのか、眠る前の出来事を思い出そうとした。
――確か、オロバシが攻めて来て、それで戦って……それから焔ノ島で民達が……。
「――ベリアル!? ベリアルはどうなった!?」
そこでベリアルとの戦いを思い出し、布団の上から這いずる様にして移動する。部屋の戸の近くまで行くと、戸が勝手に開かれた。その先には薄紫の着物を身に纏った女性がいた。
「焔!? 何をしているの!?」
その女性はこの稲妻国を収める雷神バアル――雷電眞であった。
眞は焔硝に駆け寄ると焔硝の身体を抱き起こし、焔硝は眞に縋り付く様にして問い掛ける。
「ベリアルは……ベリアルはどうなった!? オロバシは、影は!? 皆は、戦いはどうなった!?」
「落ち着いて! あなたの傷はまだ癒えてないの! 動いては傷が開くわ!」
「俺のことはいい! 戦いはどうなったんだ!?」
「大丈夫よ! 戦いは終わったわ! あなたと影の勝利よ!」
「あ……!?」
勝った――そう聞いて焔硝は全身から力が抜けた。あの激しい戦いを勝利で終えることができた。それを聞けて焔硝は涙を流す。
「そうか……そうか……! 良かった……! 影たちは無事なんだな? 笹百合も、千代も、斎宮も……」
「……」
眞は目を伏せた。その顔を見て、焔硝は眉を顰める。
嫌な予感が頭を過り、焔硝はもう一度眞の肩を掴んだ。
「無事……なんだよな? 皆、此処に帰って来てるんだよな……?」
「――――笹百合は……戦死したわ」
「――!?」
焔硝の頭は真っ白になった。
朧気な意識の中、眞をそっと退かして部屋から出て行こうとする。眞の制止を振り切り、激痛で動けないはずの身体を動かして笹百合を探す。
そしてとうとう見つけ出した。影たちが集まっているその中心で、顔に白布を掛けて寝転ぶ笹百合の姿を目にし、焔硝は生まれて初めての慟哭をした。
「――焔、あなたは一度死んだわ」
「……」
笹百合の葬式から数日後、焔硝は眞に話があると言われて眞の私室に呼ばれた。
そこで焔ノ島で起きたことを教えられた。
「私が駆け付けた時にはあなたの身体の殆どは炭と化していたの。だけど魔神であるあなたはそれでも完全に死んだ訳ではなかった。だから私の命を半分、あなたにあげたの」
「お前の……命を?」
「殆ど賭けだったわ……。私の権能を用いてもできるかどうか分からなかった。でもあなたを死なせたくなかった。だからこの選択に後悔はしていないわ」
眞が打ち明けた真実に、焔硝は頭をガツンと殴られた様な感覚を抱いた。
愛する女性が己の為にその命の半分を差し出した。本来ならばその分秘めていた可能性を、彼女は己の為に犠牲にした。
友を守れず、民を守れず、愛する神でさえも命を半分削らせてしまった。
焔硝は二度目の涙を流し、己の無力さを呪った。
眞はそんな焔硝を優しく抱き締め、泣く子をあやす様に頭を撫でる。
「泣かないで。あなたは良くやったわ。たった一人で戦って、命を犠牲にしてまで私達を守ってくれた。だからこれはご褒美よ。あなたは私を、私はあなたをこれからずっと抱いて生きていくの。ほら、泣かないで? 私、嬉しいのよ? 大好きなあなたと命を共有できて」
「眞……眞……! ごめん……! ごめん……! ありがとう……!」
「焔……私の焔……生きてくれて、ありがとう……!」
「眞……どんな具合だ?」
「……大丈夫よ。ちょっとあなたの焔が雷を拒絶していただけだから」
「大丈夫なのか? その……俺は良いが、お前の身体は?」
「何てこと無いわ。はい! おしまい! これで身体の不調は治ったでしょう?」
「……ん、いつも以上に元気な気がする」
「あなたが生きているのはかなり特殊な例だから、色々不安定な部分もあるけれど、私が生きている限り問題無いわ」
「……絶対に無理はするなよ? お前の身体はもうお前だけの物じゃないんだから」
「あら? その言い方じゃあ、まるで子供ができたみたいじゃない?」
「茶化すなよ……。お前がその気なら、俺は別に良いぞ?」
「っ……もう! 馬鹿言わないでよ!」
「嘘でしょ……このままじゃ焔が死んでしまう……!? 彼の焔が、どうあっても異物である雷を排除してしまう……! 何とかして方法を探さないと……!」
「一定期間の間に調整を行えば不調は治せる……でもそれだって何度効果があるか……!? それにその時、私がその場に居なかったら……!?」
「どうして……!? どうしてなの……!? 私はただ、彼と生きていきたいだけなのに! どうしてそれができないの!?」
「……私の命を彼に全て与えることができたら? そうすれば少なくとも、今後数百年は保つかもしれない……。でもそれじゃ意味が……!」
「……カーンルイアへの召集? いったいこんな時に何――――」
「……そう……そうなのね……。嗚呼、私は二人に何て酷いことを……!」
「でもそれしか……彼と影を守ることができないのなら……!」
「焔硝! 眞が! 眞が! たった一人でカーンルイアに!」
「なっ――!? 何を考えてんだアイツは!?」
「どうしたら……どうすれば!?」
「くっ……稲妻は俺に任せろ! お前が眞の下へ行け!」
「で、ですが!」
「言い争ってる暇は無い! お前の方が俺よりも早い!」
「焔……ごめんなさい。あなたを助けるにはこうするしかないの。影……あなたにも辛い想いをさせるわね。どうかお願い……焔と幸せに生きて」
「眞……! お願い! 無茶なことはしないで! 間に合って!」
「大丈夫だ……眞ならきっと……きっと……!」
「さようなら、私の大好きな――」
「……」
焔硝はそっと、神櫻から手を離した。
「……焔硝? こんな夜更けに何をしておる?」
寝間着に羽織を羽織った姿の八重神子が、焔硝の背後に立った。
彼女は焔硝の顔を覗き込む。彼は涙を流していた。
「泣いておるのか?」
「……何でも……無い」
「じゃが……」
「何でも無い……!」
「……」
「……なぁ、八重」
「何じゃ……?」
「……残されるのって……辛いな」
「……そうじゃな。じゃから焔硝……妾を残すでないぞ?」
「……そうだな。そう……思うよ」
次回、焔人の章――開幕。