稲妻の双雷   作:八魔刀

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第3話 対雷電将軍特訓装置

 

 

 焔硝と将軍が刃を交えてから何日か過ぎた。

 

 将軍と刃を交えてからと言うもの、焔硝は稲妻でお尋ね者になってしまった。空と同様に似顔絵を張り出され、下手に鳴神大社から出られなくなってしまった。

 

 しかし鳴神大社から出ないのはいつものことなので、焔硝は気にすることなくいつものように神櫻を眺めながら酒を飲んでいた。

 

 焔硝はどうしてあの時、雷電将軍から空を助けたのか己でも分かっておらず、そればかりを考えていた。八重神子の言う通り、空に期待しているのだろうか。それとも将軍が異邦人であろうと、人を殺すのを見たくなかったのだろうか。

 

 いくら考えても答えは出なかった。しかし空に対して不思議な気持ちが働いているのは確かだった。何かを期待している――それは間違いないのかもしれない。

 

 しかし何を期待している……稲妻を良い方向へ変化させることへの期待か? 『永遠』によって苦しんでいる民達を救うことへの期待か?

 

 それとも――影を変えてくれることへの期待か?

 

 焔硝は影を気に掛けてやることができなかった。最後に残った友として、一緒に苦難を乗り越えるべきだった。

 

 それを焔硝はしてやることができなかった。眞を失って一番辛かったのは影だというのに、焔硝は影のことを考えられるほどの余裕を、精神力を有していなかった。

 

 影が『人形』を用意し、肉体を棄て一心浄土へと閉じ籠もってしまい、もう焔硝にはどうすることもできなかった。

 

 そこへ空とパイモンが現れた。どうしてか目を引かれる不思議な力を有しており、八重神子も稲妻に変化を齎す者だと見定めた。

 

 空なら――己の過ちを正してくれる、そう期待しているのだろうか。

 

「眞……俺はどうしたらいい? 己の罪を、他者に晴らしてもらうのが果たして正しいのか……俺には分からん」

 

 神櫻は、何も答えてくれない。

 

 憂鬱な気分で酒を飲んでいると、何やら外が騒がしいのに気が付く。ちょうど酒が無くなったのもあり、気紛れに見てこようと立ち上がって部屋から出て行く。

 

 社の外では巫女達が少々慌てた様子で動き回っており、誰かの手当を施していた。

 

 その誰かは件の異邦人、空だった。空は気を失っており、顔色も白くなっていた。側には八重神子もおり、パイモンも心配そうに空の名前を呼んでいた。

 

 焔硝の脚は知らず知らずの内に騒ぎの中心へと向かっており、八重神子の隣に立った。

 

「何があった?」

「お前は! えっと……焔硝!」

「おや、焔硝。なに、童の窮地を妾が颯爽と優雅に助け出しただけじゃ」

「……?」

 

 八重神子の返答は少々焔硝が求めているものとはズレていたが、八重神子の所為で空がここに運ばれたのだと言うことは理解した。

 

 八重神子は空の手当が終わった巫女達を下がらせ、空の顔をペチペチと叩き始めた。

 

 空は身動ぎをして薄らと瞼を開く。

 

「妾の後に繰り返すんじゃ。『あーん――』、ほれはやく」

「……あーん」

 

 空は気のないあーんを口から出した。

 

「うむ、なるほど。少なくとも脳に支障はきたしていないようじゃな。ふむ……」

 

 空の意識は覚醒したのか、身体をムクリと起こして立ち上がる。その所作からも一先ずは身体に異常が起きていないことが分かり、焔硝も胸の内で安堵する。

 

「あの……どうやってここに?」

「オイラも気になるぞ! オイラあの時、空のことばっか見てたから、お前が何をしたのか全然分からなかった……」

「『鳴神大社の秘法』じゃ。あの散兵とかいう者が一瞬にして地面に跪き、命乞いをしてきたと妾が言ったら、信じるか?」

 

 あ、これは言う気が無いなと、焔硝は察した。

 

 しかし今ので粗方何が起きたのか理解した。

 

 空はその散兵とかいう者と何かしらの理由で敵対し、その者によって窮地に立たされ、そこを八重神子が助け出したのだろう。

 

 八重神子が態々出向いたということは、それほどまでに危険な相手と状況だったのだろう。

 

 その後、八重神子は空に助けた礼として空の行動を要求した。

 

 空があのようになったのは、昨今抵抗軍の間に流れている『邪眼』に関係しているという。

 

 邪眼とは、ファデュイと呼称される組織が開発した神の目の模倣品である。一般人でも強力な魔物を打ち倒す程の力を引き出すことができるが、代償として命を蝕むとされている。

 

 焔硝は邪眼の存在を風の噂で耳にしたことはあるが、それは遠くの国の話であり、まさか稲妻内で蔓延っているとは初耳であった。

 

 鳴神大社に閉じ籠もっていたが故の弊害だ。

 

 八重神子は邪眼が開発されている稲妻内の工場は抵抗軍によって制圧され、もう二度と使用者は現れないと空に伝え安心させた上で、本題に入る。

 

「汝……あやつに会ったな?」

「雷電将軍のこと?」

「妾が言っているのは、その『人形』ではなく……『彼女』に会ったのかと聞いておる」

「それって……あの『空間』にいた?」

 

 八重神子はニヤリと笑う。

 

「そう。『自我』を維持するため、『一心浄土』で無限の瞑想を続けている、本物の雷電将軍――その名は、『影』」

 

 八重神子は雷電影と雷電将軍について語る。

 

 影は摩耗から逃れるため自らの意識を刀に宿し、瞑想を用いて全ての障害を回避している。一心浄土に閉じ籠もり、外の雑務はただひたすら永遠へと突き進む人形である雷電将軍に任せている。

 

 焔硝が刃を交えた将軍はその人形であり、影本人ではない。ただ少なくとも、人形を通して焔硝の存在は知られているはずだ。

 

 八重神子は影の行動を、自らの部屋に閉じ籠もる拗ねた子供とそっくりだと批判する。

 

「あやつの言う『永遠』はもうとっくに、あやつの思う『永遠』になっておる。つまるところ……失うのが怖いんじゃ」

 

 失うのが怖い、そう告げるところで八重神子は焔硝に視線をやった。

 焔硝は何も言わず、八重神子から視線を逸らす。

 

「俺は何をすればいい?」

「汝と妾は……同じ立場におる。汝は目狩り令から稲妻の民を救いたい、それは妾も同じじゃ。ただついでに、この国とあやつも救いたいのじゃ」

 

 八重神子は空に言う。

 一心浄土にいる影を、その世界で打ち負かしてくれと。

 そうすれば影の意志を『変える』ことができるかもしれないと。

 それが稲妻が暗黒の永遠に陥る前に救える唯一の方法である。

 

「でも何で俺に?」

「まだ自分が特別なことを認識しておらぬのか? 言ったはずじゃ、『一心浄土』は基本的に自我のみを許容する空間、汝がそこに行けたということはつまり、あやつは汝に十分な関心を持っているということじゃ。あやつもきっと……永遠にとってこれほどまでに『不安定』な個体は見たことがなかったんじゃろう。のぉ、焔硝?」

「……俺に振るな」

 

 焔硝は腕を組んで顔を背ける。

 

 厄介なことに巻き込まれた、いや首を突っ込んだのだと今更ながら焔硝は自覚した。

 

 八重神子は空を影に嗾けるつもりだ。それは八重神子の期待が確信に変わったことを意味し、否が応でも焔硝を巻き込むつもりだ。

 

「汝の存在は契機だけでなく、『鍵』でもあるんじゃ……やはり妾の期待通りじゃな、童よ」

 

 八重神子はそう言うと、焔硝の首根っこを掴んで鳴神大社の外へと歩み始める。首根っこを掴まれた焔硝は抵抗する気が失せているのか、無愛想な顔で引き摺られていく。

 

「あれ? どこに行くんだ?」

「『対雷電将軍特訓』。汝のために特別に用意してやる。ついて来るのじゃ」

 

 ズルズルと焔硝を引き摺り、いつの間にか焔硝の羽織と刀を手に持っていた八重神子はウキウキとした表情で大社を出て行く。空とパイモンもそれに続き、大社を出るのであった。

 

 到着した場所は、草の根も生えていない広場だった。だたの広い空間に連れて来られた空とパイモンはこれから何が起こるのか分からず不安に駆られていた。

 

 八重神子は焔硝を広場に中心に投げ捨て、羽織と刀を投げ与えた。

 

「さて童よ、あやつが『対雷電将軍特訓装置』じゃ」

「ええ!? あの見るからにだらしないやつが!?」

「パイモン、失礼だよ」

「うぅ……でもなんで焔硝が特訓装置なんだ?」

 

 焔硝はどういうつもりだと八重神子を睨んでおり、八重神子は優雅に腕を組んで笑っている。

 八重神子は空に顔を向け、事情を説明する。

 

「あやつは影の技を模倣できる。数えるのが億劫になるほど共に腕を磨き続けてきたからの」

「共にって……焔硝は何者なんだ?」

「……『赤雷の魔神』?」

 

 空がボソッと呟いた。それを聞いていた八重神子と焔硝が目を見開く。

 

「ほぅ? 何処でそれを聞いたのだ?」

「鍾離先生が言ってた。稲妻には神が二柱いると。雷神バアルに付き従った武神だって」

 

 八重神子は目を細める。

 

「モラクスが……。じゃがそれは少し正しくない。『赤雷』とは魔神戦争後に付けられた異名であり、本来は『焔の魔神』と呼ばれておった。その魔神は二千年前の戦いで一度死んでおる。その後、雷神バアルが権能を用いて復活させたのが赤雷の魔神であり、焔の魔神の生まれ変わりじゃ」

 

「……ん? それが焔硝と何の関係があるんだ?」

 

 パイモンは可愛らしく首を傾げ、八重神子は少し呆れる。

 

「今の話で分からぬか? つまりそこでだらしない格好をしている男こそが『赤雷の魔神』なのじゃ」

「――ええええっ!? 焔硝が神だってぇ!?」

「おい、誰がそこまで教えろと言った? それに俺はもう神ではない。七神のような力も持ち合わせていない」

 

 焔硝が羽織を羽織って立ち上がり、八重神子を睨み付ける。

 あまり話されたくない内容だったらしく、不機嫌さが顔に顕著に出ている。

 空とパイモンは愕然と口を開き、八重神子はしてやったりと笑っている。

 

「それに俺が特訓装置? 寝言は寝てから言え。俺はそんなことに付き合うつもりはない」

「な、何でだ? もしかしてお前は雷電将軍のやり方が正しいと思ってるのか?」

 

 パイモンの言葉を聞いて空は僅かに身構える。

 

 鍾離から聞いた話では赤雷の魔神は雷神バアルに従う神である。雷電将軍とこれから戦おうとしている自分達は焔硝にとって敵であるのと同然。もしかしたら焔硝は雷電将軍の味方で、今ここで戦うことになるかもしれない。

 

 だがそれは空の杞憂である。焔硝が特訓に付き合わないのは、別の理由だった。

 

「違うぞ。そやつは怖がっておるのじゃ――影に己の過ちを責められることを」

「――」

「過ち? それって何だ?」

「そやつは――」

「止めろ、八重。それ以上はその子に関係の無いことだ」

 

 焔硝は赤刃の刀を抜き放った。

 空は焔硝から炎元素が沸き上がるのを感じ取り、剣を取りだして構える。

 

 雷電将軍の特訓なのに炎元素? と不思議に思った空だが、焔硝から発する炎が自分がよく知る形ではなく、雷の形を取ったことに驚く。

 

 雷と同じ形、同じ動きをしているが、アレは灼熱の炎だと再認識する。

 

「良いだろう、八重。本当にその子が変革者だと言うのなら、特訓ついでに確かめてやる」

 

 焔硝の周りに赤雷が発生し、雷鳴を轟かせながら空を威圧する。

 

「そ、空……こいつ強いぞ!」

「うん……! 雷電将軍と同等の威圧感を感じる!」

「行くぞ――精々死ぬな」

 

 焔硝は技を繰り出す。その技は空が一心浄土で雷電将軍が放ってきたものと同じだった。違うのは色と雷が持っている熱量ぐらいだ。

 

 焔硝を中心に広がる赤雷、空が立っていた場所に直接放たれる赤雷の斬撃、焔硝から放たれる赤雷の斬撃、四方に放たれた赤雷の塊。

 

 空は一心浄土で見てきた雷電将軍の技を、死に物狂いで避けていく。

 

 でなければ――殺される。

 

 空は冷や汗を流す。手加減はされているのだろう。たぶん、喰らっても死なない程度の出力で放ってくれているはずだ。

 

 だけど、焔硝から放たれる威圧感と殺気がそれは間違いだと訂正してくる。特訓で死なないとでも? と言われているようで空は必死に走り回る。

 

「うわぁ!?」

 

 焔硝の赤雷が空に直撃する。

 

 死にはしなかった。だけど死ぬほど痛く、死んだと錯覚させた。

 

「その程度か? それで影に勝てるとでも? 立て、もう一度だ」

 

 空は立ち上がり剣を握る。

 

 今度は負けない。そう決心して赤雷を避けていく。

 

 赤雷を放ちながら、焔硝は八重巫女に言われた言葉について考える。

 

 己が影を怖がっている――そう言われた時、焔硝は心臓を掴まれた感覚に陥った。

 

 今まで焔硝が期待に対して否定的な気持ちを持っていたのは、それによって訪れるある未来を怖がっていたからだ。

 

 もし空によって影の意志が変わり、一心浄土から出てくることがあれば、必然と顔を合わせることになるだろう。

 

 そうなれば、どんな顔で影に会えば良い? そもそも影は会ってくれるのだろうか? 影は己に対して恨みを抱いているのではないだろうか? その口から恨み言を吐かれ、影から直接突き放されるのではないだろうか? 眞と同じように、影が完全に離れてしまうのではないだろうか?

 

 焔硝はそれを怖がっていた。まるで子供が親に叱られるのが怖く、家に帰ることができないように。

 

 鳴神大社に引き籠もっていたのも、酔いもしない酒を飲み続けていたのも、期待に対して消極的なのも、全てただの現実逃避なのだ。

 

 影と向かい合うことを、焔硝は酷く恐れているのだ。

 

 八重神子にそれを見抜かれていたこと、心情を言い当てられたことに焔硝は焦る。

 

 そして迷っている。

 

 影と顔を合わせるのが怖い。今のまま時間が過ぎていくほうが幸せなのかもしれない。

 

 だがそれは本当に幸せなことなのだろうか。そもそも、己が幸せになることは許されないのではないか。その幸せは、稲妻の民にとって苦しいものなのではないか。

 

 己はただ、怖がって何もしない臆病な子供なのではないか。

 

 焔硝の意識が空から一瞬離れる。

 

「ッ! 今!」

 

 そのほんの一瞬、その隙を見逃さなかった空は赤雷を掻い潜り、焔硝へと迫った。

 焔硝がハッとする頃には、空は己の間合いに焔硝を入れていた。

 

「ハァッ!」

 

 雷元素を纏った空の剣が振られ、焔硝の首筋に迫る。

 

 しかし腐っても元武神であった焔硝に、その一撃は微風のようなものだった。

 刀で剣をそらし、突っ込んでくる空の勢いを利用して空を捻り投げる。

 放り投げられた空は地面に背中から落ち、くぐもった声を漏らす。

 

「そこまでじゃ」

 

 八重神子が特訓に制止を掛ける。

 焔硝は赤雷を静め、刀を鞘に収めた。

 パイモンが空に駆け寄り大丈夫かと声を掛ける。

 

「童よ、ようやったのぉ。まさか攻撃を避けるだけではなく、反撃するとは思ってもみなかったぞ」

「でも、簡単に投げ返された……」

「それはそうじゃ。焔硝に傷を与えられる者など、稲妻では影以外もうおらぬからの。少し休憩を挟むことにしよう」

 

 八重神子達は休息ついでに語らいを始めた。

 

 焔硝は少し頭を冷やすため、少し離れた場所の岩に腰を下ろして空を見上げた。

 

 まさか特訓と言えど戦闘中に余計な事を考えて隙を見せてしまうとは。

 

 焔硝は己の不甲斐なさに落胆する。

 

 そんなだから、己は何も守れなかったのだと責める。

 

 しかし、空と対峙して焔硝は彼の力に目を見張るものがあると確信した。

 決して神のように圧倒的な力がある訳でもない。何か突出した力や技を持っている訳でもない。

 

 それでも空は決して挫けない精神力と忍耐力を持っている。必ず勝利を掴み取るという執念、渇望というものが感じ取れた。

 

 それは常人では手に入れられない強者の証。空はそれを確かに持っていた。

 

 いったい彼が何者なのか、何の為に稲妻に来たのか、焔硝は強く興味を抱いた。

 

 それと同時に、空なら本当に影を――と思い始めた。

 

 影が求める『永遠』、それは本当に彼女のためになるのか、稲妻のためになるのか……。

 

 焔硝はそれが間違いだと、本当は気付いている。

 ただそれを口にする権利は無いと、焔硝は思っているのだ。

 

 影を『永遠』から解放するのは――それは己ではなく空なのだと、焔硝は納得してしまった。

 

「眞……俺は臆病で卑怯者だ。俺に残された最後の友なのに、面と向かって話すのが怖い。赤雷の将も、酷く落ちぶれたものだ……」

 

 ジャリ……。

 

 焔硝の背後に誰かが立つ音がした。

 振り向くと、そこには空とパイモンがいた。

 

「……休息はもう終わりか?」

「えっと、その前に焔硝さんの話が聞きたくて……」

「……?」

 

 焔硝は離れている場所で立っている八重神子を見る。八重神子は澄ました顔で焔硝達の様子を眺めているだけだった。

 

 何か仕向けたな、と焔硝は察したが、空の力を確信した焔硝は空を隣に座らせた。

 

「何が聞きたい? あと、俺のことは焔硝でいい」

「どうして雷電将軍から離れたの?」

「……別に、離れたくて離れた訳ではない」

 

 空のド直球な問いに焔硝はウッと胸を痛める。

 だが何も知らない者から見ると、そう見えないこともないし気になるところではあるだろう。

 

 焔硝は己の過去を空に語り始める。

 

「俺と影は多くを失いすぎた。影は失うことを恐れて『永遠』を求め始め、俺の心はその時から動かなくなった。影の悲しみを理解してやれるのは俺だけだったのに、影に寄り添うこともせず俺は打ち拉がれていた。ようやく影のことを見ようとした時には、あいつは既に一心浄土に引き籠もり、人形である雷電将軍が成り代わっていた。もう何もかも手遅れで、俺は八重の下で殻に閉じこもっていた。だから、離れたくて離れた訳じゃない」

 

「なら、お前も神子と同じで、影を外に連れ戻したいと思ってるのか?」

 

 パイモンが空の頭の上に座りながら、期待を込めた視線を焔硝に向ける。

 焔硝は腕を組んで少し思案し、やがて口を開く。

 

「……それが影にとっても、稲妻にとっても最良なのだろう。それを否定する気も邪魔する気も無い」

「ん……? 結局、お前はどうなんだ?」

「……さて、な。ただ言えるのは、影に会うのが怖い。影が『永遠』を追い求めるようになったのは俺の所為だ。もし影が外に出てきて俺と会うようなことがあれば……影は俺に対して失ったことへの責を問うかもしれない。影が全てを失ったのは、俺の所為だ。守ると誓ったのにその誓いを破った。影から直接拒絶されるのは――何よりも辛く、怖い」

 

 焔硝の言葉は震えていた。

 

 空は神にも人間らしい臆病さがあるのだと、少しズレた感想を抱いた。

 

 つまり、焔硝は影に会いたいと思っているけど影が怒ってるかもしれないから会いたくない――実際はそんな簡単な言葉で済ませるようなものではないのだろうが、分かりやすく言えばそういうことなのだろうと、空は何とも言えない表情を浮かべる。

 

 神様って……思いの外面倒臭いんだな――。

 

 空は急に焔硝に親しみを覚えた。

 

 目の前にいるのは元武神でも赤雷の将でもなく、ただ臆病な人なのだと空は認識した。

 なら、その臆病な人の背中を押してあげようと、剣を握って立ち上がった。

 

「焔硝、もう一度特訓をお願い! 今度は一撃当てて見せるから!」

「うわっ!? 何だよいきなり!?」

「パイモン! はやく下がってて! さ、焔硝! やろう!」

 

 空は特訓場所へと走って向かう。

 

 焔硝はぽかんとした表情を浮かべていたが、フッと小さく笑って立ち上がる。

 

 もしかしたら空なら、影に一撃見舞いすることができるかもしれないと、変な期待を抱いて。 その後、焔硝と空は特訓を続けた。最初の時よりも余裕を持って技を避けられるようになった空に八重神子は満足し、これにて特訓は終了だと告げる。

 

 これで影に勝てる訳ではないが、勝利への道は切り開かれたと八重神子は告げる。

 

 そして八重神子は影に勝利するための次の策を講じる。

 

 一度、鳴神大社へ戻り、情勢から社奉行以外の二つの奉行はファデュイと結託していると教える。そのお陰でファデュイが誰にも悟られず邪眼を散蒔いたのだと。

 

 それを前置きにして、空を雷電将軍の前へ導くため、天領奉行のある者に謀反を起こしてもらうと言う。

 そのある者とは幕府軍を率いる九条裟羅であり、ちょうど鳴神大社へと来ていた。

 

 お尋ね者である空と焔硝を捉えようとするが、八重神子の言葉でそれは防がれる。

 

 八重神子は九条裟羅に天領奉行、九条家がファデュイと結託しており、雷電将軍の目を曇らせていると教え、その証拠を三日後に此処で渡すと約束する。

 

 九条裟羅は九条家が将軍を裏切るはずがないと言って聞かなかったが、証拠を渡すと言われ、三日待つことにした。もし虚偽であれば、お尋ね者である空と焔硝を引き渡してもらうと条件付けて戻っていった。

 

 八重神子はその『証拠』を今持っておらず、それを手に入れるため専門家に協力してもらうと言って空とパイモンを案内しに行った。

 

 焔硝は鳴神大社に残り、八重神子が戻ってくるのを待った。

 

 その日の夜に八重神子は大社に戻り、あとは三日待つだけと、草臥れた様子で欠伸をした。

 

「まったく……お前は何処まで見えている?」

「何のことじゃ?」

 

 月夜が照らす部屋の中で、焔硝と八重神子は酒を飲み交わしていた。

 焔硝は今日一日の八重神子の行動を振り返り、何処まで知っているのかと呆れと驚きを抱いていた。

 

「俺でも目をそらしていたことを言い当てたり、ファデュイのことだったり……流石に邪眼の件は話してくれても良かっただろう?」

「妾もつい最近確信したばかりなのじゃ。言う前にあの童が関わっておったからの。童に任せてみようと思ったまでじゃ」

「……いつから気付いていた? 俺が――」

「影に会うのを怖がっていることか? そんなもの、五百年も一緒に居れば誰でも分かる」

「……」

 

 焔硝は顔を伏せる。

 八重神子はいつもの妖艶な雰囲気を消し、真剣な眼差しで焔硝を見つめる。

 

「のぅ、焔硝や。妾は影のことを友人だと思っておる。だからこそ、あやつを外へと引っ張り出してやろうと思うておる」

「……友、か」

「焔硝、汝も妾が救ってやりたい友じゃ」

「……!」

 

 焔硝は驚いたように八重神子を見る。

 八重神子は微笑む。

 

「汝も過去という『永遠』に囚われ続けておる。影と焔硝、この二柱を『永遠』から救い出すのが、友としての役目だと思っておる」

「……お前が、友か。そうか……」

 

 焔硝は五百年ぶりに、八重神子の前で笑みを零した。最初は小さな笑いだったが、次第に大きくなり、盛大に笑い始める。

 

「ハッハッハッハッ! そうか! そうか! 友か!」

「なんじゃ……妾が友で何がおかしい? これでも数百年一緒に生きてきたし、共に戦った仲でもあろう。忘れたとは言わせぬぞ?」

「いやいや……そうじゃない。つくづく、俺の目は曇っていたんだと思っただけだ。こんな近くに友が居たと言うのに……くはっ!」

 

 焔硝は目尻から涙を拭い取り、気分良く酒を飲んでいく。

 

 八重神子も今日この日ばかりは、飲み過ぎる焔硝を止めることなく、夜が更けるまで共に飲み続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

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