書いてて思った……原神要素何処と。
それを自覚したのは――封印されてからどれ程時が経った頃だろうか?
我が師、アウナスの焔槍にて心臓を貫かれ、この異空間に釘付けにされて、寝ては覚めてを繰り返していた。身体は動かせず、思考だけが正常に働いているこの長い時間、それはまさに生き地獄に相応しいだろう。
幸いにして、我は神だ。この程度であれば我の精神力には支障をきたさない。ただ声を出すこともできず、指先一つ動かすこともできないまま巨岩に釘付けられている。心臓を貫いているこの槍が忌々しい。これさえ抜くことができれば、此処から出て行ってやるというのに。
もう長い時が流れた。精神はまだ摩耗しておらず、明確に思考能力が働いている。
ふと、我は瞑想をしていた事に気が付く。ほぼ無意識だったのだろう。いくら摩耗していないとは言え、思考するしか許されないこの空間でやれる事はそれぐらいしかない。
瞑想の中で、我は我の存在定義を模索していた。我を生み出したのは我が師ではなく、師を信仰する我が民達だ。
我は……何の為に生み出された? 民達は我に何を望んでいた? 師は民達を殺してまで何を止めようとしていた?
『創るのだ――我が神を唯一神にする為に』
『生み出すのだ――我が神の力を示す為に』
『献上するのだ――我が神の為の武器を』
『神殺しの武器を――』
神殺し……我にその様な力が? であるなら師が知らぬ訳もなし。
ならば何故生かした? 我を武器に他の神々を殺すつもりだったのか?
――最早関係無し。どのような形であれど、どのような謀反を企てていようと、彼奴らは我が民であった。我が師の民であったはずだ。それを我の目の前で殺した。許すまじ。
それに――我が神殺しならば、その意義を果たすのが神の役目だ。
我が民が切望し、命を捧げ、それによって生まれたのであれば――。
我は殺そう、この世に蔓延る全ての神を。
感じる……感じるぞ。この世の神々の存在を。
全て……全てだ。全て……殺し尽くしてやる。
ベリアルは目を開いた。岩を隆起させて作った神座に座ったまま、凄まじい速度で近付いてくる元素を感じてニタリと笑う。高台になっているそこからは、自らが生み出した軍勢を烈火の如く薙ぎ払いながら突破してくる焔が見える。
嘗ての師、嘗ての兄――焔の魔神アウナス、その死に損ないが向かってくる。
二千年前、ベリアルはアウナスに負けた。だがその力の差はほんの寸分。加えてあの時は己の定義を見定めていなかった。全てを把握し、己が為すべき事をはっきりとさせて今であれば、アウナスに勝つことができる。更に言えば、アウナスは既に死にかけ。この場に来るまでに雷神と刃を交えていたのも見ていた。もうアウナスにあの時の力は残っていない。
「アウナス……貴様との因縁、此処で終わりにしよう」
焔が軍勢を突破した。焔で焼けた道を残しながら、真っ直ぐとベリアルに向かってくる。
ベリアルは神座から立ち上がり、側に突き立てていた双剣を握り締め抜き放つ。背後に自身の火神・火之迦具土神を召喚させる。赤い火が戦場に広がり、灼熱の地獄を造り出す。
アウナスが全身を燃やしながらベリアルに飛び付く――。
「ベぇぇぇリぃぃぃアぁぁぁルゥァアッ!!」
「アウナァァァァスッ!!」
焔と武火が、二千年の時を経て衝突した――!
灼熱の焔に身を燃やされながら、焔硝は軍勢を強引に正面突破してベリアルに突撃した。
倶利迦羅と夢想の一心を振り下ろし、ベリアルの双剣とぶつかる。
「おおおおおおっ!」
此処に来るまでに焔硝の身体は焔を吐き出し、主であるはずの焔硝を焼き尽くそうとしている。だがその焔を逆手に取り、両手の刀に流し込んで強烈な斬撃を可能にしていた。斬った空間が焼き斬れる威力の焔と斬撃の二つを同時に繰り出し、ベリアルと激しい攻防を繰り広げる。
それと同時並行で、互いの火神が刃を交える。焔硝の火神は焔の槍を振るい、ベリアルの火神は六つの手にそれぞれ火の剣を握って六つの斬撃を放つ。攻撃の手数の多さは言うまでもなく、火神の大きさもベリアルのが勝っていた。焔硝の火神よりも巨体で、まるで鬼神のようだった。
「アウナスッ! この時をどれ程待ち侘びたか! 貴様に分かるか!?」
「知ったことか!」
ベリアルの双剣を叩き、ベリアルからの攻撃を倶利迦羅で逸らす。焔と火が織り混ざり、周囲の岩肌を焼き溶かしていく。
「つれない事を言ってくれるではないか! 貴様が我を封じ込めたのだ! 貴様の弟子で、ああ! 妹でもあったな!」
「ベリアル! 俺が憎いか!?」
「憎い!? そのような俗な考えは持ち合わせておらん! 我の中には我の宿命を果たす火しかない! そうだ! 神殺しの宿命をな!」
「させるものか! 影は殺させやしない! お前は此処で――俺と死ね!」
焔の斬撃がベリアルの剣を弾く。ベリアルの身体に刀を走らせようとするが、ベリアルの反応速度は凄まじく、焔硝の攻撃を容易く防いでいく。
ベリアルは嗤っていた。激痛に悶え、時間に焦り、摩耗に藻掻き苦しんでいる焔硝とは違い、この戦いを愉しんでいるようだった。
ベリアルは防戦から攻戦に転じた。夢想の一心を弾き返し、足を踏み出す。武火が焔硝の頬を焼き付ける。嘗て焔硝が教え込んだ剣術を、焔硝の命を狩る為に振るわれる。ベリアルの火神も動きを変え、三本の剣で焔硝の火神の槍を止めた。
「此方の番だ!」
「っ!?」
ベリアルの双剣による連撃を受け、防戦に集中することになる。後ろに下がっていく足を止めようとするも、彼女の猛攻には耐えられない。
素早い連撃、強烈な一撃、弱くも的確な一撃、バランスを崩し、必殺の一撃を叩き込む。
焔硝はそれらを防ごうとするが、今ある全力を以てしてでも全ては見切れない。腕や肩、額に剣の切っ先が掠り、血を流す。
そしてそれは火神も同じ。槍で六つの剣を捌こうとするが、既に死に体の火神では対抗できない。ベリアルの火神が三本の左腕を同時に振り払い、三剣で焔硝の火神の槍を斬り裂く。槍を失った火神は両腕で立ち向かうも、両肩と右腕を炎剣で貫かれる。
「ぐあっ!?」
焔硝の両肩と右腕も火神が受けた傷と同じ傷ができる。血が流れ、火によって蒸発していく様を見て、ベリアルの嗤いが深まる。
「隙を見せたなァ!」
「っ――!?」
ベリアルの武火が強まる。握る双剣に赤い火が宿り、必殺の一撃が放たれる用意が完了する。
先ずは右手の剣――武火が一瞬で渦巻いて集束する。
「先ずは一撃――まだ死ぬなよ?」
振り上げ、振り下ろす。その動作だけで焔硝は死を直視させられる。
焔硝は反射的に両手の刀を前に出して交差させる。そして元素力を全力で正面に解き放つ。
「
その瞬間、激烈な一撃が放たれる。ベリアルが召喚する武火、それが人一人を完全に呑み込む程の大きさで掃射され、焔硝の姿を消した。放たれた武火はそのまま直線上にある物体全てを呑み込み、跡形も無く消し去る。人間には成し得ない、魔神だからこそ可能な強烈な元素力の解放。衝撃音を散らしながら、武火の砲撃は止んだ。
「――っ!!」
焔硝は生きていた。焔硝の火神がその身を挺して防いでおり、辛うじて直撃を避けていた。
だがそれにより火神は身体の殆どを失ってしまい、最早辛うじて左半身を顕現させているだけの状態になってしまう。
焔硝は膝を突く。吐血し、地面に血が広がる。今の一撃で相当な元素力を使用したのか、顔の左側が縦に割れて血ではなく焔が噴き出す。
「まだ左があるぞ?」
「――――」
「十束剣――天羽々斬」
炎元素がベリアルの左手にある剣に音を立てて瞬時に集束される。
そしてそれは無慈悲に振り払われる。
ベリアルの武火が八つの斬撃波となって放たれ、焔硝の火神、そして焔硝の左手に持つ倶利迦羅ごと身体を八つ裂きにした。全身がバラバラになっていないのが奇跡――己の刀と力、全てを打ち砕かれた焔硝は夥しい血を撒き散らしながら吹き飛んでいき、地面に転がった。何度も何度も地面を跳ね、最終的に岩壁に激突して止まる。
十束剣――これが、これこそが神殺しの力。他の魔神を殺す為だけに造り出され生まれた魔神の天敵。これがベリアルに雷電影が勝てない最大の理由。魔神であれば、否、魔神であるからこそ、この力の前には歯が立たない。如何なる魔神も、この神殺しの力には抗えず、ただ一撃斬られただけでその命を燃やし尽くされる必殺の力。
それが――十束剣。
「あの時はまだ己の力を理解しておらず、完全に力を掌握していなかった。だが我が宿命を理解し受け入れた今ならば力全てを引き出せる!」
ベリアルの火神が六つの剣を叩いて鳴らす。あの一振り一振りが全て十束剣。あれ一つで神を殺すことができる。それが六つ――ベリアルの手に握られている。
「しかし我の力は貴様に対してだけは効力が薄まる。まだ生きているのだろう、アウナス?」
ベリアルが歩き出す。双剣の切っ先を地面に擦りながら、ゆったりとした足取りで焔硝が倒れている場所へと進む。擦った地面から火が燃えだし、ベリアルの軌跡を残していく。
ベリアルは地面に崩れ落ちている焔硝を注意深く観察する。見た目は重症、四肢は落ちていないが、天羽々斬によって全身に致命的な傷を負っているはず。死んではいないであろうが、それも時間の問題だろう。
――宿命の第一幕はこんなにも呆気なく終わるか。
ベリアルは燃え滾っていた宿命の火が冷え切っていく感覚を味わう。
己が生まれた意味である神殺し――それは必ず成し遂げるが、有意義な戦いができると思っていた。武神の焔から生まれたこの身にも戦いを愉しむ性が宿っている。神殺しの戦いとは、どれ程に血肉と魂が踊るか期待していた。
だが――事実は違った。呆気ない、こうも呆気ないと言うのか。いくら疲弊しきっていた魔神とは言え、命を燃やして戦っていた。少しは手傷を負うと予想していた。なのに焔硝は傷一つ与えられずに地面に転がっている。
「……」
ベリアルは焔硝の前に立つ。すぐ足下には血で真っ赤に染まった師が横たわっている。左手の剣を消し、焔硝の首を掴む。ズルリと持ち上げ、焔硝の虚ろな瞳に右手の剣の切っ先を突き立てる。
「アウナス……二千年前の貴様とは思えんな。あの頃の貴様はもっと……刃のように鋭かった。だが今の貴様は、ただ闇雲に命を燃やす愚か者だ」
「……」
「期待していたのだ。武神から生まれたこの身を満足させる戦いができると――酷く落胆したぞ」
グサリッ――。
焔硝の左目を切っ先で潰した。焔硝は何も反応しない。意識を失っているのか、既に死んでいるのか。息すらしているのか怪しい。ベリアルは切っ先を抜き、今度は焔硝の心臓へと切っ先を向ける。
「雷神と戦わずに来れば良かったものを……。そうすれば我に傷ぐらい付けられたろうに」
「……」
「……何?」
焔硝の口が僅かに動き、そこから声が漏れた。
何か呟いたのだと思ったベリアルは耳を傾ける。
「……教えただろ」
「……?」
「……殺し合いじゃ……最後まで油断するな……っ」
「っ――!?」
焔硝の左腕が動き、折れた倶利迦羅で甲胄で覆われていないベリアルの腹を突き刺した。ぐるりと捻り、奥深く突き刺す。
魔神相手にその程度は何も意味を成さないだろう。だが確かにベリアルを傷付けた。
「どうした……? 早く離れろ……俺は……火すら燃やすぞ」
「ぐぅっ!?」
焔硝は突き刺した倶利迦羅から焔を傷口に流した。その傷口からベリアルの体内に焔が駆け巡り、内部から焼いていく。その激しい灼熱の痛みは、二千年前に受けた痛みと全く同じだった。己の火が焔によって燃やされていく感覚、焔は火よりも格上なのだと表しているようで、ベリアルは怒りで歯ぎしりを鳴らす。
焔硝を放り投げ、彼の手から離れて腹に刺さったままの倶利迦羅を抜き取る。傷口は燃え続けており塞がる様子を見せない。倶利迦羅を握り潰し、左手に剣を出す。
放り投げられた焔硝は地面に寝転がったまま乾いた笑い声を出す。身体が割れて焔が漏れ出ている状態で、血だらけの状態で、片目を潰された状態で、焔硝はまるで気にしていないかのように笑う。上半身を起こし、ガクガクと震える四肢で立ち上がる。
「はぁ――――良かった」
「……何だと?」
焔硝がホッと安堵した顔を見せる。
ベリアルは何故焔硝がそんな顔をするのか理解できない。
だから聞き返した。まさか、正気を失った訳でもあるまい。
「ちゃんと……覚悟ができていたようだ」
「……?」
「弟子を……妹を……お前を殺す覚悟が」
「何を言っている?」
「でなきゃ、刺すことも燃やすこともできなかった」
焔硝は安心したように笑みを零す。
分からない、ベリアルは焔硝が分からなかった。今更何を言っているのだろうか?
覚悟を決めたから、この場に来ているのではなかったのか?
僅かでも迷いがあったのだろうか?
だが――だから何だと言うのだ。例え覚悟が決まったからと言って、焔硝に勝てる要素は無い。既に死に体で、元素力も先程の一撃でもう無くなっている。言うなれば、今の焔硝はただの人間と同じだ。神の一息だけで命の灯火が消え失せる矮小な存在。
であるのに、その筈だというのに、ベリアルは悪寒がした。それも背後から心臓を霊魂に掴まれたような、生きた心地がしない悪寒だ。焔硝は、まだ神殺しの神を殺せる神だとそう認識させてくる。
「……何を隠している?」
焔硝は右目をカッ開いた。右手に持つ夢想の一心を逆手に持ち替え、上に振りかぶる。
そして、躊躇うこと無く自身の身体に突き刺したのだ。
「何を……!?」
ベリアルは己が目を疑う。
そしてハッと気が付く。
焔硝の腹に突き刺さっている夢想の一心、そして汚れてはいるが傷一つ付いていない彼の羽織から元素力が発生しており、それらが焔硝の肉体で一つに混ざっていくのが視えた。
「眞が最後に残してくれたこの力……! この命……! 今こそ、その全てを捧ぐ! 俺の命、魂、身体……全て持っていけぇ!」
天から紫雷が落ちてきた。焔硝の身体に溶け込んでいき、紫雷は赤雷へと変わる。途端に膨れ上がる元素力。炎元素と雷元素が融合した焔硝のだけの元素力。それが爆発的に上昇し、焔硝を新たな姿に生まれ変わらせる。赤雷が爆ぜ、天を貫く。雷雲が天を支配し、赤雷が隙間から姿を覗かせては雷鳴を轟かせる。
やがて天を貫く赤雷は勢いを止める。その中から現れたのは、焔の魔神でも赤雷の将でもなかった。
炎雷の魔神――名付けるなら、そうなるだろう。
髪は黒から赤一色に変わり、二本の紅い角が額から生えている。羽織は姿形を裾が長い赤雷の陣羽織へと変えている。赤い瞳の中に赤雷が走っており、身体の至る所に焔が纏わり付いている。そして背中には上部が欠けたような赤い光輪を背負っている。
今まで死にかけていた男が、新たな魔神となってベリアルの前に姿を現したのだ。
「――面白い。面白いぞ、アウナス! そうだ、そうこなくては!」
ベリアルもついに本気を出した。武火を全力で生み出し、火神に更なる力を与える。城一つ程の大きさまでに巨大化させ、それぞれに手に十束剣を握らせる。そして自身は巨大な火神の胸に位置するように浮遊し、炎雷の魔神を見下ろした。
「来い! 今度こそ神殺しだ! 武火の魔神ベリアルが全身全霊を以てもう一度貴様を殺してやる!」
「……」
炎雷の魔神、焔硝は右手に完全な十文字槍を出した。中央の刃先が長く大きく、赤い刃になっている赤雷を纏う槍だ。
そして、その名を口にする。
「
現るは、炎雷の武神。赤い雷が超巨大な武者となり背中に光輪を背負って姿を見せる。火神の時のような見窄らしさは一切無く、武神の名にふさわしい神々しさと畏怖を持ち合わせている。
焔硝はベリアルと同じように武神の胸元まで浮遊し、槍を横に構えた。武神も同じ形の槍を右手に握り締め、ベリアルと火神を睨み付ける。
「常道を恢弘せしは、永遠なる鳴神なり――参る」
正真正銘、神対神、最後の殺し合いが始まった。