稲妻の双雷   作:八魔刀

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お待たせしました。
戦闘シーンはスピーディーに動いていると想像してください。
結構、長くなってしまったので、色々と誤字脱字などしていたら申し訳ありません。

軻遇突智とか十束剣のふりがな……付けた方が良かったかな?


第33話 焔人の章13

 

 

 

 焔ノ島――中央部。

 

 そこでは、神と神が激しい業火を発しながら刃を交えていた。

 

 焔が炎雷――否、焔雷の化身へと至った焔硝が巨大な雷霆を召喚し、それを操りながら武火の魔神ベリアルへと迫る。ベリアルも己が火神を操り焔硝を斬り殺す為に迫る。火神は六本の剣を振るい、雷霆を細切れにしようとする。だが雷霆は右手の十文字槍だけで全て弾き返し、焔雷を火神に叩き落とす。ベリアルはその焔雷の危険性を察知し、防ぐのではなく火神を下がらせて避ける。焔雷は地面に直撃し、その場所は激しい爆発を起こす。

 

 ベリアルは目を見張った。今まで見てきた焔とは違う、熱量も質量も元素力も桁違いに高い。焔であって焔ではない、雷であって雷ではない。両方の元素を兼ね備えた真新しい力。炎と雷による元素反応が常に発動している状態のモノは見たことがない。目の前に迫る焔硝に双剣を叩き込みながら、得体の知れない神へと至った焔硝を凝視する。

 

 赤い髪、紅い角、背中の光輪、赤雷の陣羽織、焔雷の十文字槍、赫灼の瞳。姿も以前とは丸っきり違う。内から感じる力も、神殺しの神であるはずの己が恐怖してしまう程に凄まじい。

 

 双剣と槍がぶつかり合い、炎を撒き散らす。先程まで瀕死であったとは思えない怪力に、ベリアルは口端を吊り上げる。

 

「貴様……! 何だその姿! 力! 何をした!?」

「俺の命と俺の神がお前を殺す。ただそれだけだ!」

 

 焔硝の槍が焔雷を纏いながら振るわれる。目まぐるしく連続して振るわれる槍をベリアルは双剣で捌いていく。同時に反撃にも出るが、その全てを焔硝は槍で叩き落としていく。槍が振るわれる度に焔雷が巻き起こり、ベリアルの甲胄を焼き、肌を撫でる。ベリアルは負けじと己の武火を放つ。神殺しの力を宿した武火なら、触れた相手が神であればその火力は絶対のモノになる。

 

 だが――その武火は焔硝にとって神殺し程の力は発揮されなかった。焔硝は武火を、槍を握っていない左腕で斬り裂く。そのままベリアルが放った武火は消されてしまう。

 

「っ――!」

「忘れたのか? お前は俺の焔から生まれ、俺以外の神を殺す為にその力を持った。前の俺にとっては業火に過ぎず、今の俺にとってはただの火だ」

 

 焔硝の背後から雷霆が身を乗り出す。槍を振り上げ、ベリアルの火神ごと両断せんと縦に振り下ろす。火神は四本の剣で槍を防ぎ、残り二本の剣で雷霆の両横腹を突き刺そうとする。雷霆は左手を槍から離し、もう一槍をその手に出現させた。その槍を火神目掛けて突き出し、火神は突き刺そうとしていた二本の剣を交差させて槍を受け止める。

 

「アウナスッ! 流石だな! それでこそ我が師であり我が兄! だがその力、いつまで保つか見物だな!」

 

 ベリアルは左手の剣に元素力を瞬時に集約させる。それを察知した焔硝も元素力を槍に集約させながら後ろに跳び退く。

 

「十束剣――神度!」

 

 武火の掃射が焔硝に向かって放たれる。先に放った神度よりも大きく、強い衝撃が生じる。

 焔硝はその神度に向かって槍を回しながら振るう。

 

「焔業――紅龍」

 

 焔硝の元素力が具現化し、焔雷の龍が姿を現す。龍は赤雷を炸裂させながら咆哮をあげて神度へと正面から突撃する。両者は激突し、龍が神度を喰らいながらベリアルへと押し迫る。ベリアルはその場から飛び上がり、龍の一撃をかわす。大爆発が起きる中、ベリアルは爆風を剣で斬り裂いてそのまま上空へと更に飛翔する。

 

 そして、己の元素力を火神へと更に送り込む。火神は主であるベリアルの力を受け取り、武火を噴火させながら更に巨大化した。その大きさと言えば、稲妻に聳え立つ城に匹敵するだろう。ベリアルは巨大化させた火神の肩に着地し、宙に浮かんでいる焔硝を見下ろす。挑発するような笑みを浮かべ、お前も来いと目で語る。

 

 それを受けた焔硝は雷霆に更なる力を与え、焔雷を轟かせながら火神と同じ大きさまで巨大化させる。自身もベリアルと同じように雷霆の肩に立ち、ベリアルと睨み合う。

 

 焔硝は冷静に、己の制限時間を分析する。眞の最後の雷を使用した事で一時的に力が進化し、死に体だった状態から回復はした。しかし今のこの状態は小さな蝋燭に強大な炎を灯しているようなもの。すぐに蝋燭が溶けて無くなってしまうかのように、焔硝の命は燃え続けている。ベリアルと斬り結ぶ時間すら惜しい。何としてでも己が死ぬよりも先にベリアルを殺す。

 

 ――残された時間は五分もないだろう。

 

「アウナス! 此処で因縁を絶つ!」

「ベリアル! 俺がお前を討つ!」

 

 巨神が動き出す。上半身のみだけが具現化しているとは言え、城ほど大きな巨体が動く様子は、人が見れば恐怖で腰を抜かすだろう。火神が左手の剣全てを振るい、雷霆が右手の槍で受け止める。火神が右手の剣全てを振るい、雷霆が左手の槍で受け止める。そして巨神と巨神の間では、それぞれの肩から飛んだ焔硝とベリアルがぶつかる。火神と雷霆が斬り合い、焔硝とベリアルが斬り合う。

 

 雷霆と何度目かの斬り合いを行った火神は、雷霆から少しだけ距離を取って二番目の右手が握っている剣に元素力を集束させる。ベリアルは焔硝から離れ、火神の額辺りまで飛翔して叫ぶ。

 

「十束剣・神度!」

 

 それはベリアルの剣ではなく、火神の剣から放たれた。極大の掃射が雷霆を呑み込もうとするが、雷霆は右手の槍を高速で回転させて盾とし神度を受け止める。神度は水が塞き止められるように防がれ、弾かれた神度の残滓が焔ノ島に飛来して爆発を起こす。

 

「まだだ!」

 

 ベリアルは火神の二番目の左手の剣を上空に掲げる。燃ゆる空が渦巻き、強大な炎元素が雲の上で泳ぎ出す。

 

「十束剣・天叢雲!」

「っ!」

 

 渦巻く燃ゆる空から、武火で生み出された巨大な蛇が落ちてきた。雷の如く、剣の如く焔硝と雷霆に襲い掛かる。

 

「軻遇突智!」

 

『ウオオオオオオッ!』

 

 焔硝は雷霆に命じ、大蛇に立ち向かわせる。雷霆は二槍を大蛇に向けて振るうが、大蛇の牙によって防がれてしまう。

 

『ヒシャアアアアアッ!』

 

 大蛇が雷霆の二槍を弾き飛ばす。二槍は雷霆の手から離れ、島の大地を削りながら突き刺さる。得物を失った雷霆に大蛇は噛み付こうとし、雷霆は素手で大蛇を抑え込む。燃ゆる空から引き摺り下ろそうと力を込めるが、大蛇は激しく抵抗して雷霆に牙を向ける。

 

 焔硝は雷霆が大蛇の動きを止めている隙に雷霆の腕を伝って大蛇へと駆け出す。手に握る槍に元素力を込め、赤雷が走り抜ける。そのまま大蛇の額に槍を突き刺し、焔雷を打ち込む。大蛇は内側から焔雷に焼かれて怯み、雷霆の手から離れる。雷霆はその隙を逃さず、腕を交差させて両手に槍を呼び戻す。そして両腕を一気に振り抜き、大蛇を両断した。焔硝はそのままベリアルに向かって飛翔し、槍の矛先である焔雷を肥大化させて振り払う。ベリアルは双剣で受け止めるが、その力強さに負けて吹き飛ばされて火神の額に背中を打ち付ける。

 

「ぐはっ!?」

「軻遇突智、穿て!」

 

 雷霆が二槍を引く。次の瞬間、強烈な突きが放たれる。二撃ではなく、一突きごとに焔雷による無数の突きが追撃で放たれる。焔雷槍の雨を正面から受けた火神は六つの剣で凌ごうとするが手数が足りず身体にいくつもの大穴を開けてしまう。

 

 火神が崩れ落ちようとしたその時、ベリアルは四本目の剣を発動する。

 

「十束剣・布都御魂!」

 

 三番目の左手に握る剣を地面に突き刺す。すると武火の渦潮が火神を中心に発生し、広域を激しく燃やす。雷霆はその渦潮に巻き込まれるが、さして痛手を負わなかった。武火の渦潮は崩れ落ちかけていた火神に吸収されていき、受けた傷を再生させた。元の状態まで回復した火神は一番目の右手の剣を振りかぶる。

 

「受けよ! 十束剣・天之尾羽張!」

 

 振るわれた剣からは何も発生しない。雷霆に当たらず空振りしただけで、斬撃波すら発生しない。だが次の瞬間、雷霆の左半身を激しい衝撃が走り抜ける。その衝撃は雷霆の背後の大地すらも走り抜け、まるで斬り裂いた痕を付ける。雷霆の左半身も殆ど両断されており、左腕はだらんと力無く垂れ下がっている。焔硝が雷霆に力を送るもその傷は再生することはなく、焔硝はすぐに再生に回す力を止め、反撃に全てを回す。左手で掴んだままの槍を右手の槍に吸収させ、両刃の十文字槍へと変化させる。右肩を前にして火神に突進をかます。

 

 ベリアルは雷霆が傷を受けても止まらなかったことに意表を突かれ、接近を許してしまう。雷霆の突進を受けて後ろに怯んだ所を焔硝は見逃さず、槍を薙ぐ。第一の矛先が火神の右腕二本を斬り落とし、第二の矛が左腕一本を斬り落とす。同時に火神の胴体も横に斬り裂き、火神から武火が血のように溢れ出す。

 

「くぅ!?」

 

 火神とその頭に乗るベリアルは大きく後退する。もう一度布都御魂で回復させようも、握っていた腕ごと斬り落とされて使用することができない。

 

「燃え呻れ! 軻遇突智!」

 

 焔硝は此処が決め時だと確信し、必殺の一撃を発動する。

 雷霆が焔雷を解き放つ。背中の光輪が強く輝き、元素力を循環させる。全元素力が右手の槍に流れていき、最強の焔雷槍を生み出す。槍を持ち上げて投擲の構えを取り、更に元素力を槍に圧縮させていく。

 

「おのれぇ! 我は――我が神殺しだァ!」

 

 ベリアルも火神を操り、残った右手の最後の剣を掲げる。膨大な量の炎元素が集束されていき、剣身が強化されていく。正しく武火を体現させた神剣、肉眼で見るだけで眼球が焼かれてしまう程の火力を有する、ベリアル最強の剣。

 

 どちらの技も必殺の威力を持つ。先に放つ側が勝利に手を掛けるだろう。

 

 果たして――それは同時に放たれた。

 

「焔業――天逆鉾!」

 

「十束剣――天火聖裁!」

 

 雷霆が焔雷槍を投げ放つ。

 

 火神が神殺しの剣を振り下ろす。

 

 二つの神の力がぶつかり合い、その力の大きさ故に世界は一瞬だけ音を失う。続いて強すぎる光が放たれ色を失う。時の流れも乱れ、世界はその爆発の為だけに存在することになる。

 

 片や、穿つことを極めた焔雷の槍。片や、神を殺す炎の神剣。世界を焼き尽くせるであろう火力を持つ二つの力が交差し、次元をも壊してしまう衝撃が生じる。

 

 その時、稲妻に咲き誇る神櫻が強い光を発した。神の力が爆発する寸前、神櫻が発する光で焔ノ島を包み込む。光は障壁となって衝撃を外に漏らさぬよう抑え込む。

 

 そして――時が元に戻る。世界が絶叫するような爆発音が鳴り響き、大地が激しく揺れる。島の表面は消し飛んでいき、更地へと変えていく。爆発と衝撃が消えた時、障壁もまた消える。そこに雷霆と火神の姿はなく、何も無い光景が広がっていた。

 

 否――空に浮かぶ影が一つ。

 

 焔雷の輝きを殆ど失いつつある焔硝が、苦しそうにして佇んでいる。身体の至る所から血を流しており、赤雷の陣羽織もボロボロで見る影もなくなっている。

 

 勝ったのだろうか――? ベリアルの姿は何処にも見えない――。

 

「……終わっ――」

「隙を見せたなァ!」

 

 突如、焔硝の真上からベリアルが振ってきた。纏っていた甲冑を失い、焔硝と同じく血だらけの姿で、焔硝に不意の一撃を放った。ベリアルの双剣が焔硝の身体を袈裟斬りにし、焔硝は血を流す。

 

「がっ――!?」

「これで――我の勝ちだ!」

 

 ベリアルは勝利を確信した笑みを浮かべ、止めの一撃を刺すために剣を焔硝に突き立てる。

 

 剣は放たれ、焔硝の心臓に突き刺さる直前――それは現れた。

 

 紫電を纏い、金色の髪を持つ、戦傷を顔に付けた、異邦の旅人。

 

 焔の魔神が友と呼んだ、彼の名は――。

 

「――空!?」

「貴様は!?」

「っ――!!」

 

 空は己の剣でベリアルの一撃を受け止めた。此処に辿り着くまでに激しい戦いを突破してきたのだろう、着ている服もボロボロで、三つ編みにしていた髪も解けている。

 

「焔硝ッ!!」

「っ!?」

 

 空はベリアルの剣を弾き返し、ベリアルに向かって手を向ける。その手から爆風が放たれ、ベリアルを吹き飛ばして焔硝から離した。それで全ての力を使い果たしたのか、下に落ちていく。落ちながら焔硝に向かって叫ぶ。

 

「――勝て!!」

 

 空は落ちていく。そして地面に激突する寸前で、紫の雷光が空を掬い上げる。

 

 その雷光は叫ぶ。

 

「――終わらせなさい! 焔硝!」

 

 その言葉を吐き出すのに、彼女はどれ程葛藤したことだろう。どれ程の覚悟でそれを口にしただろう。彼女は――雷電影は焔硝に向けて紫雷を放った。

 

 紫雷は焔硝が伸ばした手に触れ、そのまま焔硝の力となる。内から最後の力が湧き上がる。

 

「――ありがとう」

 

 小さくそう呟き、焔硝は全てを解放した。

 

 ベリアルが再起し、焔硝に斬りかかりに行く。ベリアルもまた、残った最後の力を振り絞り、小さな火神を背後に携えている。

 

 だが――ベリアルの動きは止まった。愕然とした表情で空を見上げ、構えていた剣が力無く下がる。

 

 ベリアルが見上げる空には、天を覆い尽くす雷霆が見下ろしていた。巨大、などと言う言葉では最早足りない。正しく天空その物だ。天が雷霆となってベリアルを見下ろしている。

 

 戦場にいる武士達、稲妻に住まう臣民達、更には海を越えた先にある璃月の民達や稲妻がある方角の空を眺めていた者達も呆けてしまう。ある者達は神だと崇め、ある者達は厄災の前触れだと恐れ、見る者の心を集めた。

 

「奥義――【無双】の一太刀」

 

 天の雷霆が槍を逆手に持ち上げ、巨大すぎる矛先を落とす。あまりにもの大きさ故に動きはゆっくりに見えるが、決して避けられる一撃ではない。ベリアルは動くこともせず、ただ迫り来る神の一撃を前にして見つめるだけだった。

 

 雷霆の一撃にベリアルが呑み込まれる瞬間世界は止まり、焔硝は嘗ての記憶を思い出す。

 

 ベリアルが霧依であった頃の、宿命とは無縁だったあの幸せそうに笑う妹の姿。師と呼び慕い、兄と慕ってくれる掛け替えのない家族。

 

 思えば、今まで何も守ることができなかった。力はあったはずなのに、守ると誓ったものは何一つ守れなかった。失った後悔ばかりを背負う一生だった。幸せの裏にはいつも後悔ばかりが付き纏った。

 

 そして今度もまた――愛する妹を、愛する者達を守る為に失う。

 

「――――」

 

 世界は――動き出す。

 

 雷霆の一撃はベリアルを呑み込み、焔ノ島ごと両断する。雷霆の一撃で島が割れ、最早以前の姿は完全に無くなる。槍先が最後まで差し込まれた後、焔雷が激しく爆ぜて雷霆はその姿を消していった。

 

 静寂に包まれ、衝撃波で消えていた風が戻り島を燃やしていた炎が全て消える。島が割れたことで割れ目に海が流れ込んで陸が二分される。もう二度と再び炎と雷が現れることはなかった。それを証明するかのように、ベリアルが生み出した軍勢も全て塵となって消えていき、戦いが終わったのだと告げる。

 

 激しい戦いが終わった島の残骸にて、雷電影は焦燥に駆られた表情で走っていた。その後ろを追いかける形で空とパイモン、そして八重が走っている。全員、軍勢との戦いで傷や泥で全身を汚しており、疲労困憊といった状態ではある。

 

 影は必死になって彼を探していた。戦いは終わった。あとは彼を見付けて生きて連れ帰るだけ。必ず生きている。絶対に生きている。自分を置いて行ってしまう訳がないと、必死に自分に言い聞かせて探し回る。

 

 そして漸く見付けた――。羽織を無くし、血だらけのまま地面に倒れ込んでいる焔硝を。

 

「焔硝ッ!」

 

 影は大急ぎで駆け寄り、側に滑り込むようにして焔硝に触れる。

 

「――っ!?」

 

 恐ろしいまでに冷たかった。先程まで戦っていた者とは思えない位に冷たく、そして重く感じた。呼吸を確かめ、心臓の鼓動を確かめる。そのどちらもしていない。

 

 彼は既に――物言わぬ肉塊になれ果てていた。

 

「いやぁっ!」

「影! 焔硝は!?」

「ま、まさか死んじ……!?」

「っ!?」

 

 影が泣き出して焔硝の身体を揺さぶる姿を見て、追い付いた空とパイモン、八重は最悪の結果を想像する。

 

「起きてっ! 起きてください! 目を開けてぇ!」

「――影!! 今すぐ汝の力を焔硝に分けるのじゃ!」

 

 八重が取り乱す影を抑えてそう告げる。それから自身も法術で焔硝の身体を可能な限り治療していく。影は八重に言われた通り、自身の権能を用いて眞がやってのけたように己の雷を焔硝に分け与えていく。経験なんて無い、方法も分からない。だが眞にできたのなら己にもできると信じて元素力を流し込んでいく。自分の中から何かが大きく失っていくのが分かる。きっとこの方法で合っているのだと信じ、焔硝を蘇生しようと集中する。

 

 しかし――何も起こらない。焔硝は目を覚まさない。息を吹き返さない。心臓が動かない。冷たいまま、何も話さない。

 

「死なないでください……! あなたが居ないと私は……いや、嫌です! 私を置いて行かないでください!」

「焔硝! 起きるのじゃ! 汝はまだ死んではならん! 影の為にも……妾の為にも生きてくれ!」

「……焔硝」

「うぅっ……!」

 

 それでも――彼は目覚めない。

 

 もう彼の魂は――そこに居ないのだから。

 

 その時だ――。

 

 影達の側に、誰かが立つ音がした。

 

「ッ、あなたは――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 温かな光の中で、焔硝は目を覚ました。

 身体は軽く、心地良い気持ちで溢れている。

 

 嗚呼――そうか、終わったのか。

 

 すぐに理解した。己は死んだのだと。戦いを終わらせて、命を終えたのだと。

 

「――焔」

「っ……」

 

 名を呼ばれ、振り返った。

 そこには眞と、嘗ての盟友達がいた。

 

「眞……やっと……終わったよ」

「……お疲れ様。よく、頑張ったわ」

 

 眞の手が焔硝の頬に触れる。死んだのに温もりを感じるのは奇妙な話だと思いながらも、焔硝はその温もりを確りと感じる。

 

「眞……俺は……そっちに行っても良いのだろうか?」

「……どうして?」

 

 焔硝は、思い詰めた表情を浮かべて顔を伏せる。

 

「俺は……俺は妹を……この手で殺した。宿命に狂ってしまったとはいえ、ベリアルは……霧依は俺の大切な妹だった。俺のこの手は……汚れてる」

「……」

 

 焔硝は涙を流す。妹を失った悲しみ、妹を殺した罪によって焔硝の心、魂は黒く濁り始めていた。このまま眞達の下へ向かうことが果たして赦されるのだろうかと、赦される訳がないのだと思い、眞達と行くことを諦めかけている。

 

 焔硝の思いを聞いて、眞は優しく微笑む。

 

「でも……あなたは守ったのよ。今を生きる、愛する者達を」

「だが……」

「文字通り命を懸けて、大勢の神と人間を救ったのよ。なのにその貴方が救われないなんて……私には耐えられない」

「……」

 

 悲しそうにする眞を見て、焔硝は眞の顔を撫でる。

 

 ――嗚呼……なんて優しいんだ。こういう奴だったな、お前は。

 

 ――行って……良いのだろうか? 彼女達の中に飛び込んでも良いのだろうか?

 

 ――彼女達と一緒に……行きたい。

 

「……あぁ、そうだな。眞、俺は――」

 

 焔硝が前に進もうとしたその時、手を誰かに掴まれた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは……ベリアル!」

 

 影は側に立った者を睨み付けた。空とパイモンも警戒し、八重は心の中で焦りを見せる。

 

 ベリアルは右半身を血で真っ赤に染め、右腕は完全に消し飛んでいた。瀕死の重傷の筈なのに、少々息が荒いだけで未だ生きていた。赤い目を光らせ、物言わぬ姿になっている焔硝を見下ろしている。

 

 影と八重は思考を巡らせる。蘇生の手を止める訳にいかないが、このままではベリアルに一方的にやられてしまう。空がいるとはいえ、彼も軍勢との戦いで疲弊しきっている。抵抗する手段があまりにも限られている。焔硝を連れて逃げるにも、もうこの位置では間に合わない。

 

「……」

 

 ベリアルが動き出す。影たちは焔硝を守ろうと身を挺して庇う。

 

 しかし、いくら待っても一向に攻撃はやって来ない。妙に思い顔を上げてみると、ベリアルは焔硝の頭側に膝を突いていた。荒い呼吸をしながら、敵意が無い目で彼を見つめている。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ベリアルは静かに、左手を焔硝の頬に添える。それから温かな元素が焔硝に流れ込んでいく。

 

「あなた……」

「……私の火なら……師匠を起こせるかもしれない」

「ッ、汝、霧依か!?」

 

 八重の問い掛けにベリアル――霧依は頷く。

 霧依の意識が戻っていることに驚き、影たちは警戒を緩める。

 

「私の中に流れる武火は、元々は師匠の焔です。それを師匠にお返しすれば……」

 

 霧依は己の元素力を焔硝に譲渡していく。

 しかしそこで影と八重はある事に気が付いてしまう。

 

「待ってください。あなたはどうなるのですか?」

 

 影の問い掛けに、霧依は何でもなさげに答える。

 

「この様です。命は消えるでしょう」

「何だって!?」

 

 パイモンが驚きの声をあげる。空も目を見開き、影と八重は「やはり……」と口籠もる。

 

 霧依は申し訳なさそうに顔を伏せ、少し苦しそうな声で語る。

 

「申し訳ありません、バアルゼブル様。私は……私が弱く、愚かだったのです。何も知らず、何も疑わず力だけを求めてしまった。その結果、私は神殺しという宿命に呑まれて狂ってしまった……。その所為で師をずっと苦しめてしまった」

 

 そう謝罪する霧依の目から涙が零れる。神殺しの神であるベリアルに取り込まれてからも、霧依の意識は中で起きていたのだろう。その中で自分の身に何が起きたのかを思い出し、理解したのだろう。

 

 辛いだろう――と空は思う。幸せだった頃の記憶を保持して蘇り、ベリアルが覚醒する為に利用され、師である焔硝と殺し合う様子を見せられながら全ての記憶を取り戻していくなんて、常人であれば発狂するだろう。

 

「師匠の最後の一撃は、私ではなく宿命に狂ったベリアルだけを斬りました。師匠にその意図は無かったでしょうが、こうして此処に私が居るのならば、この命を以て罪を償います」

「……ですが」

「止めないでください。何れにせよ、私の命は長くありません。ならば、有用に使いたい」

「……」

 

 影は何かを言おうとしたが、ぐっと唇を噛み締めた。八重も何も言わず、空とパイモンは静かに事の成り行きを見守る。

 

 霧依は最後に、優しい声色で影に告げる。

 

「バアルゼブル様、どうか師匠を……私の兄をお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を引っ張ったのは――町娘の格好をした霧依だった。

 ベリアルとしての姿では無く、心優しい霧依の姿だった。

 

「霧依……!?」

「……師匠、行ってはなりません」

 

 焔硝は霧依が現れたことに酷く驚き、言葉が出て来ない。霧依はそんな焔硝の様子が可笑しいのか、ふふっと笑ってしまう。

 

「お久しぶりです、師匠。本当に、ご迷惑をおかけしました」

「霧依……霧依ぇ……!」

 

 焔硝は霧依を前にして両膝を突く。許しを請うようにして、霧依の手を握りながら頭を下げて謝る。

 

「ごめん……! ごめん……! 俺はお前を助けてやれなかった! お前をこの手で殺してしまった! お前を助けるはずだったのに!」

「師匠……いいえ、兄様。兄様は悪くありません。寧ろ兄様は私が更に大きな過ちを犯す前に止めてくださいました。感謝こそすれば、怒りも恨みもありません」

「違う、違う……! お前を殺すなんて手段が赦されて良いはずがない! お前には未来があった! 幸せになるべき未来があった! それを俺は奪い取った! 俺はお前を……幸せにしてやりたかった……!」

 

 焔硝の言葉に、霧依は唇を震わせる。焔硝の顔を上げさせ、幼い頃いつも彼にされていたように目線を合わせて言葉を紡ぐ。

 

「私は幸せでした。兄様の妹として生まれたこと、兄様に育てて頂いたこと、兄様の愛情を受けられたこと、真に幸せでした」

「赦してくれ……赦してくれ……!」

 

 焔硝は泣きながら謝り続ける。霧依は困ったように笑い、その様子を見ていた眞が助け船を出す。

 

「焔、兄なら妹の気持ちを素直に受け取るものよ。霧依ちゃんはあなたを恨んではいないわ」

「そんな訳ない! 俺は殺したんだぞ! この手で……二度も!」

「いいえ、兄様。二度も救ってくれたのです。だから己を責めないでください。寧ろ誇ってください。兄様は私にとって偉大な神です」

「霧依……!」

 

 霧依は焔硝の頭を抱き締める。少し、寂しそうにして焔硝の髪を優しく撫でる。

 焔硝はそれを受け入れ、霧依を抱き締め返す。

 

「兄様……此処でお別れです。兄様はまだ死ねません。代わりに私が逝きます」

「え……?」

「……申し訳ありません、バアル様。兄様にはまだ……兄様を必要としている方々が居ります。私が其方へ参り、罰を受けます故、どうかお許しください」

「霧依、何を……?」

 

 焔硝は霧依の言っていることが分からず呆ける。しかし眞は全て分かっているのか、優しい笑みを浮かべて頷く。眞の後ろに立っている笹百合たちも承知しているのか、笑顔で頷いている。

 

「霧依ちゃん、罰なんて必要無いわ。誰も怒っていないもの」

「……感謝致します」

 

 霧依は呆けている焔硝を立たせ、立ち位置を入れ替えて眞側に立つ。

 焔硝はそこで漸く霧依の言葉の意味を理解する。

 

「まて……待つんだ……。霧依、お前……!」

「兄様、今まで誠にありがとうございました。どうかこれからは兄様に幸福があらんことを」

「待て!」

 

 焔硝は手を伸ばした。すぐ近くにいた霧依の手を取ろうとした。しかし何故か距離が開く。一歩、二歩、三歩と前に出ても距離は詰まらず開いていくばかりだった。

 

「焔、まだこっちに来ちゃ駄目よ。影と幸せになりなさい。あのお狐ちゃんも大切になさい」

「眞! 待ってくれ! 俺は!」

 

 もう手は届かない。それを悟った焔硝は言葉が詰まる。

 

 だが、この言葉だけはしっかりと出すことができた。

 

「――愛してる! ずっと! ずっとお前達を愛してる! ずっと……これからも……!」

 

 最後の方は噛み締めるように出た言葉だったが、一番伝えたいことは伝えられた。

 焔硝は涙を流しながら身体を引っ張られていく感覚に身を委ねる。

 最後に聞こえてきた『私も愛してる』という言葉が、胸に深く刻まれた。

 

 

 

 そうして焔硝は――現世で目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終話――。
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