稲妻の双雷   作:八魔刀

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―伝説任務編―
第5話 天下人の章


 

 

 目狩り令が廃して暫く――。

 

 稲妻は転機を迎えており、政治体制は慌ただしくなっていた。

 雷電将軍が静養に入り、天領奉行、社奉行、勘定奉行の三奉行は指示役の将軍を失い、互いに協力し合って何とか仕事をして稲妻の政治を行っていた。

 

 しかし天領奉行がファデュイと結託して将軍を裏切ったこともあり、天領奉行はその効力を発揮できずにいた。天領奉行の信用信頼が失われ、仕事が碌に回らないでいるのだった。

 

 ただでさえ内政でてんてこまいだというのに、将軍が静養に入った途端に稲妻外海で雷が荒れ狂い始めてしまった。その荒々しい雷が稲妻の島々に迫りつつあると言う。

 

 稲妻の者達は将軍様に何かあったのではないか、と将軍を心配する声が多くなっていった。

 

 偶然、稲妻に足を運んでいた空とパイモンはその話を、最初に稲妻に来てから世話になっていたトーマから聞き、それを解決すべく将軍に会ってみようと提案した。

 

 トーマから将軍のことを任された空とパイモンは、将軍こと影に会う方法を得るため、影に詳しい八重神子に会ってみようと鳴神大社へと訪れるのであった。

 

 空とパイモンは神櫻の前に佇んでいる八重神子を見付け声を掛けた。

 

「神子ー! オイラたちだぞー!」

「おや……童達ではないか。ふふっ、妾に会いに来てくれたのか?」

「もちろん」

「ふん、口は達者じゃが、目は嘘を吐くのが苦手のようじゃ」

 

 八重神子は空とパイモンが別の目的で訪れたことを見抜いていた。だが空の返答に気分を良くしたのか、軽く笑みを浮かべて用件を尋ねた。

 

「最近、将軍が静養を取ってるって聞いたんだ。それで稲妻外海の雷が不安定な状態になっているらしいって。皆、将軍の具合が悪いんじゃないかって思ってるみたい。天領奉行も将軍の決定が無いといけないみたいだし……」

 

 それを聞いた八重神子は腕を組みながら溜息を吐き、憂いを帯びた表情を浮かべて遠くを見据える。

 

「将軍様はあの戦いの後、心がこじれて人が変わってしまったんじゃ」

「えぇっ!?」

「人が変わった?」

 

 八重神子は頷く。

 

「将軍様の力は日々衰えておる。汝があの時、強く打ちすぎたせいじゃな」

 

 空は一心浄土での出来事を思い出す。

 

 あの時は全身全霊で戦っていたし、そりゃ渾身の力を込めて剣を振るった覚えはある。

 

 しかし、自分の攻撃が真面に当たったのはほんの数回程度。それ以外は全部防がれたし、何なら反撃を貰って吹き飛ばされてもいる。勝てたのは稲妻の人々の意志の力が大きかったのが殆どで、正直言って実力で勝てたかと言われたら怪しい所だ。

 

 空は「えぇ……?」と困惑の表情を浮かべて首を傾げた。

 

「あやつにとって敗北は何よりも重い一撃。それにこの前妾が会いに行った時、うっかり三色団子と娯楽小説を忘れてしまって。更に言うと、焔硝のやつも影に会おうとせずにおってな」

 

 八重神子は大袈裟に天を仰ぎ、芝居かかった様で嘆き出す。彼女から溢れ出る言葉の端々には愉快痛快の感情がはっきりと乗せられていた。

 

「ああ、妾の旧友よ、甘味を食べながら娯楽小説を読むことができず、焦がれる男は顔を見せず、心が乱れて泣き喚いてしまうとは。しくしく、かわいそうに……くくっ」

 

 八重神子は笑いを堪えきれなかったようだ。

 

「そんなことで泣き喚く神がいるか!」

「信じるんじゃなかった」

 

 パイモンは八重神子にキリッと目を立ててツッコミ、空は呆れてジト目で八重神子を見つめる。

 八重神子は悪びれもせず、ふんっ、と鼻で笑い飛ばす。

 

「仕方ないじゃろ。妾からすれば、汝らの『心配』は妾の嘘と同じように無意味なもののように聞こえる。一割は本当のことじゃがの」

 

 続けて八重神子は言う。

 

「あれは永遠を求める影じゃぞ。凡人の命などあやつからすれば須臾にすぎぬ。凡人に安否を心配されてどうしとろ言うのじゃ? 心配すべき男は例の如くだらしがないしの」

「てことは、無事なんだな?」

「詳しい状況は妾も知らぬ。静養したいと言っておったし、妾もこれといった用がなかった故、自分から面倒に巻き込まれ行く必要もなかったしのう」

 

 空とパイモンは八重神子の口から影の無事を確認でき、一先ずホッと胸を撫で下ろす。

 

 もしこれで本当に体調が優れないのであれば、あり得ないことではあると思うが、もしかしたらあの戦いが原因なのかもしれず、もしそうであれば責任を感じる所であったと、空は軽く冷や汗を流した。

 

「じゃが……」

 

 八重神子がそう零し、空はビクッと肩を震わせる。

 

 まさか、やっぱり不調を……?

 

「雷の件は妾も耳にしておる。『あやつの意志に変化が起きた』という点については、些かあり得ないことでもないじゃろうな」

 

 八重神子の懸念に、空は「あー……」と頭を抱え、それもそうだと納得する。

 

「じゃあ、見に行ってみないと。何があったか心配だ」

「静養中に会えるのは、稲妻でも妾だけじゃ――本当はもう一人おるが」

「そういえば、焔硝はどこに行ったんだ? 今でも鳴神大社に住んでるんじゃないのか?」

 

 先程から執拗に八重神子の口から焔硝の存在を強調され、パイモンがその当人がいないことに気付いて辺りを見渡す。

 

 空も、大社に来てからそれは気になっていた。焔硝はいつも鳴神大社にいて、八重神子と一緒にいるイメージがあったので、姿が見えないことに妙な落ち着きの無さを感じていたのだ。

 

「あやつは……」

 

 八重神子は言葉を止め、口元を手で隠して何やら思案する。

 空はその時、チラリと八重神子の口端が吊り上がるのを見た。

 

 あ、何か企んでる――。

 

 空は面倒なことに巻き込まれるんだな、と悟ってしまった。

 

「ちょうど良い。影に会わせる代わりに、ちと妾の頼み事を聞いてくれんか?」

「まあ、良いよ」

「聞き分けが良い子は好きじゃ。頼みとは、その焔硝のことでの。あやつ、影の心が動かされてから暫く立つと言うのに、未だに影に会おうとせんのじゃ。稲妻城に足を運び、その前をウロウロとしては諦めて帰ってくるのじゃ」

「えぇ……魔神のくせに意気地無しだなぁ」

 

 空は焔硝に呆れてしまう。

 

 特訓を受けていた時はあんなに強くて頼り甲斐のある姿を見せてくれていたというのに、何て子供っぽいんだ。

 

 聞いたところによれば、自分達が影と戦っている間、『人形』である将軍と一人で大立ち回りを演じたそうじゃないか。その戦いを見た人達からは、赤雷の将の復活だと囃し立てられているほどだ。

 

 そのような人物――正確には元魔神――が、あろうことか女1人に覚悟を決められないなんて、呆れを通り越して失望に近いものを空は感じた。

 

「そうじゃ、あやつは意気地が無くてのお。そこで汝に頼みたいのは、影と焔硝の仲を取り持ってほしいのじゃ」

「えぇ? オイラ達が?」

「何も二人を会わせろとは言わぬ。そうじゃの……影が焔硝のことをどう思っておるのかを聞き出し、焔硝にそれとなく聞かせてやってほしいのじゃ」

「……? 何で俺が? 神子のほうが上手く聞き出せるんじゃ……?」

 

 空は首を傾げる。

 

 焔硝を会わせるのは兎も角として、将軍の気持ちを聞き出すのなら自分達ではなく、簡単に会えて友人である八重神子のほうが簡単にできるはずだ。

 

 それをいくら興味を持たれているとはいえ、あくまでも部外者である自分達ではそのようなことを聞き出すのは難しいのではないだろうか。

 

 空は将軍と焔硝の蟠りを大雑把にだが聞いている。相応に重い話でもあり、部外者が容易に突いてはいけない話だと思っている。将軍だって、関係の無い者に話したくはないはずだ。

 

 だが八重神子は首を横に振り、優雅に腕を組んで語る。

 

「妾が聞くと揶揄われると思って話してくれんのじゃ。少し苛め過ぎてのう……」

「え?」

「それに焔硝に妾が会いに行けと言っても聞かぬし、影に言ってもあやつも会いに行こうとせぬ。いい加減、二人の悶々とした態度に呆れを通り越して苛立ちを感じ始めておる。このままでは妾が大好きな油揚げも喉を通らぬで困ってのお……」

 

 チラッ、と八重神子が空を見る。随分挑戦的な目付きだ。

 空は肩を落として溜息を吐き、八重神子の頼み事を引き受ける。

 どの道、影に会うには八重神子の助けが必要だ。断ることもできぬ。

 八重神子は満面の笑みで頷き、空に天守閣への通行証を渡す。

 

「では頼むぞ。ああ、妾のことは言うな。言えば口を開かんだろうからな。ふふふ……」

 

 妖艶に不敵な笑みを浮かべる八重神子を見て、空はこんな人(狐)が友人で影も焔硝も苦労するなー、と同情しながらも早足で鳴神大社から出て行くのであった。

 

 

 

 空は駆け足で稲妻城へと向かい、門番に通行証を見せて天守閣へと入った。

 天守閣では雷電将軍がソワソワと部屋中を歩き続けており、空が話しかけると鋭い剣幕で対応してきた。

 

 空が何を聞いても禁則事項、静養中、禁則事項、静養中と繰り返し説明し、明瞭を得られなかった。いよいよ将軍が会話を断ち切ったその時、空とパイモンは一心浄土へと引き込まれる。

 

 一心浄土で影と再会し、静養について話し合う。

 

 影は稲妻の『永遠』について考える時間を得るため、将軍が間違いを起こさないように機能のいくつかを停止させていたという。その影響で事務処理も行えず、『影』としても振る舞うこともできないため、『静養』という形で引っ込めさせているらしい。

 

 そうしているのは、将軍が規則変更に対して完璧なまでの防御機能を備えているため、将軍の設定を変えるよりも停止させることのほうが効率が良いからである。

 

 将軍を造り出した当時の影が、未来の自分が規則を変えることが『永遠』に相応しくないと考えたからである。

 

「そういうことか。じゃあ、稲妻外海の雷が荒れ狂っているのは、将軍の機能がいくつか停止したからなんだな」

 

 パイモンがそう言うと、影は目を丸くしてコテンと首を傾げた。

 

「雷が荒れ狂う? それは初耳ですね」

「え? 知らなかったのか? 実は……」

 

 パイモンと空は外海の状況と、天領奉行の混乱を影に話す。

 影は二人の話にしっかりと耳を傾け、何が起こっているのか把握する。

 

「なるほど。外海の雷がそのようなことに……」

「厄介なことなのか……?」

「操作の手違いで、そういうこともあるんです。あとで私が将軍を調整すれば問題ありません」

 

 空とパイモンは影をジト目で見つめる。

 その視線に居た堪れなかった影は咳払いをして視線をフイッとそらす。

 

「そんな目で見ないでください。こういった操作は今までにやったことがないんです。将軍の講造は複雑なもので、調整をするだけでも問題は出てくるものなんです。これは言い訳ではありませんよ。ええ、事実を言っているだけです」

 

 空は内心、もしかしてこの世界の神達は絶対にどこか抜けていなければならないのか、ポンコツでなければならないのかと、変な法則の存在を認識しはじめた。

 

 飲兵衛の風神、世俗にズレがある岩神、天然で抜けている雷神、意気地無しの赤雷。

 

 相対的に見て鍾離先生が真面である。モラを持ち歩かず払わせることには目を瞑るとして。

 

 人間と魔神の違い故なのかもしれないが、この世界の行く末を少しだけ不安に思ってしまった空である。

 

 雷の件が簡単に片付くと分かり、空は影に『永遠』について何か進展があったのかと尋ねた。

 影は残念そうに首を横に振り、進むべき方向は見付けたが、矛盾を取り除けていないと答える。急ぐ必要もないので慎重に考えていくと言う。

 

 影が行き詰まっているのを感じ取った空は、影を外に誘ってみる。

 影の気分転換にもなるだろうし、将軍の元気な姿を皆が見れば変な憶測もなくなるだろうという考えである。

 

 影は一心浄土を離れるという考えもしなかった提案に驚くも、折角の誘いなので承諾する。

 

 しかし――と、影は一つの懸念を思い出す。

 

「どうしたの?」

「いえ……その、外に出るということは他の誰かに会うということで、その……」

「……あぁ」

 

 空は手を叩いて影の懸念していることに考えが行き着く。

 

 それはきっと焔硝のことだろう。八重神子から聞いた話によれば、影も焔硝に会いに行こうとしなかった。それはおそらく、影も焔硝に会いに行きづらい理由があるのだろう。

 

 影が困っている様子を見て、外に連れ出すのは無理かもしれないと空が困っていると、影は首を振って笑みを見せる。

 

「何でもありません。あ、気分転換に行くのですから、私のことは『影』と呼んでくれて構いませんよ。堅苦しい呼び方はあまり好きでないので」

 

 空はホッと胸を撫で下ろす。

 

 ここで断れたら影に焔硝のことを聞き出せなくなるところだったかもしれない。そうなれば八重神子からの頼み事を反故することになっただろう。

 

「じゃあ、影。さっそく行こう」

「ええ」

 

 三人は一心浄土から現実世界へと出る。

 

 影は将軍の身体に意識を移し、将軍の身体を使って外を出歩く。

 この身は人形ではあるが、本物の肉体と同じ機能を持っており、何ら人間と変わりがない。

 

 改めて凄い技術だと、空とパイモンは感心する。

 

 将軍が城下町に現れたことで、人々は驚愕してちょっとした騒ぎが起こる。

 普段、将軍が外に出ることは無く、人々が将軍の姿を見るのは特別な儀式や公務の時だけである。

 

 空達は城下町を練り歩き、町の様子を見ていく。

 

 その内、一つの屋台の前に立ち止まり、店主の智樹が紹介した団子牛乳に影は興味を示す。

 

 新たな組み合わせによって生まれた団子牛乳。

 

 影は団子牛乳を貰い、口に付けた。途端、影の顔は驚きに満ち、それから喜びに満ちた表情になる。

 

「甘くて美味しいです! それともっちりとした食感も、不思議な飲み心地ですね」

「そうだなぁ! 飲み物を飲んでいるのに、なんか食べてる感じだ」

「うんうん、美味い美味い」

 

 パイモンと空も団子牛乳を絶讃する。

 店主である智樹は将軍達に褒められて舞い上がる。

 

「おかゆ……みたいな……? まったく同じとは言えませんが……どうであれ、好みの味です!」

 

 影が好みの味だと言った瞬間、空はどこからか強い視線を感じた。

 

 辺りを見渡すも、将軍のことが気になってチラチラみている人達が多く、その視線がどこからのものなのか特定には至らなかった。

 

 しかしどこかで感じたことのある視線に空は首を傾げる。

 

 影はそれを知らずか、智樹と団子牛乳について熱く語り合っている。影は団子牛乳をいたく気に入ったようで、物欲しげにもう一本を見つめる。

 

「もう一杯飲む?」

「はい――いえ、結構です。そこまで夢中になっている訳ではありません」

 

 嘘である。空はそう見抜いた。

 

 しかし影がそう言うのであればこれ以上何も言うまいと、口を噤んだ。

 

 影は次に八重神子が言っていた『八重堂』に興味を示した。八重神子が自慢してくるので、そこで売っている娯楽小説がどんなものかと気になり、読んでみたいと言う。

 

 空とパイモンと影は、団子牛乳を片手に八重堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「……店主」

「はい、いらっしゃいませ!」

「……その団子牛乳とやらを、試させてもらえないか?」

 

 

 

 

 

 

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