稲妻の双雷   作:八魔刀

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第7話 天下人の章3

 

 

 最近になって、稲妻に不穏な気配が近付き始めた。

 

 稲妻全域に広がる神櫻の根を、獣域ハウンドと呼ばれる魔物が攻撃しているのだ。

 

 突如として稲妻に現れた獣域ハウンドが神櫻の根を傷付け、三奉行はその対応に追われていた。

 

 しかし獣域ハウンドの力は恐ろしく、数も多くて天領奉行だけでは対処できなかった。

 

 そこで数多の勢力に助力を求め、冒険者協会などにもサポート要請をしていた。

 

 神櫻は稲妻にとって何よりも貴重な存在であり、稲妻を守護するには欠かせない神木だ。

 

 獣域ハウンドが稲妻に現れてからと言うもの、焔硝は鳴神大社に籠もらず獣域ハウンドの討伐に勤しんでいた。

 

 元ではあるが一応神である焔硝は、こう言った問題に関しては相手が魔神や人では対処しきれない限り己が手を出すつもりは無かった。あくまでも稲妻に住まう人間達の手によって打開すべき問題であり、それは将軍である雷神も同じ意見らしく、三奉行に対応を任せている。

 

 だが、焔硝にとって獣域ハウンドによる神櫻への攻撃は、逆鱗に触れるような行為だ。

 

 焔硝にとって神櫻は雷電眞の墓標でもある。その墓標を傷付けると言うのだから、焔硝の怒りは凄まじかった。鳴神大社から飛び出し、一片の慈悲もなく獣域ハウンドを刀で斬り捨てているのだ。

 

 もう何日も獣域ハウンドを狩り続けている。稲妻中の神櫻の根を回っていき、目に付いた獣域ハウンドを片っ端から狩っている。

 

 そして今日も、焔硝は獣域ハウンドを刀で斬り捨てる。

 

「ふぅ……」

 

 赤刃の刀を鞘に収め、乱れた羽織を羽織り直す。ボサボサの髪は項で束ねられてはいるが、無精髭は未だに剃られていない。黒衣の装束に付いた土汚れを払い落とし、傷付いた神櫻を見やる。

 

 傷はそこまで多くはないが、それでも確かな傷が付けられている。

 

 焔硝にとって神櫻は特別な神木。神櫻が傷付けられる度に心が張り裂ける思いを感じ、激しい怒りを抱く。側に寄り添えば心が落ち着き、温かなものに包まれる。

 

 絶対に獣域ハウンドから神櫻を守ってみせる。

 

 焔硝が次の場所へと向かおうと、その場から移動しようとした。

 

 だがその脚はすぐに止まった。

 

 焔硝が振り返った時、視界に数名の誰かが映った。

 

 一人は金髪の少年。今となっては稲妻の英雄とまで呼ばれている異邦人。多くの者達から『旅人』と呼び慕われ、焔硝も随分世話になった人物――空。

 

 もう一人……一人と数えて良いのか不明だが、空の隣をいつもふよふよと飛び、あまり口数が多くない空の代わりにベラベラと喋って感情表現してくれる存在――パイモン。

 

 そして最後に、紫の着物に凛とした雰囲気を纏う絶世の美女。稲妻において頂点にして最強の地位と武を有する武神――雷神バアルゼブルこと雷電将軍だった。

 

 その雷電将軍が『人形』の将軍ではなく、『一心浄土』にいるはずの雷電影であることを、焔硝は一目で見破っていた。

 

「――」

「……」

 

 焔硝は影の姿を見て言葉を失い、影は焔硝の顔を見つめて唇を震わせていた。

 

 空とパイモンはまさかこんな所で焔硝と鉢合わせるとは予想だにしていなかったのか、額に手を当てて天を仰いでいた。

 

 焔硝は混乱していた。

 

 どうしてここに影が、何で空達と一緒にいる、顔を合わせてしまった、何の覚悟もしていない、どうする、逃げるか――。

 

「っ――!」

 

 結果、焔硝はこの場から逃げ出そうとした。

 慌てて駆け出し、一刻も早くこの場から立ち去ろうと脚を動かす。

 

「おい! あいつ逃げるぞ!」

「待て! そうはさせない!」

 

 だがしかし、回り込まれてしまった。

 雷元素を使用した瞬速で空が焔硝の前に飛び出し、焔硝を蹴り飛ばす。

 

「ぐぇっ!?」

 

 普段なら避けられる一撃であっただろうが、激しい動揺で注意が散漫になっており、加えて日々成長している空の実力もあって見事に空の蹴りが焔硝の顔面にめり込む。

 

 空が焔硝を止めた理由はこうだ。

 

 ――此処で会ったが百年目。この意気地無し神様ズの痴情の縺れに終止符を打ってやる! 稲妻に来る度に神子から何とかしてくれコールが続いていい加減面倒臭い!

 

 そんな私情に溢れた理由だった。それに一度背中を押してやろうと考えたのは確かだし、こうなればとことんやってやると、空は覚悟を決めた。

 

 空に蹴りにより飛ばされた焔硝は、影の足下にズサァーっと転がり込む。

 

「いっつ……ぁ」

「……」

 

 焔硝が目を開けると、目の前には紫色の光景が広がっていた。

 

 神の御御足のその先、神域とも呼べる何人たりとも立ち入ることが許されない世界が、焔硝の視界いっぱいに広がっていたのだ。

 

「…………紫」

「っ――ふんっ!!」

 

 紫雷の踏みつけが、赤雷の将の顔を踏み抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……」

「いや……ぅん、それは此方の台詞だ」

 

 焔硝は顔面に大きな痣を残し、その隣で影は恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに顔を俯かせていた。

 

 実に五百年ぶり――再会の仕方がどうあれ、五百年ぶりに邂逅した二人。

 

 空はこれで二人が話し合ってくれれば事態は全て解決する、そう考えたのだが、焔硝と影は一度も視線を合わせることもせず、居心地が悪そうに言葉すら交わさない。

 

 その様子を見て、空とパイモンは溜息を吐く。

 

 しかし確かにいきなり話せと言っても、そう簡単に行くのなら今まで苦労しなかっただろう。

 空は一先ず二人に時間を与えようと様子見をすることにした。

 

「じゃあ、焔硝。せっかく会ったんだから一緒に神櫻の調査と獣域ハウンドの討伐に行こう」

「む、いや、しかし――」

「行こうよ」

「だ、だが――」

 

「行 く よ ね ?」

 

「――ウム」

 

 焔硝は空の笑顔に気圧され、渋々といった様子で頷く。

 

「影もそれで良いよね?」

「は、はい……かまいません」

「よし、それじゃあ行こうか」

「……何だか空が怖いぞぉ」

 

 そうして四人は一緒に行動することとなった。

 

 移動中、戦闘中も焔硝と影は言葉を交わさなかった。黙々と獣域ハウンドを斬り捨て、神櫻の様子を確かめる。まるで意図的に言葉を交わさないようにしているのか、早々に空とパイモンは重苦しい空気にウンザリしはじめていた。

 

 その空気が変わり始めたのは、幾度目かの戦闘終わりに起きた不思議な現象を目の当たりにしてからだ。

 

 傷付いた神櫻から流れ出ている樹液が光出し、四人に幻想を見せた。

 

 半透明の武士達が現れ、その殆どが死んでいるかのように倒れている。その内の一人だけが立って荒々しく息をしており、空とパイモンはその武士に話しかけた。

 

「おい! 何があったんだ?」

「お前たち、何者だ? どうしてここに……? 早く逃げろ! 猛獣がまた来るぞ!」

 

 武士は言う。稲妻は黒き闇に覆われてしまったのだと。猛獣と魔物が溢れかえり、稲妻の全てを呑み込もうとしていると。

 

 焔硝と影は顔を見合わせ、その武士の言っていることが五百年前の漆黒の厄災だと察する。

 

 武士は悔しがりつつも小さな希望を抱き、雷電将軍が戻ってくるまでその時まで、戦う意志を捨ててはいなかった。

 

「俺達があとどれぐらい持ち堪えられるか、俺にも分からない。だが……もし希望までも捨ててしまえば、それこそ本当に何も残らないだろう……」

「慌てることはありません。私はここにいますよ」

 

 影はその武士に前に歩み寄り、姿をしっかりと見せる。

 武士は目を見開き、希望を見付けたように笑みを浮かべる。

 

「しょ、将軍様!? お帰りになられてたんですね! それに御大将殿! まさか御大将殿が将軍様をお連れに!?」

 

 武士は焔硝にも目をやり、『御大将』と呼んだ。

 

「お願いします、どうか我々を助けてください! どうか、稲妻をお救いください! あなた様の無上なる雷光がなければ、この暗闇を払い除けることはできません! このままでは、稲妻全土が猛獣の餌食となってしまいます!」

 

 空は武士の話に少しだけ疑問を抱いた。

 

 神である影の力であれば、厄災を退けることは可能だろう。だからこそ目の前の武士は影に懇願している。

 

 だけど同じく神である焔硝もまた、その時の戦場に立っていたはずだ。目の前の武士は、まるで焔硝の力では稲妻を助けられないと語っているようなものだ。同じ神なのに、どこか二人に対する態度に大きな差が出ている気がすると、空は首を傾げた。

 

「ねぇ、焔硝。焔硝もその時、戦っていたんだよね?」

 

 空は小声で焔硝に尋ねる。

 焔硝は小さく頷いた。

 

「ああ。だが俺は魔神戦争で力を使い果たし、魔神としての全盛期を終えている。今ある力は眞から分け与えられたもので、七神の力よりは劣っていた。それでも、厄災と戦う力は充分にあった……。それに当時、俺は元神という身分を隠していたからな」

「なるほど……」

 

 つまるところ、当時は稲妻人にとって焔硝は神ではなかったらしい。

 

 気になる話も出てきたが、今詮索するのは止しておこうと、空は影と武士の会話に耳を傾ける。

 影は武士に戦争は終わったと告げ、武士は影が稲妻を救ってくれたのだと涙を零す。

 武士は影に感謝を告げ、光と共にその姿を消していった。

 

 あの武士達は、神櫻が見せた武士の記憶だと影は空とパイモンに説明する。

 

 神櫻は地脈から穢れを吸い取って浄化することができるが故、ハウンドに襲われた樹幹の傷から穢れが漏れ出し、凝縮して実体化したのだ。その穢れが凄まじい場合は強い攻撃性を持ち、浄化された場合は記憶となってそこに現れる。浄化された穢れはすぐに散逸し、再び地脈へと溶けていくため、長くは存在しない。

 

 あの武士は、漆黒の厄災で戦っていた武士の記憶だったのだ。

 

「影、さっき将軍がいないって言ってたけど……」

 

 空は武士が将軍が不在だと言っていたのを思い出す。

 影は何も隠すことはなく、正直に当時の事情を話す。

 

 当時の稲妻は数々の危機に直面していた。本土に関する事もあれば、カーンルイアに関する事も。稲妻の災いは決して看過できるものではなく、すぐにでも神が介入しなければ、その災いはテイワット全土へと広がっていく可能性さえあった。

 

「私はとある理由から稲妻を少しの間空けることになったのです。その間、私の友人である狐斎宮は私にこう言いました。周りにある力の全てを以て稲妻を守る責務を担い、私の不安を取り除くと」

「っ……」

 

 焔硝から小さく息を呑む声が、空の耳に入った。

 

「狐斎宮は無数の魔物から人々を守るため、自らの命を捧げました。私は……彼女の最期を見届けることはできませんでした。けれど、彼女は命果てるその瞬間まで私との約束を果たしてくれていた……私はそう信じています」

「ぁ……」

 

 焔硝は驚いた目で影を見つめる。

 

 焔硝は狐斎宮が死んだその日、同じ稲妻にいた。鳴神大社の神櫻の前で魔物と戦っていた狐斎宮から離れた場所で、稲妻に侵入しようとしている魔物と戦っていた。

 

 狐斎宮が死んだと八重神子から聞かされたとき、焔硝は今影が言ったような考えをしなかった。きっと苦しんで無念のまま漆黒の意志に呑み込まれてしまったのだと。

 

 焔硝は影が稲妻から去った後のことを思い出す。

 

 狐斎宮が神櫻を守ると口にしたその時、焔硝は狐斎宮と会っていた。

 

『焔硝、私は此処で稲妻を穢れから死守するよ。外のことは任せたよ』

『ああ。この場には敵一人近付けさせやしない』

『それを聞いて安心した! じゃ、戦いの後で! あ! 八重は連れて行かないでね!』

『分かってるよ。じゃ、またな』

 

 それが、狐斎宮との最期の会話だった。

 

 結果、狐斎宮は死んだ。

 

 焔硝が知らない間にどうやってか敵が狐斎宮を呑み込んだ。

 

 きっと彼女は苦しんだに違いない。守ると約束したのに、それを果たしてやれなかった。

 

 焔硝は後悔しか抱かなかった己とは違い、影は彼女の覚悟を今でも信じていると、友としての器の違いを見せつけられた気がした。

 

「あ……ごめんなさい、焔硝。私ばかり勝手なことを言って……。辛かったのは、あなたの方だというのに」

 

 影は焔硝が隣で顔を俯かせているのに気が付き、慌てて謝る。

 焔硝はハッとして影の頭を上げさせる。

 

「違う、お前が謝ることなど一つも無い。寧ろ謝るのは俺の方だ。彼女を守れなかった俺が……俺は何もしてやれなかった。俺の方こそ……すまない」

「……」

「……」

 

 二人は黙ってしまった。

 

 空とパイモンは二人の様子を見守っていたが、空の視線に気が付いた焔硝が、青空を見上げながら口を開いたことで会話が進む。

 

「……俺達はあの時、多くのものを失ったんだよ」

「……『失ったもの』がもたらす苦痛を、私は直視することができませんでした。どれだけ力を持っていようとも、結局時間が全てを奪っていく。大切な人を留めておくことはできないのです」

 

 そこで影は隣で青空を見上げている焔硝を見た。

 

 空は察する――影のいう大切な人とは、つまり――。

 

 これは口にしないほうがいいな、と空は心の中でそれを止めておく。

 

 影は少し吹っ切れた表情を見せ、先程までの様子とは打って変わって話す。

 

「しかし、人間の『願い』を目にしてからは、私も色々と考えました。いつまでも過去に囚われてばかりいる訳にはいきません」

「……もう過去は気にしないの?」

 

「そういう訳ではありませんが……前進することは損失をもたらしますが、それはまた『出会い』も生み出します。先程の兵士も、数々の『失ったもの』を見届けながら、それでも『前進』して戦うことを選びました。あの時代の犠牲者が、命を賭してでも追い求めた未来……彼らの心の中に存在したその風景は、私の望んだ永遠とは違っていたのかもしれません」

 

「うん、きっとそうだよ」

「稲妻の神として、今こそ彼らの期待に応える時です」

 

 影は優しい笑みを浮かべた。青空を見上げ、嘗て散っていた兵士達を思い出す。

 

「かつてその血を流してきた兵士たち、その輝かしい魂は、この大地に眠っています。あなたたちの努力を忘れることはありません」

 

 影は真剣な表情でそう誓った。

 

 それを見ていた焔硝も、嘗ての兵士達に黙祷を捧げ、彼らが守りぬいた稲妻を二度と暗闇に沈めるようなことはしないと、誓うのであった。

 

 焔硝は青空を見つめる影に、言葉を投げ掛ける。

 

「影……それが今のお前の思いなんだな?」

「……はい。焔硝、私はあなたに――」

「よい」

 

 影は意を決して焔硝に振り向いたが、焔硝の言葉によって遮られる。

 

「お前が俺に対してどう思っているのかは、知っている。だが――俺の心は未だにあの時に囚われたままだ。お前が思っている以上に、俺の心は弱い。お前の強さに、どうやら俺はまだ応えられないようだ。だから……もう少しだけ、俺に時間をくれ」

「……はい」

 

 影は嬉しいような悲しいような、そんな脆く儚げな笑みを浮かべてみせる。

 

 影は残っている神櫻を調査しに行きましょうと、先に歩いて行った。

 

 空が影の背中を見つめていると、大きな手が空の頭をワシャッっと撫でる。

 

「うわっ!?」

「異邦人……いや旅人……いや空よ。お前には随分と世話になったな」

「な、何のこと?」

 

 焔硝は薄く笑みを浮かべ、先を歩く影に視線を送る。

 

「八重に色々頼まれたろ。あの時、俺のために影から色々と話を聞き出してくれたんだろ?」

 

 どうやらバレていたようだ。

 そうと分かれば空は遠慮する気が一切なくなり、焔硝の腹に一発肘を打ち込んだ。

 

「そうだよ。焔硝が意気地無しだから、俺が一肌脱いだんだよ」

「はっ、俺に向かって意気地無しとか言えるの、お前と八重ぐらいだよ」

「オイラも言えるぞ!」

 

「はいはい……感謝する、空。お前のおかげで影は前に進めた。本当は俺がやらなくちゃいけないものだったのに、代わりにお前がやってくれた。そして今、俺にも前に進む手助けをしてくれている。俺が前に進めた時、その恩は必ず返す」

 

「……期待してるよ、意気地無しさん」

「意気地無し~!」

 

 焔硝はフッと笑い、影の後を追いかける。

 

 空とパイモンも互いに笑い、二人の後を追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

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