次回からは主人公✕原作キャラという題目で短編を書いていきます。
もしよろしければ、ご評価などを頂けましたら幸いです。
影たちと分かれた焔硝は、鳴神大社へと帰ってきていた。
神櫻を前に、眞のことを考えていた。
眞の最期の言葉……それを聞くことができれば、眞の死を受け入れて乗り越えることができるのだろうか。だけど聞くのが怖い。受け入れられるのか分からない。受け入れることができなかった、その時はどうなるのか。
「眞……」
「なんじゃなんじゃ、またこの意気地無しは項垂れておるのお」
焔硝の背後に八重神子が立った。
八重神子はいつもの優雅で妖艶な笑みを浮かべたまま、焔硝の隣に移動する。
「八重……」
「ふむ……その様子からして、影に会ったのか?」
「……ああ、会った」
「そうかそうか。それで?」
「……影とは、少しだけ歩み寄れた気がする」
八重神子の狐耳がピクリと立ち上がる。
「良かったではないか! じゃが、何故そう陰気臭い顔をしておる?」
「……影は眞の死を乗り越えようとしていた。だと言うのに、俺は未だ眞の死を認められずにいる。眞の最期の言葉を影から聞くのが怖くて逃げ出した……!」
「焔硝……お主……」
八重神子の顔から笑みが消える。
薄々と予感していたことが的中し、八重神子は悲しげに焔硝の横顔を見つめる。
今まで焔硝と影の関係を修復することに尽力してきたつもりであった八重神子だが、眞の死を乗り越えさせる手段までは思い付かなかった。
八重神子は焔硝と眞が過ごしてきた一幕を知っている。二人がどれだけ愛し合っていたか知っている。
だが焔硝なら、その死を乗り換えられると八重神子は思っていた。
しかし事実は違った。焔硝は今でも眞の死に苦しんでいる。
どうすれば、焔硝を助けることができるのだろうか――。
八重神子はその手段を思い付けず、悔しそうに唇を噛み締める。
その時だ――鳴神大社に空とパイモンが慌てた様子で駆け込んできた。
焔硝と八重神子は振り向き、二人を出迎えた。
「なんじゃ、その焦った顔は。また妾に頼み事でもしに来たのか? 悪いが今は――」
「大変なんだよ! 影が……影が……!」
パイモンが大慌てで影の名前を出した。
焔硝は顔色を変え、何があったのかを問い質す。
聞けば、影は影向山の中腹に封じてある眞の意識空間で『人形』の将軍と戦っているとのこと。
原因は影の意志が変化したことで、将軍の防衛本能が機能したのが切欠だ。
将軍の身体を動かしていた影を妨害し、影は将軍に『無想』が正しいのではなく、『夢想』こそが己の『永遠』だと証明するため、意識空間の中で一人、将軍と戦っている。
その戦いは長く続くだろうから、その間の稲妻を神子達に任せると言い残して。
「そうか――なるほど、影は稲妻を人間に託し、自ら一人でいつ終わるかも分からぬ戦いをしていると……」
「あの馬鹿が。眞の次はお前か……!」
空は八重神子に意識空間に向かえないかどうかを尋ね、八重神子は現状ではどうも言えないと答える。八重神子は影の意識空間である『一心浄土』ならまだしも、雷電眞の意識空間については殆ど知らない。知っているのは、神櫻が眞の意識空間の根本であるというのだけ。
「八重……頼む。意識空間についてはお前の方が造詣が深い。影を放ってはおけない」
「分かっておる。じゃが……いや、先ずは意識空間の入り口へと行こうぞ」
四人は眞の意識空間の入り口がある洞窟へと向かう。
その洞窟では、目を閉じて動く気配が無い抜け殻の『人形』が地面に座り込んでいた。
今、影と将軍の自我は意識空間で戦っている。『人形』に宿る意識が無いのだ。
八重神子は鳥居を念入りに調べ、腕を組んで「ふむ」と頷く。
「方法は……あるにはある。少し姑息ではあるがのう」
八重神子は空とパイモンを眞の意識空間へ送り込む方法を講じる。
八重神子は影の眷属であるが故に影の居所を感知することができ、そこへ送り込むことは可能。だが影の周りにある全てのものは混沌に包まれており、無理に入れば時間と空間の中に迷い込んでしまう。その為には、空とパイモンが影の下へ辿り着くという強い意志が必要になる。
「……俺は行けないのか?」
八重神子は先程から空とパイモンを送り込む前提で話を進めている。その中に焔硝の名は一度も出てこない。
八重神子はバツの悪そうな表情を浮かべ、とあることを告げる。
「すまぬが、汝は送れぬ」
「何故?」
「一つは、汝の力が大きすぎること。『一心浄土』ならともかく、妾の力ではこの乱流した意識空間内で汝の存在を制御できぬ」
「……」
「もう一つは、保険じゃ。童が失敗した場合、影が戻ってくるまで稲妻を見守る存在が必要じゃ。人に託すと言うても、厄災のようなモノにはどうしても神の力が必要じゃ。汝は影を除けば一番神に近しい力を持つ。失うわけにはいかぬ」
「……!」
焔硝は歯噛みして押し黙った。
八重神子が言っていることは一理ある。稲妻に未曾有の厄災が降り掛かった場合、人の手だけではどうすることもできないだろう。神という存在が人に力を貸してこそ、その厄災を乗り越えられるのだ。
空とパイモンが影を連れ戻すのに失敗した場合、影が戻ってくる間の稲妻を見守る存在が必要不可欠。
八重神子はその役目を元神である焔硝に担わせるつもりなのだ。
焔硝の胸中は悔しさで溢れていた。
以前は眞を守ることができなかった。手が届かないところへ行ってしまい、その果てに失ってしまった。
今度は影を――失うかもしれない。手を伸ばせば届くかもしれない場所にいるのに手出しができない。
八重神子はそれを理解していた。だがら言い出しづらかった。
しかし影の友として、眷属として、稲妻のことを考える必要があった。
「……分かった」
焔硝は承諾した。
そして空とパイモンに向き直り、頭を下げる。
「空、パイモン……影を頼む」
「妾の神、汝に託したぞ」
「――うん! 任せて!」
「行ってくるぜ!」
そうして空とパイモンは、八重神子の手によって眞の意識空間へと侵入していった。
二人の姿が消え、少しして八重神子がホッと息を吐く。
「成功したのか?」
「侵入はできた。あとは童たち次第じゃ」
「……そうか」
焔硝は頷くと、地面に座り込んでいる『人形』を抱きかかえる。
そのまま洞窟を出て行こうとしたところを、八重神子が言葉を投げた。
「すまぬ、焔硝。汝の気持ちは理解しておるつもりじゃ。じゃが、稲妻を守るためには……」
「言うな、八重。お前が正しい。今はただ信じて待つしかない」
「じゃが眞の意識空間に入ることができれば、もしかすると……」
「……俺はこの身体を大社へと運んでおく。お前は此処で二人の帰りを待て」
焔硝は『人形』を抱きかかえ、鳴神大社へと戻っていった。
社の一室に『人形』を寝かせ、焔硝は神櫻の前に立つ。
今は信じて待つことしかできない。そう必死に己に言い聞かせ、震える拳を押さえ込む。
何とも無様な。眞の死から逃げ出し、影を一人戦いの場に残してしまうことになった。
あの時逃げずに一緒にいれば、一緒に戦えたかもしれない。戦えなくとも、立会人として見守ることができたかもしれない。
今更後悔しても遅い。もう何をしてもやり直せない。
焔硝は神櫻の前に座り込み、背中を神櫻に預ける。
影を信じろ――空とパイモンを信じろ――。
焔硝は気を静めるために瞼を下ろし、深く深く呼吸をした――。
――う――ょう――えん――。
懐かしい声が聞こえる――誰かが呼んでいる――。
「――焔硝――焔。起きて、焔」
「――――まこ――と?」
焔硝が声に従い目を開くと、そこには薄紫色の着物を着た女性が微笑みを浮かべていた。
雷電眞――初代雷神ことバアル。焔硝に最初に愛を授け、愛を授けられた神。
彼女が、焔硝の目の前に立っていた。
「眞……眞!」
焔硝は飛び起き、眞を強く抱き締めた。
眞は少し驚きつつも、すぐに笑みを浮かべて肩を震わせる焔硝の頭を撫でる。
「ちょっともう、子供みたいに泣いちゃって……。はいはい、眞ですよ」
「眞……! 眞……! 会いたかった、眞……!」
「……ごめんなさい、焔。あなたにも辛い思いをさせたわね」
「眞……何で一人で行ったんだ……! お前は俺が守ると、お前の側に居ると約束したのに!」
「本当にごめんなさい。どうしてもそうしなければならなかったの」
「謝らなくていい! お前はこうして帰ってきた! 俺はそれだけでいい!」
眞は悲しげに眉尻を下げ、首を横に振る。
「眞……?」
「もう逝かなければならないの。此処にこうして会いに来たのは、お別れの挨拶をしにきたのよ」
「わか、れ……?」
焔硝の目が大きく開かれる。眞の肩を掴む手に力が入る。
まるで眞を離してなるものかと、意思を表すかのように。
「こうして会いに来られたのは奇跡に近いわ。貴方がずっと神櫻の下で私の事を想っててくれたからかしら?」
「あぁ……ああ……! 俺の心の中にはずっとお前がいた! お前を忘れた事なんて一度も無い! ずっと、ずっと後悔していた! お前に気付いていれば、お前が死なずに済んだと! お前を守れなかった! お前に信頼されていなかったんじゃないかって!」
「あなたを信頼しなかったことなんて一度も無いわ。あなたは私の一番――あぁ、でも影もいるわね。影と並んで一番信頼しているわ。だからそれ以上自分を責めないで。あなたは何も悪くないもの」
眞は焔硝の目元を指で拭い、焔硝の頬に手を当てる。眞の手を握り締め、彼女の温もりを感じた焔硝は小さな子供が母親に慰められるように涙を流す。
眞は両手で焔硝の顔を包み込み、笑みを向ける。
「焔、私の焔……。私の最後のお願いを聞いて。どうか、影をお願い。あの子はしっかりしてるようだけど子供っぽいところがあるから、あなたがちゃんと面倒を見てあげて。それにあの子は私に遠慮して中々言い出さないだろうから、あなたが気付いてあげてね。あなたも私だけじゃなくて、ちゃんと周りを見てね」
眞の願いを、焔硝は泣きながらしっかりと耳に入れた。
眞は焔硝の胸に手を当てる。
「私は居なくなるけど、私の想いはあなたの中で生き続けるわ。この雷は私の力……焔と雷が交わって生まれた赤雷は、これからもあなたと共に在り続ける――『永遠』にね」
眞の目から涙が流れる。声も震え、泣き顔を見せまいと必死に笑みを浮かべようとする。
しかし、焔硝が眞を抱き締めたことによりその我慢は決壊し、涙が止めどなく溢れ出す。
「駄目ね私……! もう覚悟を決めてたのに……受け入れてたのに今になってあなたと離れたくない!」
「逝くな……逝くな眞……! 逝かないでくれ……!」
「焔……! 焔……! 愛してる……! 愛してるわ!」
「俺も……俺も愛してる……! 愛してる!」
眞の身体が光と成って天へと昇っていく。焔硝は最後まで眞を抱き締め続けたが、腕の中から眞の温もりが消え、光は全て焔硝の腕から溢れていった。
――さようなら、焔。元気でね。
「眞………………眞ーーーーーーーーーーー!!」
――――う――ょう――しょう――。
「――焔硝、起きてください――起きてください、焔硝」
「っ……!?」
焔硝が目を覚ますと、既に日は暮れて月が昇っていた。
どうやら眠っていたようだ――。
焔硝の目の前には心配そうに顔を覗き込んでいる影がいた。
「焔硝……大丈夫ですか?」
「え?」
「……泣いています」
焔硝は目元を拭った。大粒の涙を流していたようで、拭った袖がビショビショに濡れる。
その時、頭に乗っていた神櫻の花弁が落ちて焔硝の手の中に収まる。
その花弁を見つめ、あれは夢だったのだと理解する。
だが、ただの夢ではない。あれは、本当の眞だった。
「……」
「焔硝、本当にだいじょう――」
影の言葉は遮られた。
焔硝が影の手を引き、その胸の中に収めたからだ。
突然抱き締められた影は驚き目を回す。
「え、焔硝!? なな、なにを――」
「……っ!」
焔硝は泣いていた。影の肩に顔を埋め、静かに、慟哭を噛み殺すようにして泣いていた。
影は初めて見る焔硝の泣く様子に戸惑うが、彼が何に対して泣いているのか理解し、影もまた涙を流す。その身は『人形』のはずなのに、確かに涙を流していた。
二人は抱き締め合い、互いを慰めるようにして涙で悲しみを洗い流すのであった。
それから数日後――。
稲妻は鎖国を解除していた。
影が眞の『夢想』を受け継ぎ、稲妻をより良い未来へと運ぶことを決心した。
稲妻は前よりも活気が溢れ、今まで不変だった世界が変わり始めていた。
活気溢れる城下町を、焔硝はしっかりとした足取りで歩いていた。
ボサボサだった黒髪はしっかりと整えられて項で束ねられ、毛先が僅かに赤く輝いている。髭も剃られ、やつれが取れたスッキリとした顔をしている。
赤黒の羽織を揺らし、城の門番に通行証を見せ、天守閣へと入っていく。
そこで鎮座している雷電将軍と対面する。
――おかえりなさい、焔硝。
――ただいま、影。
赤雷は戻る――紫雷の下へ。
稲妻は――これからも双雷の名の下に未来へと歩んでいく。
伝説任務 ―天下人の章― 完