時は西暦200X年…世界のあらゆる電子機器がネットワークに繋がれた時代。人々は携帯型情報端末PErsonal Terminal(パーソナルターミナル)…通称PETとその中で持ち主をサポートするプログラム、ネットナビによって住みよい豊かな暮らしを営んでいた。
そんな時代に生きる一人の女の子がいた。
「えっと……これで……そ、送信お願い!」
「あっ」
中学生の女の子…環いろはは親への返信メールを送ろうとしていたのだが…
「……今ので消えちゃったよ」
「えっ、ええっ!?」
生来の機械音痴ないろはにはメールを送るのですら四苦八苦する有様だった。
涙目になるいろはを尻目にメールの復旧をしようとしたナビは、すぐに事態に気がついて驚愕した。
「ちょっといろは……今の一瞬でゴミ箱からも消しちゃったの?どうしたらそんな事になるの」
「わ、分からないよ…!」
いろはのナビ……黒江は溜息をついていろはに最初からやり直すように告げた。
「ええいっ!」
いろはは左手のクロスボウから矢を発射して魔女に攻撃する。何度も攻撃を加えられたことで魔女も怯み始め、トドメの技を繰り出してどうにか撃破に成功した。
この世界には魔女と呼ばれる者がいる。いろはは魔法少女として魔女と戦う毎日を送っていた。
魔法少女とは謎の生物キュゥべえと契約を交わしてなれる。その契約とは願い事一つを叶えてもらう代償に魔女と戦う宿命を負うというものだ。だからいろはには叶えてもらた願いがあるはずなのだが…
自分がどんな願いで契約したのか、いろはには記憶がなかった。
黒江に聞いても知らないの一点張り。キュゥべえに聞けば教えてくれるかなと言えば黒江はそれも駄目と却下して今後一切目覚ましをしないと脅される。
確かに現状なにか困っているとしいうわけではない。ないのだが…
自分の中からなにか大事な物が欠けているような感覚に、いろはは虚しい喪失感を覚えずにはいられなかった。
「神浜に来て…そうすれば魔法少女は救われる」
夢を見ていた。
自分がどうなっているかも分からないあやふやな感覚。そんな中ひとりの女の子の声が聞こえる。
誰の声かもわからない。だが、どこかで聞いたことがあるような……
「……」
いろはは目覚めると同時に頭が痛くなって両手で額を抑えた。しかし、確かに覚えていることがあった。
「神浜……」
「黒江、神浜に行きたいの」
「……どうして」
その日、いろはは黒江に神浜に行きたいと告げた。神浜とは自分が住んでいる宝崎の隣にある街だ。
特に西側は長年発展を続けてきた豊かな街。そこへ行きたいと言い出したいろはに黒江は尋ねる。
「どうして急にそんなこと言うの?」
「……夢を見たの。女の子が神浜に来れば魔法少女は救われるって言う夢」
「それはただの夢だよ」
「でも……インターネットにもそんな噂があるんだよ!ほら…」
いろはは怪しげなサイトのページを見せる。それを見て黒江は変なところにはアクセスできるんだなと呆れつつ首を横に振った。
「こういうところの情報は信じたら駄目だよ。とにかく早く忘れて……」
「私、思い出したいの!自分が何を願ったのか……私の忘れてしまった何かが、あの街に行けば思い出せる。そんな気がするの……」
いろはの言葉に黒江は言葉を詰まらせた。
こういう時に頑固で人の言うことを聞かないのは黒江ね重々承知している。だから…結局止めきれずに神浜に行くことを許してしまった。
そうして神浜についたいろはは手当たり次第に色々な場所を巡った。しかし宛のない探索に進展があるはずもなく、刻々と時間のみが流れていく。
日も沈み始めてそろそろ帰ったほうがいいと黒江が言い出そうとした瞬間だった。
「……魔女の結界だ」
魔女の巣食う結界への入口を見つけてしまった。放っておけば魔女は人々を誘い込み餌食とする。
それを見過ごすわけにはいかないと思ったいろはは、魔法少女に変身すると結界の中へと飛び込んだ。
しかし結界の中に入ったいろはの目に飛び込んで来たのは信じられないような光景だった。
「ふゆぅ~!」
一人の魔法少女が化物に襲われている。それまではいい。
しかし肝心の化物は魔女でもその使いまでもなく…
「メット!メット!!」
「な、なにあれ?」
「メットールが現実に…?」
少女を追いかけていたのはインターネットでよく見る馴染みのあるウイルス、メットールだった。
それが魔女の結界内とはいえ現実に現れて暴れていた。理解が及ばず硬直していたいろはだが、逃げていた女の子が向かってきたことで我を取り戻した。
「た、戦わないと!」
いろはは慌ててクロスボウを取り出してメットールに向かって射撃をする。しかし放たれた矢はいとも簡単にメットに弾かれてしまう。そしてメットールの振り下ろしたツルハシから放たれた衝撃波がいろはと逃げていた少女を吹っ飛ばした。
「きゃああ!」
このままでは危ないと判断したいろはは少女と一緒に逃げることにした。
しかしすぐに別のメットールが現れて回り込まれてしまう。逃げ道を塞がれて囲まれてしまった。
メット!メット!メット!!
「あ…ああ…」
「ふゆぅ……」
絶体絶命の状況に追い込まれてしまったいろは。
しかしその瞬間、どこからともなく大量の槍が降り注いできた。
「アブソリュートレイン!」
大量の槍がメットールをデリートしていき、メットでガードしたメットールを何者かが接近して槍を振るい切り払っていく。
あっというまにウイルスを全滅させてしまった女性にいろはは思わず見とれてしまった。
そこで先程まで一緒に逃げていた少女が助けに入った女性にお礼を告げる。
「ふゆぅ…ありがとうやちよさん」
「……構わないわ」
やちよと呼ばれた女性は少女を一瞥した後にいろはを鋭い眼差しで見つめる。
「あなた…見ない顔ね。よそ者かしら」
「あ、はい……その…」
「ここの魔女は他所よりも強くて危険なの。あなたみたいな子がウロウロしていい場所じゃないのよ」
「……でも、その…さっきの魔女じゃありませんよね?」
いろはの質問にやちよは少し眉をひそめる。しかしすぐに冷徹な表情に戻って口を開いた。
「そうよ、あんなのまで出てくるようになって訳が分からないの。だから余計にさっさと出て行って……」
「モッキュー!」
やちよが喋っている途中だった。突然何かの鳴き声が聞こえたかと思うと白い小さな生き物がいろはに向かって来た。それはキュゥべえが小さくなったような不思議な生き物だった。
そんな小さなキュゥべえに触れられた瞬間……いろはの頭に洪水のような情報が溢れてきた。
いきなりのことに気分の悪くなったいろははその場に膝をつく。
突然のことに驚きつつやちよはいろはを支えて尋ねる。
「ちょっと……大丈夫?」
「……」
「思い出した……私には、大事な人がいた」
「私には……私には……」
「大事な、親友がいた……!!」
どこかの病室に一人でいた少女。黒い髪の自分と同年代の女の子。
そうだ、私はその子といろんな話をして、そして……
「いろは」
「!!」
PETから聞こえる黒江の声でいろはの意識は現実に引き戻される。
黒江はそんないろはに静かな、それでいてはっきりとした口調で告げた。
「今日はもう帰ろう」
「……うん」
黒江に押し切られるように、いろはは一旦の帰宅を了承した。
やちよと少女…秋野かえでに見送られて神浜を後にしたいろはは口にはしなかったが確信を持っていた。
あの小さいキュゥべえには…済浜には自分が忘れている物を思い出す切っ掛けがあると。そして…また神浜に行けば思い出すだけではなく、失った大事な何かを取り戻すことも出来ると。
翌日、いろはは登校前に家の防犯装置のメンテナンスを親から頼まれた。
装置の前でいろははPETの中にいる黒江に話しかける。
「黒江…私、また神浜に行こうと思う」
「……危ないよ」
「でも…少しだけど大事なことを思い出せた。あの街には…私が失った大事な何かを取り戻す切っ掛けがあるはずなの」
「それは……あんなに危ない思いをしても取り戻さないといけないものなの?」
「うん」
普段は人の意見に反発しないいろはだが、この返事は迷いのないものだった。
黒江はそんないろはの顔を見て、止めるのは無駄だと悟った。
「分かったよ。いろはの好きにしたらいい」
「ありがとう、黒江」
大切なパートナーにお礼を言うと、いろはは装置に向かってPETを向けた。
「プラグイン! 黒江.EXE、トランスミッション!!」