「ピカ……?」
「着きましたよ、ピカチュウ」
「ここがコトブキムラですよ」
ここは一体なんだ?立派な和風の門があると思ったら、開いている門の向こうに広がる風景は、明治時代か大正時代の物を思わせる建物が並んでいる。コトブキムラ?コトブキシティーじゃなくて?俺はてっきり近代的な普通の街に連れていってもらえると心躍らせてたんだけど……
「やぁ二人共、調査はどうだった?」
「ペリーラさん!」
困惑してる俺を他所に大柄で赤髪の女が話しかけてきた。ペリーラと呼ばれた大柄な女は、ショウに抱っこされてる俺の存在に気付くと妙に驚きの表情を見せてきた。
「ショウ。そのピカチュウってもしや…」
「あ、えっと…まだ私のになったというワケでは…」
俺とペリーラさんの顔を交互に見比べて、ショウは小さい声でそう伝えた。何その照れくさそうな顔、けっこう可愛いんだが。
「ペリーラさん。シマボシ隊長は?」
「ラベン博士、首を長くして待ってるから早く報告に行ってあげてよ」
「それはそれは。はやく報告に行かなきゃですね」
シマボシ隊長?ラベン博士の様子から察するに恐い人ではなさそうだが、もう夜になってるし、あんま待たせない方がいいんじゃない?
「そうだ。ペリーラさん」
「ん? どうしたんだ、ショウ?」
「きずくすりの在庫ってまだ余ってますよね」
「あるにはあるが… 怪我したのか?」
ショウの確認にペリーラは心配そうにショウの顔を見た直後、俺を一瞥すると納得した顔になった。
「そのピカチュウの怪我だな」
「はい。調査先でムックルに襲われた私を庇ってくれたんです」
そう伝えたショウは暗い表情になる。大したことないって。小鳥3羽のつつくなんて本当に大したことない。ただ背中がジンジンと痛むだけださ。………今度会ったらマジ覚えてろ、アイツら。
「治療優先は当たり前です。シマボシ隊長への報告はボクだけで向かうとしましょう」
そう言うと、ラベン博士は一際大きい立派な建物に向かって歩いていく。
「よし。後できずくすりを届けるから宿舎で休むといい」
「わ、悪いです。自分で取りに行けますから」
少し慌てた様子で駆け出そうとしたショウの右肩をペリーラさんがガシッと掴んで制止する。
「最近のお前は働き過ぎだ。いいから休みなさい」
「え、でも………」
「や・す・み・な・さ・い」
おぉ…体格のデカい女は凄むと迫力が違うな。ペリーラさんの圧に屈したショウは無言で首を縦に振っている。
「ここが私が借りてる宿舎です」
「ピカチュ」
少し歩いた先にショウが住んでる宿舎の一軒に連れていってもらった。ショウが戸を開けるとかなり昔の田舎の実家って雰囲気の部屋が俺を待っていた。ガス・水道などのインフラ設備は皆無。代わりに部屋の暖を取る囲炉裏、水を溜める水瓶など現代の日本じゃもう中々お目にかかれないようなものが多数ある。古き良き日本の落ち着く空間がそこにはあった。
「ピカチュウ、背中を見せてくれますか?」
「ピカ…」
宿舎の奥にある畳の部屋の中を感慨深く眺めていた俺を抱っこすると、ショウは自前の座布団に正座で座り、俺を膝の上に移動させる。ジンジンと痛む背中の具合は俺自身気になってたから、ここは大人しく素直に言う事を聞いた。
「っ…血が少し出てますね」
マジか。あの3バカムックル共は焼き鳥にせねば……
「待たせたな。ピカチュウの具合はどうだ?」
「ペリーラさん」
はやく10まんボルトをマスターし、あのムックル達をシバくことを思案していたとき、ペリーラさんがショウの宿舎を訪れた。ペリーラさんの右手には小瓶が握られている。草履を脱いだペリーラさんは、畳の部屋まで入ってきた。
「きずくすりだ」
「ありがとうございます」
ショウはきずくすりを笑顔で受け取ると、小瓶の蓋を取り、きずくすりの軟膏を自分の右手の指先で掬い取った。
「ピカチュウ。少し沁みてしまうと思いますけど……」
「ピッピカチュ」
苦しゅうない。どうせ大して沁みな……ごめんなさい。めっちゃ沁みてます。
「おー。我慢強いピカチュウだ。大抵のポケモンは沁みるのを嫌がるのだが」
「ピカピカ?」
え、そうなん? 変に痩せ我慢しなくてよかったの?
「さて、私はお暇しよう」
俺の治療を見届けた後、ペリーラさんは玄関に向かって歩き出す。
「待ってください、ペリーラさん。お茶を出しますから」
「結構。私もシマボシ隊長に呼び出されてね。急ぐんだ」
慌てて引き留めるショウに対して、ペリーラさんはバツの悪そうな顔をする。
「ピカチュ」
「お! ピカチュウ、また明日な」
俺にとって世話になったペリーラさんに対して、手を振って見送る。その様子をショウとペリーラさんが少し驚いていたが、あまり気にしないでおこう。ピカチュウになったとはいえ、過剰にピカチュウのフリするつもりはないし。
そんなことを考えていると、腹の音が鳴る。当然その腹の音の主はピカチュウである俺です。ショウが驚いてこっち見てるけど仕方ないだろ?昼間から宛もなく歩き続けた上、ショウ相手に千本ノック、最後にムックル3匹とポケモンバトルだぞ。そりゃあ腹の音が盛大に鳴りますって!!
「ご飯にしますか。ピカチュウって何を食べるのかな」
そう呟くとショウは囲炉裏に向かう。囲炉裏の中心にある鍋の中身を確認した後、慣れた手つきで囲炉裏に火を入れる。その手際に感心したのも束の間、今度は水瓶の隣にある机の下から木箱を取り出したと思ったら、大きい茶碗に米を移していく。米の存在に度肝を抜かれたが、ショウは真剣な眼差しで米を研いでいく。そして、あっという間に米を研ぎ終わったショウはぐつぐつと煮え始める鍋の中に研いだ米を投入した。
「すぐに出来ますから」
と、鍋の様子を窺いながら、俺に笑顔を見せるショウ。
「ピカ〜…」
なにこの娘、めっちゃ良い娘じゃん。誰だ、ノーコン娘とか言ってたヤツ。ホンマにゴメンなさい。
「どうぞ」
「ピッピカチュウ」
ショウが作ってくれたのは、所謂おじやだった。元が味噌汁のようだったけど、具沢山の野菜に彩られて栄養満点そうだ。ちょっとだけ見た事ない正体不明の野菜があるけど、そんなのは少々の問題だ。
「いただきます」
俺の様子を気にしつつ、ショウが自分の作ったおじやを口にする。俺もそれに続こうとしたが、正体不明の野菜のことを考えるよりも重大なことに気付いてしまった。………このまま犬猫みたいな食べ方したら、やけど状態になるのは必至。アニメのピカチュウを思い出しても、ポケモンフーズを自分の手で嬉しそうに食べてた。おじやに手を突っ込む?ただの自殺行為である。
「ピ!」
俺はショウに向かって指をさす。厳密にはショウが握ってる箸に向けて。
「え!? 箸を使いたいの!?」
左様。我、日本人でござる。お箸を扱うのなんてピチューの手を捻るように簡単で候。
「えぇ!? ポ、ポケモンが箸を使うなんて聞いたことないよ!?」
「ピッカ! ピカピカ!!」
「う、うん。すぐに用意するね」
鬼気迫る気迫を出して、強引に箸を用意してもらう。おじやを美味しくいただくためには箸は必須なの。ホンマにゴメンなさい。
「箸、これでいいかな?」
「ピカピカチュ」
ショウから箸を手渡された俺はピカチュウの手で箸を待つのに難儀したが、おじやを掬うことなんて朝飯前だ。
「嘘ッ!?」
ショウが驚愕するのを無視し、いざおじやを口に運ぶ。
「………………………」
しばらく俺は黙々と夢中におじやを食べる。美味い。美味すぎる。
思えば、この娘と出会えなかったら俺は早々に死んでいたかもしれない。もし出会ったポケモンが凶暴なヤツだったなら?例えば、ガブリアスとかガブリアスとかガブリアスとか色違いガブリアスとか。アイツって電気効かない上に凶暴過ぎるだろ。シンオウポケモンリーグチャンピオン[シロナ]のガブリアスを特に思い出せ。アイツのせいで5回くらいポケモンリーグをやり直したわ。
「ピカピ」
おじやを堪能した俺は、食器を洗うショウの隣で洗われた食器を拭いている。片付けを手伝うとジェスチャーで申し出たら、驚愕されたが開き直ることにした。だってポケモン世界には、サーフィンする[なみのりピカチュウ]と風船で浮かぶ[そらをとぶピカチュウ]が存在する。なら箸を使うピカチュウ…[お箸使いピカチュウ]がいてもおかしくない。………ショウさん、そんなジト目で俺を見ないで。
ポケモン。それは危険で未知の部分が多い生き物。私が所属するギンガ団は、コトブキムラの発展と並行して、ポケモンの調査及び研究をしている。しかし、全部が全部上手くいくことはあまりない。圧倒的な人材不足な上、ポケモンの調査が特に難航している。それが相待って、コトブキムラの発展があまり進んでいないのが私達の現状だ。
「私だって、ポケモンが側にいれば…」
警備隊の人や他の調査隊の人達が連れているポケモン達を見ると、つい口に出してしまう一言。普段はクラフトが他の誰よりも上手いと絶賛されて“クラフト名人”と褒められたけど、調査に必要な肝心のポケモンが私にはいなかった。何度かラベン博士を筆頭にするポケモン調査に同行してポケモンを捕まえようとしたけど、結果は全部空振りに終わった。だから、今回の調査でポケモンを捕まえることが出来なければ、密かに裏方に回る決意を固めていた。
そんなときだった。私がピカチュウを見つけたのは。
「ピカッ!」
「打ち返さないでー」
普通は自分を狙う者がいたら、ポケモンは真っ先に逃げるか身を守るために攻撃してくる。でも、このピカチュウはどちらにも当てはまらない行動をした。まるで私をからかうように、私の投げるモンスターボールをご丁寧に尻尾で打ち返してくる。私もムキになってモンスターボールを次々と投げるけど、ピカチュウのプライドが許さないのか全部打ち返されてしまった。
そして、最後に投げたモンスターボールが野生のムックル3匹を怒らせるという事態を招いてしまった。この時、私はもう大怪我をすることを覚悟していた。私には一緒に戦ってくれるポケモンなんていない。だから何も出来ずに怪我を負うことが怖かった。ギュっと強く目を閉じて、ムックルのつつく攻撃が止まるのを待つことしか出来ない私。けど、ムックル達のつつく攻撃が止むときが来るのは一瞬だった。
「君……」
ギュっと閉じた目をゆっくり開くと、私を庇うようにしてピカチュウがムックル達と対峙していた。数の不利なんて関係ないと言うように、ピカチュウは赤いほっぺから電気を迸らせてムックル達を威嚇する。この勝負の結果はムックル達を追い払うことでピカチュウの勝ちで終わった。
「ピカチュウ!」
戦いで消耗したピカチュウはフラついて倒れそうになる寸前で、私は咄嗟にピカチュウを抱き上げる。私のせいでピカチュウが怪我をしてしまったことに罪悪感を感じるのと同時に必死になって私を守ってくれたことに対して、私は喜びを隠せない。何があってもピカチュウの怪我を手当てするし、ピカチュウが元気になるまで看病したいと願った。
そして、コトブキムラにピカチュウを連れて帰って、今に至る。
「ピカチュウ、前に誰かと一緒に暮らしていたの?」
おじやを振る舞って美味しく食べてくれたのは嬉しいけど、箸を使うポケモンなんて噂でも聞いたことがない。しかも、食後の片付けまで一緒に手伝ってくれるなんて。明日博士に相談してもすぐには信じてくれそうにない気がする。
「ピカピーカチュ」
ピカチュウは首を横に振って否と答えてくれた。その行動にも私は驚いたけど、嘘をついてない気がする。ならどこで箸の使い方や皿の拭き方なんて覚えてきたんだろう。まさかこのピカチュウの帰りを待ってる人がいるんじゃないだろうか。そんな風にありそうな可能性に悩んでしまうけど、当のピカチュウは身体を丸めて寝る体勢に入っている。
「ぴちゃあ…」
「よく野生で生きてこれましたね」
あくびするピカチュウに対してそう言うと、尻尾を軽く振られ、“うるさい”と返事をされる。野生で暮らしてたことを考えると、普通は人間の家で眠ろうなんて考えもしないと思うんだけどな。そんな私の考えなんてピカチュウにとっては些細なことなんだろうか。もう静かに寝息を立て始めている。
「こんな無防備な姿を見せるくらい信用してもらえたと思っていいのかな」
千載一遇の好機に恵まれた私は、ピカチュウのほっぺの感触を指先で楽しんだ。今までの生活では味わえない癒しに出会えた私は心の中で小躍りする。小さい頃からの密かな夢の一つ。可愛いポケモンに触ってみたいという夢が思わぬ形で叶ってしまった。
そこから暫くピカチュウの感触を楽しんだ私は、ピカチュウの近くに布団を敷いて寝ることにした。
※深夜3時頃
「ぐー……ぐーー……ぐ…ぅ」
「ピィカ……」
やだこの娘。カビゴンみたいなイビキが五月蝿くて眠れないんだが……