◆ ◆ ◆
『やあ、初めまして。私は
『
『相手の射線と射撃タイミングを見抜く?それは凄いなっ!……え?化け物だって?みんながそう言ったのかい?……そうか』
『千束。私と模擬戦をしようか』
『……君は化け物なんかじゃない。そういう言葉で自分を卑下するのはやめなさい』
『そう。君は、ただの――』
貴女のその一言が、私を救ってくれたんだ――
◆ ◆ ◆
暁 刀那。彼女は私より二つ年上。
でも、リコリスになったのは私のほうが早いから、私が先輩。
というのは、ほぼ建前だ。
私にとっての刀那は――それこそ姉のような存在……なのかもしれない。家族がいない私たちにはよく分からないから、あくまでも想像だ。
刀那と会う前の私は、年齢的にも精神的にも幼かった。
自分が異端であることは何となく分かっていたけど、それを認められなかったんだ。
“相手の射線と射撃タイミングを見抜く”
そんな異能とも呼べる代物は、訓練内容がより実戦を意識したものに変わって、すぐに露呈してしまった。
『化け物』
同い年くらいの子たちが、私をそう呼んでいるのを聴いた。聴いてしまった。
その中には、私と仲の良かった子も居た。
何かが崩れた気がした。友達だと思っていたのは私だけ……そう思わずには居られなかった。
その日から私は、他者と極力関わらないようにした。
いじめや嫌がらせなどに発展しなかったのは、私にとっての唯一の救いと言えるだろう。
そんな毎日を過ごしていたある日、突然担当教官から模擬戦をやると言われた。
私にとって初めての模擬戦は、当時まだサードリコリスだった私一人に対して、先輩のセカンドリコリス五人という、狂っているとしか思えない編成だった。
結果など誰が見ても明らか。
――でも、
『勝者、
圧勝だった。そもそも負ける気がしなかった。
相手の弾丸(ペイント弾)は私に掠りもせず。けど、こちらの弾丸は確実に命中する。
射撃があまり得意じゃないから、交戦距離はどうしても近くなってしまう。普通だったら人数差も相俟って不利になるけど、この目のお陰でそれは寧ろ有利に働く。
それから暫くしてかな。
本部配属となった私はファーストリコリスになった。
任務の難度も格段に上がったけど、それでも私を傷つけられる相手は居なかった。
それからも幾つか任務をこなし、その全てを成功させた。
“歴代最強のリコリス”
いつしか、そんな肩書きが付いて来るようになった。
嬉しかった。誇らしかった。
嬉しくないはずがない。
……でも、心が晴れた日は一度たりともなかった。
そんな無感情に続く日々を感慨もなく送っていた私のもとに、その子はやってきたんだ。
「やあ、初めまして。私は暁 刀那。今日ここに来たばかりの新人さ。色々教えてくれると嬉しいな」
やや芝居がかった喋り方をする女の子。
腰まで届くような長い黒髪に、同性の私でも見惚れてしまうような端正な顔立ち。しかし、その顔付きは穏やかで優しく――なんていうんだろう……そう、包容力を感じさせるものだった。
そして何より目に付いたのは、彼女の左目を覆い隠した白い眼帯だ。医療用のやつっぽいそれを見た私は「目が悪いの?」と第一声。大凡初対面の人に言う台詞ではないなと、少しばかり後悔したけど……
「ハハハッ。その逆さ。“眼”がね、良すぎるんだよ」
端正な面持ちを破顔させ、優しそうな笑みを浮かべた彼女。
目が良いのに眼帯?なんて思ったけど、さすがの私でもそこまでは口にせず、自己紹介をした。
「千束、か――良い名だね」
初めて名前を褒められた。嬉しかった。
でもその反面、この子も私が化け物だって知ったら離れていくんだろうなと、どこかで囁く自分に陰鬱な影が差す。
その能力から、既に本部でも浮いた存在となっていた私に、友達と呼べる人は居なかった――フキは友達ではない気がするので除外する。
刀那と知り合った翌日、私は彼女と二人での任務を言い渡された。
孤立していた私を気遣っての事なのか、同じファーストリコリスだからなのかは解らない。恐らく後者だと思うけど、兎に角二人での任務だった。
内容は不法入国したテロ組織の殲滅。まあまあ、よくあるヤツだ。この国の裏では。
――あっ、言い忘れてた。
刀那は当時から既にファーストリコリスだった。
昨日の今日だから、訓練の様子は見てない。
直刀タイプのサーベルを二振り、腰に巻き付けられたベルトから提げている。銃器の携帯はしていないことから、多分恐らく間違いなく近接特化型だ。非常に珍しいというか、見たことがない。
しかし、
任務が終わった。
だけど、よく分からなかった。
というのも、敵拠点に入った瞬間、二手に別れろという指示が飛んだ。
一人の方が本領を発揮出来る戦闘スタイルだから当たり前か。
でも、これじゃあ結局いつもと一緒じゃないか。
「相手の射線と射撃タイミングを見抜く?それは凄いなっ!」
その日の夜は、やはりと言うべきか任務の話で盛り上がった。隣にはムッとした表情のフキもいる(サードリコリスである彼女は、別の任務に駆り出されていたらしい)。
そして私の戦闘スタイルを耳にした彼女の第一声がこれ。そこに畏怖なんてこれっぽちも含まれてなくて。
だから私は、恐る恐る訊いてみることにしたんだ。「私って化け物なのかな……?」って。
「……え?化け物?みんながそう言ったのかい?」
何か言いたそうにしているフキを無視して首肯する。
「……そうか」
何か考え込むように呟いた刀那。
その日はそれで解散になった。
「千束。私と模擬戦をしようか」
数日後。珍しく任務もないその日の朝、挨拶も程々にそう切り出した刀那。
今の私の表情は、所謂「目が点になる」という状態なんだろうなと、どうでもいい事が頭をよぎった。
彼女曰く、既に司令には許可を貰っているとのことだ。手回し早すぎか。
でも刀那の戦闘スタイルに興味がないと言えば嘘になる。
会って数日、私は彼女の訓練風景を見たことがない。
意図して隠されている訳じゃなくて、単に時間が合わなかったからだ。
でも、丁度いい機会だと、私は密かに気合いを入れた。
-□-□-□-
「それで、どうなったんですか?」
「ん~?なに、たきな。気になるぅ?」
「ここまで聴いて気にならない人はいないと思いますが」
カウンターに座り、先生が淹れてくれた絶品珈琲を片手にお喋りに興じる。相手は先日赴任してきたばかりの
先日のDA本部での出来事を経て仲良くなったばかりだ。
「う~ん……」
「言いにくいことなのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
少し前に仲間になったリス――
「手も足も出なかったぁ!って言ったら驚くー?」
「「「は?」」」
おお、ハモった。なんか面白い。
同じカウンターでアルコールキメてるミズキも含めて、三人の声がキレイに重なる。
因みに先生は居ない。“もう一人”のリコリコメンバーと一緒に買い出しだ。
「猪突猛進おてんばチート娘のあんたが手も足も出なかったの?」
「いや、なにその属性過多」
「あんたよ」
この酔っ払いぃ……と軽く睨みつけるも、焼酎をラッパ飲みし始めたため、放っておくことにした。
とりあえず、たきなたちの疑問に答えてあげないとね。
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『ルールを説明する。制限時間は二十分。有効打が確認された時点で終了だ。質問はあるか?ないな?では、双方開始地点に移動せよ』
相変わらず高圧的な物言いの司令。ていうか質問ってどうすればいいんだ。通信機も渡されてないのに。
戦場となるのは、市街地を意識した遮蔽物や障害物が数多く設置された演習場。
リコリスはその性質上、屋内での戦闘が大半を占めているけど、屋外戦闘もゼロじゃない。そのために設営されたものだ。
観戦場も設けられているかなり大規模な所で、事実多くのリコリスたちがこちらを見下ろしている。
ファースト同士の模擬戦なんて滅多に観られないだろうから当たり前っちゃ当たり前か。
50メートル平方、お互いが対角線上に立つ。
多分刀那の方も到着している頃だと思う。
こちらの武装は拳銃一丁に予備マガジンが三つ。いずれにもペイント弾が装填されている。
対する刀那は、あの日見た武装と同系統の直刀型サーベルが二振り。いずれも刃は落としてあるやつだ。そしてパッと見たところ銃器などは持ち合わせていなかったし、本人も――
「私は銃器の扱いが苦手でね。実戦では持たないようにしてるんだよ」
とか言ってたから、間違いなく距離を詰めてくる、はず。
知り合って間もないけど、嘘をつくような人には見えなかったから、信じていいと思ってる。
『双方用意はいいか?』
相変わらず無機質な司令の声が響く。
よく考えたら一リコリスの模擬戦に司令自ら審判を引き受けてくれるって、結構すごいことじゃない?
なんて、割とどうでもいいことを考えていた折に、
『では……始めッ!』
開始を告げる鋭い声が飛んだ――と同時に私は駆け出した。
彼我の直線距離は50メートル以上。その上で各所に設けられた巨大な遮蔽物もあるので、接敵は今すぐじゃない。
拳銃を主兵装とするリコリスの中でも群を抜いて近接戦闘を行う私だけど、剣相手では流石に分が悪い。
ちょっと苦手だけど距離を取った戦い方をするのが最善だと、少し大きめの遮蔽物を通り過ぎようとした瞬間――
「シッ!」
「あっぶッ!」
視界の端で光った銀閃を半ば反射で回避。私の頭上をサーベルが凄まじい速度で通り過ぎたのを感じた。
始まってまだ5秒も経ってないのに、もう会敵ッ!?早すぎない!?
と、心の中で叫び散らす。
しかし、この距離はマズイ。
即座に間合いを取ろうとバックステップの体勢を整えようとするが、
「ッ!?」
眼前に迫る刀那の足先。
顎を的確に狙った前蹴りだ。
息つく間もなく、何とかその場で横に転がりこれを躱すことができた。
迷いも、慌てもない。示し合わせたかのような猛攻。待ち伏せをしていたんだろう。
近接武装しか持っていないため、奇襲は考えられる戦術のなかで最も有効だ。
当然私もその可能性は考慮していた訳だけど、驚くものは驚くのであって。
「びっくりしたよぉ……」
その後に追撃が行われなかったため、そそくさと距離を空けた。
いつでも銃を構えられる状態を維持しながらも、私はいつも通りの口調で喋る。
「ふむ。いやいや、まさか躱されるとは思わなかったよ。流石は千束だ」
模擬戦だからお喋りはなしだ――刀那ならそう言うのかと思ったけど、思いの外不真面目なところがあるみたいだ。なんか少しだけ安心した。
彼女との距離はおおよそにして5メートル。銃にしては近い、剣にしては遠い間合いだ。
そして何の因果か、少しばかり開けた場所で向かい合っている。
「このまま千束と談笑したい気持ちもあるけど……模擬戦を申し込んだのは私だからね。程々に真面目にやろうか」
「え~。私は刀那とお喋りしたいぃ~」
これは噓偽りない本心だ。
そんな私の言葉に、刀那は困ったような、「しょうがないなぁ」みたいな表情を浮かべる。
「あとで好きなだけお喋りしよう」
いつも通りの優し気な表情でそう言う刀那。そんな彼女をこれ以上困らせるのは本意ではないため、「ぶ~、分かった」と口にした。
それ以降に会話はない。
お互いが纏う雰囲気を些か剣吞なものに変えた。
「――ッ!」
駆け出したのはほぼ同時だった。
常人よりも高い身体能力を持つリコリスにとって、この距離はゼロにも等しい。
先の会敵で刀那の身体技能のある程度を把握した私は、距離を空ける事を諦めて、敢えて突撃という選択をとった。
剣筋を予測したことなんてない。
だから、イチかバチかにはなるけどッ!
「ああああッ!!」
前傾姿勢から放たれる斜め下からの斬撃。
それを毛先を残して回避した。できたッ!
私はそのまま背を向けて走る。刀那と交差するような形だ。しかし、後方への警戒だけは絶対に解かない。
振り向いてから私を追うというロスを挟むため、刀那と私の間隔は僅かだけど確かに広がった。
だけど、この“僅か”が戦場ではすごく大きい。
その場でターンし、拳銃を構える。
安全かつ必中の間合いを目で確認できた。
過去何百何千と繰り返したルーティン。外すなど起こり得ない。
――発砲。
マズルフラッシュと共に放たれる三発の弾丸。それらが吸い込まれるように刀那に向かう。
回避する様子はない。恐らく出来ないんだと思うけど……
と、命中を確信した私はとんでもないものを目にした。
「えぇ!?」
銃弾の軌道が不規則に逸れる。必中であるはずのソレが、明後日の方向へと飛んでいった。
何が起こったかなんて訊くまでもない。
私の目には見えてしまったから。
サーベルを振る。ただそれだけの動作で音速を遥かに上回る弾丸を弾いてみせたんだ。
常軌を逸した剣技。
迫り来る弾丸を眉一つ動かさず捌く胆力。
そしてそれを可能にする卓越した身体能力と動体視力。
これが、剣一つでファーストリコリスまで上り詰めた人間のチカラか……。
「敗けたよ……私の敗け」
その言葉と共に両手を上げた。
光る剣閃。
私の首筋数センチのところで停止したサーベルは、私の敗北宣言を聴いたことによりスッと下ろされる。
人生で初めて経験する敗北。だけど、思ったよりも気分は晴れやかだった。なんでだろ?
「……君は化け物なんかじゃない。そういう言葉で自分を卑下するのはやめなさい」
呆然と立ち尽くしていた私にかけられた耳心地の良い声。
顔を上げるといつもと変わらない、穏やかな表情の刀那が居た。
「化け物じゃない……?」
彼女の言葉を反芻させる。
それは先日口にした――私と周りを遮る高い壁を意味する単語だった。
一番嫌いな……だけど、一番自分を表している言葉だった。
「そう。君は、ただの――」
「“可愛い女の子だよ”」
その瞬間、灰色だった世界が鮮やかに彩られた。
-□-□-□-
「彼女は千束と同じ……?」
「う~ん。まあ、そうだね」
たきなの表情に少なくない驚愕が表れる。
そりゃ、銃弾の軌道を見るなんて事が出来る人間が二人も居ればそうなるか。私も初めて見たときは驚いたし。
「でもちょっと違うかなぁ……」
「どこがです?」
私の呟きにすかさず反応を示すたきな。
何て言うのが正解なんだろ?感覚に近いんだよなぁ。
「ん~、なんだろ……完成度ってやつ?」
「はぁ……?」
「そこからかな。よく模擬戦を挑むようになったのは」
無論、一度も勝てたことがない。それを口にしたら、それはもう驚かれた。
サーベルによる絶対防御があるため、いくら発砲しようが無意味。近づくのは論外。漏れなく斬り捨て御免が付いてくる。
じゃあ、距離を空ければ何とかなるかと思いきや、踏み込みの速度が段違い過ぎて、一瞬で追いつかれて確殺コンボ。
不意打ちも試したし、死角を狙った攻撃もやった。しかし、その尽くが撃沈と相成った。
無理ゲーである。彼女に勝てるビジョンが全く見えない。
それでも何度も挑んだ。そして、その回数分負けた。
けど、私の心は晴れやかだった。
私は化け物なんかじゃない。私は一人じゃないんだって、実感できるから。
そう言ったら、刀那は怒るかな……。
(好評なら)続く……