◆ ◆ ◆
『大丈夫。絶対に良くなるさ』
『私はここに居る。ずっと一緒だ』
貴女の何気ない一言が、私を勇気付けてくれた。
先天性心疾患。もう長くないことは、何となく解かっていた。
自分の身体の事だから。
それでも、貴女が居るこの世界で。
共に生きたいと思った……
◆ ◆ ◆
胸の痛みで意識を失うたびに死を予感した。
あぁ、ここで死ぬんだと思ったのは一度や二度ではない。
刀那の励ましがあったけど、実際には悪くなるばかりで。
心のどこかで諦めていたんだと思う。
そんな私に――
一筋の光が差した。
「治るんだってッ!」
手術で治せると。
助けられる人が居ると。
助けてくれる人が居ると。
それが解ったとき、私は真っ先に刀那のもとへと駆けた。
先生が教えてくれた。
人工心臓というものがあって、それが私の命を繋いでくれるものであると。
――それがどれだけスゴい代物なのかは解らないけど。
でも、生きられる。生きていられる。
これからも刀那と一緒に居られるっ!
それだけ解かれば十分だから。
この喜びを伝えたい。
他ならない刀那に伝えたいっ!
しかし、そんな彼女の反応は酷く簡素なものだった。
「そうか……」
どこか気が抜けたような。
悪く捉えるなら残念そうな……
そう形容したくなる声音。
少しショックだった。
一緒に喜んでくれると思ってたから。
一番祝ってくれると思ったから。
嬉しくないの――?
そんな言葉が口をついて出そうになったとき、
「良かった……ホントに……ッ!」
眼帯をしていない、片方の瞳が潤んでいるのが見えた。
そして、決壊して溢れ出た雫が彼女の頬を濡らすのを、私の目は見逃さなかった。
啞然とした。
いつも通りの笑みを浮かべて喜んでくれるとばかり思ってた。
初めて見た刀那の泣き顔。
同僚のリコリスが任務から帰らなかったときですら、彼女は哀し気な表情を浮かべるだけだったのに。
その時の刀那の心境を推し量ることは出来なかったけど……
でも、嬉しかった。
私のために泣いてくれたことが。
……自意識過剰ってやつなのかもしれないけど。
手術は成功した。
今、私の胸には機械仕掛けの心臓が収まっている。
鼓動が聞こえないのは、なんか変な感じだけど……
これで刀那と同じ時間を歩んでいける。
それだけで満足だ。
-□-□-□-
「そこからは皆が知ってる通りかな~。刀那と二人で電波塔事件を解決――まあ、結局折られちゃった訳だけど」
そこまで話して、ふと辺りを見回した。
ミズキは飲酒の手を止め真剣な面持ちを見せ、クルミもいつの間にか中二階から顔を出していた。
たきなはいつもと変わらない真面目な表情をしている。
そんな本気で聴かなくてもいいんだけど……
「刀那さんが不殺のスタンスでいるのは……」
「うん。私に合わせてくれてるの」
自分でも分かるくらいに声が沈む。
移植の手術を受ける前はリコリスとして普通に人を殺してた。そこに疑問なんて無かったし、それが当たり前だと思ってた。
でも、こうして命を助けられて。
私も
そこに後悔なんてあるはずがない。
だけど、同時に……
都合が良すぎると思った。DAの方針に真っ向から歯向かうようなスタンスであることもよく解ってる。
咎められこそすれ、褒められることなどあり得ない。
だけど……
『ふむ、悪くない。千束らしい
そう言いながら、私の大好きな笑顔を覗かせた刀那。
その約束通り、彼女は電波塔事件において誰一人としてその手にかけなかった。
そしてそれ以降も。
刀那は優しすぎるんだ。
どうして、私が今一番欲しい言葉が解るんだろう。
そう考えてしまうのが不思議ではないくらい、彼女は私に優しくしてくれた。
……まあ、そんなことを考え始めたのは大きくなってからなんだけどね。
「
「ちょっ!ミズキ!それは言わないでってばっ!!」
「どういう事ですか?」
人が感傷に浸ってたってのに。この酔っ払いは……!
ていうか人の黒歴史を掘り起こすなっ!たきなが興味持っちゃったじゃんか!
「あの、たきなさん?知らなくていいこともあるんだよ?」
「それを決めるのは千束ではありません」
おっふ、ド正論いただきました……
天井を仰ぎつつ、チラッと中二階の方へと目線を送る。
引っ込んだのか、クルミの姿は見えなかった――
と思いきや、視界の端に黄色い物体が映った。
「……なんだ?」
「いや、なんでいるのかな~って」
「居ちゃ悪いのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
座敷の一角でパソコンを弄るクルミ。
さっきまで上にいたよね?なんで降りてきたの?
今と同じ答えが返ってくるであろう疑問が頭の中で渦巻く。
全員の前で黒歴史を公開しなければならないのかぁ……
-□-□-□-
DA支部の一つという名目で喫茶店を開業することになった。
私を助けてくれた人を探したい――そんな私のワガママの結晶。
今のままでは絶対に出来ないことだからこそ、無理やり押し通した結果だ。
でも、真に望んだカタチにはできなかった。
「刀那、一緒に来てくれないの?」
「ファーストリコリスが二人も抜ける訳にはいかない。それは千束も解っていることだろう?」
悲しそうな笑みを浮かべながら、諭すように言う刀那。
知ってる。よく知ってる。
ファーストリコリスがDAにおいてどれほど重要なのかも。
でも、納得できるかどうか別問題であって。
――――
「DAにおいてファーストという
「でもッ!――」
「大体。
楠木さんに直談判しにいくも、通るはずもなく。
頭では理解している。
刀那も一緒になんて、どだい無理な話なんだって。
ファーストが二人も抜けたら、それはDAにとっては非常に大きな損失になる。
解っているけど……心に巣食ったこのモヤモヤが消えることはないだろう。
――――
無事開店した。
“和風喫茶リコリコ”
メンバーは私とミカ先生。それと元DA情報部の
本質はDA支部だけど、不殺を誓った私にまともな任務が振られるとは思っていない。
ここで心機一転、頑張るぞ。
そう気合を入れたのが一週間前のこと。
「千束。本日付けでもう一人リコリスが配属されることになった。色々教えてあげなさい」
リコリコの制服に着替えるために、バックヤードにある更衣室に向かおうとした私を引き留めた先生は、挨拶のあとにそう続けた。
え?どこに?
ここに……?
開業してまだ一週間しか経ってないのに、もう新しいメンバー?
やっと出来た自分の居場所を奪われるような気がした。
DAから監視を命じられたリコリスかもしれない。
その可能性も同時に浮かんできた。
一度そう考えてしまうと、らしくもなく憂鬱な気分になった。
……ダメだ、ダメだ。まだそう決まったわけじゃないのに。
何を考えてるんだ私はッ。
刀那と離れ離れになって一週間。たったそれだけの時間なのにも関わらず、そのときの私は荒んでいた。
依存していたんだ、私は。
それを今になって気が付いた。
そしてこれからも、そこから抜け出すことは出来ないんだと。
「へ、へぇ〜。そうなんだ~」
だけど、先生たちにだけは心配をかけさせちゃいけない。
努めて明るい声で返事をした。
……こんなの私じゃない。そう思いながら、内心に頑丈な蓋を施した。
そんな私の心境をあざ笑うかのように、時間は容赦なく進み。
いよいよ、配属のリコリスと顔合わせの時がやってきた。
仲良くやろう。どんな子だったとしても。
覚悟を決めて入口である扉の前に立つ。
精一杯の笑みを浮かべてみせる。
しかし、心からのものではないソレは、思うような表情を作れなかった。
奮闘虚しく、扉の奥に人の気配を感じた。
ステンドグラスに影が見える。
シルエットから見られる特徴は多くないけど、今の私には一秒が数分にも感じた。
背丈は私よりも高い。
年上の子かな……まだわからないか。
髪は……結構長め、かな?
片手には荷物。あの形はリュックだろうか。
ないはずの鼓動が早まった気がした。
どんな子なんだろう。
私の頭の中にはそればかりが渦を巻いていた――
「……ん?」
「え……?」
扉が小さく開き、奥から顔を覗かせる女の子。
その顔は私がよく知る人物で……
「千束じゃないか。出迎えかな?ありがとう」
――私が一番会いたかった人だった。
「刀那……?」
「うん、そうだよ?」
聞き慣れた……だけど、久しく聞いてなかった気がする。
私の大好きな声が耳朶に触れ、やっと実感が出来た。
「刀那っ!」
心からの叫び。
ほぼ目の前にも関わらず、勢いよく駆け出した。
「おっと、危ない危ない」
「会いたかったっ!会いたかったよぉ……っ!」
刀那の胸に飛び込む。
彼女の卓越した身体能力が為す体幹は、私の突進ともとれる抱き着きを難なく受け止めた。
一度決壊してしまえばもうダメだ。
視界がぼやけてよく見えない。
刀那がどんな表情をしているのかも分からない。
でも、そこに不安はなくて。
やっと取り戻したような。
そんな胸の温かさを感じた。
彼女の手荷物が床をついた音が、やけに遅れて聞こえた気がした。
「――ところで刀那。なんでここに居るの?DAは?」
ひとしきり泣いた現在。
日当たりのいい座敷席で向かい合うように座る。
本来の目的を思い出した私は、早速それを口にした。
先生とミズキはカウンター席からこちらに視線を送っている。
心なしかニヤニヤしているように見えた。
うぅ……恥ずかしいっ!
刀那はそんな私の内心を知ってか知らずか。
特に気にしたようには見えない、穏やかな口調で語り始めた。
「電波塔事件の功績、と言ったところかな。私も千束と一緒に居たいからね」
という言葉を皮切りに、刀那は事の成り行きを続けて話した。
曰く、不殺のスタンスはいくらファーストリコリスと言えど、許されるものではない。
寧ろファーストリコリスだからこそ、部下よりも率先して事に当たるべきである。
それでも刀那はその在り方を変えなかった。
それで半ば厄介払いの左遷というカタチで、ここに配属されることになったという訳だ。
そういう意味では、確かに功績と言えるかもしれない。
不殺を確立させた最初の事件だから。
嬉しかった。
刀那が私と同じ在り方で居てくれたことが。
ファーストリコリスに任命されたときのような、空虚な喜びなんかじゃない。
確かな温かみを、再度感じるに至った。
……だけど、刀那の話を聴く先生たちの表情が。
何とも言えない微妙なものだったのが、少し気になった。
◆ ◆ ◆
DA司令官の執務室。
その主たる楠木は、デスクに備え付けられたモニターを眺めていた。
今日部下から提出された電子報告書を、特に感慨もなく読む。だが、内容はこれっぽちも頭に入っておらず、長年のデスクワークの末に会得した一種の思案行動と化していた。
彼女の頭の中で渦巻くのは、先ほどの出来事。
暁 刀那に異動を言い渡したときのことだ。
『綺麗事だけで、良き姉はやっていけないんです』
退室間際、彼女が言い放った台詞。
その時の刀那の表情はどこか哀し気で。
それと同時に極少量の狂気を感じさせるものだった。
何故そう感じたのかは解らない。
リコリスという大なり小なり闇を抱えている少女たちを多く見てきた楠木は、刀那が見せたその瞳を“狂気”だと思った。
だがその狂気は、過去見てきたリコリスの誰よりも深いもので……
そこまで考えて、ふと更に過去のやり取りが脳裏を掠める。
『なぜ千束に執着する?』
本部に配属されたばかりの刀那に、そう問いかけたことがあった。
客観的に見て、彼女は千束を特別扱いする傾向が強かったからこそ、興味本位で尋ねたものだ。
他のリコリスたちを蔑ろにしていた訳ではない。寧ろ、どんな相手だろうが親身に接していた。
些細な相談だろうが乗っていたし、ただ聞くだけではなく解決策も提示したりしていたのを、楠木は自分の目で確認している。
戦闘訓練の時も率先して下の子たちを励ましていた。担当の教官たちからは「刀那が居るから楽だ」などといった声も多数挙がっていた。
教官の怒号が響き渡る訓練室に、それと同じくらい聞こえた刀那の優し気な声。
親兄弟の居ないリコリスたちが、刀那に懐くのも理解出来る。
彼女たちにとっては、姉であり母親のような存在なのだろう。
だが、そんな彼女も千束にだけは群を抜いて甘かった。
『執着、とは少し違いますが……私も一端の人間ですからね。人間関係において真の平等なんて体現できないんですよ』
「……矛盾しているよ。お前は」
一人きりの執務室で呟く。
それは反響するでもなく、虚空へと消えていった。
それが何を意味する言葉なのか。
それが解るのは“彼女”だけだ。
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