前回銀座のクラブでの銀英伝公式ポータル出張グッズ販売に行って、公式さんといろいろ
お話しさせていただきました件ですが、その件をお便りにしたところ、『公式さんと語ろう』
(ニコニコ・137回)で紹介していただきました。
宇宙暦七九一年 一〇月二五日 パランティア星域ケルコボルタ星系より
第一〇二四哨戒隊が航路復帰して三時間。時間通り真っ白な医務士官服に身を包んだモイミール医務長と警備主任のマーフォバー大尉が、それぞれ報告書を持って司令艦橋に上がってきた。
「捕虜の生体状況は一通り確認した。重体者一二名は患者本人が選択しない限り、まず命に問題は無かろう」
筋の通った鷲鼻にギョロっとした目付き、肩まで届く白髪交じりの長髪。一九〇センチを超える長身だが、肌は白く肉付きが薄いので、白髪の骸骨が動いているように見える。
「他の負傷者も順次処置を行っている。問題はスペースだ。捕虜だからと言って重傷者を狭い貨物室や営倉に放り込んでいるのは、医療・精神の両衛生上から言ってもよろしくない。どうにか改善は出来んのか?」
「先生の仰ることもわかりますが、捕虜という立場上、彼らに対し厳重な管理は必要です」
苦虫を噛み締めたような渋い表情でモイミール医務長に、マーフォバー大尉が応じる。三〇代前半中欧系の、太く長いもみあげと左眼の上下から伸びる戦傷が良く映える偉丈夫で、肩から吊るすタイプの腕章に描かれたMPの文字がより輝いて見える。
「ですが小官としても捕虜の管理については問題があると考えます。隊司令にはご確認の上、速やかなご判断をいただきたく」
「二人の意見は理解しているつもりだ」
両者ともとっとと捕虜を各艦に分散するなり輸送艦に詰め込むなりして対応しろと言っているのは分かっている。しかし報告の内容次第ではどうにもならないかもしれないことも確かだ。
「先生。血液検査の方はどうでした?」
「三八人。約九パーセントだ」
「はぁ?」
思わず口を開けたマヌケな表情のままマーフォバーに視線を移すと、首と顎が筋肉で結びついている大尉は厳しい目つきで頷いて応えてくる。
「検出者は特定の艦に集中しています。把握しているのは三隻。戦艦ツェルニッツ、巡航艦ベルネッケⅢ、巡航艦ビフーゼンⅦ。いずれも初手にぶつかった哨戒隊の艦です」
「階級は?」
「上級幹部から二等兵までです」
つまり汚染は将兵の個別ないし艦単位の連帯組織というレベルではなく、哨戒隊単位という事だろうか。マリネッティの第一二九九哨戒隊を攻撃した時と同じように、基本をツーマンセルとし先制攻撃する側の哨戒隊を麻薬汚染させ、彼らを犠牲に同盟側哨戒隊を磨り潰すというかなり非人道的な戦術構想なのか。
帝国と同盟では明らかに国力の差がある。特に人口比はほぼ二対一。専制国家末期の軍隊らしく、将兵に対する損耗を厭わない戦術を取ることは充分に考えうる話だ。
「後手にぶつかった哨戒隊にはいなかった、でいいか?」
「残念ながらそちらは爆沈した艦が多く、捕虜自体が少ないというのが正しいです。全体では九パーセントですが、哨戒隊ごとに分けると初手側は一五パーセントを超えます」
「そうなるともはや軍隊としての機能は維持できんじゃろう。まず命令系統がまともに機能しなくなる」
医師として嘆かわしい事だと首を左右に振るモイミール医務長と、警備主任の立場上相当ヤバい辺境の現実に苦悩するマーフォバー大尉の、両対称な容姿はいっそ見事なほど。しかし、これで迂闊に捕虜を見なかったことにすることもできなくなったのは明らかだ。
「鹵獲した艦の艦長を尋問すべきだと思う。二人の考えを聞きたい」
「当然じゃろうな。艦の中身に、私は大変興味がある」
「医務長に同意します。すでに離脱症状が出ている者も数名おります。一分隊で管理していない拿捕艦の乗組員にも再度『調査』が必要と考えます」
大きさから言えば両艦とも一〇〇人未満であろうが、哨戒隊単位で薬物汚染が広がっているとすれば、薬物の管理を各艦で行うより後方で一纏めにして管理していると考えるべきだろう。二隻を拿捕したシツカワ中佐から特段の報告がない以上、乗組員は『清浄』なのだろうがそれはそれで悪辣極まりない話だ。
「第六のサイニャーソン中佐と第七のシツカワ中佐の面子をつぶすようで悪いが、本隊から乗込隊を送り込んでもう一度輸送艦と工作艦の中身を精査する」
第七分隊は後方支援艦の分隊なので、鹵獲した相手へ武力で乗り込むだけの陸戦要員はいない。護衛についていた第六分隊も嚮導駆逐艦一隻と駆逐艦三隻で編成されていて、やはり陸戦要員はほとんどいない。元々退避行動をしている彼らに無理を言って拿捕を命じた手前、調査に不足があったからといって責めるわけにはいかない。
「マーフォバー大尉、一分隊から選抜で隊を編成してくれ。全員装甲戦闘服を着用。指揮は貴官に任せる。モイミール先生は検査薬と拘束着と自白剤の手配を」
「自白剤を使うのは正直感心せんが、相手が薬物犯罪となれば致し方なし、なんじゃろうな」
医師としては生死にかかわる自白剤の使用は到底認められない。が、相手がこの世界で一番危険な薬物犯罪である以上、容赦するわけにはいかないのも事実。不承不承といった体で頷くモイミール医務長と、拳を握り締めて計量前の格闘家のように頷くマーフォバー大尉はやはり対照的だ……これで俺の後ろでずっと黙って立っているドールトンに白のカラマニョールを着せ、後ろに黒く塗った装甲戦闘服を並べたら、ここは怪人組織の巣しか見えない。別に俺は赤いマントを着ているわけではないが。
「よし、では仕事にとりかかろう。七分隊と鹵獲艦は一分隊との並走位置まで前進。鹵獲艦に対しては六分隊が二隻ずつ接舷。乗込隊はシャトルで六分隊の艦より鹵獲艦に乗船。圧縮通信で指示を出せ」
「了解いたしました」
結局『仲間はずれ』には出来なかったドールトンがほぼ無表情で敬礼して、ビューフォートが座っている艦長席へと駆け出していく。その後ろ姿を見ながら、俺は残った怪人組織幹部二人に言った。
「証拠品の管理も二人に任せるが、味方を騙すくらい慎重に行え。コンマ以下でも証拠品が減っていたら、哨戒隊全員の身体検査を行う覚悟で頼む」
だが俺がそう言った後、敬礼する二人の顔に微妙な雰囲気が漂っていた。彼らが司令艦橋を降りて、代わりに戻ってきたドールトンにそれを聞くと、少しだけ肩を竦めた上目遣いで応える。
「失礼ながら今の隊司令の顔は、何処から見てもマフィアの若ボスにしか見えません……」
部下の薬物に対する軍規の徹底のはずが、組織のブツを横流しする奴がいたらケジメつけろ、と解釈されたことに深い溜息をつかざるを得なかったが、その五時間後、戦艦ディスターバンスの小会議室に最敬礼する二人の中佐を迎える羽目になるとは思いもよらなかった。
「大変申し訳……ございませんでした」
東南アジア系のサイニャーソン中佐と、懐かしい極東アジア系のシツカワ中佐の、二人の小柄な体型がより小さくなっているように見える。部屋には二人以外の各分隊指揮官、戦艦インプレグナブルのファルクナー艦長、ビューフォート、モイミール医務長、マーフォバー大尉、そしてドールトンと揃いも揃って高身長なので、唯一座っている俺以外が二人を包み込む壁のようになっているので、吊し上げの査問会議に見えてくるのは仕方ない。
「いや二人にそこまで謝ってもらうことはないよ……」
確かに落ち度と言えば落ち度だが、マンパワーの不足に加え、目的をもって探し出すことがなければ、『ブツ』を見つけることは不可能だろう。輸送艦・工作艦それぞれに搭載された外装塗料大型缶(未開封)の中に浮かんでいるなんてベタな隠し場所だが、そもそも開けて見なければ分からないから拿捕時に確認することなどできない。
しかも予想通りというかなんというか、輸送艦と工作艦の乗組員の誰もがその事実を知らなかったという。流石に保管・管理していた両艦長は知っていなければおかしいはずだと、取調室で事実に困惑する艦長達にしびれを切らしてマーフォバー大尉が自白剤を打ち込んだが、得られた結果は戦艦ディスターバンスの入院患者が二人増えただけだった。
「中毒になっている捕虜の証言では、各艦の機関部や船務部の人間が薬物を取り仕切っていたということですが……」
哨戒隊規模での薬物汚染でありながら、統括管理する人間が居ないという不思議さ。かなりの量の薬物に対して、動いた金の規模の小ささ。取り仕切っていた者とされる人物が戦死(機関部は意外と死にやすい)している為に全容が掴み切れない。マーフォバー大尉の米神には血管が浮かび上がっている。
「輸送艦・工作艦の乗組員全員に対する、自白剤を使用しての取り調べを行いたい、と小官は考えます」
「それは無茶だ。うそ発見器でも反応がなかったのに、無理に使用して本当に死者が出たらどうする」
当然のようにモイミール医務長が反発する。
「何らかの根拠を持っての使用ならともかく、根拠もなく生死に関わる薬剤の使用は捕虜殺害・虐待に相当する。君は隊司令に汚名を着せたいのか?」
「しかし現実にサイオキシン麻薬が存在しております。それこそ打撃戦隊の乗組員全てを廃人にするくらいの量です。それを辺境の一哨戒隊が保有している時点で、おかしいと思いませんか?」
少数の兵が自分達の間で使用する分を所持している、あるいは小組織の売人が介在して辺境からも金を巻き上げているというのであればまだわかる。しかし量が尋常ではなく、それでいて管理者がいないという。取り纏め役が戦死したというのならわかるが、薬だけ残して死ぬような危険性のある場所にいるのは、あまり納得できる話ではない。
「いずれにしてもこれは帝国軍の話です。我々としてはこの事実を記録として残し、今後戦局に与える影響を含めて検討すればよろしいのではないかと思いますが」
第二分隊司令兼嚮導巡航艦ヴァールーバ一〇二艦長カンナスコルビ中佐がそう提案する。一分隊が全艦撃沈した場合、一〇二四哨戒隊は彼が指揮を執ることになる。北欧系の大柄な体格と、短く切り揃えたブラウンの頭髪は一見すれば陸戦要員を思わせるが、中身はバリバリの巡航艦乗り(船乗り)だ。
「いや事はそう単純じゃない。需要に見合わない量を誰も管理していないわけがない。金にすれば相当なものをただの積み間違いというのは流石におかしいだろう」
カンナスコルビ中佐の隣に立つ第三分隊司令兼嚮導巡航艦シェリダン九八艦長チェ=シウ中佐が反論する。ことさら痩せて見えるが、それは余分な脂肪が体に付いていない引き締まった筋肉質のアジア系で背も高い。先任順がカンナスコルビ中佐の次になるが、それを本人も強く意識しているらしく、それが部下にも伝播して第二・第三分隊の対抗意識は、他のどの分隊よりも強い。
「じゃあこの辺境に取引先がいるとでも? いくら命知らずの宇宙海賊や麻薬取引業者とはいえ、両軍軍艦がウヨウヨいるこのド辺境にわざわざ出てくるわけがないと思うがな」
チェ=シウ中佐の向かいに立つ第四分隊司令兼嚮導巡航艦ヴァールーバ一〇九艦長パストル=フラビオ=テジェス=サマニエゴ中佐が肩を竦めて応じる。顔や肌にラテンの血が強く出ている美丈夫で、髪は見事なブロンドで頭の後ろで一纏めしている。正確には容儀違反になるが、毎日髪と髭の手入れをすることを条件に認めたので、俺に対して微妙に恩義を感じているらしい。
「同盟軍だろう」
そして言葉少なげに一番言いにくいことを、オドゥオール中佐(第五分隊司令)は言ってのける。この場にいる誰もがうっすらと感じていたこと。明らかに辺境最前線の要地における緊張感とは別物の、第五四補給基地将兵の秩序のなさと士気の不安定性。暗い倉庫のカビのような陰湿さ。士官学校卒であろうと、専科学校卒であろうと、叩き上げであろうと、ドールトン以外は一つの組織の長として鋭敏なアンテナを有している。
軍規によれば戦闘部隊が交戦中に敵の支援艦を拿捕した場合、その管理はまず最先任戦闘部隊指揮官の統制下となる。指揮官より命じられた輜重官(大抵は補給参謀相当)が、拿捕した艦艇の本体・資材・物資を調査・集計し、より上層部隊からの指示がない限り部隊根拠地に至るまで保持する義務がある。また現場で消費する場合は緊急時の必要に迫られた場合のみで、それもまた集計する必要がある。
勿論そんな余裕はないと現地で廃棄処理される場合もある。拿捕した艦の回航要員が足りない場合は、シャトルや内火艇に捕虜を移してから艦を撃沈する。その権限も先任指揮官に与えられているが、やはり記録は残さなければならない。だが戦闘が連続する上に、司令部に余剰人員がいない辺境星域において、そういった記録や集計はおざなりにされることがしばしばだ。
もし仮に同盟軍が帝国製サイオキシン麻薬の顧客であるとした場合、帝国側が得る利益とは一体何か。『運搬業者』が軍隊なのだから、反社会的戦力が欲する武器・弾薬という筋はない。当然のことながら同盟の通貨が使用できる環境ではない。
有用な鉱産資源というのもなかなか難しい。第三辺境方面管区内に有望な鉱山惑星は無いわけではないが、安定生産できるようなプラントを設営できる『治安環境』にはない。勿論赴任したての我々が知らない、秘密の鉱山等があるのかもしれないが。
「取引材料として考えられるのは軍事機密情報だろう。第三辺境方面は主攻ルートではないが、イゼルローンへの大規模攻勢を主力制式艦隊が行うに際し、援護攻勢をかけるルートではある。それにアルレスハイム星域を突破出来れば、イゼルローン回廊の出口に辿り着ける」
俺の左横に立つ次席指揮官兼戦艦インプレグナブル艦長のファルクナー中佐が、話の先を読んで応える。中佐の言うように、逆に言うと辺境にある同盟軍にはそれぐらいしか取引材料になるものはない。三〇隻前後の哨戒隊にとってみれば、六〇〇隻前後の独立部隊も二〇〇〇隻を超える高速機動集団も、死亡フラグ以外の何者でもない。
「両軍辺境哨戒隊間で『握り』を行っている可能性がありますな。それを薬物が仲介している。安全と利益。双方に抱える共通の秘密」
伸びた無精ひげをひと撫でしながらビューフォートが皮肉っぽい笑いを浮かべる。同盟軍に限らず、帝国軍でも辺境の哨戒隊の役目は『カナリア』だ。お互いの大規模攻勢について、中央に黙って事前に仲間内の間だけで情報を交換し、被害を減らそうと画策する。その上で双方の通謀がバレないように薬物という特一級の縛りをかけておく。
帝国軍の内情までは把握できないが、サイオキシン麻薬は化学合成によって製造される合成麻薬であるので、原材料と製造機械とエネルギー源さえあればどこでもできる。それこそ辺境のどこででも、だ。ただし哨戒領域内に固定された工場を造るのは難しい。考えられるのは大型工作母艦か哨戒領域より少し後方の領域……
「この状況を知る全員に対し、箝口令を敷く」
俺は強烈な悪寒を背中に感じつつ、席から立ち上がって居並ぶ哨戒隊幹部達に告げた。
「他の哨戒隊および補給基地関係者に状況を聞かれた場合、『帝国軍内では薬物汚染の可能性がある』以上のことを話してはならない。それは『捕虜の感染症確認の為の血液検査』で判明した」
薬物汚染された捕虜を獲得した以上、そこは誤魔化すことは出来ない。どうもそうらしい、だけであるならばどこでも『ありうる』話で済む。
「マーフォバー大尉。乗込隊には特に厳重に箝口令を敷くこと。完全独立のカメラで薬物を確保したところまでの映像と『防水袋に包まれた袋』は一つを証拠として保存すること。保管も貴官に任せる。報告書の提出は私の一存による」
「箝口令と証拠保存、了解いたしました」
音を立てて踵を合わせ、マーフォバー大尉は俺にキッチリとした敬礼を返す。
「モイミール医務長。薬物依存の捕虜の血液等から、薬物の種類の識別は哨戒隊内で可能か?」
「薬物がサイオキシン麻薬であることに間違いないが、隊司令が知りたいのは不純物解析の方じゃな? 純度にもよるが可能かもしれん。輸送艦内にある分析機を貸してもらいたい」
顎に右手を当て小さく頷くモイミール医務長の言葉に、全員の視線が小柄な中佐に集中する。
「シツカワ中佐」
「承知いたしました。速やかに用意し、ディスターバンスに搬入いたします」
「それと拿捕した帝国軍輸送艦の兵器類・『未開封の外装塗料大型缶』も含めた軍事資材はすべて破棄する。工作艦より工作班を選抜し、奪取したレーザー水爆の連鎖自爆による破壊処分を行うこと。空いたスペースに捕虜を詰め込む。生活物資・食料品はそのままでいい。マーフォバーは乗込隊ごと輸送艦に乗り込み、シツカワ中佐指揮下で捕虜の管理を行うこと」
「拿捕輸送艦への処置、了解いたしました」
シツカワ中佐は敬礼ではなく最敬礼で俺に応える。
「第一分隊の各艦は、捕虜を拿捕輸送艦へ移送。その際各艦より衛生兵資格者を五名、船務要員五名を選抜し、マーフォバー大尉指揮下で捕虜管理を生活・医療面より補助せよ」
「了解です。腕っぷしの強い奴から順に集めてやりましょう」
皺の寄った顔を少しだけ緩めて、ファルクナー中佐が応える。
「分隊各指揮官はこの件について、各艦艦長には帝国軍捕虜に薬物依存者がいたことのみ話すこと。薬物が拿捕艦で大量に発見・確保、また破棄された話は一切不要だ」
「承知しました、隊司令」
カンナスコルビ中佐が代表して応じると、他の五人の中佐もそれに合わせて俺に目礼する。取りあえず今ここで打てる手はこれくらいだろう。後は第五四補給基地に戻るまでに決めるか、着いてから判断すればいい。そう思い、居並ぶ一同をもう一度見回す。ドールトンの顔は真っ青だし、ビューフォートもいつになく真剣な目付きだ。分隊指揮官達もそれぞれの顔に緊張が浮かんでいる。ただしいずれの視線の先にも俺がいて、次の言葉を待っている。俺は溜息を大きく一つ吐いてから、師匠譲りの顔面操作で笑顔を浮かべて彼らに告げた。
「私はしばらく『自分の戦闘指揮能力に自惚れるバカ』になる。誰に聞かれてもそう応えるように。いいね?」
ドールトンを除く一同の顔が皮肉っぽい笑い声と共にほころぶのだった。
◆
ケルコボルタ星系より第五四補給基地までの復路は、往路に比べると安全だった。一度ならず帝国軍哨戒隊をその哨戒範囲内に捉えることはあったが、接近してくるまでもなくまた挑戦信号も打ってもこないので、お互いにスルーする形で通り過ぎていく。
また将兵の士気は高い。途中の星系で何度か陣形変更訓練やFASを行ったが、俺としても満足できる動きを見せており、厳しい訓練が先の勝利に繋がったことの理解が浸透しているように見える。
そんなこんなで一一月一二日。第一〇二四哨戒隊はほぼ予定通り、一隻も欠けることなく逆に二隻増やして第五四補給基地に帰投した。補給基地のドックに入るほどの重損傷艦は、舷側砲を喪失した戦艦アーケイディアだけ。それも構造体への損傷がないことから応急処置部分の交換のみ入渠四日という連絡がドック部から帰ってきた。
「お前さんが先月着任した若造の隊司令かい。出動前に会えず悪かったな。ドック長のサトミだ」
第三辺境星域管区司令部に一部抹消した報告書を送信後、戦艦アーケイディアが入渠している第一整備ドックの展望室で船体補修に勤しむ姿を見ていたところを、俺はドック長に捕まり執務室へと引きずり込まれた。機材や工具それに論文雑誌が並ぶ執務室というよりは工科大学の教授研究室のような雰囲気で、頭が薄い間違いなく前世の俺やシツカワ中佐と同じ極東アジア系の初老の技術大佐が、人の良さそうな笑顔を浮かべ、太い指で手首を掴んで無理やり握手してくる。
「Bコースを行っていきなり敵と遭遇とはなかなかツイてないな。ここ数年敵との遭遇回数はあっても、交戦件数は少ないコースだったんだが」
座りなさいと、腰が引けてる出席数の足りない学生に諭すような学科教授のように、俺の両肩に手を置いてくたびれたソファに押し付ける。現場上がりの技術士官らしい力強い圧しに、俺も肩を丸めざるを得ない。
「まぁ、それで一隻も失うことなく、拿捕艦二隻に捕虜四〇〇人以上とは豪運だ。で、お前さんは士官学校の首席卒だって?」
オブラックか、それともギシンジ大佐から聞いたのか。名前さえ知っていれば、大佐ほどの高級士官なら士官学校卒業名簿を当たれるから自分で調べたのか。いずれにしても人の良い笑顔の中心にある両目に、僅かに宿る猜疑の色はごまかしようがない。
「えぇ、まぁ。名簿をご覧いただければ」
お前が疑っているのは分かってるぞと、俺も薄ら笑顔で応じる。
「指揮官として初めての指揮で、これだけの大勝を得られたのはまさしく運が良かったと言えるでしょう。ただそれは部下が小官の指揮に過不足なく従ってくれたおかげであるとも思っております」
「実に教科書通りの回答だな。なるほど貴官が士官学校首席卒業は疑いようもない。いや失礼した」
ハハハッと鼻で笑いながらサトミ大佐は、前世でよく見た電気ポットから急須にお湯を注ぐ。緑茶のふくよかな香りが、俺の嗅覚をやわらかく刺激する。この世界に転生してからほとんど嗅ぐことのなかった懐かしい匂い。
「ほう、この香りをご存知のようだな。流石、交流関係も広いと見える」
俺の分の茶碗を目の前に置きながら、サトミ大佐は相対したソファに腰を下ろす。
「タフテ・ジャムシード産の玉露だ。これを味わうと他の緑茶は、ただの緑色の飲み物に過ぎないな」
「なるほど」
ハイネセンではマイナーな商品だがスーパーでも購入できる。だが見るからに特級品の『それ』が目の前にある。誘導弾をはじめとする軍事物資ですら輸送が滞りがちな辺境の補給基地にあるのはなかなか興味深い。嵩張るものではないので、食料品などの生活物資や郵便物と共に軍事郵便で運ばれてきたのだろうが、明らかにイイ値段がつく商品だ。もし私物として軍委託の星間輸送会社など利用しようものなら上乗せされる輸送費も半端ない。
「年老いた辺境の技術士官の戯言と思って聞いてくれるか?」
年老いたというにはまだ早い。壮年というべきサトミ大佐は一度湯飲みを傾ける。
「この辺境ではな、敵は教科書通りには動いてくれん。制式艦隊のようなまともな敵はまずおらん」
それは規模によって見える景色が違うという事だろうか。アスベルン星系でもアトラハシーズ星系でも帝国軍の艦隊は充分にまともな訓練を受けていた。特に第四四高速機動集団をアトラハシーズ星系で待ち構えていたのは銀河で五指に入る用兵家であり、その指揮下の部隊は三方から包囲されようと戦列を乱すことのない、重厚で規律の整った精鋭だった。
「味方の犠牲など厭いもせん。遭難救援信号を発信しながら、伏兵を忍ばせるなど可愛いものだ。捕虜交換と偽ってゼッフル粒子を詰め込んだ輸送艦を送り込んできたことすらある」
「……なるほど」
だがそれは規律の問題だ。交戦規定に反する行動であるならば、『それなり』に対処すればいいこと。遭遇する前に教えてくれたのは、士官学校のお坊ちゃまに対するサトミ大佐の親切心と思いたいが、マーロヴィアでその類の話は嫌というほどブラックバートの頭領から聞かされている。
「ちなみにこの管区では捕虜交換が頻繁に行われているのでしょうか?」
二〇〇万人といった大規模なものでないことは理解できる。それでも捕虜交換となると手続きが相当面倒なはずだ。敵地での戦傷病死も含めて、捕虜のリストを作るだけでも大変だろう。そもそも誰が管掌しているのかすら定かでない。一概的には捕虜を得た哨戒隊の上位組織である第三辺境星域管区司令部になるだろう。それほど積極的に行動する司令部とも思えないが……
「結構頻繁に行われておるよ。哨戒隊は行って戦う度に捕虜は得てくる。勿論勝ち負けは半々だから、こちらから捕虜になる者も当然おる。そしてお互い辺境警備の基地は手狭だ。早いうちに交換した方が面倒なくていい」
「しかし捕虜交換は上位組織の専権事項でしょう。こちら側でも捕虜のリストの作成が必要です」
「そのあたりの面倒事は参事官のオブラックがやっておる。だいたい一〇〇〇人位になれば、拿捕した非武装艦艇に詰めて送り返す感じだな」
「オブラックが?」
そもそも補給基地内部の統制すらまともに取れない(あるいはわざととってない)参事官がそんな面倒事を請け負っているのはいささかおかしい。労力の面からも、能力の面からも、権限の面からも。だいたい第七一警備艦隊では皮肉ばかり言うだけで、実務は部下に投げっぱなしに近い処があった。
それに一〇〇〇人の捕虜がいれば、一〇〇〇人分の名前、階級、所属部隊、捕虜になった期日、兵科、出身星系、戦傷病死の状況を纏めなければならない。捕虜を得た哨戒隊の報告をそのまま鵜呑みにして、ただリストを作成しているだけというならば、仕事をしていないのと同じだ。捕虜と面談し、報告された内容に矛盾がないことを確認し、特に重要な機密を持っていると思われる捕虜については別途後送し、帰還希望の有無を確認する。
それだけ見てもどれだけ部下がいるか分からない補給基地参事官に出来る事とも思えない。エコニア捕虜収容所の参事官だったヤンの部下といえば従卒のチャン・タオ一等兵だけで、協力者としてパトリチェフ大尉がいた。パトリチェフに匹敵するような有能な部下が、オブラックの下にいるのだろうか。もしそうならばこの補給基地の惨状と大きく矛盾する。
俺が疑念をもって腕を組んで眉を顰めたのを見て、最初は含み笑いを浮かべていたサトミ大佐は、次第に肩を揺らして部屋中に響き渡るような笑い声をあげた。
「なるほどオブラックがお前さんを『運とコネがあるだけのボンボン』と言っておったが、お前さんの方でも『無能非才の女誑し』と、そう思っていたというわけか。なるほど、なるほど、ハハハッ」
音を立てて、太い太腿を包んでいるスラックスを叩き、腹を抱えて笑う姿は、居酒屋にいる壮年のおっさんそのものだ。
「オブラックの言うように、お前さんが『ただのボンボン』だとは、私は到底思わんよ。運とコネだけでは士官学校首席にはなれんし、コネだけではその若さで先任中佐には到底なれん。だが同時にな、オブラックもただの『無能非才の女誑し』というわけでもない」
「それはまぁ、そうでしょうが」
補給基地の現在の惨状が証拠ではないかと思うが、俺の知らないオブラックの数年をサトミ大佐は知っているのだから、一概に否定はできない。
「お前さんは前職でっ、どう思ったかは知らんが、あぁ見えてオブラックはっ、人を使うのが実に上手い」
まだ可笑しさがぶり返してきたのか、ところどころで痞えながらサトミ大佐は応えるが、流石に辛くなってきたらしく、数度の深呼吸で息を整え、残りの玉露を飲み干して気持ちの落ち着きを取り戻した。
「どこが自分にとって重要なポイントかを見抜き、関係する人が欲しがるものを見抜き、言葉巧みに自らの仲間や部下として引き込んで、その能力を自分のモノとして使っていく。その手口はなかなかのものだぞ?」
サトミ大佐の言葉に俺は背筋に嫌なモノを感じた。つい最近まで同属の中でも究極の生命体の近くにいただけに、オブラックが卑小に見えていただけなのかもしれない。しかしサトミ大佐の言うとおりであるならば、この補給基地における不作為はどう説明できると言うのか。
「ただ自分の利益にならない相手には実に無関心だ。特に性別はオブラックにとって極めて重要なファクターになる。そういう意味では貴官が女性でなくて本当に良かったな。もしそうなら今頃、彼ご自慢のベッドルームで横になっていたかもしれん」
想像するだけに気色悪い話だが、頷ける話でもある。ケリムの時も女性を近くに侍らかしていた。ドールトンもその一人であったし、今でも狙っている可能性は十分にある。それは性欲的な目的もあるだろうが、それとは別にドールトンの持つ能力と情報を欲している可能性が高いということか。
同属の怪物との違いは、自分の利益にならない相手すら『利益を生み出すように』操ろうとするか否かだろう。これは根本的な能力のボリュームの差だ。そのあたりは自分の能力の限界というものをオブラックは自覚しているのかもしれない。そして自身の欲望が性欲的なものに片寄っているのも恐らく自覚している。原因は何かわからないし、理解したいとも思わないが、それを武器として最大限利用している。
だからこそギシンジ大佐のようなマッチョで自分の能力に自信を持っている男性は明らかに好みではないし、俺のような『運とコネを持っている』自分より若い同階級の男性士官など敵同然に見えているのだろう。第一〇二四哨戒隊にはそれなりに女性の高級士官がいる。特にドールトンは旧知だ。自意識過剰かもしれないが、俺を貶める為に遮二無二手を伸ばしてくる可能性は十二分にある。
「大変面白いお話を伺えました。ありがとうございます。サトミ大佐」
「少しは蒙が啓けたかね? ボロディン中佐」
「えぇ、そうですね。人付き合いの難しさというのは、場所それぞれであると改めて認識できました。良い勉強になりました」
「そうかね。まぁ技術的なモノ以外で士官学校首席に何か教えられたものがあるとすれば、私の経験もなかなか捨てたものではないというものだ。ここにはいつでも足を運んでくれると嬉しいがね」
俺が席を立つと、サトミ大佐も席を立って手を伸ばしてくるので、年配の老士官に深い敬意を表する好青年士官の笑顔を浮かべ、その手をしっかりと握りしめた。
周辺視野の隅にある本棚の一冊。とある化学合成に関係する分野の論文冊子の背表紙に俺が気づいていないと、はっきり認識させる為に。
2025.05.18 更新
サトミ=ハジメ大佐 CV:坂下光一郎