中々次の出撃迄話を持って行くのは難しいと思った次第です。
以外と辺境編は、憂国編の倍くらいになるかもしれません。
辺境編は現在の想定では2部構成なんですが、いいところで巻いていかないと
Jr.が中将になれないままになりかねないです。
もうGQuuuuuuXにはこりごりです。今回も寝る前になんてもの見せやがるんだ。
(シツカワ中佐のイメージがもうシイコ=スガイにしか思えなくなって)
宇宙暦七九一年 一一月一七日 シャンダルーア星域アルエリス星系 第五四補給基地
最初の出動から帰還して五日後。第三辺境星域管区司令部より、次の哨戒作戦行動指示が出た。指示されたのはEコースと呼ばれ、Bコースに比べれば帝国軍との遭遇確率は高いものの、比較的平穏な領域と言われている。
一応見るに値する軍用航路図は情報として補給基地にも確保されているので、麾下各艦長に出動予定日時と生活物資の積込と艦艇の最終整備確認を指示してから、哨戒コースの計画立案している時だった。
「ボロディン中佐はいるか?」
ノックもせずギシンジ大佐が俺の執務室の扉を勝手に開けて入ってくる。部下とのコミュニケーション強化という事で、俺が在室中は艦長室に鍵をあえてかけてはいないのだが、普通はマナーとしてまずはノックをするか、扉横のヴィジホンで官姓名をドールトンに告げてから入ってくるはずだ。たとえ上位者であっても。
だが珈琲を片手に眺めていた航路図の、机上三次元投影アタッチメント越しに見えるギシンジ大佐の顔は、一月前に見た野卑だが鷹揚な先任指揮官とは異なり、厳しい目つきと僅かな殺気を纏っていた。予定通りであれば大佐の第一〇九八哨戒隊は本日基地帰還予定だったから、帰港したその足でここに来たという事か。
「どうされました、ギシンジ大佐」
相手は先任で大佐である以上、無礼ではあるにせよ応対の必要はある。俺が勧めるまでもなく勝手に手前の応接ソファに腰を下ろしたギシンジ大佐を横目に、ドールトンに珈琲の追加を頼むと執務机を回って大佐の目の前に座るが、大佐は腕を組んで目を瞑ったまま何も応えない。
九〇秒後、ドールトンがまったくの無表情で応接テーブルの上に並べてから、俺に視線を向けたので右手を上げて退室を促すと、ドールトンは小さく目礼してお盆を持ったまま、扉の向こうへと消えて行く。
「……あの小生意気な副官は消えたか?」
ドールトンの足音が消えてからきっかり一分後。眼を瞑ったままギシンジ大佐が聞いてきたので「いなくなりました」と応じると、大きく息を吐いてから眼を見開き俺の艦長室を見回す。
「ここに盗聴器とかそういう類のものはないな?」
「大佐。ここも一応、艦長室ですよ?」
もしかしたらハイネセンで情報部のお友達が勝手につけているかもしれないが、艦長室に盗聴器を付けることは軍規で禁止されている。作戦行動指揮を行う艦橋や、保安上の観点から艦内のいたるところに音声記録型の監視カメラが取り付けられているが、艦長室は艦長の生活スペースとも重なっているので設置されてはいない。
勿論執務スペースで作戦立案の為に録音する時は、必ず同席者の了解を取ることが必要だ。ちなみに盗聴器ではなく『特殊なボタン』ならばクローゼットの中にあるが、今のところ稼働していないので嘘は言っていない。
しかし大佐は俺が苦笑しながらそれを指摘しても、疑っているようでゆっくりと首を廻しながら俺以外に誰もいない部屋を見回し続ける。
「……もしかして哨戒任務からお戻りになったばかりなので『溜まって』らっしゃるんですか?」
あんまりにもしつこいので俺が下世話な言葉で応えると、果たしてギシンジ大佐は一瞬顔に怒気を漲らせ腰を浮かせたが、俺が全く気にすることなく珈琲を傾けているのを見て、喉奥から息を小さく吐き出して再び腰を下ろす。
「いや、すまねぇな。帰還したばかりだから少し気が発ってた」
「それは別に気にはしておりませんが、こちらに来られたのは何か辺境で問題があったのですか?」
「一戦で四隻喰われた。戦艦も一隻やられてな」
「奇襲ですか? それとも打撃戦隊が?」
「奇襲だ。挑戦信号なしで撃ってきやがった」
ようやく落ち着いてきたのか、小さく舌打ちした後、珈琲に手を伸ばす。結果に納得していない上に珈琲の苦みが加わったのか、大佐の表情は実に渋い。
しかし俺が出動する前まで大佐の第一〇九八哨戒隊は二九隻。そのうち戦艦は四隻だったはず。損失艦に支援艦艇が含まれているかは分からないが、一度の戦いの損失としてはかなり大きい。
その上、挑戦信号なしで攻撃を仕掛けてきたというのは、あまりいい情報ではない。挑戦信号はあくまで相互のほぼ確立された『ルール』とはいえ、信号を打たなくても帝国軍が攻撃してはいけない理由はないのだから、大佐も少し油断していたのかもしれないが。
「幾つか聞きたいんだが、まずお前、パランティア星域内で砲撃演習か何かやったか?」
「ええ、実施しました。ケルコボルタ星系、恒星αの表層宙域で」
帝国軍の(薬物中毒)哨戒隊が釣られて出てきたのは、偶然というより必然というべきだろうが、俺の何気ない回答に大佐の眉間に深い皺が寄り、目付きはさらに厳しくなる。
「どうしてそんなアホなことをした?」
「アホなこと、とは?」
「敵地で砲撃演習行うのは挑発行為と受け取られる。当然帝国軍はその挑発行為に対する報復を企図する」
「……」
「帝国辺境総監部の連中はヘボが多いが、血の気も多い。そして何より数が多い。現況そのヘボさのおかげでどうにか互角に立ち回れているが、奴らが物量戦に本腰を入れたら辺境哨戒網はすぐに崩壊するぞ」
なんでそんなことが分からない、という呆れも含んだ強い言葉遣いに、俺は心の中で首を傾げる。言ってる事はおおむね正論だが、俺がケルコボルタで砲撃演習を行う前から帝国軍はツーマンセルによる攻撃を仕掛けてきている。既に物量戦を挑んでいると言ってもおかしくない現実と明らかに矛盾している。
「それで第一〇二四哨戒隊はどれだけの損害が出た?」
「戦艦一、巡航艦一中破。巡航艦二小破。重傷者三六名。撃沈艦・戦死者、ともにありません」
「……は?」
太い右眉が跳ね上がり、口が左斜めにひしゃげる大佐の顔を、目の前で笑うわけにもいかない。俺は腹筋に力を入れて、ゆっくりもう一度繰り返すと喉奥から唸り声を上げる。
「余程、ヘボな奴らだったという事か。で、戦果はいかほどだ?」
「戦艦六撃沈、一大破、巡航艦八撃沈、四大破。駆逐艦三撃沈。大破した艦は全て曳航不能でしたので撃沈処分いたしました。それと小型輸送艦一、小型工作艦一を拿捕しております。捕虜四〇三名。輸送艦・工作艦の乗員を含めますと六一六名となります」
「……辺境でも戦果の偽装は、軍法会議にかけられるのは分かっているな?」
「勿論です。確認用のガンデータもありますので、問題はないかと」
自分でも信じられない成果ではある。大佐に言われるまでもなく、偽装を疑われるに十分な戦果だ。戦果報告には当然証拠も必要で、各砲手のガンデータと索敵レーダー・重力波データなど関係する一切が添付される。相打ち全滅以外であれば、健在艦のデータでも代用できることになっている。
それ故に戦果の偽装についてはほぼ不可能に近い。むしろ撃沈した証拠がないため戦果報告を諦める場合もあり、上級司令部はそれも加味して麾下部隊の功績値を弾き出す。恐らく今回の功績値は相当ヤバい数字になっているだろう。いきなり全艦長を一階級昇進とは行かないだろうが、艦長のうち何人かは昇進ラインを超えてくる可能性がある。
だが辺境星域管区司令部としてはおいそれと階級を上げるわけにもいかない現実がある。戦艦の艦長は大佐まで、巡航艦・駆逐艦の艦長は中佐までと決まっている。とはいえ哨戒隊の序列編制を現場で変えるわけにもいかないから、一時昇給か勲章を出すしかないだろう。過去には危険手当や功績値調整などで、准将よりも給与を貰っていた中佐がいたという話だから、今回も司令部は相当悩んだ末に統合作戦本部へお伺いを立てるかもしれない。
大佐にとっておそらく一番不愉快なのは、俺が大佐に昇進しかねないことだ。先任中佐というのは中佐である哨戒隊隊司令の役職上のもので、隊司令職を解任されればただの中佐に戻るだけ。
ただし先任というだけに他の中佐よりも所有する功績値は高く、より大佐になりやすい。そうなれば辺境での軍歴が合わせて五年以上、第五四補給基地駐留哨戒隊の先任指揮官である自分と同格の人間が、一度の出撃でいきなり生まれるのは、自分の地位を脅かされかねないと思っただろう。
「……で、拿捕した小型輸送艦の中身はどうした?」
「捕虜が多すぎましたので、必要となる生活物資以外の物資を規定に則り破棄いたしました」
「破棄した……そうか」
もうどうなってもいいかと言わんばかりに、太い首をソファの笠木の部分に持たれかけた大佐は、軽く額に一度手を当てた後で、溜息交じりに応えた。
「中央にいた士官学校の首席殿には分からんかもしれんが、規格に合わない兵器といえども改造次第で使用することが出来る。特に誘導弾の炸薬部分と爆発機構は使いまわしが可能だ」
「しかし誘導制御も発射管口径も全くあっていないと思いますが?」
少なくとも電子的・量子的制御については帝国よりも同盟の方が技術的には優れている。撃ちだしたらどこに飛んでいくか分からない誘導弾など危なくてとても使えない。特に弾頭は三〇〇メートル近い艦艇を吹っ飛ばす威力があるのだから、炸薬制御など特に慎重さが要求される。
「確かに褒められた話ではないが、ドック長はそのあたりの経験が豊富だ。今のところ遅発も誤発もない。補給線の細いこの補給基地にいる哨戒隊がまともに動けているのは、ドック長の腕のおかげといっていい。機会があれば、なるべく持ち帰るようにしてくれ。それが俺達哨戒隊の生存に繋がる」
鹵獲兵器の再利用が出来れば、継戦能力の向上につながる。それもまた正論。だがそれも未開封の外装塗料大型缶の中身を知っていなければ、の話だ。何も知らずに運び屋をするつもりはさらさらない。
「承知しました。今後は可能な限り戦闘兵器の鹵獲をするよう努力します」
俺の返事に、ひとまず今日はこのくらいにしておいてやるかと、大佐が席を立ったタイミングで俺の執務机の上にある呼び出し音が鳴った。扉の外にいるドールトンか、はたまた別の人間か。残りの珈琲を一気に呷った大佐をよそに俺がコールを取ると、それは意外な人物だった。
「お忙しいところ申し訳ございません。隊司令」
扉ですれ違った大佐が訪問者の顔を見て、ニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべていたが気にすることなく、俺は彼女を部屋の中に迎え入れた。
「補給物資と拿捕艦と捕虜の取り扱いにつきまして、些かご相談をさせていただきたく」
そこにはどことなく憂いと迷いが混ざった、小柄な黒髪の中佐が隙のない敬礼をして立っているのだった。
■
「艦内でもかなり噂になってますぜ。隊司令とシツカワ中佐の『ただならぬ』関係について」
二回目の出動を三日前にした一一月二三日の夜。既に課業終了のラッパも鳴り終わった中、ビューフォートがウィスキーの瓶を片手に艦長室に入ってくると、勝手にオフィスキッチンから紙コップを二つ取り出し、中身を注ぎながらそう言った。
「褐色高身長の独身副官に飽きて、黄色低身長の子持ち中佐に乗り換えようとしている色男だそうですよ」
「どこの隊司令だ、そいつは?」
「ハハハッ。戦艦ディスターバンスに隊司令は一人しかいないじゃないですか」
鼻で笑いながらも紙コップを持つ手が全く揺れないビューフォートから、琥珀色の液体が入った紙コップを受け取り小さく掲げると、ビューフォートもそれに倣って返してくる。
「幹部連中は問題ありません。ただマーフォバーが隊司令のご指示を仰ぎたいと、俺に言ってきました。それで今夜、こうしてまかり越したわけでして」
「下士官、兵の反応はどういう感じ?」
「もともと目立つ容姿の副官殿ですからねぇ。冗談半分、賭博対象として見ているのが四分の一、本気が四分の一ってところです。二〇代前半以下の若い男性下士官や兵あたりがちょっと問題ですな」
専科学校から幹部候補生学校を潜り抜けた褐色長身美女のドールトンは、彼らから見れば憧れに近い存在だ。自分達と同じ出身でありながら、哨戒隊副官に任ぜられているという成功例。本人もそういう憧れについては敏感に感じ取っているらしく、彼らと士官下士官の枠を超えて交流しているのは、艦内巡回中、持ち場で敬礼する彼らへドールトンが気さくに話しかけている事からも承知していた。
軍の勢いの中核というべき彼らにしてみれば、初戦で見事な指揮(笑)を執った隊司令の『女』だから、話は出来ても手出しは出来ない憧れの高嶺の花だった。それが連日、隊司令は副官を連れずに外出し、補給基地内を七分隊司令と連れ立って歩いているという事実。現場を見たという『他艦の乗組員』からの話に、彼らの僅かな希望が加わって、『若い情熱』に燃え上がっているらしい。
「ちなみに女性下士官や兵はどうだ?」
「そちらは全く問題ありません。どうやらレーヌ中尉が自主的に力づくで抑え込んでいるみたいですな。狂犬が狂信者になるのは危険だとは思いますが、前回の出動以来、中尉は人が変わったように根性が座ってきましてね」
「一応、ドールトンには理由を話してあるんだが」
「当事者しか知らない誰にも言えない話なんで、あんまり意味ないですよ。本人がそれで納得しても、周囲は勝手に判断します。かくいう私も詳しく話は聞いていないんですがね?」
言ってなかったからな、と返事をするにはビューフォートの顔は真剣にすぎた。話しておく相手としては微妙な相手で、因縁に巻き込むことに抵抗を覚えるが、噂話として流れているという事は仕掛けてきている証拠でもある。
「俺とここのオブラック参事官とはいささか因縁があるのは知っているか?」
「以前の任地が同じだったことは伺ってますがね。六年で階級が追いつかれたって話でしょ? まぁ戦闘職と後方職では昇進速度は違いますが、器の小さい漁色家なんて、ほんと『労働力生産』以外何の役に立つか」
「ドールトンも同じ任地だった。そしておそらくオブラックとも関係があった」
「なるほど。そりゃあ島流しされたプレイボーイなら確かに見逃せないお話しですな。それでドールトンを再獲得する為に噂話を流していると」
「ついでに単身赴任シンママのシツカワ中佐もな」
「ハンパねぇ。脳味噌ピンクとはよく言ったものですぜ」
今年三五歳のシツカワ中佐には一〇歳になる娘がいて、今は義理の両親の下に預けられている。旦那は士官学校戦術研究科の同期で、三年前に名誉の戦死を遂げていた。子供の教育も考え第四次イゼルローン攻略戦後、後方勤務への転属を上申して返ってきた返事が独航艦から辺境勤務とは、なかなか非人道的な人事と言わざるを得ない。
勿論中佐は士官学校を出て既に一〇年以上勤務しているので、軍を辞めようと思えば自主的に辞められる。ただ勤続年数から恩給はかなり少なく、しかも旦那の戦死慰労一時金は義実家の事業の借金返済に充てられたらしく(これで義実家との関係はかなり険悪化したらしい、当然だ)、絶縁してこれから成長する子供と二人で生きていくには全く足りない。
中佐としては当然再就職を考えなければならないが、中佐の給与に匹敵する就職先は退役軍人省であってもなかなか見つけることが出来ない。一番給与がいいのは恒星間輸送企業の輸送船船長だが、軍幹部の経験がある若い船長は大抵軍のチャーター便に回されることが多く、ほとんど現在の職とやってることが変わらない上に、指揮する船は軍輸送艦より軽武装で、しかも軍所属ではないので見捨てられやすいと『噂されて』いる。
そういった背景を上手い具合に調べ上げ、(計画された)偶発的接触と(内心を隠した)言葉巧みな親切心を見せて、オブラックはシツカワ中佐に接近してきた。シツカワ中佐が小柄で容姿の整った美人(トランジスタグラマー)であることも多分にあるだろうが、奴の目的はそれだけではない。
「『潮目流し』という言葉は知っているか?」
エル=ファシルでエルヴェスダム氏からやり方を聞いていたが、ビューフォートは言葉を聞いた瞬間に、鋭い舌打ちを放った。
オブラック本人からではないが多額の現金と引き換えに、シツカワ中佐は後日搭載する物資の一部を航行中に放擲するよう依頼を受けた。
ケルコボルタでの出来事を知る中佐は当然その場で拒否したので話は立ち消えになったらしいが、以降補給基地補佐官の一部から書類の不備等で軽い嫌がらせを受けていた。なので俺がシツカワ中佐に同行し、補佐官と直接面談して一つ一つ指摘し返すという嫌がらせで仕返しをやっていたというわけだ。
それに対する反撃として、事実に尾ひれを付けた噂話で『敵』を分断しにかかったというわけだ。情報戦の基本戦術と言っていいが、『味方』から仕掛けられるというのは甚だ不本意だ。
「……隊司令、これはもう中央から監査官を呼んだ方が、話が早いんじゃないですかい?」
細かいことを言わずとも状況を理解したビューフォートが俺にそう諫言する。それは確かに考えた。ムライであれば、『三人』の口座なり物資の出入りなりを事前に調査し、早々に調査書を作り上げて一斉捕縛することが出来るだろう。
しかしエコニアの場合ははっきりと『捕虜の騒乱』という大義名分があった。実態はともかく武力叛乱だから上級司令部も真剣に対応した。しかしこの第三辺境星域管区の士気は低い上に辺境の一補給基地の、明確な証拠のない薬物犯罪に対して真摯に対応できるか未知数だ。むしろ上級司令部も累犯である可能性が高い。
「だがオブラックは現在『副司令官のいない補給基地の』参事官だぞ?」
「畜生、最悪だ。そういうわけですか」
補給基地内の犯罪に対する捜査を行うのは監査部だが、その長は副司令官で現在ルンビーニにて入院療養中。代行はその次の先任である参事官になる。司令部しか守らない衛兵の状況から見ても、捜査に協力してくれるとは到底思えない。全員がグルと考えれば、相当の覚悟と実力で対応しなければならない。
結局当てになるのは自分と自分の部下のみ。バグダッシュやカーチェント准将を動かすにしても証拠を確保する必要はある。シツカワ中佐に騙された振りをしろというのは簡単だが、直接オブラックから依頼されたわけではない以上、しっぽ切りで終わる可能性が高い。そこまで見越した上で、こちらの内部を混乱させる為に、噂話を流してきたのだろう。
怪物に頼るというのも手だが、やはり越権行為であることは間違いない。軍内部の閥のバランスを崩し、奴の軍に対する発言力を必要以上に強化してしまう可能性がある。そしてもう一つの組織が関与している可能性を考えれば、怪物は到底当てにはならない。
「とりあえず半舷中の若い男連中については、少し考える必要がある」
「知恵が足りないのに、体力が無駄に余っているからですよ。なんなら体力訓練を増やしますか?」
「いや、ただの訓練じゃ意味がない……」
知恵が足りないという言葉は流石に強すぎるが、マイナスなことを考える余裕は与えないに限る。しかし隊編成時に宣言したように、部下の私生活には関与するつもりもない。適度に体力を使い、ある程度法に則って、適度に射幸性のある娯楽はないか。マーロヴィアで懲役九九九年を喰らっている『教授』の教えを頭の中でリフレインする。
「……医薬品の追加注文が必要かもしれないな」
戦艦エル・トレメンドの司令官室とほぼ同じ造りのオフィスキッチンを見つめながら、俺の口から自然とそんな言葉が零れ落ちるのだった。
■
一一月二六日。第一〇二四哨戒隊は補給と休養を終え、二回目の出動に赴く。予想通り中性子ミサイルやレーザー水爆、機雷といった誘導弾の補充はほとんど行われなかったが、核融合燃料はフル充填され、船体の補修も完全に終えられていて、将兵全体の士気は高い。
だが例の噂はまだ燻り続けている。戦艦ディスターバンスの中だけではなく第一〇二四哨戒隊全体に流布している状況は見逃せない。出動前の全艦長招集会議において、噂が事実ではないことと、噂の発生要因である補給基地補佐官とのイザコザを『潮目流し』の内容を抜きにして説明した。
職務上ケチで傲慢にならざるを得ない補佐官達の態度に、ホトホト嫌悪感を抱き始めていた大半の艦長はそれで納得し、当事者であるシツカワ中佐に対して同情的であった。そして噂の鎮静化に協力することを誓ってくれたが、同時に俺がその席で発表した話には、賛否両論だった。
「侵入してきた敵と戦う為の白兵戦訓練というのであれば理解できますが、懸賞金とストレス解消の為の白兵戦『競技会』というのは何とも……」
艦長達がシャトルでそれぞれの艦に戻って行った後、戦闘艦橋に集まった戦艦ディスターバンスの幹部で反対したのは、やはりMPの役も兼ねているマーフォバー大尉だった。さすがに立場上、公然と娯楽・賭博行為を認めるわけにはいかない。
「面白い。是非やりたまえ。いくら大きいとはいえ、艦内から出ることが出来ないことで蓄積されるストレスの解消は将兵の精神安定につながるし、艦が撃沈したら使いようのない消炎鎮痛剤の消費にもつながる。それに私も久しぶりに同盟人に対して本物の骨折治療をしてみたいしな」
一方で大きく口を開いて笑う長髪の骸骨のようなモイミール医務長は大賛成だ。素直に自分の欲望を縁起の悪い表現で言うものだから、最近戦艦ディスターバンスの若い兵士から『死神』と陰で呼ばれるようになった。
「個人の体力がモノを言う白兵戦は身体構造から言って明らかに女性が不利です。戦場で男女の区別はないと考えますが、『特別訓練』では配慮していただきたいものです」
出発して早々になんでこんな下らないことをしようとしているのか、と呆れ顔を隠さず溜息交じりで応えるドールトンに……
「おやおや、自信がないんですか?」
履歴書では陸戦技能A-三という意外な好評価である小柄なレーヌ中尉が挑戦的な上目遣いで応じるので、A-一であるドールトンの細い眉と少し厚めの唇が僅かにゆがむ。
「女性陣は射撃競技だな。ブラスターのお手入れは普段のお化粧並みにしっかりしとけよ」
そんな空気を悟ったビューフォートが口を挟むが、場を余計にシラケさせるだけで何の役にも立ってない。微妙な雰囲気に、一番年長のモフェット砲雷長が二度ばかり咳払いをしてから口を開いた。
「男性でも明らかに白兵戦技を不得意とする者がいます。そちらはどうされるんですか?」
強制参加の運動会を嫌う人間が居るのは当たり前。いくら体力勝負の軍隊とはいえ、宇宙戦闘において白兵戦などめったに起きない以上、戦技が不得意な者もいる。首より下が必要ないヤンなんか特にそうだ。しかし軍隊という組織は、集団行動を必要以上に重んじる組織だ。それは武力組織としては当然ではあるが、必要以上の帰属意識が害悪を招くことは歴史が証明している。
「できれば射撃競技に出てもらう。あとは小銃の分解結合レースと、三次元チェスかな。自分の時間を削られるのが嫌な将兵もいるだろうから、いずれの分野であっても参加は強制しない。それに通信・索敵・航法のメンバーは今回の参加は見送りだ」
哨戒行動中であるし一応名義上白兵戦訓練なので、怪我でもして仕事に差し障りが出て一番困るのは索敵オペレーターだ。本選はシャトルを使わずに艦の移動ができる補給基地に帰ってからという条件があるにしても、各艦内における予選は行動中に行われる。それぞれの分野の訓練とは全く別物である以上、無理はさせられない。
「まぁ彼らに隊司令を何の罰則もなく訓練用トマホークで殴れる権利が与えられないのは申し訳ないとは思うが」
だが俺の何も考えないで放った軽い一言が、何故かこの場の空気を一変させてしまった。幹部達のお互いがお互いを見る戸惑い。誰が口を開いていいのか分からないといった中で、俺の考えを知っているビューフォート以外の視線がやはりモフェット砲雷長に集中する。
「その。隊司令も白兵戦『競技会』に参加されるのですか?」
期待された以上問わざるを得ない、と言った表情を浮かべたモフェット砲雷長に、俺は首を傾げてから応える。
「さすがに言い出しっぺが参加しないわけにはいかないだろう。古代帝国の皇帝のようにふんぞり返って、酒杯を片手に剣闘士見物するのも悪くはないが」
「しかし兵士と戦って、もし隊司令の名誉が傷つくようなことがあれば……」
命令とか規則とか地位とかではなく、動物的な序列を認識することで兵士が上官に対して反抗的になるのではないか。そしてそれが組織秩序の崩壊につながらないか。モフェット砲雷長の心配は充分に理解できる。だが……
「腕一本で私に打ち勝つことのできる部下を持ったことこそ、私にとって最大の名誉だ。安心して自分の命を委ねられる部下がいるというのは、指揮官にとって自分の勝利以上に嬉しく、この上もなく頼もしい」
それは単純に個人的戦闘能力に限った話ではない。一つの戦域を委ねられる指揮官、戦略的思考能力を持つ幕僚、各部門における卓越した専門知識を有する参謀、指揮乗艦を沈めない艦長、卓抜した指揮技術を持つ各戦闘部署指揮官、その命令に応える能力を持つ下士官や兵。
人間、全ての事を一人でこなすことは出来ない。安心して各部署を任せられる部下を抱えられることこそ、指揮官として至高の名誉だ。だからこそ、それらを失ってまで世間で言われるような勝利の栄誉を得ることに、俺はあまりうれしさを感じない。
「……隊司令は艦内予選から参加されるのですな?」
俺の回答に、最初に応えたのはマーフォバー大尉だった。
「地位にあかしてシード権を行使してもいいだろうけど、それじゃあ参加する若い連中が納得しないだろう?」
「私も納得しません」
「は? マーフォバー大尉?」
「身体構造から性別で参加を区分するのは、やはり男女平等の精神に反すると思います!」
「レーヌ中尉?」
「わた……いえ、小官も久しぶりにトマホークを握ってみたくなりました」
「いやいや、モフェット大尉……」
「大丈夫だ。隊司令。仮に脳天に一撃喰らって脳内出血になっても問題はない。切れた脳内血管の縫合は、脳腫瘍摘出の次に私の得意分野でな」
「装甲戦闘服のヘルメットの上から訓練用トマホークで叩いて脳内出血って、もうそれは殺しに来ているのでは……」
先程と打って変わって何故かやる気になり始めた幹部達を前に薄気味悪さを感じ、俺の左右にいてにやにやと笑っているだけで何も言わないビューフォートと、全く表情が変わらないドールトンに視線を配る。何か言いたくなるが、聞きたいことは一つしかない。
「ねぇ、俺って、そんなに艦内で嫌われているの?」
俺が二人に向き直って問うと、ビューフォートは吹き出すのを堪えるように口を抑えて肩を震わせ、ドールトンは満天の星が映る天井を一度見上げた後、肩を落として呆れた口ぶりで言った。
「ご存じなかったのですか? 恐らく隊司令は第一〇二四哨戒隊で一番の『嫌われ者』ですよ」
2025.5.28 更新
どうやらイゼルローン・フォートレスが閉店になるようです。私はまだ新兵ですが、
もう一度は行こうと思ってます。