とりあえず白兵戦を書いてみました。
宇宙暦七九一年 一一月三〇日 フォルセティ星域 プシェレンプタハ星系
同盟軍の各種艦艇は、大気圏に突入し上空から惑星地表を威圧する任務もある帝国軍の艦艇とは違い、純粋に近い『宇宙戦闘艦』であり、実のところ内部は手狭である。陸戦部隊装備や収奪物資の保管等に使うスペースまである帝国軍艦艇の方がオカシイのかもしれないが、軍事行動においては余裕がある艦艇の方が、行動範囲が広がるので本来は望ましい。
しかし内部の『娯楽設備』においては、帝国よりも同盟の方が充実していると言える。これは長期にわたる任務に当たるに際し、外に出ることが現実として不可能な閉鎖的な環境下において、将兵の精神的な安定を維持する為に必要な設備であるが、兵士が畑から生えてくる帝国とは違い、一票を有する有権者である同盟では必然的に手厚くならざるを得ない。
跳躍機能を有する艦艇であれば大きさに差こそあれ、体力増強も兼ねたトレーニングルーム、ボックス型個室を備え映画も見ることが出来る電子図書室、疑似的な森林浴を味わえる酸素充填機能を有したタンクベット睡眠設備は最低限装備されている。その上で外部宇宙空間を映し出すことのできる食堂以外のコミュニティースペース、緊急ハッチとしても利用される舷側展望室、許可があればアルコールも提供される酒保を兼ねたミニバーも用意される。当然ダーツやビリヤードなどの遊具も用意されている。
これらの設備に加え、民主主義国家における人権観念からプライベート空間としての半個居室(だいたい二名一室。防音仕切りあり)もあり、住み心地の良さから半舷・全舷休暇になっても船を降りないという将兵がどの艦にも僅かだがいる。日常の軍務でプライベートのない生活をしている故に、より個の時間を大切にしようと考える兵士も勿論多い。
だから隊司令主催の白兵戦競技会に対する戦艦ディスターバンス内での評は発表時それほど高くはなかった。『強制はしない』と言いながらも、白兵戦以外の競技(射撃競技・小銃ドリル・三次元チェス)に可能な限り参加を求めると言われれば、個の時間を潰されると嫌悪を抱く者もいた。
だがそれも各部署幹部からの通知で一変する。具体的にはトレーニングルームの機材を動かして白兵戦『競技会場』を常設化すること。ワッチの交代についてより柔軟に各部署幹部が調整すること。『艦長のカード』は全て録画され、いつでもどこでも見ることが出来るようにすること……などの要望が、俺のもとに上げられてきた。
「具体的にどれだけの乗員が白兵戦『競技会』にエントリーしている?」
工作もできる機関部から提出された『仮設リング』の設計図を提出するビューフォートに、俺は頬杖をかきつつサインしながら聞いた。
「乗員二〇九名のうち、一八七名が参加を希望しておりますな。ちなみに幹部で参加しないのは、小官と航海長と医務長と副官殿だけです」
「という事は、その四人と医務班と主計班以外の全員か」
「主計班からも給糧員が二名、希望が出てますな」
「なんでまた」
主計班は戦闘職種ではない。勿論最低限軍人としての訓練はしているし、総員戦闘配置となれば応急班として消火・補修・工作も行うが、トマホークを担いで敵兵と戦う任務は求められていない。もちろんこの艦には俺専属のコックなどいないし、肩を竦めるビューフォートも口は悪いが人間のクズではない。
「せっかく作ったデザートケーキに乗せたアーモンドスライスを、罪なく罵った隊司令がどうしても許せないそうです」
「軽いアレルギーだし、嫌いなんだからしょうがないだろうがよ……」
戦勝パーティー、と言っていいのか分からないが、前回の出動航海後半、哨戒隊が全艦無事で安全圏に戻ったので、給糧班がサプライズでケーキを作ってくれたわけだが、例によって『奴』がぎっしりとケーキの上部表層にこびりついていたのだ。事前に言わなかった俺も悪いが、完全に好意で作ってもらったと分かりつつも、一瞬疑ってしまったのは事実で……
「アレルギーは理解できますが、その後で『アーモンドは豚の餌』って言っちゃったのが致命的でしたな」
復讐は何も生まないとろくでもない言葉が頭の中をよぎるが、流石に口には出さない。
「第一〇二四哨戒隊各艦からも、幾つか要望が寄せられております」
話の止まるタイミングを見計らってスッとドールトンが纏めたメモを見れば、だいたいディスターバンスと同じような内容が記されているが……
「この『隊司令は本選シードにして欲しい』というのは?」
「戦艦ディスターバンスだけが『いい目』を見るのは許せない、と第三分隊指揮官のお言付です」
「チェ=シウ中佐か……」
確か陸戦技能がS-Ⅰだったよなと中佐の経歴書と細マッチョな容貌を思い出して溜息をつく。陸戦技能はあくまでも将兵の給与評価の一基準ではあるが、Aの上のSという事は『陸戦将校としての資格』を持っていると同義だ。つまり嚮導巡航艦ではなくトマホークでも軍でご飯を食べられるご身分ということ。
ちなみにいろいろお世話になったジャワフ中佐の技能はS-三。そのジャワフ中佐を競技会で瞬殺したという前薔薇の騎士連隊長殿は、果たして本当に人間なのかどうか疑わざるを得ない。
「お断りすることもできると思いますが?」
俺が言葉を濁したのが気になったのか、ドールトンが問いかけてくる。勝てそうにないからと言って今更撤回することは出来ないし、撤回しようものなら士気の低下は負けた時の比ではないくらい分かる。
「まぁ怪我してもモイミール医務長なら何とかしてくれるだろう」
「哨戒隊に隊司令は一人しかいらっしゃらないのですが?」
「おやおや。中尉が私のことを心配してくれるとはうれしいね」
「小官は隊司令ではなく、第一〇二四哨戒隊の統制について心配しております」
照れて言ってくれるのであればまだ救いはあるが、見上げた先にあるドールトンの横顔には、一切の感情が浮かんでいない。反対の位置にいるビューフォートに視線を移せば、唇を閉じ、苦笑して肩を竦めている。
「とりあえずエントリーをした全員と試合をするとして、『本業』が疎かになるようでは流石に不味い。第二警戒態勢以上になった場合は基本中止として、一八七人ならば日数から一日七・八人くらいが限度か」
「まさか本当に希望者全員と対戦するつもりですか?」
「そのくらい戦艦ディスターバンスだけが『いい目』を見たっていいだろう?」
復路の日数も入れているから、それどころじゃない場合も十分想定される。トーナメントであればシングルイルミネーション方式でシードを含めても七回か八回『しか』戦えない。致命打を打ち込めば終わる試合形式ならば、下手をすれば二〇分もせず終わってしまう。参加者の人数から考えれば、それで皆が納得するような結果にはならない。
競技会の目的が野暮な噂に流される部下将兵のストレス解消も含まれているのであれば、可能な限り時間を取る方が有効に働く。厳しい訓練で俺という共通の『敵』を作ることで部隊は纏まり、初陣で大戦功を上げたといっても、まだ部隊が編成されて三ケ月弱。元々辺境の哨戒隊という士気が低くならざるを得ない環境下で、部隊の秩序を維持するには、俺の統率に対する将兵の信頼は不足している。
ヤンは直接話を交わせる幹部達は別として、エル=ファシル・アスターテ・イゼルローンと巨大な功績を上げ続けたことで、部下達から統率への信頼を得ていた。参謀畑で直接戦闘指揮を執ったことがほとんどない俺としては、一度限りの大勝だけでは奇跡や偶然としか判断されない。無理して好かれようとは思わないが、どういう指揮官か将兵に手っ取り早く理解してもらうには、可能な限り交流できる機会は増やした方が良い。
「一日に兵士四人、下士官二人、准士官一人、幹部一人。そんなところかな。各部署幹部と調整して対戦スケジュールを組むのは、副長に任せたいがどうか?」
「いいでしょう。万事お任せください。隊司令が作戦と、ご自身の治療と体調維持にのみご配慮いただけるよう、小生が調整いたしましょう」
わざとらしく胸に手を当て軽く足を引いてお辞儀するビューフォートに、近世末期の国王よろしく良きに計らえと言わんばかりに深くリクライニングしてから右手を上げる。話は終わったとビューフォートはドールトンと共に艦長室の扉から出て行くが、扉のガイドレールを跨いだタイミングで半身振り返って俺を見て聞いてきた。
「そうだ。ちなみにご参考までにお伺いしたいのですが、隊司令殿の陸戦技能評価は幾つでしたかな?」
「S-Ⅰだが?」
「でしょうね。安心しました。では」
そう応えて苦笑しながら手を振って出て行くビューフォードと、答えを聞いて即座に振り返り、濃い褐色の顔を真っ青にして俺を見つめるドールトンの対称的な姿に、俺は悪辣な含み笑いを堪えることが出来なかった。
◆
「こんなの、聞いてねぇよ!」
「嘘だと言ってくれ……畜生、なんなんだよ、クソ……」
「担架、担架を早く!」
初日七人目。俺より一回り大きい体格で試合開始前に自信満々だった機関科の曹長が、左下顎部への強打を受けて足元から崩れ落ちるのを見て、ステージまわりにいるワッチ外の兵士達が口々に悪態を上げている。俺が装甲戦闘服のヘルメットを取って深呼吸すると、本日俺のセコンド役となったヴァーヴラ砲術長が、呆れ顔で冷えたタオルとメタボメーカー(グレープフルーツ味)を差し出してきた。
「これは流石に狡かったんじゃないですか、隊司令?」
「なに言ってんだ。隊司令を殴っても懲罰にはならないからと、みんなノリノリで応募したんだろう?」
額の汗が追加されたタオルを受け取りながら、ヴァーヴラ中尉は遠い目をして特設ステージが組まれたトレーニングルームの天井を眺めている。
一人目は一五秒で右上腕部を切断。二人目三三秒で腹部を強打し蹲ったところで頸椎切断。三人目は四五秒で訓練用トマホークを弾き飛ばしてから兜割りで頭蓋骨損傷。このあたりからニヤニヤとステージを見ていた『観客』の空気が変わった。防御で粘った四人目が二分で左脛骨粉砕となって、彼らの軽薄な笑顔が困惑に、そして五人目が二八秒で胸部裂傷となり恐怖へと変化していった。
「四日後は覚悟しておくんだな、中尉」
「三日前の自分を主砲砲門の前に吊るして、吹き飛ばしてやりたい気分です」
溜息交じりに中身のなくなったメタボメーカーのチューブを受け取ると、ヴァーヴラ中尉の視線は特設ステージの対称位置にいる本日最後の対戦相手に向いていた。
「ですが次は程々にしてください、隊司令。同僚が明日隣の席にいないというのは、流石に困ります」
「それは『やはり男女平等の精神に反する』と思うよ?」
厳しい顔つきのマーフォバー大尉をセコンドに、幹部の特権として配備される自分専用の装甲戦闘服に身を包んだシルヴィ=レーヌ中尉の姿を、ヴァーヴラ中尉と並んで俺も見つめる。ここまでほぼワンサイドゲームを見せていたにもかかわらず、小柄なレーヌ中尉の顔には恐怖も怯懦も見当たらない。競技会初日の最終試合という恐らくは一番注目されるカードに、自ら名乗り出たとビューフォートから聞いている。余程自分の陸戦技能に自信があるのか。それにしても……
「あのクソ度胸は見習うべきだ、ヴァーヴラ中尉。幹部士官は内心どうあろうと、怯懦だけは表に出してはいけない」
「分かっています。歳下とは言え、彼女のその部分は尊敬しています」
レーヌ中尉より四歳年上で俺より一つ下のヴァーヴラ中尉が、ここまで人格的にも能力的にも大きな問題がないにもかかわらず未だ中尉に甘んじているのは、最初の任地である巡航艦で上官が彼の経歴書に残した『従順だが士官としての積極性に極めて欠ける』という短評。
これは士官学校戦術研究科出身の戦闘士官に対して極めて厳しい。まともに受けるなら後方職へと転属させられてもおかしくない。だがシツカワ中佐にしろ、レーヌ中尉にしろ、ヴァーヴラ中尉にしろ、第一〇二四哨戒隊の士官達は、性格はともかく能力的にマトモにも関わらずなぜか人事部から問題士官として認識されている。
前職で徴兵人数の調整の為、統合作戦本部人事部の要員と話す機会はいくらでもあった。特に彼らが思考能力のないマニュアル人間であったとは到底思えない。動かす人間の数がべらぼうで、そうならざるを得ないというのもあるだろう。
故に人事に限らず縁故やコネが幅を利かせ、目立つ武勲が出世に絡みやすくなっている。ヤンはむしろその中では最高の成功例になるのだろうが、個人的武勲を過剰に求め尊重する風潮は、最終的に帝国領侵攻へとつながっていく。
俺もそれは同じ。戦死した父アントン、グレゴリー叔父、シトレ、そしてトリューニヒトという縁故とコネを抱えて、個人的武勲を得る為に辺境哨戒隊へと『志願』している。コネがない他者から見れば、なんて恵まれたクソ野郎だと思われてもおかしくない。
不倶戴天の敵との戦いによって正面戦力の拡充を求められ、イゼルローン要塞という殺戮の美女によってさらに促進され、軍が物理的にも数字的にもそして精神的にも不具合を起こしている。
本来ピラート中佐のような戦略視のある後方職のエキスパート達が、構造再構築を抜本的に進めなければならないのだが、武勲第一主義の前に彼らは干され、組織の硬直化と退廃が進み、度重なる戦役によって時間と資本の余裕がなくなったところで、あの金髪の孺子がトドメを刺しに来たわけだ。
「艦長。隊司令?」
装甲戦闘服の両肩をヴァーヴラ中尉に揺すられ、俺は意識を空想から現実に戻す。眼をむいて心配そうに俺を見つめる中尉の肩を二度叩いて、取り置いた訓練用トマホークを手に取って確認する。
「少し意識がなかったように見えましたが、大丈夫ですか? お疲れでしたらもう今日はお止めになっては?」
「なに言ってる。類まれな美女がステージで手招きしているというのに、ここで腰が引けたら男が廃るだろうが」
「あ、えっと。相手はレーヌ中尉ですが?」
その言葉にトマホークを持ってステージの中央へ踏み出そうとした足が急停止し、思わずヴァーヴラ中尉を見返す。何か私間違ったこと言ってますか、といった中尉の表情に、俺は深く溜息をつかざるを得ない。もしかしなくてもウィッティはいつもこんな想いを抱いて俺を見ていたのだろうか。
「……ヴァーヴラ中尉。俺もよく舌禍を起こして女性に敬遠されるが、貴官もその気があるからな。女性と話すときは十分考えてから喋るようにしろよ?」
「はぁ、了解しました」
戸惑いながらも応えて敬礼するヴァーヴラ中尉を今度こそ背にして、ステージの中央に向かう。そこには完全武装状態のレーヌ中尉と、審判役も兼ねるマーフォバー大尉が待っている。
「審判役がセコンドをするのは反則じゃないのか?」
ヘルメットを被りバイザーを上げて言うと、マーフォバーは呆れた顔つきで首を振る。
「力量を隠して白兵戦競技会を企んでいる方がよっぽど反則ですよ、隊司令。S級ですね?」
「マーフォバー大尉もそうだったな。哨戒任務で何もなければ最終日に」
「えぇ、『最終日に』」
マーフォバーは小さく頭を下げ、俺と頭一つは小さいレーヌ中尉からそれぞれ訓練用トマホークを預かり、異常がないか確認する。その間、同じようにバイザーを上げているレーヌ中尉と視線が真正面から衝突する。やや大きいブラウンの瞳には、不思議なことに殺気ではなく歓喜が満ちている。
「勝敗は戦闘不能判定が出るか、私が止めるまで。一ラウンド三分、三ラウンドで中休止。武器は訓練用トマホークのみ」
マーフォバー大尉の宣告に俺もレーヌ中尉も頷くと、レーヌ中尉の方から戻ったトマホークの刃先側を手に持ち、柄を俺の方に差し向けてくる。ほぼ一年ぶりに見るその行動にレーヌ中尉の履歴書を頭に思い浮かべ、該当する経歴がないことに疑問を抱いたが、同じように柄を向けて三度軽く音を立てて当てる。その一瞬、バイザーが下ろされて見えないレーヌ中尉の口元に、笑みが浮かんだのは間違いない。
改めて俺とレーヌ中尉がトマホークを構えると、マーフォバー大尉も後退りして右手を高く上げ、勢いよく振り下ろす。ほとんど同時にレーヌ中尉が、背をより低くして弾丸のように突っ込んできた。
「なっ」
指呼の位置から短く握られたトマホークが、今まで経験したこともない猛烈な速度で左右下から襲ってくる。『トマホークによる』超近接戦闘。戦闘用ナイフよりも動きの多彩さでは劣るが、繰り出される一撃の打撃力は比ではない。小柄な体格の上に俊敏で、ランダムに繰り出される致命傷を狙った『突き』を避けるのが精いっぱい。距離を取ろうと後ろに下がれば、その分だけ踏み込んでくる。
これは明らかに常道の戦闘技術ではない。士官学校で習ったどの戦技にも覚えがないから 彼女のオリジナルという事になるが、ただ闇雲に撃ち込んでいるのではない。トマホークの動きに迷いもブレもなく、自分の体格と俊敏さを最大限生かし、相手に考える時間を与えない見事な戦い方だ。
「中尉! 頑張れ!」
「負けるな! そのままたたんじまえ!」
「「レーヌ! レーヌ! レーヌ!」」
いつの間にか俺のヘルメットの内部にステージ周辺の歓声がこだまする。いずれもレーヌ中尉を応援するものばかり。俺も随分と嫌われたものだが、その声援が前の任務の時にプライドの高さから、部下達より敬遠されていたレーヌ中尉へ向けられているとすれば、悪い感じはしない。
「はははっ」
思わず口から笑いが零れる。薔薇の騎士だったら豪旋一撃で粉砕するだろうが、凡人の俺ではそうはいかない。じっくりと落ち着いて時間をかけ、自分の長所と相手の短所を頭ではなく体で考える。
時間は二分三〇秒を超えた。トマホークの一撃の威力は徐々に弱まっている。足の運びもより単調になってきた。繰り出される突きの回数も速度も減った。あと一〇秒保てば、ラウンド間のタイムが入る。疲れ切ったレーヌ中尉を『次のラウンドで倒してもダメ』だ。『ここ』しかない。
俺は繰り出されたやや弱めの突きに合わせ、可能な限り素早く後ずさりする。意外な俺の行動に、半瞬遅れたレーヌ中尉は先程までの全力の踏み込みではなく、腹を狙った突きと共に軽く踏み込んでくる。
その突きを敢えてトマホークで受けて、後ろ向きに転がるように俺は倒れる。傍から見ればレーヌ中尉の連撃に俺が転ばされたように見えただろう。レーヌ中尉も意外に思ったかもしれないが、俺にトドメを刺すべくトマホークを『本能的に振り上げた』。そして俺の十分に曲げられた両足の踵は、レーヌ中尉の女性用にしては出っ張りの殆どない胸甲部の、ど真ん中に狙いを定めていた。
トマホークが床に落ちる高い金属音と、五五キロプラス一六キロの身体が装甲戦闘服と共に三度床を撥ねる鈍い音がステージに響き渡り、盛り上がっていた観客の声援が一気に萎む。起き上がってトマホークの刃先を首筋に当てると、マーフォバー大尉が俺の勝利を宣告した。
「力を入れ過ぎた。悪かった」
トマホークをマーフォバー大尉に預け、俺がレーヌ中尉の体を起こしヘルメットを取って言うと、真っ青な顔をしたレーヌ中尉が横に首を振った。
「猟兵モドキのチビ女と思って手を抜かず相対してくれたことに感謝します。隊司令」
「ご家族が降下猟兵なのか?」
お互いの主武装を三回、音を立てて軽くぶつけ合う。降下猟兵の戦友同士が交わす『俺・お前・猟兵』という独特の合図。
「父と兄二人が降下猟兵『でした』」
「……貴官は、『身長』か?」
「はい」
咳き込みながらレーヌ中尉は小さく頷く。担架と応急セットを持って駆け戻ってきたマーフォバー大尉とヴァーヴラ中尉が、レーヌ中尉の装甲戦闘服を脱がせ、背中を擦っている。
陸戦技術科は士官学校の他の学科にはない独特な入学制約がある。それが身長で、入学には一六五センチが必須だ。これは基礎体力という面から決められている。士官学校入学制約は一五五センチで、この制約については時代遅れであると、何度も陸戦技術科に対して勧告が行われたが、今に至るまで改善されてはいない。一番の理由はトマホークが振れないから、らしいがこれだけ生体機械工学が発展している時代に、それが本当かどうかは分からない。
レーヌ中尉としては家族と同じ職種につきたかったのだろうが、理不尽な制約の前で立ち往生せざるを得ず、かといってあっさり諦めるほど物分かりがいいわけでもなく、自分の立場を理解できないほど馬鹿でもなかった。
結局戦術研究科の水雷畑を進み、猟兵の家族からの遺伝である口の悪さと自身の要領の悪さで、辺境哨戒隊に流されてしまったという事かもしれない。
未来になるかもしれないチートを知っていたとしても、個々の人生はままならないものだ。レーヌ中尉が頑なに担架を拒否して、ヴァーヴラ中尉の肩を借りて歩いてステージから降りていく。その後姿を眺めつつ溜息をつくと、周囲のどこからか俺の耳朶に不愉快な音が流れ込んでくる。
「なんだよ、期待外れだな」
「誰だ! いま言った奴、ここに出てこい!」
俺の脳内血液が瞬時に沸騰する。寸前までトマホークを振るっていて程よく血圧が高くなっていたからだと分かっていても、聞き逃すことは出来なかった。
「正々堂々、真正面から全力で戦った戦士に対し、なんという物言いか! そこまで戦友を足蹴に言えるのならさぞかし腕が立つんだろうな!」
トマホークの石突をステージへ垂直に叩きつける『ガンッ』という音が響き渡る。
「今、目の前で見た戦友の勇戦に敬意を払えない。そんな部下など俺はいらない。いいから出てこい。俺は優しいから、ちゃんと船を手配してハイネセンに送り返してやる。全身の骨を粉砕して軟体動物にした上でだ!」
自然と口から洩れる殺意。ステージ周辺に残る将兵の、不安と恐怖を浮かべ互いの顔を見る姿。彼らを見ているうちに、血圧も次第に下がってくると共に、自分に対する情けなさも心の中に溢れてくる。同じレーヌ中尉相手に作戦案で何をしたか。彼女に対する参謀教育も兼ねて厳しく当たったつもりだったが、そこに必要のない嘲りはなかったか。
「小官には何も聞こえませんでした。隊司令殿」
心のうちを読まれたとは思わないが、レーヌ中尉とヴァーヴラ中尉を手振りで追い出したマーフォバー大尉が、俺の五歩先正面に立ちはだかる。そこは声がした方向に動こうとすれば、分厚い身体で受け止めようという位置。
「突発性難聴にでもなったか、警備主任」
「小官には『何も』聞こえませんでした。隊司令殿」
「中尉を小馬鹿にする愚か者はここにはいなかったと?」
「戦艦ディスターバンスにそのような恥知らずは一人として乗艦しておりません」
少なくともここに一人いるとは言わなかった。マーフォバー大尉が身を挺して部下を庇っていることはここにいる誰もが理解できている。故に全ての人間の双眸が返事に注目している。
「わかった。貴官がそこまで言うのなら、私の聞き間違いだろう」
俺の応えに目に見えて空気が弛緩する。
「だが階級・性別関係なく、私はどの挑戦者にも全力で相対している。どんな戦いも小馬鹿にする者には相応の覚悟をしてもらうぞ」
「隊司令訓示に対し、総員敬礼!!」
間髪入れずにマーフォバー大尉が号令をかけると、背後の彼らも音を立てて踵を合わせ、俺に向かって敬礼する。茶番であっても、大尉の心遣いに俺も答礼で応える。怒りに任せて俺が処分しようものなら、幹部と兵士の間に致命的な溝が出来かねない、という危機感も当然あるだろう。敬礼が解かれ、俺が装甲戦闘服のまま艦長室に向かうと、マーフォバー大尉も一緒に付いてきた。
「言い過ぎ、やりすぎ、というのは分かっている」
装甲戦闘服をそのまま床に脱ぎ散らかし、短パンノースリーブ姿でソファに座ると、対面にマーフォバー大尉も腰を下ろす。恐らく端末で状況を見ていたであろうドールトンがアイスティーを出してくるが、その手がほんの僅かだが震えているのが分かる。
「だがこれも目的のうちだ。とかく噂に流されやすい若い下士官・兵諸君の心胆は、これで充分冷えただろう」
「しかし過剰な暴力と恐怖による支配は、兵の委縮を生み、活動性を低下しかねません」
「マーフォバー大尉。我々は現在味方から情報戦を仕掛けられている以上、それに対抗する『抗体』を作る必要がある」
初陣で抜群の功績を上げた第一〇二四哨戒隊とはいえ、いきなり帝国軍が司令(俺)の女性醜聞をでっちあげて統制を崩壊させようとしているというのは、流石にありえない。仕掛けてきたのは間違いなく味方であり、薬物がらみで、恐らくはオブラックだろう。
対抗するには第一〇二四哨戒隊に、噂に動じないだけの団結力を作り上げる必要がある。最終的に哨戒隊としての実績を積んで『俺達の指揮官は頼りになる』と言わせたいが、それにはまだまだ時間がかかる。『俺達の指揮官は怖いが強い』と信じさせる方が早いし、白兵戦『競技会』は一目瞭然で即効性がある。
「レーヌ中尉がそれなりに戦えるとは分かっていた。司令は部下の経歴書を読めるからね」
「小柄で一見すれば弱そうな女性士官でも、あれだけの戦いが出来ると下士官や兵に見せつけたというわけですか?」
「最初から本人も自信があってやる気満々だったし、ビューフォートも気を利かせてカードを組んでくれたのだろう」
ウチ(ディスターバンス)の士官連中は本気になれば『ヤバい』と、これで下士官・兵もハッキリと認識したはずだ。隊司令は極めて危険な人物だが、自分達に直接命じる機会の多い幹部連中は、自分達を守ってくれる盾になってくれると。なにしろ激怒した隊司令を、茶番でも諫めてくれる『警備主任』もいる。まず士官と下士官・兵の間の信頼関係は良い方向に向かっている。
「なにもかも全て、計算づくで?」
溜息交じりにうなだれつつ、眉をひそめてマーフォバー大尉は上目遣いで俺を見る。陸戦技能S-Ⅰの恨み深い眼差しは、さすがにちょっと怖い。
「流石にレーヌ中尉がバカにされたのは計算していないよ。だが部下が不当に貶されたならば、怒るのは上官の仕事だ。勿論、時と場合による」
「ヴァーヴラ中尉は恐らく陸戦技能でレーヌ中尉の足元にも及びませんが、手加減なされるおつもりは?」
「するつもりはない。だが三本勝負にする。彼に必要なのは技能よりもまず自信と気迫だ。砲術士官として十分有能なのに、最初の上官に不当に評価され、行動が委縮する傾向がある」
恒星ケルコボルタαでの砲撃演習で、初撃を外しても速やかに目標を修正設定できる。演習宙域からこれまで戦艦ディスターバンスが上げてきたスコアの何分の一かは彼の力量だ。俺の回答に首と見分けがつかない顎を何度も上下させてマーフォバー大尉は不承不承納得しましたという感じで頷いた。
「『最終日』は手加減いたしません。隊司令には是非ともステージの床の味というものを味わっていただきましょう」
「専門職の胸を借りるつもりだ、大尉。私も大尉のダイエットの力になれるよう、努力するとしようか」
そう言ってお互い含み笑いを浮かべたのを、俺の後ろに立つドールトンが薄気味悪く思ったのか、後ずさりする靴音が聞こえる。そのタイミングで艦長室のインターホンが鳴った。
「隊司令、モイミール医務長がいらっしゃいましたが?」
ようやく空気がマトモになりそうだと安堵の籠った声で、ドールトンが腕時計型の端末を叩く。
「モイミール医務長が?」
俺が振り返ってドールトンを見上げると、そうですよと言わんばかりに何度も頷く。
「何かありましたかな? 小官の見るところ、隊司令と対した相手は全員歩行出来てましたし、皆軽症だったと思うのですが」
俺の視線を受けたマーフォバー大尉も首を傾げる。
「何かあったのかもしれない。ドールトン、開けてくれ」
「承知いたしました」
果たして艦長室の扉が開くと、やせ気味長身の老医務長は残っている片目と機械の目の両方で艦長室の中を見回し、ソファに腰を下ろす俺の姿を確認すると、一目散に駆け寄ってきた。
「隊司令! 君な!」
どうしましたと俺が口を開くより先に、モイミール医務長の年相応に細いが、それなりに筋肉のついている両腕によってノースリーブごと引き摺り上げられる。
「レーヌ中尉の腹を思いっきり蹴り込んだらしいな! 君は相手が女性だと分かっているのか!? え! 女性の腹には子供を産み育てる大切な臓器があると、小学生の時に教わらなかったのかね!?」
「もい、いむちょ……」
「レントゲンも取って一応異常はみあたらないがね! 君の軍人としての才覚には十分に敬意を表するが! 女性に対する配慮のなさは一体何なのかね! 人類社会に対する許しがたい冒涜とは思わんのかね!」
「あ、あの、です、から……」
「もし精密検査して万が一人工子宮を入れるようなことになったら、君はレーヌ中尉に対し責任を取れるのかね!? そこのところちゃんと分かっているのかね、えぇ、君ぃいい!」
「た、たすけ……」
俺よりも身長が高いので、モイミール医務長は容易にノースリーブの襟元を俺の首に巻き付けるようにしながら締め上げてくる。右に首を振ってマーフォバー大尉に視線で助けを求めれば、「では」と敬礼してソファから立ち上がり足音を立てずに艦長室の扉から出て行く。逆に左に首を振ってドールトンを見れば……それはそれは気持ちのいい笑顔を浮かべて立っているだけ……
それから説教が終わるまでのたっぷり一〇分間。モイミール医務長は骸骨のような顔を指の隙間もないほどに寄せ、俺の顔に唾を吐き続けるのだった。
2025.7.20 更新
一応、C106にて頒布する本作の最新刊(4巻『五菱星の対価』)は、無事印刷所に入稿され、
チェックも完了しております。
既刊も虎から残りを再回収し、頒布予定です。
また、当日は作成したクリアファイル(軍側ヒロインズ5名)も頒布いたします。
新刊のおまけですが、それより多く印刷したので何枚か配布できると思います。
それでは8月16日(土)東地区H-04b『市蔵文庫』でお会いできるのを楽しみに。