ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

124 / 130
お世話になっております。

皆様、お元気でしょうか。
今回少しばかり文章がくどくなっております。全部暑さのせいです。申し訳ございません。
Jr.の超人化はなんとかしたいところですが……こちらは筆力不足です。

下品な表現があります。スルーでお願いいたします。
また同性愛について軽く触れているところもありますが、揶揄するつもりは毛頭ありません。


第119話 晴れのち暗雲

 宇宙暦七九一年 一二月 パランティア星域 コントスカリオン星系より

 

 第一〇二四哨戒隊二回目の哨戒任務は順調に進んでいる。

 

 パランティア星域に突入する前。第五一と第五三補給基地所属の味方哨戒隊と情報交換することが出来た。彼らが言うには、前線の帝国軍哨戒隊の動きは一様に低調で戦意も低く、交戦に至るも被害が出る前に後退するような状態だという。

 第一〇二四哨戒隊も折返宙域となるパランティア星域に突入し、すでに三つの星系を巡回したが、同規模の帝国軍哨戒隊と遭遇したのは僅かに二回、いずれも挑戦信号を打たず、お互いの索敵レンジギリギリをすれ違うようにして離脱していった。

 

 そういう状況下なので、次に遭遇した時はこちらから挑戦信号を打ってみてはどうかと、複数の分隊指揮官から提案もなされた。それでも交戦を拒否するようなら、帝国軍の意図がハッキリすると。提案の意図は理解したが、俺はこの提案を一時保留として、逆に次元航跡探索と重力波アクティブ走査による航路測量を命じた。

 この星系からは引き返す道のりになる。遭遇する可能性はより低下していくし、撃ってくださいと言わんばかりの速度で航路測量をする哨戒隊すら襲ってこないとなれば意図は明らかで、さらに戦わずに済むのならそれが一番だ。

 

 航路測量の取り纏めを担当となるのは司令部唯一の要員であるドールトンに命じた。彼女は航法の専門知識を存分に使いつつ、俺から指揮権限を一部委託されたのをいいことに、各分隊へあっち行けこっち行けと指示を出しまくっている。俺の前ではいかにも面倒くさいといった表情をしながらも、各分隊指揮官に指示を出している姿は水を得た魚のように生き生きとしている。

 

「静かですね。本当に」

 

 派手に重力波アクティブ走査をしているので哨戒範囲は通常よりかなり広く、仮に敵がいたとしても対応できる時間的余裕がある。咄嗟戦闘の可能性は低くなったので忙しくなったドールトンに代わり、レーヌ中尉とヴィーヴラ中尉が交代で副官任務を請け負ってもらっている。全分隊が第二級警戒態勢の中で、哨戒データが集積されるのが旗艦ディスターバンスであることから、二人には部隊全体指揮の学習も兼ねて、というのもある。

 

 一時的とはいえ副官任務から外れることにドールトンは流石に複雑なようだったが、与えられた仕事量と『楽しさ』の前に不満は述べないといった感じだ。レーヌ中尉も意図を理解しているので、ドールトンをあえて挑発するような素振りはしていない。

 

「かなりの数の哨戒戦力を別方面に引き抜かれている、と見ていいと思うか? レーヌ中尉」

「小官はそう考えて良いと思っております」

「理由は?」

「小官ならこんな密集濃厚な小惑星帯の回廊内部を、ダラダラと測量しながら進む敵戦力を見逃す理由がないからです」

 

 そう言うと後方へと流れていく小惑星の群れに、レーヌ中尉は厳しい視線を向ける。

 

 このコントスカリオン星系は、中期Ⅿ型の赤色矮星を中心とするやや小規模な単一恒星系で、恒星マル・アデッタのような気まぐれさはない比較的安定した星系環境を持っている。

 

 パランティア星域内では比較的同盟側に近い星系で、四つの他星系との跳躍ルートを持つ交通の要衝でもある。ここを完全勢力下におけば、その交通の便からパランティア星系の三分の一を支配圏に収めることが出来るといってもいい。

 

 問題はこの星系の恒星出力が小さすぎること。また分厚い小惑星帯があり、恒星を中心とした二天文単位から五天文単位の間の同心円状に広がっていること。小惑星で最大のものは直径三〇キロ。数は算出不能。その小惑星帯の中を幾つかの『回廊』が通っていて、星系間を繋ぐ複数の跳躍宙点への近道になっていること。特にネックになっているのが回廊で、航行安全宙域が凸凹しているこの回廊を通るには、それなりの操艦技術を必要とするほどのものだということ。

 

 仮に小惑星の一つに根拠地を築いたとしても、敵対勢力は回廊の出入口を封鎖することで存在意義を消滅させることが出来る。行動の自由が取れるのは、恒星と小惑星帯内円の直径四天文単位の範囲と回廊だけで、制式艦隊が決戦を行うにはやや狭く、根拠地を作るには小惑星自体が小さすぎ、部隊を配備するには補給にも運用にも難がある。占領維持するのに大部隊を配置するには些か問題が多すぎるゆえに、この星系は要衝になりうるにもかかわらず軍事施設を作るなどの活動は行われず、大部隊の移動にも利用されず、結果として戦略的には放置の扱いだ。

 

「測量と同時並行で行っている次元航跡探索で、ある程度判明するとは思います。真っ白でしたら、おそらくは」

 

 次元航跡が追尾できるのは、通過して数日から一週間。辺境の放置星系とはいえ哨戒隊が来ないというのは考えにくい。少なくとも同盟側の哨戒隊は長くても六日に一度は巡回している。帝国側の密度がそれより低ければ、真っ白という事になるだろう。

 

 だがこの日の夜、二二〇〇時。星系を離脱する為に再集結し航海序列を組み直しているタイミングで、司令艦橋まで報告に上がってきたドールトンの顔には、疲労以上に困惑の成分が多く浮かんでいた。彼女が提出した次元航跡解析報告を時系列で動かしてみると、確かに異様なデータと言える。

 

「同盟側跳躍宙点からと帝国側跳躍宙点から少数艦艇が合流して、その後それぞれ別の跳躍宙点へと消えて行く?」

 

 事前に受けている予定では第一〇二四哨戒隊の五日前に、第五三補給基地駐留の第一一七六哨戒隊がこの通過していて、その航跡はバッチリと記録に残っていて疑いようのないくらいきれいなものだった。

 だがもう一つのデータは三日前。同盟側から四隻、帝国側から同じく四隻、データにない小惑星帯内の回廊を通って合流しているように見える。

 

「宇宙海賊の可能性が微少ではありますが……」

 

 ドールトンの口は重く、奥歯にものが挟まったような感じで一度視線をレーヌ中尉に向けてから言葉を濁す。司令艦橋にいるのはビューフォートとドールトンとレーヌ中尉と俺。そのうち『例の話』を知らないのはレーヌ中尉のみ。ビューフォートがすぐに察してレーヌ中尉に向かって口を開こうとうするのを、俺は右手を上げて差し止める。『いいんですね?』と視線で再確認するビューフォートに軽く頷くと、ドールトンに向き直って促した。

 

「双方が同盟軍と帝国軍の艦艇と判断して間違いありません。麻薬取引か敵国通謀の現場と考えてよろしいかと」

 

 ドールトンの覚悟した言葉に、男二人はそうだろうなと納得し、レーヌ中尉は唖然として棒立ちになっている。しかし考えてみれば、両軍が秘密裏に会合するにこれほど地理的条件を満たしている星系も他にない。

 

「……再度、この星系の調査を行いますか?」

 

 ビューフォートが厳しい目で俺に告げる。調べる価値は確かにある。特に航路データにない回廊の存在は見逃せない。知っていながら登録していない所属不明の同盟軍分隊の存在も問題だ。

 だが再調査を行えば間違いなくスケジュールが後ろへずれ込む。一日・二日程度であれば問題はないが、障害物の位置が不明な航路を進むとなれば少なくとも四日はかかる。それだけ遅れると空白となる哨戒範囲は広くなり、キスカ島の米軍よろしく敵小部隊の侵入を招きかねない。

 さらには『コントスカリオン星系でこのような事象があった』と報告を上げること自体が引き金になり、恐らく薬物取引に関わっている同盟軍内部の人間が警戒して、第一〇二四哨戒隊を後ろから攻撃しかねない。第五四補給基地の最上級幹部三人に麻薬取引と通謀への関与が疑われる以上、明白な証拠が必要になるが、現時点で星系の再調査を行って分かるのはおそらく航路情報だけだ。

 

「ドールトン中尉」

「ハッ」

「しばらく君には苦労をかけることになるが、いいか?」

 

 せっかく調べた次元航跡解析について上に報告するつもりはない。その上で数少ない情報から未登録の航路をデータ上で算出してもらう。他にも所属不明の同盟軍哨戒隊分隊の航路の計算から元部隊の割り出しなど、功績値として反映できない仕事を追加で行ってもらう必要がある。

 第一〇二四哨戒隊各分隊からは、あれだけ偉そうにアレコレ指示しておきながらろくに仕事も出来ないのかと、批判を浴びることもあるだろう。各分隊司令には俺から説明しても、全ての将兵に理解を求めることはできない。

 

「……その」

「私が手伝います!」

 航法士官としてのキャリアが一時的とはいえ不当に毀損されることを恐れるドールトンに、レーヌ中尉が声を上げてそれを制した。

「解析に必要な情報量は次に向かう星系の分も含めて膨大になると思います。恐らくドールトン中尉一人では大変だと思いますし、『いろいろ文句を言ってくるクソ野郎』もいると思いますので」

「シルヴィ……」

「分隊指揮官には俺から内密に話しておく。やってくれるか?」

 

 やれ、と命令すれば簡単な話だ。しかし前後の状況を理解しているドールトンにとっては、自分の調査が最終的にかつて関係のあったオブラックまで届くことも容易に想像できただろう。元カレを自分の手で売れと言っているようなもの。それに自分が断っても時間をかければ、航法にそこそこ知識のある俺が代わりに解析するだろうし、偽情報を作ったとしても見抜かれると分かっている。

 

「分かりました。やらせていただきます」

「補助にレーヌ中尉をつける。頼む」

「承知しました」

 

 直立不動で敬礼し下がっていくドールトンとレーヌを横目に、メインスクリーンへ顔をむける。自分が正しいことをしているかがはっきりしない。自分が正しいと思っていることをしているだけに過ぎない。麻薬は明らかな悪だが、辺境には辺境の『ルール』があり、結果的に被害を二五パーセントに『抑えている』という構造を壊すのは、兵士達には悪になるのかもしれない。

 

「また面倒なことを考えている顔ですな。それは」

 艦長席に戻らなかったビューフォートが、俺のすぐ右横に立ってそうつぶやいた。

「隊司令は部下に甘すぎだ。いちいち部下の背景を気にする事なく、問答無用で命じればいい」

「間違った命令でもか?」

「間違ったら間違ったで、責任を取るのが上官の仕事でしょうが。その為に部下より高い給与を貰ってるんです。違いますか?」

 突き放すような口ぶりだが、言葉に冷たさは感じられない。

「そうだな。そうかもしれない」

「だが気にしないよりは気にしてくれる上官の方が、部下にとっては少し気が休まるのも確かだ。それに今のところ、隊司令が間違った命令を出したことはない。自信もっていいですよ。少なくとも小官が仕えた上官の中で、隊司令はかなりまともな部類に入る」

「それは嬉しい評価だ。その評価に恥じぬよう、今後も注意することにしよう」

 

 ビューフォートなりの若く経験の浅い指揮官に対するフォローに、苦笑しつつメインスクリーンを眺める。隊列を整えつつある麾下三〇隻、乗員四五七七名の生殺与奪が俺の手に握られている。ほとんど幕僚経験しかしていないヤンが、第一三艦隊司令官になった時どう思ったのだろうか。第二艦隊の臨時指揮を執っていたからさほど重圧を感じなかったのだろうか。未来がそうなるとは限らないが、そうなったらなったで聞いてみたいと思う。

 

「跳躍宙域に突入する前に工作艦ディアサウンド九九号のアダムス艦長を、ディスターバンスに寄こすようシツカワ中佐に伝えてくれ」

「本当に面倒なことを考えていたんですな、隊司令。了解です」

 

 また何か余計なことをしようとしているなといった、呆れた口調でビューフォートは肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 コントスカリオン星系を出てからの復路も、帝国軍哨戒隊との遭遇はなく、また重大な天体事象にも跳躍事故も起こすことなく、順調にダラダラと測量しながら第一〇二四哨戒隊は一二月二八日。辛うじて年明け前に第五四補給基地に帰投した。人員・機材損失なしというまさに完全武装のピクニックであり、ディスターバンス艦内に限っていえば士気極めて旺盛で、半舷休暇となった乗組員は一部幹部を除いて陽気な笑いに溢れている。

 

「年明早々のトーナメントが楽しみですな」

 

 次の出撃が年明け一月一八日。Gコースというやや危険なルートで哨戒せよとの仮命令と、それとは別の命令が第三辺境方面軍管区司令部より報告書と引き換えに通達された。

 

 その命令を補給基地の超光速通信室で受け取った俺に、護衛と称して付いてきたマーフォバー大尉は笑顔満面。それもそのはず、三日前に行われた白兵戦競技会最終日最後のカードで、俺を第八ラウンド二二分一二秒。ほぼ体力がなくなった俺を、構えたトマホークごと床に引きずり倒した挙句、起き上がろうとする俺の背中にトマホークを押し当て、体重差で押し潰してくれた。

 

 ここまで一八六戦一八六勝だった俺を、警備主任が見事に打ち倒したことでディスターバンス艦内は完全にお祭りモード。床に臥せた俺を尻目に、兵士達が装甲戦闘服ごと超重量級のマーフォバー大尉を担ぎ上げ、歓声を上げてリングの周りを何度も周回しくさった。三〇秒経っても俺がまともに立ち上がれないことに気づいたビューフォートとモイミール医務長とドールトンが慌てて駆け寄ってきてくれたが、敗北はともかく疲労や筋肉痛以上に三〇秒以上兵士達に見放され続けたことが、俺には地味にショックだった。

 

「あんなに兵士から嫌われているとは思わなんだ」

「まだ仰っているんですか、隊司令。あの後、あの場所にいた将兵全員がちゃんと謝罪したじゃないですか」

「俺が倒されている場面だけ切り取った動画が、あの後で艦内のいたるところで流されて、謝罪の意思があったとはとても思えん」

「だから最初から隊司令自らトマホークを握るの止めた方がいい、と小官は申し上げたではないですか」

 

 動画を作って流したのが、初日に吹っ飛ばしてやった機関科のデカマッチョだったらしく、入港前日の昨夜、エキビション・マッチで指名して徹底的にしごいてやったので、恐らく今日一日は医務室から出ては来れないだろう。『ウチの隊司令は子供かよ』という批判には耳を貸していない。

 

「各艦代表者も警備主任か小班長のようです。艦長が出てくるのは嚮導巡航艦シェリダン九八号のチェ=シウ中佐だけですな」

「中佐もS-1だ。そうやすやすと自艦の警備主任に負けるわけがない」

「……トーナメントの三二人目、本当にレーヌ中尉でいいんですか? さすがに居並ぶメンバーはS級ぞろいです。勝ち目は到底あるとは思えないのですが」

「ちゃんとトレーニングを継続しているんだろ? せっかくディスターバンスが頂いた三枠だ。警備班内で異議がなければ、それでいい」

「今では『レーヌの姐御』ですからねぇ」

 

 くしくも一八六勝した俺を転ばすまで追い詰めたのはレーヌ中尉しかおらず、また負けた後もトレーニングをクソ真面目に続けていたことで、同じような立場の下士官兵士達もトレーニングに精を出し、その中でレーヌに勝負を挑んだ下士官の一人がぼろ雑巾にされたので、艦内での評価が決まってしまった。

 

「本人の希望もある。勝敗は気にしていない。ところで気が付いてるか?」

「こんどは『隊司令は受け専同性愛者』と言われるんですかな」

 

 左後ろの位置を歩くマーフォバー大尉は、何もなかったように顔色を変えることなく前を見続けている。超光速通信室を出てからずっと、こちらを窺うように尾行を続ける三人の兵士。三人とも体は大きく、前世で映画に出てくる場末の風俗店の用心棒のような、ATK(攻撃力)ではなくHP(耐久力)で戦うタイプだ。

 

 俺の動きを把握する為の尾行というにはあからさまに過ぎる。牽制のつもりにしては意図が分からない。単なる嫌がらせのストーキングということなのか、それとも俺が一人になった時に暴行を加えるつもりか。是非とも彼らを尋問したいところだが、どう見ても護衛役のマーフォバー大尉が傍にいるうちは仕掛けてこないだろう。もちろんあえて稚拙な尾行をすることで、俺を誘い出す罠という可能性もあるが……

 

「連中、素人同然です。殴るのに丁度いい大きさのサンドバックといったところでしょう」

「レーヌ中尉なら対応できるか?」

 俺の問いに一瞬立ち止まった後、マーフォバー大尉は口先をほんの僅かだけ緩める。

「……もしかして隊司令は『基地内デート』をご希望ですか?」

「ドールトンとレーヌの二人を呼んでくれ。舞台は第一整備ドック展望室。着替えとカメラと導眠剤を持たせろ」

「帰港早々、屋外着衣ヤク打ちハ●撮り3●とは、恐れ入ります」

「その体格とセンスでは、大尉に客引きは無理だな。ドールトンの非常通報後、警備一分隊常装でダッシュ。妨害は極力回避。医務長に医療カートを三台、頼んでくれ」

「隊司令も単身赴任になれば嫌でもわかりますよ。了解です」

 

 敬礼するマーフォバー大尉とA-八八バースの根本あたりで別れ、俺は停泊中の戦艦ディスターバンスを一人で仰ぎ見る。艦首砲塔部分は見える部分だけでも四五メートル。砲塔部分の全幅は三二メートル。一番下列の主砲は見えないが、六つの大穴が開いた窓のない一四階建てのマンションと言ってもいい。艦尾までは六二四メートル。この巨大な金属の塊が『標準の』戦艦で、超光速で宇宙空間を突き進み、ただの一斉射のビームで原子へと還元される代物だと、この世界に転生して二七年経つがいまだに信じられない。

 

 小さな手すりに背を預けつつ、ぼんやりと自艦を眺めること三〇分。しっかりと集めの唇に口紅を引き、黒く長い髪の毛を後頭部でシニヨンにしたパンツルック姿のドールトンと、いつもと同様のショートのままSサイズ軍用ジャージに身を包んだレーヌ中尉が現れた。荷物は全部レーヌ中尉が肩掛けバッグに持つことになっているようで、一見すると年の離れたお姉さんと中学生女子といった出で立ち。

 

「大尉から口が利ける程度まで壊していいと伺っております。獲物はバース入口に屯すブタ三匹ですね?」

 初めて幼馴染とデートするスポーツ少女のような眩しい笑顔を俺に見せながら、レーヌは殺意マシマシの言葉を吐く。

「実は私トマホークより、徒手格闘の方が好きなんです! あのブタ、隊司令にケンカを売るバカなんですよね? 首から下、全部壊しちゃっていいですよね?」

「……さっきから『この子』こんな感じなんです。なんか変なスイッチが入ったみたいで……」

 一方でドールトンは、もうどうしたらいいかわからないと泣きそうな顔を右手で覆っている。

「隊司令とレーヌがいれば、まず安全だということですが……」

「もう少しいるかもしれないから油断は禁物だ。合図で緊急信号を打て。銃は抜いても殺すな。ドールトン、射撃の自信は?」

「短競技(一〇メートル)で眉間を狙って、どちらかの目に当てるくらいには」

「大変結構。俺とレーヌ中尉両方とも戦闘不能になったら、相手の太腿を撃ち抜け」

「分かりました」

 

 足の、特に大腿部を撃ち抜かれて死ぬ可能性は原作で嫌というほど繰り返し見ているが、命の危険がある以上遠慮する必要はないし、そのうち救援と医療カートが来るので保全できる。過失致死にはならないだろう。それだけ確認して、俺はドールトンの右脇に立ち肘を曲げて差し出す。

 

「……ヘイトを買うのが、それほどお好きですか?」

「嫉妬に狂うオブラックの顔をぜひとも拝んで見たくてね」

「……私が隊司令の趣味じゃなくて本当に良かったですわ」

 

 大きく溜息を一つつくと、ドールトンは体を少し離して右手を伸ばしてくる。レーヌ中尉が意味深な視線でドールトンを見ながら先行し、バースから連絡通路を抜けエレベーターを乗り継ぎ、第一整備ドック展望室に入る。もし第一〇二四哨戒隊に損傷艦があれば入渠している姿が見れただろうが、今は重度の損傷がある別の哨戒隊の艦が一隻入渠しているだけだ。

 途中でジュースを三本買い、展望室のベンチに三人並んで座っていると、先ほどの三人が周囲を確認した後、一人が誰かと連絡を取り、他の二人が下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。

 

「全員電磁警棒を持っています。『いい趣味』してますね」

「やっぱり同属亜種、なのかな……体格の違いは、生息域による進化か」

「は?」

 

 首をかしげるレーヌ中尉の肩を二度叩き、俺は軍用ジャケットを脱いで、胸の第二ボタンを二度撫でた後、二足歩行のブタ達に笑顔を向ける。こちらが笑顔でいるのが余程不思議なのか、三人はお互いの顔を見つめあう。視線が切れたタイミングで俺は手を後ろに回し、ドールトンに緊急信号の指示を出す。ようやく合意に達した三人の視線は再び欲塗れのものになっているが、別段気にしない。

 

「ここは現時間、貸し切りだ。美女二人とデートを楽しみたいんでね。ご遠慮願おう」

「譲っておうじゃねぇか。黙っているなら、傍で見てても構わねえぞ?」

 へへへへっと、テンプレすぎる下卑た笑い声に、俺は小さく溜息をついて腰の電磁警棒を指さす。

「あいにく獣姦を見て悦ぶような趣味は持ち合わせていない。警告だ、曹長。その腰の電磁警棒はMP以外の公式携帯を許されていない。報告されたくなければ速やかに退室したまえ」

「退室すんのはてめぇだ。坊ちゃま中佐殿。芋虫みたいに床を這い蹲る映像を基地中にばらまかれたくなければな」

「それは『いいこと』を聞いた。私が中佐と分かって君たちはそういう口を叩くわけだな。警告その二。上官反抗罪で軍法会議にかけられたくなければ、速やかに退室したまえ」

「ここ辺境は階級なんか何の役にも立たねぇ世界なんだ。中央でぬくぬくと暮らしてきた中佐殿には、大変結構な経験を味わうことになるぜ?」

「素晴らしい。私は現在、世界の広さを経験している。警告その三だ。脅迫罪と正当防衛行動で、脊椎動物から海綿動物に退化したくなければ、速やかに退室したまえ。これ以上はない。私は我慢弱いのでね」

 

 俺が顔色を変えることなく閉まっている出口の扉を右手人差し指で指すと、話していないほかの二人の視線が扉に一瞬だけ向けられる。話している曹長も俺に馬鹿にされていることは理解しているようで、顔に十分すぎるほど血液が回っていい焼き加減になっている。そろそろ限界だろう。右斜め上目遣いで曹長を見つつ、右手を皿のように広げて吐き出した。

 

「獣には人間の言葉が理解できないのは分かっていたが、私は動物園の飼育係ではないから」

 

 優しくはできないと、言葉を続ける前に先頭の曹長が、左足を踏み込み右腕を大きく振りかぶって俺の頭部を狙ってくる。腕の力だけでなく腰の回転具合からも、それなりの技術と力のこもった一撃。まともに受ければ脳震盪は確実だろうが、レーヌ中尉の高速近接戦闘に比べたら段違いの遅さ。

 俺は体を軽く左前に逸らし、伸びてきた太い腕を右腕で少しだけ男側に押し込んでバランスを崩し、男の右脇に移動すると体重を乗せた右足の踵で、男の右アキレス腱を体の内側斜めに押し込むように踏み潰す。

 恐らく右足首の関節が曲がってはいけない方向に曲がったか、腱が捻じ曲がったか。男は小動物のような悲鳴を上げて右足をかばうように床に倒れた。その隙に右腰にある電磁警棒をホルダーから抜き取って、首に一撃お見舞いすると、曹長は大きな体を二度ばかり痙攣させて動かなくなった。

 

 ほぼ一動作で崩れた仲間と、電磁警棒を左手に持ち換えた俺と、交互に視線を動かす二人目の伍長は、三人目の上等兵に『女を狙え』と指示を出し、右手で電磁警棒を最大出力にして振り上げて向かってくる。指呼の位置にいる敵を前に、『わざわざ』手持ちの武器を振り上げる時点で、近接格闘戦の基本がなってない。教科書通りに左手に持った電磁警棒で伍長の右手首を軽く押し払うと、伍長の電磁警棒は床に音を立てて落ちる。

『あ″』と間抜けな声を上げた伍長のやや広い、防御のなにもされていない懐に俺は入り込み、縦拳で伍長の左顎を下斜めからカチ上げた。火が出たように伍長の目が白く反転する。

 

「レーヌ! 殺すな!」

 

 音を立てて後頭部から倒れた伍長を尻目に、俺は叫んで振り返ると、三人の中では比較的細身(ただのデブ)の上等兵に対し、猴のようにとびかかっていた。左膝を相手の腹に押し当て両手で相手の背中を掴み、体を相手の肩より高い位置にまで振り上げ、右足をさらに高く振り上げて右膝裏を相手の後ろ首にはめ込む。

 左大腿部と右膝裏で二等兵の首をがっちりと挟んだら、今度は両手を背中から離し二等兵の首を軸に右肩から左腰へと体を振り、背中が床と平行になったタイミングで首を挟んだ両足を回転させながら床へと下していく。

 小柄なレーヌの体重すべてを首に受けた二等兵は、空中で前転するよう捻られ床に叩きつけられる。強烈な衝撃を背中に受けて息が止まって無抵抗になった二等兵の右腕を、レーヌは持ち上げつつ立ち上がると、下腹部の『さらに下の部分』に、右爪先を見たこともない速度で叩きこんだ。

 

「……あぁ……もう、なんて野蛮な……」

 襟元の小型カメラで一部始終を録画していたドールトンが、悲痛な呻き声をあげて床に生暖かいモノを垂れ流す二等兵の姿から視線を逸らしつつ吐き捨てると、バッグの中から簡易注射器を取り出し俺に二本・レーヌに一本投じる。

「お任せします。ちょっと私にはできません」

 そういうとドールトンは、ハンカチで口を塞ぎながら視線をドックへと逸らす。一応半舷休暇の時間を割いて協力してもらった以上、上官命令を出すのも気が引けるので、レーヌからも受け取って三人に導眠剤を注射する。これで彼らは最低でも三時間は起きてこない、はずだ。

「『おかわり』はないんでしょうかね?」

「さぁなぁ……」

 

 指をポキポキならしながら、ワクワク顔で閉まったままの扉を見つめるレーヌに、俺は肩をすくめて答えるしかなかったが、一向に扉が開かず『おかわり』が来ないところを見ると、俺達は襲撃を計画していた人間に、余程なめられていたということだろう。

 結局扉が開いたのは二〇分後。マーフォバーと警備第一班と、なぜか付いてきたモイミール医務長が血相を変えてその扉から現れた。どうやら扉の前まではスムーズに来れたらしいが、扉の電磁ロックが外れず艦まで開錠装置を取り寄せに行ったとのこと。何かをしなければ出られない部屋だったということだろう。あまりいい趣味とも思えない。

 

 医療カートに襲撃者三人を乗せ、マーフォバー達と一緒に戦艦ディスターバンスに凱旋すると、今度はビューフォートが乗降デッキで待っていた。その後ろには三〇人ばかり装甲戦闘服を着ている乗組員達が並んでいる。刃の入ったトマホークを手にした完全武装状態で。

 

「出迎えご苦労……どうした? 何かあったか?」

「私は特段心配していなかったんですが、警備班から話を聞いた連中が吹き上がっちまいまして」

 ドールトンとレーヌ中尉の姿を見て、安堵の表情を浮かべている彼らを横目に、ビューフォートは呆れ声で答えた。

「二人に何かあったら出動するつもりのようでしたので、マーフォバーの連絡を待てと言って止めてたんですよ」

「……ホント俺は嫌われているんだなぁ」

「思いつきで部下二人を囮に使うんですから、好かれるわけないでしょうが……急ではありますが、『これから』ですな」

 

 マンモスを狩った原人よろしく、医療カートを囲んで歓声を上げる一同をよそに、俺とビューフォートは溜息をつく。とにかく考えることは多い。

 

 俺の襲撃に失敗したことを知って、黒幕はどう対応してくるか。いきなり直接襲い掛かってくるという稚拙な行動計画とはいえ、襲撃犯が俺の手元にあるとなれば、近々には仕掛けてはこない。襲撃者から自白を取られたところで、兵士個人の犯罪として知らぬ存ぜぬを貫くこともできる。そもそも足が付くような依頼はしていないだろうが……

 

「まず三人の身の安全はしっかり確保してくれ」

 

 口封じを仕掛けてくる可能性。停泊中の艦内で死者が出れば、責任は艦長でもある俺になる。例え死者が艦長襲撃犯であろうとだ。監禁からの拷問死と疑われれば、軍法会議にかけられ死刑宣告すらありうる。存在自体が軍法会議における重要な証拠品だ。

 

 次に血液検査。ガラスのテーブルを持ち上げるような怪力も痛みに対する耐性も見受けられなかったことから、サイオキシン麻薬を摂取している可能性は乏しいが、別の麻薬を摂取している可能性はある。それが識別できれば、黒幕の一端くらいは掴める。

 

 あとは身体検査。階級章はつけていたが部隊所属章はつけていない。それだけでも十分問題だが、展望デッキのカメラにアクセスしたり、扉に電磁ロックをかけうる能力のある組織が関わっている。基地施設課は当然最有力容疑者に違いない。ドッグ・タグをつけてくれてくれるとありがたいが、そこまで間抜けとも思えない。

 

 そして憲兵本部への通報。これは慎重に行動する必要がある。女を連れだった上官を見てムカついたので殴りに行きました程度では、憲兵本部がハイネンセンから動くことはない。ハイネセンからの距離と憲兵本部自体の人員不足から、基地全体の薬物汚染、敵国通謀、軍資産横領、どれか一つだけも基地憲兵隊で収めろと言ってくるだろう。しかも現在基地憲兵隊の指揮官代理をしているのはオブラックだ。

 

 やはり頼りにするべきは情報部だろうが……基地の超光速通信室を使えば盗聴される可能性は高い。戦艦ディスターバンスから発しても、この星系内の中継衛星を使うので傍受される。『ラベンダーのレターパック』には着任してから一度も会っていない。こちらは当てにする方が間違いだ。

 

「隊司令」

 

 思考の海に潜りそうになったところを、トントンとビューフォート指で肩を突かれ顔を上げると、目の前に私服姿のままのドールトンが敬礼して立っていた。その顔は先程までの、少しばかり愉快痛快な成分が含まれていた呆れ顔とは真逆の、戦地同様の緊張感に覆われている。

 

「どうした?」

「サトミ補給基地船渠長がお見えです。隊司令に直にお会いしたいと」

 

 わずかなブラウンの瞳の動きで指し示すと、乗降デッキの上りきったところに、頭髪の薄いやや小太りのサトミ大佐が、人の良さそうな笑みを浮かべてこちらを見て、手を挙げている。

 

「どうやらアダムス艦長の責任はより大きなものになると、考えてよさそうですな」

 

 俺と視線を並行してサトミ大佐を睨みつけたビューフォートの呟きに、俺は小さく頷かざるを得なかった。




2025.08.31 更新

C106に参加させていただきました。
当日酷暑の中、当サークル迄足をお運びいただいた皆様に感謝申し上げます。
大阪と重なったこと、会場が半減したことで些かなんもありましたがとりあえず無事に
終えることができました。

次回は冬コミ(C107)を想定しております。当選すれば⑤の憂国は出せると思います。

今後も『ボロディンJr奮戦記』をよろしく御贔屓くださいますよう、お願い申し上げます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。