ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

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前回から4か月。大変遅くなり申し訳ございません。

コミケに落選する経験は初めてだったのですが、正直、これほど引きずるとは思いませんでした。

勿論活動報告に記載した通り、家族や車検やなんやらで時間も金もなかったので、
冬コミに落選したことは「結果としてよかった」わけですが、文体も何もかも忘れて
しまったようです。

それでも今をときめく二人の作家のトークショーに行き、その後の非公式オフ会にも参加し、
もう少し頑張ろうと思って何とか書きました。

今回過去一長くてくどくてどうしようもない文章になってます。
サブタイトルは最後だけです。読み飛ばしでも物語にさほど問題ありません。


第121話 Rote Schultern

 

宇宙暦七九二年 一月から第三辺境管区

 

 結局、次の出撃まで第五四補給基地においてトラブルは発生せず、白兵戦競技会の興奮冷めやらない第一〇二四哨戒隊は、予定通り三回目の哨戒任務へと出動することになった。

 

 事前に通告されていた通り、今回の哨戒任務はGコースと言われる極めて交戦可能性の高いルートを進むことになる。さらに追加で折り返しとなるパランティア星域グリーマ星系より帝国側へ進出し、アルレスハイム星域ビフレスト星系での偵察任務が付け加えられていた。出港後の機密解除となった段階でこのことを全艦に通達すると、当然ながら上がっていた士気が目に見えて落ちていく。

 

 原作通りなら第五次イゼルローン攻略戦が四ヶ月後に控えている。とすれば、この偵察任務はその前にアルレスハイム星域に対して圧力をかけようという助攻作戦の前哨、と言うべきだろう。

 敵にとっても最前線となるビフレスト星系にどれだけの敵戦力が潜伏しているかの確認であろうが、発見されれば迎撃の打撃戦隊が現れ、散々追い掛け回された挙句こちらが一瞬で壊滅する可能性すらある。

 

 故にこの任務に俺を殺す意図があるとは考えにくい。トラブル前に発令されていたであろうし、そもそも本命がイゼルローンなのでサトミ大佐やオブラックらがどうこうできる話でもない。ただ偵察任務部隊の選択で意図が含まれている可能性も否定できない。そうなると星域管区司令部も『そうなのか?』という話になる。

 

 そんな面倒なことを考えつつ、出航して一〇日後の一月二八日。第一〇二四哨戒隊はグリーマ星系に到達し、跳躍宙域で長距離ワープを終え現界した瞬間に、強烈な重力波探知を受けた。戦艦のモノとは桁違いの出力。なのに哨戒隊のパッシブレーダーで感知できる範囲に敵影がない。つまり星系内に指向固定された大型偵察衛星が設置されている。

 残念ながら敵はこの星系の支配権を握っていて、我々を探知し、さらに機動戦力がどこかに隠れている。任務を続行するためには、敵機動戦力を排除するか回避するかしてビフレスト星系に進む必要があるが……

 

「複数の敵哨戒隊が遊弋していれば、戦闘なくして星系の突破は不可能と思われます」

 

 顔に『もう諦めました』と書いてあるドールトンは、星系航路図を映し出した自身の大型軍用端末を差し出した。グリーマ星系は極めて安定的なGⅤ型の恒星グリーマを中心とする単一恒星系で、公転する惑星は七つ。大小あるがいずれもガス惑星で、公転軌道が離れていて、クリーナーのように彗星群を吸い込んでしまう。身を潜められるような小惑星帯はなく、ガス惑星の重力異常圏に僅かな望みをかけるくらいだ。

 

 だが容易に任務を放棄することはできない。他の補給基地に駐留する哨戒隊にも同じ任務が下されて、アルレスハイム星域の別の星系へと複数送り込まれている。横帯的な隠密偵察を行うことで、感知されても敵の視線をイゼルローンより遠ざける意図もある。突破はできなくともグリーマ星系における帝国軍の哨戒状況を後続部隊に伝達しなければならない。

 

「重力波探知の発振元は?」

「第四惑星です。これは事前情報にありませんでした」

「前回ここを通過した哨戒隊は?」

「予定では七日前に第五一補給基地所属第一四四五哨戒隊です。定時報告には戦闘・遭遇、ともにありません」

 

 ドールトンはそう答えた後で大きく溜息をつく。固定式偵察衛星となれば、有人惑星があり帝国軍の駐留基地があると思われるタンムーズ星系から、工作艦部隊が出動して建設したと考えるのが正解だ。軽武装の工作艦を裸で前線展開するわけがないので、複数の哨戒隊が護衛についていただろうし、事前に乗り込んで宙域支配権を確立すべく活発に活動していたはずだ。巧妙に隠蔽しつつ作業していたものを見逃したか、横の連絡にタイムラグが生じているのか、それとも『第五四だけではない』のか。だがその検索は、まず目の前の問題をクリアしてからだ。

 

「現在の惑星配置はこの画面の通りか?」

「天体に異常が起きていない限り、推測位置に間違いはないかと」

 お前何考えてんだ?と瞳で訴えるドールトンに、俺は応じることなくじっと画面を見つめる。七つある跳躍宙域と、同じく七つある惑星。ほぼ同一の公転面。クリーニングされた星系内環境。指向性の高い大出力重力波検知システム。

「第四惑星からのもの以外に、他にこちらを探知しようとする重力波発振源はないか?」

「オペレーターに再確認しますが、現時点で報告はありません」

「再度確認、急いでくれ。哨戒隊進路目標第四惑星。第三巡航速度。全艦レーダー透過装置を最大出力作動」

「……しかしすでに我々は」

「今さら透過装置を使ったところで、その動きは把握されるだろうということもわかる」

 それに探知してくれと言わんばかりにトロトロと進めば早々に、敵は迎撃に機動戦力を動かしてくるだろう。

「ビューフォートとレーヌ、それと光パルス通信で工作艦ディアサウンド九九のアダムス艦長を呼びだしてくれ」

「隊司令?」

 不安と不審が半々のドールトンの肩を軽く手で叩こうとして、セクハラになると途中で止め、俺は軽く頭を掻いて小さく首を傾けた。

「なに、ちょっとしたペテンさ。引っかかってくれれば儲けものだよ」

 

 そうして集まったビューフォートが『クソ度胸に呆れてモノが言えねぇ』と嘆き、レーヌ中尉が『今度は前の三倍計算するんですか』と胃に手を当て、その姿を画面越しに見ていたアダムス艦長が『技術的には可能ですが、資材を無駄にバラまくことになるので、怒れるシツカワ中佐へのフォローは隊司令にお任せします』と呆れ顔で応えてくる。

 

 超光速通信装置を無理やり搭載し弾頭カメラと連携させた複数の中性子ミサイルを束にした『観測ドローンもどき』と、通常の巡航型デコイによる偽装艦隊は三つ。

 

 一つは一時間後に第七惑星近くを僅かに掠めて基地へ帰投する跳躍宙域へ向かうコースを第一巡航速度で。

 二つめは五時間後に自然曲線を描いて恒星グリーマを挟んで反対側にあるビフレスト星系とは別の星系への跳躍宙点へ向かうコースを最大巡航速度で。

 三つめは第四惑星への最短コースを進む哨戒隊各艦と並走させ、第四惑星からレールキャノンの最大射程距離までたどり着いたタイミングで分離し、来たルートをそのまま逆に戻るコースを第一戦速で進ませるようなプログラムを、レーヌ中尉はドールトンの助けを借りながら二時間で組み上げた。

 

 指示を出してから一〇時間後。まず一つめの偽装艦隊がおそらく光学観測で露見し、正面に立ちはだかっていた反応(部隊)が、進路を変更し哨戒隊本隊へと移動を開始した。確認できた敵の数は六〇隻。三〇隻ずつ前後で挟撃を仕掛けようとしていたが、デコイに引っかかったことが分かったらしくすぐに別方向へと移動するのがカメラから観測された。

 

 二つ目の偽装艦隊の正面に敵哨戒隊三五隻が立ちはだかったのはそれから三時間後。つまりこれで観測できる範囲で星系内に哨戒隊が三個以上いることが分かる。慌ただしく帝国軍哨戒隊が動きに加え、第四惑星にあると思われる大型偵察衛星の重力波探知も、探知目標を何度も変更してこちらの意図を探ろうとする。

 

 さらに四時間後。本隊とほとんど一緒に行動していた三つ目の偽装艦隊に牽引された超光速通信装置より『グリーマ星系に帝国軍哨戒隊は三隊以上。その上第四惑星軌道に偵察衛星あり』『哨戒隊本隊は偵察衛星に対しレールキャノンによる超長距離攻撃を行う』と自動で発信する。発信後、三つ目の偽装艦隊は哨戒隊が来た道を戻り、哨戒隊本隊は偵察衛星に向けて全艦レーダー透過装置を最大出力作動させたまま第四惑星に向けて最大戦速で『直進』する。

 

 一三時間後。三つの帝国軍哨戒隊は三つめの偽装艦隊へと接近してくるが、その三〇分後に第一〇二四哨戒隊本隊は迫りくる迎撃ミサイルを蹴散らし、全ての砲戦火力を大型偵察衛星に叩きこんだ。

 

 要塞のような戦闘能力も防御装甲も移動力もない偵察衛星は一斉射で粉々。哨戒隊は速度を落とすことなくそのままビフレスト星系への跳躍宙域へと突き進む。救援信号を受信したのか、それとも跳躍宙域へ向かった三つめの偽装艦隊が露見したのかはわからないが、三つの帝国軍哨戒隊は最大戦速で第四惑星へと引き返してくるが、彼らが惑星軌道上に達した時にはすでに第一〇二四哨戒隊は跳躍宙域に到達し準備を完了していた。

 

「これで隠密偵察ではなくなってしまいましたな」

 

 ビフレスト星系へ向けての跳躍中、ビューフォートの口から愚痴が漏れる。同じルートを通る以上、今度は我々がビフレスト星系で袋のネズミとなるが、同時に根拠地を確認したグリーマ星系には、これから続々と第三辺境方面の哨戒隊や直属打撃戦隊が「威力偵察」に押し寄せてくる。作戦の出所が第三辺境方面軍司令部でなければ、助攻作戦部隊進撃路近辺の「事前清掃」は必須だからだ。

 

 グリーマ星系にいた帝国軍哨戒隊もそれは十分理解しているだろう。このまま星系内に留まって哨戒活動を続けるか、それとも屈辱を晴らす為に星系内の跳躍宙域に戦力を張り付けるか、掃討される前に全面撤退するか、戦略的な選択を迫られたことになる。

 

 第五次イゼルローン攻略戦は三個艦隊五万隻余の大艦隊が動員される。付随する助攻作戦は間違いなくアルレスハイム星域全域に及ぶ。通常なら高速機動集団が複数送り込まれるだろう。願わくはその中に第四七高速機動集団があってほしいが、シトレとしてもイゼルローン攻略に信頼に値する指揮官を一人でも手元に置いておきたいだろうから難しい。

 

 だが哨戒隊にとって直近の問題は次のビフレスト星系だ。敵の内ポケットに入り込んだ我々の存在を帝国軍は認識している。現界時の咄嗟戦闘から始まり、星系内で追っかけまわされることも想定される。グリーマ星系よりはるかに乏しい星系航路図を頼みに複数の哨戒コースを立案しドールトンと検討を重ねた一月三一日。咄嗟戦闘の準備を整え緊張感もって現界すると、跳躍宙域には何も存在せず、何も発生しなかった。

 

 拍子抜けすること甚だしいが、のんびりとはしていられない。行軍隊列を整え、第一〇二四哨戒隊はビフレスト星系内部へと進んでいく。A一Ⅴ型の恒星ビフレストの周囲は小惑星帯によって覆われており航行にも支障が出るほどだが、小惑星の間隔はそれなりに広いので回廊のようなものも存在しない。

 

「偽装艦隊を出しますか?」

 ドールトンが階下の戦闘艦橋にいるレーヌ中尉を見下ろしながら呟くが、俺は小さく首を振る。

 ここはほぼ敵地。すでにグリーマ星系でのペテンについて、帝国軍の哨戒隊から連絡が入っていると考えていい。増援の当てがない以上同じ方法で積極的に行動する状況ではないのは確かだ。

「いや、予定通りに行こう。このまま予定進路を第一警戒態勢・第二巡航速度」

 

 星系の小惑星帯上辺部を一周。何もなければ約七二時間の哨戒巡航。そのタイミングでビフレスト星系を離脱すれば、グリーマ星系に戻るタイミングで別の哨戒隊と入れ違いになる。その哨戒隊がグリーマ星系からどこへ向かうか、どこの基地所属かまでは分からないが、三対一より三対二の方が数段マシ。

 

「しかし伏兵を置くには最適な星系ですわね」

 

 なんの脈略もないただの感想といったドールトンの呟きに、俺は思わずメインスクリーンを眺めるドールトンのシャープな横顔を見上げた。ここは既にアルレスハイム星域に属する。戦艦よりも大きな小惑星が、戦闘行動をある程度確保できるだけの空隙をもって公転している。制式艦隊は流石に難しいが、高速機動集団以下の戦力を伏せて置いて、敵進路を妨害・遅滞させることには絶好の場所だ。そして今年は七九二年。

 

「しまった」

 

 与えられた任務は偵察哨戒故に、敵地における偵察網の構築を行動構想には入れていなかった。辺境の哨戒隊が偵察衛星のような大物を用意するには、辺境方面軍司令部にお伺いを立てる必要はあるし、そもそも哨戒隊が検討すべきレベルの話ではない。だが可能性に気付いていながら上申を怠ったのは、参謀将校としては失格だ。

 

 勿論原作通りに艦隊規模の帝国軍がアルレスハイム星域で同盟軍を待ち受けているとは限らない。カイザーリング艦隊の敗因は、気化したサイオキシン麻薬により艦隊の一部が暴走したからだ。辺境における麻薬汚染の現状からそうなる可能性は高い。無人哨戒網を用意できれば、さらに効率的に迎撃できるだろう。

 だが同時に俺が無人哨戒網を構築したら、それに気付いたカイザーリングによって逆手に取られるのではないか。逆に完璧な奇襲を仕掛けられるのではないか。

 

「隊司令?」

 俺の舌打ちに気が付いたドールトンが、いつもより僅かに目を見開いて俺を見つめてくる。何か自分が間違ったことでも言ったのか、探りを入れている視線だ。その視線に、上官が逡巡している様子を映すのは、大変よろしくない。逡巡よりは即決。

「アダムス艦長に連絡を。大至急」

「分かりました」

 ドールトンが長身を翻し、少し離れた位置にある司令部専用通信回線を開く。二〇秒後、俺の座るシートの前の小画面に、アダムス艦長の渋い顔が映る。

「ご注文を承りますが……出来ることと出来ないことがあることをご承知ください」

「分かっている。後日、本格的に再設計してもらうが、今は急ぎだ。三年物のウイスキーで聞いてくれるか?」

「今後の発注状況を想像するにアル中になりそうなので酒は結構ですよ。ご要望は何でしょう?」

「『仕掛け花火』を作ってほしい。使い捨てのジョークグッズに近いものだ」

「ほう……詳しく、説明していただきたい」

 好奇心が刺激されたのか、それとも単にムカついたのか。アダムス艦長の厚めの唇が奇妙な方向に歪む。夜中に歓楽街で出くわしたら、間違いなく警察に通報する類の笑みだ。

「シツカワ中佐殿からのお小言を考えると、私は冷静でいられそうにないので」

 

 そんな心温まる交流の後、アダムス艦長は三時間で試作図を作り、二時間で試作品を作り上げ、合計一二時間で三ダースの製品を作り上げた。その間にもシツカワ中佐からの遠回しな抗議や、戦艦と工作艦と給兵艦の間を動き回るシャトルに不審を抱いたチェ=シウ中佐からの問い合わせに対応しつつ、受け取った『仕掛け花火』を戦艦ディスターバンスの内火艇で、オリバ曹長の小機関工作班が指定された宙域の目立った小惑星に仕掛けていく。

 

「どうもちぐはぐしていると思いませんかい?」

 偵察哨戒ではまったく成果の上がらない状況下で、のんびり一二個目の『仕掛け花火』を設置するために小惑星近辺で停泊している中、俺の隣に立ってオリバ曹長の作業を画面で見ていたビューフォートは、こっそりと呟いた。

「帝国軍の哨戒態勢のことか?」

「例の薬のせいと言えば簡単ですがね……最前線に大型偵察衛星を設置できる手際の良さと、その一つ後ろの星系の無防備さ。狂乱的な戦闘行動と、味方を犠牲にしても敵を倒そうとする冷徹さ。まるで相反する二つの司令部が同じ領域に存在するような奇妙さですよ」

「相反する二つの司令部……」

 

 考えやすいのは貴族と平民という帝国内部における階層対立。あるいは門閥貴族間の対立。俺もエル=ファシル奪回作戦では、皇族と門閥貴族の隙間を狙った。しかし辺境防衛を担当する司令部ポストなど、帝国貴族にとってみれば、労に比して地位も名誉も大して旨味のないものだが……そこに利権が存在すれば話は別だ。

 辺境領域内のどこか。恐らくは同盟領域内にサイオキシン麻薬の製造工場がある。沖流しか手渡しか、とにかく同盟軍の手を介して帝国軍内部に渡る。帝国軍の辺境防衛司令部の何処か上位に取り纏めている者がいる。カイザーリング艦隊におけるバーゼル少将のような将官クラス。恐らくは補給・後方支援部門の担当者。彼らは実戦部隊に直接的な権限はないから、実際に哨戒隊を率いる指揮官とは直接担当者以外に面識は薄い。故に汚染度合いによって各哨戒隊の行動に差異が出てくる。

 哨戒隊内の補給部隊にも薬物の存在を知らせないで『モノだけ』預からせ、各艦に潜む関係者がそれを適時調達・分配する形ではないだろうか。

 

 同盟軍も帝国軍もその取引に乗っているとはいえ、誰が最初に取引の仲介としての薬物を提示したのか。生産されている個所は最前線ではない。輸送の利便性はあるものの特徴的な産物はなく、民間人口もそこそこの星系で、両軍の戦闘領域から若干遠い。フェザーンとのアクセスがある星域……つまりポレヴィト星域であり、そこには次の星域議会議員選挙で立候補が予定されている、バリトンの伸びる声をした若い男がいる。

 

「ビューフォート」

「なんです?」

「国防委員会と統合作戦本部情報部が主導して、秘密裏に帝国軍に対し薬物を利用した浸透破壊作戦を講じていると思うか?」

 

 俺の問いにビューフォートが、瞬時に『おまえバカじゃねぇか』と言わんばかりの嘲笑を浮かべようとしたが、今までの状況を頭の中で整理したのか、一分ばかり視線を床に向けた後で応えてくる。

 

「……さすがにそれは荒唐無稽ってもんじゃないですかい?」

「理由は?」

「辺境で試しているっていう点です。隊司令がブタ共に襲われるくらい規律のないところに、高度な情報統制と精密な運用を必要とする浸透作戦を講じるのは不可能でしょう」

「なるほど」

 確かにビューフォートの言う通りではある。流している薬物が『内側に』漏れれば、辺境防衛機能が逆に損なわれかねない。そもそもそこまで辺境に深い関心を国防委員会も統合作戦本部も抱いていない。関心があるならまずは兵力増強や補給物資搬入量の増大を行うはず。

 だがそう応えたビューフォート自身が、顎に手を当てて首を傾げつつ、引き攣った微笑を浮かべながら言葉を続ける。

「ウチの哨戒隊がそれに加わっているっていうんなら、一割くらい信じてもいいですがね」

「さすがにそこまで俺は鉄面皮じゃないぞ?」

「いやいや隊司令ご自身が作戦に加わっているって言ってるんじゃないです。隊司令が最終的に『帝国の辺境を一掃する』役目を果たす羽目になる、です」

「……」

 

 誰かが計画している作戦のピースとして、内容も聞かされずに使われた経験はある。機密の維持が勝敗を分ける軍隊としてはよくあることだ。そして俺はレーヌ中尉やヴァーヴラ中尉と戦闘艦橋で話しているドールトンを見下ろす。

 

「隊司令。なにか、お心当たりでも?」

 

 同じように横に立って腕を組んで、ビューフォートが小声でささやく。可能性は高いが保証の限りではない。舞台に立たされているのは分かるが、どれだけの人間が企みに関与しているのかはっきりしない。だが演出家のうち二人には心当たりが付いた。双方とも望む意図は異なると思われるが、たぶん八割方は味方であることも。

 

「どうにかして基地に傍受されないハイネセンとの連絡線が欲しいところだな」

「そいつも結構ですが、まずは帰り道の心配をしましょうや」

 腕時計とメインスクリーンの端に映る哨戒航路図を見比べながら、ビューフォートは溜息交じりに呟いた。

「これだけ待ってもグリーマ星系からの跳躍宙域から何の反応もないってことは、間違いなく奴ら待ち構えて差し違えるつもりですぜ」

 

 そうだったなと、俺も同じように天井を見上げて大きく溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 宇宙暦七九二年二月七日。ビフレスト星系を七二時間の哨戒と追加で四八時間の設置作業で終えた第一〇二四哨戒隊は、再びグリーマ星系へと跳躍を果たす。

 

 咄嗟戦闘に備え、現界した各艦は速やかに中性子弾幕を構築。手近の艦と分隊を問わず整列し、艦首砲塔を恒星グリーマ方向に並べた。同時に戦艦第一分隊のみパッシブセンサーを最大感度にして有効射程内の索敵を行う。ただし第七分隊は同時に後進一杯をかけて被弾回避を最優先に行動する。

 

 全艦が現界して僅か一〇分。ほぼ死の時間と言って差し支えない時間を第一〇二四哨戒隊は損害なしで潜り抜け、分隊ごとの整列を開始。フォーメーションA(通常の立体戦闘陣形)になるまでにさらに五分三〇秒。現界時に部隊先頭にあった戦艦グアダコルテの重力波探知装置が、急速に接近する反応を検知した。方位一一時四〇分、仰角マイナス三度。数は三四。

 

「左右後方に索敵機を出しますか?」

 

 ビューフォートが俺の代わりに戦闘配置指示を出している横でドールトンが囁きかける。識別信号を発しない正面の部隊は間違いなく帝国軍。跳躍宙域近辺でこちらを受動的な心理状態に置き、交戦と同時に別の部隊がどこからか押し寄せ、包囲戦を仕掛けようとしているのは間違いない。

 しかし索敵に出たスパルタニアンは間違いなく未帰還機となる。搭載しているスパルタニアンは通常型ばかりで、長距離索敵型ではない。戦闘能力はともかく航続距離も索敵能力も通信能力も劣る。正確な情報を得るのは最優先だが、数的不利な状況下で貴重な部下を掛け捨てにはとてもできない。

 

「急戦一択だ。第一〇二四哨戒隊全艦、長距離砲雷撃戦。進路一一四〇。行軍最大戦速で前進しつつ右斜陣形。フォーメーションC。先頭より第三、第四、第二、第一分隊。二列目に第五、第六、第七。至急」

「一〇二四、対艦戦闘用意! 長距離砲雷撃戦。進路一一四〇。最大戦速。フォーメーションC。一列第三、第四、第二、第一。二列第五、第六、第七。至急!」

 

 ドールトンの復唱がマイクを通し戦闘艦橋より反響してくる。初陣の時よりも落ち着いた声に、俺は無意識に頷く。命令から五分かからず哨戒隊は整然と陣形を変更する。

 

「敵味方識別信号に応答なし。挑戦信号、受信。同時に降伏勧告信号も発せられております!」

 指揮官席のスピーカーからとほんのコンマ秒遅れで直接聞こえてくるオペレーターの報告に、顔に諦めの文字が書いてあるドールトンと、戦意満面の笑顔を寄こすビューフォートを交互に見る。

「返信、なさいますか?」

 

 こちらが陣形を変更していることは観測しているのに、挑戦信号と降伏勧告信号の両方を送ってくるということは何らかの回答を求めている。お前らには勝ち目はない、知りたい情報(つまりイゼルローン要塞攻略戦他)があるから、負けた後でもいいから降伏しろよ。言ったからな、死んでもお前の責任だぞ?―ということだ。こちらを舐めているにも程がある。ならば回答は一つしかない。

 

「『バカめ』だ」

「……は?」

「『バカめ』だ。そう返信しろ」

「……本当にそれでいいんですね?」

「いいとも。隊司令になってから、一度言ってみたかったんだ」

 

 俺の回答にドールトンが呆れ顔で大きな溜息をついてからオペレーターに伝えると、数秒遅れてスピーカー越しに『了解』と返ってくる。そして一分経たずして、前方の部隊は速度を上げて迫ってきた。戦速の異なる艦艇ごとに少しずつ陣形を乱して……

 

「第一分隊、レールガン発射用意。目標敵最左翼部隊、ポイントⅩプラス三.八、Yプラス六.〇、Zマイナス〇.〇八 最大速度投射 散布角度プラスマイナス〇.〇五度 発射弾数一〇。 第二から第四。同目標、各分隊各個目標集中砲火。撃て(ファイヤー)」

 

 俺の回答をドールトンは頭の中で考えながら落ち着いたテンポでオペレーターへ。そしてオペレーターから各艦へ。戦艦ディスターバンスの両舷から順々に光の槍が一〇本ずつ放たれ、それに合わせて巡航艦分隊が右へ横滑りしながら有効射程に入りつつある敵最左翼部隊に最大射程で砲撃を始める。

 

 レールガンは電磁投射装置から圧倒的な速度で放たれる実体弾で、障害物がなければ射程はほぼ無限。ただし航路安全性の問題から一定時間飛翔したら、弾体が勝手に自爆するシステムが備えられている。当たればビームや光子砲にはない膨大な運動エネルギーにより容易に戦艦の装甲ですら破壊できるが、中性子ミサイルなどと違って精密な誘導は出来ない。しかも重力場などの空間異常があれば容易に弾道が変化してしまう。

 こういうと実に使いづらい兵器なのだが、現在の戦闘宙域は重力地場もなく極めて安定しており、こちらの巡航艦分隊に気を取られ左旋回した敵最左翼の分隊は、その船腹を密集させつつレールガンの射線に対して垂直に晒している状態だ。最大戦速から急に停止することができず、五隻のうち四隻がたちまち撃沈、行動不能に陥る。

 

「第一分隊、ポイントⅩマイナス一.八、Yプラス〇.六、Zプラスマイナス〇へ移動。横隊維持のまま、敵の先頭集団に向けて砲撃。目標、先頭艦」

 

 たちまち一分隊を蒸発させた強烈な右フックに、速度を落とせない敵は攻撃を躱そうと、戦列を右へ右へと崩しながらも前進してくる。それに対し第一分隊は速度を落とし、ゆっくりと右斜めに角度を付けつつ左へ移動、他の分隊と距離を取る。敵から見れば一〇時から一一時の方角にぽっかりと穴が開いたように空間が開いた感じだろう。

 

 これを敵の指揮官は勢いに任せて敵(第一〇二四哨戒隊)を分断するチャンスと捉えた。速度を落とすことなくその空間に対し、足の速い巡航艦や駆逐艦を先頭に砲撃しながら殺到してくる。左旋回を維持し、こちらの右翼部隊(第二~第七分隊)の背中に回り込もうという考えだ。意図は悪くない。だが挑発に乗った勢いと速度差により分隊戦列は自然と縦長になっており……

 

「第一分隊、右舷四五度、一斉回頭。ミサイル、方位〇一三〇 仰角〇、距離〇.八五」

「VLS一番から四番。目標指示、ポイントⅩプラス〇.六、Yプラス〇.六、Zプラスマイナス〇。中性子ミサイル一斉射、発射弾数四。着発作動。発射用意……発射はじめ!」

 

 俺が言い方を変え、それを復唱するドールトンに、階下にいるレーヌ中尉が『翻訳』してすぐさま指示を下す。若干の振動と共に発射された第一分隊の中性子ミサイルは、先頭集団の右後方から追尾する形で襲い掛かる。

 

「第五分隊よりミサイル一斉発射を確認!」

 

 蹴躓いた敵先頭集団と後方の戦艦部隊の中間、敵戦列胴体部を構成する巡航艦部隊に対し、俺の命令を待つまでもなく第二分隊の後ろに隠れていた第五分隊が中性子ミサイルを一斉発射する。

 分隊旗艦であるミサイル艦ノーズワーズ二一三号は瞬時に六〇発以上の中性子ミサイルを発することができる。第一分隊からのミサイル攻撃が先頭集団に向かったのを見て、デコイやAMMを発射しようと右回頭を試みた胴体部の巡航艦は、第五分隊の攻撃を左側面にまともに浴びることになった。

 

 右フックでふらついた敵は、これで右肘と左脇腹に痛撃を浴びた。左からは継続的にジャブが浴びせられている。数的には右に戦艦五隻、左に巡航艦一二隻とミサイル艦一隻と駆逐艦七隻。敵は左旋回による半包囲を諦め、数的に優位となる右へ一斉回頭を試みる。つまり孤立する我々第一分隊を撃破し、そのまま逃走しようと考えた。

 

「ここが踏ん張りどころだ。第一分隊、左舷一二.五度回頭。砲撃、方位一一三〇 仰角〇、距離一.二 戦列左端の戦艦を狙え。斉射継続」

「アイ・アイ・サー。目標変更 敵戦艦 ポイントⅩマイナス〇.三、Yプラス〇.七、Zプラスマイナス〇 光子砲中距離モード最大出力 継続射撃 撃て!」

 

 ヴァーヴラ中尉もすぐに『翻訳』を済ませ、八本のビームが三回艦首から吐き出される。吐き出される最中も艦の両脇を敵戦艦の放ったビームが通過し、直後に展開した中性子弾幕を削り取っていく。あの一筋に真正面からぶつかればただでは済まないが、今は『それ』を考える余裕はない。

 

「方位一一五五。中性子ミサイル接近! 目標当艦! 弾数八」

 近接レーダー担当オペレーターの悲鳴に近い警告に、俺は艦長席に座っているビューフォートに一瞥を送り左手を二度振ると、ビューフォートは左手でOKサインを作って応える。

「左前方近接対空戦闘、CIC指示の目標。AMM発射はじめ!」

「了解。左弦AMM発射。目標敵中性子ミサイル。迎撃点左前方〇.九。CIWS射程外」

「アイ・アイ、AMM即応発射。発射弾数一〇」

 

 ビューフォートからモフェット砲雷長、砲雷長からレーヌ中尉へと指示が伝わり、中性子ミサイルやデコイよりもはるかに小さい鉛筆のようなミサイルが艦橋左脇から発射される。デコイよりも有効射程は短いものの、発射されれば艦のレーダーと連動して自律的に敵弾へ向かって行くので、誘導の手間がかからなくていい分外れることも多い。

 

「迎撃作動! ファ●ク! 三弾生存!」

「左舷側砲、CIWSモード。船体右三.五度、ヨー」

「右三.五度、ヨー。アイ・アイ」

 

 レーヌ中尉の罵声から、舌打ちの後のビューフォートの指示、そして落ち着いたルシェンテス航海長の応答に合わせて、戦艦ディスターバンスの船体が艦橋重心点を中心として右へゆっくり旋回する。こうすることで船体左にある舷側砲を接近する中性子ミサイルへ向けることができるが、あんまり大きな角度を付けると、被弾面積を広くすることになる。

 さらに艦首主砲の砲撃偏角には限りがあるので、飛んでくるミサイルの向きと周辺の戦闘状況と重力状況に合わせ、効率よく敵弾を迎撃できるような角度を瞬時に指示するのが、艦長の腕の見せどころであり……俺は全てビューフォートに任せていた。

 

「左舷側砲、CIWSモード。切り替え良し。砲雷長に迎撃戦闘指揮願う」

「了解。一〇番から一八番。CIC指示の目標。砲門、開け」

 

 艦首主砲の対艦戦闘指示に集中したいというヴァーヴラ中尉の願いに、モフェット砲雷長が応じて代わりに直接指揮を執る。艦艇を攻撃する通常の出力ではなく、間断なく射撃しても辛うじて砲口と砲身を傷めない程までに出力を絞って、五箇所の舷側砲がビームの『壁』を作る。艦を破壊できないほどの出力でも、装甲のないミサイルには十分有効だ。潜り込まれた二〇秒間。砲雷長の指示と砲手と機械の能力に艦の命運は委ねられ……経験と訓練と調整は三つの爆破閃光によって報われた。

 

「目標破壊。迎撃成功」

 モフェット砲雷長の報告に戦闘艦橋から歓声が沸き上がり、空気が一気に弛緩する。

「船体戻し。左三.五度、ヨー」

「左三.五度、ヨー。アイ・アイ」

 安堵の溜息をつきながら指示を出すビューフォートと、何事もなかったように応えるルシェンテス航海長を横目に、俺も安堵しつつ……猛烈に嫌な予感がして叫んだ。

「副長! 左五〇〇メートル、スリップ!」

「左五〇〇スリップ!」

「アイ・サー!」

 

 ルシェンテス航海長が大声でハンドルを操作し、艦が右舷にあるスラスターを全て全開にして動いた、まさにそのタイミングだった。六本の青白いビームが戦艦ディスターバンスの右舷至近距離を通過し、少し遅れて強烈な振動が襲い掛かってくる。司令艦橋に立っていた俺は右手で司令席のデスクに取り付けられた手摺を掴み、左腕で俺の脇を動く大きな物体を反射的に強く胸に抱え込んだ。

 ほぼ同時に艦橋の全ての電源がシャットダウン。さらに遅れて右舷のスクリーンの透過被覆がバラバラになって下の戦闘艦橋へと降り注ぎ、併せて不愉快なブザー音と共に幾人かの悲鳴や転倒音が聞こえてくる。

 

「非常電源切り替え! 応急対応急げ! 艦内各所、被害状況を艦橋に報告しろ!」

 

 艦橋内部の明かりが真っ赤に切り替わって直ぐ、ビューフォートの怒鳴り声が艦橋中に響き渡る。次第に破壊された右側面のスクリーン以外の画面が復旧し、戦闘艦橋にいる砲雷長と応急長が無事だったのか、中央メインスクリーンに艦内外のカメラ映像が小枠で映し出される。赤い照明下ではっきりとはわからないが、右舷上部の外面装甲に大きな傷跡が見える以外の被害は分からない。

 

「こちら機関室、人員機材異常なし!」

「操舵機器一部異常あるも戦闘航行可能。右舷三番から九番スラスター使用不能」

「艦首主砲異常なし! 砲撃可能」

「超光速通信装置、光パルス通信機材、異常なし。」

「艦首重力波レーダー・センサー集積部異常なし! 索敵可能」

「VLS・電磁投射管異常なし! 戦闘可能」

「左舷、人員機材異常なし! 戦闘可能」

「右舷、転倒と一部倒壊で三名負傷するも全要員意識あり。管理機材故障につき被害不明。応援求む」

「艦載機発令所・格納庫、人員機材、異常ありません!」

「環境維持設備、生活区、異常なし」

「医務室、異常なしじゃ」

 

「チッ。艦長!」

 今まで見たこともない怒りと焦りの混ざったビューフォートの顔が、俺を見た途端拍子抜けしたのか表情が崩れていく。具体的には俺の左胸あたりを見て……

「あ、あの隊司令……小官は、もう立てますので……」

 モゾモゾと動く『それ』からの声に顔を向ければ、そこにはドールトンが気恥ずかし気に立っていた。

「あぁ、それは良かった。じゃあ悪いが司令席の端末に異常がないか確認してくれ。それと他艦の状況確認を。報告はあとでいい」

「了解しました。隊司令」

 

 敬礼もそこそこに俺とビューフォートから急ぎ離れ、司令席の端末を再起動させていく。どうやら俺もドールトンにも怪我はないので、改めてビューフォートに向き合うと、果たしてビューフォートは頭を前に垂らし、額に手を当てて小さく首を振っている。

 

「右舷戦闘および外部装甲・機材補修はひとまず後でいい。医療班と応急班を向かわせろ。手が足りないならマーフォバーの陸戦要員も使え、でいいか?」

「結構です。了解いたしました。艦長」

「まだ何かあるか? 副長」

 おざなりの敬礼をし、トボトボと肩を落として艦長席に戻っていくビューフォートの背中に声をかけると、まさに意気消沈といった顔だけ振り返った。

「とりあえず三つばかり。まず旗艦変更いたしますか? 現在当艦は右舷戦闘がほぼ不可能な状態ですが」

「航行・通信・索敵機能に異常がないのなら、変更する必要はない」

 

 非常動力から通常動力に再度切り替わり、明るくなった艦橋のメインスクリーンの左から右へ、八隻以下まで打ち減らされた帝国軍が急速に戦闘宙域から離脱を図っている。慣性で移動しているディスターバンスも含めた第一分隊は、右横移動する他の分隊と合流を果たし、逃走する敵の後背をさらに叩いている状態だ。戦艦ディスターバンスが無理して追撃戦に参加する必要性もない。

 

「二つめですが、艦長の直接指揮、お見事でした。寸前に夾叉砲撃されていたにもかかわらず、ただ漫然と復位指示したのは明らかに小官の油断です。事前にあれだけ大口叩いていながら申し訳ございません」

「艦長は私で、その責務を貴官に押し付けていたのも私だ。故に貴官が謝る必要を私は認めない」

 

 実際にこれまで艦長経験の全くない俺だ。各部署の統括管理もビューフォートの知見がなければ、俺は何もできないお飾り艦長に過ぎない。哨戒隊の指揮に集中できるのもビューフォートがいるおかげ。油断と言えば油断だが、責める権利など端から俺にはない。

 

「で、あと一つは何だ?」

「非常照明下で盛り上がっちゃうのは分かるんですが、そういうのは戦闘が終わってからでいいですか?」

「そういうつもりじゃなかったんだが善処するよ」

「頼むから落ち込んでる部下のつまんねぇ冗談に、クソ真面目に答えんでくださいや、艦長……」

 

 そう言うと余計に肩を落としてビューフォートは今度こそ艦長席へと戻っていく。俺も追撃戦の中止と哨戒隊の再編を命じる為に司令席に戻ると、各艦からの報告をドールトンが纏めてくれていた。

 

「戦艦一中破、二小破。巡航艦二中破、五小破。駆逐艦二小破。支援艦に被害なし。いずれの艦も自力航行・跳躍航行能力、支障ありません」

「戦艦一はディスターバンスだな。巡航艦二中破の内訳は?」

「第三分隊アスビー三一号が左舷側に被弾。後部メインスラスターの大半を喪失。第四分隊ヒバコア一二六号が艦首にレールガンの直撃を受け主砲が戦闘できません」

「ディアサウンド九九号にアスビー三一号、ヒバコア一二六号の順で、航行修繕を。ディスターバンスはその後だ」

「手配します。敵兵の救助はいかがいたしますか?」

「今回はしない。ただビーコンを一つ、置いていくようシャスタ三三号に伝えてくれ」

 

 本当はサンプルを確保したいが、他の敵が迫っている以上、長居は無用。単純計算で三時間後には戦域に到着する。上手く脱出ポッドで逃げられていれば、救助される可能性は十分高いだろう。そこまでする必要はないのだが、ビーコンと生存者を無視して追撃してくるかどうか、敵の士気も含めて識別したい。

 

「各艦はそれぞれ最初に提示した航路に復帰。第二哨戒序列で基地へ向けて移動を開始せよ、そう伝えてくれ」

「かしこまりました」

 

 冷静沈着、先ほどの混乱などなかったかのようなドールトンの完璧な敬礼に、俺は何か言いたい気分になったが、悪い例が先ほどあったばかりなので素直に答礼して、司令席に腰掛けるとリクライニングして大きく溜息をつく。

 右側のスクリーンは完全に液晶面も粉砕されて構造体が露出している。ディスターバンス内部では分からないが、恐らく戦死者も出ているだろう。ほぼ同数の敵と戦い撃沈艦がなかったのは僥倖だが、もっと上手い手があったのではないかと、どうしても考えてしまう。

 

「いずれ負けることもある。そう考えれば、マシ、と思うしかないのかな」

 

 二〇時間後。戦艦ディスターバンスは工作艦ディアサウンド九九号の『股下』に入り込んで、航行しながらの補修作業に入った。工作艦の再調査によって、右舷砲塔五門、スラスター七箇所、第二星間物質取込口が完全に破壊され、外板装甲も縦二〇メートル横一五〇メートルほどが削られ、断熱材も一部露出していることが判明した。

 

「これだけの被害でよく戦死者が出なかったものです。奇跡ですよ。まさに隊司令の功徳の賜物でしょう」

 わざわざ報告するために移乗してきたアダムス艦長が微妙な笑みを浮かべてそう言うが、その横に立つビューフォートの顔は険しい。

「隊司令。お世辞で気を許しちゃいけませんぜ。こいつ生意気にもディスターバンスの外板を塗る塗料がないって言いにきやがったんです」

「正確には識別色のトップコートが足りないということですな。耐放射線・耐熱の基礎塗料と赤のベース塗料は十分あります。どうもトップだけ戦艦ディスターバンスには在庫がないと伺いまして」

「外板格納庫に入れておいたんだよ。見事に全部潰れてお釈迦になっただけだ」

「そんなところに入れて置くのは感心しませんなぁ。副長の物資管理体制に問題があるのでは?」

 

 片や旗艦の副長、片や工作艦の艦長。同じ少佐で、年齢も同じ。戦闘指揮ではビューフォートが先任だが、編制上ではアダムス艦長のほうが先任という微妙な関係だが、憎まれ口の叩き方と言い、嫌味の言い方と言い、距離感と言い、どこかの空戦隊の二人によく似ている。恐らく、というか間違いなく同期なのだろう。

 

「管理体制の問題は私の責任だ。申し訳ない」

「いいえ。艦長のご期待に沿えないダニー(ダニエル)の責任です」

「おい、ジョー(ジョージ)。てめぇ」

「わかった、わかった。二人の仲がいいことはわかったから」

 

 俺が両手を開いて二人を抑えると、改めてアダムス艦長に向き直って聞いた。

 

「とりあえず外板装甲の補修とスラスターの補修はできるのか?」

「在庫があるのでできます。ただ識別色が足りないので、他所の艦から譲ってもらうか、基地に戻ってからトップだけ再塗装が必要になります」

「それまで赤いままだと?」

「そうなりますね」

 申し訳なさそうに見えてそうでもない、現状を楽しんでいる節さえあるアダムス艦長に、腕を組んだまま吐き捨てるようにビューフォートが応じる。

「旗艦の右肩が赤いなんて、実にみっともねぇ話です。インプレグナブルかアーケイディアに供出させますよ。艦長。シャトルの使用許可を願います」

「そこまでしなくてもいいさ。とりあえず基礎塗料を厚塗りしておいてくれ。それで機能的に問題はないだろう、アダムス艦長?」

「運用上問題はありません」

「じゃあ、そうしてくれ。右肩の赤い戦艦がこの世界に一隻ぐらいあっても問題ないさ」

「わかりました。じゃあそういうことで、ビューフォート副長殿」

「あぁ、とっとと帰れジョー。ちゃんと直せよ」

 

 追い出すように手を振るビューフォートにバカ丁寧な敬礼をして、アダムス艦長は中央エレベータで艦へと戻っていった。エレベータの昇降音が聞こえなくなると、含み笑いが耳に流れ込んでくる。俺ではないし当然ビューフォートでもない。

「いえ……すみません。お二人を見てるとなんだか面白くて」

そう言うと大型端末で唇を隠しながら、ドールトンは戦闘艦橋へ続く階段を下りていくのだった。

 

 

 それから一〇日かけて第五四補給基地に戻ってきた第一〇二四哨戒隊は全艦、規定通り一週間のドック入りとなった。サトミ船渠長と直接会うことはなかったが、彼の部下達は表面上問題なく艦の損傷チェックを乗組員と行っている。

 その風景を俺はビューフォートと一緒に第一ドック展望室から端末を望遠モードにして眺めていたが、特段補修の必要のない戦艦や巡航艦からも安全帯と作業着を着た乗組員がワラワラと甲板に上がっていき、いきなり何かを艦に塗り始めた。船渠要員もその行動に困惑して、呆然と見つめている。

 

「何やってんの、あいつら?」

 

 俺が横に立つビューフォートに問うと、皮肉っぽく右口を吊り上げつつ肩をすくめて応えた。

 

「右肩の赤い哨戒隊が、この世界に一つぐらいあっても問題ないってことだと思いますぜ、隊司令殿」

 




2026.01.25 更新
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