ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

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いつも通り遅くなって申し訳ございません。

本当に体力とか精神力とかの問題だけじゃなく、年齢を重ねる毎に構想力の低下が著しいことを痛感してます。

帝国側に新しい英雄の登場が予感される作品が投稿され、銀英伝二次創作小説も再度隆興する兆しがあります。
Jr.も長く続く先達の切り開いた道を守り、そして続く後輩に恥じないような作品を作ることに尽力したいと思います。


第122話 勝利への道

 

 宇宙暦七九二年二月末 第三辺境管区

 

 前回の哨戒より帰投して一週間のドック入り後、燃料と食料を補給の上、第一〇二四哨戒隊は予定通り四回目の哨戒活動に出動することになった。

 

 次に第三辺境方面軍管区司令部から指示された哨戒コースは『I』。Aからアルファベット順に遭遇確率と危険度が上がるので任務の危険度は前回よりさらに増したことになる。その上さらに前回同様、折り返し星系より一星系進んでの哨戒任務も加わっている。

 

 原作通りで行けば、近々アルレスハイム星域においてカイザーリンク中将の艦隊と、同盟の艦隊が戦うことになる。前回の出動でビフレスト星系に『仕掛け花火』を設置している。ドック入りの期間中、その改良をアダムス艦長に依頼していたのだが、そのアダムス艦長が至急俺と直接会って話したいと、出航して三日早々に告げてきた。

 

「先手を打たれました、隊司令。間に合わず申し訳ございません」

 

 艦長室で小さく頭を下げるアダムス艦長の顔は強張り、藍色の瞳がいつもより鋭く俺を射抜いてくる。その態度にいつもなら毒舌の一つは吐くビューフォードも何も言わず、ドールトンと共に俺の後ろに立っている。

 

「以前、分隊長呼集にて伝達された話ですが、どうやら間違いないかと」

「物証が出たということか?」

「こちらをご覧ください」

 

 アダムス艦長はそう言うと、わきに抱えていた四辺四〇センチほどの透明なビニールに包まれた白いレンガのようなものを机の上に置く。そしてビューフォートに作業録画の指示を、ドールトンに簡易紙マスクを持ってくるよう上司の俺を飛び越して指示を出した。二人の困惑とも不満ともとれる視線が俺に飛んでくるが、俺が小さく顎を動かすと二人は言われた通りに準備をする。

 

「換気を止めてください。念のため」

 

 シールタイプの紙マスクの奥からくぐもったアダムス艦長はそういうと、ビューフォートを手招きして撮影する場所を指差しながら、大声で話し始めた。

 

「循環水再生用高性能最終フィルターボックス 仕様書番号GGR-K九〇七八八五B 物品番号八七〇六-九七七-七六〇九-三 製造者番号〇九〇三一 納期〇七九一-八 品質N 納入管理保管番号〇二九〇八 二次管理保管番号九八五九-一七四八」

 

 宇宙船において、長期間航行における生活必需品の循環利用方法の多様化は、いつの時代も求められるもの。人間が生存するうえで必要な水の量は約三リットル。他にも生活用水として約一五〇リットル必要になる。入浴やトイレを制限・代替し、炊事等も極力水を使わないという訓練も行われるが、長期間航行で必要上やむをえない場合を除いて、平時と同じ分量の水が宇宙船には用意されている。

 

 跳躍能力を有する最小の戦闘艦艇は駆逐艦だが、それでも全長は二〇〇メートルある。第二次世界大戦の重巡洋艦か戦艦クラスの大きさで、乗員定数一六四名(実質七〇名前後)だからだいぶ余裕があるように見えるが、宇宙空間に空気はないし海水もないし、何より一定重力がない。生活環境自体を整える巨大な機器設備が必要となる。

 

 客船のように軽装甲軽武装であればまた話は変わってくるが、軍艦は他にも兵器や補助備品も搭載しなければならないから、次第と使えるスペースは少なくなる。そしていざ戦闘となれば定数以上の乗員を搭載することもあるし、破壊されることも考えれば、飲用可能なまでに排水を濾過・消毒できるシステムが戦闘艦艇に搭載するのは至極当然のこと。  

 その中で高性能最終フィルターはオゾン接触と生物活性炭吸着処理後の急速濾過に使用される。漏洩事故の防止や配管の長期保持、補給物資品目削減の為、塩素の使用が制限される故に必須とされる消耗品だ。

 

 アダムス艦長は技術将校らしくマルチツールの小さなナイフで真空梱包を切り裂き、器用にフィルターの一部だけを露出させる。そしてポケットの中から検出キットを取り出して、試薬をそのままフィルターに振りかけた。直ぐに試薬がしみ込んだ部分が青紫色に変色していくのを確認すると、頑丈なダクトテーブで切り裂いた部分に封をする。これは明らかにサイオキシン麻薬がそこに存在するという証拠。

 

「当艦の乗員一名が出航直後に体調不良で医務室に『収監』されました。船務分隊の下士官で生活環境機構の各種フィルターの取り扱いも担当しておりました」

 フィルターをさらに別のビニール袋で覆ってから、自らマスクを取り外すアダムス艦長の声は重く、そして峻厳だ。

「下士官が若い女性ということでストレスが原因だろうと思っていたのですが、体がふらつき言動もおかしくさらに呼吸も荒いということで、軍医が感染症の罹患を疑って血液検査を行い、ついでだからと薬物検査も試してみたらご覧の通りの反応です」

「下士官の容体はどうだ?」

「今のところ安定しております。離脱症状もほとんど出ていません。何もない壁に向かって両手を組んで跪き、キラキラした眼差しで『隊司令は神様で、常に我々に気高き試練をお与えになります』って言うくらいです」

「素晴らしい。実に正直で結構じゃないか。ご褒美に軍医が良いと言うまで医務室から絶対に出すなよ」

「むろん承知しております」

 

 冗談に聞こえるが冗談ではない。内心の暴露と個人神格化の混濁は、興奮・幻覚症状の第一段階。推測ではあるが、呼吸器系が比較的弱く薬物耐性の弱い体質の人間が、高濃度の薬物に少量とはいえ複数回曝露した。意識して摂取したわけではないから、抵抗も出来ずストレートに反応が出たのだろう。運がいいというのは女性下士官にとって酷な話だ。しかし……

 

「このフィルターがディアサウンド九九号に納入されたのはいつだ?」

「二回目の帰投時です。一ケ月前になります」

「ビューフォート」

「マーフォバーと直ぐに調べます。ドールトン、ここは貴様に任せる」

 

 敬礼もおざなりに戦闘時よりも緊張した顔で飛び出していく。一ヶ月前。つまり白兵戦競技会をやっていた頃に搬入されたわけだ。フィルターの交換に携わっていた者以外は直接的な摂取ではないだろうが、フィルターから溶解したしたサイオキシン麻薬入りの水を生活用水として使用していたとなれば、すでに俺を含めた哨戒隊全員が微細に汚染していると考えて間違いない。そもそも水質検査に麻薬などという項目はないのだから検知のしようがない。

 

 今回、反応が出たので原因が分かったが、こうやって哨戒隊全体をじっくりと汚染していく。そして将兵の反応がおかしいと気が付いたころには薬中哨戒隊の出来上がりだ。ただ……

 

「消耗品については第三辺境方面軍管区補給部が調達・管理している。となると真空包装と開封タグ管理している軍管区補給部がやったことになるが……」

「第五四補給基地の船渠部は帝国軍の中性子ミサイルを改造して使用する技術レベルを有してますぞ。製品の密閉・開封タグの密造などお手の物でしょう。これは同日納入されたフィルターなので、確率が高いと思って持ってきたわけですが」

 そう言ってアダムス艦長は持っているフィルターをひっくり返すと、端っこに同じように小さく染色跡が残っているのが分かる。恐らく注射器か何かで試薬を押し込んだのだろう。

「となると空気清浄フィルターも同じことが言えるな」

「敵の能力もさることながら、陰湿さと容赦のなさが問題です」

 

 推測ではあるが一番接触回数の多い船務下士官で症状が現れるまでに一か月かかったということは、麻薬を塗布しているフィルターの数はそう多くない。フィルターボックスに規定通り一六個のフィルターが入っていたら、そのうちの一個か二個。

 

 全てを一度に汚染させることができれば、麻薬汚染された部隊は日をおかずして戦えなくなり壊滅する。そうしなかったのは中央に気が付かせないように、それでいて攻撃対象の首を真綿でゆっくりと時間をかけて絞めるように。気が付かれても容易に手を出せないようにするためだ。アダムス艦長の言う通り実に陰険極まりない。

 

 オブラックは後方支援科出身で小艦隊の補給参謀も経験している。故に製品ルートの隙をつく方法も良く知っているだろう。そこにサトミ大佐の技術力が加わる。六年間同じ場所で勤務していて、俺を襲わせた連中を回収に動くくらい両者の協調関係は深い。

 仮にこの証拠品を基地警備部に提出したとしても、現時点で副司令官代理として警備部を統括するオブラックが納入ルートから揉み消す。そうやって自分達の権威を維持し、やもすれば対抗勢力となりうる哨戒隊側を支配しようとしている。

 

「中央に報告すべきです。このままですと内と外の敵に部隊は継戦能力を低下させ、将兵の肉体も精神も消耗してしまいます」

「分かっている」

 

 中央への超光速通信は空間静止衛星を中継する以上、どうしても集約点の第五四補給基地を通らざるを得ない。辺境における部隊の状況確認を行う専門の傍受班も常駐しているから、傍受の可能性は極めて高い。郵便物も同様だ。むしろ第一〇二四哨戒隊発の郵便物を丸ごと辺境航路のどこかに投棄することも考えられる。

 希望の可能性があるのは別の補給基地に所属する哨戒隊との情報交換時に依頼することだが、その相手も相手の補給基地も同様に汚染されていれば、藪蛇を突くだけになる。渡す相手の信用が問題だ。

 

「ただ艦長も理解しているだろうが、現在どの哨戒隊も通常よりも広範囲の哨戒行動を命じられている」

 それは大規模軍事作戦の予兆であることはアダムス艦長もすぐに理解する。同時にこの事態に即座に対応する手段がないことも、だ。

「とりあえずはハイネセンから持ってきた各艦の在庫に全部交換するしかありませんな」

「ユミカワ中佐に再計算させよう。それまでは在庫のフィルターで行く。空気フィルターもだ。それと例の『機械』を早急に、できればこの哨戒活動中に全艦に設置してほしい」

「隊司令に余計なご心配をおかけして申し訳ございません。技術で対処できる限りでは対処します」

「アダムス艦長。むしろ謝るのは私の方だ。元はといえばオブラックと私の因縁。それに加担する者がいて、結果として部下達を危機にさらしている」

 深く頭を下げるアダムス艦長の姿を見て、俺の右拳と奥歯に自然と力がこもる。

 

「先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。しかも俺個人ではなく、哨戒隊全体を巻き添えにしやがった。このままでは済まさない。必ず根こそぎ柱に吊るしてやる」

 

 言ってる自分でも聞いたことのない殺気に溢れた声が喉を通る。表情を作るつもりはなかったが、顔の皮膚が引き攣るのを感じる。そんな俺の顔を見たのか、顔を上げてから敬礼するアダムス艦長の手は震え、目には恐怖の色が浮かんでいる。

 

 そのアダムス艦長が扉の向こうに消えて数十秒。重い沈黙を切り裂くように、俺の左後ろからドールトンが呼び掛けてくる。椅子を回して振り向くとその目は細く鋭く、俺ではなく扉の方を睨みつけている。

 

「隊司令。情報を『抜き取って』くるご許可を頂けますでしょうか?」

 

 情報士官としての教育を恐らく受けていないドールトンが、『誰から』『どうやって』情報を抜き取ってくるのか。できるできないはともかく、方法が容易に想像できるだけにその考え違いは糾さなくてはならない。

 

「許可などするものか。ここに到着した時に言ったはずだぞ、イブリン=ドールトン中尉。もう忘れたのか?」

「しかし、このままでは」

「貴様、俺をミシェル=オブラック以下のクズにしたいのか?」

 

 フェザーンでさんざん俺自身がやっていた事なのに、それ知らないドールトンには正義面で叱咤する。胸の奥で盛大に自分へ悪態をつきつつ俺は椅子から立ち上がって、厚い唇を噛みしめて目を瞑るドールトンの右肩を軽く二度叩くと、掌を通してドールトンの体から緊張と恐怖と困惑が感じ取れる。

 

「貴官の任務と部隊に対する献身には敬意を表すが、『そういうこと』を私は指揮官として貴官には望んでいない。頼むからそれだけは肝に銘じてくれ」

 

 そう告げるとドールトンは、何も答えることなく頭を前に垂れるのだった。

 

 

 

 

 宇宙暦七九二年三月二日。

 

 全分隊指揮官会議で「リコールがかかった」フィルターの総入れ替えと、乗員の中毒状況確認を極秘裏に行うよう指示するという応急対応の中、何度か帝国側の哨戒隊とすれ違いつつも交戦することもなく第一〇二四哨戒隊は、Iコースの折り返し宙域である星系から一つ先になるニンギルス星系へと足を踏み入れた。

 

 この星系は第三辺境星域管区の中でも有数の危険宙域として知られている。星系を構成する恒星が三つある多重星系で、重力場が星系全体で周期的にかつ大規模に変動する極めて異質な宙域だ。主星ニンギルスAは恒星としての寿命が見えてきた巨大なK型赤色巨星で、その周囲をニンギルスBaとニンギルスBbの二つの恒星で構成されるコンパクトな伴星系が公転している。

 

 寿命がたんまり残っていて重力的に安定した主星であれば、ちょっと珍しいが一般的な星系で済んでいたところだろうが、この死に損ないの主星は律儀にも一定の周期で表層爆発を発生させることで強烈な恒星風を吹きおこし、それが公転する伴星系にとらわれて星系内に生み出された高エネルギー流帯が、三つの星から光を浴びて虹のように発光するという実に珍妙な天体現象が見られる星系となっている。

 

 これが平和な時代であれば、人類社会でも有数の天体観光名所として多くの人を集めることができたはずだ。主星から伴星系公転軌道へと枝分かれして延びる虹の橋は、何とも幻想的な小銀河を思わせ、遠くから眺めるカップルの愛を深めるのに十分な天然の映像美だろう。

 

 だが残念なことに、この虹は強烈な電磁波と高熱と重力線の嵐の構成物であり、現在は戦時で、この星系は二つの対立する国家の前哨線に位置しているという悲惨な立地にある。来訪するのは優雅な観光客船ではなく無骨な戦闘艦で、愛を確かめる為ではなく殺し合いをする為に人が集まってくる。修辞的な意味で虹の橋を渡ることになるわけだ。

 

「星系側からの指向性重力波探知、確認されません」

「跳躍宙域周囲に敵影なし。レーダーをパッシブからアクティブに変更します」

 

 観測オペレーターの言葉に、跳躍宙域に現界したばかりの艦橋のそこらかしこから小さな溜息が漏れる。これだけ複雑な重力場変動のある星系だから、アクティブに切り替えたところで正確な探知範囲は相当狭くなるものの、待ち伏せがないというだけで時間的な余裕は産まれる。

 

「『仕掛け花火』を設置しながら第三巡航速度で進む予定ですが……やはりこれほど重力的に不安定な星系に設置する意味はなさそうですね……」

 

 機雷の持つ近接起爆センサーをレーダー代わりに、いくつかの電子部品を組み込んで自動の敵味方識別信号判別プログラムを組み、ガワを整えた『仕掛け花火』。ドールトンの言う通り、恒星風が吹き荒れ定点固定できる小惑星もない以上、まともに設置できるのは重力場が比較的安定している跳躍宙域周辺しかない。

 

「航路を変更。プランB。星系内の安定宙域を通りつつ、四つある跳躍宙域の周辺に『仕掛け花火』を設置する。現時点でこの宙域にて投錨。第一分隊各艦工作班は軍事協約の規定通り跳躍宙域からの距離を保ち、双三角錐で囲むように設置」

「了解いたしました」

「それとドールトン中尉、加えてひとつ貴官に計算してほしいことがある。あの『虹の橋』なんだが」

 俺がメインスクリーンに映る恒星ニンギルスAから延びる虹の一本を指さすと、ドールトンも細い首を回して虹に視線を向ける。

「昔、不正規戦闘の教官から教わったことがある。あの手の虹に侵入するのはほぼ不可能だが、複数の磁力線の隙間に航行可能な空間が連続して作られることがある、と」

「……理論上はあり得ます。ですが艦船の、いえ哨戒隊の航行ができるような空間ではないと考えます」

「理由は?」

「主に三つです。まず航行可能空間自体が狭いことです。推測ですが一〇〇キロ四方もないのではないかと」

 

 どの時代であれ、僚艦と行動を共にする戦闘艦には、誤射や衝突回避の為にある程度の距離を保つ。特にミサイル一発、艦砲一斉射で撃沈することもある世界故に、どんなに密集していても僚艦とはある程度の距離を確保している。

 その半分を自艦の責任可動領域として敵弾の回避運動に使用するのだが、星系内移動速度や各艦の運動性能から行っても、航行時において僚艦とは最低一〇キロは離れている。安定した宙域で、自動回避装置を利用してもそうなのだ。危険宙域でさらに航行可能空間が一〇〇キロ四方となれば、航行序列は『単艦単縦陣』以外に選択の余地がない。

 

「第二に単縦陣を選択しても、先頭艦以外はセンサーにエラーが多くなり、航路航行情報を十分に処理しきれません」

 

 単縦陣の先頭艦はセンサーを最大限利用できるが、それに続く艦艇は先頭艦のセンサー波に逆に妨害される形になり、前方情報を明確に処理できなくなる。突撃時でも円錐形になるのは、先頭艦のセンサー範囲を広く取る為だ。序列に段差を付ければ重ならないが、一〇〇キロ単位の航行ルートでは自殺行為に近い。

 つまりはムカデ競争のように先頭艦の指示に忠実にかつ速やかに従って行動しなければ、続けざまに追突事故をおこして一巻の終わりだ。先頭艦の航法士官は常に神経を張り巡らせている必要がある。それに続く各艦の航法士官に係る責任も重い。

 

「第三に突然の気象条件の変化に対応しきれません。相手は天然の恒星風です。計算外の事は間違いなく発生します」

 

 言うまでもなく虹の隙間とはいえ恒星風の影響は受ける。観測されていない重力天体が虹の橋の中に存在すれば当然磁場も重力場も乱れる。交戦宙域であって常駐する天体観測チームがいるわけでもない星系で、経験則上一定の間隔で表層爆発を起こしているといっても、その放出量までが一定とは限らない。

 たとえ計算されたコースを先頭艦が突き進み、その指示に従属艦が完璧に従ったとしても、予期せぬ天体現象によって袋小路に追い込まれることは十分にあり得る。

 

「航法補助シミュレーションを組むことも難しいか?」

「シミュレーションを作ること自体はそれほど難しくはありません。ですが結局シミュレーションは参考補助材料であって、その通りに宙域を航行できる保証は全くありません」

 

 ドールトンはメインスクリーンから視線を移さない。薄い褐色の顔からは血の気が引いている。シミュレーションを作るのが自分であるなら、単縦陣先頭艦は戦艦ディスターバンスで、哨戒隊の進路を決めるのも、後続の僚艦全ての命運も、全て自分が背負うことになることを理解している。

 

 ドールトンが優秀な航法士官であることはこれまでの実績で十分だ。これまでで少しは目覚めたと思うが、捕虜二〇〇万人とヤン一党を巻き添えに自殺しようとする『程度』の器であって欲しくはない。ビュコック爺様に散々殴られ嫌味を言われながらも学んできた俺としても、あまりに惜しく思う故に。

 

「『仕掛け花火』の設置が終了するまでの三時間。貴官が考えうる最大限の要素と、利便性を鑑みた航法補助シミュレーションを作成してくれ」

「しかし……」

「上官とは信頼する部下の立てた作戦に責任を負う者の事を言う。時間不足だと承知しているが、貴官の望みうる最高の『作品』を作ってくれ。わかったか?」

「わかりました。微力を尽くします」

「貴官が作業している間の副官任務はヴァーヴラ中尉に任せる」

「レーヌ中尉ではなく?」

「レーヌ中尉はディスターバンスの工作班の指揮を取らせる。機雷戦の勉強だ」

「承知しました」

 

 納得したのかしてないのか、ドールトンは無理やり表情を消して……それでも消しきれない恐怖と勇気を瞳に浮かべつつ、敬礼をして戦闘艦橋へと踵を返していく。二分後。首を傾げながらヴァーヴラ中尉が司令艦橋に上がってきた。

 

「隊司令。副官殿の機嫌がここ最近大分悪そうなんですが、何かございましたか?」

「いや。特に何もないが?」

 オブラックとドールトンの過去について知っているのは、この哨戒隊では俺の知る限りビューフォートだけ。俺とオブラックの因縁の要因の一端が自分で、その結果哨戒隊全体が麻薬中毒の一歩手前まで追い込まれたこと、命令で関与することを許可されなかったことで、自分は信用されていないのではないかと気に病んでいるのだろうか。

「もしかして、アノ日なんですかね」

 一段と声を落として囁くヴァーヴラ中尉のあまりにもデリカシーのないそして筋違いの言葉に、俺は思わず鼻の奥を鳴らしながら首を伸ばして天井を見上げる。

「あのな、ヴァーヴラ中尉。貴官は今までガールフレンドにもそんなこと言ってきたのか?」

「申し訳ございません。隊司令。小官には今までの人生にガールフレンドというものが存在しておりませんでしたので……」

「おそらくそうだろうと思ってたが、そいつは悪かった」

「今の私の彼女はMk.一四NC Mod.二(標準戦艦艦首主砲)です」

「……あ、そう」

 

 軍と主砲では器量にだいぶ差があるし、教えているのも用兵術ではなく砲撃戦術指揮。そもそも今の俺にはガールフレンドはいないからどこかの誰かを真似してかっこつけて、ガールフレンドの作り方と冗談口の叩き方は自学自習しろとはとても言えない。

 もしかしたら降下猟兵家庭出身のレーヌ中尉とそこそこ気が合うんじゃないかとも考えたが、ヴァーヴラ中尉の陸戦技能(A-Ⅰ)では端から相手にもしてもらえないだろうから、早々に話題をマーロヴィアの牢獄にいる師の一人から教わった少数艦による不正規戦闘用兵術に転換するのだった。

 

 そんな恋人のいない男同士で散文的な三時間を過ごした後、司令艦橋に戻ってきたドールトンが持ってきた航法補助シミュレーションをビューフォートも交えて見比べた。観測されている表層爆発を参考に、発生する磁力線と荷電粒子の分布濃度をカラーチャートにして、星系内巡航速度で航行できる可能領域を白い枠で囲っていた。

 

「これホントに三時間で作ったのか? すげぇじゃねぇか、ドールトン中尉」

 素直に感嘆してドールトンの肩を二度叩くビューフォートだったが、断面図の早送りを見て直ぐに顔をしかめて俺に向き合った。

「ですが一時的に隠れるだけならともかく、これを道として使うのは無理そうですな」

 

 そう言うのもわかる。断面だけ見ればおおよそ半径一五〇キロの歪な円形をした航行可能空間があるが、連続して観れば上下左右に大きく振れるS字カーブが複数回ある。恒星Aから星系外縁に向かう場合、恒星風は重力拘束から外れて分散するので少しずつ道幅が広くなるが、今度は分離した小さな虹の枝が航路を横切ったり突起したりしている。

 逆に恒星Aに向かって進めばより航行可能空間は細くなり、僅かな隙間を除けば最終的には袋小路になる。潜り抜けるにも、多少の天体異常はエネルギー中和磁場で処理できるが、星系内巡航速度でぶち当たれば中和しきれず、後は装甲材と塗装の神様に祈るだけ。

 

「小官もそう考えましたが……これを」

 

 ドールトンは早回しで戻した大型携帯端末の画面を操作すると、白い枠の中に小さな赤い真円が一つ現れる。少し拡大した上で再度早回しで再生すると、赤い真円の部分だけ最初から最後まで真っ黒な航行可能空間のままだった。映像の再生が止まったところで、ドールトンのほっそりと整った長い人差し指が真円の中心を指さす。

 

「中心軸線より半径五〇〇〇『メートル』の空間です。ここだけは最初から最後まで天体障害はありません」

 

 同盟軍の中で特殊な工船を除けば最大の船は戦略輸送艦隊の大型輸送艦で、全幅四六三メートル・全高四九四メートル。直径一〇キロもあれば『通ることはできる』。しかし戦闘艦に限らずこの世界での宇宙船の距離を測る単位は『光秒』だ。

 

「こりゃ無理ですぜ。一〇〇パーセント死にに行くようなもの。第三巡航速度で舵を三秒ミスったら虹に当たってバラバラだ。後続艦も衝撃波と残骸を喰らって道連れになる」

「しかしやってやれないことはない。航路軸線を精密に測定し、それを各艦がしっかり確保していれば、最大航行速度でも通ることができる」

「命懸けの綱渡りですぜ。自動航法装置に命を預けるにはあまりに危険すぎる。それこそ軸線を八〇〇〇メートル間違えれば、哨戒隊は全滅だ」

「この道はこの星系における我々の最大の武器だ」

 

 これまでの経験から上官に対して、強く厳しい言葉で注意を促せるのは優れた部下の証拠だ。イエスマンでもなく、ただの天邪鬼でもない。

 ビューフォートは原作通り同盟再侵攻の時、帝国軍の補給線を一時的とはいえ遮断できた。戦艦も宇宙母艦もろくにない状況下で圧倒的優勢の帝国軍の後背域に潜り込んで多くの犠牲を払ったものの、生き残って逃亡に成功している。最終的にはそれほど影響はなかったかもしれないが、その指揮統率で帝国軍の足を止めたことは確かなのだ。雄図と無謀が違うことを理解しているが故に。

 

「この道が勝利への道になる可能性が極めて高い。勿論、使わなくて済むのが一番いい話なんだが」

「使わねぇことを祈りますよ。ですが無理そうなんでしょ?」

「それをこれから行って確かめるのが、『カナリア』のお仕事だ。違うかい、ビューフォート?」

「あ~確かにまったくおっしゃる通りでございますよ」

 

 俺の前では一度も軍用ベレーが乗っかったことのない黒褐色の頭を掻きながらビューフォートは肩を落として応えるのを、俺とドールトンは肩を竦めて視線を合わせるのだった。

 

 それから工作班を収容して予定された哨戒航路に復帰して三三時間。二つ目の跳躍宙点に『仕掛け花火』を設置して、三つ目の跳躍宙点へと向かう航路の中間点に達したところで。警戒序列後方に位置する第四分隊旗艦嚮導巡航艦ヴァールーバ一〇九号から、後方から接近する重力体を複数検知したと連絡が入った。

 数は一五。方角は七時三〇分。俯角二〇度。哨戒隊の半分という微妙な戦力。索敵距離ギリギリの距離を追尾してきているという。

 

「前方の宙域図を出してくれ」

 

 真後ろではなく左腰後ろをウロチョロしているということは、指向性の高いセンサーの特性を理解している証拠。普通に考えれば航路軸線対称位置に残り三隊。併せて六〇隻程度の敵が追跡しているとみるのが自然だ。

 

 もし数的優位を過信して左旋回反転して彼らの正面に立ちふさがるように動けば、発見されている敵の上方から半分が、さらに時差を付けて反転した第一〇二四哨戒隊の後方上下から三〇隻が襲い掛かってくる。

 停止して局地旋回し航路をそのまま引き返せば上下左右からの挟撃。

 増速して振り切ろうとすればあと六時間ほどでパッシブセンサーの探知領域に入る前方の、航路が狭隘になる宙域に伏せているであろう部隊がお出ましして、完全包囲。推測で総勢一二〇隻、四個哨戒隊。統一された指揮で常識的で隙のない作戦を遂行している。

 

 たった三〇隻でのんびりと哨戒航路を進んでいる間抜けを、完全包囲で仕留める準備ができたということだろう。こうなると最初の戦いで出会った薬物中毒の部隊は、囮として使われたと考えていいかもしれない。

 確証は捕虜から聴取するしかないが、ひとまずは目前の危機を乗り越える必要がある。余裕は六時間の半分だから三時間。まともに戦っては到底勝ち目はない大ピンチだが、これほど天体気象が多彩な宙域であればまだまだやりようはある。

 

「戦うぞ、ドールトン。全艦対艦戦闘。総力戦、用意」

「第一〇二四哨戒隊全艦、対艦戦闘。総力戦、用意!」

 

 辺境に来て戦うこと数度。数を重ねる毎に落ち着きを増してきたドールトンの声が、戦艦ディスターバンスの戦闘・司令艦橋に響き渡るのだった。

 




2026.04.19 更新

ビューフォートがCV:富山敬で、Jr.がCV:大塚周夫のVerが好きです。
そうなるとドールトンがCV:志垣太郎になっちゃうんですが。
銀英伝の次の次くらいに人生を狂わされた作品です。
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