ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

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お世話になっております。

ケープ・レインボーの戦いが長くなり過ぎた(前半と後半)ので、前半の通常空間戦闘だけ先にUPします。

このグダグダ書く癖は歳のせいかもしれません。とりあえずタイトループ寸前で終わります。


第123話 ケープ・レインボーの戦い その1

 宇宙暦七九二年三月三日。ニンギルス星系

 

「第一〇二四哨戒隊全艦、対艦戦闘。総力戦、用意!」

 

 辺境に来て戦うこと数度。数を重ねる毎に落ち着きを増してきたドールトンの声が、戦艦ディスターバンスの戦闘・司令艦橋に響き渡る。

 恒星風の動きは左舷下方から右舷上方へ。虹はそれよりも一・二度傾いているが、同じように曲線を描いている。前方にももう一本の虹があり、当初の予定航路はその下方を潜り抜ける形だ。

 

「逆フォーメーションB」

「第一〇二四哨戒隊全艦、逆フォーメーションB!」

 

 視線を一瞬だけ俺に向けたドールトンだが、直ぐに気を取り直して背筋を伸ばし、正面のメインスクリーンに向かって復唱する。ブザー音が艦橋に鳴り響き、哨戒隊は戦闘序列へ。巡航艦分隊戦列の脇を第一分隊が通り過ぎる。艦位を確定した第一分隊の脇をさらに第五・第六・第七分隊各艦が通り過ぎていく。これで巡航艦が後ろ、支援艦が前という、フォーメーションBをそのまま天地返しした陣形となった。

 

「デコイ発射用意。電磁投射砲投射。目標二つ。第一目標、方位一〇三〇、俯角四五度。発射速度最微速、無推進。各艦一発。第二目標、方位〇六〇〇、仰角〇、発射速度最微速、第二戦速推進。各艦一発。同時に全艦レーダー透過装置を作動」

「水雷長、了解。目標一、デコイ一。中出力・弱推進投射。無制御。ポイントXマイナス〇.七、Yマイナス〇.七、Zマイナス〇.五。目標二、デコイ一。中出力・第二戦速推進投射。自律航行制御。ポイントXプラマイ〇、Yプラマイ〇、Zマイナス一.〇。諸元入力開始」

「副長、了解。レーダー透過装置準備待機。発射タイミングに合わせ作動」

レーヌ中尉は小気味よく、ビューフォートは低い声ながら軽い調子で応答する。

「レーダー透過装置作動後、主推進一時停止。静止後極宙点転換右一三五度回頭。回頭後、艦軸方位維持のまま漂流。指示あれば速やかに機関再始動できるよう」

「航海長、了解。隊司令指示に合わせ主機関停止。極点旋回右一三五度ヨー。同艦首方位維持、無制動待機。緊急出力回路維持」

 ルシェンテス航海長はやや重く、少しだけぶっきらぼうに応じる。主機関を停止して恒星風に艦体を委ねつつも艦首の向きは維持し続けろという命令だ。操舵手は観測データとにらみ合いながら舵を握ることになる。普段の数倍面倒なのだが、航海長はこれからさらにヤバくなることも理解している。

「第一から第四分隊、レールガン発射待機態勢。各艦発射弾数二〇。発射は隊司令指示」

「砲術長、了解。電磁投射砲、デコイ発射後のタスク待機。発射弾数二〇。隊司令攻撃指示に合わせ」

 ヴァーヴラ中尉の口調はノリノリだ。小規模戦闘についてマーロヴィアにいる師の魔術の一端を聞いてからというもの、俺がどう換骨奪胎して命じてくるのかと期待している。腕に自信が出てきたタイミングだけに慢心が心配だが、辺塞到着時より指示に迷いが減り、積極性が出てきた。

「全戦闘艇、発進準備。目標一のデコイと共に発進。通信にて戦闘艇指揮官に作戦を送信する」

「副長、了解。戦闘艇搭乗員、コクピット内で命令あるまで待機。作戦は隊司令より指揮官に送信する」

 

 命令にここまで部下達は淀みなく回答してくれる。準備は順調。俺の指揮に対する信頼であればうれしいが、単に命令に従っているだけかもしれない。敵がこちらの考えた通りに動くかどうかは半々だが、統制の取れた敵であるならばまず間違いなく引っかかる。

 後は俺の想定していない戦力がこの宙域にいないことだけ。簡単な時系列で箇条書きにした指示を戦闘艇指揮官宛に命令書として送信してから時計を見上げれば、〇八五五時。

 

「戦闘開始〇九〇〇。三〇秒でカウントダウン」

「副官、了解。状況開始時刻〇九〇〇時。状況記録オン。三〇秒前よりカウントダウンいたします」

 

 ブザーが収まり、聞こえるのは僅かに空調機の音と、司令席に座る俺に聞こえるのは左脇に立つドールトンの深い息遣いのみ。緊張感から人は発汗するというが、摂氏二二度に調整された空調下でも三〇センチ以上離れているドールトンの体温が、左腕に纏わりついているように思えてくる。

 

「カウントダウン始めます。三〇、二九、二八……」

 

 ドールトンの声に合わせて左手をゆっくりと肩口まで上げる。視線を右に振り艦長席に向けると、ビューフォートもこちらを見ていて、右手人差し指を額に当てながら不敵な笑みを俺に見せる。彼のチェックにも問題がないと確認した俺は、正面メインスクリーンに映る第七分隊の艦尾に視線を戻す。

 

「五、四、三、二、一」

「戦闘開始」

「戦闘を開始せよ」

 

 俺が左手を振り下ろし、ドールトンが復唱する。微振動と共にデコイが発射され、艦底からスパルタニアンが一斉に切り離される。艦は回頭しメインスクリーンから虹の帯が消え、漆黒の外宇宙と灯の消えた巡航艦の推進部へと変わる。右上方サブスクリーンにはパッシブセンサーの感知状況が映し出される。

 転舵によって右後方に最微速発射されたデコイは、一八機のスパルタニアンと共に、強力な恒星風に押し戻されて前進から後退に移っている。逆に右前方に高速発射されたデコイは後押しされ、スピードを上げて今まで来た航路を逆向きにひた走っている。そして第一〇二四哨戒隊自体は僅かなスラスター制御だけで紡錘陣形を維持しながら『漂流している』

 

「パッシブセンサーに重力波反応あり! 反応α、方位一一三〇、仰角二八.五度、距離三六.九光秒。一時の方向へ移動中。数一八。 反応β、方位一一四五、俯角四五度、距離三七.一光秒。同じく一時の方向へ移動中。数一四。 反応γ、方位〇一四五、仰角三三.三度、距離四八.九光秒、俯角四〇度を取って移動中。数一九!」

 

 観測オペレーターの報告が速やかに疑似立体画像に変換される。予想通り四つの部隊が各象限ごとに存在し、レーダーの射程範囲外から追尾していた。こちらがデコイを二方向に発射したので、敵から見れば新たに二つの部隊が現れたことになるのだが、敵は既に重力波探知でこちらが三〇隻であることは理解しているので、新たに表れた二つの反応がデコイであることもわかっている。

 

 どれが本物の第一〇二四哨戒隊なのか、有視界距離までわからない。一つ目は触接し続けた半隊の戦力に向かって真正面から戦いを挑むべく進路を変更しているようにも見え、二つ目は来た航路を戻り戦域からの急速離脱を図っているようにも見える。残りの一つは別の二つと違い航路を逸脱している。前の二つが真であった場合、追いつけなくなる位置にあるので、彼らとしてはデコイとして誘引役を果たしているようにも見える。

 

 帝国軍の指揮官もそう考えた。第一のデコイに対し最初に触接していた一五隻は速度を落としてそのまま前進、残りの三隊合計五一隻で第二のデコイを三方向から包囲しようとしている。つまり第一〇二四哨戒隊は二方向にデコイを放ち、尻尾を巻いてまっすぐ逃げにかかったと考えたわけだ。

 

 仮に第一のデコイが真であっても、合流した五一隻は進路を大きく変更することなく、一五隻の部隊に舳先を並べて速やかに戦闘に合流できる航路をとれる。一五隻の部隊も速度を落としているので合流するまでの数的不利な時間も少なくて済む。少ない兵力で如何に損害を少なく戦うか、帝国軍の指揮官はよく考えているし、各部隊も上級指揮官の指示に違わぬ行動をしている。

 

「だが、よく考えすぎて欲張りなのが玉に瑕だ」

 

 数的優位の戦力を集中し、統制し、高速で運用すること。用兵の基本というか戦闘の基本だが、要素の一つが成し遂げられない場合、別のどれかを主軸に作戦を立てなければならなくない。帝国軍は数的優位の兵力をあえて分散した。完勝を目指して逆に自分の足を縛ってしまった。

 

「第一から第四分隊、レールガン発射用意。第一目標敵部隊β、ポイントⅩプラス〇.二、Yプラス〇.五、Zマイナス八.八 最大速度投射(マックスパワー) 散布角度プラスマイナス〇.〇五度 目標座標自爆モード 数各艦二〇 司令指示待機」

「砲雷長より隊司令へ意見具申。目標指示、再確認願います」

俺の指示にモフェット大尉が直ぐに反応する。それも当然。両方とも指示された空間には『なにも』ない。付近には敵部隊βはいるが、現在の想定進路とは全く違う。隊司令が指示ミスをしたとモフェット大尉が考えてもなんらおかしくない。

「再確認。目標敵部隊β、ポイントⅩプラス〇.二、Yプラス〇.五、Zマイナス八.八 最大速度投射 散布角度プラスマイナス〇.〇五度 目標座標固定追尾。座標自爆モード 弾数各艦二〇 司令指示待機」

「砲雷長、了解。航海長、射撃時の船体機動補助を願う」

「航海長、了解。艦長へ意見具申。射撃開始指示に合わせマイナス八八.五度ピッチ。終了後船体戻し」

「承認する。副官、全艦に同内容を光パルス通信」

「副官、了解いたしました。第一から第四分隊各艦に通知します」

 

 指示に間違いがないこと、俺が『意識して』命じていることを理解したのか、モフェット大尉の短い返答には僅かな謝罪が込められている。しかしルシェンテス航海長も含め、自分の職責と知見に忠実で、上官に阿ることなく、ハッキリと意見を述べることができる士官は実に貴重だ。

 

「進路変更、主機再始動用意。レールガン発射・船体復帰後、主機関再始動。哨戒隊最大戦速。進路一一〇〇、上げ舵五度、面舵三.五度固定」

「航海長、了解。進路一一〇〇時、上げ舵五度、面舵三.五度固定。最大戦速、アイサー」

 

 これで恒星風を右舷船体に受け続けることで、自然に船体を右旋回しつつ左舷上方向へ曲線運動することになる。その動きを頭の中で計算したのか、ドールトンの厚い唇から僅かな嘆息が漏れる。

 敵部隊αがこのままの進路をとっていれば、主機関再始動後二〇分で第一〇二四哨戒隊は左舷後方の射撃位置を取れる。急速転舵としても速度がついている状況では、哨戒隊の最大砲撃射角範囲から逃れられない。

 レールガンの射線は、敵部隊βが第一〇二四哨戒隊の将来位置に向かって転舵し最短距離で『上昇』した場合、敵部隊βから見ると第一〇二四哨戒隊とレールガンの弾体の方位が重なる。近接重力波レーダーで弾体の接近を感知はできるだろうが、砲撃による迎撃は、標的の交錯で効率が低下する。勿論航路を変更して避けるのは容易いが、その場合は当然進路ロスになる。

 

「何事もなければレールガン発射開始時刻は一〇三八時、でよろしいでしょうか?」

 腰を折って寄せてくるドールトンの顔には、意味深な笑みが浮かんでいる。その時間は俺が考えていた時間とほぼ同じ。計算機を使わず頭の中で、上官の命令の意図を複雑な三次元座標に落とし込める。これまでの経歴上、ドールトンが部隊指揮官になるには別途高等幕僚教育を受ける必要があるが、能力だけで言えば高速機動集団の次席参謀くらいは務まる、かもしれない。

「結構。それも各艦に光パルス通信で」

「了解しました」

 小さく敬礼して司令席から離れていくドールトンのピンとした後ろ姿を眺めていたが、反対側に首を回すと、副長席からこちら見て片目をつぶって舌を出しているビューフォートがいるのだった。

 

 一〇三八時。予定通り船体を傾けレールガンを発射。主機関を再始動し、第一〇二四哨戒隊が部隊として戦闘機動を行うと、敵部隊の動きはほぼ予想通りに変化した。

 敵部隊αは速度を上げて直進。敵部隊βは速度を変えず進路を左上方に変更。目標γは一度速度を落としてから右上方へと進路を変更。そして最初に発見された敵部隊Δは、正対する三〇余の移動物体をデコイと判断し、急速反転を試みたが……

 

「飛行隊長より通信。『ローキック完了。オール三カウント、相討ちなし』、以上です」

 

 デコイの発する熱源と展開した重力波の陰に隠れていたスパルタニアンが、転舵する敵部隊の動力部を狙って急襲をかけた。時間距離で一〇分。通常戦闘態勢であればワルキューレを出撃させるに十分な時間だが、後背に敵がいると判断し慌てて反転している状況下での発進は、完全隠蔽式格納庫であるが故に不可能だ。

 スパルタニアンの数は僅かに一八。しかし迎撃機がいなければ一五隻の敵艦の動力部のみを破壊することは不可能ではない。俺が命じたのは敵艦後方からの急襲一撃離脱。失敗しても反復攻撃はせず、速やかに戦域離脱するよう指示している。暗号通りであればスパルタニアンは、敵部隊Δの一五隻全ての『足』を破壊した

 

「レールガン、目標宙域、弾着、今」

 

 砲術士の一人が声を上げる。中性子ビームや光子砲よりはるかに射程の長いレールガンだ。命中を光学で確認するまでにも若干の時差がある。

 

「爆破閃光確認。数、六」

 

 観測オペレーターの声に『よっし!』と叫ぶヴァーヴラ中尉の声と、それを窘めるモフェット大尉の叱責が司令艦橋まで聞こえてくる。これで目標βの戦力のおよそ半数が戦闘能力を低下させたと思われる。

 

「敵部隊αまで一.一光秒。哨戒隊標準有効射程迄あと五分」

「数一九。レーダー反応より敵戦力は戦艦四、駆逐艦一〇、輸送艦二、工作艦一。二段平行陣を形成」

 

 敵部隊αは一度最大加速して速度を作った後、主機関を一度停止させて転換一八〇度ヨーイングを試みた。旋回のタイミングが少しでもズレれば、衝突事故を起こしかねない危険な機動だが彼らはやり遂げた。意図は疑いようもなく、敵部隊γと舳先を合わせて合流しこちらを迎撃すること。

 敵を後背にして大胆な機動ができる敵部隊αの指揮官は、戦術指揮官として相当『できる』人物だ。しかし戦域指揮官としての判断はどうか。戦力比は一対二。中長距離砲戦能力は一対四。正面砲戦となれば恐らく二時間もかからず敵部隊αは壊滅してしまう。

 敵部隊αの勝ち筋として考えられるのはワルキューレによる近接戦闘。第一〇二四哨戒隊はスパルタニアンを全て別動隊にしたため直援機は存在しない。この宙域全体における我々の勝機は高速機動戦による各個撃破。敵部隊αと敵部隊γは個別に撃破するには、最大戦速による急襲しかない……つまり勝手に近接戦闘になると敵部隊αの指揮官は判断したか。ならばその期待に応えて差し上げるべきだ。

 

「挑戦信号、打て。哨戒隊全艦、最大戦速。中長距離砲戦用意。分隊各個統制集中砲火。第一目標、敵中央の戦艦分隊。破壊・無力化するまで砲撃継続。第五・第六分隊は敵駆逐艦分隊を牽制。第七分隊は戦闘部隊より後方へ距離を取れ」

 

 帝国軍は小さな駆逐艦にすらワルキューレを搭載しているが、経験則上パイロットの充足率は同盟の哨戒隊と似たり寄ったり。効率の事を考えれば、戦艦と巡航艦にパイロットを集約する。であれば母艦もろとも天上にお帰りいただけばいい。

 

「戦艦有効射程に入ります!」

「有効射程に入り次第、各艦砲撃開始。司令部指示の目標。斉射継続」

「一〇二四。各艦有効射程内、咄嗟砲撃用意! 司令部指示目標無力化まで斉射継続せよ」

俺が小さく左手を振り上げると、ドールトンも合わせて復唱する。もうその声に迷いはない。

「戦艦有効射程、入りました!」

「撃て(ファイヤー)」

「「撃て(ファイヤー)!!」」

 

 小さく振り下ろせばドールトンとビューフォートの声が秒を置かずに重なり、戦艦ディスターバンスから青白い槍が八本、真正面へと放たれる。間を置かずに左右にならぶ第一分隊各艦からも砲撃が開始される。半光速で飛翔する光子砲は着弾までそれほどかからないが……

 

「初弾命中! 敵戦艦二番艦撃沈!」

「はぁ?」

 思わず喉から変な声が出る。確かに砲戦で先手を取るつもりだった。砲撃精度も着実に成長しているから、この重力異常宙域で最大戦速移動状態なら、上手くいって修正射五・六回で夾叉できるかな? と思っていたのに……

「砲撃目標、敵戦艦三番艦に変更。斉射三連。砲門、開け」

「え?」

 それを指示するのは本来艦長の俺の仕事だが、ビューフォートは躊躇なく命令を下す。それに続いて斉射が三回。第一分隊各艦も同様に三度、光子砲を開き……

 

「戦艦ハストルバルが敵戦艦三番艦を撃沈!」

「戦艦グアダコルテが敵戦艦四番艦を撃沈!」

「戦艦アーケイディアが敵戦艦一番艦を撃沈!」

 

 斉射合計一二回。砲撃時間僅かに二〇分。巡航艦の有効射程に入って間もなく、敵部隊αの戦艦は全て撃沈。こちらの被害は、戦艦インプレグナブルの右舷側を重力波で狂った敵のレールガンが凹ませただけ。それ以外の人員・機材に被害なし。

 

「第三分隊旗艦シェリダン九八号より『仕事を奪うなら仕事を寄こせ』」

「第二分隊旗艦ヴァールーバ一〇二号より『指揮官の戦果横取りケチ臭い』」

「第四分隊旗艦ヴァールーバ一〇九号より『逃散兵を撃ってもスコアにならない』」

 

 各巡航艦分隊から送られてくる不満をよそに、第一〇二四哨戒隊は最大戦速で前進している。その勢いに飲まれたというか、基幹戦力である戦艦分隊の消滅に、残存する駆逐艦分隊は個艦単位で戦域から逃げ出し始めた。その動きに統一性は認められず、両翼に位置する第二・第三分隊が掃射を浴びせるが、効果は望めそうにない。

 一方で見捨てられた形になった第二列の輸送艦と工作艦は、動力を停止し不戦信号を上げている。戦艦五隻・巡航艦一二隻の集中砲火を浴びたら、秒もなく蒸発させられる。ただ最大戦速で移動していて、自分達を拿捕する余裕がないこともわかっているから、彼らは『降伏信号』ではなく『不戦信号』を上げた。

 

「敵輸送艦・工作艦へ通信。『こちら同盟軍第一〇二四哨戒隊。旗艦戦艦ディスターバンス。貴艦らの不戦信号を了解す。条件は撃沈した戦艦乗員の救助・回収を行うこと』送れ」

 これで逃散した駆逐艦が再編成してこちらの後背に追いつくのを阻止できる。自分達が逃げた為、不戦信号を上げざるを得ない状況である味方を見捨てて戦闘行動に復帰すれば、隊再編時において各艦の間に感情的なしこりが残るからだ。

「敵輸送艦ヴァイスズィーゲ六五号より返信。『条件了解。ローテ・シュルテンの寛大な処遇に感謝する』」

「『Rote Schultern(赤い肩)』、ね」

 

 帝国(むこう)側でも艦体上辺部分を肩と認識するのか、と思わず可笑しく感じる。この世界でも人間の感性は、イデオロギーや政体の違いには左右されない。金髪の孺子と帝国・同盟の未来がどうであれ、身分の上下さえなければ人間はある程度分かり合える、かもしれない。

 

「用具収め。第一航行序列。進路変更。方位〇一〇〇。俯角一二.五度。第一巡航速度」

「一〇二四、全艦用具収め。第一航行序列。進路変更〇一〇〇。俯角一二.五度。第一巡航速度」

「進路〇一〇〇。俯角一二.五度。第一巡速。アイアイ」

 

 まだ敵は半分以上残っている。交戦していない敵部隊γ一九隻はかなりの速度で第一〇二四哨戒隊に向かってくる。同じく最初にレールガンで牽制攻撃した敵部隊βも部隊をさらに二つに分け、六隻がこちらへ移動を開始している。合わせれば二五隻。ほぼ互角に戦えるだけの戦力だが……

 

「我々が次に敵部隊γを攻撃するのは自明の理だが、各個撃破の可能性を理解していながら、敵部隊γはなぜ急速接近を試みてくる?」

 早速前言撤回の事態に、ドールトンも少し興奮気味のビューフォートも首を傾げる。

「……増援が到着するまで、我々をこの宙域に拘束する。ぐらいしか思いつきません」

「観測オペレーターの一人を前航路方向の監視に割り当ててますが、通信妨害もレーダー透過装置も使っているでしょうから、敵の増援の位置が分かるには時間がかかりますな」

「敵部隊αの残存駆逐艦が合わされば、さらに一〇隻増えはするが」

「一度統制を崩された部隊を再編できるとしたら、相当上級の指揮官が駆逐艦に乗っていなければならない。そんな指揮官がいたら、敵部隊αはもう少し抵抗したはずですぜ」

「理に非ず、か」

 

 敵が非常識な行動をとった時、罠の存在を疑うのは間違いではない。グレゴリー叔父が金髪の孺子の敵前右旋回に応じきれなかったのも、帝国側上層部の不和を見切れなかったのと同盟軍上層部(具体的にはロボス)が咄嗟の事態に慎重策をとったからだ。勿論、金髪の孺子の才幹を知らなかったという面もある。

 ヤンの言うような、試しに帝国軍中央・右翼部隊を攻撃して左翼部隊の反応を見る、という提案を取れるような戦力的余裕はこの辺境にはない。

 

「いずれにしろ我々の行く道は決まっている。ドールトン。『モグラ穴』の選択は?」

「現在位置からおよそ八時の方向、俯角六〇度、距離四〇光秒といったところです」

 差し出した大型端末に、予定航路が記されている。このまま正面から敵部隊βを撃砕し、右俯角サイクロイド運動で、虹の薄くなっている『モグラ穴』にホールインワンする機動だ。

「これだと恒星風とは一度逆向きになるな……」

「でしたら、こちらで」

 タッチパネルの端を二度、ドールトンのほっそりとした指が叩くと、別の航路図が合われる。撃砕するまでは同じだが、そこから左仰角に急上昇しバレルロールで『モグラ穴』にホールインワンする。先ほどの案よりも移動距離は長くなるが、恒星風を加速に使える分、『モグラ穴』への突入速度を効率的に稼げる。

「こちらを先に出さなかった理由は?」

 俺を試したのか、と言葉に出さず視線だけで問うと、ドールトンは再び端末を操作して両方の航路案を並べ、そこに敵増援部隊の位置をシミュレートする。

 先の案だと敵増援が二隊・六〇隻であるとすれば、こちらが元来た跳躍宙点へ引き返すことを疑う可能性が高いので分進進撃を見込める。しかし後の案だと敵がこちらの意図を察してバレルロールの中心を通過すれば、穴に突入する前に最大射程ギリギリに収められる可能性があることを示している。

「なるほど。俺の趣味を察してくれたか。これはすまなかった」

 追撃のリスクを最小限にする案を先に出し、僅かにリスクがあるが効率的な案を後に出した。配慮してくれたということだろう。

「後者を選択しよう。全艦に通達を。戦艦ディスターバンスにもしもの事があっても、このルートで逃げ出せと」

「了解しました」

 敬礼して戦闘艦橋へ僅かにスキップしながら降りていくドールトンを視線で追いつつ、声を上げ背伸びをしながらビューフォートは苦笑いを浮かべている。

「ようやく幕僚らしい幕僚になってきましたな。あの子も」

「いいことだと思うか?」

 俺の問いがよほど意外だったのか、首を傾げたビューフォートの右眉が大きく吊り上がった。

「隊司令がそうしたいと教育されたんでしょうが。少なくとも小官は悪いことではないと、思いますがね?」

「性格が向いてないと思うんだ。今さら言うのもなんだが」

「そうですなぁ」

 腕を組み、無精ひげの残る顎を撫でつつ、ビューフォートは一呼吸おいてから呆れた口調で呟いた。

「この哨戒隊で一番性格が軍人に向いてなさそうな人が言うんですから、そうなのかもしれませんなぁ」

 

 三時間後。結局なんら奇策があったわけもなく、敵部隊γは敵部隊αとほぼ同じ運命を辿った。

 

 流石に斉射初弾命中はなかったが、戦艦が早々に脱落し、巡航艦不在の部隊は戦力の立て直しができず、一方的な敗戦に追い込まれた。違うのは敵部隊Δを撃破してきたスパルタニアンが後方から襲い掛かり、戦域から逃げ出そうとした駆逐艦を片っ端から撃沈していったこと。しかもここまでの戦闘で未帰還機なし。

 通常は母艦周辺か敵艦隊周辺で戦うところを、一光時以上の集団遠征攻撃航行をさせた。偵察用のように強力なレーダーや特別な航法装置を搭載しているわけでもない。そのまま母艦に合流できず宇宙を漂う運命もあり得たのに、巡航艦一五隻を行動不能にし、駆逐艦を八隻血祭りにあげるという赫奕たる武勲を上げ、パイロット連中の士気は天を衝くばかり。

 しばらく艦載機の出撃はないと思われるのでパイロットはワッチ外と告げると、みな浴びるように酒を飲み、食事をし、いびきをかいて艦の通路に倒れ、応急班員が引きずって自室に放り込んでいく。

 

「いい気なものですこと」

 

 船務班からの報告を横にドールトンは呆れて呟く。次々に入ってくる虹の精密な観測データをシミュレーションの要素に入れ、『モグラ穴』への突入角度を都合八回試算している。俺も二回チェックして問題はないように見えるが、かかるプレッシャーになかなか寝付けなかったようで、レーヌ中尉に文字通り引きずられてタンクベッドに放り込まれること二度。疲れは取れているようだが、出てくる度に表情が険しくなっている。

 

「方位〇七三五時、俯角六八度、距離三〇光秒に艦影。数およそ一〇〇」

 

 観測オペレーターの声に少しだけのんびりしていた艦橋に緊張が走る。想定では二個哨戒隊六〇隻程度が追撃してくると思っていたが、先ほど戦った部隊の残存戦力も含まれたのか、それとも敵戦力が想定より多かったのか。こちらの意図を察し、恒星風を正面からまともに受けながら『モグラ穴』へ直進している。

 しかし敵と味方の相対速度、目前に迫った『モグラ穴』までの距離。どう計算しても帝国軍の主砲最大射程に入る前に、味方は全艦モグラ穴を通過することができる。

 

「隊司令」

 よろしいですね? と腹の座った眼差しで俺を見つめるドールトンに俺は頷き、持ってきたマイクを手に取る。

「隊司令のボロディンだ。各員そのままで聞いてくれ。あと三〇分で我々は虹の中へと突入する」

 空調で本来なら聞こえるはずのないスウッと息を吸う音があちらこちらから聞こえてくる。心臓の鼓動も。過度な緊張は幻聴幻覚を産むことがあるというが、これがもしかしたらそうなのかもしれない。

「これまでの戦果は各員の訓練の賜物だ。奇跡に近いが奇跡ではない。それと同じことに我々は再び挑む。不満はあるだろうが、勝手な行動はNOだ。先頭を進む戦艦ディスターバンスと、才色兼備の隊司令副官の目尻に刻まれた皺と、未来を信じて、余所見をせず付いてこい」

「もし本当に皺ができていたのなら、それは隊司令の責任ですわ」

 ドールトンの声が少しばかり大きかったのか、その言葉をマイクが拾って全艦に流れた。勿論、戦艦ディスターバンスの戦闘艦橋にも。おそらくレーヌ中尉であろう「hooray!」の叫声が帰ってくる。

「それでは諸君。虹の先でまた会おう。隊司令、訓示終わり」

「全艦、突入用意」

 マイクを引き継いだドールトンの緊張と戦意の混在するいつもより低い声が、戦艦ディスターバンスの艦橋中に響き渡る。

「各艦単艦単縦陣。エネルギー中和磁場、前面最大出力展開。速度、哨戒隊最大戦速」

 

 既に第一〇二四哨戒隊全艦に伝えられている命令の復唱に過ぎないが、引き金を引く合図だ。戦闘艦橋からも各班員の確認・応答の声が聞こえてくる。『各所準備良し』の返答を受けたビューフォートが左手を上げて応える。それに合わせてカチッと再びマイクの電源が入る音が左上から聞こえ、意図が理解できなかった俺が視線を上げると、メインスクリーン一杯に広がる虹に向かって視線を向けるドールトンが何故かまだマイクを握っている。

 

「タイトロープを始めましょう」

 

 厚めの唇から放たれたその声は、一介の中尉の声では、もうなかった。

 




2026.04.29 更新

ディスターバンス=繚乱!
ケープ・レインボー=●●●!

これがやりたかっただけだろ……ちなみに推しは完璧主義と規制退場です。
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