ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

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ようやくケープ・レインボーの戦いが終わりました。
その1とその2で最初1万字で収まるはずだったのが、どうしてこうなった……


第124話 ケープ・レインボーの戦い その2

 

 宇宙暦七九二年三月四日。ニンギルス星系

 

 虹からあふれ出てくる荷電粒子は、軍艦の発生させるエネルギー中和磁場と衝突し、キラキラとした光子となってメインスクリーン全体を輝かしている。まるでアイドルのステージ照明のように美しい光景。だが、そのキラキラは衝突したエネルギーの成れの果て。まともに接触すれば人間など一瞬で蒸発させてしまう代物だ。

 そしてエネルギー中和磁場は進行方向に重点的に展開している。故に左舷から右舷へと流れる虹のエネルギー流に、効果の薄れる艦尾は押され、艦首が自然と左に傾く。

 

「航海長、シャンとしろ! ケツを振るな。もっと舵をしっかり握れ!」

「アイサー、副長! 艦尾一八・二〇番スラスター、出力コンマ五!」

「航海長、左三〇〇、修正!」

「アイアイ、副官殿! 右全スラスター同時作動 左三〇〇!」

 

 ビューフォートとドールトンからの言葉の交互砲撃に、いつもは穏やかなルシェンテス航海長の言葉も荒くなる。航海班の班員は全員戦闘艦橋に集まり、観測オペレーターと航海補助シミュレーターの間でデータをやり取りしている。逆に砲術・水雷の班員は士官とワッチ担当を除いてみな応急班へと再編され、艦内各所や機関部へと再配置された。

 

「『渡河』完了まで、あと二〇分!」

 

 オペレーターの声に、俺は司令艦用の端末を使って隊列後尾の動きを確認する。辛うじて後方レーダーで確認できる反応は、真後ろにいるインプレグナブルとその後ろのアーケイディアだけ。グアダコルテもハストルバルもノイズで確認できない。

 もしかしたらと嫌な予感がよぎる。エネルギー流の一番薄いところですら、戦艦のような大出力機関を持つ船ですらこれだけ振動するのだ。計算上は輸送艦でも駆逐艦でも『潜り込める』計算だが、河を渡った後に残っているのは戦艦三隻だけだったという惨状もありえる。

 隊司令が何かに祈る姿など、死んでも部下に見せるわけにはいかない。座席を僅かにリクライニングし、足を緩めに組んで、左のひじ掛けで頬杖をつく。司令卓の上で右手指先左右に小さく振って躍らせ、表情筋を駆使して軽薄な笑みを浮かべ、軽く鼻歌を混ぜる。

 そんな態度をとっていると、周辺視野にギョッとした表情でこちらを見つめるビューフォートが映り込む。視線に今気が付いた風を装って首を回し、右手でグッドサインを作ると、ビューフォートの唇が「マジかよ、コイツ」と声にならず動くのが分かる。

 

「抜けます!」

 

 その報告と共に戦艦ディスターバンスは、一度強烈な上下振動を受けたあと、虹の壁に四方を囲まれたトンネルのような空間に飛び出た。ついでインプレグナブルが、アーケイディアが、グアダコルテやハストルバル、後に続く巡航艦・駆逐艦も、そして最後に工作艦ディアサウンド九九号が虹の壁から飛び出してくる。

 

「第一〇二四哨戒隊、全艦より生存信号を受信」

「各艦の艦位確定。単艦単縦陣、再編開始」

 司令部(俺)の命令を待つまでもなく、各艦は『渡河』で乱れた単縦陣の補正を行う。アーケイディアがインプレグナブルの艦尾に隠れ、両舷にある戦闘時は点灯しない赤と緑の航行灯が寸分なく重なるのが弦外カメラに収められた。

「各艦、航法補助シミュレーション起動。船灯・ビーコン出力最大。艦軸・航路・操艦データ、戦艦ディスターバンスにリンクせよ」

 

 司令艦橋から戦闘艦橋の航法予備士官席に移動したドールトンの声が聞こえる。作戦上、戦艦ディスターバンスの艦橋音声は全て操艦データと一緒に後続艦へと送られる。その指示航路を違わず進むのが作戦の根幹だが、戦艦と駆逐艦あるいは工作艦とは艦形が大きく違う上、同型各艦でも癖が違うから、送られてきた艦軸・航路データに沿うように、各艦の航海長や航海士が操舵に微調整を加えることになっている。

 

「各艦、リンク確認」

「推定航路軸位置確認。方位〇一三六時四五分、仰角一一.七度。進路角マイナス〇.三度」

「アイアイ、副官殿。方位〇一三六時四五分、仰角一一.七。進路角マイナス〇.三。最大戦速」

 

 ガクンという大きな振動と共に、戦艦ディスターバンスは右斜め上方へと加速を開始する。調光したメインスクリーンは蛇のようにゆらゆらと揺れる虹だけだが、観測される磁場と重力場の異常域のフィルターがそれぞれ赤と緑の二色で重ねられると、ロールシャッハテストのような気色悪い虹色の鍾乳洞が現れる。その中心部に描かれた赤い小さな真円のそのまた中心を、哨戒隊は最大戦速で力強く駆けていく。

 

 しかし航行可能空間とはいえ完全な『無風』状態ではない。恒星からの追い(恒星)風が、小さな分離磁場によって乱され、その度に船体を小動させる。小動と言っても何も支えのない空間だから、一瞬で軽く一〇〇メートルは吹き飛ばされる。

 その度にドールトンは右に一〇〇〇、左に八〇〇と細かく指示を出し、ルシェンテス航海長がその指示に従って自ら舵を修正する。想定以上の忙しさに、いつの間にか二人と観測オペレーターの気象報告以外の声は消え去り、空気を一杯詰めた風船のような一触即発の緊張が艦橋内部に充満する。これがあと五時間。航海長の交代要員はいるが、ドールトンには交代がいない状態が続く。

 

「広い宇宙を突き抜け、夢を叶える為に我らは産まれた……」

 俺の口が自然と歌詞を紡ぎ、指がリズムに合わせて肘掛けの上で躍る。気が付いたビューフォートが艦長用の端末を操作して、音量を下限一杯から聞き逃さない程度まで上げ、途中からビューフォート自身も口遊み始める。

「英知は我等に翼を 心に熱き核融合炉を与えた」

「「速く!速く!より速く!! 我等は星の彼方を目指す! 光子砲が轟き 国境は常に平穏なり!」」

 

 流れる音楽に気がついた戦闘艦橋の将兵が応えるように唱和する。耳障りにならないよう音高を極力下げて囁くように。ドールトンとルシェンテス航海長と観測オペレーター達は、さぞかし迷惑そうな顔でヘッドホンをしっかりと締め直していることだろう。だが何も根拠はないが、少しだけイヤーピースをずらしていると思わずにはいられない。

 

「我等は未知の航路に挑み 自由に宇宙を飛ぶ 人々は知る宇宙軍の切っ先を 勇敢なる小さな星々の瞬きを」

「「速く!速く!より速く!! 我等は星の彼方を目指す! 光子砲が轟き 国境は常に平穏なり!」」

 幻想的ともサイケデリックとも言える空間を、哨戒隊最大戦速で駆け抜ける。戦闘空間ではないが、一瞬のミスが死を招く場所。軍歌を唄うなど正気の沙汰ではないが、不正規戦闘の師は言っていた。敵が人間でない時、必要以上に緊張を持つ必要はない。少数艦艇による前線巡回哨戒など、元から正気の人間がやることではないのだからと。

「我等の眼差しは暗黒物質を貫き 神経は数光年を張り巡らす 如何なる敵も見逃さず 哨戒隊は今日も駆け続ける」

「「速く!速く!より速く!! 我等は星の彼方を目指す! 光子砲が轟き 国境は常に平穏なり!」」

 

 恐らくスピーカーを通して後続艦にも僅かに漏れて聞こえていることだろう。呆れるだろうか、失望するだろうか。各艦のオペレーター達の神経を逆撫でするような行為で、後で分隊長や各艦艦長から強く抗議を受けることを覚悟しなければならないかなと思っていると、俺の心配を見透かしたようにビューフォートが声を出さずただ指で、舷側カメラ画面を指さした。

「ハハッ」

 思わず含み笑いが喉を抜けていく。そこに映っている後続の戦艦インプレグナブルの艦首信号灯が、哨戒隊行進曲のテンポに合わせて瞬いているのだった。

 

 そんな感じで五時間。第一〇二四哨戒隊は単艦単縦陣を維持したまま一隻も失うことなく、主星ニンギルスAの重力支配圏から伴星系ニンギルスBの軌道に到達する。ここから三つ目の跳躍宙点は、だいぶ密度の薄くなった『モグラ穴』を抜ければ目と鼻の先。哨戒隊は再度、虹の壁に向かって突入する。渡河距離は長いが、最初の突入時に比べれば少ない振動で虹を抜け、俺は通常空間での機関停止とフォーメーションAへの戦列再編を命じた。

 

 ぶっ通し軍歌メドレーを聞かされながら、ドールトンとルシェンテス航海長はやり遂げた。航海長は結局一度も交代せず舵輪を握り続け、船務班員二人に左右から抱えられて戦闘艦橋を離れていく。俺も戦闘艦橋まで降りて申し訳なさそうな表情のルシェンテス航海長の肩を叩き、観測オペレーター達と握手をかわす。

 そしてドールトンはケリム時代と同じ航法予備士官席で、シートの丸いヘッドレストと笠木の間に細い首をハメこむ様にして、口をだらしなく開き、疲れ切った表情で天井を見上げていた。

 

「よくやった、ドールトン」

「戦艦でフラメンコを踊るなんて、二度とやりたくありませんわ」

俺の姿を見て慌てて敬礼に立ち上がろうとしたので、軽く肩を押してとどめると、力のない笑顔が返ってくる。

「戦闘でしたら一〇時間でも二〇時間でも大丈夫ですのに、たった五時間でダメになるのがあまりに情けなくて」

「ルシェンテス航海長ですら歩けないくらい消耗している。気にすることはないさ」

 

 自分の判断が自分や乗艦だけではなく、他艦の命運をも握っているということに対する疲れ。それも数秒のミスも許されないという重圧と、自分の作り上げた補助シミュレーションに対する責任感。本人の性格もあるかもしれないが、これから彼女が昇進する為にはある意味で図太さを覚える必要があるだろう。本人にとっていいか悪いかは別として。

 

「観測データも航路データも獲得できたからな。次回はもう少し楽になるぞ。今、モイミール医務長と看護師を呼んだ。しばらくタンクベッドで休んでくれ」

「ですがこれから迎撃戦です。私は隊司令の副官ですよ?」

「秒を争うタイトロープに比べれば大したことはない。戦場の選択権もあるし、準備の時間にも余裕がある」

 

 距離に任せて逃げてもいいが、このままだと帰り道の跳躍宙点で後方から襲撃される可能性が高い。敵の追撃意思を喪失させる為にも、この星系内でもう一戦は必要になる。というより包囲網から逃げられた敵も相当カリカリ来ているだろう。何が何でも我々をここで潰そうと考えてもおかしくない。

 

「準備が出来たら呼び起こす。それまでに疲れを取ってくれ。戦いの時には必ず横にいてもらうからな」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 視界の端にモイミール医務長の姿が入ったのだろう。軽い笑みを浮かべつつゆっくりと腰を上げたので、俺も脇に手を差し込みドールトンの両肩を軽く支えながら持ち上げる。だが手から感じるその長身から想像できない軽い負荷に、女性看護師にドールトンを引き渡した後、モイミール医務長を呼び留めた。俺の懸念を伝えると、ディスターバンスの闇ボスは一度ドールトンの背中に視線を向け、眉を潜める。

 

「彼女がちゃんと食事を摂ってるところは確認しておるのか、隊司令?」

「任務上一緒にいる副官ですからね。食事を残しているところを見たことはありません」

「過剰なストレスで消化器官の機能低下を起こし、隊司令に隠れて吐いていた可能性がある。脳出血やくも膜下出血なら私の専門領分だが、腸閉塞などだと心配じゃな。すぐに診察しておこう」

 

 筋肉はついているのにいかんせん造りが長いので、どうしても枯れ木に見える腕を組んで、モイミール医務長は深く溜息をつく。

 

「隊司令。私は自分の任務が軍医だと理解しておる。だからといって将兵が無理をして、怪我をし、病に侵されるのを、良しとは思っておらん」

「そうですね」

「隊司令は私が今まで見てきた中でも特に優秀な指揮官だ。これほど激しく戦いながら戦死者はなく、傷病者も数えるほど。成功と勝利が続き、将兵の士気は並外れて高く、心を病む者も少ない。だがそういう部隊は、突然糸が切れた操り人形のようにバラバラに崩壊することがある」

「……」

「その多くは勿論敗北による指揮系統への信頼崩壊じゃが、もう一つは将兵達の側の自己崩壊じゃ。自身の能力の成長を超えた戦果が、将兵自身を過剰に追い込んでいく。過去にはできた、なのに今回はできなかった。優秀なアスリートの更年期障害に近い」

 

 できれば戦果は上げたいが、別に上げなくとも任期いっぱい部下を生かして故郷に返せれば重畳とも思っている。その為に部下を容赦なく鍛え、その結果として戦果が付いてきていると俺は考えてきた。

 更年期障害であれば治療で軽減する手段がある。しかし戦時における軍の敗北には、常に誰かしらの死が待ち受けている。将兵への教訓として『適度な敗北経験』など到底許されない。モイミール医務長の言いようは、軍医と言うより経験者としての善意の忠告ではあろうから否定するつもりはないが、戦争はスポーツとは違う。

 部隊の考課表を付けるのは俺の仕事だが、二年縛り任期中に指揮官として軍法で認められた以外の人事権を行使できない。それができるのは統合作戦本部人事部だ。出来もしないことを言わないで欲しいという感情が俺の顔に滲んできたのが分かったのか、モイミール医務長の顔にも緊張が浮かぶ。

 

「不快かもしれんが、これだけは覚えておいてくれ。人はみな隊司令のように強い人間ではないんじゃ」

「私が強い人間なわけがないでしょう。失敗もすれば、弱音も吐く」

「四〇〇〇余の部下の命を預かって戦い、勝ち続け、内外に敵を抱えながらも正気と冷静さを失わない人間を、普通は『強い人間』と言うのだよ隊司令」

 

 そう言ってモイミール医務長は踵を返し、ドールトンと看護師の後を追って行く。

俺は決して強い人間ではない。別の世界に居て死らしき経験をし、この世界においてやや有利な血族に産まれ、起こりうる可能性の高い『物語』を覚えているだけに過ぎないズルい男だ。学んだ拙い用兵術も日々鍛える白兵戦戦技も、心の弱さを覆い隠す分厚い鎧に過ぎない。

 

「イブリン、大丈夫でしょうか?」

 白衣に連れられて戦闘艦橋を後にする僚友を横目に、こちらは元気いっぱいのレーヌ中尉が軽く敬礼をしてから近寄ってくる。身長の低い彼女の頭越しに見るディスターバンスの戦闘艦橋は、疲労と興奮と安堵がごちゃ混ぜになった空気が充満している。

「たぶん大丈夫だ。意識ははっきりしている。戦闘時には戻ってこれるだろう。ところでレーヌ中尉。最大戦速でのタイトロープに不安はなかったか?」

「不安、でありますか? いえ、小官は特に感じませんでしたが」

 大きな両目を何度も瞬かせ、レーヌ中尉は首を傾げながら意外だと言わんばかりにこちらを見上げて応える。

「隊司令が作戦司令を出し、イブリンが指示をしながら、ルシェンテス航海長自ら舵を握っているんです。この作戦でこれ以上の陣容を戦艦ディスターバンスで望むのは無理だと思います」

「そうか。『無理』か」

 

 一見して追従しているようには見えない。信奉と言うよりは信頼ということだろうか。これ以上の陣容を望めないのであれば、結果失敗しても悔いはないというレーヌ中尉の図太さの表れを、成長のあかしとして見ていいものだろうか。それともこれが士官学校における指揮官教育の有無と言うことなのか。

 

「それより中尉、見るからに元気があり余っていそうだな」

「あ、いえ、ちょっと小官も不調でして」

 俺の細めた視線を受けて、『あ、やべぇ』と顔に出したレーヌ中尉は、鉄灰色の髪を一掻きした後、直立不動に敬礼する。

「失礼いたしました。席に戻ります」

「『哨戒隊行進曲』も『もしも武運があるなら』も素晴らしい歌声だったぞ? 貴官のどこが不調なんだ?」

「……声であります。ちょっと枯れまして」

「中尉……」

 脇腹あたりにあるレーヌ中尉の左肩に右手を軽くのせて、俺は今までで一番の笑顔を作って二度叩くと、レーヌ中尉の眼球は左右に忙しなく動き、威勢のいいF語を叫ぶ小さな唇が震える。

「通常航路を敵が第一巡航速度で逆走するとしたら、あと四時間でこの宙域に到着する。早急に合戦準備が必要だ。私の言いたいことはわかるね。レーヌ中尉?」

「は、はひぃ」

 

 今にも泣きそうなレーヌ中尉の背中越しに、憐れむ複数の視線が戦闘艦橋側から浴びせられているのを、俺は認知してにっこりと彼らに向けても笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 虹のタイトロープ脱出から六時間後。予想通り少し遅れて帝国軍は通常航路を逆走してきた。虹の奥に潜り込み、中で電磁障害を喰らって這這の体で出てくるであろう不逞な叛乱軍(第一〇二四哨戒隊)を『モグラ叩き』すべく、彼らは『モグラ穴』の出口に布陣する。数は四二隻。戦艦五、巡航艦一四、駆逐艦一八、支援艦五。通常編制より駆逐艦の数が多いのは、恐らく先ほどの戦いで逃散した敵部隊αの残存艦を編入したと考えられる。

 

 第一〇二四哨戒隊が『モグラ穴』に潜り込む寸前まで追撃してきた敵艦艇は約一〇〇隻。うち半数が出口を塞いだということは、同規模の別動隊が同じように最初の『モグラ穴』から潜り込んで追撃を試みていると考えていい。虹の中を第三巡航速度で進めば七時間。敵の上級指揮官は出口付近で我々を迎え撃ち、慌てて虹の中に戻ろうとしたところを内側から攻撃する理想的な挟撃戦。進退窮した我々は哀れ虹の中で泳ぐことになり、虹の橋を渡ることになる。

 

 もし虹の内部を逆走して交戦状況になっても数的優位があり、決められた時間までに我々が虹の中から出てこなければ、出口閉塞側の部隊が虹の中に突入し、内部で挟撃戦を行う算段だ。虹の内外でリアルタイム通信はできないが、一本道であれば場所はどこであろうと挟撃戦は展開できる。帝国軍の上級指揮官は十分に地の利を生かして作戦行動していた。

 

 しかし我々は無謀にも最大戦速でタイトロープをこなし、既に虹の中から出て通常航路の反対側の隠蔽宙域で息を潜めている。敵の想定よりも六時間早く行動している状態だ。補給艦から燃料と兵器の補給を受け、タイトロープの疲労も一時間交代でのタンクベッド睡眠で解消している。

 

「もし虹の中でも五次元レーダーが使えていたら、話は変わっていただろうけどな」

 

 そうであれば虹の中に入って行った追撃部隊は、第一〇二四哨戒隊が圧倒的な速度で踏破していることに気が付いて作戦を変更し、自分達も道を急いでいたことだろう。しかし虹の中の過酷な環境が五次元レーダーの航跡探査をほぼ無効化している。しかも虹の内と外でリアルタイム通信が出来ない故に、異常を出口閉塞部隊に伝えることができないから、作戦の筋を変更することもできない。

 

「敵部隊、『モグラ穴』方向へ前進を開始」

「敵部隊の陣形、散開しつつあり」

 

 六時間経っても『モグラ穴』から敵部隊(第一〇二四哨戒隊)が出てこないということは、虹の中で別動隊と交戦中であると判断し、出口閉塞部隊は虹の中への突入を開始する。散開陣形を取るのは、虹を渡河する際に少しでも衝突の危険性を避けようという意思だろうが、知らないとはいえ前方に障害物・後背に敵を抱える一〇〇隻以下の小規模部隊が一番やってはいけないことだ。

 

 これが一〇〇〇隻以上の中規模部隊同士の戦闘であれば、逆に散開することが正解になる。一度に一〇〇〇隻を消滅させる攻撃力を有する兵器が要塞砲しかないからだ。だが目の前にいるのは僅かに五二隻で、戦闘艦は四七隻。しかも虹に突入する為に艦首へ中和磁場を最大展開している。

 

「仕事を始めよう」

「一〇二四、全艦、攻撃はじめ」

 

 俺が肩口まで上げた手を前に伸ばすと、ドールトンがマイクで応える。それに応じてビューフォートが戦艦ディスターバンスを再起動させ、隠蔽宙域から飛び出す。続いて第一分隊の戦艦群と、第二・第三分隊の巡航艦群がこれに続き、その後ろに第七分隊が単縦で続く。一〇分かからず戦艦ディスターバンスを左前方とした斜陣形となり、出口閉塞部隊の右後背から突入を開始する。

 

 帝国軍の混乱はレーダーで手に取るようにわかる。想像もしていない方向からの奇襲。反転しようにも目の前には虹。そのまま右旋回すれば艦左側面を虹に浸すことになる。しかも散開している状況で効果的な統制射撃位置が取れない。一方で分隊統制射撃を行える第一〇二四哨戒隊は、敵艦を個艦単位で各個撃破できる。

 

 さらに攻撃主力となるべき帝国軍戦艦の三分割エンジンデザインが不利となった。強引に右旋回を試みた戦艦の一隻は、左舷に張り出している補助機関部を虹にぶつけて制御不能となり、虹の中へ引きずりこまれるように回転しながら分解していく。

 

 それでも虹から距離のあった巡航艦が回頭に成功し、こちらに攻撃を浴びせてくる。その砲火は当然先頭にある第一分隊に集中するが、艦首は既に巡航艦部隊に向けられていて中和磁場が攻撃を吸収し、反撃を繰り出す。

 この時点で帝国軍出口閉塞部隊の残存艦は三三隻。攻撃を仕掛けている第一〇二四哨戒隊は僅かに一三隻。秩序と冷静さを取り戻せば、帝国軍の方が圧倒的に有利な状況に変わりはない。

 彼らもそう考えた。戦艦がことごとく戦闘不能ないし撃沈しても、敵(第一〇二四哨戒隊)は予想より早くこの宙域に到達していても、同盟軍は虹の中で戦力の半数を『失っている』。一気に揉みつぶせと隊列を無視して強引に前進を開始するが、その大きく開いた横っ腹に別宙域に隠れていた第四・第五・第六分隊が喰らいついた。

 

 この別動隊は巡航艦四隻、ミサイル艦一隻、駆逐艦八隻というこれ以下にしたら仕事は出来ないくらい小規模のものだが、完全無警戒からのミサイル艦を含めた中性子ミサイルとレールガンを合わせた飽和攻撃は絶大だった。隊列の乱れに加えて、戦艦喪失による指揮系統の乱れにより迎撃は個艦単位でしか行えない。中性子ミサイルの迎撃に成功しても、自爆モードのレールガン弾体の破片が襲い掛かる。

 

 こうなると帝国軍はもはや猟犬に囲まれた猪でしかない。第一分隊を先頭とした斜陣形から並列陣形となった本隊はそのままゆっくりと左に横滑りし、逆に別動隊は右滑りして両隊が連結すると、帝国軍は虹を背に半包囲へと追い込まれた。三分に一隻の割合で戦闘不能に陥り、後退しすぎて虹に推力を奪われた艦からはシャトルが次々と脱出し始め……ついには健全な艦からも脱出者が現れ、戦線は完全に崩壊した。

 

「新たな敵! 『モグラ穴』より出現しつつあり!」

「数一〇、いえ、二〇以上。中和磁場を展開しつつ、渡河を試みています!」

 

 戦闘開始より三時間。虹の中で我々を捕捉できなかった帝国軍の別動隊は、出口閉塞部隊と我々が『モグラ穴』出口付近で交戦していると思い、予定通り挟撃すべく虹を強行渡河してきた。渡河先では強烈なエネルギー反応が検知されている。渡河を終えた艦はこれを交戦中のエネルギー反応と判断し、次々と中和磁場を開放して短距離砲の照準を『手近の人工物』に合わせて咄嗟射撃を開始する。つまりそれは……

 

「同士討ちです……」

 

 ドールトンが目の前で繰り広げられる惨状に、ジャケットの下腹部を抑えながら胃から絞り出すような掠れた声で呟く。

 短距離砲の一斉射が、艦尾を虹に向けた残存艦のエンジンを貫き、脱出したシャトルを薙ぎ払う。後背からの味方の射撃に気が付いた出口閉塞部隊が転舵して脱出を試みるが、それは船腹を不用意にさらけだし、咄嗟射撃を行う帝国軍別動隊の視界を塞ぎ、被弾面積を広くする。

 

 流石に二斉射した段階で同士討ちに気が付いた別動隊は砲撃を停止するが、一度ついた推進慣性を急に止めることはできない。砲撃を停止した艦から狙い撃ちされ、辛うじて通常宙域に出て中和磁場を展開できた艦も、後ろから虹を渡河してくる艦に追突され、戦うことも出来ず誘爆・大破戦闘不能に陥る。そして虹の中で静止を選択した艦は、中和磁場の及ばない船尾に虹の威力をまともに浴びて、推進力を失い虹に流されていく。

 

 出口封鎖部隊に砲火を浴びせてから五時間。帝国軍別動隊と第一〇二四哨戒隊の間には、分厚い帝国軍艦艇と帝国軍人だったものが横たわっている。それでも帝国側は抵抗を諦めなかった。再三の降伏勧告にも応じない。しかし別動隊で最後まで残った戦艦が左弦補助機関を撃ち抜かれ、バランスを崩したところを第三分隊から袋叩きにされて撃沈したのを機に、残った敵艦が一斉に降伏信号を上げた。

 

「砲撃停止」

「砲撃を停止しなさい! 今すぐ!」

 

 俺の声よりもはるかに切羽詰まった、悲鳴のようなドールトンの指示は、通信波に乗って第一〇二四哨戒隊全艦に響き渡る。それからものの一〇秒で、第一〇二四哨戒隊は砲撃を停止した。膨大な残骸の向こうにいる航行可能な敵の残存艦は七隻。それと交戦早々に降伏信号を上げた出口閉塞部隊の支援艦五隻が、帝国軍の生き残りだった。

 

「帝国軍残存艦へ通信。『こちらは同盟軍第一〇二四哨戒隊。旗艦戦艦ディスターバンス。貴艦らの降伏信号を了解する。速やかに動力を停止の上、艦名および艦長の名前と階級およびハンモックナンバーを申告されたし。また余裕のある艦は、シャトルによる撃沈艦の乗組員救助に当たられたし。救助活動中は攻撃しない』」

「直ぐに行います」

 

 敬礼もそこそこにドールトンはマイクを取って、戦闘艦橋にいる通信オペレーターと話を始めた。その間に俺はビューフォートに命じて、スパルタニアン全機を通常航路に全球展開させる。同時に第一分隊各艦からも内火艇と作業艇を出して救助活動を行うよう指示を出してから数分後、通信オペレーターと相談を終えたドールトンが俺に報告する。

 

「帝国軍の現時点での最先任士官は、巡航艦ブレーメン八七号の艦長ディートフリート=エンゲルベルト中佐とのことです。残存他艦の艦長も、彼の最先任を了解した模様です」

「通信を開けるか?」

「準備できております。どうぞ」

 

 流れるようにドールトンが司令官用の端末を操作すると、小さなモニターの片隅に年配の帝国軍人が現れた。最初に女性、次に若造が現れたからか、少し気まずそうな、それでいて悔しそうな顔つきをする。

 

「同盟軍第一〇二四哨戒隊隊司令のヴィクトール=ボロディン中佐です」

 席から立ち上がって画面に向かって敬礼すると、エンゲルベルト中佐も答礼する。同じ階級なので同時に敬礼を下ろすと、エンゲルベルト中佐は改めて小さく頭を下げた。

「帝国軍第九〇八遠征哨戒隊所属、巡航艦ブレーメン八七号艦長のエンゲルベルト中佐です。敗残の身を貴官にお預けする。小官はともかく、部下には寛大なご処置を」

「ご安心を。既に戦闘は終わりました。残存各艦の武装解除と幾つかご協力がいただければ、この宙域で可能な限り将兵の釈放手続きを行います」

「は? それは……」

 思わず顔を上げるエンゲルベルト中佐に、俺は左手で中佐の言を制する。

「戦闘艦をお返しするわけにはいきませんが、ひとまずは残存する輸送艦のうち二隻に分乗いただき、お帰り頂くことは確約いたします。その手続きの為、エンゲルベルト中佐ともう一人、どなたか艦長をお選びいただいて、戦艦ディスターバンスまでご足労願います。その間に救助と負傷兵の一時治療も行いましょう」

「……承知いたしました。残存将兵に代わり貴卿の寛大なご対応に感謝いたします」

 

 画面の中で深く頭を下げるエンゲルベルト中佐の姿が消えたのを確認して、俺はこれからの手順を思い浮かべながら、大きく溜息をついた。

 確かに中佐の言うように、これは寛大すぎる処置だが、別に俺は中佐個人に恩を売ろうとかそういう考えはない。現実として想定三〇〇〇人以上の捕虜を収容できる施設が補給施設にはないし、戦闘の可能性のある国境哨戒域を一二隻の拿捕艦全て引き連れて回航するだけの予備人員もいない。単純にお宝を抱えてヨタヨタしながらの帰り道、後ろから襲われて命を落とす羽目になるだけのこと。

 勿論理由はそれだけではない。言語明瞭な敵指揮官の口というのは、戦地において何よりも貴重だ。年配でフォンの称号がない中佐は平民出身者。誇りある職業軍人として俺達に国境防衛の配置など喋ろうはずもないのは分かっているが、俺が知りたいのはもっと別なことだ。

 

「モイミール医務長達はこれからお忙しくなりそうですから、採血と検査は各艦の警備班に任せましょうか?」

「そうしよう。それと残存艦の『中身』の捜索だ」

「承知いたしました。マーフォバー大尉に伝えます」

 敬礼して立ち去るドールトンを見て、哨戒隊全体の仕事をファルクナー艦長に押し付けたビューフォートが、背伸びをしながら艦長席から俺の傍に寄ってくる。

「出ると思いますか?」

 何が、とは言わないビューフォートの口調は厳しい。

「エンゲルベルト中佐の判断はまともそうだった。恐らく出ないだろう。最後に沈んだ戦艦に乗っていた人間の方が怪しい。捕虜になるくらいなら死を、と考えていたと思うが、あまりにも無駄な抵抗だった」

 

 いずれにしても統計し分析する必要がある。中佐や指揮官クラスの人間には直接問いただす必要があるだろう。それまでに発見せざる敵が襲ってこなければいいが、『救助活動中』の敵を攻撃してはならないという共通認識は両軍ともにある。それを確認することも、汚染状況の判断材料になる。

 

「ビューフォート」

 内火艇や作業艇、シャトルが忙しく動き回るメインスクリーンを眺めながら、俺は横に並ぶビューフォートに問いかけた。

「さっきエンゲルベルト中佐に、輸送艦二隻に三〇〇〇人乗せるって言ってしまったが、大丈夫かな?」

「……まぁ小型輸送艦一隻に一五〇〇人でしょう? 兵器を下ろせばなんとかなるんじゃないですか?」

 

 そんなことで悩んでたのかよと、言わんばかりにビューフォートはかなり強めに自身の頭を掻くのだった。

 

 

 

 

 捕虜の小型艦への移送と、拿捕した戦闘艦の自沈処分準備が済んだのは、それから六時間後。結果として別部隊との接敵はなく、この星系に居た全ての部隊と第一〇二四哨戒隊が交戦したことが判明した。

 

 エンゲルベルト中佐も付いてきたもう一人の中佐も、予想通り帝国軍の哨戒作戦内容を喋ってはくれなかった。ただ以前に俺が獲得した捕虜に薬物中毒者が多く含まれていたことを話すと、やはり同じように回答してくれなかったが、一瞬にして顔色が変わったことだけは確認できた。ということは、帝国軍の哨戒隊群内部でも薬物の存在は十分認識されていると、いうことだろう。

 

「砲撃を開始します」

 

 ビューフォートの言葉に俺は小さく左手を振って応えると、重力アンカーで強制的に横一列に並べられた帝国軍巡航艦四隻と駆逐艦三隻に向けて、第一〇二四哨戒隊全ての戦闘艦から砲撃が行われた。固定された目標に対し、十分に照準を合わせられた各艦の砲撃は一筋も外れることなく命中し、七隻の敵艦は小さな一つの火球となって瞬き、消えた。

 

「敬礼」

 

 同じくビューフォートの声が哨戒隊全艦に流れる。戦艦ディスターバンスに限らず、他の艦も砲術班と機関班以外の全員が、外部の映像が見れる場所にて直立不動で、戦場に向かって敬礼しているだろう。そしておそらく帝国軍小型輸送艦に乗っている三三四八名の帝国軍人も。

 

「敬礼止め」

 

 完全に礼儀に則った三分間の敬礼が終わり、一気に空気が弛緩する。敵に包囲され、その半数をまずは各個撃破し、虹の中を最大戦速で強行突破し、虹から出た後は数的優位の敵の後背を襲い、さらに虹から出てくるところをコテンパに伸した。第一〇二四哨戒隊の撃沈確認は五三隻。撃破未確認戦果は三七隻に及ぶ。各艦平均で四隻近い。これはもう偶然が重なったとはいえ一哨戒隊の戦果ではない。

 

「我らの勝利だ!」

 

 マイクを持ったままのビューフォートが、いきなりマイクなど必要ない程の大声で、右拳を高く突き上げる。

 

「「「hooray(ウーレイ)!!」」」

 

 それに応じて、戦闘艦橋から老若男女問わない喊声が返ってくる。少し遅れて他艦の喊声もスピーカーから聞こえてくる。

 

「我等が『提督』、万歳!」

「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」「「hooray(ウーレイ)!!」」

 

 続けざまに放たれるビューフォートの気勢に、三度の喊声が応える。それは国家規模の会戦で勝利した『提督への賛歌』。一辺境哨戒隊の、一介の中佐如きに捧げられるものではない。それなりに軍歴のあるビューフォートも、戦闘艦橋にいるルシェンテス航海長のようなベテランも、若手士官のレーヌ中尉やヴァーヴラ中尉だってそんなことは知っている。

 

 だが今の俺の耳にはそんな力強い喊声ではなく、医務室にいるモイミール医務長の言葉が、呪文のように繰り返し聞こえてくる。能力を超えた過大な戦果が将兵自身を酔わせる。近い未来に俺が作戦指導を誤り、第一〇二四哨戒隊が一敗地にまみれた時、彼らはどうなるのか。本当に糸の切れた操り人形のようにバラバラになってしまうのか。

 

 そしてそれ以上に、この勝利が最低でも六〇〇〇人の帝国軍人の死によって成り立っていることを、俺は『頭で』理解している。六〇〇〇人の未来を星屑に変え、その家族や友人恋人の心を磨り潰した。悪徳の上に勝利と功績があることに嫌気を感じると共に、それが極めて甘美で輝かしくあること、何より俺自身がそれに酔いつつあることに寒気を感じずにはいられず、思わず強く左手で震える右上腕を握りしめてしまう。

 

「隊司令……」

 

 戦闘艦橋の興奮とは正反対の、沈静の成分が含まれた憂いのある囁き声が、俺の左耳に流れ込む。ゆっくりと首を回せば、不治の病に侵されている長期入院患者のような青白い顔をしたドールトンが立っていた。

 

「大丈夫だ、ドールトン。きっと、大丈夫だと思う」

 

 何を言っているか自分でもわからなかったが、俺は左手を右腕から離してドールトンの細い左肩にのせ、右手を強く握りしめながら笑顔を浮かべて右を向き、ビューフォートに向けて小さくガッツポーズを示すのだった。

 




2026.05.06 更新

「航空行進曲」は名曲だと思います。
ドールトンやレーヌが変なカッコで空飛んでいる方でも全然イケます。
(特別防衛監察対象になりそうですが)

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