ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~   作:平 八郎

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お世話になっております。

本当は水曜日に投稿する予定でしたが、話の中央部がどうにも上手く書けなかったので、
書き直して少しだけシンプル(当社比)にしました。

ほとんどメアリー・スーに近いですが、全て腹黒親父の手のひらの上です。



第125話 味方、味方、そして、敵

 

 宇宙暦七九二年三月。ニンシグシグ星系

 

 ニンギルス星系における一連の戦いが終わり、第一〇二四哨戒隊は残り二箇所の跳躍宙点に『仕掛け花火』を設置してから、第五四補給基地への帰途に就いた。

 

 拿捕艦として同行するのは、帝国軍の小型輸送艦二隻と工作艦が一隻。小型輸送艦には他の二隻から降ろした帝国軍の予備ミサイルやデコイと、怪しげな反応のある塗料缶がギッチリと押し込められている。

 それらの管理を任されたシツカワ中佐とアダムス艦長の気合の入りようは思わずこちらが引くほどで、アダムス艦長など『サトミ大佐にできて俺に出来ないわけがない』と鹵獲した帝国軍工作艦を兵器改造工場にすべく、わざわざ移乗して陣頭指揮を執っている。

 

「何しろ立て続けに膨大な数の誘導兵器を消耗しましたので……鹵獲兵器の再利用でシツカワ中佐の機嫌も、少しは良くなればいいんですが」

 

 そう言ってドールトンは、俺の執務机越しに大型端末を差し出した。画面に映っているのは哨戒隊各艦への再補給後の第七分隊の在庫・残量報告書だったが、食料品や生活需品を別として見るも無残な数字が並んでいる。船舶燃料は四〇パーセント、レールガン弾体は三七パーセント、中性子ミサイルは二〇パーセント、機動デコイは一八パーセント、そして誘導機雷が一一パーセント……もちろん原因の大半は俺である。

 

「他の哨戒隊のように補給艦や給兵艦が沈められたら、こんなこと言ってはいられないわけですが、やはり今後は戦術の転換を検討する必要があるかと小官は考えます」

「戦闘が全て艦砲射撃で済めばいいんだが、用兵の幅を狭くする。結果として生存性が下がる」

 

 ビーム艦砲は基本的に消耗部品の数が少ない。適切なメンテナンスを行っていれば、核融合炉からのエネルギーが切れるまで撃ち続けることができる。一方で中性子ミサイルなどの誘導兵器は実体兵器だから使えば当然なくなる。しかし当たり前の話だが、砲撃より誘導兵器の方が一発の威力が高いし、使い道も多い。兵器の消耗を惜しんで兵を失うのは本末転倒だ。

 

 それにそもそも第五四補給基地の備蓄量は多くない。その点においては基地の補給担当者に罪はない。前線に近いため兵器廠は少なく、後方からの輸送力も限られている。着任早々なんで補給船団を一緒に連れてこなかったとビューフォートが逆ギレされたのも、サトミ大佐が鹵獲兵器を改造して再利用するのも、現実として致し方ない話でもある。

 

「一時的には帝国側の哨戒網に穴は開いた。その補充を行うにも時間はかかる。その間にアダムス艦長の頑張りに期待しよう」

 

 原作通りなら近いうちにアルレスハイム星域で中規模の戦闘がある。その通りになるかはわからないが、辺境配備の哨戒隊がこれだけ通常パトロール哨戒域を超える危険な哨戒活動を行っている以上、可能性は極めて高い。五月にはシトレが言っていたように第五次イゼルローン攻防戦が行われるとしたら、その助攻としてアルレスハイム星域への攻撃が企図されてもおかしくない。

 

 そうなれば哨戒隊は哨戒ではなく、救難救助活動と支援艦の護衛任務も課されることになるが、その場合、応援を要請した(大抵は中央の艦隊)側から補給支援を受けることができる。補給基地からの補給ではないので『副業』とか『短期アルバイト』と陰で言われているお仕事だ。補給基地側も上位の辺境軍管区司令部も、補給で基地在庫(自分の腹)が痛まないので『口入』すらしている。

 

「我々は帰投している最中だから、もしアルバイトするとしても一度補給基地に戻ってからになるから、しばらくは正規の補給を期待できない、か」

 

 ただでさえ俺と補給基地参事官のオブラックは表立ってはいないものの、対立していることを第一〇二四哨戒隊上層部は知っている。いつまでもこの状況であってはならない。それは理解しているが、なかなか中央へのアクセスする機会を掴めないでいる。溜息を吐きつつ俺が肩を竦めドールトンに端末を返すと、そのタイミングで執務机に備え付けられたインターホン受話器が警報音を鳴らし、次いで艦橋にいるビューフォートの軽い声が流れてくる。

 

「お楽しみ中、申し訳ございません。隊司令」

 

 いきなりの放言にドールトンの目尻に深い皺が寄る。白兵戦競技会とこれまでの戦いで、戦艦ディスターバンスで『そういう誤解』をする人間は皆無となった。むしろ別に隊司令(俺)とドールトンがくっついても『異議なし』みたいな空気すらあり、ドールトンとしてはずっと当てこすられているようでなかなかスルー出来ないでいる。

 

「ニンシグシグ星系第四惑星軌道上を掠める形で移動する高重力集団を確認しました。通常航路を第一〇八八九九跳躍宙点に向けて移動中。速度第二巡航速度。総数二五〇〇」

 

 まだ帝国との哨戒交雑域内であることを考えると、この集団が帝国軍の可能性は否定できない。しかしドールトンがすぐさま大型端末でニンシグシグ星系の三次元航路図と現界した跳躍宙点の出発先を映し出すと、その抗重力集団の航路はニンシグシグ星系から別の星系を抜けてビフレスト星系に抜ける進撃ルートとしか思えない。

 

「敵味方識別信号は?」

「超光速通信を打ってよろしければ確認しますが、どうします?」

 超光速通信を打てばすぐに返事は返ってくるだろうが、万が一にも帝国艦隊であった場合、ニンギルス星系での戦いとは比較にならない戦力比で追っかけ回される羽目になる。それに味方の通信衛星に捕捉されれば『内なる敵』に露見する可能性もある。その危険性は当然排除すべきだろうと、ビューフォートは言外に告げている。

「わかった。中距離秘匿通信圏に近づいてからにしよう。レーダー透過装置を作動してから、航路を変更してくれ」

「アイ、サー。隊司令。相対速度でだいたい五時間というところです。それまでどうぞ、『ごゆっくり』」

 

 そう言って一方的に通信がビューフォートの側から切られた。その言葉にドールトンの厚い唇がピクピクと引き攣り、両拳も固く握られている。後でビューフォートにはきつく指導するとして、話題の転換の必要性を俺は感じ、顔を寄せるようドールトンに指図すると、彼女はより眉をひそめて執務机の端まで寄ってきた。

 

「いよいよ始まるぞ」

 俺の呟きにドールトンの顔から不快さが消え、驚きと警戒にとって代わる。一度だけ艦長室の部屋の隅々に視線を送ると、ドールトンはさらに顔を寄せて囁いた。

「……『第五次』、でしょうか?」

「そうだ。多分な」

 

 想定通りというか、今までも使われてきた主攻と助攻の常識的な作戦だ。シトレは要塞攻略作戦自体では奇策を用いたが、戦略的においては常道を行く選択をした。故に一介の 哨戒隊の隊司令付副官もすぐに想像がついてしまう。今さらドールトンが帝国のスパイとは思えないが、既にシトレの腹黒親父もビュコック爺様もそしてグリーンヒルも準備を整えハイネセンから艦隊を出発させているから、今更帝国側に超高速通信を漏らしても間に合わないだろう……

 

「もしかして隊司令は、攻略戦のことをかなり前からご存じだったのですか?」

「詳細な時期までは分からなかったが、『仕掛け花火』が早々に役に立ちそうで何よりだ。近づいてくる機動集団の指揮官が有効的に活用してくれるといいね」

 

 それから五時間後。この世界に俺を送り込んだ神様は、俺達に最高の出会いを与えてくれた。まぐれではない。というよりは、攻略戦上層部(シトレ以外には考えられないが)の強い意向が間違いなくあった。中距離秘匿通信圏内に入り相互の所属部隊が分かった瞬間、俺は当該機動集団司令から「辺境における現時点での帝国哨戒網の状況について直接司令官に説明するよう」召集を受けた。俺の乗るシャトルの行先は第四七高速機動集団旗艦、戦艦コシチェイである。

 

 機動集団参謀長自らがシャトルの搭乗口まで出迎えに来たため、司令官公室まで行く間、俺はすれ違う戦艦コシチェイ乗組員の注目の的だった。針のむしろと言っていい。なにしろ高速機動集団のナンバー二である准将が、辺境哨戒隊の一中佐と親し気に会話しながら歩いているのだ。気にならない方がおかしい。

 

「よく来た。ヴィクトール。すこしは背が伸びたんじゃないか?」

「二八になる男を捕まえて、今更『背が伸びたか』はないでしょう。グレゴリー叔父さん」

「親から見れば子供はいくつになっても子供なのだよ。はやくそこに座りなさい」

 

 司令官公室の四人掛けソファで、お互い軍服姿で会うのは二年半ぶりの叔父さんは、敬礼もそこそこに早く座るよう目の前のソファを指さした。そんな公室の中が気になったのか、副官らしい若い男性の中尉が紅茶と蜂蜜をもって来たが、早々に盆ごとコナリー参謀長に奪われ、体よく部屋から追い払われてしまう。

 俺が「良いんですか?」と視線でグレゴリー叔父に問うと、叔父さんも軽く無言で頷くので、俺は席を立ってコナリー参謀長から盆を受け取って三客分の紅茶を淹れて、年配の『身内』達に手渡す。蜂蜜の瓶に書かれた銘柄を見ると、俺が好きな、ハイネセンでもそこそこ名の知れたブランド品だった。

 

「レーナからのお土産だ。後で持って帰りなさい」

「公私混同ここに極まれり、ですね。ありがとうございます。『腹黒親父』にもよろしくお伝えください」

「いいとも。ヴィクトールが平伏さんばかりに、咽び泣いて喜んでいたと伝えておくよ」

 思わず叔父さんの隣にいたコナリー参謀長が、カップに口を付けたタイミングで盛大に咽る。それなりに薄くて値の張りそうなカップをテーブルに戻しながらゲホゲホするコナリー参謀長の背を、グレゴリー叔父は困った顔をしながら軽く叩く。

「まず先に仕事の話をしよう。帝国軍の哨戒網に異常はあるかい?」

「いつも通りの外征準備状況です。第三辺境軍管区は麾下哨戒隊に前進哨戒を指示しています。それに対し帝国軍も複数の哨戒隊を糾合して対応している状況です」

 

 グリーマ星系に設置された重力波探知衛星、逆に無防備なビフレスト星系と急遽設置した『仕掛け花火』、四個哨戒隊に包囲されたニンギルス星系、単独行では積極性に欠ける帝国軍哨戒隊、それぞれの状況をドールトンが纏めた報告書を基に、グレゴリー叔父とコナリー参謀長に説明する。『仕掛け花火』のところでは二人から苦笑が漏れたが、ニンギルス星系の戦いについては、冒険的な作戦行動をグレゴリー叔父からかなり厳しめに添削された。

 

「二回目の戦闘の必要性が問題だ。ヴィクトールの言う通り跳躍宙域で襲撃される危険性も十分考えられるが、敵がもう一個哨戒隊多かったら勝者と敗者は逆になっていた可能性が高い。そこは分かるね、ヴィクトール?」

 そんなに厳しく言わなくても、という表情を浮かべるコナリー参謀長を他所に俺が無言で頷くと、グレゴリー叔父は小さく溜息をついてソファに深く座り直す。

「ヴィクトールは自分の思考と分析に自信を持っているかもしれないが、時として現実がそれを超越してくることも多い。敵が常に理性的な動きをすると、あまり期待しすぎないよう今後は注意しなさい」

「その事ですが、一つ気がかりなことがあります」

 

 俺はジャケットの胸ポケットからマイクロデータを取り出し、自分の端末に差し込んで二人に説明する。敵内部における薬物汚染の状況、拿捕した艦艇から発見されたサイオキシン麻薬、両軍に薬物を媒介とした通謀の可能性、さらには第五四補給基地内部の治安状況について。

 言葉を進めていく度に温厚篤実なグレゴリー叔父の、光明磊落なコナリー参謀長の、二人の顔に今まで見たこともない峻厳さと憤怒が浮かんでくる。全てを言い終えた後、司令官公室の空気は数分の間、鉛が含まれたように重かった。

 

「シトレ大将に必ず伝えよう。結果がどうであれイゼルローンの戦いに決着がついたら、即座に対応してもらう。私からもサイラーズ長官に直接申し上げる」

 先ほどとは比較にならない、腹の内に溜まった怒りを吐き出すような大きな溜息の後、グレゴリー叔父はゆっくりと、一言一言はっきり言う。

「証拠品と証人は第四七高速機動集団が預かる。そうした方がヴィクトールも『動きやすい』だろう」

「監査官を第五四補給基地に送り込むべきです。このコナリーもお手伝いさせていただきますぞ」

「そっちは上手くいくかわからんぞ、ジェフ。恐らくアルベ本部長は乗り気にならんだろう。何しろ辺境軍管区は本部長の直轄管掌範囲だ」

 グレゴリー叔父の答えにコナリー参謀長は、上官と元上官の息子を前にして大きく舌打ちする。とても公にはできない、そして実にコナリー参謀長らしくない仕草だが、それだけ怒りを隠せないでいる。が、アルベ本部長の件は、考えてみれば当たり前の話だった。

 

 アルベ本部長は三回目の本部長改選が近い。宇宙艦隊司令長官もサイラーズ大将になって二年半。ほぼ同時に改選となる可能性は高い。そして第五次イゼルローン攻防戦の結果次第では、本部長選挙の結果は大きく変わる。原作では第五次イゼルローン攻防戦にシトレは失敗するが元帥に昇進している。ロボスも恐らくそれに遅れて元帥に昇進している。

 

 軍内でもこの二人が要職に就くことは既定路線のような空気だ。しかし既に元帥のアルベ本部長としてはシトレが元帥に昇進するようなことになれば、サイラーズ大将も元帥に昇進して統合作戦本部長になるので勇退せざるを得なくなる。

 

 あるいは定年が近いサイラーズ大将が引退してシトレが宇宙艦隊司令長官となる可能性もあるが、今のところ大きな失敗のないサイラーズ大将に対し、直接管掌する辺境軍管区の麻薬汚染・敵国通謀などの不祥事が発覚すれば、改選などおぼつかない。手を付けるとしても改選後、となる。

 

「私も情報部の数人と知己がありますが、第五四補給基地を通じた超光速通信では傍受の可能性が高いので」

「情報部三課のカーチェント准将、第五艦隊のモンティージャ大佐、あと七課のバグダッシュ少佐かな?」

「よくご存じで……」

 俺の経歴を見れば一目瞭然ではあるが、あまり『筋の良くない』友人関係を親(正しく養父なのだが)に見抜かれているようなむずがゆさが、俺の背中を這いずり回る。居心地悪そうに背中をソファに擦る俺を見て、グレゴリー叔父の顔にも優しさが戻ってくる。

「どうもその三人。揃いも揃ってヴィクトールを軍から追い出したくて仕方ないらしい。特にモンティージャ大佐はビュコック提督のところに行く度に私に言ってくる」

「あれは本当に『ウザい』男ですなぁ……」

 

 十分に整えられたキューバ髭を撫でながら、小さく首を傾げつつ眉を顰める。というかあの三人、グレゴリー叔父にまで直接吹き込んでくるとはさすがに失礼に過ぎるし、手段を選ばなくなってきている。そこまで彼らが情熱的に動く理由はいったい何なのか。

 

 気になることはある。三人のうち二人には確実にグリーンヒルの息がかかっているということ。カーチェント准将はケリムで俺をグリーンヒルの密使と考えていた。バグダッシュは原作でグリーンヒルの書斎にまで赴いて政治体制批判を行うような男で、マーロヴィアでも散々俺を煽ってくれた。

 

 そしてモンティージャ大佐は『俺の出世レース賭博』の元締めをしている。仲間内とはいえ賭博の元締めが率先して賭博対象の行動付けを行うなど八百長以外にあり得ない。モンティージャ大佐とグリーンヒルとの明確な繋がりは確認できないが、グレゴリー叔父に直接働きかけ、他二人と同じように俺を軍から政治の世界に送り込ませようとしている。

 

 となると、一番の謎はグリーンヒルの存在とその意志だ。たまたま知人である情報部員三人が同じ目的で行動している、というのは偶然にも程がある。フェザーンの一件で世話になったブロンズ少将(昨年昇進)も含めれば、グリーンヒルを中心として情報部員が組織だって『何か良からぬこと』を企んでいるとしか思えない。

 

 ではグリーンヒルにとって、俺を仮に退役させて政治家にするメリットとは?

 

 今のままでは当然与党トリューニヒト閥の、地方星系議会議員から始めることになる。勿論選挙区地盤がなどない落下傘だから、同盟議会議員になるにはド・ヴィリエのように前任者の引退等に合わせるなどしなければ、当選すらおぼつかない。良識派と言われながらクーデターまで起こしたグリーンヒルは、トリューニヒト派の議員になった俺に何を望むのか。

 

「ヴィクトール。いつもの悪い癖が出ているぞ」

 

 目の前で体格の割に少し大きな手をチラつかさせるグレゴリー叔父に、俺は意識を現実に戻した。相変わらず想像豊かですなぁとコナリー参謀長は庇ってくれるが、人としても指揮官としてもよろしくない癖なのだが、なかなか治らないのが困りものだ。

 

 だが笑みを浮かべる二人の『叔父さん』達を前にして、俺は足の裏が応接室の床に飲み込まれていくような悪寒を感じた。アントニナから聞いている『ヤン・ファンクラブ』会長の狂気に近い信仰、俺とヤンの年齢、シトレとロボスのほぼ中間に位置する軍事指揮官も出来る良識派と呼ばれる官僚系の軍人、情報部内に張り巡らされている『同志』の網、賛同する実働部隊の不足、トリューニヒト排除後の政治指導部門要員の不足……

 

 まさか、と思う。大体グリーンヒルが原作通りにクーデターを起こすとは限らないのだから、その先を考えるのは直前であるべきで、今から備える必要などない。ないはずなのに身構えてしまう。

 

「御曹司、本当に大丈夫ですか? だいぶ汗をかかれているようですが」

 

 コナリー参謀長の心配する声に俺は額をぬぐうと、撥水加工されているジャケットの右袖に太い汗の線が残る。金髪の孺子と戦うよりも、ルビンスキーと対決するよりも、地球教徒と対峙するよりも、はるかに恐怖を覚える。『目の前の叔父さん達と戦わざるを得なくなる可能性』について。

 

「いえ。大丈夫です。久しぶりに家族だけになったので、きっと体が勝手に弛緩したんでしょう」

 俺は表情筋を無理やり動かし口元だけ笑みを浮かべつつ、軽い溜息をついてから僅かに身を乗り出して、この世界でもかけがえのない大切な叔父さん達に、膝を詰めて言った。

「実は『仕掛け花火』の多用途特殊運用にはパスワードが必要でして……この際、是非ともお客様には特別限定の最高機能版をお買い求めいただきたいのですが?」

「性能が良いのは分かってる。だが『お高い』のだろう?」

 ソファの肘掛けに左腕を預け、長い足を組んだグレゴリー叔父が、含み笑いをしながら応じてくれた。

「ジェフ。支援艦部隊に打診してくれ。行軍中に実施した実弾演習で、三〇隻分の物資を消費『しました』と」

「いい加減御曹司には、お小遣いを受ける立場からご卒業していただきたいところですなぁ……了解です」

 そう言ってコナリー参謀長は、苦笑いしながら俺に向かって茶目っ気たっぷりに敬礼するのだった。

 

 

 

 

 RASで中型輸送艦から物資を受け取った第七分隊のシツカワ中佐から『機会がありましたら、どうか少将閣下の爪の垢を集めておいてください』と、なぜか敬礼ではなく両手を組んでの涙目で懇願されてしまった。三五歳の未亡人とは思えない真摯な『わけのわからない』懇願に、本気でどう答えていいのかわからなかった。

 

 そんな感じの帰路で第一〇二四哨戒隊は、帝国軍の哨戒隊と二度ばかり遭遇したものの、交戦には至らなかった。いずれも最大巡航速度で通常航路を航行していて、一刻も早く支配圏へと戻ろうという行動。背後に一〇〇〇隻単位の大戦力が展開されては、自分達は袋のネズミ。濃密な掃討戦に陥る前に逃げ出さなくてはならない。つまりは同盟軍の一大攻勢が、帝国軍側にも周知されたのだ。

 

 またそれとは別に友軍の哨戒隊とも三度すれ違った。こちらは逃げ出している帝国軍哨戒隊の掃討・排除と補給線の確保が任務だが、情報交換で得られたのは、第三辺境軍管区を通過して帝国領へ攻勢をかけたのが三個高速機動集団だということ。

 

 つまり俺達が遭遇した第四七(ボロディン)だけではなく、第三九(ホーウッド)、第四八(ウランフ)もこの作戦に動員されているという。シトレの第八艦隊、グリーンヒルの第四艦隊、ビュコック爺様の第五艦隊が基幹部隊として動員されているのだから、まさにこの時期における同盟軍の(ほぼ)ドリームチーム。なんで負けたか理由が知りたいくらいだが、原作を知っていれば納得するしかない。

 

 もしかしたらこの世界では、このまま勝ってしまうかもしれない。現在の国力を維持したままイゼルローン要塞を手に入れられればしばらくは攻撃主導権を得られる。シトレは間違いなく元帥昇進で軍の中枢に入るが、ロボスは二歩遅れることになり、結果功名争いはシトレの『三歩』リード。

 

 勝っても被害はかなり出ているだろうからトリューニヒトも主戦論者も、いきなり帝国領侵攻とぶち上げることはない。そう考えるとこの時期に五万隻を超える兵力を動員できたのは、俺がいない間にシトレとトリューニヒトで何らかの取引というか相互の目的統一があったのかもしれない。

 

 だいぶ楽観的な空想であるが、辺境軍管区所属の一哨戒隊司令に過ぎない俺は任務を放棄することなど出来ないわけだから、グレゴリー叔父とコナリー叔父と爺様達とヤンの生還を祈念するぐらいしかやることはない。原作通りでいいところと、いい意味で裏切って欲しいところを、こっそりとこの世界に転生させた神様に祈りながら、第一〇二四哨戒隊は宇宙暦三月一八日に第五四補給基地へと帰還を果たし、即座に俺は補給基地司令部に出頭を命ぜられた。

 

「辺境哨戒域の戦況を、説明してもらいたい」

 

 司令官公室は完璧に制御された空調下でありながら、しわがれた額に脂汗を時折拭いつつレッディ准将は左後ろにオブラックを控えさせ、執務席に座ったまま問いかけてくる。机の上で浅く組まれている准将の両手は微妙に震え、俺を見る瞳の焦点は微妙にあっていない。

 

 これが准将当人の精神性からくる症状であるなら『まぁ不運でしたねぇ』と言える。ただ仮に後方支援科出身であっても、前線勤務をしたことのない士官が准将になるのはありえない。定年間近で経験豊富な准将が、攻勢に出て優勢な自軍の状況にあって、怯えることなどないはずだ。

 

「特に大きな問題はありません。第三辺境軍管区を三つの高速機動集団が帝国勢力圏へと向かっております。哨戒隊間の情報交換によれば、第三八、第四七、第四八で構成され、総数約八〇〇〇隻とのこと」

 

 そもそもこのくらいの情報は、先に帰還している哨戒隊だけでなく、別の補給基地からも届いているはずだ。それをあえて俺に聞く理由はなにか。焦点はレッディ准将に合わせたまま、傍に控えるオブラックを周辺視野で確認すれば、こちらはまったくの無表情。

 

「味方の攻勢は確かに突然ではありますが、高速機動集団が帝国勢力圏に入る前段階ですれ違いましたので、その後の戦況につきましては、報告を待つよりほかないと思われます」

「い、いや、そういうわけではない。勿論、高速機動集団の侵攻は突然であったが、その前の帝国前哨線の配備状況の方を知りたいのだ」

「なるほど。これは小官の解釈違いでした。申し訳ございません」

 やや感情過多な表情と、少し呂律の回らない言葉遣い。何かに怯えるようなレッディ准将の話し方は、少しばかり俺の興味をそそる。

「当哨戒隊の今回の哨戒任務ではニンギルス星系にて帝国軍哨戒隊と遭遇しております。星系内に配備された哨戒隊は四個。侵入した当哨戒隊に対し、分身進撃による包囲殲滅戦を企図しておりました。恐らくこちらの前線浸透哨戒活動を察し、重点航路に複数の哨戒隊を結集させ、こちらの行動の阻止に出ているものと思われます」

「四個哨戒隊……それはまた君、良く逃げられたな」

「えぇ、それなりに苦労いたしましたが、優秀な部下のお陰で何とか切り抜けることができました」

「そうか、そうか。ただ、うん。まぁ、これから大変なことになりそうだな……」

 

 そう言うレッディ准将は一瞬だけ目を見開いた後、渋い顔をしながら右手でネックスカーフに隠された襟首を掻きつつ、何度も小さく頷く。大変かどうかは分からないが、第五四補給基地も駐留する哨戒隊も忙しくなるのは間違いない。

 

 前線から補給依頼が出れば、基地に蓄積された物資を放出しなければならないし、その輸送艦部隊の前線への復路も護衛しなければならない。一〇〇隻単位の打撃戦隊が補給路を攻撃せんと勇躍侵入を試みるだろう。

 

 それを撃退するのも前線哨戒隊の任務だ。いくつかの哨戒隊を統合して、臨時の打撃戦隊を編成することになる。そして仮に負ければ敗残兵が帰ってくる。それを追撃する送り狼の駆除も、零れ落ちた遭難者のトンボ吊りも任務となる。

 

「うん。よくわかった。ボロディン中尉……じゃなかった、中佐。ご苦労だった。被害もあるだろう。次の出撃に備えて英気を養ってほしい」

 よっこらせと緩慢な動きで席を立つレッディ准将にオブラックが左後ろから手を貸そうとしたが、准将は緩み切った微笑みを浮かべながら左手でそれを断ると、俺に近づきゆっくりとしわがれた右手を伸ばしてきた。

 普通は敬礼で終わるのに、あえて握手を上官が望む以上、断ることはできない。俺もタイミングを合わせて右手を伸ばして准将の手を握ると、即座にその上に准将の左手が重ねられる。

「これから君にはいろいろと苦労が襲い掛かると思うが、めげずに頑張ってほしい。優秀な技官も経験豊富な先任大佐もいる。オブラック中佐もこの基地のベテランだ。彼らをじっくり観察したまえ。きっと君の役に立つことになるだろう」

「はっ。ご指導ありがとうございます」

「うん、うん、頼んだよ、ボロディン大佐」

「中佐です。司令官閣下」

 すかさずオブラックがかなり進行した認知症患者の面倒を診続ける介護士のような穏やかさと呆れが半々混ざった口調で突っ込みを入れる。

「え、あ、おぉ、そうだった。すまないね、ボロディン中尉」

「……はい、司令官閣下」

 

 今度は突っ込みを入れないのかと一度オブラックに視線を送るが、奴は小さく鼻息を吐いただけ。まぁこのくらいで腹を立てるのも馬鹿らしいので、俺はオブラックから手のひらが見えないように敬礼した。それに対する准将の答礼は実に緩慢で、右手は全く伸びていなかった。

 

「基地司令官閣下のお心を煩わせるようなことは控えて欲しいものだな」

 

 司令官公室から出てすぐ。俺がドックに戻ろうと廊下を歩く背中からオブラックが声をかけてくる。振り向けばオブラックと、その後ろに小銃を肩に抱える衛兵が二名並んでいる。二人の小銃の安全装置は一応掛かっているところを見れば、まだ若干の判断力を残しているとみていい。

 

「どこか小官の発言に問題がありましたか? オブラック『中佐』」

「四個哨戒隊が貴様の哨戒隊に対して包囲攻撃を仕掛けたという話だ。もし事実であれば、貴様の哨戒隊などとうに宇宙の塵になっているだろう」

 俺が敢えて階級を強めに言ったことがよほど気に入らなかったのか、アラフィフとは思えない若作りな顔を僅かに歪ませている。

「ところが貴様の哨戒隊は欠損なく、なおかつ輸送艦と工作艦を拿捕して帰投している。遭遇した敵や戦果を詐称するのは、軍人として最も恥ずべき行動だ。報告は正確にしたまえ」

「そうですね。戦艦一七隻、巡航艦二一隻、駆逐艦三一隻、撃沈確実。巡航艦一五隻撃破。その他の敵損害は未確認。巡航艦四隻、駆逐艦三隻、支援艦五隻拿捕。と、付け加えればよかったですか?」

「貴様、何を言っている?」

「ガンカメラがありますからいつでも確認できますよ。コピーが欲しければ言ってください。辺境軍管区司令部には提出済みですが、控えは残ってます」

「夢想もいい加減にしろ。まして加工した画像で辺境軍管区司令部を惑わずなど、軍律を乱すこと甚だしい。第一〇二四哨戒隊に禁足を命じる。警備隊による緊急査閲が必要だな」

「そんな権利は貴様にはない。オブラック『中佐』」

 

 二人の衛兵が動き出すより先。俺は左腕を伸ばしてオブラックのスカーフをギッチリと握り締め上げる。ハナ頭がほとんどくっつくぐらいまで引き寄せると、今までの白兵戦競技で培った殺気をフルにオブラックに浴びせた。

 

「まず第一〇二四哨戒隊は第三辺境軍管区司令部隷下だ。第五四補給基地隷下ではない。故に貴様に禁足命令を出す権利自体がない」

 ギリギリと締め上げたスカーフごと左手を、オブラックの細い顎下にまでもっていくと、奴の顎が上を向く。

「次に警備隊が組織外部隊に対し立ち入り緊急査閲を実施するに際し、対象部隊に対して査閲実施の理由を明記した令状を提出する必要がある。当然令状には上位司令部警備部管掌官のサインが必要だ」

 さらに左拳を上に捻り上げ中指第二関節を尖らせて顎裏を圧迫すると、奴は息苦しさから、あ、あ、とだらしない声を出す。

「さらに戦果確認の画像加工は当該部隊ではできないシステムになっている。前線に出ていない貴様が偽装などとよく言えたものだ。敵の砲火を浴びながら戦った俺の部下に対する侮辱以外の何物でもない。貴様には第一〇二四哨戒隊全将兵を敵に回す、その覚悟はあるんだろうな」

 

 そういって左拳を前に押し出すと、オブラックは力なく後ろに並び立つ衛兵二人に向かって倒れこんだ。衛兵の一人がそれに巻き込まれて一緒に司令部廊下に倒れ、もう一人が俺に向かって銃を差し向ける。俺は殺気そのままに、衛兵に正対して指さす。

 

「衛兵。貴様は丸腰のしかも上官相手に小銃を向けるのか? 衛兵の武器使用基準を言ってみろ!」

 

 警察比例の原則から、暴行を受け武器を以てしか抵抗手段がない時にしか、武器は使用できない。まぁこの場合、百歩譲ってオブラックが銃を抜いて俺を撃つかもしれないが、そうなれば二重に恥をかくのはオブラックの方だ。衛兵も反射的に銃を構えたのだろうが、流石にヤバいと思ったのかすぐに銃口を肩口まで上げる。

 

 俺はそれを確認した後、もう一人の衛兵の上に重なってまだ立ててないオブラックの前まで行き、開いた両足の間に向かって足を振り下ろすと、奴の持つ『最強の武器』の寸前の床に俺の軍靴の爪先が当たり、奴は悲鳴を上げる。

 

「薬漬けフィルターを納品するような舐めた真似を今後もするようなら、ご自慢の金タ●を踏み潰されるぐらいの覚悟しておくんだな。俺が『戦略予備(片方)』を残すような優しい男だと思うなよ」

 

 右ポケットの中。右の掌中央にあるマイクロフィルムの感触を中指で確かめながら、俺はオブラックにそう吐き捨てるのだった。

 

 




2026.05.16 更新

消した内容:グレゴリー叔父×コナリー参謀長 
      レーヌ中尉、愛の告白被弾回数 13回(男10女3)
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