5回書き直してコレっていうのは、正直絶望に近いのですが、もう今の私にはこれが限界見たいです。
宇宙暦七九二年六月から 第三辺境星域管区
部下を失った上官という立場は慣れないし、恐らくこれからも慣れることはないだろう。『たった』一五枚の戦死報告書を出力しただけで気落ちするようでは、一〇〇万将兵の指揮官として向いていない性格だと今更ながら自覚せざるを得ない。
戦死報告書の文章は定型の組み合わせ。勇敢に戦った、意味のある戦死だった、国家の為に命を捧げた、それに戦死した場所と日時。今回は(状態はどうであれ)遺体は収容されているが、一度の会戦での戦死者が多すぎる上に遺体が残るとは限らないこの時代、自筆でサインをしていては膨大な時間を使う為、上官のサインは最初から印刷されている。
後送される遺体がない場合、このシンプルなデザインの紙切れ一枚が遺族へ送られて、代わりとして墓へと埋められる。恐らくは原作のラップの墓の下にはラップの戦死報告書が埋められているだろう。ジェシカにはそのコピーが手渡されている。そもそも最初からコピーだと言ってしまえば身も蓋もない。
今回の戦いは全て俺の判断によるもの。彼らの命の代償として得られたものは通謀の『状況証拠』のみ。巡航艦ブルゴス四二号と戦艦グアダコルテに赴いて、遺体を乗せた医療カートを見送る俺に、原作で無意味に兵士を死なせる上官に憤っていた前世の無邪気な純真さが刃となって串刺しにする。
しかし初めて僚友に戦死者を出した第一〇二四哨戒隊の将兵が、俺と同じように悄然としていたかと言えば、そうでもない。戦死者が出るのは当たり前という時代。それよりも撃沈した艦が未だ一隻もいない。逃げ回っているわけでもなく激戦に次ぐ激戦。その只中にあって抜群の戦果を上げていることで士気は高い。
部下達は自分達を『赤い肩』(ローテ・シュルテン)と自称する様になっていた。基地の中を出歩く際、彼らは赤サインペンをジャケット右肩のホルダーに挿しはじめた。それだけで部下達は一目置かれはじめている。基地要員からは相変わらず敬遠されているが、他哨戒隊の要員からは『異能の部隊』、『死なない哨戒隊』という二つ名で呼ばれ、畏怖され、少しずつ見る目が変わってきた。
そしてその二つ名は味方だけに留まらない。
六月二一日からの第八回、八月一日からの第九回、九月一二日からの第一〇回目の任務で、帝国軍哨戒隊の活動範囲が明らかに縮小していることが分かった。おおよそパランティア星域を超えてファイアザード星域に侵入してくることはまずなくなった。
さらに遭遇しても極力戦闘を避けるように行動している。正確には有効射程に入るまでは挑戦信号も発するし攻撃を仕掛けてくるのだが、いざ有効射程内に入り映像を確認できる距離まで達すると途端に帝国側哨戒隊が戦闘宙域から離脱し、ある者は星系からも逃げ出していく。
他の哨戒隊からの報告ではいつも通り遭遇・戦闘を繰り返しているのに、第一〇二四哨戒隊に対してだけあまりにも不可解な行動。一度速度を緩めて偽装後退してから一気に急加速して巻き網漁のように包囲して、強引に捕まえた捕虜達から得られた情報に、思わず第一〇二四哨戒隊の将兵は苦笑するしかなかった。
『敵哨戒隊との交戦はパランティア星域内とせよ。数的不利になったら離脱せよ。『赤い肩(ローテ・シュルテン)』に遭遇したら直ちに離脱せよ。離脱できない場合は降伏しても罪に問わない』
自主的戦線離脱の許可や、帰還捕虜に対する懲罰の風習すらある帝国軍とは思えない通告。だが、辺境戦域の一哨戒隊に対する名指しの命令に含まれている意味は大きい。
第五次イゼルローン要塞攻防戦の結末は原作通りだった。しかし並行追撃・無人艦爆撃から、さらに要塞上空の制宙権確保・強襲揚陸艦による陸戦隊降下まで作戦フェーズを進めることに成功したらしい。
原作より帝国軍の被害は大きく、特に駐留艦隊の被害が深刻で、戦艦オスターホーフェン撃沈とヴァルテンベルク大将戦死の情報も入ってきている。それがクライスト大将の砲撃命令によるものか同盟軍によるものかまでは分からないが、辺境域における帝国軍艦隊の活動に間違いなく影響があっただろう。
だからと言って間を置かずに再度イゼルローン要塞を攻略する余裕は同盟軍にはない。無理をすればラザール=ロボスの第三艦隊を中核とした三個艦隊くらいは動員できるかもしれないが、それで同規模の敗北をしたら同盟軍は長期間迎撃戦闘不能状態に陥ることになる。主に予算的な意味で。
その上、九月に同盟軍最高幹部の顔ぶれが大きく変わった。統合作戦本部長改選でアルベ本部長はサイラーズ大将に敗北した。僅差だったのはサイラーズ大将が元帥に昇進しても、定年まであと一年半という微妙なタイミングだったからだろう。空いた宇宙艦隊司令長官職にはロボスとの選挙に勝ったシトレが就任するが、おそらく一年半後にはシトレが本部長、ロボスが宇宙艦隊司令長官となる。軍の大勢の既定路線とはいえ、第五次イゼルローン攻防戦で失われた戦力の再編成について、シトレはロボスと相談しながら進めることになるだろう
一方で中央の人事で忙しいのか、辺境方面の綱紀粛正はそれほど進んでいない。帝国軍の不活性化と『赤い肩』敬遠策によってしばらく第一〇二四哨戒隊は無事かもしれないが、状況が好転する要素は全く見受けられない。
そんな中、俺は大佐に昇進が通知された。これまでの功績を鑑みてとの理由だが、他の艦長の功績調整(ほぼ全員が昇進に値する功績を上げている)もあるだろう。俺の直上は第三辺境星域管区司令官だから、一〇月二四日からの第一一回目の任務として、後送定期便の護衛を兼ね普段とは逆方向の司令部のあるルンビーニ星域カスティリオーネ星系へ赴くことになった。
「君がヴィクトール=ボロディン中佐か。今では辺境で腕を鳴らしているそうで結構なことだ」
到着早々俺を司令官公室に呼び出した九月に着任したばかりの星域管区司令官、ヴァンネラ=ガヴァスカール少将はそう言うと、俺の手をしっかりと握りしめた。込められた握力には友好以上の感触はない。むしろアフリカ系の濃い顔つきや大きな瞳には、久しぶりに出会った親戚への愛情すら浮かんでいる。
「亡き父上と私は士官学校同期生なんだよ。おそらく君は覚えてはいないと思うが、君が二歳か、三歳だった時にも会っている」
「そうなのですか?」
「そう。おむつが嫌いでエレーナさんから逃げ回っていた君を、アントン君とエリスタウンの官舎のリビングで眺めていたものだよ」
「は、はぁ」
「そうか。もう二五年以上経つのか。君が私の部下になることをアントン君はどう思うかなぁ……」
厚い唇を大きく開いてガハハハッと笑うヴァンネラ少将(E式)に悪意があるようには思えない。だが周囲にいる幕僚達、長身年配の副官大尉、中年の参謀長准将、三〇代参事官大佐の俺を見る表情に僅かながら反意を感じる。殺してやろうとか、痛い目に合わせてやろうとか、そういう感じではない。『気に入らない薄金髪の孺子め』といった隔意の視線だ。
「まぁそんな君にお小遣いというわけではないが昇進だ」
笑いを収めたヴァンネラ少将は『あれを』と年配の副官に指図すると、俺と背丈が同じくらいの白髪交じりの老大尉は、金メッキの徽章を乗せた同盟軍徽章のある濃鼠色の冊子を少将に手渡した。受け取ったヴァンネラ少将は二度咳払いすると両手で冊子を持ち、俺に差し出す。
「ヴィクトール=ボロディン中佐。君を現職のまま、同盟軍大佐とする。第五四補給基地における先任は変わらずギシンジ大佐が務めるが、今後は次席として行動するように」
「任務に精励し、以て国家への献身を果たします」
呼び出された司令官公室に幕僚連中が勢ぞろいしている時点でここで手渡されることは推測していたが、実際に教科書通りの敬礼をして手渡された昇進証書と階級章を脇に抱えても、実感がわかない。形ばかりでも喜んだほうがいいのか、考えているうちにヴァンネラ少将の大きな右手が俺の左肩を二度叩いた。
「本当に如才ないな。ふてぶてしいくらいの落ち着きよう、アントン君のご子息とはとても思えん」
「父でしたらこういう場合、どう反応したでしょうか?」
「そうだな。まず君と同じ色の瞳が歓喜に満ちてくる。そして若干右頬が緩む。人によっては冷笑ともとられかねない笑いだが、実のところ一杯の風船から漏れる空気のようなものなのさ」
含み笑いをするヴァンネラ少将は、太い腕を組んで目をつぶって何度も小さく頷く。
「最初は小馬鹿にされたと思って、何度も拳で会話したものだがようやく理解できてね。けん責処分一二回の内、一〇回を無駄にしたことを相当悔やんだものだよ」
亡き父の些細な裏話をしてくれるのは、コナリー叔父さんとグリーンヒルと腹黒親父だけ。今ではグレゴリー叔父を実父と誤解する人すらいる中で、遠征で家を空けていた二人目の実父のこういう話が聞けるのは素直にうれしい。葬儀の時にもしかしたら来ていたのかもしれないが、それだけ父アントンと関係が深いヴァンネラ少将が、腹黒親父のように頻繁に個別に家を訪れたことは、俺の記憶が正しければ物心ついてからはなかったはず。
少将自身の俺に対するわだかまりはなさそうなのに、幕僚達の向ける冷ややかな視線……あとで調べればわかることだろうが、ここは『ここで』幕僚連中にはっきりと示しておかねばならないだろう。
「閣下にこのような事を直接お伺いするのは不躾で申し訳ないのですが、質問してもよろしいでしょうか?」
「なにかな? 私にとってヴィクトール君は『近所の悪ガキ』同然だから、遠慮はいらないぞ」
「閣下の前任はどちらであったのでしょうか?」
その質問に幕僚達から湧き上がる気配が変わる。それを落ち着かせるように穏やかな、それでいて先ほどの遠戚の叔父さんめいたものとは違った、少将の恐らくは本性である冷静沈着な軍人といった感情の乏しい眼差しが、真正面から俺に向けられる。少将の開いた口から出た回答も予想通りだった。
「グリーンヒル中将の後の第三(ロボス)艦隊参謀長だよ。ヴィクトール=ボロディン大佐」
◆
「昇進したのに、あまり浮かない顔ですな。気持ちはわからんでもないですが」
第五四補給基地への帰路。艦長室に堂々とウィスキーの小瓶を持ってきたビューフォートは、これまた併設のミニキッチンから持ってきたグラスを傾けながら、酒臭い言葉を吐いた。
「先任指揮官の嫉妬は間違いない。階級で追い抜かれた参事官も同様。追いつかれたドック長もいい気分でいられんでしょう。上級司令部がライバル派閥の重鎮とくれば、残り一年、第一〇二四哨戒隊に良い未来はないでしょうな」
「仕事はできる人なんだよ。ヴァンネラ少将は」
そう。仕事はできるし、中央とのパイプも太い。着任早々統合作戦本部と交渉し、辺境への補給優先度を上げることに成功している。サイラーズ元帥(昇進)や腹黒親父も十分援護射撃してくれたのだろうけど、今第一〇二四哨戒隊が護衛している第九戦略輸送艦隊臨時J〇八〇九輸送隊(巨大輸送艦一〇隻)を手配できたのは、間違いなく少将とロボス大将の手腕だ。
しかし前任が第三艦隊参謀長となれば、ロボス大将の補佐役にして右腕。現在少将で、亡父と同期で、優秀な成績で士官学校を卒業しているとなれば、本来なら九月の人事で制式艦隊司令官職に収まっていてもおかしくない。どんな取引がシトレとロボスの間にあったかは分からないが、第一二艦隊司令官には年下のグレゴリー叔父が昇進・任命され、ヴァンネラ少将は少将のまま辺境星域管区司令官に着任した。付いてきた幕僚達も恐らく第三艦隊出身者だろう。彼らが俺の顔を見て気分がいいわけがない。
俺の注釈を付け加えたレッディ准将のレポートのコピーは渋顔の参謀長に手渡たしたが、ライバル派閥の子飼いがいる補給基地内部の危機的状況にどれだけ真剣に対応してくれるかは未知数だ。手柄を自分のものにするというのであればまだかわいい方だが、黙殺される可能性も十分あるし、これ幸いと俺ごと葬る可能性すらある。俺が原因の醜聞となれば、下手をすればグレゴリー叔父も巻き添えだ。
「グレゴリー叔父も第一二艦隊の再編成で忙しくしている。シトレ大将も宇宙艦隊司令部の整備で忙しいんだろう……もう少し時間がかかるだろうな」
「たかだか査察官を派遣するだけに何を手間取っているんだって、小官なんぞは思いますがね」
「どちらにしろ査察官を派遣するとしたらサイラーズ元帥の領分になるからな」
「送るなら階級章よりもそっちが先でしょうに。シトレ大将も気が回りませんな」
シトレ軍閥の御曹司と目されている俺を前に、ウィスキーを傾けながら放言するビューフォートを俺は責めることはできない。勇退した形になるアルベ元帥に、汚名を着せないようにと取引している可能性もある。結果としては三人の談合と処理することになるだろうが、物証を手に入れるまで独自の行動は起こせない
「年明けまでは、何とかしてほしいものですぜ」
そう言って三杯目のストレートに挑むビューフォートの言葉は明確な『フラグ』だった。
時期が近いことは分かっていた。原作OVAは繰り返し見てきたから、どうやって『奴ら』が来るのかもわかっている。ただ現実としてあり得るかと言われれば自信はなかった。故にこれまでの哨戒任務中にできる限りの『仕掛け花火』を設置し、戦地での訓練で部下を鍛え、可能な限りの消耗備品を製造・備蓄して時を待った。
一二月四日。第一〇二四哨戒隊は第一二回目の哨戒任務に出動する。指示されたルートはK。通常であれば帝国側の哨戒基地近くまで踏み込む為、極めて戦闘の危険性が高い。しかし部下達の士気も高い。今度こそまともに戦えるかもしれないと思っているらしい。
一二月一九日。結局帝国軍との接触なく、折返点となるパランティア星域シャマシュ星系に到着。往路において単独航行する帝国軍巡航艦には遭遇していない。観測オペレーターや通信オペレーターのシフトを倍にして、『仕掛け花火』の裏コードを通じて状況をまとめているが、その殆どがパランティア星域からのものばかりで、ファイアザード、フォルセティ、シャンダルーア各星域に仕掛けたものからの反応はない。
何処かですれ違っているはずだ。一本道ではないのでコースが違っていたとしても、他の哨戒隊がすれ違っている。それでも報告がないということは、『仕掛け花火』のない小惑星に隠れて見逃した可能性が高い。焦る気持ちを抑えつつ、俺は哨戒隊を反転させる。帰路は敵に発見される危険を承知の上で、航行中散開陣形・レーダー出力を最大にして移動する。
一二月二三日。シャンダルーア星域ウリリヤッシス星系内に設置した『仕掛け花火』から不明艦感知の自動通信を受ける。現在宙域から距離にして三日。送信ラグに一八時間。既に帰路の半ばに達している第一〇二四哨戒隊に、俺は独断で各艦へFASを指示する。命令を不審に思うドールトンやビューフォートの視線を無視して、俺は星系航路図を読み込み続けた。ウリリヤッシス星系は第五四補給基地のあるアルエリス星系からは二日の距離。
「第五四補給基地に通信を入れる。『星域内に帝国軍が侵入している可能性あり。ウリリヤッシス星系方面に臨時哨戒隊を派遣し、警戒を厳とされたし』」
俺の顔色を見て何か察したのかドールトンは何も言わずすぐに緊急電を入れたが、基地から帰ってきた返答は『帝国軍の侵入の可能性なし。特段の警戒の必要なし』だった。
「この発信の責任者は誰だ?」
出せる人間は第五四補給基地に残る先任哨戒隊指揮官しかいない。答えが分かっていても怒りを抑えきれず印字されたペーパーを指揮机に叩きつける俺から、ドールトンは端末を抱えて一歩退く。物音と気配を察したビューフォートが、ドールトンと俺の間に厳しい顔をして割って入ってきた。
「今回の哨戒任務、始まってこのかた隊司令らしくないですぜ。そんなに気張らず、少し落ち着きましょうや」
お前ほんとにオカシイぞ、と口だけでなく顔にまで書いているビューフォートの諫言に、おれは一度深呼吸をした後で指揮席に腰を深く下ろすと、ビューフォートが有無を言わさず笠木の左端を掴んで指揮席を回転させた。
「隊司令。何を隠しているんです? それは股肱の臣たるこのダニエル=ビューフォートにも、隊司令を影日向支える侍女長イブリン=ドールトンにも話せないことなんですかい?」
海賊髭面の笑顔を指呼の距離まで寄せながらいう言葉は、ほとんど脅迫に等しい。
「軍機というなら敢えてお答えを求めませんがね? 帝国軍が哨戒域深く侵入している事以上に何を『恐れているんです』?」
「恐れている?」
口に出すつもりも顔に出したつもりもない。だが確かに俺は恐れている。『奴』は巡航艦一隻、こちらは鍛え上げた哨戒隊三〇隻。戦力的には圧倒的優勢なのに、まったく勝てる気がしない。しかしこの千載一遇の機会を逃せば、軍だけではなく国家をとしての自由惑星同盟を滅亡に追い込むことになる。
もちろん殺したところで同盟の未来が好転するとは限らないが、第一〇二四哨戒隊将兵四五六六名を自分も含め全て火にくべてでも、奴と奴の親友と未来の名将をここで殺さなければならない。
しかし現時点においてそれを主張したところで、頭がオカしくなったとしか思われないだろう。どう思われても個人的には構わないが、思考混乱により指揮官指揮不能と判断されるのは流石に不味い。
「一人の亡命者がフェザーンを通じて、帝国から来ようとしている。かなり帝国でも地位の高い貴族一家だ」
話せるのはそれだけだ。根拠を求められても、応えることはできない。しかしビューフォートは根拠を聞こうともせず、しばらく黙った後、鼻で笑った。
「なるほど奪回任務が実施されていると。しかし潜入できても所詮は単艦か数隻程度の分隊でしょう? 哨戒隊が発見すれば一揉みでしょうが」
「護衛任務は護衛対象が喪失すれば失敗だ」
「中央は護衛を出さないんですかい? それほど高貴な方なら戦艦に移乗してもらった方がいいでしょうに」
「平民を奴隷かなにかと考える帝国上流貴族が、フェザーンを超えて叛徒の国に亡命してくるんだぞ?」
「そこまで配慮せにゃならんって、どんだけ上流貴族なんですかい?」
「門閥貴族の一角だ。詳しくは知らないが、おそらく『それだけ』でもないだろう」
指向性ゼッフル粒子発生装置は言うまでもなく戦略兵器だ。皇帝後継者の遺伝病情報は、帝国内部への浸透謀略戦における最高の武器になる。片方は男爵家の三男坊から証言は得られるだろうが、証拠はコンピューターの中だ。同盟としては伯爵一家の亡命という事実以上に実利も大きい。そしてこれらを亡命費用として取り上げることは政治的にも無理だろうし、価値を知る伯爵もそう簡単には手放さないだろう。
「管区司令部に連絡を取ってはどうです? 流石に司令部が知らないってことはないでしょう」
「そうすべきだと思うが、第三辺境星域管区はフェザーン回廊には接していない」
「クソみたいな縦割りですな」
星域管区を超えての軍事活動には両管区司令官の了解が必要だ。そして頻繁に情報のやり取りをすれば、事態をより複雑にしてしまう。哨戒隊にはある程度の行動裁量権はあるが、星域管区を超えての行動は容易ではないし、そもそも俺は現時点で公式にも非公式にも『何も知らされていない』
「『ウリリヤッシス星系に帝国軍艦艇が侵入している。フェザーン航路への干渉の可能性あり』と伝えよう。それと進路変更。目標第二辺境星域管区境界のユルパリ星系。最大巡航速度」
「了解。進路ユルパリ星系、第一航行序列、最大巡航速度」
内容の危険性を本能で感じていたであろうドールトンは無表情で復唱する。第一〇二四哨戒隊も散開陣形から二列縦隊に変更し、跳躍宙点へと突き進む。不思議と各隊指揮官から命令に対する問い合わせはない。俺が信用されているのか、それとも不遜な不明艦と戦いたいのかまでは分からない。
そして宇宙暦七九三年の年明けを、第一〇二四哨戒隊はユルパリ星系外縁部にある第二辺境星域管区と通じる三つの跳躍宙点の一つで迎えた。残り二つの跳躍宙点には爆薬と放送機能を取り外した『仕掛け花火』を設置してある。これでこの星系を通る限りにおいて、奴らを見落とすことはない。
「第二辺境星域管区内ルンダス星系にて一二月三〇日、宇宙船襲撃事件が発生した模様です。詳細は不明ですが、第三辺境星域管区司令部より全哨戒隊に対し警戒警報が発令されました」
ドールトンの持ってきたペーパーを見て、俺は安堵の溜息をつく。一日かからず全哨戒隊に対し警戒警報発令とは、ヴァンネラ少将が第二辺境星域管区の事件を単なる宇宙海賊の仕業とは考えていない証拠。これでカスティリオーネ星系に駐留する待機中の哨戒隊も動く。他に三つある第二辺境星域管区との接続星系もこれでカバーできる。
奴らが逃げ込んでいる巨大彗星群のあるグロス星系から第三辺境星域管区へはどのルートを辿っても最低三日はかかる。カスティリオーネ星系から一番遠いのは、現在第一〇二四哨戒隊のいるこのルンダス星系で四日。他の星系は二日ないし三日で到着できる。
「これで袋のネズミ、ですね」
ドールトンもようやく落ち着けると言わんばかりに、気の抜けた声で続ける。しかしまだ到着はしていない、つまり包囲陣は完成していない。奴らが商業航路を通るわけではないと踏んで、一番通行量の少なく距離の遠いこのルンダス星域に投錨したが、果たしてどうなるか。
一日目。これまでの強行軍の疲れを取る為、部下達には半舷での休憩を取らせる。『仕掛け花火』から接触の連絡はない。
二日目、第三辺境星域管区司令部からの超光速通信で、待機中の全哨戒隊が境界星系へ出動したと報告があった。ギリギリではあるが、奴らの頭を押さえることはできる。
三日目。第二辺境星域管区司令部より第三辺境星域管区に救援の要請があった。今更の話だがヴァンネラ少将は既に態勢を整えている。もうそろそろどこかで引っ掛かるはずだ。出来ればこのルンダス星系で捉えたい。
四日目。総員戦闘配置で待機中。第二辺境星域管区の哨戒隊の一部が一方的に撃破されたという情報が入った。帝国軍巡航艦は一隻。他に拿捕された客船が一隻。たった二隻に戦艦二、巡航艦四、駆逐艦四が撃沈させられ、さらに敵の現在位置を見失ったという。
第二辺境星域管区の相次ぐ失態に、第三辺境星域管区司令部は越境攻撃を指示する。ただし第一〇二四哨戒隊は星域管区参謀長名で、第五四補給基地への後退を勧告された。しかも任務への献身に感謝するという付箋付きで。到底承服できる内容ではない故に、俺は各分隊指揮官を招集し、ビューフォートとドールトンに話した内容を繰り返し伝えると、彼らはお互い顔を見合わせた。
「既に我々は一任務を終了し、さらに全速力でここまで到着しました。特に哨戒隊全体としてエネルギーと生鮮食料品が不足しつつあります」
各分隊指揮官の中で、最初に口火を切ったのはユミカワ中佐だった。
「第五四補給基地までは十分持ちます。兵器は消耗しておりませんので雷撃戦は可能ですが、エネルギーの消耗が激しい砲戦は一会戦が限度とお考え下さい」
「将兵の疲労も問題です。既に基地を出港してから三〇日が経過しました。予定は二三日ですので、一週間の延長になります。体力的というより精神的な疲労で小さなミスが増加しております」
第二分隊指揮官カンナスコルビ中佐は太い腕を組みながらローバリトンの声で応じる。
「第三辺境星域管区司令部から第五一から第五四の各補給基地に多段的な哨戒網を敷くよう指示しているのであれば、ここで当部隊が命令に従っても、まず取り逃がすことはないと考えます」
第四分隊指揮官サマニエゴ中佐もそれに同調する。
「少なくとも我々は誰も気が付かなかった帝国艦の侵入を通報し、襲撃の可能性を指摘し、任務を延長して哨戒網を展開しました。それでこの結果になったのは、受け入れなかった上層部と第二辺境星域管区の連中の責任ではないでしょうか?」
第六分隊指揮官サイニャーソン中佐の声には少し怒りも混ざっている。下士官兵士達だけではない。上級指揮官たちも帝国軍から恐れられることで矜持はくすぐられても、実際に戦わない状態が続いている事でフラストレーションがたまっている。
「隊司令」
第五分隊指揮官オドゥオール中佐が、大きな瞳で唯一席に座る俺を見据えて口を開いた。
「我々としては後退の勧告に従っても問題はないと考えるが、いかがだろうか?」
確かに彼らの言うことが正論だ。乗り気でない将兵を無理やり動かしてあいつらに勝てるとは到底思えない。正確には命令違反ではない(参謀長名による勧告)が、指示に従わなかったと受け取られてもおかしくない。だがここで奴らを取り逃がすわけにはいかない。
「敵巡航艦の指揮官は」
分隊指揮官達、ファルクナー中佐、ビューフォート、そしてドールトンの視線の集中砲火を浴びつつ、俺は足を組みなおし、両肘掛けに肘を乗せ、両手を組み、顎を上げる。両親指の腹に自然と力が入る。
「敵巡航艦の指揮官は一二月初頭にイゼルローンを発し、長駆二五〇〇光年。哨戒網を一ケ月間で潜り抜け、フェザーン回廊より出てきた保護対象船を誘拐することに成功した。さらには二度。追跡する数的優位の敵を『壊滅』させている」
返ってくるのは沈黙。居並ぶ艦長達は実現する困難さを十分理解している。
「今は巡航艦の一艦長に過ぎない。だがこの艦長が分隊指揮官、戦隊指揮官になったら我々は『赤い肩』などと自ら吹聴するのが恥ずかしくなるだろう」
戦隊指揮官どころか制式艦隊司令官、元帥、宰相、そして皇帝にまでなり、自らの指揮で同盟軍を壊滅に追いやった。最低でも三〇〇〇万人。虐殺でも何でもなく、戦って殺した数だ。そんな未来にするわけにはいかない。
「獅子は幼いうちに殺せと、そういうことですな?」
第三分隊指揮官チェ=シウ中佐のシュッとした顔に挑発的な笑みが浮かぶ。奴がいずれ有翼金獅子を紋章とすることを中佐が知っていようはずもないが、言っていることは正解だ。『競争相手を若いうちに潰す嫉妬深い指揮官』と勘違いされても構わない。
「そうだ。翼が生えないうちにな」
俺の一言をいかにも剣呑な冗談だと程度の差はあれども、分隊指揮官達は一様に笑う。果たしてこのうちの何人が宇宙暦八〇一年七月二六日まで笑っていられるだろうか。まったくもって他人事はない可笑しさから、俺も引き攣った笑みを浮かべるのだった。
2026.07.08 更新
夏アニメは春と比べて見なければならない番組が多すぎるのですが、朝6時出勤夜7時退勤が続いて、そろそろ肉体的にも精神的にも限界かもしれません。