だいぶ文体が迷走しております。まぁそれでも直接対決寸前まで何とか来れました。
これもまさしく愛だと思います。
宇宙暦七九三年一月から 第三辺境星域管区ユルパリ星系より
第三辺境星域管区司令部の『ご厚意』に反して、俺は第一〇二四哨戒隊をさらに四日間ユルパリ星系に留め置いた。その間もエネルギーも物資も順調に減っていくが、交代の哨戒隊が来るまで網に穴をあける方が危険だからだ。
結果として何事もなくカスティリオーネ星系から到着した第一一四五哨戒隊に状況を引き継ぐと、まずは第五四補給基地に向かって最大巡航速度で移動を開始する。四日間触接の報告がない以上、まだ包囲下にいると考えるのは些か悠長だ。境界線に張り付けていた部隊を第二辺境星域管区に向けて動かした隙を突かれて突破されたとみるべきだ。
しかし既に奴らの帰路には、四つの補給基地に駐留する部隊から多段的な哨戒網が形成されている。であれば当てもなく獅子を求めて彷徨うより触接した部隊の位置から逃走ルートを割り出し、イゼルローン方面へ先回りした方が捕捉の確率は高い。
その為に必要なのは早急な補給だ。基地に戻ってエネルギーと物資を補給するのが常識だが、基地から補給艦を出してもらう方が時間と距離のロスが少なくて済む。部下将兵に長期間連続任務で苦労をかけることになるが、国家の命運がかかっている獅子狩りに付き合ってもらうしかない。
そう思って第五四補給基地にFAS可能な補給艦の手配を依頼したが、返事は出せないというもの。まったくもって納得できる話ではないので、俺自身が直接基地に再度通信を入れると、出てきたのは基地直轄艦艇運用担当者でも基地司令レッディ准将でもなくオブラックだった。
「何度でも申し上げるが、基地から補給艦は出せません」
俺より先に敬礼を下ろしたオブラックは、言葉は丁寧でも呆れたような澄まし顔でそう言い放った。
「現在、その巡航艦とやらを捜すために待機中の四個哨戒隊が出払っています。彼らに対する燃料にリソースを取られているのが一点。補給艦に付ける護衛艦艇がいないのが一点」
「通常哨戒任務から帰還した哨戒隊から巡航艦一個分隊(五隻)を抽出して、補給艦の護衛にする程度の機転はないのか?」
「そのような権限は小官にはありませんな」
「何も貴官にやってくれとは言ってない。第五四補給基地司令であるレッディ准将閣下にやっていただく。レッディ准将閣下に通信を回してくれ」
流石に『お前は無能で、話が通じないからとっとと代われ』と言っていることが分かったのか、オブラックの表情がみるみる凶悪なものに変わっていく。俺の拳も光年単位では届かないことも分かるのだろう。目付きは上官反抗罪そのものだが、口元は奇妙に歪んでいる。
「レッディ補給基地司令は昼寝中です」
「は?」
自然と眉が寄り、視線を艦橋メインスクリーン左上に表示された銀河標準時に送る。一四〇六時。昼食時間は過ぎ、午後の課業に入って一時間。確かに眠くはなるかもしれないが、営内勤務割となる軍人ならやむを得ない理由(入院等)を除いて、寝てていい時間ではない。
「今、なんと言った、オブラック参事官?」
「基地司令官は昼寝中です。敵襲以外は起こすなとのことです。ボロディン隊司令の『ご要望』は起床後にお伝えします」
本当に昼寝なのかわかったものではない。ただレッディ准将との直接回線がない以上、第五四補給基地の通信局を通さずに話すことはできず、その回線にオブラックは干渉できる立場にある。この場で追及したところで時間の無駄だ。自然と頭に上っていた血がゆっくり元に戻り始める。
「よろしい。よくわかった」
俺の声が落ち着いたものに変化したのが分かったのか、オブラックの右眉が僅かに動く。
「この上は哨戒隊指揮官としての義務を遂行するだけだ。手間を取らせた、参事官。レッディ准将がお目覚めになられた節には、良い夢をごらんになられたか、ボロディンが気にしていたとお伝えいただこう」
「隊司令?」
通信は俺の方から切った。真っ暗になった画面に一瞥する。あんまりのデジャブに深く溜息をつかざるを得ない。流石にグリーンヒルとオブラックでは器量も能力も違うが、残念なことに今の俺の立場は爺様ではなくフォークだ。
「隊司令」
憤りと困惑が混ざった声に振り向くと、ドールトンが右手を固く握りしめている。自分が怒りに包まれていても、他人がそれ以上に怒りを抱えているのを見ると落ち着いていくのは真実。
「このまま第五四補給基地に向かいますか?」
陸戦隊を編成して基地を制圧してしまえと言外に告げているが、獅子狩りの最中にそんな余裕はない。いずれ一切合切ケリはつける。俺は二度首を振るとドールトンにユミカワ中佐へ通信をつなぐよう指示した。画面に映ったユミカワ中佐に俺は手短に自分の考えを伝えると、中佐は一度深く溜息をついてから、画面の傍にある端末を操作しつつ、短く「可能です」と回答してくる。
「ただし各分隊指揮官と先任達へのご説明は隊司令のお仕事です。最低でも三人は怒ると思いますが、そのあたりはご配慮願います」
「分かってる」
「お分かりなら結構です。これより第七分隊は準備をいたしますので、決まりましたらご連絡ください」
ピッチリとした敬礼の後、通信はユミカワ中佐側から切られる。内容を横で聞いていたドールトンに、ユミカワ中佐以外の分隊指揮官とファルクナー中佐を再度ディスターバンスに招集するよう命じた。都合二日ぶりに顔を合わせた彼らだったが、俺の考えを聞いたほぼ全員が大なり小なり不満を示す。
「つまり、なんですか? 獅子狩りパーティーから股肱の部下を仲間外れにするってことですかい?」
ビューフォートの口調は落ち着いているが、顔は怒りで溢れている。俺の代わりに第一分隊指揮官となるファルクナー中佐は会議室の天井を仰ぎ、サイニャーソン中佐は唇を噛みしめたまま床を見つめ、オドゥオール中佐は無言で目を細めて俺をじっと見つめている。
巡航艦分隊指揮官達もお互い顔を見合わせている。選ばれる確率は三分の一。それが自分達に対する上司の評価ということ。チームスポーツのレギュラー選手選抜とやっていることは同じでも、ここにいる指揮官達に明確な優劣はなく、部隊指揮に自信のない指揮官もここにはいない。
「で、残りの三人のうち、誰をお選びになるんですかい?」
ビューフォートの言葉がさらにそれを煽る。俺は三人を見る。誰を選んでも問題はないが、俺の答えは決まっている。
「チェ=シウ中佐の第三分隊についてきてもらう」
カンナスコルビ中佐の溜息とサマニエゴ中佐の舌打ちの間で、チェ=シウ中佐は小さく笑みを浮かべる
「なるほど隊司令におかれましては獅子をアボルダージュ(移乗攻撃)で狩りたいわけですな。大変結構。地に足をつけた野蛮なお仕事は確かに、このチェ=シウの得意とするところですからな」
腕を組んで何度も頷くチェ=シウだが、俺の考えは全く逆だ。あの醜いアヒルの子には憂慮すべき陸戦指揮官が三人にて、そのうちの一人は薔薇の騎士連隊(規格外)の最高峰(人外)と互角に戦えるだけでなく、艦艇戦術指揮でも特筆すべき能力を有している。死んだふりをされてこちらが乗り込んだら、逆に乗っ取られるといった可能性すらある。だがこれも彼らに話せる内容ではない。
「前回の白兵戦競技会に出場したメンバーで臨時陸戦隊を編成する。指揮官は戦艦アーケイディア警備主任ナウカリネン大尉」
「ちょっと待ってくださいや。マーフォバーだけでなくレーヌも連れて行くつもりですかい!」
「だめか、ビューフォート?」
俺が首を小さく傾げつつビューフォートを見上げると、子供を叱る母親のようにビューフォートは両手を腰に当て胸を逸らして応えた。
「警備主任は分かります。万が一、隊司令が陸戦に巻き込まれでもしたら、盾になってもらわにゃなりません。でもレーヌは水雷長ですぜ。怪我したらどうするんです!」
「怪我したらって……ドールトンだってついていくんだぞ?」
「副官が隊司令に付いていくのは当たり前でしょうが! でもレーヌはダメです。絶対ダメです! これ以上おっしゃるなら、モイミール医務長をこの部屋に呼びますぞ!」
「えぇぇ……」
骸骨ドクターの顔が脳裏に思い浮かび顔を顰めた俺を見て、最初にチェ=シウ中佐が、続いてサイニャーソン中佐が苦笑し、それが会議室にいる俺とビューフォート以外に伝播するのにそれほど時間はかからなかった。
一月八日。第五四補給基地より行程二日の位置にあるブネニ星系で、他艦から抜き取った燃料でタンクをフルにし、第一分隊から引き抜いた一二人のスパルタニアンパイロットを載せた第三分隊は、俺とドールトンとマーフォバーそれに臨時陸戦隊二九名を追加で乗せて第一〇二四哨戒隊本体から分離し、イゼルローン回廊方面へと最大巡航速度で進発した。
俺が不在の間は序列二番のファルクナー中佐が本隊の指揮を執り、第五四補給基地まで急行。燃料と生鮮食料品を補充したのち、第三分隊を追う形で通常哨戒活動に出動する。その間、戦艦ディスターバンスはビューフォートが艦長代理として指揮を執ることになる。
だが移動中も刻々と、醜いアヒルの子による同盟軍の被害状況が通信でもたらされる。
一月九日。サルデス星系にて第五三補給基地駐留の第一二七七哨戒隊第一分隊が、誤情報により誘拐された船と誤認した同盟軍中型補給艦の自爆に巻き込まれ、数隻が大破。
一月一二日。ピドリア星系にて第五二補給基地駐留の第一五一一哨戒隊第三分隊の巡航艦四隻が、時差をつけた機雷と中性子ミサイルと小惑星帯に潜伏したワルキューレによって全滅。
一月一四日。グパン星系にて第五三補給基地駐留の第一三三四哨戒隊のうち、巡航艦一隻が小惑星に押しつぶされた上、戦艦一、巡航艦三がゼッフル粒子と思われる爆発に巻き込まれて撃沈・完全喪失。
報告は大体二四時間から三〇時間程度遅れて届くので、奴らは確認された位置よりも既に遠くへ移動しているのだが、想定される航路の距離を考えるとその移動速度に納得できない。原作ではヘーシュリッヒレンチェンのエネルギー欠乏に対する言及があったが、まるで燃料消費など考える必要がないと言わんばかり。
「一月九日における中型補給艦の自爆の件ですが、やはり第二・第三辺境星域管区所属の補給艦に事故や喪失の報告は確認されていません。恐らくは……」
「奴ら薬物を頒布するだけでは飽き足らず、敵に燃料まで供給したというわけか」
多段的な哨戒網も薄くなっている迂回行路を次々と突破されて、もはや何の役にも立っていない。相対速度から先回りもほぼ無理。辛うじて我々第三分隊だけは星系内航路情報で優位に立ち、ドールトンが必死に経済航路を繰り返し算定しているおかげで何とか追いつけそうではあるが、このままだとイゼルローン回廊入口より要塞寄りの宙域でということになりかねない。
「星系内航行速度を第一戦速まで増速する。それでどうだ?」
「回廊入口手前あたりで捕捉できます。ですがそこで一戦交えると基地まで帰る燃料がなくなります」
「第一〇二四哨戒隊本隊との時間距離は」
「現在、約五日。一二四時間です」
「増速しよう。進路変更、第一戦速。その旨、チェ=シウ分隊指揮官とファルクナー中佐に伝えてくれ」
「了解いたしました」
これで俺達が若獅子を討ち取るチャンスは恐らく最初で最後の一回。再計算して算出された遭遇想定宙域はほぼ回廊出入口と言っていいアルレスハイム星域内バルシャミン星系。予定日時は一月二四日。それまでに何もトラブルがなければいい……そう良い方に事を願うと、やってくるのは大抵トラブルだ。たった今、部屋から出て行ったばかりのドールトンが、戻ってきて息を切らしながら報告する。
「隊司令。パッシブレーダーが例の誘拐された同盟船籍の客船を発見。救援を求めてきております。至急艦橋へ」
もしかしたらと予想していた困難が、前途に横たわっていた。
◆
確か原作ではヘーシュリッヒレンチェンはイゼルローンに向かう為に迂回行路を進んでいた。であれば分離した客船は早急に同盟軍の庇護を得る為に主要航路を進むことになる。少しでも早く追いつこうと開けた航路を最短で進む第三分隊が、彼女らを乗せた客船に遭遇する可能性は少なくない。
時間は惜しい。だが帝国・同盟双方の前哨線に民間船を放置するのは危険だ。次に客船が遭遇する相手が帝国艦である可能性は十分ある。だが同時に民間船自体を餌に、奴らが罠に誘い込もうとしている可能性もある。
「隊司令。どうします?」
指揮艦橋(戦艦の司令艦橋と同じだが、はるかに狭い)にいたチェ=シウ中佐が、俺とドールトンを視界に収めると、直ぐに敬礼してから聞いてくる。
「例の客船に間違いはなさそうですが、向こう側の通信機器の不良で状況が今一つはっきりとしません」
「向こうの船の燃料がどれくらいあるかと、最大速度が出せるかと、船内に帝国軍人が残っていないか、を確認してくれ。後送するにしても一度客船側に乗り込んで話す必要がある」
「同航可能か、ですな? 了解です」
中佐が手際よくオペレーターに指示を与えている間、俺はずっと接近しつつある客船のレーダー航跡を見つめていた。あの客船がまだ赤毛ののっぽの指揮下にあるとすれば、仕掛けてくるとすれば同航接舷しての白兵戦が一番に考えられる。こちらが単独艦で追いかけることなど金髪の孺子も考えていないだろうから、接舷した艦を人質にして離脱を図るだろう。
そうだとすると帝国軍巡航艦の砲撃有効射程内に、ヘーシュリッヒレンチェンが隠れている可能性がある。しかしこのアナヒット星系はAⅠV型主系列星の恒星アナヒットを中心とする単一恒星系で、重力異常場、暗黒物質雲、小惑星帯、彗星群、艦が隠れられそうな天体が公転軌道に存在しない。客船側とは相当距離があるにもかかわらず通信感度は良好なので、通信妨害やレーダー透過装置を作動させている可能性も低い。
であれば数的優位がそのまま戦力差となるこの星系で、ヘーシュリッヒレンチェンが敢えて客船を囮にしてまで同盟軍の追跡部隊と交戦する可能性は時間的に想像しがたい。金髪の孺子は好戦的な性格ではあるが、時間の重要性を理解していない猪武者ではないし、幼女を囮とするような恥ずべき人間でもない。だた一度、牽制だけは入れておくべきだろう。
「艦長。この艦の砲手は最大有効射程で、客船の下方五キロ当たりの空間を正確に狙えるか?」
俺が右横にある艦長席に座るチェ=シウ中佐に問うと、一度整った細い右眉を吊り上げ、右唇をゆがめながら応えた。
「勿論です。当艦の砲手は戦艦ディスターバンスの砲手より上手いと自負しておりますが?」
「ほぅ……では、第一〇二四哨戒隊『随一の』腕とやらを見せてもらおうか」
「結構ですとも。ボロディン『艦長』殿、とくとご覧あれ」
危険な含み笑いを浮かべつつ中佐は、第三分隊の他艦には砲撃停止を指示し、ゆっくりと大回りで左旋回航路をとり始めた客船を、艦首をローイングさせながら追尾する。測距オペレーターの読み上げに合わせて、細かく射線を修正する声が繰り返され、最大有効射程に入った瞬間、六条の中性子ビームが解き放たれる。
「……客船側より通信。『本船は海賊船に非ず。繰り返す。本船は海賊船に非ず。同盟船籍オレンジ・スター・ラインのクルーズ客船マジェスティックⅦ。確認されたし』以上です」
「……撃つ必要あったんですか?」
オペレーターの呆れ声と共に、ドールトンは久しぶりに湿度のある視線を向けるが、俺は一度中佐に右手でノックする仕草を見せた後で応じた。
「客船がゼッフル粒子を発生させる可能性を考えた。自船に影響を与えず恒星風に載せて放出するならば、丁度あの位置から放出を開始するのがベストだ」
「あ……」
ドールトンはすぐに自分の端末と指揮艦橋の測距レーダーを見比べ、再び顔を上げて俺と中佐を見つめる。
「……申し訳ありません」
「気にすることはないさ。どちらかというと艦長同士のプライド競争の方が本命だったんだから」
「五〇〇七メートルだそうです。後で『ご褒美』を頂きたいですな」
片耳インカムを取りつつ、どうだと言わんばかりに右手でガッツポーズをする中佐に、俺は肩を竦めて応えた。
「補給基地に戻ったら一度『手合わせ』をしよう。それでいいか?」
「なにやら随分と楽しそうなお話しをなされてますね。ボロディン大佐殿」
チェ=シウ中佐ではない男の声が後ろから割り込んできたので振り返ると、装甲戦闘服に身を包んだ偉丈夫が二人。身長一九〇センチの金髪碧眼と身長二〇〇センチの筋肉達磨が立っていた。
「私『達』も体調万全の隊司令と是非『お手合わせ』したいと、トーナメント以来ずっと思っていたんですよ」
「たぶん今日はトマホークの出番ないぞ、ナウカリネン大尉」
「それは残念。獅子狩りの準備体操をしたいと思っていたんですが」
「S-Ⅰ級が二七人もいてまだ不足か?」
「上官が一人もおりませんもので、いかんせん殴り甲斐がなく」
陸戦士官らしい動物的な笑みを浮かべながら応じるナウカリネン大尉の肩越しにマーフォバーを見ると、こちらも大きく溜息をついていた。陸戦実技において専科学校の教育と士官学校の教育でそれほど差はないはずだが、やはりS-ⅢとS-Ⅰでは文字通り格が違うのかもしれない。
「私とドールトンが直接客船に乗り込み、亡命者と面会してその意志を確認する。貴官らの役目は船倉の確認、違法薬物の捜索、客船乗組員からの大まかな聴取。状況は一時間。以降は後送の護衛に付ける巡航艦に任せる。チェ=シウ、第三分隊で一番の年配者はアスビー三一号のワン・ライ(王磊)少佐だな?」
「一番の人格者です。仲間外れにしても納得してくれるでしょう」
「では名簿と調書はワン艦長に。諸君の柔軟な状況判断力と、強固な自制心に期待する」
敬礼が交わされれば、後はみな『士官』だ。成すべきことが明確に指示されれば、職権の範囲内で自ら判断し行動できる。速度の低下を抑えつつ舵を切りながら客船の両舷にピタリと寄せて挟み込むことも、残りの二隻が前後に別れ警戒態勢を取ることも、即応予備機を残してスパルタニアン八機が立方哨戒位置に付くことも、陸戦隊が船内をクリアにしてくことも、何も追加で言わずとも淀みなく進んでいく。ドッキングしてから二〇分。俺はドールトンと共に最上階のスイートルームに通された。
純白の壁に掲げられた絵画。高級感あふれるコーナーソファに、対面式の応接黒革ソファ。床は毛足の長い絨毯。広々とした空間の、その真ん中にあるベンチソファに二つの人影。一人は座って、もう一人はその左後ろに立っている。
ウェーブのかかった金髪に大きな翡翠色の瞳。真紅のクラシカルワンピースにはピンクのフリルが添えられ、気高く見せつつもどこか幼さの残る佇まいは原作通りの容姿。後ろの中肉中背の、どこか頼りなさそうな、それでいて覚悟を決めた視線を向ける帝国軍少佐もまた同じ。
その二人が俺とドールトンの姿を見て目を見開く。軍人の習性なのか、少佐は俺の階級章を見て、即座に直立不動の敬礼を施す。
「自由惑星同盟軍第一〇二四哨戒隊、隊司令のヴィクトール=ボロディン大佐です」
俺は答礼しつつ敢えて先に帝国語で告げると、少女の驚きはさらに増したようで、後ろに立つ少佐に視線を向ける。その視線に二度小さく頷くと、少佐ははっきりとした口調で俺に応えた。
「帝国軍元少佐、マリウス=ベンドリングです。こちらはマルガレータ=フォン=ヘルクスハイマー伯爵令嬢。両名とも貴国への亡命を希望する者です」
「貴官については了解したが、ご令嬢については本当に本人の希望か確認をしたい」
「ベンドリングの申す通りじゃ。妾も亡命を希望しておる」
上からの視線を向けられたことが気に入らなかったのか、椅子に座ったままのマルガレータ嬢の語気はやや強めだ。俺が一歩前に踏み出すと、後ろから止めようとする気配を感じたが振り返ることなく、毛足の長い絨毯に膝をつき、椅子に座るマルガレータ嬢と視線を合わせる。その翡翠色の瞳には歳に似合わぬ力強さがあった。
「ヘルクスハイマー伯爵令嬢。あなたが亡命を希望する自由惑星同盟では、一六歳までは未成年者として扱われる。一部の職種を除いて、原則として法的行為に法定代理人の同意が必要となります。つまり保護者が必要な立場ということです」
「父も母も既にこの世におらぬ。その場合はベンドリングがその法定代理人とやらになるのか?」
背後で息を飲む音が聞こえるが、敢えてそれも無視する。
「左様です。しかしベンドリング少佐は伯爵令嬢の親族でも保護者でもない。そうですね?」
「ベンドリングが妾をだまして無理やり亡命しようとしている、そうおぬしは考えておるのか?」
こんどは斜め右前から息を飲む音が聞こえてくるが、これもまた無視する。
「伯爵令嬢。これからあなたが亡命する国は身分のない国です。その国にはひとりひとりが平等に自由に生きる権利を有しております。誰にもその権利を奪うことはできませんし、文化的な最低限度の生活を送る権利もあります」
「……」
「ですが伯爵令嬢、貴女は敵国からの、それも身分の高い階級で生きてこられた。その事を恨む者も憎む者もいるでしょう」
「承知しておる」
「他人の恨みや敵意というものを、軽々に考えてはなりません。最初は貴女を亡命した未成年の美少女として持ち上げるかもしれません。が、それは表だけです。貴族に家族を殺された帝国人の亡命者もわが国には多くおります。ベンドリング少佐はそういった者に貴女を売るかもしれない」
「ベンドリングは妾を売るような男ではない」
声を大きく上げることなく、マルガレータ嬢はベンチソファから腰を上げる。怒ってはいるだろう。ただ逆上するではなく自らに落ち着くよう言い聞かせつつ断固として反論する嬢の、その人格的な英明さは、とても視野狭窄な帝国門閥貴族の令嬢とは思えない。嬢の後ろで感涙を今にも流しそうな少佐の方が、むしろ亡命後に苦労しそうなくらいだ。
「少佐はそんな度胸のある男ではないと、私は分かりますが、法定代理人として『同時に』亡命するとなると、その疑いを持たれるのが現実なのです」
「気に食わぬ現実だが、それもまた郷の約束事ではあろう。結局、妾は敵国の子供として扱われるのだな?」
「左様です。ですので、これをお持ちください」
俺は立ち上がって左胸のポケットから名刺を取り出し、帝国語と標準語の両方で一つの住所を併記して嬢に手渡す。
「後でベンドリング少佐にも渡しますが、書かれているのは実家の住所です。私の父は同盟国内でもそこそこ名が知れており、同盟でこれから生きていく際には適切なアドバイスもしてくれるでしょう。それに私の一番下の妹は恐らく伯爵令嬢と歳が近いので、良き話し相手になれるはずです」
「……ヴィクトール卿のご好意に感謝する。これは決して粗略には扱わぬ」
「その他者に対する敬意をお忘れなきよう。この国では他者への尊重を持つことで成り立っております」
あとはグレゴリー叔父さんかレーナ叔母さんが色々と教えてくれるだろう。自ら保証人になるか、あるいは腹黒親父に押し付けるかはわからないが、悪いようにはしないはずだ。それにイロナもラリサも同じくらいの亡命者の少女を邪険に扱うようなことはない。これで英明な嬢ならそれなりに同盟で暮らしていくことができるだろう。
「亡命については以上です。この客船の船長には後方待機している第一〇二四哨戒隊への合流を、本隊には護衛艦の手配を指示しております。面倒な亡命手続きで嫌な思いもするでしょうが、同盟人の一人としてお二人の亡命を歓迎します」
「重ね重ねのご配慮、感謝いたします。ボロディン大佐」
今度は敬礼ではなく左胸に手を当てて頭を下げるベンドリングに視線を移す。面長の『準』ハンサムといった顔には安堵の文字が浮かんでいる。亡命者として最初に出会った敵国の軍人が俺だったという『幸運』を噛みしめているのかもしれないが、あいにく俺はそんなに甘くはない。
「少佐。時間がないので単刀直入に聞く。伯爵令嬢の客船を襲った巡航艦の艦長は何という男だ?」
「……それは」
軍事機密ではないがつい最近まで世話になっていた巡航艦の情報を売ることに、ベンドリングは一瞬躊躇する。それだけで彼の人の良さは分かるが、亡命とこれは全く別の問題だ。
「言わないなら自白剤を使ってでも聞きだすだけの事だぞ、少佐」
「ミューゼル艦長のことか?」
言い淀んだベンドリングに代わり嬢が応えるが、ベンドリングは『しまった』と言葉に出さずともハッキリとそれと分かる表情を浮かべる。その表情から自分が分からずとも間違ったことを言ったと察した嬢もまた、俺とドールトンから視線を逸らした。
そして俺も心臓と胃が勝手にギュッと絞られるのを感じた。ラインハルト=フォン=『ミューゼル』は原作通りに勇躍巡航艦を駆って、同盟辺境領域での秘密軍事作戦を行っている。今までは想像だけだったが、これで確証を得た。そしてこの世界における一方の主人公が健在であり、常勝の天才であり、命を張ってそれを倒さねばならない恐怖に震えざるをえない。
「もう一つ。ミューゼル艦長の指揮する巡航艦は、いつ、どこで燃料を補給した?」
「……一〇日前。同盟軍補給艦を利用した海賊船からです」
もう言い逃れは無理だと察したベンドリングは首を前に垂らして応える。その回答の正誤は不明だが、そのタイミングでヘーシュリッヒレンチェンの機動性に大きな変化が出たという状況証拠はある。
「その補給艦は撃沈したのか?」
「いえ恐らく襲撃地点の星系にて漂流していると思われます。乗っていた海賊を艦内に収容し、自爆装置を組み込んだ上、超光速通信装置と跳躍エンジンシステムを完全に破壊しましたので」
それは恐らくサルデス星系で自爆した中型補給艦だろう。物的証拠の喪失は残念だが……
「サイオキシン麻薬は積んでいたか、あるいは精製プラントのようなものを搭載していたか?」
「……プラントを積んでおりました。あの、どうしてそこまでお分かりに?」
「貴官にはいずれ軍事法廷で証言してもらうことになる。私がミューゼル艦長の巡航艦を撃沈して帰ってくるまでは、誰にもその事を話さないようにしてもらおう。私がミューゼル艦長と相討ちになったら、父に話してもらう」
「ヘーシュリッヒレンチェンを撃沈すると、ヴィクトール卿は言うのか!?」
それは先ほどの落ち着いた声とはうって変わった驚愕の声色。嬢はヘーシュリッヒレンチェンで、あの赤毛ののっぽを深く信頼した。おそらく嬢にとっては一門以外で、初めて信頼に値する男だっただろう。それを殺すと目の前で言われれば、平静ではいられないのも無理はない。だが嬢には理解してもらわねばならない。俺はベンドリングから嬢に改めて視線を向けると、感情を一切抜きにして応じた。
「マルガレータ嬢、これが『敵国に亡命する』という現実なのですよ」
◆
ヘーシュリッヒレンチェンの航路を客船の航路データから入手し、遅れで付いてくる第一〇二四哨戒隊に連絡し、客船護衛に割いたアスビー三一号を除いた第三分隊巡航艦三隻は、改めて航路を算定した上で追撃戦に復帰した。第一辺境星域管区内に入ってしまうのはやむを得ないが、ここまで来て縦割りを気にしている場合ではない。一番近い第一辺境星域管区の勢力圏に向けて、亡命者の有無は省いてこれまでの状況を最大出力の超光速通信に載せて送り付けた。
あとは第一辺境星域管区の司令部が判断することだが、初っ端にイゼルローン回廊出入口を突破されたという事実がある以上、メンツの上からも獅子狩りに戦力を割かないということはあり得ない。要素が多くなって予定通りバルシャミン星系で追いつくことになるかは確証が持てないが、追撃戦力は多ければ多いほどいい。
だが一月二二日。アルレスハイム星域ドゥムジッド星系で、第一辺境星域管区所属の第一六五九哨戒隊が帝国軍巡航艦からの攻撃で壊滅したとの連絡が入る。真正面から全速力で突っ込んでくる敵艦に照準を合わせていたにもかかわらず、最大射程からの一斉射で三〇隻もの艦艇のほとんどが大破・撃沈して、追撃できなかったという。
以降第一辺境星域管区司令部からはひっきりなしに、ヘーシュリッヒレンチェンを捕えろという命令が発せられている。一隻一斉射で真正面から三〇倍の敵を粉砕できる兵器など、知らない側からすれば艦隊決戦の常識が覆る超兵器だ。解明が必要であれば、現物を持っている艦を捕えろとなるのは至極当然。
しかし以降、ヘーシュリッヒレンチェンの足取りは途絶える。ヘーシュリッヒレンチェンも慎重になったのか、無線封止を行っていると思われる。そうなるともはや決め打ちで行くしかない。俺もドールトンも考える限りの航路を考えた。バルシャミン星系で奴らに出会えなければ、もはや天命というしかない。
一月二四日。第三分隊はバルシャミン星系に突入する。想定では六時間後、恒星を挟んでほぼ反対の位置にある別の跳躍宙点にヘーシュリッヒレンチェンは現界し、イゼルローン回廊方面へと航行するはずだ。こちらはそれを信じ、偽装デコイを各艦一隻ずつ放出し、『ヘーシュリッヒレンチェンを発見したので急襲を仕掛ける』と思わせる航路をとらせる。もう一つは移動観測用デコイを巨大なMⅡe型赤色巨星バルシャミンの両極二〇〇光秒の位置に配置し、ヘーシュリッヒレンチェンの動きを観測する。
そして本隊三隻はヘーシュリッヒレンチェンから見て恒星の陰に入りつつ、離脱可能重力圏ギリギリまで接近し潜伏する。
全ては見込み。だからこそデコイの情報が貴重になる。時間のズレはどれくらいか、果たして想定通りの航路を進むのか。デコイの情報を頼りに装甲融解危険範囲ギリギリの宙点で第三分隊はじっと息を潜める。潜伏して三時間三〇分後。北極側観測用デコイのパッシブセンサーが跳躍宙点方向から僅かな揺らぎを感知する。それが人工物か検証を試みてから一時間後。今度は南極側でも検知する。
重力波による一点計測では恒星の巨大重力で誤差が生じてしまうが、二つの観測点からの古典的な三角測量によって、検知した物体の移動する速度と方向までは計測できる。そしてそれはドールトンの計算通りであった。
プログラム通り検知した物体へと変針した偽装デコイに搭載した光学カメラが、シェリダン九八号へと送信してきた映像は僅か二〇秒間。有効射程に入った瞬間に中性子ミサイルによって吹き飛ばされるまでの間、カメラが捕らえたのは帝国ブルーグレイに塗装された四八一年型ミストルフ級巡航艦。船体後部中央にある帝国軍紋章の真ん中に、青黒い盾のようなものが描かれている。
「……会いたかった。会いたかったぞ、金髪の孺子」
ドールトンが傍に控えているにもかかわらず、また意図するつもりもなく自然と、俺の口は心の奥底にあるものを吐き出していく。前世からずっと、戦うことを厭う平和主義者だったはずの自分の中に、恐怖よりも先に沸々と湧き上がってくる強烈な闘争心。
原作における民主主義の最大最悪の敵。見る者の心を奪う圧倒的なまでの才能と美貌。臣従すればもしかしたら栄光ある日々が送れたかもしれないし、奴を殺すことで未来により深い戦乱の日々が起こるかもしれない。
だが転生してこれまでの努力は、このバルシャミン星系での遭遇に繋がっていた。ここで奴と戦えるのは、ほんの僅かな可能性だったはずだ。センチメンタルな運命を感じざるを得ない。指揮机にある重力レーダー画面に映し出される小さな光点を、俺は睨みつけ、訳もなく呟く。
「だから俺は奴を倒す。原作などどうでもいい。己の意志で」
2026.07.27 更新
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8/15(土)南地区 “s”ブロック-20b (南1ホール)『市蔵文庫』でお待ちしております。
ただ今回、助っ人様もおりますので、もし席を外しておりましたらご容赦願います。