コミケ明けの一話をお送りいたします。
正直これでよかったのか、任務不徹底ではないのか、悪魔に魂を売るべきではなかったか、
孺子はこんな男ではないんじゃないか、と色々と悩みましたが、結局こうさせていただきました。
宇宙暦七九三年一月二四日 第一辺境星域管区バルシャミン星系
現時点で我々が奴より優位なのは、数と状況把握だ。こちらは三隻、奴は一隻。奴らは我々の存在を認知しても何隻かまではわからないが、こちらは一隻だと認識し想定航路も把握している。
戦闘能力において主砲門数は一八対六、ミサイル発射門数は一二対四、レールガン砲門数は六対二、艦載機数は九対六。カタログだけで言えば、我々の方が運動性能と電子戦能力に優れ、船体質量と防御力において劣る。火力において威力・射程共にこちらは劣るが、数に勝る。
結論から言えば通常空間戦闘において優勢。だが奴らには半々より良い確率で、三〇倍の戦力をひっくり返せる指向性ゼッフル粒子がある。主砲射程より遠い距離から放出され、ナノマシンに誘導されて自在に動ける粒子爆薬。誘導できる機雷のような使い方ができ、使用された側の防御砲火すらトリガーとなる。何より遠方検知機能のない現時点においては、事前に危険な空間を計測することが難しい。
であれば、使わせないか使っても意味がない状況に追い込むことだ。電磁投射砲はビームほどの高熱を発しないし、誘導弾の推進噴射でも爆発しない。砲弾も誘導弾もビームとは比べ物にならない程遅いので、かつての水上砲戦(ただし三次元)に近い『読み合い』の戦いになる。
ゼッフル粒子自体には推進力はない。指向性は誘引するナノマシンを混ぜて放出しこれを遠隔操作することで制御するのだから、ナノマシンと粒子の誘引以上の別のエネルギーが存在する宙域であれば、使用しても意味がない。そして人間が作り出すのも烏滸がましい程に膨大な熱量と重力磁場を持つ物体が、我々の目の前にある。
あとは搭載している試作機が幾つ並行して指向性を制御できるか。三つ以上の集合体を同時に制御できるようではもはや勝機はないが、ようやく出来た試作機に並行制御回路が組み込まれているとも思えない。エネルギー消費率は計算を上回っているというのであれば、制御できる集合体は一つと考えて正解だろう。
だが流石は金髪の孺子。不利であっても状況が他者の手に委ねられることを良しとしない。
こちらとしては恒星の庇護下から多段的に中性子ミサイルを発射・自爆させてゼッフル粒子を誘爆させ、炎上した隙にレールガンによる集中砲火で撃沈するつもりが、ヘーシュリッヒエンチェンは先手を打って偽装デコイを放出した。しかも数は二つ。現時点でレーダーには都合三つのヘーシュリッヒエンチェンが存在している。
「一つ目(α)は我々の想定していた跳躍宙域への通常航路に沿って移動しています」
艦長室に集まった俺、マーフォバー、チェ=シウ中佐、ナウカリネン大尉、そして光パルス通信で繋いだ第三分隊二番艦スタージス六五号のクタイバ艦長、四番艦ヴィエスカ五号のアルバラード艦長を前にして、ドールトンは説明する。
「二つ目(β)はその航路と恒星バルシャミンとの中間を進むルートです。加速度をつけていますが、いずれ恒星バルシャミンの重力圏に捕らわれ、減速スイングバイすることになります」
ドールトンの言葉と共に点線で時系列表示される二つ目のルートは、恒星バルシャミンの重力圏に捕らわれ急にその移動速度を低下させた挙句、入射角と同じ角度で変針していく。行先には跳躍宙域も何もない空間だ。
「三つ目(γ)は大きく航路を逸脱し自然曲線を取り、恒星バルシャミンの移動方向に対し左側から侵入し、右側に抜ける加速スイングバイ航路で、その行先は一つめの予定航路の先にある跳躍宙点です」
遠回りではあるが計算ではαの通常航路より一時間程度のロスしかないルートだ。加速度を得た艦は当然のことながら捕捉するのが困難になる。
金髪の孺子は数的不利な側が状況を動かすのに最適な手段を打ってきた。三つのうちどれかが真であるか。我々は逆に判断を迫られている。
αが真である場合。その目的は我々がβ、ないしγが真と考え、その正面に待ち受けることを前提としている。恒星の重力圏を出て両方を主砲射程内で待ち受けている隙に距離を広げ、回頭・追跡しようとしたところを、後ろ向きに指向性ゼッフル粒子を放出して一網打尽に焼き払う。
βが真である場合。我々がαを愚直に進んでいると判断して待ち受けているところを、囮と見せかけてすり抜けること。あるいはγに対処して進路変更した我々の後背に回り込み、慌てて反転する我々をゼッフル粒子の『機雷原』に追い込んで焼き払う。
γが真である場合は、αないしβの航路を封じた我々の左側背を最大加速した状態で襲うことができる。ゼッフル粒子を使わずともほぼ一方的に我々は壊滅させられるだろう。前進しつつ回頭して対応しようとした時には主砲最大射程外だ。
では三つ全てに一隻ずつ対応させたらどうか。真正面から当たれば指向性ゼッフル粒子のいい的で、残りの二隻が反転しても悠々逃げ切れる。まさに兵力分散の愚としか言いようがない。
どれが真か映像ではっきり判明するにはあと三時間は必要で、そのタイミングで恒星表面から飛び出したとしたらαのルートを通っている場合には追いつくことはできない。となると、最低でも早めにαのルートを潰す必要がある。中性子ミサイルか、艦艇か、あるいはその両方かで。
他が真の場合のデメリットも考えなくてはいけない。全てを無視して跳躍宙点まで引き下がり戦うのも手だが、相手は三〇隻を灰にした指向性ゼッフル粒子。現実におけるマップ兵器の理不尽さ。しかしここで金髪の孺子を殺さないという選択肢は、俺にはない。
「作戦を説明する」
三隻をさらに二つに分ける。まず中性子ミサイルで超長距離攻撃を行う。目標はαとβルート。最大加速で投射し一旦推進装置を停止させ、目標地点で再点火・最終誘導を行う置き石攻撃。
発射二時間後、スタージス六五号とヴィエスカ五号はペアを組んで、恒星の陰から出てαのルートを封鎖するコースへ曲線航路をとる。迎撃が確認されαとβの何れかが真であった場合、二隻は距離を取りつつ電磁投射砲により牽制攻撃を行い、恒星の陰を通りシェリダン九八号がヘーシュリッヒエンチェンの右後背に出て挟撃する。
迎撃が確認できずγが真であった場合は、二隻はαとβの航路間を抜けて恒星を一周し、γ航路の後背に出て電磁投射砲による攻撃を行う。シェリダン九八号は恒星表層をゆっくりと恒星南極軸方向に移動し、ヘーシュリッヒエンチェンの艦底部方向から攻撃を仕掛ける。当然指向性ゼッフル粒子をまき散らしてくるだろうから、投射する砲弾の初弾に炸裂弾を加え自爆によってゼッフル粒子を引火させる。
「中距離砲戦によって撃沈できない場合、シェリダン九八号は近接格闘戦により時間を稼ぐ。スタージス六五号とヴィエスカ五号の戦域到着に合わせて強行接舷……」
何か見落としがあるのではないか、あの金髪の孺子と赤毛ののっぽと隻腕の偉丈夫の打つ手が、本当に三方向分身進撃だけか。何かもっと別な不可思議な手があるのではないか……だがもう考える時間はない。拙速に、そして徹底的に戦うべきだ。
「白兵戦闘により敵艦の一部を制圧。爆発物を設置し撃破する。各員はその準備をするように。以上だ」
◆
一月二五日一〇四〇時。三隻の巡航艦より計三六発の中性子ミサイルが二段階に分かれて最大加速で投射される。発射したそばから強大な恒星バルシャミンに軌道を変えられつつ、想定通りのコースでαとβのコースでヘーシュリッヒエンチェンと交差する位置に。
恒星バルシャミンの危険重力圏を超えた段階で、ヘーシュリッヒエンチェンがどの位置にあろうともミサイル群は確認されている。このミサイル攻撃に対してどう対処するか。放たれたミサイルの数は一隻の巡航艦が、至近距離で迎撃しきれる数ではない。なのに標的α・βはコースを変更する気配がない。
一二四〇時。スタージス六五号とヴィエスカ五号はゆっくりとシェリダン九八号から離れる。同時にシェリダン九八号は恒星バルシャミンの南極方向へ移動を開始。ナウカリネン大尉とマーフォバーの臨時陸戦隊は装備の最終確認を行った後で、タンクベッド睡眠に入る。
シェリダン九八号が南極側に移動したことで、恒星の重力によって北極側の観測データは別動隊を経由して送られてくることになる。僅かなタイムラグが生じているが、今のところγの動きに変化はない。船体をゆっくりと回転させて艦底を恒星に向けながら、前方電磁投射砲に炸裂砲弾を装填させる。
一三三六時。標的γは両極のパッシブセンサーから一時的に消える。スイングバイをする以上、最大加速を求めて赤道近辺の恒星へと接近する故に、重力波パッシブセンサーでは恒星の重力波の干渉で錯綜状態になるためだ。ただし北側の可視光カメラがぼんやりとだが艦影を捕えている。勿論、光の速度と距離とでタイムラグはあるが、実体としてヘーシュリッヒエンチェンが存在することは確認できた。
一四〇四時。αとβに向かった中性子ミサイルが全て爆発したと、スタージス六五号から連絡が入る。AMMや近接防御火力の反応はなく、やはり両方ともデコイであったと想定される。これでもうγがヘーシュリッヒエンチェンであることは間違いない。あと二分。チェ=シウ中佐には搭載する三機のスパルタニアンを発進させ、標的が恒星表面からスイングバイ軌道に現れるタイミングで、見込砲撃を開始するよう指示する。
艦橋の内部は静まり返り、ヘーシュリッヒエンチェンの出現が想定される恒星表面の画像が、メインスクリーンに投影される。入光量調整で真っ赤な海となっている恒星表面の少し上。出現想定域が四角で囲われている。そして一四〇六時。
「撃て(ファイア)」
「撃て(ファイアー)」
「テー!」
俺が軽く右手を振り、それにドールトンが声を合わせ、秒コンマおかずにチェ=シウ中佐の指示が飛ぶ。二門の電磁投射砲が毎秒一発のフルオートで二〇発。散布角〇.三度で放たれる。重力と弾速と距離を考えての見込砲撃。目標まで三〇秒弱。ヘーシュリッヒエンチェンが先にゼッフル粒子をまき散らしていても、恒星の重力と炸裂弾によって引火する。だが首の裏がチリチリと痛み、老将の教訓が警報を発している。俺は見落としている。何かを。
「艦長! 右四五度、ヨー、緊急!」
「右四五度、ヨー!!」
「アイ・サー!」
マイク不要の声の連鎖が狭い巡航艦の艦橋に響き渡ると、左舷艦首および左舷艦尾のスラスターが旋回作動し、重心軸を中心にして右に向かって首を振る。その方角から六本の青白い『中性子ビーム』が三度、僅かに角度をつけて飛んでくる。二本が至近を通過し、一本がエネルギー中和磁場に衝突し、右舷前方に閃光を放つ。
「即応射! 中性子ビーム、目標左前方敵巡航艦! 散布角プラマイコンマ〇五。斉射三連、撃ち返せ!」
いったいどんな体幹を持っているのか、チェ=シウ中佐は何処も掴むことなく立ったまま砲撃指揮を続ける。俺もドールトンも辛うじて取っ手を掴んで床に倒れずに済んでいるが、そんな小さな幸運を喜んではいられない。
こちらの動きを完全に金髪の孺子に見抜かれていた。冷や汗が流れ、背筋が凍る。
観測用デコイが追跡ロストするタイミングで、速度を落とし恒星表面で変針。ゼッフル粒子に怯えながら待ち構えている宙点を推測し、ピンポイントで砲撃。おそらく観測デコイを発見しても敢えて破壊せず、発射された中性子ミサイルの数から敵艦数を推測し、方角から潜伏位置を推定。賭けの要素が極めて大きいにもかかわらず、大胆不敵に踏み込んできて成し遂げる。
「これが、『本物』か」
侵入を想定して『仕掛け花火』を準備した。第五四補給基地にも第三辺境軍管区にも警告を発していた。しかし結果として動かせたのは自前の三〇隻。味方の不作為で三隻。そして策を見透かされて一対一。もっとやりようはあったはずなのに、俺の愚かさで千載一遇の機会を逸しつつある。
俺が見る限りにおいてチェ=シウ艦長の指揮は淀みなく的確で、指揮に応える要員にも隙らしい隙もない。しかし戦っているのはお互い巡航艦で、副長にワーレンがいるとはいえ一六歳の孺子が指揮する巡航艦を撃破できない。これが持って生まれた差か、神に愛されているのか、理不尽さすら覚える。
その吐き出せないイライラから、もしシェリダン九八号がレダ級高速巡航艦だったら、いや戦艦ディスターバンスだったら、他の駐留基地や哨戒隊との連携が図れれば、といったもはや意味のない堂々巡りが頭の片隅で繰り返され、奥歯を噛みしめながらメインスクリーンに映るヘーシュリッヒエンチェンの雄姿を睨みつける。
お互いひたすら攻撃と防御と移動の繰り返し。時折混じる置き石のような機雷や牽制の中性子ミサイルも躱したり躱されたり。まるで戦闘機のような緊迫したドッグファイト状態が続く。スパルタニアンも同数のワルキューレと艦砲が届かない『上空』で制空戦闘を行っている……同数?
「ドールトン、予備士官席から中距離索敵を手伝え。特に艦底方向だ。敵のワルキューレが少ない!」
「ッ、はい!」
専門が航法で長距離天体レーダーを使うドールトンに、対空戦闘用の索敵レーダーを使う任務は慣れていないかもしれないが、とにもかくにもレーダーを扱うことは同じだ。艦の指揮はチェ=シウ艦長に任せ、俺は端末でヘーシュリッヒエンチェンの動きを時系列で追いかける。
奴らはこちらの右舷から襲い掛かり、恒星の表面を舐めながらこちらに主砲を指向しつつ、少しずつだが恒星からの距離を取っている。社交ダンスを踊るようにシェリダン九八号も主砲をヘーシュリッヒレンチェンに合わせているが、恒星からの距離はそれほど取れていない。恒星バルシャミンに艦尾を向けるような姿勢になりつつある……やはりこれは老将がアブレシオン星系でカールセンに指摘した教訓通り……
「艦底方向! 複数エネルギー反応あり、数三!」
ドールトンの悲鳴交じりの叫声が指揮艦橋に木霊する。艦載機を引き剥がし、艦対艦の一騎打ちに持ち込んだと思わせて、ほとんど防御手段を持たない艦底部を別の艦載機で狙う。帝国軍お得意の数的優位を生かしたテクニック。
「艦長!」
「後進右スライド一杯! 左九〇度ヨー!」
艦がつぶれるような振動を上げつつ急停止し、恒星表面が右舷側のスクリーンに映し出される。その右舷スクリーン後方から正面スクリーン下方方向に向けて青白いビームが四条ずつ。計一二本が突き抜けていく。そのビームの発射先の三つの光点も右舷スクリーン下方に現れる。長距離走査の死角である両舷四五度下方からの接近。もはや視認すらできる距離だ。
「マイナス四五度ピッチ! 主砲近距離連続射撃! 目標右舷至近移動物体!」
チェ=シウ艦長の指示通り、シェリダン九八号は後進と右スライドとヨーイングを継続しながら、艦首を一気に下に振る。ワルキューレから見たらシェリダン九八号は右舷の艦腹を見せながら左下方に向けて恒星表面へと『落ちていく』ように見えただろう。急激な敵艦の機動に射撃を焦ったのは仕方ないかもしれないが、それは逆に自位置を曝け出すのと同じこと。
そしてワルキューレの形状として上下は九〇度、上手くすれば背後へも射撃が可能だが、左右に関しては四〇度が限界だ。移動しつつ機首を振って射角に収めようとするより早く、シェリダン九八号は三機のワルキューレを艦首主砲の右方向射角限界ギリギリに収め、連続射撃によってこれを撃破する。
だが戦果を喜ぶ時間はない。まだヘーシュリッヒエンチェンの主砲はこちらを指向している。シェリダン九八号から見て左舷一〇時の方向仰角七〇度。奴らからすれば撃ち下ろせる絶好の射撃位置で当然のように撃ち下ろしてくる。こちらも艦首を左に振って同方向に最大限の中和磁場を展開し、これを防ぎながら移動して下方からの射撃位置を取ろうとするが、ヘーシュリッヒエンチェンは艦首を上げるとこちらに背を向けて高速で移動を開始した。
「今更逃げるつもりか! 姿勢を取り戻せ。目標敵艦後方。砲撃用意!」
指揮机の天板が歪みそうなくらいの勢いで拳を振り下ろしたチェ=シウ艦長が声を張り上げると、航海長も艦もそれに合わせて恒星からの距離を取る為に機関出力を上げる指示を出す。しかしワルキューレを撃破するために恒星に近づき過ぎた故になかなか速力は上がらない。艦位も安定しない故に砲雷長もなかなか指示を下せない。
「敵より高速小型目標、多数分離!」
オペレーターの報告が響き、砲雷長の迎撃指示がすぐさま飛ぶが、敵誘導弾と思しき高速目標はシェリダン九八号に向かってではなく、その真下の恒星バルシャミン表面に向かって落ちていく。こちらを狙った攻撃ではないのは分かる。であるならば、答えは一つしかない。
「艦長。艦底部を恒星に向け中和磁場展開、水平姿勢をとって急上昇、電磁投射砲砲撃用意」
俺の声にチェ=シウ艦長は、細い眉を思いっきりひそめて俺に向かって応える。
「艦尾を恒星に向けたほうが脱出速度を得られます。それに電磁投射砲では敵艦までの到達時間が長すぎて迎撃・回避される恐れがあります。攻撃は中性子ビームを選択すべきです」
「越権行為なのは分かるし、常道でないのもわかる。だが時間がない。ここは指示に従ってくれ」
細く鋭い視線を俺が真正面から受けて応えたのを見て、チェ=シウ艦長は小さく喉奥からうなり声を上げると、一度だけ首を振ってから指示を出した。
「マイナス八〇度ピッチ、底部防御、水平推進急上昇出力最大、ローイング集中制御。電磁投射砲、発射用意」
「マイナス八〇度ピッチ、底部防御、水平推進急上昇出力最大、艦底両舷スラスター制御開始!」
「電磁投射砲、発射準備。フルオート三〇発、最大加速射撃、目標指示後発!」
上層二人の意見対立を感じ取った緊張から、航海長と砲雷長の声は上ずっている。だがそれも長くは続かない。一〇秒も経たないうちに一〇発近い恐らくは核融合弾が、恒星バルシャミン表層で一斉に起爆して高温高圧の疑似フレアを引き起こした。
圧倒的なまでの圧力が艦底部に襲い掛かる。もし十分な計算も準備も距離も取らずに恒星へ艦尾を向けていたら、脆弱な後部テールフィンは吹き飛ばされ、エンジン内部にまで衝撃が到達し、機関推力を失う羽目になっただろう。ローイング制御を最大にしたおかげで、シェリダン九八号は水平状態を維持したまま、四五度の上方に向かって艦の推進力に勝る加速を得て恒星から上昇していく。
「……お見事です」
艦底部に僅かな焼損が出た以外被害なしと報告を受けたチェ=シウ艦長が、神妙な顔で俺に向かって頭を下げてくる。原作知識でズルをしただけの俺としては、百戦錬磨の艦長にそんな態度を取られるのは正直気分が良くない。
それに恒星重力圏から脱出できたものの、ヘーシュリッヒエンチェンとは少し距離が離れてしまっている。位置はシェリダン九八号から見て三時の方角、仰角四五度。ヘーシュリッヒエンチェンは艦尾をこちらに向けているが、シェリダン九八号の背後には恒星バルシャミンがある。とすれば、
「ドールトン。今度は敵艦からの投射物に注意してくれ」
「了解」
帝国も同盟も一部を除いて武装は前方方向への投射に集中している。追撃の足を止めたいヘーシュリッヒエンチェンだが、後方へも攻撃可能な兵器は中性子ミサイルと機雷。前方に対する打撃力を残したいと考えるならば、重力加速度も武器に使える安価な機雷を選択するだろう。ただシェリダン九八号は機雷回避にも優れているのは、ドッグファイトで十分理解しているだろうから、ただ投射するだけではない。
「電磁投射砲、弾種、近接信管モード。目標敵艦移動推定位置、弾数三〇。発射はじめ」
回避コースを取りながら、チェ=シウ艦長は俺の意図を理解して砲撃指示を下す。機雷はあくまでもゼッフル粒子の起爆用。もしシェリダン九八号が機雷をビーム火力で掃射してくれれば、ヘーシュリッヒエンチェンとしてはさらに都合がいい。
だが近接信管モードのレールガン弾体であれば、飛翔中にゼッフル粒子を起爆させるほどのエネルギーは生じないし、弾体は機雷に近接したところで炸裂するので、既に回避航路に移動しているシェリダン九八号に被害は生じない。問題は相互の距離と弾速の遅さだが、先手を打って移動推定位置に向けて撃つことによって、機雷を放出する方向を混乱させ、時間を稼ぐこともできる。
勿論ヘーシュリッヒレンチェン自身が弾体を迎撃することも可能だが、ビームで迎撃すれば自分が放出したゼッフル粒子を自分で引火させることになり、シェリダン九八号には何の損害も与えられない。もしレールガンでレールガン弾体を迎撃するとしたら、膨大な弾数を消費することになる。
すると選択肢は操艦による回避一択だが、近接信管モードで三〇発も発射する以上、機雷の網を分厚くしない限り、数発はヘーシュリッヒエンチェンの至近を通過し、そこで炸裂するから無傷とはいかない。一度ゼッフル粒子の放出を停止し、空間の安全を確保した上でビームによる掃射、となるだろう。
それにこれは原作からの希望的観測だが、ヘーシュリッヒエンチェンに積まれている指向性ゼッフル粒子発生装置は試作機であり、肝心のナノマシンの数が限られている事。四日前にドゥムジッド星系で、第一辺境星域管区所属の第一六五九哨戒隊を壊滅させた際に、使い果たした可能性もある。
巡航艦一隻を燃やす位は残っているだろうが、それを高速移動中のシェリダン九八号にピタリと合わせるのはほぼ不可能だ。そうなれば『わざと背後に付かせる』ように仕向けなければならない。出来れば三隻まとめて葬りたいと考えているだろうから、何らかの『餌』を見せてくると考えていい。
「敵巡航艦より大型物体一、分離」
階下の戦闘艦橋からの報告に、俺はドールトンに視線を向けると小さく二度頷いてから、両手で四角を描くと同時に、俺の目の前の端末画面にその物体の観測データが映し出される。全長三〇メートル弱、全幅全高一〇メートル弱。
「どうやら連絡シャトルのようですな」
右脇から覗き込んできたチェ=シウ艦長の言葉に、俺も頷く。だが今更シャトルを分離する理由がまったく見当がつかない。致命的な損傷を与えてもいないし、むしろヘーシュリッヒエンチェンの方が優勢であったはずだ。
「敵巡航艦から通信文です!」
通信オペレーターの叫声に、階下にいる砲雷長から叱責が飛ぶが、「そこで読め」と一言殺意マシマシなチェ=シウ艦長の低い声に、一度艦橋全体が静まり返ったあとオペレーターのインカムが指揮艦橋のスピーカーに接続される。
「発、敵巡航艦『ヘーシュリッヒエンチェン』艦長、宛、追跡中の同盟軍巡航艦艦長。『土産は一つで十分なので受け取れ。捕虜二五名。うち重傷三名、軽傷一一名。遺体三四柱。血統保証書付き』以上です」
「奴ら、我々同盟軍人を犬か畜生かとでも思っているのか。ますます気に入らん」
「何かのデータも添付されております。予備士官……副官殿の端末に回します!」
金髪の孺子の言動に対する艦長の怒りを自分に向けられては敵わないとばかりに、通信オペレーターはそう言って音声を切る。チェ=シウ艦長が大きく鼻息をつくと、俺と俺越しに席に座っているドールトンに鋭い視線を向けたので、俺は艦長の肩を二度叩くと連れだってドールトンの座る予備士官席に向かう。
「何らかの文章データのようですが、強度のプロテクトがかかっています。添付ファイル名に『シャトル搭乗口の壁にアクセスコードあり』と書いてあります……」
「チッ。子供の悪戯かよ」
俺が思わず舌打ちするが、ドールトンは真剣な表情のままキーボードを数秒操作すると、画面にシェリダン九八号とヘーシュリッヒエンチェンとシャトルと恒星の現在位置が映し出される。
「ドールトン中尉、それがどうかしたのか?」
画面を見て首を傾げるチェ=シウ艦長に、ドールトンはかなり深刻な表情で応じた。
「シャトルは自力航行していますが、我々の方向に向かってきていません」
「では行先はどこだ、と……」
画面をなぞるドールトンの細い指先を見てチェ=シウ艦長は言葉に詰まる。ヘーシュリッヒレンチェンから後方へ切り離されたシャトルは、変針中のシェリダン九八号の右舷上方から左舷下方へと斜めに横切るように、恒星バルシャミンへと降下していくルートを通っていた。
「艦長」
「ダメです。隊司令。たとえ隊司令のご命令であっても、捕虜を見捨てることは小官にはできかねます」
艦長の黒い瞳には、断固とした強い意志の炎が浮かんでいる。
「ドールトン」
「小官はチェ=シウ艦長に同意します」
ドールトンのブラウンの瞳には、申し訳なさと無念さの霧が浮かんでいる。
シャトルに捕虜となっていた同盟軍人が乗っている保証はない。だがオープン回線で捕虜の乗ったシャトルの存在は『部下』に認識されてしまった。乗っていないと強弁できる根拠がない以上、敵兵にすら手を差し伸べる『我らが提督』が味方の捕虜を見捨てるとなれば、俺の指揮官としての信用以上に部隊の統率・秩序が完全に崩壊する。
後続してくるスタージス六五号とヴィエスカ五号はシャトルとは恒星を挟んでほぼ正反対の位置。シェリダン九八号の作業艇の速度では、シャトルを捕える寸前に重力離脱圏に嵌って二重遭難。係留装置などの準備も何もしていない戦闘直後のスパルタニアンには宙域警戒以外できる仕事はない。
捕虜二五人の為に将来の三〇〇〇万人が失われていいのか。捕虜を見捨てたという悪名を負ってでも攻撃するべきではないかと、悪魔の声が囁く。しかし命令したところで既に各種兵器の有効射程を逸脱しているヘーシュリッヒエンチェンを確実に撃沈することは、もはや敵わない。追いつくこともまた、できない。
「ドールトン」
「はい、隊司令」
「計算しろ。敵巡航艦が向かう跳躍宙点への航路と、シェリダン九八号の電磁投射砲の最大射程の交差点を、だ」
「了解いたしました」
敬礼してから席に戻るドールトンを他所に、俺は下唇を強く噛みしめる。ものの数秒。航法士官として培った能力一杯にドールトンが導き出した数値を、俺はそのままチェ=シウ艦長に引き渡す。
「ありったけのレールガン弾体をこの宙域に打ち込め。弾種炸裂。発射後、シャトル収容に向かう。白兵戦部隊と作業艇の準備を」
「了解」
チェ=シウ艦長も視線を殆ど合わせることなく敬礼した後、艦長席に移動して砲雷長へと指示を出している。恐らく今の俺の顔はとても見れたものではないのだろう。両拳に自然と力が篭り、両腕の筋肉が硬直するのが分かる。発射はじめの掛け声とともに俺は右腕を振り上げたが、指揮官席前の天板に振り下ろすことはできなかった。
原作とは違う過程ではあったが、結果はほとんど変わらない。ヘルクスハイマー伯は死に、指向性ゼッフル粒子発生装置を得ることも、ヘーシュリッヒエンチェンを撃沈することも叶わなかった。このまま金髪の孺子も、赤毛ののっぽも隻腕の勇将も、誰一人欠けることなくイゼルローンへと凱旋することだろう。
つまるところ士官学校を首席で卒業できたのは幸運であっただけで、原作に愛されている英雄に原作を知るだけのただの凡人が勝てるわけがない。その現実に自らに向けた怒気がそのまま無力感へと変換され、重く背中に圧し掛かる。どうにも堪えきれない息苦しさを覚えた俺は、指揮をチェ=シウ艦長に、留守をドールトンに任せて指揮艦橋を後にした。
借り受けた予備士官室の一つ。量産既製品のビジネスチェアを軽くリクライニングして目を瞑るが、なかなか寝付けない。バタバタと装甲戦闘服をまとった兵員が廊下を走り、真空ハッチが開いて作業艇が切り離される振動がダイレクトにヘッドレストを通じて、働きがさらに悪くなった頭に直接響く。
指揮官としてあるまじき行動であることは分かっていたが、ドールトンもチェ=シウ艦長も何も言わずに仕事を続けているのか連絡はない。こういう感じで指揮官は昼寝がしたくなるのかと、どうでもいいことが頭に浮かぶと、何故だか急に睡魔が襲ってきて俺はそのまま意識を失った。
そして次に目が覚めたのは艦橋を離れてから三時間経過した後。部屋への入室を希望するブザーによって叩き起こされた俺は、居並ぶ部下達のやり場のない怒り顔と対面することになる。
「すまんな、ダメな隊司令で。みんなが働いている時に昼寝をしていた」
俺の自嘲ジョークに、チェ=シウ艦長は小さく首を横に振り、装甲戦闘服のままのナウカリネン大尉は口をへの字にして肩を竦め、マーフォバーは太い首を前に垂らして深く溜息をついている。そしてドールトンは三人の偉丈夫の前に立ち、無言で俺に向かって印刷されたレポート形式のペーパーを差し出した。
差し出されたレポートの表紙には帝国軍の印章がど真ん中にでかでかと印刷されていて、軍公式の報告書であることが分かる。そして印章の少し下の部分には、題字と作成責任者のサインが記載されている。
「『辺境宙域における叛乱軍に偽装したサイオキシン麻薬組織の現状について』イゼルローン駐留艦隊所属巡航艦ヘーシュリッヒエンチェン艦長、ラインハルト=フォン=ミューゼル中佐……ね」
敵に塩を送られるパターンでも最悪に近いなと、帝国側のファンなら泣いて喜びそうなウムラウトの多い姓を見下ろしつつ、俺は深く溜息をつくのだった。
2026.09.02 更新