シルバーウイーク前半は仕事でしたが、逆に後半に余裕があるというのは、執筆が乗る
のかもしれません。
というか、ようやく辺境編にケリがつけられそうで、心がせかされているだけかもしれませんが。
あと1話で辺境編は終わりそうです。よろしくおつきあいくださいませ。
宇宙暦七九三年三月一日 第五四補給基地
コンカストリオン星系にて逃走した艦艇とサトミ大佐およびギシンジ大佐以下の逃亡者を捕えた第一〇二四哨戒隊は、途中でクルーズ船マジェスティックⅣと合流を果たすと三月一日、第五四補給基地に帰還した。本隊は一月一〇日以来だが、第三分隊は昨年の一二月四日以来実に八五日ぶりの帰還となる。実質三回の勤務を休息なしで一気にこなしたわけで、各員とも疲労のピークに達していた。
管制官の入港指示に従い、各艦は係船桟橋ではなく直接整備船渠に入渠することになった。やはり恒星近辺で遊弋していた第三分隊の外板装甲は至る所で塗装が剥げ、かなり深い切傷やそこから放射状に延びる焼損痕の補修は難しいらしく、全面的に装甲を張り替えることになると連絡があった。
他の艦も大なり小なりメンテが必要な個所があり、船渠内に固定されると次々に自動機械と整備員が作業に取り掛かり始めた。戦艦ディスターバンスも例外ではなかったが、整備員たち以外にも来訪者があった。逮捕者を回収しにきた憲兵隊である。
「これで本当に全員か?」
「何か問題でも?」
同じMPの肩吊腕章でも艦乗組のマーフォバーは白、目の前で偉そうにリストをチェックする大尉は赤。しかも一方は筋骨隆々の大男で、もう一方は全身で小役人と主張している中肉中背。対照的な二人の前を、武装憲兵が銃を突き付けて逮捕者を連行していく。
艦内部の警備や風紀維持だけでなく艦長警護や陸戦もこなす艦隊乗込組と、軍人が関わる事件の捜査や中央の高級軍人警護を行う中央統制組では、同じ憲兵と言っても所属も任務もまるで違う。当然気風もまるで違う。マーロヴィアにいた憲兵は組織としては中央統制組ではあったが、事実上マーロヴィア星域管区司令部の所属というべきで、中央からの距離も相まってやや艦隊乗込組に近い気風だった。
勿論、彼らにも辺境の治安を回復しに来たという任務に対する誇りもあるのだろうが、上官である俺にすら傲岸不遜な態度を見せる憲兵達に、彼らの精神に対する上官からの伝染力をひそかに感じざるを得ない。任務に対して杓子定規というよりも、明らかに辺境軍部を格下として扱っているように見える。
確かに第五四補給基地における一連の事件において、基地司令官・先任指揮官・船渠長・参事官という上層部全てが逮捕・拘束されるという状況にあれば、辺境軍部の腐敗に対する嫌悪を持つなというのは無理があるだろう。しかしきっちりと壁を作って捜査にあたることと、見下した態度で接する事とは別次元のはずだ。
身長差で物理的に見下ろしてくるマーフォバーに対し、憲兵大尉は不満顔を浮かべたままフンと一つ鼻息をついて、持っていた端末の電源を落として脇に抱え、傍に立つ俺とドールトンの傍まで近づいてくる。一応しっかりと踵を揃える敬礼をしてくるが、その顔には明らかに侮蔑と嫌悪いう文字が浮かんでいる。
「第一〇二四哨戒隊司令のボロディン大佐でいらっしゃいますな?」
「上官に名前を問う時には、まず自分から名を名乗れと教わらなかったのか?」
例え上官であろうと不正があれば立ち向かわなければならない。そういう反骨精神の表れ以上に年齢と経験差と自身の上官(つまりはドーソン)の権威を見せつけてビビらせようという態度に、流石に俺もそれが計算された挑発であろうと分かっていても、堪忍することができない。
ただ俺の回答に、一瞬頬をひく付かせた三〇代に見える憲兵大尉は、小さく頭を下げた。どうもそれが謝罪の素振りらしいが、こちらから見れば挑発以外の何物でもない。
「これは失礼しました。小官は憲兵司令本部所属、第五〇三武装憲兵中隊のドン=リーヤン(董季陽)大尉です」
「第一〇二四のヴィクトール=ボロディン大佐だ。逮捕者の引き取り以外の要件を聞かせてもらおう」
「その前に大佐の隣におられるのは、副官のイブリン=ドールトン中尉でよろしいですかな?」
ドン大尉の血統的祖先の遺伝そのままの、糸のような細い目が俺の左横に立つドールトンに向けられる。怪物のような底知れぬ怖さはないが、埃と鉄錆と細菌の混ざった粘着性の高いスライムを思わせるドン大尉の視線に、ドールトンの右足は半歩後ろへと動く。
それに合わせたようにドン大尉の、恐らく後ろに回した手が何かの合図を送ったのだろう。武装憲兵が三人、こちらに駆け寄ってくる。
「そうだ。第一〇二四哨戒隊随一の美女に、大尉は興味がおありか?」
「勿論です。イブリン=ドールトン中尉。憲兵隊事務所までご同行いただこう。容疑は軍事機密漏洩、業務上横領、違法薬物使用、不正所得および収賄ですな」
言い終える前にドン大尉の後ろに並び終えた三人の武装憲兵が、ドールトンに向けて自動小銃の筒先を一斉に向ける。周辺視野ギリギリに見えるドールトンの顔は真っ青に強張り、恵まれた長身が僅かに震えているのが分かる。その動きを見てドン大尉の顔には嗜虐者の影が入り込む。ドン大尉の右足が一歩前に出れば、ドールトンの左足が一歩下がる。
「ドン大尉」
俺は腹の奥底に蠢く怒気を可能な限り抑制して、一歩前に出てドールトンをドン大尉の視線から隠す。その動きに、大尉は細い右眉を大きく上げて俺に粘着質の視線を移してくる。
「士官を拘束するのであれば、まずは令状を提示したまえ。それが警察比例である憲兵隊の規則であるはずだ」
「既に我々は拘束に足りる証言を被疑者より得ております。大佐殿」
「証言を得たことと、拘束の必要要件とは別であるという、初歩的な刑法論議をここで私にさせるつもりかな?」
「この場合は事情聴取要件になりますな。なにしろ既にこの補給基地では、容疑者が軍艦を持って逃走した実績がある。ドーソン少将閣下はそれを深く懸念されております」
憲兵隊副司令官であるドーソン少将の名前を出せば引き下がる。今までドン大尉が相手してきた人間はきっとそうだったのだろう。憲兵に疑義を持たれたこと自体で人事考査に影響する。積み上げた武勲が否定されるわけではないが、もし競争者があってポストが一つしかない場合、その僅かな疑義が差を生むことがある。軍人がそれを恐れることは決して間違いではないし、憲兵が悪に対峙するときの武器とするのは十分嫌悪に値するが、否定『は』しない。
だがどう考えても明らかな冤罪。ドールトンの名前を上げたということは、証言した人間のすかした顔はすぐに思い浮かぶ。だが何故、奴はそのような証言をしたのか……軍刑務所でドールトンと夫婦生活を送れるわけがない。そもそも奴の罪状は、司法取引が通じるレベルではない。
つまり憲兵隊には本当の『標的』が別にあって、ドールトンはただの名目に過ぎない。回りくどい方法を選択した理由は、はっきりとした『別件逮捕用の罪』を作りたいからだろう。随分と嫌われたものだが、個人的に知己がない相手にそこまで恨まれる理由はないはずで、これはもう少し深く探る必要がある。そして今、必要なのは時間だ。
「貴官らは正式な拘束令状を有しているわけでもなく、法的には任意同行を求めているだけに過ぎない。そういうわけだな?」
俺はドン大尉に向かってさらに一歩踏み出すと、指呼の距離まで顔を近づけて囁くように言った。
「前線哨戒隊の任務を遂行する上で必要な人材を不明確な罪状で拘束するというのは、十分利敵行為に相当すると私は考えるが貴官の考えは違うのかな?」
目の前にいる若造大佐が借りた猫ではなく人殺しの猛獣であるとようやく気が付いたのか、ドン大尉の鼻頭には汗が浮かび、喉を唾が抜ける音が聞こえてくる。羞恥極まりないが、虎の威を借りる狐としてのキャリアと、借りる先の虎の『格』には些か自信がある。
「かわいい副官を庇い立てすると、後で後悔なさいますぞ?」
喉の奥から出てくる大尉の、苦し紛れの言葉に俺はさらに顔を近づける。もしかしたら大尉は本当にドールトンを拘束する命令だけを受けているのかもしれない。だが獅子狩りに失敗し、ネズミ捕りしかできなかった俺にとって、その程度の誤解などどうでもいい。
「素晴らしい台詞だ。そのままそっくりお返しして差し上げよう」
右手の人差し指を伸ばしてドン大尉の左胸、小胸筋あたりを強めに押すと、大尉は体を左斜め後ろによろけて床に手をつく。もしかしたら転び捜査かなと思わせるような動きだが、ここは船渠で未だ第一〇二四哨戒隊の乗組員は未だ乗艦中だ。
「マーフォバー!」
「イェス・サー!!」
俺の大声に成り行きを少し離れたところ窺っていたマーフォバーが待ってましたとばかりに、さらに数倍の声量で応じる。その声量に、逮捕者も連行する憲兵も、第一〇二四哨戒隊の乗組員達も視線をこちらに向ける。千は下らぬ視線に射抜かれたまま、俺はマーフォバーに向かって大きく腕を振り上げる。
「第二回白兵戦競技会と射撃競技会を開催するぞ! 哨戒隊全乗組員は、参加する競技用の『道具』を持参し、第一分隊が入渠する船渠前に集合させろ! 至急!」
「サー・イェス・サー!!」
過剰な身振りで俺に向かって敬礼するマーフォバーが、一番近い戦艦ディスターバンスに向かって指示を出すと、すぐに何人かがタラップを駆け降り第一分隊の僚艦へと走り去っていく。その様子を横目に、俺は未だ腰を抜かしているドン大尉と、どうしていいかわからず未だ小銃を向け続ける武装憲兵に向けて、とびきりの笑顔を浮かべて告げる。
「ドールトン中尉を不当に拘束するつもりならば、第一〇二四哨戒隊総員四五六六名がお相手しよう。そう上司にお伝え願おうか。なに、戦場では役に立たなくても、伝言くらいはできるだろう、憲兵大尉殿?」
◆
その夜。第一〇二四哨戒隊全乗組員は一人も欠けることなく、『競技会用の装備』を持って第一分隊の戦艦五隻が一列に入渠する船渠の周りに集結した。五隻の戦艦は舷外照明を最大出力にして船渠内部を照らし出し、他艦は核融合炉の始動電源キーを引っこ抜いて、動かぬ置物になっている。
その上で船渠の桟橋には工作艦ディアサウンド九九号から降ろした予備の装甲材を並べてバリケードが組まれ、哨戒隊が搭載する全ての装甲戦闘服が陸戦評価の上位者から順番に配備された。装甲戦闘服を配られなかった将兵は、各戦艦の上方甲板に仮設で作り上げた銃座や、舷側砲の砲座に座っている。
「いやぁ、なかなか楽しい『白兵戦競技会』になりそうですなぁ」
この馬鹿野郎といわんばかりに笑顔で青筋を浮かべているビューフォートの嫌味バリバリの言葉に、俺は苦笑を浮かべることしかできず、席に座るドールトンはその長身をさらに縮こめている。その様子に戦艦ディスターバンスの会議室に集まった第一分隊以外の艦長達は、ブラスターやトマホークを弄りながら意味深な笑みを浮かべている。
「のう、『兄者』。武装して戦艦に立て籠ることを自由惑星同盟では『競技会』というのか?」
そしてこの会議室にいる二人の異端者。そのうちの度胸が据わっている方が、俺の傍に駆け寄ってくる。どうやらレーヌ中尉が女性下士官の一団を引き連れてマジェスティックⅣから『誘拐』してきたらしい。それから何をどう考えたかはわからないが、マルガレータ嬢は俺の事を『兄者』と呼ぶようになった。ちなみに肝が据わってなさそうな方は、会議室の端っこでパイプ椅子に座ったまま蒼い顔をして石像になっている。
「実はそうなんですよ」
「嘘こくな、バカ娘!」
そして誘拐犯はそのまま護衛役となってマルガレータ嬢に付き従っている。勿論、今も特注の装甲戦闘服を纏っていたが、笑顔で嬢に答えた途端に頭頂部に手刀が落とされる。悲鳴を上げてうずくまるレーヌ中尉をよそに、ビューフォートは真剣な表情で俺を見つめて言った。
「どう落とし前をつけます? 相手は憲兵六〇〇名と白兵戦部隊二〇〇名。逮捕者の管理もあるでしょうから、攻撃を仕掛けてくるのは白兵戦部隊と、武装憲兵の半分。こちらから打って出ても数で勝てますが、他の哨戒隊や基地の要員が加わると一気に不利になりますぜ」
「『中央から来ていきなり基地を支配下においたいけ好かない憲兵連中』と『ポッと出なのに戦果を上げ続ける異能の部隊』がぶつかるのを見て、彼らはどう動くかな?」
「……まぁ普通に高みの見物ですな」
ありうるとすれば何らかの条件を取引材料にして協力者を集め、船渠の空気を抜いたり重力を落としたりすることだろうが、その辺りはこちらも充分考えている。戦艦五隻が『船渠内部で』主砲を全力斉射すれば、薄い内壁は軽く貫通して、船渠制御室も下手したら核融合炉近辺にまで被害が及ぶくらいは理解しているだろう。
あとは特殊部隊を送り込んでくることだが、各艦に通常要員の数倍に及ぶ人員を載せている以上、潜り込ませたとしてもできることは核融合炉の破壊による爆殺だろう。しかし戦艦五隻が一気に爆発すれば密閉式の整備船渠はそのまま爆弾となって、やはり補給基地内部構造体に大きな被害をもたらすことになる。
「その前に、向こう側が何らかの話を持ってくると期待しているんだけどね」
「期待するのは結構ですが、相手はあのじゃがいも士官ですぜ? 卒業席次が一つか二つ上だった同期が部下になった途端にいびり抜いたという曰く付きの」
それはドーソンの陰険さを示す噂の一つ。だがさすがにそこまで陰険な男であれば、別の部下の方がついてこない。逆にそこまで人格的に問題がある人間が将官になるには、余程強いコネでもない限り無理だ。佐官から将官に昇進するときの人事考査では、統合作戦本部だけでなく国防委員会も関与してくる。
まぁフォークやアラルコンが将官になっているのだから相当目は荒いんだろうが、人格的に問題がある人物が四〇代でポストの限られた後方職の将官になるには、少なくともキャゼルヌ並みに優秀でなければ無理な話だ。
「俺はもう一人の方を期待しているんだけどね。だけどじゃがいもの説得に苦労はしているだろうから、レッディ准将のマイクロデータを送ってやろうと思う」
「さすがに第三辺境星域管区司令部から手に入れていると思いますがねぇ……」
「准将から俺に委託されているということが分かれば、それで十分状況証拠になるさ。令状を見せないで名前で拘束しようとする奴らに、証拠とはいかなるものか教えてやるのも一興だと思うが?」
「それでじゃがいもが逆ギレしないことを祈りますよ。じゃなきゃ俺達は叛乱軍になっちまう……そうだ、お嬢」
「なんじゃ↑ ダニエル」
行儀よくドールトンの隣に座っていたマルガレータ嬢に、ビューフォートは首を傾げてから聞いた。
「『叛乱軍内部で叛乱する軍』のことを帝国ではなんていうんですかね?」
問われたマルガレータ嬢は、『んん~』と唸りながら腕を組んでビューフォートに倣って首を傾げた後、しばらくして答えた。
「『賊軍』ではないかの」
それは絶対違うと分かって言ってるなと思いながら、俺は何も言わずにコーヒーをすするのだった。
日付が変わって翌〇二三〇時。三交代で休む様に伝えて艦長室に下がった俺は、四度のノック音で目を覚ました。明らかに精神に負担がかかっているドールトンは自室に下がっているし、ビューフォートは艦橋に待機している。それぞれが俺に連絡するときは端末を使うように言っているし、ノックをしても官姓名を名乗らないということは、扉の向こうにいるのはまともな第一〇二四哨戒隊の人間ではない。
「どうぞ。鍵は開いてますよ」
俺の呼びかけで扉は開き、二人の人間が音も立てずに艦長室へと入ってきた。その二人の顔を見て、俺はオフィスチェアに深く腰掛けて大きく溜息をつく。
「些か不用心ではないですか。私が憲兵側の刺客だったらどうするんです?」
そう言うのは装甲戦闘服ではなく、通常の軍服に身を包んでいるナウカリネン大尉であり、
「それはあり得ないと分かって待ち構える。この大胆不敵さこそが彼の魅力じゃないか、レオ。久しぶりだね、ボロディン中尉。無事息災で何より」
第一〇二四哨戒隊の曹長の軍服に身を包んで、ナウカリネン大尉を名前で呼ぶカーチェント准将だった。
とりあえず他の誰も起こすわけにはいかないので俺は席を立ってキッチンに向かおうとすると、ナウカリネン大尉が左手を上げて代わりに向かおうとする。だが俺は敢えて大尉を引き留めて自らコーヒーを三客入れ、応接ソファに並べた。
「いい香りだ。これはピラート中佐の残り物かい?」
一言でドールトンが真の目的ではないことを言い示す。情報部の修辞能力の高さにほとほと呆れるが、その呆れすらも見抜いて、カーチェント准将は俺に向けて笑みを浮かべる。
「ま、敏い君の事だからもうわかっていると思うけど、少しばかり僕の歴史講義に付き合ってくれると理解が深まると思うので、聞いてほしい」
しっかりと飲み干した後、カーチェント准将は目を閉じて話し始める。
「自由惑星同盟軍に情報部ができたのはおよそ一五〇年前。統括作戦情報部と宇宙軍情報管理部と地上軍情報戦部隊と国防委員会情報分析部の四つの組織が統合して誕生したんだ……
それは銀河帝国との戦いはもはや不可避であるという危機的な状況の中でのこと。統合作戦本部長ビロライネン大将が言った「戦場の外で勝敗を決するものは情報と補給である」という言明に、後方勤務本部と時を同じくして統合作戦本部情報部に別所の情報機関が吸収・統合された。軍事情報を取り扱う部署の乱立、分析と実行の機能不全を解消する目的であったが、それは同床異夢と妥協の産物であった。
ダゴンの殲滅戦で帝国軍に勝利した後、全てが始まった。帝国に対峙する国家としての拡大は、始まりの一六万人の頃を思わせる規模であった。しかし今度は砦の中での拡大ではなく、外部からの、つまり帝国側からの人口流入によるところが大きかった。
故に軍情報部はありとあらゆる分野に手を伸ばした。伸ばさざるを得なかった、というべきだった。そして適材適所という名の下に、元の部署が得意とする分野へそれぞれの派閥が人材を供給する。前線情報は宇宙軍系が、戦略情報は統括作戦情報本部系が、不正規戦は地上軍系が、国内の監視には情報分析部系が。
その内部セクション対立は戦争が長引くにつれて深く、より複雑になっていく。さらにフェザーン自治領の成立とイゼルローン要塞の建造によって出来ることと出来ないことが変化し、併せて各セクションの勢力もまた変わっていく。
そして話は現代に。イゼルローン要塞の成立によって敵地における不正規戦はほぼ不可能な状況になった。地上軍系は情報部内での勢力を減衰させていき、他の三派に吸収されようとしていた。そこで地上軍系は勢力の復活を目論んで前線での、特に中央の目の届きにくい辺境部での情報工作活動を新たに始める。それは国家よりも組織、組織よりも派閥を守るという自己保身欲の発露。そして他派閥のシノギに手を伸ばすこと。
結果として薬物を介した畸形なシンジゲートが作り上げられる。フェザーンの裏社会、同盟前線での薬物生産、帝国軍内部での販売網。もはやそれは軍情報部の作戦範疇を越えていた。薬物汚染は純粋に国境戦力の劣化に限らず軍事物資輸送ルートに乗って同盟本土内部にまで浸食し、それに伴う情報漏洩と違法所得は目を覆わんばかりに拡大した。
ここに至って情報部の三派は結託して内部の粛清に動き始める。まずは本土側の処理からだったが、薬物汚染というより金銭のやり取りの複雑さと根の深さに調査は難航する。何しろ相手も『情報部』だ。気づかれないよう進めるだけでも苦難が続く。気の遠くなるほど慎重に証拠を集め、宗教組織に身をやつした人物を特定するに至ったが、捕捉する前に逃亡されてしまった。だが同盟警察との共同捜査によって販売網の摘発には成功し、一時的な根絶は出来た。
次に並行して行っていた策源地の捜索と壊滅だが、これまた一隻単位で輸送艦の動きを調査し、その中で不審な動きがないか監視し……ようやく出口が第五四補給基地を突き止めるに至る。そして一番問題がないと思われた副司令官ケオ=ヴィチア大佐を通じて現場での調査を開始したが、すぐさまその副司令自身が『体調を崩す』という事態に至った。
定年間際のレッディ准将が孤軍奮闘していることは分かっていた。ただ第五四補給基地の高級幹部が汚染されているという現実が露見すれば、次の本部長改選の重要なファクターになるだけでなく、軍部の威信失墜につながる……こうなると現本部長閥との関係が乏しく、さりとて軍高級幹部と関係があり、情報部本体との関係が薄く、独自に状況を調査する能力を持ち、薬物に対する強烈な嫌悪感を持つ、辺境でも誘惑に溺れそうにない軍事指揮官を予備知識なしで放り込んで場を掻きまわし、隙ができたところを急襲するしかない。
必要なのは適合する人材。オブラックに隙を作らせる為にドールトンを用意した。そして辺境で武運を上げたがっている条件に適合した軍事指揮官をとある国防委員が用意した。時間はかかったが、有能な軍事指揮官は期待以上の証拠を集め、確実な手段で中央に送ってきた。準備は整った。
「だが今度は君という存在が問題になった。統合作戦本部人事部のささやかな苦悩は別として、独断専行に過ぎる作戦行動もさることながら、国防委員会での君の活躍を恨めしく思っている人間も実は多い」
「フェザーンですか?」
「むろん彼らもだが、一番は中央情報局だな。僕個人としてはバグダッシュを通じて読ませてもらった君の『遺書』に感動していてね。僕も君同様に『Cなどとっとと死に晒せ』と思っているが、さらに今回君は火に油を注いでくれた」
「それは?」
「君が保護した一〇歳のお姫様とその従者だよ。伯爵の亡命計画を主導していたのはC-七だ」
そもそも原作を知らない人間であったらそんなことに気がつけというのが無理な話だ。現実は伯爵の天より高い貴族臭から、軍部が護衛を忌避したというのではなかった。チェン秘書官の一件で面目失墜した中央情報局第七課が、汚名返上とばかりに対応した案件だったが、第二・第三辺境星域管区が若獅子を見逃したばっかりに、伯爵もCにとっては貴重な護衛艦も、軍に高値で売りつける予定だった軍事情報も、全て失った。
「逆恨みにも程があると思うが、Cは実はM(憲兵司令部)とそれほど仲は悪くない。両方とも軍情報部が嫌いだから、ってだけだが……三〇億ディナールの一件はそれだけ根が深いんだよ」
「ドーソン少将は私を処分したがっている?」
「そこまでは思っていないが、しばらく閑職に回って貰いたいくらいには嫉妬している。ああ見えて少将閣下は出世願望が強い方でありながらも、自分が実戦指揮官としては『いま二つ』ということも自覚しておられる」
自分の得意とする分野ではそれなりに実力を発揮できる。憲兵は派手な軍事作戦よりも地道な風紀改善・犯罪捜査・護衛といった分野が本業だ。ドーソンにとって憲兵司令官職は、望みうる職責の一つであり、今回の事件解決もそれなりに功績となる。将来憲兵の頂点に立ちたいと思っているであろう彼であれば、落ち目とはいえ中央情報局との修好関係はある程度維持したい。
一方で今回の作戦は情報部内部の後始末の面もあり、カーチェントが副指揮官として同行している。ドーソンが上につき、カーチェントが指導した。ドーソンとしては十分虚栄心を満たせる任務であっただろう。しかしだからといって有力な二人の容疑者を逃すようなヘマをするだろうか。
「……つまりギシンジ大佐とサトミ大佐は、宇宙空間での戦闘中に殺してほしかった?」
「逆だ。確実に生きて確保してほしかった。下手に勘の良いあの二人は、拘束しようとすれば間違いなく抵抗する。補給基地内で抵抗されると基地自体が破壊され被害はより大きくなる上、潜伏されればその捜索に時間がかかる」
宇宙空間に逃げられた方が厄介とも考えられるが、複雑な補給基地で人間を一人探すよりは、どんな宇宙船も次元航跡を残す宇宙に逃げてもらった方が捜索は楽、ということか。恐らくこれは地上で戦う人間と、宇宙で戦う人間の感覚の違いだ。理は理として、お互い自分の戦場の方がより困難だと思っている。
「君と第一〇二四哨戒隊には随分と迷惑も苦労もかけたが、結果はこちらの期待以上だった。感謝している」
カーチェントはそう言うと、ナウカリネン大尉にコーヒーのおかわりを要求する。大尉は俺に視線で許可を求めてきたので小さく頷くと、大尉は席を立ってキッチンの方へと向かって行く。その姿が消えたところで、カーチェントは口を開いた。
「レオは地上軍系に残された希望の星だったが、彼自身がこの状況を許せなかった。逆にはっきりと介錯すべきだと、この任務を買って出てくれた」
「そう、ですか」
それが士官学校陸戦科を優秀な成績で卒業した彼が、地上軍ではなく宇宙軍に属して一戦艦の警備主任に留まっていた理由。
「レオは君の事を手放しで褒め称えていたよ。こういう人物こそ軍の頂点に立つべきだとね。そこまで褒められると兄替わりの身としては軽く嫉妬せざるを得ないが、同時に感謝している」
「……」
「五人に一人は帰れない辺境任務で、君は彼の乗艦を沈めなかった。本当はディスターバンスに潜り込ませる予定だったが、元からの乗員であるマーフォバー大尉を除外するだけの正当な理由がなかった。それがこの任務で唯一の気がかりだった」
兄替わりということは、カーチェント准将とナウカリネン大尉は血縁関係ではなくとも、親戚かそれに近い程親密な関係なのだろう。気の置けない相手であり自派閥を裏切らせることになる人物を、投機性の高い作戦の駒にすることに良心の呵責がなかったとは、いくら情報部の人間だとしても言えない。勿論、ケリムの時のようにこれら全てがでたらめで、カーチェント准将の演技であるかもしれないが。
「ひとつ、聞いてもよろしいですか?」
ナウカリネン大尉が見計らったかのように、コーヒーをグラスポットごと持ってきたので、改めて俺はカーチェント准将に向き合って聞く。自らポットからコーヒーを入れながら、口では答えず小さく頭を傾けて促したので、俺は遠慮なく聞いた。
「カーチェント准将は情報分析系ですか?」
その問いにナウカリネン大尉から、これまで一度として見せることのなかった感情の全く籠っていない視線が、俺に向けられる。それを制するかのようにカーチェント准将は、無言で大尉と俺のカップにコーヒーをつぎ足し、そして自分だけ一口つけてから答えた。
「そう。その通りだよ。君の前職とは扱う内容が全く違うが、大体同じような事を仕事にしている」
怪物とも繋がりがある事を否定しない。考えられるのは情報部伝統の『反戦派崩し』。恐らくは『ジェームズ=ソーンダイク氏の息子の同期・同僚』。国内政治工作を中心としてきて、最近ヘボが過ぎる中央情報局とかなり職域が重なる。
であれば賭博三人衆の元締めであるグリーンヒルは、かなり以前からトリューニヒトと連絡線を有していたことになる。対立するシトレ・ロボスといった最高級幹部の幕僚を務められるのだから、柔軟でバランス感覚に優れている人物で、しかも良識派と言われるほどに外面がいい。主戦派の主演男優と言われつつも、一部からは蛇蝎の如く嫌われている怪物とは違うし、怪物からしても利用価値は十分あるだろう。
そんな男が目の前の連絡線を切ってまでクーデターを主導したのは何故か。墓地で零していたようにエベンスのような『若い奴ら』の暴走を抑える為か。それとも別の何か要因があったのか。
俺がじっとカーチェントのどこでも通じる落ち着いた営業スマイルを見つめながらそう考えていると、その営業スマイルとは別の、困ったなと言った笑みを浮かべて言った。
「ちなみにグリーンヒル中将閣下とブロンズ少将閣下とモンティージャは統括作戦情報本部系。バグダッシュは宇宙軍情報管理部系だ。もちろん信じるか信じないかは君次第だが……さて、いささか長居をしたね」
残ったコーヒーを一気飲みして、カーチェント准将はソファから腰を上げる。それに合わせるようにナウカリネン大尉も立ち上がり、カーチェント准将の二歩左後ろの位置に立つ。それが彼の成したい立場の表れだろう。
「それではボロディン大佐、『明日』はよろしく」
いつかどこかで聞いた覚えのある言葉を残し、カーチェント准将とナウカリネン大尉は敬礼をしてから艦長室の扉の向こうに消えていった。無機質な扉を眺めつつ、俺はやるせない溜息を一つ吐くのだった。
2026.09.22 更新