なんとか、なんとか、辺境編を終わらせることができました。長かった。
(正確にはハイネセンに戻ってはいないので、章末ってわけではないですが一区切りとして)
下品だったり暴力描写がありますので、ご不快な場合はそこだけスルーしてください。
あとドーソンへの言及ももう少し考えたいところです。
宇宙暦七九三年三月二日。 第五四補給基地
そそくさと早朝に出て行ったカーチェント准将が、今度はパリッとした准将の軍服に身を包み、白兵戦部隊の二個分隊(三〇人)を引き連れて、戦艦ディスターバンスが収まる整備船渠の桟橋に現れたのはその日の一〇三〇時。
「ヴィクトール=ボロディン大佐はいるか!!」
その痩身からどうやってそんな大声が出るのか、人体の不思議を見せつつ後背に白兵戦部隊を整列待機させたまま、バリケードに向かって一直線に単身で歩みを進めてくる。
「帰還早々、部下を巻き添えにトマホークで戦争ごっこに耽るとは、何たる驕慢。基地司令官代理閣下は、貴官の行動にひどくお怒りだ! 出てこい、ボロディン大佐! それとも丸腰の私が怖いのか! 戦艦など捨ててかかってこい!」
「あの野郎、ぶっ殺してやる……」
戦艦ディスターバンスの戦闘艦橋に集まった各艦艦長と艦橋要員は、メインスクリーンに映るカーチェント准将の一人舞台に集中している。その中でも『ナウカリネン大尉』の見せる気迫は尋常ではない……第一〇二四哨戒隊最優秀の白兵戦士の野獣のような唸り声に、傍にいるディスターバンスの通信オペレーターは若干引き気味だ。
「チェ=シウ中佐」
俺が声をかけると、戦闘艦橋にいる全ての将兵の視線が集中した。あくまでも『叛乱』ではなく『白兵戦競技会』の体で集結している。事態のエスカレートはどちらも望んでいないから、カーチェント准将も白兵戦部隊を総勢ではなく三〇人に絞って連れてきた。
「トーナメント参加者を集めろ。『同数』だ」
「了解しました。右舷ハッチでお待ちしております」
既に準備万端で装甲戦闘服を纏っているチェ=シウ中佐は、訓練用トマホークを左肩に乗せたまま、不敵な笑みを浮かべて敬礼で応えると、マーフォバーやナウカリネン大尉を連れて艦橋を出ていく。
「ビューフォート」
「第一分隊各艦には『絶対に砲撃するな』、ですな。ディスターバンスもお任せあれ。狂犬もこの通りに」
ビューフォートは右腕で装甲戦闘服を纏っているレーヌ中尉の頭をガッチリと決めたまま、左手でサムズアップして応える。
「ドールトン」
「はい、隊司令」
「ついてこい。特等席で三〇対三〇の集団戦を観戦だ」
「承知しました」
小さく一礼して答えるドールトンの顔にはまだ十分に血液は戻っていないように見えるが、背筋はしっかりと伸び、俺の後ろをついてくる足取りも規則正しい。一〇〇パーセントではないにしても、うろたえることはもうないだろう。
会議室を出て、右舷ハッチで並んで待っていた臨時陸戦隊と合流してから艦外に出てタラップを降りる。普段であれば整備作業で酷い騒音の船渠内は静まり返り、タラップと軍靴が繰り広げる不協和音だけが響く。船渠桟橋に降りると、カーチェントから一〇歩先に俺はドールトンを従えて立ち、その後ろに同じように三〇人が横一列に並び相対した。
「呼ばれたから出てきてやったぞ、カーチェント准将!」
「閣下(サー)をつけろ。なんだ、貴様。上官に向かって!」
「抜かせ! 俺の部下に冤罪吹っ掛けて不当拘留をさせようとする憲兵隊の手先になり下がった奴に、閣下などつけるわけがない!」
「なんだと!」
カーチェント准将が右手を開いて肩口まで上げると、准将の後ろに並ぶ白兵戦部隊の三〇人が『訓練用トマホーク』を構える。同じように俺も合図すれば、こちらの臨時陸戦隊も身構える。俺とカーチェント准将、どちらかが手を前に出せば、直ぐにも闘技会が始まるだろう。
白兵戦部隊の武装を見れば、最初からこれは出来レースだとわかる。しかしいくら出来レースとわかっていても、白兵戦部隊の所属章を見れば流石に背中に冷や汗が流れる。右腕には陸戦総監部、左腕には『第九連隊』……それは同盟軍において薔薇の騎士連隊に次ぐと言われる精強さを誇る白兵戦部隊。
哨戒隊選抜のニワカ陸戦隊などまともに相手になるとは思えない。なにしろ四六時中トマホークを振っている最低でもS-Ⅱ以上の筋肉ゴリラ達だ。後列からも『やべぇ……』という囁きが漏れ聞こえてくる。それに気が付いたのか、カーチェント准将の唇はいつ噴き出していいかわからないくらいに歪んでいる。
マジでこの三〇人で制圧戦を試みるのかと思えば、カーチェント准将の顔が右に動いたので、同じように顔を受けて確認すると、ガチャガチャと不規則な軍靴の音と複数の車両走行音が。また逆に反対側からはもっと重い装甲戦闘服の靴底が奏でる規則正しいリズムが聞こえてくる。
俺は改めてカーチェント准将を真正面から見つめるが、准将の視線は右手から近づいてくる集団に向いたままだ。右手に姿を現したのは、完全武装した一個中隊規模の武装憲兵と機関銃座を備えた軽装甲機動車(LAV)が三両。左手に現れたのは第九連隊の残りの白兵戦小隊全て。ただし訓練用トマホークを手にしている。
これで後ろの戦艦ディスターバンスの船体以外は完全に包囲された形だ。流石に白兵戦要員二〇〇人とその同数の武装憲兵と機関銃を備えたLAV三両相手では勝負にならない。ただ背後の戦艦ディスターバンスからは僅かな砲塔作動音も聞こえてくる。舷側砲の一門でもぶっ放せば桟橋は血の海になるが、当然俺達も巻き添えだ。
「カーチェント准将閣下、ご苦労様であります」
LAVの車体上面のハッチが開き、大佐の階級章をつけたやや大柄な憲兵が、こちらを見ながら敬礼してくる。ただしあくまでもカーチェントに対してだけであって、俺に向かってしているわけではない。ただ小さく侮蔑の表情を浮かべるだけで、眼下の武装憲兵に対して行けと手振りするだけだ。その指示に従って、まずは半分の二個小隊(一〇〇人)の武装憲兵がこちらに銃口を向けながら駆け寄ってくる。
「隊司令、お下がりください」
チェ=シウ中佐が俺の前に立ち、トマホークを構えて武装憲兵の押し寄せる方角を睨みつける。俺の背後ではきゃあという悲鳴と共にドールトンが臨時陸戦隊の一人に引きずり倒され、倒れたままの彼女を中心として戦艦ディスターバンスを背後に、装甲戦闘服による小さな半円の防御陣が作られる。
そもそも装甲戦闘服は武装憲兵の持つビーム小銃の威力では貫通しない。たとえ集中砲火を浴びても、運悪くヘルメットのシェード部分にでも当たらない限り、中の人間は無事だ。だが生身の俺とドールトンはそうはいかない。あれだけの銃火を浴びれば、よせよ痛いじゃないかねなどと言う前に昇天できる。
若獅子を取り逃がしたことだし、ここで命運尽きるのも俺の才の無さゆえに仕方なし。だいぶ早い退場になるが、同盟の滅亡を見ずに第二の人生を終えるからまだマシか。出来ればドミニクにもう一度会いたかったなと思い、深く溜息をついた後、情報部らしい見事な詐術で俺を陥れてくれたカーチェント准将に視線を向けると、彼は小さく頷いてから上げていた右手を思いっきり『左に』向けて振り下ろした。
「突撃。制圧せよ」
今度は左後ろから声が響き渡り、合わせて左から近寄ってきた第九連隊の白兵戦要員の足並みが一気に早まる。武装憲兵隊の銃口がこちらを向いている故に、チェ=シウ中佐は俺の右前から離れられない。その中佐が小声で『這い蹲って円陣まで逃げてください』と言って俺に後ろ回し蹴りを喰らわせるが、倒れた俺が円陣の中に入るより早く、第九連隊の装甲戦闘服の白い影が視線に入り……風の如く目の前を通り抜けていく。
「は? え?」
白い装甲戦闘服の突風は半円陣の目の前も通り過ぎ、銃口を向けた武装憲兵隊へと向かって行く。驚いた武装憲兵の何人かが彼らに向かって発砲するが、装甲戦闘服は易々とそれを弾き返すと手持ちの訓練用トマホークを振りまわし、まるで草を刈り取るように武装憲兵を叩きのめしていく。
第九連隊の要員達が手加減しているのは明らかだ。だがそもそも訓練用トマホークは本来装甲戦闘服同士の訓練で使用するもので、決して生身や防弾チョッキ程度の防備しかしていない相手に振るうものではない。
その上、振るう中身は筋肉ゴリラ達だ。あっという間に二個小隊分のケガ人が生まれ、さらに歩みを進めて車列にまで届き、蝗のようにLAVに貼りついてその中身を引きずり出していく。その状況で後列の武装憲兵隊は、まさに蜘蛛の子を散らすといった表現通りに、整備船渠ブロックから逃げ出していった。
「ヴィクトール=ボロディン大佐殿ですな」
ウェーイウェーイと気勢を上げ、武装憲兵達が逃げて行った先に中指を立てたり、桟橋の床に倒れたまま動けない武装憲兵達の武装を解除しつつ罵声を浴びせる第九連隊要員達の中から、中佐の階級章を装甲戦闘服に付けた陸戦士官が、俺に向かって踵を合わせると、ヘルメットを取って敬礼した。
「第九連隊第一大隊第一中隊のジョージ=ケイン中佐であります。今回の後始末に駆り出された哀れな肉体労働者達を引率してきました。ボロディン大佐のお噂は陸戦総監部でもかねがね耳にしております」
「第一〇二四哨戒隊司令のボロディンです。お助けいただき一同感謝しますが……良いんですか?」
「我々は憲兵の手先になったつもりはありませんし、なにより『白兵戦競技会会場に殺傷能力のある実銃をもって現れた頭のオカシイ所属不明の集団』が突如現れたのでやむを得ず制圧しただけにすぎません。その行動になにか問題がありますでしょうか?」
憲兵の手先と言われたのがよっぽど嫌だったのかそこだけ声量が大きかったが、とぼけた口調でケイン中佐は応える。この人も情報部かそれとも協力者かはわからないが、少なくともカーチェント准将に協力し、ドーソン少将と対峙する選択をしたということ。
今後のドーソンの性格と出世を考えれば、閑職どころか下手すれば任意除隊の可能性すらあるが、そこまでしてこちら側に肩入れするのはどういう理由か? 俺が軽く聞くとケイン中佐は肩を竦めて、まるで当然とばかりに答えた。
「親友の誇る友が困っていたら、なにはともあれひとまず助けるのが漢というものでしょう? ボロディン大佐はわが親友ダニエル=サントス=ジャワフのかけがえのない友人と伺っておりますが、違うのですか?」
この人選も全てこいつが原因かと俺は無言でカーチェント准将に視線を送ると、わざとらしく余所見をして口笛すら吹いている。悪しきマッチョイズムと言うべきか任侠とか仁義というべきか。とにかく助けられたことに感謝して二人に頭を下げると、ケイン中佐は頬を指で困ったなと言った表情を浮かべるが、俺の背後に近寄る影を見て、実に嬉しそうな表情を浮かべる。俺が振り向くとそこにはチェ=シウ中佐が立っていた。
「戦艦ディスターバンスには事態を説明しております。とりあえず隊司令も、艦にお戻りいただければと」
「お話し中失礼。小官は第九連隊第一大隊第一中隊のジョージ=ケイン中佐です。貴官の官姓名を伺いたい」
いきなり俺の右肩に手を載せてぐいと押しながら、ケイン中佐は俺とチェ=シウ中佐の間に割って入ってくる。一応同階級であるが助けてもらった故にチェ=シウ中佐は先に敬礼して名乗ると、ケイン中佐はさらに驚き嬉しそうに、俺の肩を揺らした。
「なんと! 巡航艦の先任艦長でありながら、ウチの隊員に引けを取らないその威風。素晴らしい。実に素晴らしい! これは期待できそうですな、ボロディン隊司令殿!」
「期待、ですか? 何に?」
俺のその答えに、途端に失望したと言わんばかりの表情を浮かべると、深く深く溜息をついてからケイン中佐は答えた。
「『白兵戦競技会』ですよ『白兵戦競技会』! 我々第九連隊は『その為に』この船渠に来たんですからね! そこんところ間違えんでくださいよ?」
実に感情表現豊かな男だなと思いつつ、俺は呆れ顔のチェ=シウ中佐と視線を交わすのだった。
◆
中佐の指揮で第九連隊の手によってバリケードが撤去され、代わりに整備船渠の桟橋床面にテープで試合会場がテキパキと作られると、さっそく『白兵戦競技会』は開催され、第一〇二四哨戒隊は想定通り完敗を喫した。
装甲戦闘服を纏った第一〇二四哨戒隊の乗組員は総勢八六〇名。各艦大体一〇着から五〇着しか配備されていないが、合計すれば数になる。ただそれは数であって力ではない。第九連隊側は一人で四人以上と対戦することになったが全く勝負にならず。勝ったのはチェ=シウ中佐、マーフォバー、ナウカリネン大尉、そして俺の四人だけ。
レーヌ中尉も命の危険はないということで参加したわけだが、開始四五秒。それまで受け身だった対戦相手のたった一閃でリング外に弾き飛ばされた。相当悔しかったのかもう一勝負と頼んでいたが、ビューフォートとドールトンの二人に無理やりリングから引きずり出されていった。
その一方でナウカリネン大尉の洗練された戦いぶりに、我も我もと第九連隊の隊員が押し寄せ、しまいにはケイン中佐まで参加して、大尉をそれはそれは『可愛がった』
そして試合が終われば宴とばかりに、各艦の在庫食品が第九連隊の野外炊具で調理され、第一〇二四哨戒隊と第九連隊の隊員全体に振舞われた。その間、捕らわれの武装憲兵達は何も食べることができず艦医の治療を受けている。ついでとばかりに第九連隊の隊員が回収した武器を使って第一〇二四哨戒隊に扱い方などを教えていたが、女性将兵に対してはかなり手厚かったのは否定できない。
その宴の席をファルクナー中佐とビューフォートに任せ、俺はカーチェント准将と二人だけで整備船渠桟橋から基地内部へと進む。途中で武装憲兵の士官達が俺達に恨めしそうな視線を浴びせるが気にせず、異音を立てずスムーズに走行するランドカーを乗り継ぎ、基地司令スペースの中にある補給基地司令官室に入ると、そこには治安回復作戦の指揮官殿が一人、執務室で書類と向き合っていた。
「やってくれたな」
じゃがいも士官と呼ばれる割には肌が整っているドーソンは、俺とカーチェント准将が入室してからきっかり三分後。書類を全て決済済みの箱に移してから顔を上げてそう言った。
「第九連隊の武力があればどんな無理でも通せると思ったか?」
「そんなつもりは毛頭ございません」
俺が表情筋を駆使しての澄まし顔でそう応えると、ドーソンは右拳を机に振り下ろして音を立てる。だが爺様のウォーハンマーに比べれば音は軽く、ピコピコハンマーのように迫力がない。この武人としての迫力のなさが、同盟軍将兵に広がるドーソン少将への軽蔑につながっているのだろう。アッテンボローが士官学校の時に平然と口答えしたのもわかる気がする。
哀れと言えば哀れだ。士官学校の教官を務められる位に整理された頭脳と体系的な知識を有し、ケリムでは中尉の時にはたった一人で調査しブラックバートに手が届く寸前だった。地道な作業を継続的にこなし、細かいところにも目が行き届く鋭敏な感覚を持つ。法務士官あるいは刑吏として実に優れた才能の持ち主だ。
ただ絶望的に統率力がない。成功の為の努力を惜しまず、その上優秀な頭脳のお陰で、周りが『馬鹿』に見えてしまう。態度としてそれが出てしまったのがケリム時代。理由は別だがそれで出世の糸口を掴み、以降も同じように功績を上げ、軍上層より引き立てられた故に、自分のやり方は正しい(事実規則運用として正しいのだが)と頑迷化し、さらに周囲との軋轢は深くなる。
同じようなタイプの士官としてはムライもそうだ。恐らくだが単純な事務処理・運用能力ではドーソンの方が上と見るべきだ。だが小うるさいおっさんとじゃがいも野郎の違いは、一歩下がって冷静に自分を認識する第三者的視点の有無だろう。
双方とも正論をもって規則を遵守させ組織の秩序を維持しようとしているのに、ムライは誰に対しても平等で厳格に堅苦しい対応しかできないことを自覚し出来ないことを他者に任せる器量があるが、ドーソンは艦隊後方主任参謀でありながら戦艦のダストシュートに潜り込んで行くように他者に裁量を任せようとしない。彼の執拗なほどの陰険さは、周囲との軋轢、必要以上の嫌悪を浴びせ続けられた人間の自己防衛反応に過ぎない。巻き込まれる方としては迷惑千万だが。
そもそもドールトンが言われるような罪を犯しているとは思えないし、そんなことをする時間すらなかった。しかし憲兵達はそのドーソンの『正しさ』を武器に、患部だけでなく周辺全体をもぎ取って一気に治療しようとする。叩けば埃の一つや二つ出る人間はどこにでもいるから、それらを検挙して憲兵達はさらに功績を上げ、それは『ドーソンの功績』にもなる。そして今回はドールトンだけではなく『C』に目をつけられている、官製談合・インサイダー取引・敵性組織通謀・業務上横領の(ほぼ)首謀者がいる。
ただカーチェントと俺が拘束もされずに執務室にいるということで、理由は不明だがドーソン自身には俺の事が嫌いであっても拘束しようとする意思はない。ドールトンの拘束(任意同行)についてはあくまでもオブラックの証言の裏付けだけのつもりだった。それを部下の憲兵達が拡大解釈している、と考えるべきだ。
憲兵達も俺とドールトンを拘束できれば、あとは自白剤を使ってでも罪状を作り上げられると考えていたかもしれない。しかし『正義』の目論見は単純明快な『暴力』によって粉砕された。故にドーソンに報告(泣きつき)し、事態の収拾と目的達成を依願したのかもしれないが、ドーソンはそもそも俺を拘束するつもりがない。
「ドールトン中尉はたしかに任意同行だ。しかし拒否すれば、軍事裁判官の心証を著しく悪くすることは承知の上だろうな?」
「その証拠が容疑者の証言のみという根拠の方が、余程軍事裁判官の心証を悪くすると小官は考えます」
「今回の辺境における麻薬事件においては、ほぼ状況証拠のみで物的証拠がほとんどない。特に後ろめたいところがないのであれば、捜査に協力すべきではないか?」
「協力は惜しみませんし、物的証拠については小官も幾つか提示できるものがあります。ただ、ドールトンを取り調べるというのであれば戦艦ディスターバンス内で行い、法務士官を同席させる事が許されない限り拒否いたします」
「……貴官は物的証拠を有していると?」
「まずは三つ。交戦した帝国軍内部における麻薬汚染状況データ。移動工場と思しき破壊された大型輸送艦の破壊宙点情報。敵軍指揮官の作成した報告書です」
俺はそう言うと金髪の孺子謹製の報告書をビジネスバッグから取り出しドーソンに提出する。ドーソンはそれを斜め読みかと思うくらいの速度で読み進める。実際に戦艦ディスターバンスには中毒者捕虜の血液と薬物のサンプルがあり、大型輸送艦で麻薬を作っていた人間は金髪の孺子から譲られ、爆破される前の輸送艦の内部写真等のデータは報告書に記載されている。
一瞬だけドーソンの視線が卓上のカレンダーに向けられたが、それは輸送艦の動きと俺の隊の動きを比較している仕草だ。どうあがいても俺がこの書類を偽造できないこと、証拠隠滅もできないことを、頭の中に航路図を描いて検討しているのだろう。意外とドーソンは航法士官に向いているかもしれない。
「これは小官が預かる」
異議は認めない、と言わんばかりにドーソンは右手で報告書の表紙を叩いた。
「それとは別にドールトン中尉の取り調べは貴官の要求通り、戦艦内で行い法務士官の同席も認める。故に速やかに実施できるよう環境を整えよ」
「承知しました」
「軍内外の有力者だけでなく、戦っている敵にまで助けられるとは、貴官は本当に運のいい男だな」
その一言が余計なんだよと、舌の上まで出かかったが、辛うじて踏みとどまって敬礼する。だが軍内と言えばシトレ、軍外と言えばトリューニヒト。双方から俺に手出しをするなと言うような警告を受けていたという自白をしてくれたことはありがたい。
何ならいつでも逮捕してやれるんだぞと言うマウンティングのつもりかもしれないが、現時点でカーチェントと第九連隊が俺側についている状況では全てがおじゃんになると考えたのだろう。功績と感情のバランス感覚があるだけに、顔には出ない憎悪があるのかもしれないが。
「これでドーソン少将がこちらに来た仕事は終わりですか?」
原作登場人物との貴重で不毛な交流を終えた後。俺はランドカーの席でカーチェントに問うと、「君の想像通りだ」と前置きした上で憲兵達の姿が見えないところで降車して、人気のない小さな自販機が一つあるだけのカフェスペースで珈琲を俺に渡してから答えた。
「処分は既に中央で決まっているので、後は『生きている肉体』が欲しかった。中央で得られない物証や細やかな従犯をここで得れば終わり。別にドーソン少将でなくとも私が来ればいい。だが君の場合は少し違う」
「違う?」
「君は戦果を上げすぎた。中央でもどうかと思われるほどに異様な戦果なんだ」
第三辺境星域管区所属の哨戒隊の平均戦果は一一.八八隻、平均損失は六.二九隻。なのに二年の任期を待たずして、一哨戒隊が戦艦三〇隻を含む一三〇隻近い艦を大破・撃沈ないし拿捕している。それでいて被撃沈艦がない。
ガンカメラのデータに不備がない以上、『握り』としか考えられない。幾らトリューニヒトやシトレであっても功績偽装は庇いきれる罪ではない。実際握っていたのがギシンジ大佐で、その彼ですら随分と慎ましく思えるほどの戦果を上げている。しかし潜入しているナウカリネン中尉からの定期報告を含めて異常がない……
「内ゲバのせいで情報部が憲兵司令部に信用されていないのも理由ではある。君を巻き込んでしまった償いは、情報部としてもそれなりにさせてもらうよ」
そう言うとカーチェントは俺の右肩を二度叩いた後、一人で元来た方向へのランドカーに乗り込んでいった。
◆
小さな騒動が終わった後の動きは、まさに最初からスケジュール通りと言わんばかりにスムーズに動き始めた。
ドーソンは約束通り、ドールトンに対する憲兵の聴取を戦艦ディスターバンスの艦内で行った。勿論女性の法務士官がドールトンの傍に寄り添っていたが、何よりスムーズに進んだのは仮の取調室となった小会議室に完全武装の白兵戦装備でレーヌ中尉やマーフォバー達が、入れ替わり立ち代わり壁に背をもたれて睨みつけていたからだろう。
結局ドールトンはお咎めなし。他にもオブラックが名前を上げたシツカワ中佐も聴取されたが、こちらもお咎めなし。逆に潮目流しを依頼した補給部士官の傍証もして、さらに芋づる式の逮捕につながった。
「私は偉そうに言える立場ではないが、よくやってくれたボロディン大佐」
基地病院の特別病室に入院中のレッディ准将は未だ点滴生活に変わりはなかったが、出会った時とは全く違い大きな瞳には力が戻り口調もはっきりとして、これぞ専科学校上がりの歴戦将官と言った風格を取り戻しつつあった。
「先手を取られたとは言え、もう少しやりようはあった。ヴィチア大佐もそうだが、一二〇四の連中に合わせる顔がない」
「レッディ准将閣下。そうお気を負わずに……」
「勿論そう簡単に死ぬ気はないぞ、大佐。昔から言うだろう。やられたらやり返す、三倍返しだと。あの三人にはせいぜい地獄まで付き合ってもらわねばならんて。で、もう奴らはハイネセンに連行されるのか?」
「ええ、少しばかり早いですが先ほど係船桟橋で……」
それは二時間前。ドーソンは一連の捜査の終了を宣言し、第五四補給基地司令代理職をカーチェントに委譲し、第三辺境星域管区司令部から派遣されてきた臨時の哨戒隊に乗って基地を後にした。その際係船桟橋で見せしめとして、逮捕者達を数珠つなぎで巨大輸送艦へと詰め込んでいったが、例の三人は三者三様に醜態をさらした。
首謀者であるサトミ大佐は鷹揚な大人の皮が剥がれ、以前のレッディ准将のように何かに怯え震えつつ第九連隊隊員のトマホークでつつかれながら小股で歩かされていた。
ギシンジ大佐は体から吹き出ていた威風がなくなり肩を落とし大きな背中を丸めて、視線を落としぶつぶつと何かを呟きながら虚ろな表情でタラップを上っていった。
そしてオブラックは俺とドールトンとカーチェントが並んで行列を見ていることに気が付き……
「クソ憲兵共、気付けよ! あそこにいる薄金髪の孺子は、ハイネセンで軍事投機に関与して暴利をむさぼってたんだぞ!」
茶色の髪や肌からは艶がなくなり、無精ひげを生やした痩せた浮浪者が、まさに狂気に身を委ねているといった風情で叫んだ。オブラックが列を乱せば、繋がる前後数人も引きずられる形になり、列を見張る第九連隊の隊員によって散々に叩かれ列に戻される。
それが数度繰り返され、前後の逮捕者からも文句を言われていたが、カーチェントは俺とドールトンに付いてくるよう囁くと、一人オブラックに近づいて行った。
「やぁ、オブラック」
「カーチェント! お前ともあろう奴が、あんな孺子に騙されているのか? それともあれか? ドールトンの腰遣いにやられているクチか? そうなのか!」
下卑た言葉と周囲からの好奇の視線を浴びたドールトンだったが、止めるまでもなくカーチェントの隣まで進むと、右平手のフルスイングをオブラックの左頬に無言で叩きこんだ。そして身をひるがえして今度は俺の左脇に戻って腕を取り、胸を強く押し付け肩に頬をぴったりと寄せる。俺はその間、何もできず無言で棒立ちだったが、艶っぽくそれでいて見下したドールトンの視線を浴びたオブラックの顔は、まさに『絶望』だった。そのオブラックの襟首を、カーチェントは右手できつく締めあげる。
「か、カーチェント……な、俺達、同期だろ?」
「ようやくだ、オブラック。俺より一つだけ成績が良かったことをケリムで散々女性将兵に吹聴していたことも、俺の不在時に女房を誑し込んで家に入り込んでいたことも、これで一切合切、解決するな」
「あ、あやま……」
「ん? 情報将校の俺が知らなかったとでも思ったか? 謝らなくてもいいぞ? なにしろ女房は先に地獄で君を待ってるから安心するといい。もっとも……地獄でご自慢の『主砲』を使わせるつもりはないが」
何気ない言葉の終わりに、カーチェントの右膝がオブラックの股間に打ち込まれる。強烈な痛みに腰を下ろそうにも襟首を締め上げられて叶わず、涙とよだれを流し、黄色と赤の液体で二本のスラックスが染め上げられる。一連の流れに、男性の多い第九連隊の隊員も並ぶ逮捕者達も、文字通り縮み上がった。
右ひざ下に染み付いた臭いを不快に見下ろした後、カーチェントはオブラックを右手から解放し、顎で第九連隊の隊員に連れて行くよう指図する。第九連隊の隊員は崩れ落ちそうになるオブラックを無理やり立たせて歩かせ始める。その足元には水滴の列ができていた。
「不快な臭いで申し訳ないね」
五歩より先には近づかないよう俺とドールトンに手を伸ばしたカーチェントは、いつもの仮面の笑顔を浮かべている。聞いてはいけないことを聞いてしまったと俺もドールトンも背筋が凍った。その顔色で察したのだろう、カーチェントはほんの少しだけ寂しそうに笑って言った。
「ケリムの同窓会はまた今度にしよう。我々にはいささか時間が必要だ」
……そこまでレッディ准将に話すことはなかったが、ただ何となく変事があったことを察したのだろう。レッディ准将も「そうか……」と一度ゆっくりと瞼を閉じると、再び開いて俺を見つめて、半身のまま俺とドールトンに敬礼するのだった。
三月六日。ドーソンがアルエリス星系を離脱した時刻をもって、カーチェントは正式に第五四補給基地司令官として活動を開始する。任期は七九四年二月まで。そして俺も基地駐留哨戒隊の先任指揮官となった。ただし俺の任期は七九三年の九月まで。
それまでに第一三回から第一六回の哨戒任務に第一〇二四哨戒隊は出動する。その間、特に制式艦隊が動員された会戦はティアマト星域に侵入してきた帝国軍の中規模艦隊をロボス大将の第三艦隊が迎撃して完勝しただけで、第三辺境星域管区は戦闘自体も少なく、第一〇二四哨戒隊は一隻も欠くことなく、また新たに戦死者を出すことなく宇宙暦七九三年九月一二日を迎えることになった。
交代の第一〇四八哨戒隊指揮官に引継ぎを済ませ、第一〇二四哨戒隊各艦はようやくハイネセンに帰れると笑顔を浮かべる要員を載せ、機関を始動させる。
「無事帰りつけば、ハイネセンポリスは晩秋かな。雪はまだ降ってはいないだろう」
「准将閣下。縁起でもないことを言わないでください」
カーチェントがただ一人、人の悪い笑みを浮かべつつ、戦艦ディスターバンスのタラップ係留口まで見送りに来てそう言うと、ドールトンが俺の右隣で応じる。
あの日以来、俺もドールトンもカーチェントに対し少し遠慮気味に応対していたが、カーチェントは遠慮なく距離を縮めてきた。戦艦ディスターバンスで開催される第三回・第四回の白兵戦競技会を観戦し、俺がナウカリネン大尉に二回とも叩きのめされているのを見ては笑い、レーヌ中尉を副官にしようと画策したり、それに抗議するビューフォートと腕相撲したりして、部下である基地関係者達よりも濃厚な関係を築いていた。
「艦長乗艦、三分前!」
戦艦ディスターバンスの号笛が響き、レーヌ中尉の声が複数の艦が並ぶ係船桟橋中に響き渡る。俺がカーチェントに視線を送ると、カーチェントはいつもの仮面の笑顔を浮かべて言った。
「ハイネセンに戻ったらバグダッシュに伝えておいてくれ。『カーチェントがボロディン大佐に世話になったから、お前は代わりにボロディン大佐に尽くせ』と」
「良いんですか、本当に伝えますよ?」
「いいとも。少なくともモンティージャよりはマシなはずだ」
マシ、という言葉に俺が眉を顰めると、カーチェントはゆっくりと右腕を上げて敬礼する。俺もそれに応じて敬礼するが、上官のカーチェントがなかなか敬礼を下ろさない。二〇秒を過ぎたあたりでカーチェントは苦笑して言った。
「君から先に下ろしたまえ」
「それは……」
「おめでとう。ハイネセンに戻れば、君は同盟軍で一一人目となる二〇代将官になる」
俺が先に手を下ろすと、カーチェントはポケットから小さな黄丹色のスカーフを取り出した。
「ケリムの警備艦隊司令部に『同期の優等生』が置き忘れていった奴だ。とても縁起物ではないから処分は君に任せるよ。それとジェイニーお嬢様にもよろしく」
そう言うと親戚の兄貴分といった表情を浮かべて肩を竦めるのだった。
2026.09.27 更新
次話はC109の進行状況により、結構遅くなるかもしれません。