欠伸を一つしながら背を伸ばし、俺は小舟の上で朝を迎える。きちんとした布団で寝ている訳ではないので身体がバキバキだが・・・まあ、贅沢は言えない身だしな。
「起きたか」
そんな声に顔を上げるとフィオレーネが橋の上から此方を見下ろしていた。
「全く。チッチェ姫を困らせないで頂こうか。貴殿が突然、いなくなってしまって、かなり心配をされていたぞ?」
「そうか。それは悪い事をしたな」
「謝るのなら相手が違うだろう?」
フィオレーネはそう言って俺が船橋に跳び移ってから再び口を開く。
「貴殿の生い立ちについてはある程度だが、チッチェ姫から聞いている。なんでも、孤児だった頃から特殊な戦闘訓練をさせられていたとかなんとか・・・お蔭で貴殿の粗野な立ち振舞いについても、ある程度は納得出来た部分もある」
成る程。おひめさんはそのようにまとめてくれたか。見立て通り、人が良くて信頼出来る人間だったようだな。
「それと提督が貴殿と話がしたいとの事だ」
「話を?・・・もう仮登録申請が終わったのか?」
「いや、私もそこまで詳しい内容は聞いている訳ではない。提督のお考えまでは解らないが、チッチェ姫のおまとめになった貴殿についての資料で気になる事があるそうだ」
思う事が色々あり過ぎて、どれなのか解らないが、おひめさんはどんな風に書いたんだろうな?
俺はフィオレーネと共に提督の元へ向かうと提督とやらは俺を待っていたかのように振り返る。その顔は昨日より明らかに険しい。
「提督。彼をお連れ致しました」
「・・・うむ。呼び出して貰っておいて、すまぬが人払いを頼む」
「は?」
「極めて重大な事である故にこの者と二人っきりにさせて欲しいのだ」
「・・・私達が信用出来ない、と?」
「そうではない。だが、この者が持つ秘密というものが王国そのものを揺るがせかねない程、重要であるのだ」
「ならば、尚更、我々にも・・・」
「これは王国の中でも最重要機密事項なのだ。すまぬが、私の顔を立ててくれまいか?」
フィオレーネはしばし、釈然としない顔をしていたが、提督の命令に従って他の王国騎士達と共に作戦室から出ていく。此処までの流れで大体の事は俺の中で予想出来た。提督の言う最重要機密事項で俺に関する事と言えば、改造人間である事以外あるまい。
「人間が飛龍種に対抗する為に人外の力を手にする計画【アルタード・プロジェクト】か・・・まさか、本当に実在していたとはな?」
「やはり、それについてか・・・」
「私が調べさせて知ったのはあくまでもエルガドの地でも囁かれている程度の都市伝説としてだけだが、計画自体は未だに現代でも密かに続行されていると聞く。それについて貴殿は何か知っているか?」
「・・・いや、それについては初耳だ。ギルドナイトに抹消されて存在を消されたと聞いていたが・・・まだ、あの施設みたいな場所があるのか?」
「貴殿と言う成功例があるのなら恐らくはだがな。何故に当時、最先端だった人体実験がココット村と言う辺境の地にあったのか・・・ココット村以外も見て来た貴殿ならば、少し考えれば、不思議に思う事ではなかったか?」
言われてみれば、確かにそうだ。ギルドナイトが潰したと言うのはココット村のあの施設だけだが、冷静になって考えてみれば、あれ程の技術をココット村の裏事情だけで独占していたとは考え難い。
つまり、俺達が知るあの施設は支部みたいなもので実際はもっと根が深いのか?
「・・・貴殿が思う事は理解出来る。そして、それについては私も思うところがある。例えば、我々のような上層部の王族達の中にも【アルタード・プロジェクト】に加担している者がいるかも知れぬとな」
「・・・」
「故に王国に報告するにしろ、貴殿の存在を公には出来ぬのだ。寧ろ、いままでココット村と言う辺境の地を拠点にしていたのが幸いしたと言って良いだろう。貴殿にはすまないが、正式な採用はないと思って頂こう。ただし、タダ働きさせる気も此方にはない。
素材などは渡せぬが、ココット村への帰路までは我々が保証するつもりだ。最も我々は古龍メル・ゼナを討伐し、その災厄自体を防ぐ役目を担っている身だ。貴殿をココット村へ送り届けるにしても全てが解決してからになってしまうだろう」
「やれやれ。思っていたより、帰るまでの道のりは難しそうだな?」
俺はそう告げると溜め息を一つ吐いてから提督を見据える。
「勿論、それだけを言う為に俺を呼んだ訳ではないのだろう?」
「うむ」
俺の言葉に提督は頷くと一枚の紙切れを机に置く。
「貴殿にやって貰いたいのは物資調達だ。貴殿の生い立ちや秘密を知ってしまったとは言え、表面上は仮登録のハンターとして扱わせて頂く。すまないが、私に出来るのはそれくらいだ」
「了解した。ココット村のハンターとして尽力しよう」
「それとその事だが、貴殿はココット村と言う辺境の地から来たハンターだ。恐らく、狩りについても勝手の違いに戸惑う事だろう。今回は特別にフィオレーネを同行させよう。本来であるならば、カムラの里の教官であるウツシに技術を教わるのが相応しいのだろうが、生憎とカムラの里は未だに百竜夜行の脅威にある故にウツシにのみ来て貰うと言うのには負担が大きい」
「それはありがたいが、そんなに勝手が違うものなのか?」
「それは自分の目で実際に確かめるのが早かろう。私が出来るのはここまでだ」
そう言うと提督は再び背を向ける。
「いつまで聞き耳を立てているのだ、お前達?」
・・・まあ、これについては俺も薄々ながら感付いていた。作戦室とは言え、屋根も扉もない吹き抜けの場所だ。周囲が静かになれば、自然といまの会話も聞こえてしまうだろう。
「・・・申し訳ありません、提督」
「聞いてしまったものは仕方があるまい。それに対して私から言うべき事はない。王国に帰還したとしても、この者の秘密については他言無用にせよ」
「はっ!」
随分と心の広い人物だな。この提督とやらは・・・やれやれ。
「すまないが、貴殿の秘密とやらを聞いてしまった。まさか、そのような都市伝説めいたものが実在したと言うのは驚きだが、それはそれだ。私もケジメを持って貴殿に接しよう」
流石はフィオレーネだ。芯が全くぶれてない。まあ、そこが良いところなのだろう。
「私も物を教えるのはあまり得意ではないが、やれるだけの事はしよう」
「ああ。宜しく頼む」
ーーこうして、俺は秘密にしていた事を全員に知られ、仮登録扱いでハンターとして狩り場に出掛けるのであった。
※次回、ハンターの違いあるあるフィールドワーク編