その頃、女子寮の百生さんの部屋では、百生さんが『おツルさん』と名付けた大きくて丸い鶴のぬいぐるみに話しかけていた。
吟子「はぁ。……………私、どうすればいいんだろ。おツルさん。このままじゃ、よくない、よね…」
すると、部屋の扉が誰かにノックされた。
吟子「…………? 寮母さんかな。今、開けます」
百生さんが入口に向かい、扉を開けると……
花帆「こんばんは! 吟子ちゃん!」
そこには、花帆が立っていた。
吟子「えっ?か、花帆先輩? なんでこんな時間に」
花帆「あたし、吟子ちゃんとちゃんと話そうと思って!」
吟子「よく、わかんないけど……。………中、どうぞ」
そして、花帆を部屋に入れた百生さんは、
吟子「あ、私、部屋に誰かを入れるの、初めてだ……」
花帆「そうなんだー。わ、着物が飾ってある!」
吟子「それは飾ってるんじゃなくて……。一度着たら、一晩はハンガーに吊るして、湿気を飛ばさなきゃで……」
花帆「へ〜! あ、座布団の上にいる、この子は?」
花帆が座布団の上に置かれた『おツルさん』に気づく。
吟子「そ、それは! なんでもない!ほんとに、なんでも!毎晩ぬいぐるみを抱いて寝てるとか、してないし!」
花帆「えー。別にいいと思うけどなあ。あたしもぬいぐるみいーっぱい持ってるよ」
花帆はそう言うが、百生さんは恥ずかしいのか意地を張る。
吟子「他の人は他の人! 私はもう、高校生なんだから! っていうか…… なんの用ですか」
百生さんはここで花帆が自身の部屋に夜に訪ねてきた理由を聞く。
花帆「えっと、吟子ちゃんと、しっかりと話そうと思って……」
吟子「私と?」
花帆「最近、練習中にもぼんやりしてるでしょ?」
吟子「あっ、それは……すみません」
百生さんが俯いて謝ると、花帆は慌ててちゃんと話す。
花帆「あ、ううん。責めてるわけじゃなくて。その理由が、聞きたくて……」
吟子「………………」
花帆「ライブで歌う曲を決めようって話してからだよね? 吟子ちゃん、どうして?」
吟子「それは……私の事情だから。先輩には、関係ない。練習に身が入ってなかったことは、謝ります。これからは、ちゃんと真面目に……」
花帆「関係ないことないよ!」
百生さんが関係ないと言った所で、花帆は言い切る。
吟子「なんで……」
花帆「だって吟子ちゃんは、あたしの後輩だもん! 同じ蓮ノ空学院の生徒で、芸楽部が好きで、スクールアイドルクラブにきてくれたんだよ? そんなの、関係しかないよ!」
吟子「…………でも、だけど。聞いたら、花帆先輩が……嫌な気持ち、なる、かも……」
花帆「……………それってつまり、吟子ちゃんが今、ひとりで嫌な気持ちを抱えてるってことだよね? だったらその気持ち、あたしにもわけてほしい。大丈夫。ちゃんと受け止めるから。あたしだってこの1年、いっぱい筋トレしたんだもん!」
花帆は優しく、寄り添うように話し、百生さんと話そうとする。
すると百生さんの方も『話そう』と思ってくれたようだ。
吟子「……………花帆先輩。………わかった。ちゃんと、話す」
花帆「うん!」
そして、百生さんの語る理由は……
吟子「……なかったの。おばあちゃんが好きだった、私の大好きだった曲。『逆さまの歌』が」
花帆「逆さまの、歌……………?」
聞いたことのない曲名に、花帆は首を傾げる。
吟子「私、形が変わっても、同じだと思ってた。芸楽部の魂は、スクールアイドルクラブに引き継がれてるんだって。だから、ここでがんばろう、って……。でも、違った」
花帆「え……?」
吟子「おばあちゃんの想いは、もう、なくなってた。だって、あんなに好きだった歌が、跡形もないんだから」
百生さんの理由、それは、過去から受け継がれてるはずの歌が、今の蓮ノ空には影も形もなかったからだった。
吟子「当たり前だよね。50年前の曲が、今も残ってるはずなんて……。でも。だったら。ここは、私の憧れた芸楽部じゃ、ない。……私がスクールアイドルを続ける理由も、どこにも」
花帆「吟子ちゃん……。吟子ちゃんの初めてのライブ、一緒に出ようよ!」
吟子「それは」
花帆「あんなに楽しそうに、準備してたよね? ステージ作るのも、衣装作るのだって…………。あのね! あたしも一緒だったんだ!」
吟子「花帆先輩」
花帆「ようやくわかった。どうしてあたしが、こんなに吟子ちゃんと一緒に、スクールアイドルやりたいと思ったのか。それは、あたしと一緒だからだったんだ!」
吟子「先輩と、一緒………」
花帆は、ちょうど1年前の……自身が蓮ノ空に入学した頃のことを思いだす。
花帆「あたしも、憧れてた蓮ノ空に入ったら、理想とぜんぜん違ってて! だから、諦めてた!けど、梢センパイに誘ってもらって、スクールアイドルを始めて。ここでならようやく花咲けるって思えたんだ!」
花帆「だから! やってみたら、きっと変わるよ!一緒に、スクールアイドルやろう!」
そして、花帆は百生さんに手を差し伸べる。が、
吟子「スリーズブーケに誘ってくれて、ありがとう。先輩……。でも私は、本気になれないよ。だって……私の夢は叶わないって、わかったんだから」
花帆「吟子ちゃん!」
吟子「惰性で続けるなんて、そんなの……真剣にやってる先輩方に失礼だよ。…………だったら、ここで辞めた方がいい」
花帆の方を言葉は、百生さんには届かなかった。
花帆「どうして……………」
吟子「ありがとう。花帆先輩。先輩と一緒に、夢を見てた時間は、本当に、楽しかった、です。それは、嘘じゃありません。理想の後輩になれなくて、ごめんなさい。悪いのはすべて、私、です」
そして、花帆を見送り、部屋から出てきた花帆は……
花帆「そんな……吟子ちゃん…………。あたし、どうしたら……。あたし……」
ー つづく ー
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