博士の判断材料と駆け付け一杯
コーラルという新物質は、飲めば分かるがとても美味い。
敢えて濾過せず一口傾け喉越しを堪能すれば、流し込まれた胃袋がカッと熱くなる。それなのにどこか甘味を感じて、やがて思考回路がじんわりと冴えていく感覚も楽しく、ついつい難解な事を考えてしまえるのだから、また楽しい。
人類が発掘した概念のひとつ、最たるものとしてわたしが唯一挙げるとするならば善と悪がある。
無論、わたしは二元論で物事を図り切れるとは端から信じてはいないし(無論これからも入信することはないだろう)、それが酷く危ういバランスで成立する価値観であることを今日までの歴史から学んでいるつもりだ。
地球から端を発した我々人類の歩みにおいて簡素に二極化させた物事は対立を想起させ、時として争いの種となり、戦火の花弁を芽吹かせた。宇宙開発が進んだ未来を生きる我々からすればどれほど下らない理由であろうとも、当時を生きた人間にしか分からぬものもあるが、物事への行いに対する自身の正当化ほど厄介なものはない。
我々は正しいから、あなた方は間違っています。すなわち誅すべき悪なのです。
そんな謳い文句が聞こえる時代は、きっとろくでもない時代なのだろう。対立構造が産み出した騒乱は技術の進歩を飛躍させるが、その大体において最も発達する技術とは軍事運用される戦争兵器だ。
私は戦争が嫌いだ。しかし軍事運用された技術革新までは嫌いになれない。むしろ悲しみの念さえ抱く。善悪二元論を用いれば研究開発された技術は時として悪の対象にもなりうるが、わたしからすればそれを利用した人類そのものが悪でしかない。
ならば人は悪そのものか、という問いもナンセンスだ。
そもそも善悪の区分は時代と当事者達によって移り変わりゆく。もっと穿った見解をするならば善悪を固定化しラベリングするほうが余程危うい。
持論ではあるが、世には善も悪ももとより存在しないのだ。
この世に生まれたものは全て善も悪も内包した混沌でしかなく、そしてこの混沌こそが人類の性質ではないか、とわたしは思っている。
分割するからややこしくなるし、側面的な知見は瞳を曇らせる。濁った眼では真実を見つけられず、やがて思考を鈍化させ曖昧さを孕んだ結論にしか辿り着けない。
このカオスはわたしが勝手に考案したもので、わたし独自の思考実験でしかないのだが、何度もわたしを手助けしてくれた。そして何時しか蒙を啓く手段としていつもわたしの側にいてくれた。初対面な物事と人は遭遇した時、その見た目や過去の経験から価値判断に比重を傾けるのはいただけない。
まずは出会えた事実に感謝し、五感のままに堪能しなければ余計な邪念に駆られてしまう。それはあまりにも勿体ないし、観察対象へ失礼だ。誠意のない対峙は無礼極まりない。
長くなったが、フィルターやデータ越しには理解出来ない物事に対する姿勢こそわたしは重要だと考えているのだ。
慎重に大胆に、敬意を抱きながら切開する。そのように思考し行動を開始するそれ自体が人類に与えられた叡智の閃きなのだ。
そしてわたしは探求者であり、体験主義を自負している。
つまり、どういうことかというと。
コーラルは最高に美味い。
に、尽きるのだ。
話は変わるが、ルビコン調査技研、という組織がある。
辺境惑星ルビコン3にて発見された新物質コーラルを研究するため、遠路はるばる各惑星から好んで集った研究者たちが創立した機関であるが、一言でこの組織を表すならばイカれた連中の巣窟だ。
彼らは主にコーラルの調査研究を行っていたが、それだけではなくコーラルを用いた技術研究及び開発まで手を伸ばしていて、後世に狂った成果と評される夥しい結果を産み出した。
その一つにコーラルを人体投与した強化人間が挙げられる。元々コーラルは新エネルギーとして注目されていたのだが研究が進むに連れ人体への影響度、という部分にも着手されていった。精密検査によればコーラルには向精神薬の効果もあり、幾つかの非人道的実験によってコーラルを用いた外科手術というぶっ飛んだ研究に辿り着いたのだった。
初期段階におけるアプローチ方法もコーラルを脳に直接注入するという、なかなかにアレだ。
無論、わたしは関わってない。着想は面白いと思うが如何せん機械工学を専門としている身からすれば、うわぁ、という感想しかない。研究資料で目を通した時、軽く引いた覚えさえある。
というのも、強化人間外科手術の恩恵を受ける人間は主にアーマードコア(以下ACと略す)の乗り手ぐらいなもので、更に手術成功率は一割の数字を叩き出すのだ。では残り九割はどうなるかといえば、勿論拒絶反応による絶命か廃人となり処理される。
いやいや、勿体ないだろう、コーラルが。
元々新たなエネルギー源として注目された筈の資源を、限定的場面でしか効果の発揮されない資材に投与するとは、確かに技研らしい発想ではあるが、安定性の欠ける実験的手術に貴重なコーラルを浪費するのは流石に如何なものかと思われる。現時点での調査内容では理論上コーラルは無限に湧いて出る代物ではないのだ。無駄使いは程々にしなければならない。わたしが嗜むコーラルが減ってしまう。
無論わたしは彼等の思索を否定しない。何事も試さなければ分からないのは体験主義を主張するわたしにもある程度わかる話なのだ。
問題は人体投与を施したコーラルの再摘出が困難を極める点にある。段階的実験の中で判明した結果としてコーラルは脳に浸透した際、その部位に癒着し脳内物質や各神経に影響を与えるのだが、神経作用を促すコーラル反応は結果として被験者の体内から取り戻す事が出来ない。表現性を伴わないかもしれないが、焼きついて離れない、のだ。
どうやらコーラルの特性として、一度脳髄に浸透したコーラルはその性質上外部に取り出すことが出来ず、宿主の身体で循環を始め徐々に染み込んでいく。例えその身体が終了したとしても、だ。
その研究結果に辿り着くため数えるのも馬鹿らしいほど強化手術は積極的に行われ、数え切れぬ程の犠牲を生んだ。コーラルの。
結果へ及ぶ過程の犠牲は仕方ないだろう。
端的に言えばそれは単純な副産物だ。
しかし、しかしだ。
僅かな需要の為に、それも成功率の著しく低い手術のために数mlのコーラルが損なわれるのだ。更に使用されたコーラルは再利用出来ないというのだから嘆かわしい。いや、サンプルデータは取れるのだから決して無駄ではないのだが、そんなにも人類の進化とは蠱惑的なのか。
進化論において人類の祖は適宜環境に適応していったが、人工的に更なる先を目指すには些か方向性が逸れてるのではないか。わたしは疑問を呈する。どうせならば超能力の開発にでも舵をきればよいのだ。人為的強化による超能力者の誕生なんて実にロマンチックな話じゃないか。
……いや、本当は分かっている。
この技研は主に企業の援助によって成り立っている。
人類は故郷である地球から離れ宇宙という新たなフロンティアの開拓に躍り出た。恒星間航行の発達により各惑星はかつての中世時代のように領土問題として奪い合いの舞台と化し、競合組織間の争いが当然のように行われている。
何故かと言えば簡単だ。そこに利益が生まれるからだ。富の独占、資源の優先はいつだって甘美な毒で、今だってこの宇宙の何処かでいざこざが起こっているだろう。
つまり戦争とは、フィールドを変えても付随する人類の欲そのものであり、それに伴う技術革新もまた人類の欲求なのだ。
故に戦争経済なるものがあり、戦力となるものは闘争の坩堝に飲み込まれる運命にある。
話題がずれてしまったが、宇宙進出及び開発は企業が主導となり、最早国家という形骸化した社会集団は企業に投資するだけの存在に墜ちた。そして企業は常に新たな技術を求めている。
そんな彼等の目についたのが新エネルギーとなる可能性が非常に高いルビコン惑星のコーラルだ。この辺境惑星にしか生じぬ未知なるエネルギーは企業を魅了させ、その謎めいた実態を調査するにあたってルビコン調査技研は誕生したのだった。
大雑把に表現すれば人類の欲求そのものが技研を産み出したと言えるだろうし、技研への莫大な出資者が複数の企業なのだから、コーラルの期待度の高さが伺える。
そして企業が求める成果のひとつが強化人間外科手術だ。いつの時代でも軍事産業は廃れぬものである。
とはいえ、技研に集った研究者たちは皆企業の飼い犬ではない。コーラルという新たな物質に自然と集ったわたしを含む技研メンバーは大凡にして探求者であり、コーラルの可能性を日夜切開する変人ばかりだ。
先程述べた強化人間外科手術の技術なんぞスポンサーを喜ばすだけのもので、これは断じて言えるが、そんなものは秘密を探るうえの経過過程に過ぎない。恐らくわたしたちの手を離れても研究は進められていくだろう物で企業は大金を払うのだから気軽なものだ。
むしろ問題なのは加熱する技研の研究者たちにある。
言ってしまえば軽く暴走してるんじゃね? と思うもの達もいる。
なんだあの洋上都市ザイレムとは。
アーレア海で着工された都市はなんと浮上能力も兼ね備えていて、いざとなれば飛ぶことも可能なのだ。都市ひとつが言わば宇宙船の役割も持っているとか、控えめに言って最高だ。最高に馬鹿っぽくてわたし好みの発想だ。
残念なことにわたしは名義貸しするのみで留まっているが、もし参加できたならばミサイルを山のように積み込んで無敵戦艦に仕上げてみせよう。都市区画全土から放たれるミサイル一斉発射なんて夢のある話じゃないか。
しかし、残念なことにわたしは今現在違う仕事でわりかし忙しいのだ。暇さえあれば施工途中のザイレムに赴きたい所ではあるのだが、そんな時間を設ける余裕さえない。夢中になれるものを見つけた人は幸いであり、忙殺は研究の十字架である。
さて、コーラルをもう一杯傾けたらいい加減仕事に戻らなければならない。
ザイレムは夢の塊だ。
だがアイビスシリーズもまたわたしの夢の断片なのだから。
画像データ:STVの画稿
覆面戦場画家「STV」の画稿
STVは人が描くことに拘った最後のひとりとも言われ
その作品は一部の好事家に高値で取引されている
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STVメモ
・ドクターと呼ばれる白衣をまとった人
ワイングラスを傾けている
・赤く輝いているがお酒の匂いはしなかった
・ドクターに勧められたが
通りかかった人に全力で止められた
コーラルきめようぜ!!