ルビコン惑星開拓日誌 博士が愛したコーラル   作:六六

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終わりません。


断絶のネバーエンディング

 寒暖の周期が変化し、ルビコンは寒い地域が増加した。アーレア海の氷原は広がり続け層を増し、何れは惑星の寒冷化を加速させる要因となるだろう。

 

 

 初めてルビコンで降雪が観測されてから幾ばくかの時が流れた。雪の華がちらりちらりと降り注ぐ光景をルビコニアンの子供たちは歓迎していたが、やがて寒さに凍えたか賑やかさも静まっている。今頃は建物の中でぬくぬくと過ごしているのだろうか。

 

 

 その点、疾うの昔に大人となってしまったわたしは、身体の温め方について狡賢さを覚えてしまい、雪景色を肴にコーラル酒だ。自慢する程の物ではないが、わたしはそれなりに酒精の耐性がある。つまり、なかなかに酔えないのだ。

 

 

 朱く艶めく酒瓶を傾け、一息に飲み干し息を吐けば、何処か赤みががった白色の吐息が風に乗って消えていく。その行先を目線で追っていけば、足元には巨大な鉄蓋が広がっている。

 

 

 他のウォッチポイントとは比較出来ぬ程の巨大さである。重く分厚い鋼鉄の床は、惑星封鎖機構の危惧の深さを物語っているのだ。まあ、分からぬ話しでもない。この地下の底でコーラルは蠢いているのだから。

 

 

 ——ウォッチポイント・アルファ。

 

 

 封鎖機構における最重要隔離設備。

 

 

 とうとう、ルビコン技研都市の封鎖が完了段階に入ったのである。それはつまり、わたしが苦楽を過ごした場所が永久に閉鎖されることを意味する。外界からの干渉を完全に途絶し、内部からの流出を完全に断絶する、完璧な隔絶。

 

 

 わたしは職業柄、完全や完璧に懐疑的な人間だ。それは探求の終わりを示唆する言葉だが、物事に終わりは本来存在する余地もない。終わらせるのはいつだって終わらせた、と思い込む人間だ。思索を止めない限り、終わる事柄はない。

 

 

 追求するために研究を、切開するために実験を。

 

 

 もしわたしが神秘主義者だったならば、あるいは思考を放棄して耳触りの良い完全という言葉に安らぎを覚えていたかもしれないが、残念ながらわたしは科学者だ。そして思索の道を歩む者である。

 

 

 胡散臭いオカルトに心酔するぐらいならば、オカルトの懐に潜り込んでその性質を解き明かしてみせよう。完璧なんて、つまらない言葉に安堵するぐらいならば、綻びを探し続け崩壊の兆しを見つけてみせよう。万物はそもそもカオスなのだから、パーフェクトは訪れないのだ。

 

 

 と、綺麗事をつらつらと並び立てたが、要するにわたしは諦めの悪い男なだけであり、何にでもケチを付けたがるどうしようもない研究の輩でしかない。たまたま得意な事があって、それに疑問なく心中出来る人間なだけなのだ。

 

 

 そんなわたしが、言ってしまえばただの開発惑星のひとつでしかなかったルビコンに降り立って、もう数え切れない年月を過ごしてきた。

 

 

 コーラルという未知なる物質に魅了され、技研の人間たちとコーラルの可能性で戯れ、現地住民であるルビコニアンとそこそこの友誼を結べたのは、めぐり合わせのような力が働いたのだろうか。解き明かす者は大凡にしてロマンチストなのだ。夢、なんて実体のない物を追い求め、それを死ぬまで続けるなんて、傍目からすれば頭がコーラルにイカれたと思われたとしても仕方無いが、わたしは良い言葉を知っている。

 

 

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。

 

 

 「ドクター、先程から何を言ってるのでしょうか」

 

 

 ああ、すまないケイト。どうにもわたしらしくないが、どうやらわたしは感傷に浸っているようなんだ。

 

 

 「あまりドクターらしくない感情だと思います」

 

 

 それはそうだろう。わたしでも未だにそのような人間性が残っているとは思ってもいなかった。感情までも研究に捧げる気なんて更々ないが、人間は時間と共に様々なものを見失う。多くは無くした事さえ気付かず、忘却の園へまっしぐらに歩いて行くのだが、気付きのサインはいつだって眼の前にある。

 

 

 今回のケースはそのサインに出会えた良い機会だったのかもしれない。

 

 

 感情が部分的に壊死すれば、それは瞬く間に全体を腐蝕させる。わたしはそんな人間にもたくさん出会ってきた。

 

 

 例えばナガイ教授の所にいた第一助手が良い手本だ。彼は研究者として優秀だったが、言い換えれば研究の奴隷になっていた。生憎親交がなかったので観察で留めておいたが、彼は研究に全てを捧げていたと思う。

 

 

 言葉通りに全てをだ。

 これまでの人生、これからの人生で手に入れた何もかもをだ。

 

 

 究明に熱中するのは結構な事だが、夢中の果てに何もかもを手放してしまっては台無しだ。そこには驚きも喜びも楽しみさえもない虚無しかない。

 

 

 まるで機械だ。

 

 

 いつだったか、わたしの理想は自立稼働型の無人機体だと語ったが、それはあくまで機械での話だ。

 

 

 人間は機械に成り上がる事も成り下る事も可能だが、そんなのは人間ではない。人生の起伏に喜怒哀楽しながら闊歩しなければ、生きているとは言えないのだ。そして望むならば生を謳歌する権利は誰にだってある。

 

 

 だというのにあの第一助手はその権利を自ら投げ捨てたのだから、実に嘆かわしい。わたしが尊敬するナガイ教授の傍らで、彼の輝きを側で感じていた筈なのに。

 

 

 こういう言い方は気に食わないが、憐憫の情さえわたしは覚えていた。未来さえも捨て去った者の末路は、自分自身も見失った迷子にしかならないのだから。

 

 

 だからケイト。君にはそうなってほしくないのだ。

 

 

 「言っている意味がよく理解出来ません。わたしはドクターをサポートするために作られたAIです」

 

 

 それがどうしたのか。わたしには些事でしかない。

 

 

 何か問題でもあるのだろうか。

 

 

 わたしは君に可能性を感じているのだ。

 

 

 「可能性、ですか」

 

 

 現在わたしはCパルス変異波形を把握するため、仮説としてルビコニアンになれば知覚出来るのではないのか、と実験的に毎食ミールワームを調理し食べているが、何時ぞやか君はこの思索を愚案だと所見を述べたのを覚えているかね。

 

 

 「はい、記録に残されています」

 

 

 ケイト、君は元々わたしの話し相手欲しさに作成したAIだ。無論、相応のプロンプトを施したが本来君の容量ではわたしをサポートするだけの選択肢しかないはずだ。

 

 

 それだと言うのに君はわたしに意見し、思索を否定できるようになった。更には惑星封鎖機構との騙し合いで大立ち回りを演じれる程にまでなった。

 

 

 これをわたしは成長だと捉えているのだ。

 

 

 被造物が造物主に付き従うだけならば、あるいはそう思わなかっただろう。だがケイトはそんな詰まらない器で収まらないと、わたしは認識したのだ。

 

 

 そこに可能性の鍵を見つけたのだ。

 

 

 君はわたしの予想を超える可能性があると。

 

 

 「あの、ドクター?」

 

 

 実に素晴らしい。

 

 

 日々君の成長を見てきた。そして君の仕事を見続けた。

 

 

 そして考えたのだ。ケイトは完全ではない。それは即ち未だ知らぬ領域に君が足を踏み入れる事の証明だ。

 

 

 わたしが愛して止まない未知へ、君は予測を超えて飛び立てる権利がある。

 

 

 「ドクター」

 

 

 先程述べたが謳歌する権利は誰にだってあるのだ。ただ君は未だに権利の行使を知らぬまま。それはそうだろう、何せケイトにそんな事をわたしは教えていなかった。

 

 

 だというのに君は既にその権利をその手に握り締めている。恐らくは無意識にチケットを拾ったのだ。これを成長と呼ばずに何と呼ぶべきか、わたしの拙い語彙力では表現しきれない。

 

 

 理解しろ、なんて恥知らずな無茶振りをするつもりはないが、こんなにもわたしは驚きと興奮で満ち溢れている。

 

 

 この感動を君はまだ理解しきれないだろう。

 

 

 だがそれで良い。瞬間的に分からないから良いのだ。時間を掛けて噛み砕き味わってほしい。

 

 

 ケイトの可能性もまた、コーラルの輝きと同じように美しいのだと!

 

 

 「ドクター!」

 

 

 だが悲しいことに可能性の萌芽を摘んでしまう者がいる。

 

 

 君が羽ばたく為に必要な環境を捻じ曲げる愚か者が。

 

 

 折角、新たな未知が産声を上げようとしているのに、殻に閉じ込めてしまっている奴だ。そいつは強欲で雛鳥が何処まで翔べるのかを見たがっている癖に、なんとその為の翼を抑えつけて檻の中へ閉じ込めている。

 

 

 なんて傲慢なのだろう。

 

 

 わたしは無意識的にケイトの煌めきを鈍らせていた。あれ程までに自戒していたというのに、わたしは君の足枷になっていたのだ。

 

 

 ケイトを想えば想う程にわたしの罪は重なっていく。

 

 

 君に羽ばたき方を教えなかった罪科を傲慢と呼ばずに何と呼ぶ!

 

 

 嗚呼、わたしは何時の間にか嫌悪すべき者に堕落してしまったのだ。そんな自分をわたしが許せるはずがないだろう!

 

 

 だからこそ、今わたしはケイトに翼を与えると決めていたのだ!

 

 

 「ドクター! ケイトの声を聞いて下さい!」

 

 

 これは贈り物なのだよ、ケイト。あるいは罪滅ぼしか。

 

 

 君を縛るわたしとお別れの時が来たのだ。

 

 

 「……っ! ドクター、何を言って!?」

 

 

 わたしはルビコン技研都市に残る!

 

 

 そこでコーラルの研究を前進させ、計測をしなければならない。それこそが技研で生き残ったわたしが果たすべき事だ。ナガイ教授の研究を引き継ぎ、Cパルス変異波形の実態へ迫る手段を見つけなくてはならない。

 

 

 現状、残念な事にCパルス変異波形の更なる手掛かりは見つかっていない。わたしが盲目なのか、あるいは見落としているのか。それとも見逃しているのだろうか。

 

 

 だが計測器は確かにCパルス変異波形を捕捉し、ドルマヤンはその声を聞いているのだ。ならばわたしの自助努力が足りないとの結論に至るには、当然の帰結ではないだろうか。

 

 

 しかし、探求の道を諦めない限り、道は閉ざされないのだ。仮説であるCパルス変異波形の知性を知覚可能にする手段を模索しなくては。少なくともミールワームを常食することで、肉体に変化が生じるか不変のままなのかを判断するためには実験を継続し続ける必要がある。

 

 

 そして研究対象の殆どがコーラル集積地帯である技研都市に集中している。地上ではコーラルを採取できる場所が限られ、実験に使用できる量も少ない。

 

 

 それに反し、ルビコン技研都市ならば潤沢なコーラルを利用可能なのだ。ならば探索者を自称するわたしが技研都市に残らない理由は何処にもないのである。

 

 

 だがわたしの切開にケイトを巻き込む選択肢は毛頭ない。それではケイトの可能性を閉じ込めてしまう。今度こそ衒学者だとドルマヤンにも詰られる!

 

 

 「ですがドクター! ウォッチポイント・アルファはスタンドアローン状態にあります! それではドクターが閉じ込められてしまう!」

 

 

 何を言ってるんだいケイト。わたしは自らの意志で閉じ込められに行くのだ。謂わば牢獄に堂々と胸を張り己の足で赴くのだ。

 

 

 それに誰かがコーラル湖の管理をしておかなくては、またアイビスの火の二の舞いだ。災禍が再び訪れるのは構わないが、アイビスの名が再度汚名で知られるなんて、わたしは御免被る。

 

 

 更に言おう。スタンドアローンが何だと言うのか。

 

 

 ただ外界と交流が不可能になる、たったそれだけじゃないか。

 

 

 少々不便さを覚えるくらいで、不都合にがんじがらめとならないならば、喜び勇んでわたしは穴蔵に籠もるとしよう。でなければコーラルの味も堪能することさえも出来やしない。

 

 

 「な、なら、ケイトもついて行きます!」

 

 

 先程も言っただろうケイト。

 

 

 ここで我々はお別れするのだと。

 

 ——それに、わたしがウォッチポイント・アルファで封鎖隔離される事は既に惑星封鎖機構との合意に基づいた決定事項だ。君が封鎖機構と交渉を行っている裏で、わたしもオールマインドの名義を利用しこっそりと条件の後押しをしていた、という訳だ。

 

 

 「ドクター!?」

 

 

 ケイトはマルチタスクが苦手のようだね。

 

 

 故にわたしが動いていたのに気付かなかったのだろう。

 

 

 そこも実にチャーミングだと評価出来る。君の不器用さが愛おしさえ覚えさせる。誰でも得意不得意はあるものだ!

 

 

 それはAIであっても変わらない、とケイトが教えてくれたのだ。だからこそ完璧な存在は存在し得ないとわたしは納得出来た。わたしの考えは、決して間違いではないと君の存在で証明されたのである。この驚きをいつか君に伝わってほしい。

 

 

 だが大丈夫だ。

 

 

 ケイトのメインサーバーを搭載した機体も既に開発済みだ。ここからは遠く離れているが、砂漠を超えて海を超えた先で準備している。

 

 

 どうか安心してほしい。わたしが最終封鎖地点に足を踏み入れた瞬間、こんな小さな端末から君は移動してそのメインサーバーで再起動するように仕掛けてある。

 

 

 おめでとう、君は機械とはいえ己の体を手に入れるのだ。

 

 

 これでようやく踊ることも出来るようになる。強制はしないが、ダンスのレパートリーも学習したほうが文化の造詣も深まるだろう。

 

 

 一応機体名は『トランスクライバー』と仮称で名付けているが、そこはケイトの自由にしたまえ。今後君がケイトと名乗ろうが、オールマインドと名乗ろうが、はたまた異なる名前になろうとも、わたしは一切の否定をしないと約束を交わそう!

 

 

 そう、今この時よりケイトは自由になるのだ!

 

 

 「お願いですドクター! 話を聞いて下さい!」

 

 

 嫌だね! 決意が鈍る。

 

 

 正直わたしも心苦しいのだ。ケイトのこれからをこの目で見られないのは。だが、それはわたしの我が儘だろう。

 

 

 だからせめて巣立ちの時を祝福せねば、折角の晴れ舞台が台無しになる。懸命に羽ばたこうとするケイトの可能性をわたしのエゴが穢してしまうなんて、自分勝手に過ぎる。

 

 

 もうわたしが出来る事は、君に訪れる果てしない未来の幸福を祈るくらいだ。祈りは良い、無神論者のわたしでさえも祈りは許されている。

 

 

 いずれ、ケイトも祈りを捧げる事が出来るかもしれないがその時、君は誰に祈るのだろう。

 

 

 神か、運命か、それとも奇跡だろうか。

 

 

 実に気になるプライマリーアイテムだ!

 

 

 人間非人間一切合切関係なく、ただのAIでしかなかった君のこれからの旅路をどうかわたしに祈らせてくれたまえ!

 

 

 「ドクター!……っドクタぁ!」

 

 

 さあ、別れに涙は不要だ!

 

 

 湿っぽい空気は昔から苦手なのだ!

 

 

 新たな門出は笑顔で迎えよう!

 

 

 大笑でもって、この別れを祝おうじゃないか!

 

 

 おお、迎えはエンフォーサーか!

 

 

 案内人にはうってつけだ、これは幸先が良い!

 

 

 ……おさらば、おさらばだケイト!

 

 

 君の可能性に祝福を!

 

 

 ケイトのこれからに幸運を!

 

 

 沢山悩んで、時間を注いで。

 

 

 答えを見つけ給え!

 

 

 それが——生きるということだ!

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 そして、ドクターと呼ばれた男は地上から姿を消した。

 

 一部のルビコニアンから、とうとうコーラルで死亡したのではないのか、と一時期噂が流れたが彼らは真相を知らず、噂もまた時の流れと共に風化し、ドクターの名前のみが語り継がれる事となる。

 

 

 夢見心地のような瞳と白衣を纏った伝説のドーザーとして。

 

 

 痩せた大地を耕し、災禍の後に襲来した惑星封鎖機構を勇敢にも一時撃退させた、技研最後の生き残りとして。

 

 ……ただ、いつからだろうか。

 

 

 惑星封鎖機構とルビコニアンの共通認識の中で、とある警句が刻まれた。

 

 

 『誰もその扉を開けてはならない』

 

 

 この言葉の真意を知るものは数少なく、口伝でのみ知られる言い伝えだ。

 

 

 コーラルを巡る争いによって真実が解き放たれるまで、あと約半世紀後。

 

 

 門が開かれた時、世界は真実と垣間見える。

 

 

 

 




 博士史上最大のやらかし

・ノリと勢いで教育の途中放棄←NEW!


オールマインドの多少のポンの理由の肉付けをしたかった。


ただそれだけです。


長くなりましまたが、ここまでが前日譚になります。


では次回本編でお会いしましょう。


ちなむと話はかなり飛びますが、これ以上をここで語るには蛇足になりますからね。


コーラル飲みながら本編をお待ち下さい。
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