ルビコン惑星開拓日誌 博士が愛したコーラル   作:六六

14 / 17
誤って投稿したものを慌てて再投稿しました。すみません。

冒頭で登場する人物……一体誰なんだ()


Kyrie eleison 破

 

 「おお! 凄まじいな、あの波状攻撃を全て捌き切るのか!」

 

 

 それは、モニター画面に映る攻防にすっかり興奮していた。

 

 

 コーラル集積地帯のど真ん中で、互いが舞うように戦う光景は、ともすら幻想的にまで見える。朱の煌めきと漆黒の飛翔は刹那を超えて、世界に新たな彩りを与えた。

 

 

 「しかし、わたしのアイビスシリーズに着いてくるか。やはり人間の可能性は侮れない! 全くもって素晴らしい!」

 

 

 特等席で観戦する子供の目のような、ともすれば怪し気な輝きがACの動きで煌めきを増していく。

 

 「おっと、いけないいけない。わたしも出迎えの準備をせねば、客人に呆れさせてしまう。なにせ50年ぶりのゲストだ、丁重に饗さなければ! SS2、早速準備に取り掛かろうじゃないか!」

 

 

 そして、混沌が動く。

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 ――コックピットでは絶えずアラートが鳴り響く。

 

 

 もう何度警報が鳴ったかは数えていない。

 

 

 それでも未だにレッドアラート音が聞こえるということは、まだ生きていると懸命に伝えてくれるからだろうが、戦闘に突入してから延々と鳴りっぱなしで感覚が麻痺してしまう。

 

 

 生きているのか。死んでいるのか。

 

 

 そのような些事、最早気にならない。

 

 

 戦い続けられる限り、銃弾を放つ。

 

 

 しかし、牽制の意味合いを込めたプラズマライフルは、機械とは思えぬ優美さで躱された。舞い踊るかのような、あるいは燕が翻るかのような挙動に、レイヴンは一瞬機影を見失う。

 

 

 『レイヴン! 上です!』

 

 

 悲鳴が混ざったエアの声が脳内で反響し、上空に視界を寄越せば朱色のコーラルレーザーが合計12本展開されていた。放射状に広がりながら旋回するレーザービットが嵐のように降り注ぐ寸で、咄嗟にバックステップの要領で吹かしたクイックブーストの回避行動へ移る。

 

 

 しかし、追いすがるレーザービットの多段射撃を完全に躱す事は叶わず、脚部に一発コーラルレーザーが掠った。

 

 

 直撃は免れたが装甲の一部が衝撃で剥がされた感覚。被弾部位の破損状況を確認することも叶わず、今度はビットのひとつひとつがレーザーブレードのようにコーラルエネルギーを噴射し、レイヴンを機体ごと切り裂こうと迫る。

 

 

 ……だが、それは甘い。

 

 

 追撃の手を緩めぬ相手へ今度はアサルトブースターで急接近し、朱色のエネルギーブレードを掻い潜りながら渾身のショルダータックルを見舞ってやった。機体同士のぶつかり合いによって派手な衝撃音が発生するが、レイヴンは気にせず先程までチャージしていたリニアライフルを放つ。弾速は先程のプラズマライフルを超え、見事に的中。空の薬莢が熱を帯びながらコーラルの水面に沈んでいく。

 

 

 しかし、敵機は直ぐ様硬直状態から復帰し、幾何学的起動を描いて彼我の距離を離す。直覚的な飛行にロックオンが振り回され、次弾轟音と共に放たれたEARSHOTの一発は外された。

 

 

 そして、湖面のように広がる大規模なコーラル集積地帯に敵機は、いっそ優雅なまでな仕草で水面に降り立つ。

 

 

 ウォルターは、敵機をアイビスシリーズと、レイヴンに警鐘していた。

 

 

 白銀に輝く流線型のボディに手足は細く、武装も所有していない。しかし合計12基のビットを多用した多彩な攻撃手段の数々は、今まで対峙してきたC兵器とは一線を画し、苛烈な攻勢は必ず相手を殲滅させる、という役目を忠実に果たしている。

 

 

 特に、華麗な機体とは裏腹にメイン兵器であるコーラルビットが凶悪だ。眼下のコーラルを吸い上げ出力を増大させながらも、更には燃料切れを起こさないときたものだ。少々、厄介な相手だと言わざるを得ない。

 

 

 そして歴戦の猛者であるレイヴンであっても一瞬姿を見失う機動力は、言ってしまえば常にクイックブースト状態を維持していると同様であり、確実にアイビスシリーズが無人機体であることを告げている。

 

 

 でなければ重力加速度を完全に無視した瞬発力は、仮に搭乗者がいた場合の負担を度外視しているため、戦闘が始まって数瞬間後にはコックピット内で血飛沫を上げながら肉塊と化している。

 

 

 だが、現実としてアイビスは健在であり、今も収縮させた巨大コーラルレーザーを放って来ている。彼我の距離に関係なく、多様な手段でもってレイヴンを撃ち落とす、という意志のような物を感じるとエアは告げてくれたが、成程確かにその通りだ、という何度目か分からぬ納得をしながらタイミングをずらし、肉体が軋む音を無視しながらクイックブーストでサイドに躱す。

 

 

 戦闘が始まり、もうどれだけ時間が経ったか分からない。

 

 

 廃墟ルビコン技研都市で今も尚稼働する無人機達を押し退け、ようやく辿り着いた巨大なコーラルの集積地帯。己等の旅路の終点だった。まるで湖のように広がるコーラルの源流に降り立った時、アイビスは悠然とその姿を現した。

 

 

 そこから問答無用と言わんばかりに戦闘へ突入したが、刹那が重なりあい、濃縮された時の中で数分経ったのか、それとも未だ一分経っていないのかも曖昧だ。

 

 

 コーラルの飛沫、粒子の一粒一粒、銃弾の軌道、遠方で瓦礫が崩落した音、白銀に煌めくアイビスの機体、十二基のビット、ACと己の接続操作のコンマにも満たぬラグ。無理な挙動で軋む機体。

 

 

 圧縮し、引き伸ばされた時間が余計な情報まで拾ってくる。五感が澄み渡り意識が鋭くなって、自分の呼吸音も普段より良く聞こえ、まるで肉体が徐々に消えていく感覚があった。

 

 

 けれど、そんな中でも分かっている事はある。

 

 

 それは自分はまだ生きている、ということだ。

 

 

 極度の集中力で己の指先の感覚さえ無くなっているが、現実として反射と反応で応戦し続けているのだ。とっくに死んでいたならば、引き金を引けるはずがない。追従のためアサルトブースターを起動するはずもない。

 

 

 つまり現実として、生きているのだ。

 

 

 ……ならば。

 

 

 ならば、生きているならば、戦おう。

 

 

 戦わなければ活路が見いだせぬならば、戦って勝とう。生きるため、生き抜くために戦い続けよう。今までと同じように。

 

 

 ――そして、これからも同じように。

 

 

 EARSHOTの再装填を確認しながら、レイヴンは死線へ再度突撃した。

 

 

 「621、やはりお前なら……!」

 

 その様を見守る事しか出来ないウォルターは歯痒さと同時に、621が驚異的な速度で更なる成長を遂げているのを感じていた。

 

 

 ルビコンに密入してから、それなりの月日が流れている。傭兵の身分を手に入れ企業に雇われながら、過酷な任務を幾つも請け負った。その中には、621単騎では無理がある、という依頼もあった。

 

 

 だが、621は戦う度に強くなる。

 

 

 度し難い相手を下しながら、更に上へと飛翔する。

 

 

 生まれ持った適正か、あるいは闘争に適応してるのか判別はつかぬが、アイビス相手に尚も戦意は揺らがない。寧ろ見るからに集中力が高まり、一挙手一投足が最適化されていく。

 

 

 まるで、戦うために生まれてきたのだと錯覚するほどに。

 

 

 しかし、戦況は芳しくない。

 

 

 無理もない、相手はアイビスシリーズ。

 

 

 あのドクターが自ら手塩にかけ作り上げた無人機だ。

 

 

 情報導体さえもコーラル技術を採用した傑作が半世紀も経った今でも稼働していたのは予測していたが、これ程までの殺傷能力を未だ保持しているとは、正直想像が追いついていなかった。老朽化の期待してはいたが、見るからに万全な状態だ。可能性を考慮し予め機体スペックは頭に叩き込んでいたが、それも最早役にたたない領域にアレは足を踏み入れている。既存の無人機体の情報処理能力を軽く凌駕し、今もなお621に襲い掛かる姿は、あるいは進化と称してもいい。

 

 

 流石は技研で最も狂人だと流布された、あのドクターが開発した機体だ、と621に随時情報を与えながら無意識に苦悶の声が漏れる。これが他の、凡百の研究者が手掛けた無人機ぐらい今の621なら一蹴出来る。漆黒のACが仕事を失敗した件はないのだ。それ程の信頼が今のウォルターにはあった。

 

 

 だが、アイビスは未だ堕ちず、今もなお交差させたコーラルレーザーをエネルギーブレードのように切り飛ばして来ている。僅かに偏差を挟めた一手は一撃で収まらず二撃目、三撃目と621を仕留めようと殺到する。これを621はやや大袈裟に回避行動を取り、掠り傷さえ負わずに今度はアサルトブースターで急接近し彼我の距離を詰めていく。散開させたビットのレーザーを掻い潜り肉薄しよう迫るが、瞬く間に展開されたコーラルエネルギーがブレード周波となり621の機体を撫で斬りにかかる。それを勘なのか、急制動で漆黒のACは躱す。

 

 

 接敵から既に五分は経過している。

 

 

 ……五分も、経過しているのだ。

 

 

 アイビスを相手に621は良くやっている。

 

 

 既に創造主は亡くなっているはずだと言うのに、廃墟と化したルビコン技研都市で尚も役目を全うせんとコーラルエネルギーを射出してくる相手に、被弾は最低限に直撃は貰わず、耐え忍んで応戦している。戦場で磨き抜かれた戦闘技能か、或いは本能的な部分が致命的な選択を切り捨てているように見える。

 

 

 冷静だ。

 

 

 嵐の如き猛攻を前に怯む事も無く。

 

 

 もしや、621は機を伺っているのか?

 

 

 この、絶望的な光景の最中に?

 

 

 見やる限り621のバイタルに異常は見受けられない。つまりアレは常と変わらぬ心構えでアイビスに相対しているのだ。スペックも攻撃手段も定かではない、これまで対峙した事もないC兵器相手にだ。

 

 

 ならば、信じてサポートに徹するのが、621を戦場に連れてきた己の捨ててはならぬ役目なのかもしれないが、歯痒さと悲嘆を覚えてしまうのは、ウォルターの人間性が死に絶えてない証、なのだろうか。

 

 

 そんなもの捨ててしまえば楽になるというのに、だ。

 

 

 ――友人たちの遺志を果たすため。

 

 

 目的を遂げるまでに支払った代償の数々。

 

 

 此処まで辿り着くために強いた犠牲をウォルターが忘れるはずがない。

 

 

 何故ならば、彼はそういう人間だからだ。

 

 

 揺るぎ無く在れ、と強く願いながらも根っこの部分は血が流れていく。蝕む心の痛苦を振り払う事も出来ず、それでも悲願成就に邁進する。だが身動ぎすれば、血潮で錆びた鉄鎖が食い込み罪悪を呼び起こす。胸の奥で鈍痛がざわめくのだ。

 

 

 ハンドラーの掌で千切れた手綱が傷痕になって、気を強く保たなければ痛みで歩調が緩んでしまう。

 

 

 だが、それだけはウォルター自身が許さない。許されない。今も尚、朱の雷火で飛翔する621の姿がその想いをより堅固にしていく。真意を伝えずとも、己の指示に従って戦場を駆け抜けるACが堕ちぬ限りは、ウォルターの宿命も怜悧に在り続けるのだ。

 

 

 ならば、せめてハンドラーであるならば、己だけでも621を信じ続けなければならない。

 

 

 そうして全てが終わりを迎えた時に暁には……。

 

 

 と、その時だ。

 

 

 リニアライフルのチャージショットが、アイビスのビットを一基捉えた。

 

 

 『エネルギービット、一基撃破を確認!』

 

 

 俄には信じられない光景を目にしながらも、エアは戦況のサポートに必死で喰らいつく。だが、声に出さずとも驚愕の念は抑えきれなかった。

 

 

 無理もない。高速で散開するビットのひとつをレイヴンは目視もせずに撃ち落としたのである。

 

 

 武装破壊。

 

 

 目まぐるしくも変わっていく戦況のなかで、時折発生する事象。

 

 

 忘れてはならないがアイビスが操作するビットもまた、見方を変えればアイビス自身であり、アイビスの固有装備なのである。コーラルエネルギーを利用し宙を支配するビットの群れもまた、語弊を恐れず言うなれば兵装のひとつなのだ。

 

 

 ならば、落とせぬ道理はない。

 

 

 道理はないが、狙って出来る芸当ではないという事実を、レイヴンと数多の戦場を共にしてきたエアは周知している。

 

 

 本体よりも小さく、そのうえ多彩に動く標的を狙い撃つという離れ業。

 

 

 それをこの修羅場の最中、僅かな隙が命取りとなるこの土壇場でレイヴンはやってのけた。恐ろしい程の集中力が成し遂げた妙技である。現にレイヴンはアイビス本体を射程に収めながらも、右腕のみを自在に操り次の獲物へ銃口を突きつけている。

 

 

 憶測だが、無意識的にやっているのだとエアは気付いた。レイヴンは激化する応酬の中、意識もせずにアイビスの手数を削ぎ落とそうとしているのだ。

 

 

 武装破壊は静止した相手でも至難の業だ。戦闘手段を減らすという意味では確かに有効的ではあるのだが、言うは易く行うは難し。針の穴を通すような所業である。

 

 

 背筋が震えるような感覚。肉体を持たずとも、エアはレイヴンの技量、そして胆力に目を奪われる。

 

 

 此処に至るまで、何度もこの同調者には驚いてきた。

 

 

 ファーストコンタクトは本当に偶然だった。数値化すれば天文学的な確率の出会い。誰にも認識されず、声も届かぬ日々の中で、ようやく見えた声が聞こえる相手。

 

 

 エアはコーラルである。専門学的に形容すれぼCパルス変異波形という、コーラルでも特異な存在だ。自己意識を持ちながら、孤独を積み重ねてきた。眼があれば涙していた。あまりの孤独に潰えてしまいそうだった。

 

 

 けれど、どのような作用が働いたか不明ではあるが、レイヴンはエアを認識してくれた。ならば、共にいたいと潜在的に願うのは幼子に等しいエアからすれば自然な事だった。

 

 

 そして旧世代型強化人間でしかないはずのレイヴンの強さに目を灼かれた。死と隣り合わせの世界を力強く羽ばたくその姿に。過酷な試練の連続を空高く駆ける力強さは、エアに不思議な高揚感を与えた。レイヴンが生きる世界はあまりに危険過ぎる。戦場だけではなく、悪意ある者の策で命を落とす可能性も否めないというのに。

 

 

 だと言うのに、この傭兵は数々の闘争を生き残ってきたのである。企業相手に、AC相手に、大型無人兵器に、そしてC兵器を相手にしながら見事勝利を重ねてきた。エアの知る限りでは、レイヴンが戦術的に敗北した覚えは一度もない。

 

 

 何故これほどまでに強いのか、エアには分からない。分からないが、レイヴンの強さに対する信頼は、今となっては信じられぬ程の強固さとなってエアに安心感すらも募らせてきた。無自覚に育まれたそれは、一種の信仰と呼んでも過言ではない。エアに神への信仰心はないが、少なくともレイヴンの強さという点においては、それに近しいものが芽生えていた。

 

 

 『三基目撃破です!』

 

 

 故に通信越しで驚愕しているウォルターよりも速く、エアは正気に戻ってきた。

 

 

 僅かながら、押されていた状況が変わりつつある。天秤の傾きが、本当に少しながらレイヴンへと有利に傾いている。

 

 

 攻勢に出ながらレイヴンはアイビスの傾向を見極めつつあった。攻撃パターン、行動パターン、回避パターンは確かに現存するどの無人兵器よりも多彩だ。今まで戦ってきた無人兵器とは如実にレベルが違うのも事実だ。武装の展開速度、正確性の高い射撃能力、エネルギービットの応用力が脅威的であることに変わりはない。

 

 

 だが、朱の暴風雨に晒され続けた時間が長かった。

 

 

 つまりだ、レイヴンはこの戦闘の中でアイビス相手に順応しつつあるのだ。

 

 

 一撃でも喰らえば致命的な弾雨を受け流し、ブレード周波の波濤をやり過ごす最中、レイヴンは一心に敵機を捉え続けてきた。例えその時間が五分という短い戦闘時間であったとしても関係なく、アイビスの兆候を詳らかにしたのである。

 

 

 これが、あるいは人が乗ってたならば見切る事は叶わなかっただろう。

 

 

 搭乗者の技量や好みの傾向は、時として思わぬ行動を取らせる。命のやり取りは、言葉通り命懸けなのだ。例え闘争という手段を用いた人間であっても、本質的には死を回避する。故に相手が、戦況が命に届きうると本能的に理解した時、人は慮外の力を発揮する。火事場の馬鹿力とはまた異なる、まるで壁を越えたような戦力を発揮しうる。また、普段の思考経路では考えられぬ選択を取る。

 

 

 例えば、G5イグアス。

 

 

 実働部隊レッドガンにおいても殊更に好戦的なイグアスであっても、RaD防衛戦で遭遇した謎の横槍に共闘を提案した。レイヴンが知るイグアスならば、そのまま襲い掛かってもおかしくはない状況であったにも関わらず。

 

 

 ガリア多重ダムでルビコン解放戦線に寝返った時から、妙な因縁を抱かれているとは知っていたが、あの時を思えばイグアスは突如参戦してきた不明機体たちの動きに併せ、RaDを防衛するレイヴンを一方的に押し潰す事も出来たはず。イグアスにはそれぐらい熟せる技量がある。

 

 

 だが、あの時イグアスは一時的にとは言え不明勢力に対し共闘の提案をしたのだ。レイヴンは知らぬ事だが、普段の素行を知るレッドガン部隊からすれば有り得ぬ姿だっただろう。

 

 

 G4ヴォルタ共々レイヴンにしてやられた後、彼は荒れに荒れた。ミシガンやナイルでさえ呆れる程にだ。それからだ、イグアスはレイヴンに固執し始めたのは。企業所属のAC乗りが独立傭兵如きに執着するのは通常考えられない。何故ならば、基本的に企業は傭兵を露払いの駒としてしか捉えないからだ。使い潰し、息絶えたとしても考慮に値しない。それが企業勢力のスタンス。例え何処かで撃墜されたとしても、痛手にもならない。それに、知らぬ所で見知った顔が死んでいるのは、言ってしまえば戦場では良くある、ありふれた風物詩だ。それをG5にまでのし上がったイグアスが知らぬはずもない。

 

 

 しかしながら、イグアスの拘りは最早異常の領分にあった。

 

 

 この手で必ずやレイヴンを撃ち殺すという決心はヴォルタが戦死したと知った時には誓いの念慮にまで達した。そうして数奇な巡り合わせが二人を戦場へ誘った。だと言うのにイグアスは一対一に拘った。不明勢力に便乗する選択肢を取らなかった。丹念に殺し切るという、半ば妄執めいた願望が数で押し切るという考えを吹き飛ばしたのである。

 

 

 ……アイビスにはそれがない。

 

 

 機械的に役割を果たし、今も尚失った攻撃方法を高速で再計算しながら攻撃の手を緩めない。

 

 

 葛藤や躊躇いが無いのは、ある意味では正解だ。

 

 

 余計な迷いは敗北の要因となりえる。

 

 

 だが、ここは戦場と化した。

 

 

 本来、IB−01:CEL240は交戦を前提としていない。設計理念としてコーラルに類する危険因子を排除するために作られた大前提があるのだ。優れた戦闘能力を有しているとは言え、それは一方的な虐殺を多方面的に可能にしただけで、交戦状態が続いた場合の柔軟性に欠けると言わざるをえない。

 

 

 故に全ての攻撃パターンが必殺であって、戦いの駆け引きという物が存在し得ないのである。最もであるらしい言葉を使用するなるば、遊びというものが無い。

 

 

 機体性能、演算能力共に極めて高次元で確立している事実は、逆説的に心理戦の余地を残していないのだ。それは戦場に敷かれたルールでは余りに危うい。

 

 

 牽制射撃やブラフの無い動きは、一定の腕を持つ戦士ならば非常に読みやすい的になる可能性を内包している。

 

 

 そして、レイヴンは戦場において、闘争においては類稀な才を持っていた。絶えず磨き抜かれた才能は、遂にはアイビスの直撃を生み出し両肩のグレネードキャノンを叩き込んだ――!

 

 

 破裂した炸薬が白銀の装甲に食い込み、たまらずアイビスは沈黙する、とレイヴンは警戒しながら距離を開けた。爆炎に晒され流線型を描いた装甲が千切れてなお、コーラルの湖面に墜落した敵機に、言葉では表現するのも難しい悪寒を感じたのだ。

 

 

 「待て! まだ終わっていない!」

 

 

 『敵機、再起動します!』

 

 

 研ぎ澄まされた戦術眼は僅かな予兆を見逃さなかった。ウォルターとエアの悲鳴じみた警告が、未だ戦いの終わりを向かえていない事実をレイヴンに伝える。

 

 

 周囲に広がるコーラルエネルギーを再充填しながら再度浮遊するその姿は、粒子化したコーラルを纏って先程よりも凶悪でありながらも、さながら神話に現れる天使のように何処か神々しくも見えた。

 

 

 ただ、流石のアイビスであっても激しいダメージを負っている。レーザービットは半分損壊し、右腕損失、左脚部は千切れかけ、頭部右目部分には罅が入っている。そしてEARSHOTの弾頭を受け止めた胴体部分の装甲は拉げて内部が晒され、半壊状態と言っても過言ではない。軽量ACの装甲ぐらいならば一撃で撃ち落とす高威力の砲撃を喰らいながら、寧ろ未だ稼働し続ける事実にエアは背筋が凍る感覚を覚えたが、交戦の最中でレイヴンは気付いていた。

 

 

 アイビスは装甲が軽い。

 

 

 宙を縦横無尽に飛翔するためなのか、流線型の特殊合金で作られた軽量装甲は移動速度に優れてはいるが、強靭性を犠牲にしている。その証拠にリニアライフルとプラズマライフルが的中した際、いとも容易く装甲に凹みが発生したのである。

 

 

 今まで戦ってきたC兵器にはない機動力を支えるために、強いられた脆さがここに来てアイビスを追い込むに至ったのだ。

 

 

 だが、流石はアイビスシリーズ。

 

 

 コーラルエネルギーと共鳴し、武装の手数を減らされて尚、先程よりも攻撃の苛烈さが益々高まっていく。残されたビットから放たれる攻撃のバリエーションは更に増え、戦闘をやめようともしない。

 

 

 ならば良し。なれば良し。

 

 ジェネレーターを破壊しきらなければ止まらないと、エアが伝えてくれるのだ。

 

 

 きっとそれは真実に相違ない。

 

 

 だからこそ最大火力で。

 

 

 今度こそ機能停止にまで追い込んでみせようと、戦意を研ぎ澄ます。

 

 

 「……これが、アイビスシリーズの真価なのか?」

 

 一方、ウォルターは客観的にアイビスの状態を観察し、俄に猜疑心が顔を出し始めてきた。621がアイビス相手に慣れ始めた事実は喜ばしいが、ここに来て疑念が湧いてきたのである。

 

 

 ――果たしてドクターの開発したアイビスシリーズが、これで終わるのか?

 

 

 いや、ウォルターが知るドクターならばこんなもので終わらせるはずがない。アレは技研で随一の狂人だった。技術開発局局長の肩書きに縛られる事無く、自由奔放に開発へ没頭する変人がアイビスシリーズの機体スペックに満足するはずがない。独自的に再起動を果たすのは流石ではあるが、本当にそれだけなのだろうか。

 

 

 何か、誰も知らぬ機能を搭載していてもおかしくはない。

 

 

 その想いは遮二無二に攻勢を強めるアイビスの姿で更に強くなった。何かがおかしい。強烈な攻撃の連発は恐ろしいが、見極め始めたレイヴンに最早通用しないと学習し始めているはずだ。現に間隙を縫うプラズマライフルが今度こそアイビスの左腕を破壊した。プラズマ爆発で彼方に弾かれた左腕の衝撃が、ほんの少しではあるがアイビスの動きを止めた。

 

 

 またとない好機に再装填したグレネードキャノン砲を起動させ、今度こそと621が確実にアイビスを黙らせようとアサルトブースターで吶喊する。至近距離でEARSHOTの一斉射撃を喰らえば、まず間違いなくアイビスは堕ちるだろう。

 

 

 だが、この胸騒ぎはなんだ?

 

 

 ざわざわとした違和感がウォルターの心中を搔き毟る。

 

 

 このままいけば確実に621が勝つ。

 

 

 ……勝つと思われるが、目に見える勝機は強い違和感となって、いよいよたまらず見落としはないかと焦りさえ浮かんだ。

 

 

 『敵機ダメージ限界に入りました、このまま押し切れば……!』

 

 

 そしてエアもまたウォルターの懸念に同意していた。最後の最後、勝敗が間もなく決する真っ只中で増していくコーラルの声。同胞達の強い意志を言語化するのは困難であるが、何か嫌な予感を訴えてくるのだ。このままいけばまずい、あらゆる危険に備えなければレイヴンは間違いなく堕ちると。それもこれまでの比ではない程の声量で、だ。

 

 

 アイビスの纏う朱色の粒子が周辺コーラルを巻き込んでいく。

 

 

 迸るコーラルエネルギーを纏いながら吸収し、放出と収束が繰り返されて共振作用を発揮させ、コーラルの湖に過干渉し始めた。

 

 

 朱色の稲光が両機の足元で走り回る。妖しく揺らめいていたコーラルがいよいよ活性化した光景に、過去の記憶がフラッシュバックしたウォルターとエアは堪らず叫んだ。

 

 

 「まずい、退避しろ621!」

 

 

 『敵機コーラルエネルギー増大! これは……暴走!?』

 

 

 否、暴走ではない。

 

 

 アイビスは未だ役目を全うしている。

 

 

 使命を放棄していない。

 

 

 現状のままでは敗れるとアイビスの戦闘AIが判断したに過ぎない。

 

 

 アイビスシリーズにとっての敗北とは戦闘不能に陥る事ではない。コーラルに及ぶ危険因子が健在し尚且つ無力化出来てない現状こそが敗北を意味する。つまり、レイヴンが持ち込んだ戦場のルールとは異なる理でアイビスは可動していたのだ。

 

 

 戦って勝つ為に再構築した目的は危険因子の排除である事に変わりはない。端からアイビスに変化の必要性はない。つまり、アイビスはアイビスのままで自らの勤めを全うし、合理的な判断を下した。現時点の武装出力では対象の打倒は著しく不可能に近いと、遂には自壊すらも認可したのだ。

 

 

 玉砕覚悟、という言葉では足りない。自爆特攻なんて言葉でもまだ生温い。アイビスの役割は今この時、敵機の確実な排除を遂行するため自損を決行したのである。

 

 

 本来アイビスはそのような思考回路を搭載していなかった。だが状況が変わった。交戦という特殊な条件を経て、高速演算能力は自らのダメージを考慮し、ここから巻き返すのは困難であると判断したのだ。武装はもがれ、元々保持していたポテンシャルを発揮することも出来なくなった今、限りある選択肢の中で己の勝利を全うしようとしていた。

 

 

 死なば諸共。

 

 

 やられるならば、お前も道連れにしてくれよう!

 

 

 アイビスに言葉はないが、もし言語能力が備わっていればそのように謳っただろう最後の一手は、コーラルの湖そのものを利用した超範囲攻撃。残されたビットをコーラルの水底に沈め、共振と共鳴の連鎖を巻き起こす。活性化していたコーラルは過剰反応を起こし、最早熱さえ帯びてアイビスとレイヴンに機体ダメージを与え始めた。

 

 

 ここに来てレイヴンは相手が何を仕出かすかようやく理解した。あと一押しで打倒可能な敵機がとんでも無い事をやろうとしている。追い詰められたAIが逆転の一手どころか、全てを台無しにしようと目論んでいると気付き、全武装一斉射撃を放つが、それはあまりに遅過ぎた。

 

 

 改めて確認するまでもない話だが、制御不能となったコーラルは鉄塊であるACでさえも蝕む猛毒だ。精密機械の塊ぐらい余波でも削り切れる。そんなコーラルが自己増殖し水面のように広がる集積地帯で戦闘を行う、それ自体がそもそも危険行為。いつ起爆しても可笑しくはなかった質量エネルギーが、いよいよ指向性を持って牙を剥く。

 

 

 ……ここに開発者が間近にいたならば、思わず苦笑していただろう。そこまでする必要性は望んでいなかった、と。

 

 

 ――だが、許そう。

 

 

 それが望んだ選択ならば。

 

 

 そしてどうか見せておくれ。

 

 

 眩い程の輝きを見守らせておくれ。

 

 

 追い詰められたが故に導き出された答えを!

 

 

 かつて、最初のウォッチポイントでレイヴンが飲み込まれた濃度とは比較にもならない、足元から噴出した強大なコーラルエネルギーの奔流がアイビスとレイヴンを飲み込む。

 

 

 コーラルの湖を利用した超範囲コーラルレーザー。

 

 

 赤黒い閃光が渦を巻きながら両機へ殺到した。

 




 初 見 殺 し

 あんな火薬庫みたいな場所で戦闘するのが、そもそも正気の沙汰じゃないと思います。つまりそこまで配慮しなかった方が悪い(ゲス顔)
 少なくとも私が知るフロムはそれぐらいの事はやってくる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。