『誰もその扉を開けてはならない』
そして秘奥は解き放たれる。
「くそ、応答しろ621!」
『レイヴン!!』
爆発的に拡散したコーラルエネルギー。
今まで遭遇したコーラルの暴走とは訳が違う、明確な攻撃手段として起こされたそれは地中深くにあるルビコン技研都市の天井すらも突き破る。まるで噴火のような運動エネルギーは衝撃で廃墟群を薙ぎ倒し、地面を抉る。
その勢いは留まることを知らず、遂には岩盤を砕いて空まで見えるまでに至った。ルビコン技研都市が眠っていた深度を考えれば、どれほど途方も無い力なのかが垣間見えるだろう。
凄まじい威力、の一言ではまるで足りない光景にウォルターとエアは暫し言葉を失った。特にウォルターが受けた戦慄は過去のトラウマまでも刺激する。
ウォッチポイントに夜襲を仕掛け、待ち伏せていたスッラを打倒したあの後と同じだ。いや、今回の規模はその比ではない。あの時621が飲み込まれたコーラルの奔流は支脈規模のもので、それすらも致死量のコーラルに621は被曝した。大陸ごと砕いた暴発に晒され、命に別状がなかったのが不幸中の幸いと呼ぶべきかもしれないが、これはあまりに絶望的だ。何せルビコン全土から集まったコーラルが意図的とは言えレイヴンに襲い掛かったのである。
砂嵐となった通信映像。
途絶えた無線通信に握り拳から血が滲む。
まただ、またなのか、と悔恨に塗れる。
ハウンズと同じ結果だ。
ハンドラー・ウォルターはこのルビコンに潜入するため幾つも手段を講じてきた。その過程で寄せ集めた強化人間達は自らの役目を果たし、そして死んでいった。戦果をあげるために粛々と、ウォルターを疑うこと無く。
彼らの犠牲がなければウォルターはここまで来れなかった事実が重石となって、今もなお心中に爪痕が刻まれている。ハンドラーの名称は自ら名乗り上げたものではない、任務遂行のため命すらも捨てて戦うハウンズを憐れみ、冷血な飼い主へ押された烙印である。
そしてウォルターはその悪名すらも利用し、地位を確実なものとして来た。
しかしハンドラー・ウォルターと自ら名乗る度に、疑いを知らぬハウンズ達の視線が罪科となってウォルターを苦しめる。ウォルターは彼なりの気遣いでハウンズと接してきた。その扱いは621とあまり大差なかった。それ故に死を考慮せず任務遂行の為なら死すら是としたハウンズの献身は棘となり今も血が止まらない。
やめてくれ、俺は其処までの男ではない。大層な理念を持ち合わせぬ畜生の一人でしかない。
告解の嘆きを聞く相手は全て役割に殉死した。
彼らが仕事を遂行しなければ此処までこれなかった。
では彼らを殺したのは、地獄へ突き落とした人間は誰だ?
無論、他ならぬウォルター自身だ。
使命の為に付き合わせて、使命の内容も知らぬままに殺したのは己以外いない。きっと自分は碌でも無い死に方で地獄に堕ちるだろうと、積み重ねた罪が教えてくるのだ。友人たちの遺志を果たすために何人も死なせてきた過去が、影となって付きまとう
だが、それは全てが終わったその時だ。
その瞬間へ辿り着くなら幾らでも罪を重ね血を流す覚悟を決めていた。
……そう、思っていたのに。
「621……」
応答のない無線通信に途方も無い無力感を覚える。
今まで味わった苦痛とは別物の、現実感のない浮遊感だ。足元が覚束ない、視線も安定しない、喉が役にたたない。くらくらと目眩がして今にも倒れてしまいそうになる。幻覚だと頭の片隅に残された理性は断じているが、その声も何処か虚しい。
心の何処かで、621が堕ちると思っていなかったのか。
621の腕ならば死ぬ事はないだろうと高を括っていたツケがここに来てやってきたのか。
ウォルターの中で仄暗い絶望が姿を見せる。
それはウォルターの意志を砕くには十分な威力を秘めていた。
……だが。
『レイヴン!』
レイヴンの無事を願い続ける者が、まだいた。
『レイヴン、意識を強く保って下さい! このままでは自我が溶けてしまう!』
エアだ。
コーラルの波濤に機体ごと飲まれたレイヴンは、咄嗟にアサルトアーマーを展開させていた。反射的に行われた動作は機体を削りながらも、レイヴンの肉体をなんとか融解させずにいたが、超範囲のコーラル攻撃は確実にレイヴン自身を蝕む。
レイヴンとエア。
二人が接触出来たあの時は、ある意味では奇跡だった。もしレイヴンの機体と肉体が耐えきれなかったら、エアはレイヴンと同調することはなかっただろうし、永遠の孤独に彷徨い歩き続けていただろう。
いや、そもそも後のウォッチポイントに襲来したバルデウスを退けた事さえ本来あり得なかった。コーラルの被曝直後に戦い、勝利を収めたのも偏に奇跡。
奇跡は再び起こり得ぬから奇跡と謳われるのだ。
ならば自力で呼び寄せたそれは何と呼ぶのか。
――迸るコーラルの勢いが衰えた時、二人は絶句した。
周囲の地形を巻き込んだ大規模のコーラルレーザーに飲まれ、機体の殆どが機能停止に追い込まれていた。右腕左腕共に蒸発し、脚部も右脚部分を残すのみ。全身の装甲は剥がれて内部構造が剥き出しだ。とてもではないが、外観からでは搭乗者が生きているとは思えぬだろう。スクラップ寸前のACが今まさにスクラップに成り果てようとしているのだから。
だが、なんとレイヴンは生きていた。
心拍数は希薄でバイタルサインも異常な数値を出しているが、あの攻撃を受けてなおもレイヴンは生き延びていたのだ。
……ただ、生きているだけだとも言えるが。
命は今にも潰える間際で、意識も朦朧としている。顔中の穴という穴から血が流れていて、全身が焼けたような感覚。とてもではないがこれ以上機体操作出来る容態ではないだろう。
それでも生き残っている事実が、或いは奇跡と呼ぶべきなのかもしれない。
――忘れがちだが、621の肉体は見た目と相反して頑健なのである。でなければ旧世代強化人間手術に体が耐え切れなかっただろうし、一度目のコーラル被曝で神経が焼き切れてもおかしくはなかったのだ。それ等を耐え抜き、ACと接続する機能以外は殆ど失われているが、そもそも強靭な肉体と精神を兼ね備えていなかったら、とっくに廃人となっていただろう。
とは言え、今回のダメージは流石のレイヴンもギリギリだった。
否、ギリギリどころか虫の息に達している。
咄嗟にアサルトアーマーを発動させていなかったら、肉体は磨り潰されAC諸共消失していたに相違ない。迫りくる死を辛うじて遠ざけたのは本能的な勘と、戦場で澄まされていった感覚だ。かつて経験した全てにおいて、あの瞬間が最も死を感じさせたから、反射的に生き残る術を発揮出来たのだ。アサルトアーマーを差し込む一か八かの博打ではあったが、競り勝ったのはレイヴンだ。
先程まで戦い合っていたアイビスは原型を止めぬほどに破損していた。あれが息を吹き返す事は二度とないだろう。完膚なきまでに破壊し尽くされ、ジェネレーターが再び動く事はないと断言出来る。あの状態からの再起動は絶無だ。アイビス渾身の一手はレイヴンを致命傷一歩まで追い詰めた。
生き残った者こそ勝者。
例え死にかけであってもだ
戦場のルールは変わらない。
勝ったのはレイヴンだ。
――そして、弱り切っても感覚は告げるのだ。
まだ、終わっていない、と。
『そんな……新たな反応を確認。それも、二機……』
天井近くまで聳え立つバスキュラープラントより新たな機影が出現したのである。白銀に輝く滑らかなボディパーツが、穿った空の光で艶めいて見える螺旋を描いて滑空するその姿は先程まで命のやり取りをしていたアイビスと瓜二つだった。
「馬鹿な、アイビスシリーズは既に量産段階に入っていたのか……」
621の生体反応が確認され、安堵と共に立ち直りかけたウォルターであったが尚も続く困難に思わず苦悶の声が漏れた。それも致し方ない事である。
あれ程苦戦し命からがら勝ちを拾った相手が同時に二機も再出現したのだ。621は戦闘続行は不可能な状態、武装もコーラルの波濤で使い物にならず、そもそも機体が動ける状態ではない。
……最早、ここまでだ。
通信機能はどうやら復旧してるが、打つ術は無し。迎え撃つなんて機体を動かせぬ状況では土台無理な話。そして戦闘不能になったACを回収するにはあまりに遅過ぎる。
もう、本当にどうしようも出来ない。
コーラルエネルギーを利用しながらビットを展開するアイビスの姿に、レイヴンは明確な死を感じた。死を司る天使が翼を広げて舞い降りてきたと、浮上しきれぬ意識は場違いな感想を抱かせる。
――だが、再燃する戦意は未だ残されているのだ。
『……レイヴン、これ以上は』
沈痛な声音でエアはレイヴンの脳内に語りかける。
言葉を選び、明言化はしないがレイヴンも言いたい事は察している。打つ手なしのこの状況、絶体絶命が顕現し、明確な敗北が姿を見せている。
戦場のルールに変わりはない。敗れれば死ぬ、絶対のルールが横たわっている。
それでもだ。
割れたモニター越しにレイヴンは睨めつけるのを止めない。既に決着は着いているのかもしれない。闘争は終わったのかもしれない。
しかし、己は未だ敗れてはいない。
絶望的状況なのは百も承知。生殺与奪の権利は敵方に握られているも同然。逆転の一手は最早無く、無傷の機械仕掛けの天使達が鉄屑になりかけた機体を包囲している。
それが一体どうした?
今もまだ心臓の鼓動は鳴り止まないのだ。
この鼓動を止められぬ限り、敗北は決定しない。
勝負はまだ終わりではない――!
「アッハ、クハハハハハハハハハハハハハッ!」
と、唐突に何処からか場違いな笑い声が木霊した。
戦場では聞かない類の、奮起や狂気とは全く別物の、歓喜が腹の底から堪らず噴出したかのような、驚きと喜びの笑い声だ。
ウォルターのもの、ではない、レイヴンの記憶ではウォルターはこんな純粋な笑い声を上げたりしない。いや、そもそも彼が笑んだ情景と遭遇した事もないが。
そしてエアでもない。聞こえてきたのは壮年の男性の笑い声だ。
「いやいやすまない、こんな状況になっても諦めない心根に魅入って思わず笑いが溢れてしまった。君を嘲笑う魂胆なんて微塵もないと弁解させてくれ。そんなになるまで必死な者を侮蔑するような腐った性根は持ち合わせてはいないが、不快な思いをさせてしまったなら詫びておこう。しかし君は素晴らしいな! 生憎とわたしは戦う者ではないが、アイビスを退ける技量の凄まじさは理解出来る感性は持っている! いやはやわたしのアイビスが敗れるとは想定が甘かった! このデータは早速アップロードして次回に活かすとしよう! 次回があればの話だがね! おっといけない先程想定の甘さを痛感したばかりじゃあないか、すぐにでも準備に取り掛からなければな!」
崩壊しかけたルビコン技研都市に明るい声が反響する。陽気で楽しげな声音はあまりに戦場とは場違いで、レイヴンの戦意が困惑で弛んでいく。
『この声……どうやらバスキュラープラント外部のスピーカーから発生しているようです。録音データではないようですが、一体?』
エアもまた戸惑いを隠せないようである。
決死の瞬間に割り込んだ闊達な声色が戦闘の気配を遠ざけているのだ。事実、周囲を包囲していたアイビス達はビットを収納しふよふよと浮遊しているだけで、どうやら交戦の意図はないようである。
そして、改めて聳え立つバスキュラープラントを見やればアイビスと交戦前と変わらず壮健である。あのコーラルの波濤に晒されながらも未だ健在とは、凄まじい程の頑強性だ。周囲の廃墟は軒並み余波によって倒壊しているにも関わらず、ダメージの類が殆ど見受けられない。余程耐衝撃性にも優れていると思われるが、果たして何のために作られたのかエアには検討もつかない。
「しかし先程までの攻防は本当に素晴らしかった。わたしの稚拙な語彙力ではこの胸の高鳴りを万全に伝えられないのが口惜しい! 久し振りに良いものを見させてもらった! 特に最後は凄かったなあ、土壇場で発案したアイビスの攻撃方法は中々のものだったが、いかんせんコーラルを些か消費し過ぎだ。肥大するエネルギーを最後までコントロールしてたのは評価出来るが一歩間違えればあの災禍の二の舞いだ。それは全く持っていただけ無いなあ、あんな不名誉極まりないネーミングセンスの災害が又もや名を轟かせるなんてわたしはもう許容出来ないぞ? いいかい君たちも良く聞き給え。もし次同じ真似をするならもっと上手くやるんだ、去ってしまった先達が残した教訓は最重要項目として記録しておき給え」
君たち、と語り掛けている相手は二機のアイビスだと思われる。恐らくはあのアイビスを制御している人物ではある、と想定は出来るがウォルターはそんな存在はいないと明言していたはずだ。
「馬鹿な。いや、だがありえないはずだ……っ!」
そしてウォルターは困惑を通り越し悄然としていた。
それもそうだ、無人と思われた廃墟の街で陽気に、あるいは不用心に話しかけてくる相手なんて誰が想像出来るのか。
しかし、ウォルターの次の発言は流石のレイヴンも、そしてエアも理解に苦しんだ。
「あんたは、あの日死んだはず! アイビスの火が起こったあの日、爆心地のど真ん中で!」
珍しくウォルターが声を荒らげ狼狽えている。オープン通信でも分かるほどに驚愕と何処か焦燥を孕んだ声だと、機微に疎いレイヴンでも察する事が出来る程にだ。
「おや? おやおやおや? この音質反応は……ナガイ教授の所に出入りしてた少年か? これは喜ばしい! わたしが心底尊敬しているナガイ教授の忘れ形見とこんなところで再開出来るとは夢にも思わなかった! いやはや人生とは計算算出出来ぬ縁に満ちている! だからこそ人生は面白く驚きと興奮で溢れかえっているなあ! 少年よ息災だったかな? 実に五十年降りに知り合いと会えるなんて、流石にわたしも想像出来なかったよ。時間は万物全てにおいて残酷でも平等だ、知人の類は亡くなっていると思っていたが、どうやらわたしの思い過ごしだ! 視野狭窄とはどうにもいかんな! 反省しなければ今後の人生損しかしない、気付かせてくれてわたしはとても嬉しく思う!」
『どうやらウォルターの知人のようですが……こんな場所で一体何を、……レイヴン!?』
エアの疑念は最もだ。
ウォッチポイント・アルファは惑星封鎖機構によって過剰なまでに閉鎖された重要施設だった。封鎖機構の行動原理を思えばこの場所が最も警戒されていたと推測は出来る。道中、ここまで辿り着く為に接敵した無人兵器の数々がその証拠ではないだろうか、と考えた所でレイヴンの意識が明滅を始めた。
元々コーラルによって食らったダメージを精神で無理矢理繋ぎ止めていたのである。争いの気配が遠のいた今、解れた戦意が辛うじて失いかけていた意識を手放し始めていた。
最早視界はボヤけ全身から力が抜け始めた。このままでは不味いと思いはしても、弛緩した精神力では抗う事さえ難しく疲労と酷使した肉体は限界寸前だ。今すぐにでもこの眠気に身を任せたいが、この感覚はいけない。身を委ねれば最後、次に意識が浮上する保証は何処にもないのである。
「ああいかん、ついつい喋り過ぎてしまった。しかし許してくれないか君、わたしも誰かと喋るのは本当に久しい事態なのだ。喋る事に夢中になり過ぎて相手の体調を慮らないのは実に良くない。会話とは喋り合う相手がいて始めて成立するのだからね。君が負った肉体的ダメージは無視できないレベルなのに、寧ろ良く意識を保てるものだ。それとも強化手術の影響でACのコアにいる限り意識不明に陥るのを防いでいるのかな? それはなんとも非人道的な代物だね、わたしはACに対しては門外漢だがパイロットを使い潰そうとする悪意を感じてやまないが、安心し給え! 折角の賓客をそのまま放置する程わたしは無慈悲ではないつもりだ。それに君はわたしの期待以上の奮闘を見せてくれたのだ、責任を持って治療して見せようとも! そこのアイビス達、客人を入口までエスコートしたまえ、花のように蝶のように!」
スピーカーの声に反応したのか、二機のアイビスが身動き出来ないレイヴンの機体を抱きかかえた。先程まで対峙していたとは思えぬ程の丁重さで慎重に移動していく。
レイヴンに抗う術は無く、エアもまた怒涛の展開に思考が追いついていけない。唯一、正気に戻ったウォルターのみが静かにレイヴンへ語りかける。
「……621、ここは大人しくしておけ。奴は破綻しているが、嘘は言わない」
『ウォルター?』
「そして、ドクターは今……興が乗っている状態だ。お前を乱雑に扱う真似はしないだろう」
『ドクター。以前ウォルターやカーラが言っていた』
ドクター。
極一部の人間のみが知る謎多き人物だ。確か50年以上前に技研でC兵器を開発し、数々の無人機を作り上げたC兵器の生みの親とも言える存在で、当時のルビコニアンと独自に友誼を結んでいたと記録に残されていたのは、エアも覚えている。
……だが、それは50年以上も昔の話だ。
レイヴンがこの世に生まれていないほど昔の頃の話だ。
ドクターが活躍していた時代を考えれば、聞こえてくる音声は老いとは程遠く渋いが溌剌としていて、それ故に戸惑いも大きくなる。
何故、こんな場所にいるのか?
何故、未だに生きているのか?
何故、今も死んでいないのか?
困惑と疑念でエアの思考は一杯だ。
しかも先程の言葉を吟味するなら、今し方まで敵対していた相手の治療を申し出るなんて理解不能だ。当然レイヴンも同じ考えだが、途絶えかけてる最中の意識でこれ以上思考する力もない。
アイビス達に抱えられながらコーラルの湖を渡っていく。ついさっきまで争い合っていた場所なのに、朱の湖面は静かに揺らめいていた。レイヴンの負担を軽くする意図があるのか移動速度も控えめで、コーラルの水面では穏やかにさざ波が立っていた。あれ程苛烈な攻撃手段として用いられたとは思えぬ程に緩やかな様子は、ただ朱色の湖をしているだけなのだと錯覚してしまいそうになる。
しかし、単純な水分では出せない煌めきが今はただ大人しくしているに過ぎない事を思い出させる。コーラルは揺れ動きながら今も蠢いて、音もなく増殖を開始しているのだ。この足元に広がるコーラルは扱いを間違えれば忽ち表情を一変させ大量殺戮兵器になると、事前にレイヴン達はオールマインドの極秘任務で知っていたはずなのに。
『そう言えばケイト・マークソンはどうなったのでしょう。何処からも戦闘音らしきものは聞こえません。あるいは先程の余波に巻き込まれたのでしょうか』
同じ想いなのか多少動揺から抜け出してきたエアがレイヴンに話しかけてくる。わざわざ話しかけてくるのはレイヴンの意識が無くなるのを防ぐためだろうが、その気遣いが今は有り難かった。この先何が起こるか分からぬ状況で意識を手放すのはあまりに危険過ぎる。あちら側に命を握られている事実に変わりはないのだ。
しかし、エアの話す事も最もだ。アイビスとの交戦中では集中力が極限までに研ぎ澄まされていた為に脳裏からも追い出されていたが、果たしてケイトはどうなったのかと今更ながらに思い出す。
潜伏中のスネイルを叩くと豪語していたが上手くいったのか。それとも返り討ちにされ叩き潰されたのか。あるいはエアの言う通りコーラルの余波に飲まれ諸共消滅してしまったのか。
一応、オールマインドが主導するリリース計画なるものの主軸にあたる人物だとは考えられるため、簡単に敗れるとは考えにくいが相手はヴェスパー部隊の2番手だ。そう易易と堕とせる相手ではない。苦戦は必須だと容易に想像できるが、彼女が整えた策が嵌ったのか。どうにもケイトの裏で暗躍するオールマインドの影がチラついてしまう。
リリース計画はウォルターも知らぬ極秘裏の計画だ。
それを表沙汰にせず密かに進めているオールマインドの手腕は侮れぬものがあるが、レイヴンは己の直感に従い途中で依頼を受けるのを止めにした。今でもその判断が正しかったのか確信は持てずにいるが、少なくともあの時感じた嫌な予感は拭い切れていない。不信感とはまた違った、言葉では表すことも出来ぬ何か。
そんな計画に関わっているケイトの安否が今更になって気掛かりとなってきた。もし、仮にケイトが倒れたならば計画はどうなるのだろうか。自らの意志で途中離反したが故に不気味だ。計画の全容が見えなかったからこそ、オールマインドがどのように動いてくるのか読めない。ケイトは助言をくれたのみで敵対はしなかった。では次の一手はどうするのか。しかし中途半端に関わった代償がどのように作用するか、意識を保つのがやっとな状態であるレイヴンでは深く考えられない。
そんな事をコア内で意識を繋ぎ止めるためになんとか脳内で慮っていると、アイビス達の動きがバスキュラープラントの根本付近で止まった。
改めて見れば、やはり巨大だ。黒く重々しく聳え立ち、先程地中を吹き飛ばした穴から注ぐ日の光を浴び表面が明かりで反射している。今まで目にしてきた建築物とは比較出来ぬほど巨大な設備だが、これが何のために作られたのかレイヴンやエアには検討もつかない。
今は、まだ。
すると外壁の一部が音を立てながら開いていった。そして、現れた存在は流石に予想外だった。
『シースパイダー!?』
「……またC兵器か」
驚くのは無理もない。
過去グリッドで相対した異形のC兵器が眼前で待機していたのである。蜘蛛なのか蛸なのかも判別がつかないC兵器。だがあの時撃破した個体とは少々姿に変化が見受けられた。
表面の塗装は黒く、鉤爪状の六本足は惑星封鎖機構が保有してきたシースパイダーよりも太く重量感が増している。更に装甲はツルリと丸みを帯びていて、重厚さの印象はなく何処かスリム化された見た目に見える。
「おや、シースパイダーを既に知っているのかね? それなら余計な説明は省かせてもらうが恐らくは君たちが知っているシースパイダーとこの機体はちょっと違う。何せわたしは既存のシースパイダーが不細工だと残念ながら認めていたのだから、少々改良したのだ。生み出した者として自らの機体に不満を持つなんて開発者失格かもしれないが、シースパイダーは言っては何だが勢いで一気に作ってしまったので外観を度外視してしまっていたのだよ。それでいざ出来上がったら何だが微妙な姿になっていてね、当時の役割を果たすスペックは目標に達成していたから取り敢えず良しとしていたのだが、やはりわたしも心苦しくてねえ。なんで見た目の事を考えていなかったのか今でも皆目見当もつかないが、流石に反省は充分だろうと判断して新たに改良機を開発したのだよ。それが今君たちの眼の前にいるSS2! まあ、言いにくければシースパイダー2型と読んでくれ給えよ。この機体は以前の役目から開発理由を変更し完全輸送型にしてある。要らない武装は全部外したが、君たちが知るシースパイダーとは馬力も相当違うぞ? 何処にでも安全に輸送物を運べるように安定性を増してアーム部分は160度の傾斜も登れるよう出力を上げてある。無論、飛行状態は保持させたままだ! これならば道中の起伏が激しくとも無視して移動が出来る寸法さ。とは言え未だこれも試作段階ゆえ、君たちには乗り心地の感想も期待している。胴体部分の上部はなるべく姿勢が安定出来るよう固定装置もつけているから、ここからはSS2での移動だ! アイビス達は通常モードに移行して引き続き仕事に戻り給え。もし来訪者がいれば先程と同じように存分その性能を奮い給えよ。既に先程の戦闘データはアップデートさせてあるから、わたしに君たちの美しさを見させて欲しい。わたしは君たちの流麗さを気に入っているのだから!」
饒舌な説明が合図だったのか、黒いシースパイダーが前足部二本を器用に動かし、アイビス達からレイヴンが乗っているACを受け取ってそのまま上部に持ち運ぶ。
天辺のなだらかな平ら部分に乗せられると、ACが動かぬよう固定装置が反応し金属製のベルトが各部を拘束した。これなら確かに運搬作業での安定性は増すだろう。
それと共に、もう逃れるのは不可能だと、レイヴンは朧気に思った。自機が動かさぬ以上レイヴンが脱出することは叶わない。そもジェネレーターもブースターもイかれてるのだ。自力で動くことすら出来ないのだから致し方ない事ではあるが、流されるままに命を握られている状況は中々に受け入れ難く、とは言え抗う事すら最早不可能。せめて歩行移動が出来ればと思うが脚部は片方千切れている。レイヴンに今出来る事は意識を留める、それのみだった。
「さてさて、SS2で誰かを搬送するのは始めてな事だが、なーに安心し給え。この中に君を脅かすものは何もなく、どうかリラックスして欲しい。とは言えそれが難しい事もわたしは認識しているつもりだ。そこでだ、メインモニターは辛うじて生きているようだから景色を眺めて気を落ち着かせるのを提案させてもらおう。ここはわたし好みに改築したわたしの箱庭だ。本当はそういう施設ではなかったのだが、指摘する者が誰もいないのだから叱責される謂れは無いと思わないかい? わたしはただ残された建築物を有効活用しているに過ぎないのだよ。何せ耐久性という意味でここは力を入れて建築開発したからね。所有権を見せびらかすような野卑な性格ではないと自認し自戒しているが、どうか短い旅行風景を楽しみ給え。退屈はさせないと胸を張って宣言しよう! 自慢話になるやもしれないが、わたしが誰かを飽きさせる事は無かった! 50年以上前の話だけれども!」
『……レイヴン、どうやら通信回線にドクターが潜り込んだようです。ですが潜り込んだ、というより強制的にオープン回線に切り替えられたようです』
いつの間にか機体無線からドクターの声が聞こえてくるようになっている。ハッキング、というよりはこの建物に入った時点で強制的に通信回路がオープン回線に変換されたようだ。
本来通信記録に関わる物は秘匿されるものなのだが、先の言葉を信じるならば、確かにここはドクターの箱庭らしい。どのようなテクノロジーを使用しているのか、外部干渉から通信端末に介入するとは。
どうやら、戦場とは異なる覚悟をせねばならないようだ。言わば、相手方の底の見えぬ胃袋の中にいるようなもので、最早、レイヴンが現在どのような容態なのかも筒抜けな可能性がある。弱みを見せるのは些かに抵抗感を覚えるが、シースパイダー2型の上部で拘束されている以上は大人しくしておくのが賢明であろう。とは言え、それ以外の選択肢は絶無なのだが。
「おっと、わたしとしたことがこの期に及んで自己紹介も未だだった。円滑な人間関係の構築は互いを知るのが第一条件だということをすっかり忘れてしまっていたよ。今更ながらに許してくれ給え。なにぶん誰かと喋る事すら半世紀ぶりなのだ、コミュニケーション能力は些か衰えていると自覚はしているが気長に付き合ってくれるととても嬉しく思う」
六本の脚が床を掴みながら動き始める。
ブースター移動ではなく歩行移動で、忙しなく多脚を使いながらSS2は一本道を進んでいく。
「わたしはドクタードミナント。だいぶ昔はドミナント博士とも呼ばれていたが、既にそのような呼び名も意味を成さなさい。気軽にドクターと呼んでくれ給え。そちらの方がしっくりする」
この先に何があるのか、レイヴンもエアにも、そしてウォルターですら分からなかった。
――そして門は開かれた。
警句は唱えられる。
ドクター←50年振りの出逢いに興奮してコミュ力が…
ウォルター←何故ドクターが生きているのか理解出来ない
エア←なんか話し長い人が来た
621←疲労困憊。兎に角休みたい。
元々今作は「ドクタードミナントって、なんかカッコいい響きじゃな」という思い付きから始まりました。そこにオールマインドのポンな部分の肉付けを行った感じですここでいうドミナントは本来の支配的な意のままであって、アーマード・コア過去作のドミナントとは一切関係ありません。近さで言えばコジマ博士のほうがニュアンスとしては近いですね。
セレンの姉貴から変態と罵倒され肯定するタイプの変人ですが。