ルビコン惑星開拓日誌 博士が愛したコーラル   作:六六

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 知るものは皆口を噤む、たった一日の語られぬ戦争。
 兵士は大量の無人機に蹂躙され、圧し潰され、切り裂かれていった凄惨な武力衝突。堅牢な機体が堅固な棺桶に成り果てたあの戦争の詳細を知る者は少ない。
 ただ戦場に残された遺体は物語る。
 惑星封鎖機構は人ではない何かに襲われたのだ、と。


ルビコンのこれからについて及び博士の思惑

 正直に言ってしまうと、わたしは惑星封鎖機構を好んではいない。

 

 

 いや、もっと正しい言葉を使うのならば、彼らの抱く理念や信義は快く思っているが、彼らの在り方に疑問を感じているのだ。

 

 

 危険に立ち向かう事も逃げる事も出来ない、顔も名前も知らない誰かのために職務を全うし、殉じる事が出来るのは並大抵の心持ちではまず無理だ。

 

 

 通常、生物は自らの危険を察した場合生存本能が働く。これは種を残すために宿され、進化の過程でも失わなかった当然の能力だ。この生存本能が妙にあたる。

 

 

 神話に記された勇者たちは困難を乗り越えるため神託や祝福を授かるものだが、この宇宙開拓時代ではそのように都合の良いものは存在出来ない。あるのは医学的に発見された脳内神経伝達物質の働き、聞き馴染みのがあるのはドーパミンやエンドルフィンだろうか。ようは一時的な興奮状態により、恐怖を矮小化し危険と相対するのが可能になる訳だが、そこから更に困難を乗り越えようとする心情を勇気と称賛するか、蛮勇と諫めるかはケースバイケースである。

 

 

 しかし、そのような立場にいない人間がいるのもまた事実だ。究極の第三者。当事者ですらなく、スポットライトにも当たる事もない彼らは選択肢すらない。奮起する機会も、不安に駆られるタイミングさえ与えられない、ストーリーに関わる事が許されなかった彼らは、突如として襲い掛かる危うさに何の準備もしていない。ただ飲み込まれ潰えていく。

 

 

 この神秘の殘骸さえ解体された時代に奇跡は存在しない。遍く全てが数字化出来てしまうのだから遣る瀬無い。だからこそ研究者は未知なる出会いに群がるのだが、惑星封鎖機構は人類の存続を命題に掲げ、実際に動いているのだからその心根は素晴らしいとわたしも同調出来る。

 

 

 けれども、実行にあたり自らをAIに管理させるのはいただけない。それでは機械とまるで変わらない。聞いた話ではシステムに判断を委ねているフシがある。それでは依存とまるで変わりない。別に全てをオートメーション化してしまえばいいと思うのはわたしだけだろうか。臭いものに蓋をする者が人でなければならない理由が何処にあるだろう。

 

 

 故にわたしは彼らを惜しい存在だと認識しているのだ。

 

 

 そんな様だから非戦闘員であるわたしをどうすることも出来ず、見つけ出す事も出来なかったのだ。まあ、実際には崩壊したルビコン技研都市で様子を観察していただけなのだが、ただいたずらに損害を拡大してしまった非は封鎖機構にある、とわたしは以前のいざこざの言い訳を探している。

 

 

 

 災禍が周知された事実は仕方ないが、アイビスの火が落ち着いた頃にやってきた惑星封鎖機構は何も悪くない。

 

 

 ただタイミングが悪かったのだ。

 

 

 「ドクター、開き直りは良くないです」

 

 

 しかしケイトには賛同を得られなかった。

 

 

 今更ながらにだよねー、とわたしも思う。

 

 

 だけれども、成果は悪くないのもまた事実である。

 

 

 「改めて、惑星封鎖機構と内密に講和条約を纏めてきましたが、本当にあの条件で良かったのでしょうか……」

 

 

 ああ、そのことね。あれはあれで良いのだ。寧ろあれだけで良いのだ。

 

 

 わたしが開発したコーラル無人機をひとつずつ提供し、必要があれば技術を提供する。その代わりに、ルビコンの密閉緩和が約束されたのだから状況はわたしの勝ちだよ。こんな安い見返りで事態を収束出来たのだから、寧ろお釣りがくるぐらいだ。システムに接触して停戦協定まで持ち込んだケイトもよくやった。ご褒美に今度はジョークを解するためのプロンプトを入力しておこう。

 

 

 「しかし、あまりに戦況がわたしたちに有利でした。あのまま押し込んでしまえば惑星封鎖機構を追い返す事も出来たのではないでしょうか?」

 

 

 いやいや、それはない。それはあまりにも彼らを過小評価している。確かにわたし側の機体は彼らを消耗させた。コーラルエネルギーによって燃料切れもほぼなく、フルパワーで活躍しながらこちらの損害は軽微なのだから驚きもした。殆ど一方的な展開に、あれ? うちの子たちってもしかして強い? 等と冷や汗(恐らくコーラル)をかいたりもしたけれど、そもそも惑星封鎖機構は戦う組織ではなく管理する組織なのだ。確かに現時点で持ち込まれた戦力の視点のみで見てしまえば、そのように感じるのも致し方ないだろう。

 

 

 だが彼等の本懐は人類種の守護である。極論、他を守れれば戦わなくても構わないのだ。惑星封鎖機構のシステムがそう判断したのだから、交渉で方がつくのは八つ当たりをで戦闘を開始してしまったこちらにも都合が良い。指先分くらいのやってしまった感が薄まる。

 

 

 それに、あちらが本気になって衛星砲を撃ち込んで来ないあのタイミングが絶妙だった。処理しようにも砲台は宇宙空間にある。あれを物理的に破壊する手段をわたしは持ち合わせていないし、ケイトにはあれをハッキングする容量がない。

 

 

 「申し訳ありません。今のケイトではそこまでお役に立てません」

 

 

 いや、現在のケイトにそこまで求めるのは酷だ。そもそもわたしをサポートするために作成した提案型AIに無茶な仕事をふるほど落ちぶれたつもりはない。更に言ってしまえば、惑星封鎖機構が本腰入れて総力戦にまで持ち込めばそれこそ御仕舞だ。全惑星に派兵されている戦力を動員されてしまえば、物量で押し潰されてしまう。ルビコン惑星を囲う鉄格子(テクスチャ)なんぞ意味を成さないだろう。それに彼等との全面戦争なんて、別にそこまでわたしは望んでいない。不必要な出血は禍根を残す。

 

 

 「質問をよろしいでしょうかドクター。何故わたしにオールマインドと名乗るよう指示を与えたのでしょうか」

 

 

 え? かっこいいからだけど。

 

 

 「なるほど、よくわかりませんがわかりました」

 

 

 ふむ、会話もだいぶ成立してきた。ケイトの今後も楽しみだ。未来を想像し愉悦を抱くのも悪くはない。

 

 

 それにケイトをオールマインドと名乗らせたのは決して悪巫山戯のためだけではない。これは本当だ。

 

 

 彼等、惑星封鎖機構とオールマインドは協力し、緩やかな惑星封鎖をこれより開始する。

 

 

 わたしも現実から目を背けるほど莫迦ではないつもりだ。惑星封鎖機構が動いた、という事実は止められない。既に彼等はこのルビコンが危険だと設定したのだ。それをわたし一人で覆すのはどう考えても厳しく、そして面倒だ。ハイリスクローリターンは浪漫を覚えるが、そのような状況ではない。

 

 

 ならば現状を利用すれば良い。発想の転回は研究の基礎だ。実際ルビコニアンは惑星封鎖機構の支配を受け入れざるをえないだろうが、反発は必須だろう。未だアイビスの火の余波で混乱の最中にあるが、余所者がずけずけと管理者を名乗り上げるのは我慢ならないだろう。

 

 

 惑星封鎖機構は文字通り惑星を監視する為にあって、現地住人の安全性を目的としていない。無論、危険因子と断じて愚かな事はせずルビコニアン側から申請すれば保護くらいはしてくれるだろうが、ルビコンを故郷とする者達がそう簡単に生まれ育った地を離れるはずもない。

 

 

 更に言ってしまえば、ルビコニアンは妙に郷土愛が強い。過酷な環境で生き抜いた故かもしれぬが、自分達の不利益になる事態を神妙に受け入れるはずもなく、暫くすれば戦力を整え惑星封鎖機構に牙を向けるだろう。不屈の精神は美徳だ。だが、それに酔い痴れて余計に立場を悪くするのは、この際には悪手だ。封鎖機構も抵抗する者たちに持ち合わす慈悲などないはずだろうから、一度牙を見せれば鋼の意志で鉄槌を下すだろう。

 

 

 ルビコニアンからすれば屈辱かもしれないが、彼らには暫く耐えてくれなければわたしとしても困るのだ。ルビコンの郷土料理は良く舌に合う。調理出来る人さえもいなくなってしまえば、わたしの楽しみが一つ減るのだから

 

 

 そういう訳で、偶発的とはいえ惑星封鎖機構に一発かましてしまったわたしが仲介役を担うのだ。

 

 

 

 具体的には、オールマインドという仮初の組織がだが。

 

 

 「わたしが、ですか」

 

 

 そう、組織を相手に個人が対抗するのは難しい。しかし、技研都市は滅びルビコニアンには余裕がない。わたしたちには組織と呼べるものがない。故にケイトにはオールマインドという架空の組織として活動してもらう。幸い、惑星封鎖機構も我々の正体を把握しておらず、誤認している。

 

 

 オールマインドと自称する何かが小規模とはいえ、一時戦闘状態に入り敗走の一歩手前まで追い込んだ事実は無視できないはずである。

 

 

 惑星規模の組織に対抗できる何かがルビコンには未だ存在していると誤解したシステムに疑問を抱けど、反旗を覆すほど胆力のある構成員はあちらにはいない。疑問持つ端子は組織において不用品だ。無論、高潔な目的意識を持った彼らにそのような人間がいるとは思えないが、立志の旗が大きいと、時に人は目が眩み盲目になる。

 

 

 つまり、これからは惑星封鎖機構のAIとオールマインドと名乗るAIが交渉の席に座る。そこに人間が立ち入る余地はない。不謹慎かもしれないが、星の命運を握るのがAI同士の協議だなんて、いかにも古臭いSFみたいで実に面白い。

 

 

 それにケイトは既に先の交渉で惑星封鎖機構からの譲歩を獲得している。ルビコンを完全に他惑星から遮断するのではなく、復興支援と称した惑星外企業との交易は認められた。衣食住を失い近しい者まで亡くしたルビコニアンに鞭打つほど、封鎖機構は鬼ではない。基本的に彼等の理念は善性だ。無抵抗の民を踏み躙る行為に及ぶ真似はしないはずだ。

 

 

 無論、惑星封鎖機構の信条に反する企業とは取引しない。間に封鎖機構が介入し、始めて貿易が成立するようになっている。何らかの他意があればシステムが関与し、目的にそぐわなければ排斥する。

 

 

 あくまで主導は惑星封鎖機構なのが重要なのだ。封鎖機構は本来の仕事を完遂し、危機に瀕しているルビコニアンを支援する。過度な締付けは怨嗟の種となり、近い将来ルビコニアンの怒りが暴発する可能性も否めない。もし、そうなればもうわたしでは止められない。燻り続けた憤怒は烈火となり、瞬く間に大地を戦場に変えてしまうだろう。

 

 

 適度なガス抜きは何にだって必要だ。生命然り、機械然り、そしてコーラルも例外ではない。しかしながらコーラルにそのような習性は今の所見受けられない。もし、ナガイ教授が存命だったならば素晴らしき見識でわたしに閃きを教えてくれたかもしれないのだが、誠に惜しい人材を喪った、と今更ながらに痛感する。改めてナガイ教授の研究データが技研都市に僅かでも残されてないか、捜索して損はないだろう。

 

 

 そしてもし封鎖機構が強硬手段に移行すれば、再度無人機を向かわせる事も通達済みだ。今度はアイビスシリーズも追加させる。封鎖ステーションにいようが関係なく、アイビスの輝きを見せつければ理解してくれるはずだろう。こちらはあくまで平和的な関係を望んでいたが、約定を違えたならば今度こそ容赦はしない、オールマインドは腐った裏切りを赦しない、と。

 

 

 言ってしまえば脅迫である。だが少しでも頭が回る者がいればわかるだろう。態々結んだ条約を棄却してまで強硬封鎖へ入ったとしてもリターンがあまりにも少なすぎる事に。

 

 

 あの時わたしはやけくそで無人機達を起動させたが、今度は更に強力な機体を突入させてもよい、と判断出来るくらいには冷静さを取り戻している。わたしは争いは好まないが、一方的な暴力に無抵抗でいられるほどのおとなしさは持ち合わせてない。殴りつけてくるならば、それ相応の抵抗をもって丁寧にすりつぶすだけの話だ。

 

 

 とは言え封鎖機構のシステムがそんな判断をするはずもない。AIはAIであるが故にプログラムに縛られる。特に惑星規模の組織を管理する人工知能が簡単に揺らいではならないのだ。被害なく目的を遂行出来るのか、それとも有無を言わさず損害を無視して強行するか。利は明らかだ。

 

 

 こんな脅しをしなければならない程に、今のルビコンには時間が必要なのだ。

 

 

 傷を癒やし体制を再建するために。

 埋められぬ損失と向き合うために。

 

 

 だから、君なりに頑張りたまえよケイト。

 

 

 彼らからも学ぶのだ。

 

 

 これからのルビコンは君がひとつの鍵となるだろう。

 

 

 「該当する言葉を検索。所謂丸投げ、ですね」

 

 

 あー、あー。

 聞こえないー、聞こえなーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映像記録:語られぬ戦争

 

 殘骸から抜き取った映像記録

 

 この封鎖機構のパイロットは撤退途中

 

 無数の無人機に取り囲まれたらしい

 

 −−−−−−−−−−−−−−−

 

 シ、システムに報告!

 

 この惑星は地獄だ! 

 

 不明機体がそこかしこからやってくる!

 

 こちら側の武装では対象を破壊出来ない!

 

 現在六本脚の無人機に囲まれて身動きがとれない!

 

 隊長は超巨大機体に押し潰され当機は孤立してる!

 

 応答を! 応答を願う!




気分はスターシップトルーパーズ!

ドクターは物事を好意的にしか捉えることが出来ないタイプです。

関わってると疲れてくるある意味ヤバイ人です。


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