昼過ぎに家に着くとすぐに、私はノアとのモモトークを開いた。何を送るかは帰り道で考えていたけれど、とにかく会って話がしたいということ以外に伝えるべきことは何もなかった。その通りの文章を送ってから、どうせすぐには返ってこないと踏んで残っているダンボールを二箱片付けた。
夕方になってお腹が空いていたけれど、自炊する気も近くのスーパーで総菜を買ってくる気にもなれなかった。それでも空腹感が消えてなくなることはないし、明日の仕事に響くと思って仕方なく外食することにした。駅まで歩いて行って、何かを食べた。空腹感は確かに満たされたけど、何を食べたのかはあまり覚えていなかった。
一週間たっても、ノアから返信が返ってくることはなかった。きっと一ヶ月待っても、それ以上でも結果は変わらないと思う。ノアは私とユウカ、そしておそらくは全ての連絡を遮断している。そこにどんな事情があるのかは分からなかったが、私はそのことがとても気にかかった。仕事中でも、一度頭に浮かぶと振り払うのは中々大変なことだった。
しかし幸いなことにノアの返信を待っていた一週間はあまりにも忙しかった。家に帰るのはほとんど街が寝静まった後で、たまに最終便のバスが走っているのも目にした。お陰で彼女について深く考えを巡らせる余力も余裕もなく、普段なら息が切れてしまいそうで嬉しくはないことだが、今に限ってはありがたいと思った。
日曜日に、私は最近買ったコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みながら、ノアについて思い出していた。
彼女と初めて顔を合わせたのは、晄輪大祭の準備のためにミレニアムに訪れた日のことだった。そのとき彼女は十七歳だったが、落ち着いていて気品に溢れていたこともあって年齢よりも大人びている印象を抱いた。
彼女は時々詩や文学から引用した難しいことを話した。そういうものが好きだと彼女は語っていて、在学中にいくつか詩集を出し、章を受章していたこともある。そういったことをするのはミレニアム生の中では珍しい傾向と言える。ミレニアム生のほとんどは古いものには興味を示さないし、文学にまつわる話ともなると彼女以外に聞いたことがない。珍しさ、という意味で私は彼女に興味を抱いていたし、それは段々彼女の趣味の傾向への興味から、彼女個人へのものへと変わっていった。私は彼女のことをもっと深く知りたいと思っていたたし、彼女も私に興味を示していたと思う。でも結局、二年前の卒業を折に縁は中途半端に切れてしまった。あの頃私には彼女を繋ぎとめるだけの勇気がなかったし、仮にあったとしても、ユウカのことがあって出来なかっただろう。そして二人の女性に同時に惹かれている自分への負い目も感じていた。
ダンボールを空ける気にもなれず、パソコンを開いて映画を見ていた。世間的な評価は良い映画だったけど、あまり面白いとは思えなかった。脚本よりも映像や音楽にこだわった作品だったから、パソコンの小さな画面と安物のヘッドフォンでは存分に楽しめなかったのだと思う。
そういえば、ノアと映画を観に行ったことがある。雨が降った金曜日のことだった。その日はノアが当番で、夕方に事件の連絡が入ってくるまでは平和な日だった。
五時過ぎにトリニティで大規模な問題が起こって、それの対処に向かうことになった。当番の時間を超えてしまうから彼女には帰って貰おうとしたのだが、彼女は着いて行くと言っていて、意思は固かった。結果的に大した事件ではなく、派閥争いが激化しただけに過ぎなかった。悔恨を残すこともなかった。ただ少し解決には時間が掛かってしまったから終電は逃してしまうことになった。仕方なく私達は泊まれる場所を探し、一泊してから帰ることにした。次の日が土曜日でお互いに休みなのが幸いだった。申し訳ないことをした気がして謝罪すると、彼女は自分が着いて行くと言ったことだから、と笑って言った。
朝になってチェックアウトを済ませて、それからすぐに解散というのも何か変な気がした、という理由で、私達は帰る前に映画を見た。上映の二十分前にチケットを取ったが、券売機のモニターにはほとんど貸し切りと言っていいくらいの空席が表示されていた。
良く出来たラブロマンスを描いた映画だった。脚本も演出も引き込まれるものがあって、寝覚めのぼんやりした頭も中盤には映画に集中しきっていた。
上映中に一度だけ気になって、隣に座る彼女を横目に見た。彼女は真っすぐスクリーンを向いていて、暗くてその表情はほとんど見えなかった。泣いているようにも、微笑んでいるようにも見えた。
「面白かったですね」
映画館を出た後で彼女は言った。私は立ち上がったときから続く妙な浮遊感の中で頷いた。
建物を出たときにもまだ雨は降り続いていた。勢いは少し落ち着いていたけど、傘を差す必要はあるくらいの降り方だった。息を吸い込むと雨の匂いがして、往来する車の中にはヘッドライトを付けているものもあった。
「先生は何か好きな映画はありますか?」
私の後ろを歩く彼女が言った。雨と傘のせいで多少くぐもって聞こえたが、彼女の声は聞き取りやすかった。
「あんまり。映画を観たのが久々で」
「貴方のお気に入りを聞いてみたかったのに」と彼女は少し残念そうに言った。
「ノアは何か?」
「『バーニング』という映画がお気に入りです」
「どんな映画なの?」
「時間があれば、観てみて下さい」
「今度観てみるよ」
そのしばらく後で、私は彼女が勧めていた映画を見つけて観た。難解な内容であまり面白いとは思えなかったけれど、その映画は何らかの奇妙な種を私の中に植え付けていった。何か忘れ物をして家を出たときのように、何かが気掛かりには思えたが、それが何かは判別出来ない歯がゆさが生まれ、結局一ヶ月の間にその映画を三回観た。三度観ても何が気掛かりなのかは分からなかった。
夕方になってから確認しても、やはりノアからの返信はなかった。今週ミレニアムに赴く用事があるからそのときに色々調べてみることにして、一旦ノアの件は頭の片隅に置いておくことにした。
この一週間で夢に見るくらいノアのことを考え過ぎていて、一度生活のあれこれとか、今日の夕食とか、そういう指先の事象にピントを合わせなければいけなかった。私は風呂に入らなければいけないし、まだ洗濯物を取り込んでさえいなかったのだ。
夢で彼女に会えたら、と私は考えた。どこへ行ったのか、どうして行ったのか、聞いてみよう。
木曜日に予定通りミレニアムを訪れて、そのついでにノアについての情報が残されてないかを調べていた。当たり前と言えば当たり前だけど、私物の類は残っていないし、卒業生に関するデータは卒業時で更新が止まってしまうから欲しい情報は見当たらなかった。
その代わりに、ミレニアムの図書館で彼女が在学中に出版した四冊の詩集を見つけて、それを借りてきた。一年と二年のときにそれぞれ一冊、三年のときに二冊出していて、全部まとめると簡単な国語辞典くらいの厚みがあった。
ぱらぱらとページを捲ってみると、短歌のような短い言葉の並びから、小説くらいぎっしりと詰まったものまで様々な詩が見受けられた。詩にも色々あるのだな、と私はそれを見ながらぼんやりと考えていた。
返却期限までの間、私は暇になると彼女の詩集を手に取って読んだ。一つ読むのに時間もかからないし、単純に読み物として面白かった。彼女の目を通して見た世界が、小気味いいリズムの言葉に乗せられている。あまり自分のことを語らなかった彼女の秘密性や様々な感情に焦点が当たっていくのを見るのは、例えるなら間違い探しの答え合わせをする感覚に似ている。
そこに収められたいくつかの詩は、不思議な程に深く私の心に残った。私は詩のことをほとんど知らないから、それが学術的に優れたものなのかは分からなかったが、優れているとか、優れていないとか、そういった評価基準とは離れたところで、彼女の詩は心を突き刺す何かしらの要素を持ち合わせていた。
彼女の詩のほとんどは、記憶や愛、そして死をテーマにしていた。記憶や愛は理解できても、どうして彼女のような若い人間が死について考えなければならないのかは分からなかった。十代というのは死を意識するような年齢ではないし、私にしてもそう変わらない。でもそんな彼女の命への生々しい造詣が、詩により一層面白さを持たせているような気もした。
返却期限が迫ってきた火曜日に、ミレニアムに行く用事のついでに図書館に寄った。読み終わらなかった二冊だけ延長手続きをして、残りの二冊は返却用のラックに置いておいた。