戦場の霧は晴れて   作:ヤン・デ・レェ

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戦場の霧は晴れて

 

 

 

ジャックと共に『栄光の剣団』に合格した五人の話をしようと思う。

 

ハボック、ジョナサン、ウィリー、ケッテン、マクシマの五人について。

 

 

 

 

 

 

一人目はハボックだ。ハボックはジャックも含めた六人の中で一番大柄な男だった。重装戦士の名の通り、大きなタワーシールドを片手で軽々と扱った。得物は棘のついたメイスで、こいつで一度でも殴られると、もう息もできなくなってしまう。怪力で強面だったから友達は多くなかったが、それでも人間的にとても気持ちの好い男だった。

 

ハボックが死んだのは1324年のことだ。今から七年前のことになる。開戦してから既に三年が経過していて、誰しもが長い戦争生活に、悪い意味で慣れ始めていた。誰かがいつ死んでもおかしくないということを、ジャックも、そしてハボック達も皆、承知していた。

 

1324年の春、泥濘の中での戦いだった。敵国フルランダの軍勢一万が雪解けと共に、ジャック達『栄光の剣団』の籠るレ・オーの地に攻め込んだのだ。

 

レ・オーは起伏も少なく、山岳地帯のような堅牢さを城に求めることのできない環境だった。レ・オー城の城主が早々に敵前逃亡したため、指揮権が回りまわって帝国の若い貴族の男に移った。当時のベラスケスに言わせたところ、「神経質で完璧を求めたがる、独りよがりな男」がこの戦いでの指揮官だった。

 

当時すでに百人隊長になっていたジャックは、この男の麾下に入り、ベラスケスやショーンなど他の百人隊と連携しながら防御線を構築することを命じられた。

 

同郷の六人はジャックの部隊に皆入っていたが、常に一緒になって行動できたわけではなかった。そして、この時ハボックの隣には同郷の者が一人もいなかった。同じエルバニアと言っても、領都エルバの中央区画出身者で顔見知りなのはジャックも含めて、この六人組しかいなかったのだ。

 

ジャック達がベラスケスやショーンと共に部隊を率いて防御線構築に勤しむ中、貴族の指揮官は高みの見物をしながら、攻め時だと思うや否や、予備に回しておいた『栄光の剣団』虎の子のミルバーグ率いる重装戦士部隊や、非戦闘員で固められたアルモンテ百人隊長の部隊まで投入しだした。

 

敵軍一万に対してこちらはレ・オー城の700名に加えて、『栄光の剣団』の500名だけだった。守備隊となった1200名の殆どが古強者だったことを加味しても、ジャックが今なお生きていられるのは、この時死んだハボックの役割が大きかった。

 

レ・オー城はダーブ河国境線の西60シセロにあり、帝都からは300シセロ以上離れていた。また、最寄りの軍団駐屯地はエルバの第二軍団司令部を除けば付近には皆無であったため、必然的に籠城しつつエルバニア領からの援軍を待つ戦略が採られた。

 

この判断は賢明であった。門を開き全軍突撃などという暴挙に出なかっただけ、指揮官は優秀だったと言える。

 

果たして、敵の攻城兵器の到来が一歩速かったことは、レ・オー城守備隊にとっての不幸だった。

 

レ・オー城は四方に巨大な尖塔を有する中くらいの城塞であり、城内には1200人なら一年は養える穀物と矢束が用意されていた。だが、平原の城であるから空堀で囲まれていることを含めなければ、もっともらしい防御設備のない裸の城であった。

 

フルランダ王国軍はその特徴的な、低く這うようなラッパの音と共に攻勢を仕掛けてきた。早朝、攻城兵器のトレビュシェが唸りながら石弾を城壁上の味方に叩きつけ、直撃を受けた者からひき肉に変えられていった。この時すでに敵陣はエルバからの援軍二万が接近していることを察知しており、レ・オー城攻略後、切り返しの一太刀でこれを撃破する腹積もりだったように分析される。

 

ともかく、この日の攻勢は何時になく粗々しく、激しかった。そのため両陣共に多くの死傷者を出すこととなった。

 

ジャック達はそれでも最前線で戦い抜き、尖塔に備え付けてあったカタパルトで敵陣を脅かしてやったり、攻城兵器に当てて器用にも破壊して見せた。

 

『栄光の剣団』の奮闘もあって、二万の援軍が無事到着すると、形勢は瞬く間に逆転した。

 

前線を張る直轄領エルバニアの将兵は精鋭揃いであり、戦闘経験も豊富だったため一度矛を交えれば、疲労した遠征軍一万など物の数ではなかった。一方的な戦いとなり、最早『栄光の剣団』の出る幕はなかった。

 

求められる義務以上の奮闘を重ねた傭兵たちは、ひと心地ついてから敵の捕虜まで使って、敵と味方の亡骸を搔き集め、まとめて埋めた。燃やすには油が足りぬし、なにより死体とはいえ、味方を燃やすことは忌避されたのだ。

 

ジャックもまた、欠員を確認した。そして、ハボックの名前を見つけるや、彼の遺体と思しきものを発見した兵士に連れ立って、戦死した際の状況を事細かに記録をとったのだ。戦死した全員分をこうして書き記すことは初めからできないことを、1321年初頭に経験した最初の戦闘で実感して以来、ジャックは自分が特に親しく、また彼らの家族の居所を自分が知る者だけに限定して、このように事後処理を行った。

 

処理は文字通りの処理となっていった。望むと望むまいとに関わらず、人は死に、中でも特に死んでほしくない者ほどよく死んだ。容易く命を落としていく兵士たちを見、淡々と処理していく自分を見、それから荒涼たる戦場を仰げばそこには記録されない無数の屍が積み重なってある。

 

なんとちっぽけでバカげた行為なのだと、ジャックは自嘲せずにはいられなかった。

 

ハボックは最後まで門に張り付いていた。敵の攻城槌が門を打ち砕こうとするのを、閂代わりに丸太を打ち付けたり、とにかく門に敵を通さなかった。誰よりも勇敢に戦ったことだろう。全身に矢が突き立っていた。ハボックは最期には、恐らく城壁外から飛んできた、巨石に頭蓋を割られてしまったのだろう。そのことは、半分に潰れたハボックと思しき大男の死体を検分していてジャックにも理解できた。

 

1324年の某日。春の訪れとともにハボックは死んだ。享年18歳。

 

 

 

 

 

 

次にジョナサンとウィリーの二人の死について話そう。

 

ジョナサンとウィリーは何時も一緒だった。生まれた時も一緒だったし、家も隣同士だった。勿論初恋の相手も同じ近所の女性だった。

 

二人はどんな時も二人で協力し合っていて、それは戦場でも一緒だった。ジャックのお陰で二人の仲を裂くことは起きなかったし、だからこそ死ぬ時も一緒だった。

 

ジョナサンとウィリーが死んだのは、ハボックが死んだ二年後の冬だった。

 

1326年の冬、大寒波と共に、フルランダ王国軍による奇襲が散発的に起こった。

 

王国軍は推定で三千から五千の兵士を一つの単位として、国境線のダーブ河が凍てついた凍土に変わるのと同時に、国境線付近の帝国側の村々を襲った。

 

帝国側はこの対処に手を焼き、最終手段として、村と言う村に傭兵団を派遣し、張り付かせて襲われても抵抗できるようにした。

 

無茶な作戦だったが、この対応が無ければ辺境の村落が王国側の侵略にやむなくして加担する恐れも無視できなかった。結局、冬の間は大きな戦闘こそ起きなかったが、代わりに小規模の小競り合いが延々と続き、その度に戦死者をまた一人一人と増やしていった。

 

寒波の所為で、食料が届かなくなり、飢え死にしたり凍え死ぬ者も続出した。結果的に、この寒波によって戦争は終わりを迎えたのだが。

 

ジョナサンとウィリーの死因は探るまでもなく、また亡骸も埋葬するまでもなかった。

 

二人は仲良く森に用を足しに行ったがために、森の中でクマに襲われて喰われてしまったのだ。土饅頭になった二人の足と、腕とを見つけた時、普通の兵士は勿論、古参の兵士も反吐を吐いたほどだった。腹をすかせた獣は、最期にはジャック達の夕餉になった。敵討ちと空腹を満たす二つのことを一挙両得に成し遂げたのだ。

 

だが、決して素直な部分では認めたくない事実であり、とても遺族に聞かせられる話ではなかったため、仲間内で話のつじつまを合わせて、斥候を見つけて森に入り、味方の為に知らせようとして戦死した、ということになった。二人分の人を食った猛獣の肉は固く喰えたものではなかったが、それでも食わずにもいられなかった。戦場で飢餓ほど怖いものはなく、今食べられればそれが最も幸せなことだったからだ。

 

ジョナサンとウィリーの墓を森のどこかに築いて、彼らの為にどこへともなく祈ってから、ジャックはその森を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

四人目もとい五人目はケッテンとマキシマだ。彼らは随分と長生きした。彼らが死んだのは1331年に入ってからだからだ。

 

彼らの死因は、ケッテンが酒の飲みすぎ、そしてマキシマが薬草と女に感けた挙句に刺されて、だ。

 

今思えば、ケッテンは頻りに言っていた。

 

「なぁ、ジャック…俺は戦場に戻りてぇよ…もちろんさ、ハボックの死は悲しかった、ジョナサンとウィリーのことも気の毒だと思った…」

 

「でもよぉ、あんまりじゃねぇか…俺たちゃ『栄光の剣団』じゃなかったのかよ…今やらされてることを考えても見ろ!どいつもこいつも…戦争に行かなかった奴らや、ギルドの連中が好き勝手俺たちに指図しやがる!戦ったのは俺たちだってのに…」

 

そこでケッテンはグイっとエールを飲みほした。

 

「それに比べて、戦場は好かった…俺たちは仲良く、互いを助け合って、戦えばちゃんと飯も腹いっぱい食えて…とにかく、充分だった。必要十分だったよ」

 

「俺たちはその中でも飛び切りに優秀だったよな?お陰で勲章までもらった…ちょっとチャチいが、まあいいさ」

 

「それよりも、なぁ、故郷に、エルバに帰ったらどうするつもりなんだよ!何の事って?エルバ侯とのことに決まってんだろ?」

 

「お前さんは、俺たち六人の中で…いいや、エルバの中央区生まれの男の中で一番出来が好いんだ!だから誰よりも早く、『栄光の剣団』の中でも百人隊長に登りつめた!」

 

「ジャック、お前さんが幸せになれることを願ってるよ」

 

ケッテンはそう言って、ジャックからもう一杯奢ってもらった。

 

翌日、ケッテンは宿屋で首を吊っているのを見つけられた。死体は共用墓地に投げ込まれた。遺産は無かったが、故郷の家族に勲章を届けてくれとだけ、ジャックに向けて書置きがあった。

 

ケッテンが死んでしまうと、いよいよマキシマもそわそわし始めた。彼が、仲間の死に最も心を痛めてきたその人だからだ。次は自分かもしれないし、ジャックかもしれなかった。

 

一日一日が酷く長く、或いは短く感じるようになり、聞こえないハズのケッテンたちの声が誘うように、聞こえるようになっていった。

 

マキシマは不安がり、怖がってはジャックに相談した。

 

「ジャック、ジャック、アンタは何処にも行っちまわないでくれるね」

 

「頼むから俺を一人にしないでくれ、もう、どこにも行けないんだ」

 

「戦争は終わっちまっただって?どこがだよ!俺たちゃ、あそこから一歩たりとも帰ってこれてないんだよ」

 

「だから、だから皆が俺のことを呼ぶんだ…そうに決まってる」

 

マキシマは不安を解消しようと、戦場で覚えたり、軍医のショーンから教わった薬草を調合しては服用していた。噛み煙草の様にしてみたり、紙で巻いて火を点けてみたり…とにかく必死だった。マキシマは必死に幻影と戦っていた。

 

だが、日ごとに症状は悪くなり、遂には一週間も眠れない日が続いた。

 

そして、気晴らしがてらに女を買うようになり、しかし、満たされずに怒りっぽくなり、挙句は叱責を恨みに思った女に刺されて死んでしまった。

 

マキシマの死に顔を、ジャックはよく覚えていた。

 

マキシマの死に顔は、腹を刺されて出血多量で死んだにしては、澄ましたように穏やかな顔だった。

 

こうして、ジャックは一人になった。もう誰も、残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

戦場から帰ってくるなり、ジャックは五人の遺族を訪ねた。そこで様々な罵倒と慰めの言葉を受け止めた。そして、彼らがその命と引き換えに国から与えられた、栄光の証である、安っぽい鉄で出来た勲章を丁重に、まるで宝石がごてごて飾られた重たい宝冠を捧げるように、遺族に、あるべき場所に返した。

 

自分に出来ることはすべてやったと、ジャックは安堵と同時に寂寞の情に打たれ、あわや死を掴みかけた。

 

傭兵時代に使っていた道具を搔き集めて燃やしてしまって、それからこれも傭兵時代に使っていた短刀を心臓のある位置に添えた。

 

後は前のめりに斃れるだけだった。

 

だが、そんなジャックを許さない者が一人だけいた。

 

「ジャック!!死んじゃダメ!!」

 

「君が死ぬだなんて耐えられない!お願いだ!やめてくれ!死ぬなら僕も!僕も一緒に連れてってくれ!」

 

突然ドアが開いたかと思えば、今今死のうとするジャックを、ティモシンが止めた。

 

ティモシンは泣きながらジャックに抱き着き、そのまま押し倒した。

 

ナイフは到に取り上げられていた。

 

「この世に未練が無いって言うなら、僕が今から作ってあげるよ」

 

「きっと君には、守るべきものが何か必要なんだ。僕にはわかる。」

 

「これは必要な措置なんだし、もう我慢しなくたっていいよね?」

 

「君に希望をあげる。君に幸せをあげる。この世には無いって言うなら、僕がこれから生んであげる。」

 

「僕の全部をあげるから…だから、僕のことまで一人にしないでおくれよ」

 

ティモシンは泣きはらした眼のまま、ジャックの唇を奪い、そのまま自身の熱く火照った柔らかい体を押し付けた。

 

二人は身体を重ねた。言葉を交わしながら。そして、ジャックは語り、自分が如何に辛かったのかと、ティモシンに訴えた。

 

ティモシンはジャックを決して否定せず、もしも否定するような輩がいれば「僕が殺してあげる」とまで言った。

 

ジャックは気が付けばあれ程心配していた領主との階級差の不安を思い出した。そして、余りのおかしさに笑い、泣いた。

 

ティモシンの温かい胸に抱かれて、彼女の中で赤子の様に泣いた。

 

涙と共に、黒く濁っていた世界が少しずつ色を取り戻してきたような気がした。

 

ジャックは、この日、ようやくあの日あの夜にケッテンが言っていた「エルバ侯とのこと」について理解した。

 

理解して、また笑った。

 

ジャックは幼馴染で、時には男よりも勇ましくも、他のどんな女よりも秀麗なエルバ侯こと、ティモシン・エルバ・ナサリエルに向かって、愛の告白をした。

 

「身分違いは承知の上で、どうか俺と一緒になって欲しい」

 

「俺に出来ることなら、ティモシンと一緒にいるためなら何でもできる」

 

ジャックの真っ直ぐな言葉に、今度はティモシンが泣いた。

 

「うん!うん!勿論だよ!寧ろ遅いくらいさ!準備ばかり完璧で、もう十年も待ったんだからね?」

 

「十年も!?」

 

「たったの十年さ!君が勝手に戦場に行くものだから…寂しかったよ」

 

「ごめんなさい…でも、あの時はそれが一番好いことだと思ってたんだ」

 

「うん。知ってるよ。でも、だからこそ、これからはよろしくね?一緒に幸せになろうね」

 

「あぁ、こちらこそよろしく」

 

「あぁ、なんて好い日なんだろう!ようやく夢が叶ったよ!」

 

ティモシンは跳びあがるような勢いで喜んだ。そしてジャックをそれはそれは大事そうに抱きかかえて、その体勢のまま眠ってしまった。

 

ジャックは温かく柔らかいティモシンの、自身よりも恵まれた肉体に包まれながらも、先に死んだ五人に感謝と報告を兼ねて祈りを捧げた。

 

 

 

 

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