我は天使であり詩人である 作:草加スマイル
「うニャニャニャ〜」
顔を真っ赤にしてストレッチャーで運ばれていく黒髪猫さん(クロエさんだっけ? 後で苗字教えてもらお)を見送り、残った料理を片付けるために自分の席へ戻った。食い切れるかなぁ。それより財布の中身足りるかなぁ。足りなかったらぶん殴られそうだなぁ。
「あの……少しいいですか?」
懐事情に頭を悩ませる僕に後ろから声をかけてくる人がいた。綺麗な金髪でエッチな服を着ているアイズ・ヴァレンシュタインさん。
「ああ、どうも。そちらは大いに盛り上がっているようですね」
軽く世間話しようかと思ったんだが、ヴァレンシュタインさんは突然頭を下げた。
「ごめんなさい。貴方達への悪口を止めることができなかった」
わざわざ謝りに来てくれるなんて律儀だね。
「僕の方は特に気にしてはいないので」
「でも、あの子はとても傷ついたように見えた」
「みたいですね」
どうでもいいけど今頃家で泣いてるんじゃないかな。あ、いや、どうでも良くない。ヘスティア様が帰って泣いているクラネル君を慰めるなんてことになったら大変じゃないか。さっさと料理食って帰ろう。
と、フォークを手に取った時にヴァレンシュタインさんが頭を上げた。
「後で謝罪に行きたい。ホームの場所を教えてほしい」
「え、流石にそこまでやる必要なくないですか?」
「ダメ。私の気が済まない」
酒の席での与太話。当事者の片方はどこかに消えてもう片方は別にいいと言っているんだから「わかりました」でいいと思うんだけどなぁ。
「あ。じゃあ一つ頼みたいんですけど、いいですか?」
「何でも言って」
何でもなんて簡単に言うモンじゃないと思うけどなぁ。僕が「じゃあファックさせてください」って頼んだら応じてくれるのだろうか? 今は別な問題があるから言わないけどね。
「これ、僕とクラネル君で割り勘するつもりだったんですけど、クラネル君がどっか行っちゃいましてね。代わりに半分払ってください」
「わかった」
僥倖とはまさにこの事だね。これでお金の問題は解決した。後は食べ切れるかどうかの問だ「クォラー! オンドレヤー!」
「わっ」
財布を取り出そうとしたヴァレンシュタインさんと僕の間に赤い影、あのイケメン女子が割って入ってきた。どうやら怒っているようだ。
「なんやワレェー! どこのどいつやコラー! 何ウチのアイズたんにたかろうとしてんねん!」
イケメン女子はウガー! と両手を振り上げて僕に威嚇してきた。
「ロキ。邪魔しないで」
ロキ。つまりこの人がファミリアの主神たるロキ様か。
「アイズたんもアイズたんや! ウチという者がありながら他所の男に貢ごうとしてー! リヴェリアママも許さへんぞー!」
「誰がママだ!」
離れた席から美人さんが叫んだ。
「うるさい」
「ぶごっ!?」
ヴァレンシュタインさんは怒ってチョップを繰り出してロキ様を叩き伏せた。うーん、バイオレンスでドメスティック。これも愛の形なのだろうか?
「大丈夫ですか?」
頭から煙を上げるロキ様の身を案じると、彼女は顔をコチラに向けてガルルルと唸った。
「どこのどいつかは知らへんけど、アイズたんは諦めるや。他所の男には指一本触れさせるつもりはあらへんで!」
胸を張ってヴァレンシュタインさんを守るように立ちはだかるロキ様。後ろのヴァレンシュタインさんはもう諦めたかのように片手で頭を押さえている。
いや、しかし……………。
「………………………」
「な、なんやねん。そんな、睨みつけてもウチは負けへんぞ」
ロキ様を見つめるとそんな事を言われてしまった。誤解だな。目は口ほどに物を言うとコトワザがあるけど、やっぱり気持ちは言葉として伝えないとダメそうだね。
「とても、お綺麗ですね。ロキ様」
「え」「え」「「「「「「え」」」」」」
色々なところから示し合わせたように「え」と声が聞こえる。みんな息ぴったり。
「流石は女神様といいますか、いやそれにしても、炎が絹糸に変わったかのような素晴らしい髪をしていますね。情熱的でありながら上品といいますか、とても美しい」
「え、ちょ、待っ」
「僕は、鎌堂マサシといいます。オラリオに来て日が浅いので、恥ずかしながら貴女の事をあまり知らないのです。ですから、どうかじっくりと語らいの中でお聞かせ願いたいものです」
「ま、待ってって……」
こんなに近くに来たのだから挑戦してもいいだろう。僕はいつでもワイルドなチャレンジャーなのだ。
「う、嘘でしょ、ロキがナンパされてる」
「これは、現実か? それとも幻術か?」
「う、狼狽えてはいけないっす。次期幹部候補としてこのくらいの不測の事態は……」
ロキ様の手を掬い上げるようにそっと取る。
「繊細なお手をしていますね。女性的な美しさと、職人のような経験を兼ね備えておられるのでしょう。歴史を重ねていく程に研ぎ澄まされていく、これは女神様特有のものなのでしょうか?」
手首から指先にかけて、線を引くようにゆっくりとなぞる。
「お、おかしいやろ自分。さっきまでアイズたんにちょっかい出し取ったやん……」
「ロキ、それは誤解」
「うーん、確かにヴァレンシュタインさんは魅力な女性ですね。でも今、僕の心は貴女に寄り添っていたい」
「あわわわ……」
「きっと他の男達も貴女を放ってはおかないのでしょう。だから、先を越される前に、少しでも貴女の心へ近づけたら、と想うのです」
「ぶっ!」
なんかロキ・ファミリアの宴席の方から笑い声が上がっている気がする。まあ無視だ。
「う、うちは別に、野郎どもに言い寄られるなんて経験そんなにないわ」
「なんと。きっと見る目のない人にばかり出会ってしまったのですね。僕は今貴女に夢中だと言うのに」
片手を上げてロキ様の頬をそっとタッチする。拒まない。いけるか?
「どうでしょう、この場から抜けて、僕と二人で、どこかでお話するのは」
反応は上々、と思いたい。どうだろう?
「や、やめーや! やめーや!」
「わあ」
ロキ様は僕の手を払って両手をぶんぶんと振り回す。顔は真っ赤だ。
「ち、ちゃうねん。こんなのウチのキャラじゃないねん! き、君! ウチは都市最大派閥の主神なんやで! 揶揄うと痛い目にーーー」
ピシッと人差し指を向けてくるロキ様の手を掴み、あー……左胸はまずいか? 右胸の辺りを触らせる。
「女神様なら、揶揄いか、嘘か、お分かりになられるでしょう?」
さっきの言葉全部本心だ。人を口説く時は絶対に嘘は言わない。感じたまま、相手の魅力をぶつけて見せる。ひとの嘘を見破る神様たちなら僕の本気度がわかるはずだ。
どうだ。
「んんっ ロキ」
と、ヴァレンシュタインさんが咳払いした。そこでロキ様はハッとなり蛇のような身のこなしで素早くヴァレンシュタインさんの後ろに隠れた。
「アイズたん助けて! この子すっごく悪い子や! 神も惑わす魔性の悪魔や!」
「ロキ。邪魔しないで。今、私はこの人に謝らないといけない」
「この悪魔に何を謝ることがあんねん!?」
あ、ロキ様がどさくさに紛れてヴァレンシュタインさんの尻と胸を触ろうとしている。
「えい」「ぷげぇ!? こ、これがウチのキャラや………」
そして顔面をぶん殴られた。いつもこんな事やってんだろうな。
「えーと、ロキ様のところに銀髪の凄いイケメンのワイルドおにーさんがいるじゃないですか?」
「前が見えへん。……ベートのことか?」
へえ、ベートって名前なんだ。
「さっきその人が盛大に悪口を言ってくれた内の一人です」
「なっ」「っ!」
「ちなみに穴に落ちた間抜けのクズです」
「ちょっ」
この方が話が早く済む。
「別にいいって言ったんですけど、ヴァレンシュタインさんがどうしてもと言うので今日のご飯代を払って手打ちにしようと思って」
「何が手打ちだカス」
ベートおにーさんがジョッキ片手に千鳥足でやってきた。頭にたんこぶができているが、誰かに折檻でも受けたのかな? しかし顔が真っ赤だ。相当酔っ払っていると見た。
「ベートさん、ダメです」
「引っ込んでろアイズ。おいカス。随分と上から目線だな? あ? 仲間見捨てて一人ブルブル震えながら逃げ帰って、どういう気持ちだったんだぁ? ええ、おい」
ずいっと顔を近づけ、犬歯を剥き出しに威嚇してくる。うーん、しかし背が高いね。足が長いんだ。背中を丸めないと僕と目線が合わないんだから羨ましい限り。
「やめんかいベート。マサシ君は妥当な判断で動いたってリヴェリアも言っとったやろ」
「黙ってろロキ。胸糞悪いんだよ。仲間見捨てるようなのがよぉ、呑気に酒場でナンパと洒落込んでんだ。どんな神経したらそんな事ができんだぁ?」
ベートおにーさんが肩を組んでくる。あ、今は触んないでほしい。
「……………」
「ハッ! 言葉も出ねーか! そりゃそうだよなぁ!? 普通の神経していたら恥ずかしくて仕方がねーよなぁ! 恥晒すくらいなら家に引っ込んでいた方が上等だぜ!」
「わっぷ」
冷たっ。全身が一瞬で冷たさに覆われた。そして鼻をつくアルコールの匂い……。頭から酒をぶっかけられたようだ。服がびしょびしょだ。
「ベート。流石にそれは看過できないよ」
ツカツカと金髪の美少年が歩いてくる。入店時の微笑みはない。静かな怒りを内に秘めている顔だ。
「君はもうホームに帰るんだ。夜風に当たって頭を冷やせ」
静かな、しかし確かな命令だった。
「………ケッ。どいつもこいつも、良い子ちゃんぶりやがってよ」
ベートおにーさんは舌打ちを一つならしてジョッキをカウンターに叩きつけ、両手をズボンのポケットに突っ込んで出入り口の方へ歩いていく。
「うちの団員がすまなかった。団長として謝罪をする」
頭を下げようとする美少年(この人が団長なのね)を手で制して立ち上がる。僕はもう我慢ができない。頭が熱くて仕方がない。一言くらい言わないと気が済まない。
「なっ! 待つんだ!」
止める団長さんの横を通り抜けてベートおにーさんにツカツカと歩み寄る。
「おにーさんさぁ…………」
「あ?」
そして不愉快そうに振り返ったおにーさんの左胸に手を当てる。
「こんなエッチな格好で迫られたら、ときめいてしまいますよ」
そして五指の先端ですーっとなぞる。
「「「「「「「「「「え」」」」」」」」」
ああ、言っちゃった。ロキ様口説いた手前我慢しようと思っていたのに、自分を抑えられなかった。ああ、凄い筋肉、力強く美しい。凄く触り心地がいい。
だが瞬間、ベートおにーさんの顔がこわばって一瞬で飛び退いて僕から距離を取った。
「テッ、テメェッ!? そっちの趣味かッ!?」
店に入った時から気になっていたんだ。僕は悪い系のイケメンに弱いんだ。昔っから女友達には男の趣味が悪いって言われてるんだ。
「胸がドキドキします。顔も熱くて、熱くて……」
「「「「「「「「「「えええええええっ!?」」」」」」」」」」
全身に気恥ずかしさが走る。両手で頬を押さえて、思わずモジモジしてしまう。嫌だなぁ、モジモジ君なんて呼ばれたら。
「テメェッ!? どんな神経してッ、やがるッ!? あれだけ罵られてッ!」
「あの、僕、鎌堂マサシって言います。鎌堂マサシなんです。良かったら、その、おにーさんに改めて名前を教えてほしくって………」
「や、やめろッ! 俺に近づくなッ!」
「ええと、ええと、どうしよう。全然言葉が浮かんでこない」
女の人を口説く時はスラスラ言葉が出てくるのに、イケメンを前にするとどうも言語能力が衰えてしまう。この弱点はまるで克服できないんだ。
「うわああああああああああッ!!!」
「ああ! おにーさん!」
ベートおにーさんは叫び声を上げて走り去ってしまった。瞬間、僕の胸の中の熱は失われ、強烈な喪失感に支配される。
「フラれて……しまった……」
泣きそう。こうなりゃやけ食いだ。元々その予定だったし。
「ちょちょちょっ!? 待てい!」
「わあ」
席に戻ろうとしたところでロキ様がコケそうになりながら駆け寄ってきた。
「えっ? マサシ君ソッチなん!? ウチのこと口説いておいて!? どうなっとるんやァ!?」
そして頭を抱えて叫んだ。
「あ、いや、もしかしたら男っぽい女の子の可能性が」
「肉体的には男です。性自認も男です。ピュア・マンです」
「ノォォォオオオオ!?」
よく叫ぶ人だなぁ。
「誤解されるんですけど、僕はゲイじゃないですよ」
「よく嘘つけ! いや嘘は言っていない!?」
「女の子は大好きです。同じように男の人も好きなんです。バイセクシャルなんです」
何年か前はわりかし苦労して隠していたけど最近はその必要がないからね。楽でいいわ。
「あっ、あっ、あっ、そういう………こと………」
ロキ様は脱力したように僕の両肩を掴んだ。うーん、これは、行ける、の、かな? ロキ様の背中に手を回す。
「美しい女神様。傷つき、割れてしまった僕の心を撫でてはくれませんか?」
「ハハハッ……そうやなぁ」
ロキ様の声色が変わった。なんだか、力が漲っているような………。
「お望み通り慰めたるわ! ウチのホームで!」
「わあ」
瞬間に感じる浮遊感。目線の高さが急激に上がる。どうやらロキ様に持ち上げられたようだ。そして出入り口の方へ向かう。
「ま、待て! 待たんかロキ!」
そこへ美人さんが立ちはだかった。
「こんなエッチな男の子中々おらん! よく見たら顔も可愛いし! 今日からウチの子にするんや!」
「待たんか馬鹿者! 色々とおかしいだろうが!」
「いややー! いややー! ちゃんとお世話するから許してよママー!」
「誰がママだッ!」
やいのやいの騒ぐ二人。僕は身を捻ってロキ様の手から脱出する。
「ああ! マサシきゅん!?」
「折角のお誘いですけど、ごめんなさい。今のファミリアから抜ける気はないんです」
「ガーン! あんなに情熱的に口説いておいて!? 一体どこの馬の骨のところに所属してんねん!?」
馬の骨って……。
「僕はヘスティアという、ああ、言葉にするのも難しい美しさを有した女神様の物なんです」
「ヘスティア…………………ドチビの子か!!!!!」
「わあ」
ロキ様が飛びかかってきてフェイスハガーみたく僕に組み付いた。
「クソ! クソ! クソッ! よりにもよってドチビの子に弄ばれてもーた! あいつ処女神のクセにこんなスケベ囲ってからに! いやむしろ、だからこそ寝取ったる! 思っきし泣かしたるわァ!」
「あわわわ」
締め付けてくるロキ様。ああ、胸が硬い。これはこれで最高だが、胸ならばヘスティア様のに顔を埋めたい。
「ええい! 離れろ!」
「ガオー! ガオー!」
もはや対話不能な怪獣と化したロキ様を引っぺがした美人さんはそのまま外に出て行った。
「すまないが、私はこの馬鹿を連れて一足先にホームに戻る。フィン、後は頼んだぞ」
「あはは……うん、任せて」
「ガオー! ガオー!」
美人さんは荒れ狂う神を抱えて夜闇の中へと消えていった。