我は天使であり詩人である   作:草加スマイル

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「改めて謝罪させてほしい。僕たちは君たちに対して無礼を働いた。すまなかった」

「いえいえ。特に、気にしてはいませんから」

 ロキ・ファミリアの宴席にお呼ばれした僕はそこで団長のフィン・ディムナさんから正式に謝罪を受けた。頭は下げずに目を伏せる感じだ。まあ大組織のトップが軽々しく頭下げるモンじゃないわさね。

「不足もいいところだが今日の君たちの食事代はうちで支払わせてもらう。もう一人の団員も、後日そちらへ赴いて謝罪しよう」

「うーん、でも僕らの家狭いし汚いし、僕がクラネル君連れ出すんで外で会いませんか? 最近店員さんが可愛い喫茶店を見つけまして。あららら?」

 すると僕の体が勝手にフィンさんから離れていった。どうやら誰かが僕の椅子を後ろに引っ張ったらしい。顔を上げてみると、そこには立派なお山が二つ。

 

「あんた、まさか団長まで口説こうとしてんじゃないでしょうね? しかも店員が可愛い店ですって? 許せないわね」

 褐色肌の美人さんの巨乳の方だ。

「うーん、でしたらおねーさんが来てくれるなんてどうです? 綺麗な人とお近づきになりたいな」

「お生憎様。私はもう心に決めた人がいるのよ。他の男の誘いに乗る気は一切ないわ。ねっ、団長!」

 おねーさんはふにゃりと笑顔になってディムナさんを見る。

「ああ、お付き合いしていたのですね。これは失礼。他人の恋人を口説いたりしませんよ」

 ヘスティア様に関してはまだクラネル君と付き合っていないからセーフってことで。

「あはは、違うんだけど、な……」

 ディムナさんは目を逸らした。

 

「タオルをお持ちしました。どうぞ、マサシさん」

 フローヴァさんが親切にも拭くものを持ってきてくれた。

「ああ、どうも。でもすいませんね、僕のせいで床が酒まみれに……」

「いえ、この件に関してはマサシさんには何も非はありません。責任を感じないでください」

 さっき雑巾を貸してほしいと言ったのだが断られた。床拭くくらいはさせてほしいんだがなぁ。

「あたしが拭いてあげるね!」

 バッとフローヴァさんの手からタオルを取ったのは褐色ちゃんズの胸が控えめな方、いや胸が可愛らしい方と言うべきか。

「ありがわっぷ」

「おりゃりゃりゃりゃー!」

 手つきは雑、いやヤンチャだ。ゴシゴシと犬を洗うようにタオルを動かしまくる。ちょっと頭がグラグラするけど、可愛い女の子に拭いてもらっているんだ。幸せだ。

 

「これティオナ、やるならもう少し丁寧にせんか」

 野太いおじ様の声。多分あの山のような人だな。

「ううううう。ぷはっ。お嬢さん、ありがとうございます」

「いいよ!」

 ほがらかに笑う、ティオナちゃんだったっけ? この子ならいけるか?

「いやしかし可愛らしいお嬢さんですね」

「ありがと!」

「まるで南国に咲く鮮やかなハイビスカスのようですね。貴女はいるだけで周りを明るく照らす太陽でもあるのでしょうね」

「おおう。そこまで言われると、ちよっと、照れ臭いかな?」

 ティオナちゃんは頬を少し赤くして人差し指でかく。お。この子は行けそう。

「どうです? 今度から僕とお茶でふぉー」

「人の妹も口説かないでくれる? 別にティオナが誰選んでもいいけど、女ったらしの餌食にさせる気はないわよ」

 おねーさんに頬を引っ張られる。痛い。そして手を離されて元に戻った頬がパチーン! と音を立てた。

 

「んんっ! 話が逸れたね。手が開きそうな日を見計らってそちらに連絡を出させてもらう。場所はこちらで決めておくから、その時に君の仲間を連れてきてほしい」

 ディムナさんが仕切り直した。

「わかりました。可愛い女の子かイケメンがいるお店をお願いします」

「流石に厚かましい!」

 おねーさんに怒られてしまった。

 

〜〜〜○

 

 

 ロキ・ファミリアと約束を取り付けた後、残っていた料理を完食したマサシは帰路についていた。ベートの嘲笑、罵倒をまるで気にしていないマサシに気を許したロキ・ファミリアの何人かは彼にジュースや料理を奢った。酔っ払いたちからは酒を飲まされそうになったがマサシは丁重にお断りした。

 ただ男性のバイセクシャルということで多少は警戒はされたが、幼さの残る容姿、彼自身のサラッとした性格故にすぐに打ち解けることはできた。それでもナンパ士ということで一部女性陣からは遠巻きにされたが(特にエルフたちからは)。

 

 ヘスティア・ファミリアのホームはスラム寸前の場所にあるので近づくにつれて辺りは暗くなり、人影もまるでなくなってくる。そこかしこには闇が出来上がっており、そういう場所には得てして牙や企みを持っている人が隠れているものだ。

 

「ぐへへっ、大人しくしろよ坊や」

「むぐーむぐー」

 このように。

 

 ホームまで後何百メートルかというところで、マサシは物陰から伸びてきた手に捕まえられた。口を塞がれ、身体を抱き寄せられ、頬を舐められる。

「豊穣の女主人で聞いていたぜ。ソッチもいけんだろ? 是非とも相手してくれや」

 マサシは目を細めて辺りを見る。二人。他に仲間はいなさそうだ。

「へへっ、大人しいじゃねえか。少しは抵抗してくれよなあ。その方が盛り上がるからよ」

 両脇から羽交い締めにされ、服の下をザラザラとした太い指が這う。

「可愛いねえ、可愛いねえ。このまま持って帰っちまいてえぜ」

「俺はもう我慢できねえよ。一回ここでやらせろよ」

 カチャカチャと金属が揺れる音が鳴る。マサシは……………無表情だった。

 

「何か言ってみたらどうだ? だが叫んだらこうだぞ」

 正面に立つ暴漢が月明かりにナイフをかざした。口から手が離れる。

「おじさんたちはさ」

「「あ?」」

 

「ただ乱暴を働きたいだけ? それとも、僕とシたいの?」

 

「「…………」」

 マサシは上目遣いに正面の男を見上げる。その声は艶色を帯びていた。しかし暴漢二人は黙り込む。

「見てたなら、わかるでしょ? おにーさんにフラれちゃって………今夜は寂しいんだ」

 羽交締めにしていた腕から力が抜け、マサシの腕は自由になった。その腕はそのままもたれるように正面の暴漢の首に回される。暴漢は背筋に凍りつくような感覚を、胸の内にはこれまでの人生で経験したことのない高鳴りを感じていた。

 黒曜石のように黒い瞳が、精神をどこまでも、どこまでも深いところへ誘っているかのようだった。

 

「気持ちよく、なりたいな」

 唇が暴漢の厚ぼったいそれに重ねられる。貪るような熱く、濃厚な口づけ。暴漢は太く汚れた指をワナワナと揺らし、マサシを逃さず捕まえるように抱きしめた。

「んっ……んちゅ……」

「んぶぶっ んん! んん!!」

「ゴクリ………」

 もう一人の背の高い暴漢は唾を飲み込む。目の前の光景がこの世のどんな景色、どんな宝石、どんな女神よりも美しいと思えた。それは野蛮な獣性さえも抑えつけた。ただその光景を目に焼き付けながら自分の順番が来るのを待った。

 

「ふんぐっ!?」

 突然マサシと絡み合う暴漢の腕がビクンッと跳ね上がった。それは先ほどまでの捕まえる手つきではない。むしろマサシを押し返そうとしている。しかし離れない。更に強く抱きしめられ、壁に押しつけられる。

「ふんごっ!? んごごぉ!」

 待っている方は更に唾を飲み込んだ。どれほど濃厚な接吻なのだろう。早く、早く自分の番が来ないものか。一秒が百年にも感じる。汗が噴き出る。体が震える。

 

「んかッ………!」

 マサシの腕から暴漢が崩れ落ちた。果てた。背の高い暴漢にはそう見えた。

 

 倒れる仲間の口からずるりと抜け出している物にも気が付かずに。

 

「つ、次は俺だッ………!」

 待ちきれなくなった暴漢はマサシの肩を掴んで自分の方へ向けさせる。口はキスの形にし、振り向いた瞬間に彼の唇を貪るつもりだった。

 しかし、暴漢は見てしまった。この世にあってはならぬ恐ろしい物を。

 

「ばあ」

 

 口角を上げるマサシの口からは彼の舌がまろび出ている…………いや、舌ではない。それは管状であり先端には無数の棘が生えている。更に長さは彼の口から臍にまで至るほどだ。明らかに尋常な存在ではない。

 

「ひっ!?」

 暴漢はマサシを押し退けて壁に張り付いた。次に目に入ってきたのは先ほどまでのなかったマサシの顔に浮かぶ無数の痣と線。それは美しい少年に化けた化け物が皮を破らんと顔を覗かせているかのようだった。

「へーん、しん」

 瞬間、血肉が無理やりかき混ぜられるような音と共に少年の姿が変わった。それは彼の言葉通りの変身だった。

 一見すると身長2Mを越す灰色の戦士。だがその顔はまるで無数の穴が空いた白い仮面、目だけは白い宝石。頭からは2本の触覚、背中側には虫のような足がまるで翼のように生えている。

 

 明らかに人間ではない。それはハピドフォリ・オルフェノク。怪人だ。

 

「ヒヤアアアアアアッ!!!」

 暴漢はナイフを構えて怪人に襲いかかった。燻っているとはいえ冒険者。怯えながらもナイフを振り下ろした。しかし、その刃は怪人の胸にあるハートのような形をしたレリーフに傷一つつけることなく根本からへし折れた。

「た、助けて」

 折れたナイフの柄を投げ捨てて逃げ出そうとしたが、暴漢はマサシを連れ込んだ時のように逆に捕まれた。怪人の背中から伸びた足によって。

「うわああああああ!!!」

 引き摺り込まれた暴漢は顔を掴まれて持ち上げられた。口を強引に開かせられる。そして月明かりに投げかけられる怪人の影が形を変えた。それはマサシの姿その物だった。

 

『おじさんには、特別なファックをシてあげるね』

 空いている手を怪人は暴漢の口へ近づけていく。その指先に捕まえられている物は……………コオロギに似た灰色の蟲だ。

「や、やめっ……! オゴォーッ! オゴォーッ!」

 口の中に侵入した蟲は脚をばたつかせながら喉の奥へ潜る。そして食道を食い破り、心臓に取り付いて食らいつく。瞬間、蟲は発火して心臓を焼き尽くした。

 暴漢の目が白く染まり、全身から力が抜ける。怪人は暴漢を地面に投げ捨て、再び血肉を混ぜ合わせるような音を立てながら元の姿、美しい少年マサシに戻った。

 

 マサシは半ば期待するような眼差しで男二人を見下ろす。だが背の高い方の全身から色が抜け、灰になり崩れ去った。

 直後、もう一人の暴漢、マサシが口づけをした方がムクリと立ち上がる。マサシは両手を広げて暴漢を迎え入れようとした。だが一歩足を踏むと全身から灰がこぼれ落ち、そしてマサシの腕の中に入ることなく崩れ去った、

 

「あーらら。…………ま、仲間なんて、そうそうできないよね」

 

 マサシはため息を一つ吐くと人だった灰を踏み、家路に戻った。そろそろ愛する女神様が戻っているはず。憎き同僚もいるだろうが、まあ、適当に慰めてあげるとしよう。そう思いながら月明かりを浴びるのだった。

 

 

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