我は天使であり詩人である 作:草加スマイル
「うげぇ。結局ずぶ濡れ」
バベルの一階に到着した頃、僕の全身は濡れていないところが無い状態だった。せっかくティオナさんに拭いてもらって乾いたのに。
「うーん……」
耳を澄ませる。この辺りまで来ると声の元がハッキリ聞こえるようになってきた。これはこれで………うん、クラネル君の声だね。でもいつもより深い所で戦っているらしい。自殺願望でもあるのかな?
早い所連れ帰って熱いシャワー浴びて寝たい。今日は色々なことがありすぎた。
「う、ん?」
ダンジョンの入り口へ踏み入れようとした時だった。鼻腔に入ってくるいい香りに足を止めた。思いっきり吸い込む。うん、やはりいい香りだ。刺激的且つ上品で、挑発的且つ優雅な花の香りだ。
辺りを見回してみると、入り口から少ししたところにある長椅子に黒いローブを纏った人がいた。フードを目深く被っているから口元しかわからないが、それだけでもとてつもない美人さんだと理解できた。うう、あのプルンとした艶やかな唇にキスされたいっていうか、身体中啄まれたい。
「あ」
フードの人の口元が微笑みを浮かべた。そして僕に軽く手を振る。その所作の優美さよ。なんで全貌がわからないのにここまで綺麗に見えるんだ?
「あ、あははは」
お返しに手を振る。だが身体がそれだけで満足出来なかったようで、その人の方へ足が向かっていた。近づくごとに香りが強くなる。頭がクラクラしてきた。
ちょっとこの人をナンパして、成功すればワンチャンニャンニャン行けるのでは………………。
「ふんっぐぅ!?」
だがある時点で足が止まった。これ以上近づくのは危険だと全身の細胞が警告しているかのようだった。この感覚はアレだ。フローヴァさんと似たような感覚だ。美人だがなんか危なそうだからファックしたくない。それを何十倍も強くしたような感じ。
「うっ、ぐっ、ぬぅ」
謎の美人さんに吸い込まれそうな身体を強制的に押し込め、ギリギリと一例して一目散にダンジョンに飛び込んだ。よくよく考えたらクラネル君探さないとなんだよな。ヘスティア様のために。
でも、あー、勿体なかったかなぁ。後ろ髪を引かれる想いでひた走る。
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「ワーオ。凄いスプラッタ」
クラネル君の声をたどってダンジョンを下っていく道中。そこかしこには無惨にも切り刻まれたモンスターの死体が転がっていた。
「うーむ。ガイシャは身体を滅多刺しにされている。犯人は相当興奮しているに違いない」
死体を足で転がしながらプロファイリング。おそらく犯人は十四歳か十五歳、背は僕より高くて白髪に赤い目をしている可愛い顔の男だ。なんて恐ろしい。ジェイソンやフレディに並ぶ凶悪犯だ。さっさと逮捕して連れ帰らなきゃ。
「え、6層にいるの?」
無茶するなぁ。チュールさんから散々口酸っぱくもっと慣れるまで5層より下には行くなと言われているのに。この間僕が落っこちた時は上ミノを倒した後は褐色ちゃんズから逃げるので気にしていなかったけど、確かここからは遠距離攻撃だの危険な刃物だのを持ったモンスターが出現し始めるそうだ。防具もつけていないのに。
階段を降りて六層に降り立つ。チュールさんに言ったら怒られるだろうなぁ。でも怒られるのも悪くないなぁ。でもチュールさんはもうちょっと好感度稼いで再アタックしたいし怒られるのはダメかなぁ。
「うおおおおおお!」
色々考えていると鼓膜を殴りつけるような雄叫びが入り込んできた。うるさ! 耳の澄しを解いて角を曲がると、なんか真っ黒な人型のお化けが腕? を振り上げて何かに集っていた。
何だっけ? チュールさんに教えてもらった6層のモンスター。バトルシャドーだかシャドームーンだか、そんな名前だったはず。長い腕の先にある指がナイフのように鋭くなっていて危ないらしい。上のゴブリンやコボルトみたいな爪だの牙だの原始的な攻撃手段しかない中型動物程度のとは違う、本格的に危ない凶器を持つ最初のモンスターだとか。
で、そんな連中が襲っているのは指名手配犯のベル・クラネル君。がむしゃらにナイフを振り回しているように見えてシャドームーンたちを的確に捌いている。やっぱり才能あるね。
クラネル君の戦いぶりを観察して、こいつらが別に実態が無くて物理攻撃は効かないとかの類ではないことを確認して僕も攻撃する。
「あらよっと」
後ろから動体に向けてキック!
「ーーーーー!?」
なんだかスライムを蹴っ飛ばしたようなプルンとした感触だ。そしてスライムのようにブチルンッと胴体が真っ二つになった。でも流石に再生能力はスライムとはいかないらしい。そのまま死んだ。
「え!? マサシ!?」
「クラネル君集中!」
「わ、わかった!」
囲まれてるんだから気を抜かないでもろて。
「えい。やあ。とお」
回し蹴り三回で五匹倒した。と、顔に向けて爪が伸びてきた。うわ、上のどのモンスターよりも速い。怖いね。紙一重で回避し、その腕を掴む。
「うおりゃ」
そしてそいつを振り回して周りの奴を薙ぎ倒す。こりゃいい武器だ。と、思っていたのも束の間。一回振り回しただけで手首が千切れて本体はどっかに飛んでいった。
残りはクラネル君の周りの三匹だけかな?
「ぐあッ!」
クラネル君はクロスカウンターでシャドームーンの顔面をぶち抜いていた。ええ、何それえげつない。フェイタリティだ。
そして腕を引き抜きながらダッシュしてナイフで手前の奴を袈裟斬りにし、更にその勢いを殺さずにもう一匹の首を切り裂いた。
なんか、ちょっと前より全然強くなっていない? あれかな、僕と違ってステイタスがちゃんと上昇してるのかな? そうでなきゃちょっと前までコボルト程度でヒーヒー言っていた人がこんなに素早く力強く動けるとは思えないし。羨ましいね。
「ハァッ……! ハァッ……!」
クラネル君は体全体を使って乾いた息をしているように見える。まああの店から出て結構経っているし、その間ずっと戦いっぱなしだとするとそりゃ疲れるよね。
「気はすんだ?」
そう尋ねるとクラネル君はぬるりと振り向いた。うん、目の下に疲れが出ているよ。身体中ボロボロだし。ナイフ一本でよーやるわ。
「まだ………まだ」
「は?」
「まだまだ………全然足りない………まだ、戦い足りない!」
なんか、とんでもない言葉言い出した。
「待って待って。クラネル君、そんなに戦うの好きだったの? いや、別に君が良けりゃ僕は構わないけどさ、ヘスティア様が心配しているよ? 早く帰って安心させてあげようよ。そんでグッスリ眠ろうよ」
近寄って腕を掴むと振り払われた。傷つくなぁ。
「僕は! 心のどこかで甘く見ていたんだ! 英雄って存在を! でもあの店で思い知らされたんだ! 僕がどれだけ弱くて、愚かで、思い上がっていて、傲慢で、愚図で」
「待って待って待って待って待って。何でそんなにネガティヴなの? と言うか英雄? 何のことかわからない。ちょっと落ち着いて」
めんどくせぇなぁ。ぶん殴って気絶させて持って帰った方が早いか?
「僕は……あの人に、アイズ・ヴァレンシュタインさんに憧れたんだ」
「うん」
「僕が逃げ惑うしかなかったミノタウロスを一瞬で倒したあの姿に……憧れたんだ」
「うん」
「でも今の僕はただ浮かれているだけのガキなんだ。こんなんじゃアイズ・ヴァレンシュタインに、英雄になるなんて、ただの幻でしかないんだ。それを、あの店で思い知らされて、友達も一緒に貶めることになって、情けなくて」
「うん」
「僕は………英雄になりたい。かっこよくて、強くて、大切な人たちを守れる英雄に。それが、大切な人を守れなかった、ただ、お爺ちゃんが殺されたって話を聞かされて、絶望に打ちひしがれるしかなかった、僕がやらなきゃいけない、叶えなくちゃいけない、夢なんだ」
「うん」
クラネル君は地面にうずくまって嗚咽する。その姿はボロボロで、傷だらけで、酷く惨めで、だけど、ちょっと輝いて見えた。
(いいよね。夢が見れて)
羨ましい、僕はクラネル君が羨ましくて仕方がない。話なんて聞くんじゃなかった。柄にもなくガチで傷ついている。
「…………ちょっと耳障りな事言うね」
「うん……」
「夢を見るならさ、現実も見なくちゃ。別に夢を諦めろって意味じゃ無いよ? 夢に真剣な人っていうのは夢を諦めた人以上に現実を見るものだと、思うよ」
「うん……」
「君の現実を直視してみて。マトモな防具をつけていない、ポーションの一本すらない、あるのはナイフ一本だけ。ちゃんとした準備をしていないどころか、お酒も飲んで体調も万全じゃないよね? 現実を見ずにやけっぱちに突撃してきただけだよね? それは夢に真剣とは、言えないんじゃないかな?」
「うん……」
僕はクラネル君の腕を掴んで立たせる。
「今日はもう帰ろ? 帰ってゆっくり休んで、ちゃんと準備して、また来ればいいよ。大丈夫。夢はまだ逃げないよ。君にはたくさん時間があるんだから、さ」
クラネル君を支えて帰路につこうとした時だった。ダンジョンの壁一面に網目状に無数のヒビが入る。それは僕たちの視線の先の先のまで伸びていて、末が見えない程だった。そして、割れた壁の下からは無数のモンスターが溢れてくる。
これがモンスターが産まれる方法だ。ダンジョンはただの深い洞窟というだけでなく、モンスターのお母さんでもあるわけだ。
「突破は……うーん、無理そうだね」
「マサシ、ゴメン………! 僕なんかのせいで」
「そのゴメンは別件でとっておいて。さあクラネル君。ナイフを構えて」
今日は徹夜かなぁ。