我は天使であり詩人である 作:草加スマイル
冒険者の朝は早い。早くに家を出てダンジョンに潜り、それぞれの決めた就業時間までにモンスターを狩ったりダンジョン内の探索したりする。モンスター狩りは主な収入源でありステイタスを鍛える修行。探索はより下の層へ潜るための慣らしだ。下に行くほど環境そのものが過酷になるらしいので。
それで、我らヘスティア・ファミリアも朝早くから家を出てダンジョンに向かう。まだ朝日が登り始めた街道を歩く最中、僕は見るだけで人を殺せたらいいなぁ、と思いながらクラネル君を凝視していた。
「マ、マサシ。その……何か言いたいことでも……」
「………」
「ご、ごめん。なんでもないっ」
今朝、誰よりも早く起きた僕が向かいのソファで寝ているクラネル君を起こそうと近寄った時、見てしまったのだ。彼の掛け布団が普通より大きく膨らんでいて、その下で愛する女神様がクラネル君に乗っかって幸せそうに寝ているのを。
クラネル君をぶん殴りたくなる衝動を抑えた。ヘスティア様の目の前で理由もなく人を殴るわけにはいかない。だから普通に揺り動かして起こし、ヘスティア様が起きないよう慌てる彼を制しながらソファからゆっくり出し、家を出た。
(八つ裂きにしても飽き足らない。いっそダンジョン内で……ダメだ、人殺しを嘘をつかないように誤魔化すのは限界がある)
聞くところによると神様ってのは人の嘘を見破れるらしい。クラネル君をどうにかするのは簡単だがヘスティア様に詰められればバレる可能性大だし、そうなったら嫌われてしまう。我慢だ。
男の嫉妬は見苦しいって? 気持ち悪いって? うるさい。ヘスティア様の心を鷲掴みにしているクラネル君が悪いんだ。
腰ベルトのナイフを抜きたくなる衝動、変身したくなる激情を抑えながら歩いているとクラネル君が突然立ち止まって辺りをキョロキョロと見回す。
「? どうしたの?」
「あ、いや。何か、マサシとは別に視線みたいなものを感じて……」
漫画の達人みたいなこと言うね。辺りには我々と同じように早くからダンジョンに向かう冒険者、荷運びする人や店の準備をする人とか色々いた。
「うーん、気のせいかな」
「気になるなら僕のパーカー貸そうか? フード付いているから視線が気になるなら被れるよ」
日本から持ってこれた数少ない品の一つ。別に拘ってないから人に貸すのもやぶさかでもない。
「え。あ、ありがとう。き、気持ちだけ受け取っておくよ」
なんで微妙そうな顔するんだよ。水色地で胸に黒いハートがデカデカと描いてあるナイスデザインだぞ。まあいいけど。
「あの」
ふと声をかけられたので横を向くと、そこに銀髪、灰色髪? の女の子がいた。ウェイトレスの服着ているし、その辺の店の店員さんかな。しかし素朴な感じで可愛い。
ファック…………………………したくない。なんだろう。このレベルの美少女、普段の僕なら一にも二にもなくナンパしたくなるはずだが、この子は手を出しちゃいけない気がする。理由はわからないけど。
「あ、はい。何ですか?」
対応はクラネル君に丸投げしよう。この子も彼の方向いているし。
「これ、落としましたよ」
女の子はクラネル君に魔石を差し出した。モンスターの心臓とも言える器官で我々冒険者は殺したモンスターからこれを摘出し、ギルドで換金して金を稼ぐのだ。
「え? あ。すいません、ありがとうございます。おかしいな、換金し忘れていたかな?」
クラネルくんは首を傾げながら魔石を受け取る。換金し忘れなら良いけど袋に穴が空いていたら困る。後で縫っておこう。
「あの……お早いですね。お二人は冒険者なのですか?」
「ええ、はい。まあ発足したばかりの駆け出しファミリアですけどね」
「と言うことは、やはりこれからダンジョンに行くんですか?」
「はい。ちょっと二人で頑張っちゃおうかなって」
クラネル君と女の子の会話はなんとなくぎこちなさを感じる。まあ可愛い顔してあまり女の子慣れしてないからね、彼。
「先に行っていようか?」
女の子との会話邪魔するのもあれだし、このまま彼女とクラネル君が仲良くなればヘスティア様に付け入る隙が出るかもしれんし、そう提案した。
「え! ち、ちょっと待」
その時クラネル君の腹の虫が鳴いた。ヘスティア様が上に乗ってて慌てたから朝飯抜いてきちゃったんだよね。思い出したらまたクラネル君への殺意が湧いてきた。やっぱりダンジョンで始末しようかな。
「うふふ。お腹、空いていらっしゃいるんですね」
女の子はクスクスと笑いクラネル君は俯いた。可愛いんだけど………可愛いんだけど、なぁ。
「ちょっと待っててくださいね」
女の子はそう言って小走りに近くの酒場に入って行った。程なくして戻ってきた彼女の手にはバスケットが二つ。
「これ、どうぞ。まだお店やってなくて、賄いとかじゃないんですけど」
「ええっ! いや、悪いですよ! それにこれ、貴女の朝ごはんなんじゃ」
直接話していたクラネル君はともかく僕の分まで? まあ単に気を遣えるのか、性格悪い子って思われたくなくてついでに持ってきてくれたのかは知らんけど。
「ありがとうございます」
この子は近寄り難いけど、まあご飯くらい貰っておくか。
「ちょっとマサシ! 何普通に受け取ってるの!」
「私、空いた。お腹」
「片言!?」
「うふふ。お二人とも、仲がよろしいんですね」
また女の子が笑った。
「では、其方の方が受け取ったので、ちょっとした対価をいただきたいと思います」
「え? 後から請求するタイプ?」
走って逃げようかな……。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。私、あそこのお店で働いているんですけど、今夜お二人で来てください」
女の子はさっき入って行った店を指差す。通りに面した酒場だからぼったくりではないと思いたい。
「むう、わかりました。貴女のセールストークに乗りますよ。今夜、お邪魔させてもらいます」
クラネル君が笑って言う。今夜は久々の外食か。ヘスティア様も誘わないと。
「ソフトドリンクありますか? 酒、飲めないんです」
未成年だからってのもあるけど、以前興味本位で飲んだ時にビール350一缶でベロベロになり、危うく人前で変身しそうになった事がある。以来酒は避けているんだ。ダジャレじゃないよ?
「あら、まあ。大丈夫ですよ。ちゃーんと用意しておきます」
女の子が猫みたいな意地悪な笑みを浮かべながら言った。馬鹿にされちゃったなぁ、仕方ないけど。
「僕、ベル・クラネルって言います。貴女は?」
クラネル君が自己紹介。
「シル・フローヴァです。ベルさん。それで、貴方は?」
え、言わないとダメ? なんかこの子に名前覚えられたくないんだけど、
「……………………………………………………武田信玄」
「何その間!? それに誰だよタケダシンゲンって! 違うでしょ!」
クラネル君に突っ込まれてしまった上にまた女の子に笑われた。誤魔化すのは無理か。
「鎌堂マサシです」