我は天使であり詩人である 作:草加スマイル
頰を膨らませたフローヴァさんにガクガクと前後に揺さぶられていた時だった。
「ご予約のお客様方の到着ニャー!」
もう一人の猫耳従業員さんがクルクルと踊るように回りながらそう告げた。ゾロゾロと出入り口から入ってくるのは一目で凄いとわかる人たち。前を歩くのは赤髪のイケメン………いや女の人だな。臍だしルックのイケメン系女子だ。
その後ろには子供に見えるが爽やかな微笑みの中に威風堂々とした空気を纏った美少年。山が丸ごと歩いているかのような気配のおじ様。女神様と見まごうほどの美人さん。銀髪の超がつくイケメンのおにーさん。
そして…………あ! 上ミノを返り討ちにした時に襲ってきた褐色ちゃんズ! クソ、ここじゃパイオツ揉めないじゃないか。タイミング見てナンパして外に連れ出せたりしないかな。
そして特に目立つのはクラネル君と一緒に僕を探してくれたらしい金髪の凄い美人さん。アイズ・ヴァレンシュタインさんだっけ? 相変わらずの薄着で素晴らしいパイオツと腰つきがよくわかる。
う〜。みんなファックしたい。
「おい、あれ見ろよ」
「え? うおっ! 凄え美人!」
「そっちじゃねーよバカ! エンブレムだ!」
「おおっ! ロキ・ファミリアだ!」
「巨人殺しの一党……」
店内が一瞬で静まり返り、俄にざわつき始める。それだけあの人達が注目されてるってこった。
「ところでクラネル君。何で僕の後ろに隠れるの?」
「だ、だって恥ずかしいじゃん………!」
何を恥ずかしがる必要があるんだ。服掴まないでよ。背中に頭当てないでよ。まだ僕の分の飯沢山あるんだからさ。
「あ」
ふと、ヴァレンシュタインさんと目があった。僕の美貌に見惚れ………たわけじゃなそうね。見たことある顔があったからちょっと止まっただけだ。適当に会釈しておく。
「………」
ヴァレンシュタインさんも軽く会釈してファミリアの流れに戻り、案内された席に着いた。そして次々に彼女らの元へ運ばれる料理や酒。一体我々の一月の稼ぎの何倍の値段がするのだろうか。あの海老うまそう。
「みんな! 遠征ご苦労さん! 今日は宴や! 思う存分飲めェーッ!」
イケメン女子が音頭を取るとロキ・ファミリアの人たちは一斉にジョッキを掲げてぶつけ合った。そして飲んで食っての大騒ぎ。それに釣られてざわついていた他の客たちも「負けていられない!」と言わんばかりに騒ぎ出した。
「うう……どうしてアイズ・ヴァレンシュタインさんがここに……」
僕の肩越しにロキ・ファミリアの様子を伺うクラネル君。そこへフローヴァさんが反対の肩越しにクラネル君に囁き声で答える。
「ロキ・ファミリアの皆さんはうちのお得意様なんですよ。主神のロキ様がいたく気に入っていられまして……」
あふん。耳がくすぐったい。囁き声って苦手なんだよなぁ。ASMRでも悶えるくらい身体中がモゾモゾするんだもの。
「よかったねクラネル君。ここに通えば美人の従業員さん達だけじゃなくて好きな人にも会えるよ」
「ちょっ、ちがっ、そんなんじゃなくって!」
「え! ベルさんってアイズさんのことが?」
僕は応援するよ。君が他の女の子と付き合えばヘスティア様がフリーになるからね。我が女神様には悲しい想いをさせるだろうがそこへ僕がハンケチーフを差し出してハートをいただくって寸法よ。
「ひとまず飯を食べながらナンパの仕方を教えてあげよう。あー言うタイプはあまり恋愛に興味なさそうと見えるから、結構粘る必要があるかも」
「マ、マサシさん! ベルさんに変な入れ知恵しないでくださいね!」
「あわわわ……」
慌てふためくクラネル君と肩を組んであれこれ教えようとするとフローヴァさんが邪魔をしようとしてくる。別にヴァレンシュタインさんでもフローヴァさんでもいいけど、ハードルが低そうなフローヴァさんの攻略をさせるのが安牌か? いや、ヴァレンシュタインさんが覚醒してメンヘラになってクラネル君をギチギチに束縛するって可能性もある。うーん、悩ましい。
「そうだ! アマゾネスども! お前らあの話しろよ!」
「あの話?」
どうやらあっちはあっちで面白い話をするようだ。今はフローヴァさんを捌きながらクラネル君を恋愛マスターに改造するのに忙しいんから、盗み聞きなんて悪いことはしない。
「テメェ、クソ狼。あれを思い出させたら尻尾を固結びにすんぞコラ」
「いいや! あんなに笑ったのは久々だぜ! たしか6層だったか? ミノを追いかけていた筈のお前らが、コオロギみてーな虫にまみれていたの!」
「うぎゃあああああ! やめてよおおおおお!」
あ、うん。聞こえちゃった。僕のことだね。ちらりと見ると、あの銀髪イケメンおにーさんを褐色ちゃんズが睨みつけていた。
「これやめないかベート。虫の話など酒が不味くなる」
「でも二人が遭遇したっていうモンスター、戦う素振りも見せずに逃げたんだろう? ティオナに遅れを取らない力がありながら、どう言うことなんだろうね」
それは私めがモンスターじゃないからです。
「ぐうううう! あいつ次見たらコテンパンにしてやるんだから! 新しいウルガが届いたら探しに行く!」
「八つ裂きにしてやる……!」
おお、怖い怖い。変身してあの二人に会ったらパイオツは諦めて逃げに徹することにしよう。必要もなく寿命を短くする意味もあるめえ。
「それでな、クラネル君。食べ物をプレゼントする時は気をつけるんだぞ。好みの問題もあるがアレルギーってやつもある。痒くなる程度でも印象悪くなるが呼吸困難になるほどになると最悪だ」
「アレルギー?」
クラネル君への恋愛講座に戻るとしよう。
「けっ! じゃあもう一つ面白い話しようぜ! おいアイズ! アレだよアレ! わかんだろ!?」
「アレ……?」
話題が切り替わるらしい。よかったよかった。
「5層でよ! ミノ野郎の最後の一匹、お前が仕留めたよな! その時にいた情けねえトマト野郎!」
ん? オラリオにはトマト人間なんて人種もいるのか? それはちょっと興味あるかも。これは聞き耳を立てちゃう。
「あのいかにも駆け出しって感じのひょろくせぇガキの冒険者! 腹抱えて笑いそうになったぜ! 兎みてーにガタガタ震えながら壁際に追い込まれてよ!」
何だ? 兎でトマト? 一体どんな人種だ? 新手のオルフェノクか? 確かにツクシだのオクラだののオルフェノクはいたらしいからトマト・オルフェノクがいてもおかしくはないが。
「そこをアイズが間一髪でミノを細切れにして助けてやったんだがよ! その時にあのクッセェ血を頭から被ってトマトみてーに真っ赤になってやんの! くひひっ!」
ああ、それでトマトか。
…………………………って、アイズ・ヴァレンシュタインさんに助けられたって、それクラネル君のことか? 様子見と顔を見ると………真っ青になって震えているな。
「アイズ! あれ狙ってやったんだよな!? そうだと言えよ! ギャハハッ!」
「そんなこと、ないです」
色々なところから笑い声が溢れてきてるね。まあ確かに笑える話ではあるね。当事者からしたらたまったもんじゃないけど。
「ハハハハッ………。だがその後は胸糞悪ィったらなかったぜ。あのトマト野郎、礼も言わねえで血まみれでアイズに縋り付いてよぉ、仲間が落とし穴に落ちたんですぅ! どこかで見ませんでしたか! だとよ」
そこでおにーさんの声のトーンが下がった。本当に不愉快、ゴキブリに遭遇しましたって感じの声色だ。
「上層で落とし穴? その、冒険者の仲間は随分とレアな災難に遭ったんだね」
はい。レアな災難に遭ったレアな男こと鎌堂マサシです。
「アイズもわざわざ探すの手伝って、結局見つからなかったんだろ? 無駄足踏ませやがって、なぁ?」
「………あの子が探していた仲間とは、あの後合流できました。一足先にギルドに戻っていたので。ちゃんとお礼もしてくれました」
「ほお! じゃあアレか! 穴に落ちた奴は一人でさっさと逃げ帰ったクズってこった! 腰抜けにクズ! お似合いなコンビだなぁオイ!」
うひ〜、恥ずかしい。
「ハアッ ハアッ ハアッ」
「ベ、ベルさん?」
うん? クラネル君過呼吸になってるね。うーん、そんなにショック受けるような話かな? 失敗談なんて笑い話になってナンボだろうに。
「情けねえカスどもだ。片やモンスターにガタガタ震えて、片や落とし穴に落ちる間抜けのクズ。あー言うのがいるから俺たち冒険者の品位も下がるってモンだぜ」
「いい加減その臭い口を閉じろベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際、そして孤立した状況で自身の安全を優先するのも当たり前の判断だ。巻き込んでしまった冒険者たちに謝罪することはあれ、陰口を叩いて酒の肴にするなど言語道断。恥を知れ」
美人さんが諌めたな。
「ハッ! 高潔なエルフ様はお優しいこって! だがそんな救いようのねえゴミどもを擁護してなんになる? そいつはテメェが良いモンでいたいっていう自己満足だろ? え? ゴミをゴミと言って何が悪い」
「これやめえ二人とも。酒が不味くなる」
喧嘩に発展する前にイケメン女子がやめさせる。
「なあ、アイズはどう思うよ? 臆病者と卑怯者が俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「あの状況では仕方がなかったと思います」
「お前までいい子ちゃんぶりやがってよ。じゃあ質問を変えるぜ。あのガキどもと俺、ツガイにするならどっちだ?」
え? それもしかして口説き文句? さっきまでのアレはもしかして布石のつもり? どうしよう、あのおにーさんにも恋愛講座が必要かもしれない。でも顔見知りですらないしなぁ、お近づきできないよ。
「ベート、君、もしかして酔ってる?」
「るっせえ。ほら、言えよアイズ。雌のお前はどいつに尻尾振って、どの雄にめちゃくちゃにされたい?」
うがぁ、顔から火が出そうだ。これが共感性羞恥ってやつか。こんなの口説き文句じゃないよぉ、ナンパですらないよぉ。僕は顔を伏せてカウンターに突っ伏した。
「そんなこと言うベートさんだけはごめんです」
ほらフラれた。
「無様だな」
「黙れババアッ。じゃあ何か、お前はあいつ等に好きです愛してますって言われたら受け入れるってのか? あ?」
やめてくれー。やめてくれー。
「そんなの有り得ねぇよなぁ!? 自分より弱くて、軟弱で、臆病で、救えない、気持ちだけが空回りしている雑魚が隣に立つなんて、他ならぬお前が許さねぇよなぁ!?」
「雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ!」
バンッ!
「え?」
隣で何かを叩きつけるような音がしたので見てみると、クラネル君の姿がなかった。
「ベルさん!?」
フローヴァさんが立ち上がったので目で追うと、彼女の向かう先にクラネル君の背中が見えた。彼はテーブルの間を駆け抜けて出入り口へ………………………って。
「クラネル君! まだ支払い!」
僕も追いかける。割り勘って約束だったじゃん。せめてお財布だけでも、ああ、姿が見えなくなった。
「ニャニャニャ〜? お客さん、なーにか、忘れてないかニャ?」
茶色い猫耳従業員さんが出入り口の前で立ちはだかった。
「ニャーニャーニャー? まさか、まさかとは思うんだけど〜〜〜? 『く』で始まって『げ』で終わる、悪ーいコトをするつもりじゃ、ニャいよニャ〜〜〜〜〜?」
後ろから抱きつかれた。声からしてさっきの黒髪店員さん。しかし手つきがいやらしい。僕の太ももを舐めるように撫でている。
「まっさかー。僕生まれてこの方悪いことなんて……………なんでもないです。ちょっとツレを呼び止めたかっただけです」
悪いことしたことないはダメだ。嘘になる。未成年飲酒はしてるし、人殺しや同族殺しも結構やっちゃってるし。
「どっか行っちゃったし諦めるニャ。追いかけるなら飯代払ってからにするニャ」
「まだ残ってるんで食ってからにしますよ」
「よろしい。ニャ」
踵を返してカウンターの方へ戻る。うーん、お金足りるかな?
「ところで、ステキな黒髪のおねーさん」
「ニャ!? ニャにかなニャ?」
僕は尻を触ろうとしてくる彼女の手を掴み、頭頂部にある猫耳に口を近づけてささやく。
「お触りは、お店が終わった後に、二人っきりで、どうです?」
「はうニャっ!?」
おねーさんはひっくり返った。