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僕は休憩を過ごした後、待っていてくれたマカロさんに案内されて図書館の書架の一画にやって来た。
「トルテくんには僕と一緒に本の整理をして貰うよ。
見ての通り、今回は新しく棚に追加する本もあるからね」
マカロさんは書架に入れるたくさんの本を持って来ていた。
「……と言う事で、本を入れるために棚の本を移動させて貰えるかな。並びもあるから僕の指定通りに動かしてくれたら助かる」
「分かったよ、そう言う事なら」
彼に言われたように僕は作業に取り掛かる。
仕事自体はそこまで難しいものではなかった。最初の内は普通に、順調に作業を続けていた。
(ここに置かれている本は、歴史関係の本みたいだね。それでも……こんなに沢山あるだなんて)
内心そう考えて作業する中、ふいにマカロさんが近くに寄って来てこんな話を切り出す。
「……ところでトルテくん」
「うん?」
「好奇心での質問なんだが、さっき休憩中何を読んでいたんだい? 呼びに来る時に本を読んでいるのが見えたから、気になっていてね」
聞かれた質問。僕は簡単に答える。
「魔界の歴史に関する本を……ね。一体どんな歴史を辿って来たのか気になったから」
元々シフォンが借りていた本だった。それで僕もつい手に取って読んでみたんだ。
「──なるほど」
マカロさんは一言呟いて、それから……こんな話を僕に振って来た。
「ちなみに……トルテくんは魔界の歴史について、どれくらい知っているかな。本を読んだなら幾らか分かったのだろう?」
そんな質問に、僕は苦笑いで答えた。
「実を言うと、あまりピンと来なかったって言うか。元々本を読むのも少なかったし、それにあの本の内容も結構複雑で難しかったしさ」
読んでみるとかなり難解で、僕にはあまり理解出来なかった歴史書。シフォンはよくあれが読めたよね。さすが魔王さまの娘だけあって、教養も深いんだろうな。
「ふむふむ、そう言うことか。なら……そうだね」
マカロさんは僕と向き合ったまま、こう言った。
「作業中ではあるけれど、せっかくだ。良ければ僕が魔界の歴史について簡単に解説しよう。
簡単にとは言っても、普通の魔族さえ知らない歴史の部分もある。良い勉強になると思う、もし良ければで構わないけれどけれど」
そんな彼の提案。
後、普通の魔族が知らない歴史? そう言われると興味も湧いて来たし、知りたいとも思った。
「なら、お願いするよ。簡単に教えてくれた方が僕でも分かると思うし」
僕が答えると、マカロさんは了解したと言って、解説を初めてくれた。
「──僕達が暮らす魔界と呼ばれるこの世界は、遥かな昔、神々同士からの戦いから始まったとされている。
破壊神の伝説、トルテも昔話で聞いた事があるのではないかな」
その話ならちょっとだけ知っている。僕は頷いてこたえた。
「小さい頃におとぎ話として聞いた事はあるよ。でも、おとぎ話はおとぎ話でしょ?」
マカロさんはそれを聞いて可笑しそうにくすくすと笑う。
「ふふっ、やはり普通の認識だとそうなるか。
……多くの魔族はトルテと同じようにただのおとぎ話と思っているけれど、その伝説は魔界創世期に実際に起こった事なんだ」
「!!」
それにはちょっと驚いてしまった。伝説が……本当だったなんて。
「村のみんなも、伝説のことは作り話だって……そう言ってたけど、本当にそうなの?」
「もちろん。それに魔界だけじゃない──世界は他にも無数に存在し、誰にさえ理解出来ないくらいに全ては広大なんだ。この事も多くの人々はおとぎ話と思っているけれど本当のことだよ。
ここだけの話……魔王さまを始めとしたごく一部の魔族は、そうした異世界を行き来する力も持っているのだから」
「うそっ!? それも……本当なの?」
「トルテくんは驚く反応が面白いね。むろんそうだとも、この図書館にも異世界に関する書籍がいくつも置いてある。機会があれば読んでみるといい。」
僕達がいる魔界以外にも、別の世界がある。……それもまた本当のことで。
(そう言えば前にエクレさんが、太陽花は魔王さまが発見した異世界の花だって言っていたっけ。あの時は冗談か何かだと思っていたけれど、実際の話だったんだ……凄いな)
そう僕が思っている中、マカロさんは話の続きをしてくれた。
「世界は無数にあり……そしてその世界一つを思うように作りかえ、支配出来るほどの力を持った、意思を持つ高次元の存在もまたいたんだ。
──『神』、その存在はそう呼ばれていたらしい」
神……誰も見たことはないけれど、おとぎ話で語られる至高の存在。そして──
「多分トルテくんも話で知っているだろう、神の中で絶大な力を持つ一人の神が存在した事を。
だが、それはその力を破壊のために使い、思うがままに数え切れないほどの世界を破壊して回った。いつしかその神は破壊の神──破壊神として呼ばれた。
破壊神の存在は世界にも、他の神にとっても脅威で安寧を脅かすものだった。本来神と神は自己完結した存在で互いに関わる事はない。けれど大きな脅威を前にして、多くの神が協力して破壊神に立ち向かった」
「……壮大な戦いだね」
マカロさんは頷く。
「壮大なのは間違いないだろうね、想像なんて出来ないほどに。
世界と世界の狭間で破壊神と、神々の連合は激戦を繰り広げた。一人ひとりさえ世界を自在に出来るほどの力を持った神が戦いで多く犠牲になり、いくつもの世界が巻き込まれて消滅した。けれど、大きな代償の果てについに破壊神を倒すことに成功したんだ。
けれど、神は完全に消滅させる事は出来ない。そして神の中でも絶大な力を持つ破壊神、倒されて身体は砕けて分散し……新たな世界そのものとして再構築された。
誕生した世界こそ──僕達がいる魔界と言う話さ」
マカロさんの話す通り、これが魔界創世の神話……人々に伝わっているおとぎ話の内容だった。でもそれが実は本当の事だって言うのは、ちょっとだけ信じがたいかもだけど。
一通り話し終えた彼は僕に軽く微笑みかけて、改めたようにしてこう話す。
「……とまぁ、ここまでの話、得意げに話しはしたものの……あくまで伝わっている魔界創世の伝承をかいつまんで話したにすぎない。トルテくんも知っている話を、また改めて説明する形になってしまったが。
ちなみにトルテくん、君の村ではこの伝承はよく伝わっているものなのかな?」
彼の質問に、僕は頷いてからこう答える。
「はい。ココア村ではよく伝えられている伝承なんです。僕も、幼なじみのムースや、他のみんなもよく知っているおとぎ話、童話みたいな……感じで」
「なるほど」
マカロさんは興味深そうに呟いて、それから妙な笑みを僕に向けた。
「君の住む、ココア村だったか。その村では知られている伝承みたいだけれど、実はその話は魔界全土で見れば、決して多く知られているわけではない。
言うなれば、地方に伝わる民間伝承に近いものなんだ」
「……へぇ」
ちょっとだけ意外かもな話。小さい頃から聞いたことがある魔界創世の話、実際は世間にあまり知られていない事だったなんて。僕がそんな感心をしている一方で、マカロさんは自分の顎に指先を当てて、何か思い出そうとしているようで。
「──ああ、そうだ」
ふっと、表情を緩めて彼は横目で僕に視線を向ける。
「ここまでの魔界創世の話、おそらくトルテくんは知っている内容だったと思う。
せっかく君と話が出来るわけだ。既に知っている事をただ解説するだけなのはつまらない、そこで──特別に、3つ、魔王さまを含めて一部の人々しか知らない魔界の真実を教えよう」
魔界の……真実?
「えっ? 真実……って、一体?」
「言葉通り、魔界では知られていない真実を3つ、トルテくんに教えると言うことだよ。
何、ちょっとした僕の思いつきだよ。気楽に聞いてくれて構わない」
少し妙な話になってきた。けれどそう言われると僕も興味が湧いて来たと言うか、気になると言うか。
(どんな真実なんだろうか? まぁ、せっかくだし聞いてみようかな)
「トルテくんも気になるようで良かった。……ふふっ、君の反応が楽しみだ」
「??」
やっぱり変な所があるかもしれない。マカロさんは、気にせず話を切り出す。
「さて、少し話は変わるけれど、トルテくんは魔獣の事を知っているかい?
突如として現れては、ただ何もかも破壊していく存在。公には正体不明の怪物とはしているけれど……僕達は既に正体は把握している」
魔獣──強大な力を振るって、全てを破壊しようとする存在で。僕も一度だけ遭遇した事がある。何なのか、実体があるのか……生き物かすら分からない魔獣だけれど。
「僕がさっき話した事を覚えているかい? 魔界──地形も、自然も、そして僕達魔族に至るまで、破壊神が元になって生み出されたものだ。
魔獣だって例外じゃない。破壊神が元々持っていた、強い破壊の衝動。それが形を持った物……それが魔獣の正体。だからこそ全てを破壊しようとする、元よりある本能のままに」
「……」
それが一つ目の真実と言うことらしい。別に思ったより驚くことはなかった。……まだ半信半疑だけれど、魔界そのものが破壊神が元になって形成されたと言うからには、魔獣の正体も順当な真相だと思う。
「ん? 思ったよりも驚いた様子ではないみたいだね」
「悪いけど、ね。さっきの話の流れからしてある意味当然の内容みたいな感じだったから。
ただ、少しだけ気になったことは……あったけれど」
「気になったこと?」
僕はうんと答えて、それから訊いてみた。
「まずは、魔獣の正体が分かっているなら、どうして秘密にしているか分からないと言うか。それに魔界も……僕達を含めて破壊神だったモノだよね? いくら魔獣が破壊神の破壊衝動が形になった物だとしても、自分自身を破壊しようとしている事になるんじゃないかなって。矛盾していると言うか」
これが僕の抱いた疑問。マカロさんは成程と、小声で呟いて。それから苦笑いを見せてから話を続ける。
「ははは、すまない。トルテくんの言う疑問は最もだね。
ただ、この辺りはこの先説明する二つ目の真実に関わるものだけれど、魔獣の正体も……そして魔界創世の神話が事実である事を公にはしていないのは魔獣以上に強大な、魔界全土そのものを脅かしかねないある『脅威』による人々の混乱を避けるためだ。それに魔獣の本能には破壊衝動もあるけれど、もう一つ。
全て破壊し尽くし、再び元の──完全なる破壊神の再生、復活を果たそうとする本能に従ってのこと」
「??」
どう言う事か分からない。
「破壊神の復活だって? けれど破壊神は倒されて、この世界になったわけだし……今更どうやったって元の破壊神の復活だなんて、本当に可能なわけ?」
「それは定かではない。しかし、魔獣とは異なり明確な意思を持ち復活を果たそうとする存在がいる。
二つ目の真実はその存在に関して。魔界創世より幾度に渡って世界を危機に陥れた『脅威』──破壊神、それは今現在に至るまで健在だと言うことだ」
「……えっ?」
いやいや、それはおかしい。破壊神は倒されたのに健在だなんて、いくらなんでも。けれどマカロさんもこっちが疑問に思っている事に気づいたみたいで、内容を付け足す。
「確かに破壊神そのものは倒された。けれど破壊神の魂は不滅で、仮初の実体を持ち蘇っては、魔獣を率いて魔界を滅ぼし、再び自らの肉体に構成して完全復活を遂げようと幾度も試みている。倒す事は出来ても魂は完全に滅ぼす事は出来ずに、数万年の周期で復活して魔界に脅威を与える。
これも秘密にされてはいる事だけれど、魔王の使命は復活した破壊神の討伐にある。現魔王であるシュトレ様も魔王に即位されたばかりだった一万年前、復活した破壊神を倒したこともある。
……どうかな、これには驚きだろう?」
「破壊神が……今でも、存在しているって?」
そんな話は聞いた事すらなかった。魔王の使命が破壊神を倒す事だと言うのも、初耳で。
「その通り。歴代魔王は代々、破壊神が復活するたびにそれを食い止めていた。
……ただ」
「ただ?」
マカロさんの様子が少し奇妙で、不思議に思って聞き返す。
「──」
わずかに沈黙。それからふっと奇妙な微笑みを投げかけて、話を切り出す。
「これまでの破壊神と、歴代魔王の戦いの数々。多くは復活する度に破壊神を倒して魔界の平和を維持していた。
……けれど唯一、最後の戦いは少し違っていた。──そう、今の魔王であるシュトレと破壊神との戦いだよ。彼はある特殊な力を持っていて、倒す寸前に破壊神を相手に……その力を使った」
言っている事がいまいち分からない。けれど話に含まれる妙な真剣さ、そして何か重要そうな感じが混ざっているようで……。
「一体どう言うこと? ……シュトレさんと破壊神の戦いで、何が起こったの?」
「ふふっ、トルテくんは気になるかい。それなら──」
マカロさんが話を続けようとした……その時に。
扉から軽いノックの音が数回聞こえた。
「……おや? 部屋に直接誰かが来るだなんて」
マカロさんは扉の方へと向かい、開けた。そこにいたのは……シフォンだった。
「ごめんください、マカロさん。一冊返し忘れていたから、ここまで戻って来ました」
彼女は僕の存在にも気づいたみたいで、にこっと笑顔を投げかける。
「ふふっ、トルテも! お取り込み中だったのかしら?」
「大したことは……ないよ。ちょっとだけ、お喋りをしていたと言うか」
「──そう」
微妙にだけれど、不思議な様子を含んだシフォンの返事。それからマカロさんに目配せして言った。
「せっかく二人でいるところ、ごめんなさい。でもトルテはもう十分お手伝いしたみたいだから……もう休ませても良いんじゃないかしら?」
「──! 僕は全然、そんなことは」
いきなりの彼女の言葉に、僕は驚いて否定しようとする。だけどマカロさんは……。
「おっと、僕としたことがつい気が利かなかったね。申し訳ない。
──トルテくん、途中になってすまないけれど、今日はここまでにしよう。部屋に戻ってくれて構わない」
さっきの話は気にはなる。けれど、そんな風に言われると仕方がない。
「……分かったよ。マカロさん、それにシフォンもまたね」
「お疲れ様、トルテ!」
「手伝ってくれてありがとう。また機会があれば、よろしく頼むよ」
マカロさんは手を振って見送ってくれた。
(部屋に戻っていいって言われたし、今日はゆっくり過ごそうかな。少しだけ本も借りたし、読書って言うのも──悪くはないし)
そう考えながら僕は、地下図書館を後にする。
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私は魔王城の図書館管理人、司書のマカロさんの部屋にいた。
「さて、せっかく僕が噂の下働き君……トルテくんと楽しくお喋りしていたのに。どう言った御用かな」
「さっき言った通り、本を返し忘れただけよ」
私は何気ないように応える。けれどマカロさんは可笑しそうにしながら……。
「ふふ、君が返した本はちゃんと全部揃っているとも。
それに返し忘れたのなら本を手にして来るものだろう? なのにシフォンは今手ぶらだ。──トルテとの話、続けられると不味かったかな」
彼の言葉に私はムッとなる。
「マカロさん──性格が悪いわよ。それが分かっていてわざとやった訳?」
「まぁまぁ。そう怒ると可愛い顔が台無しだよ。僕も君の父親でである魔王シュトレ、そしてガレット達とともに一万年前の戦いに加わった一人だ。ある程度の察しはつく。
それに別にからかった訳ではない。僕個人としても、トルテくんには興味があった。
実際に会って話もしてみたかった……それが本音だよ」
多分トルテに図書館の仕事を手伝ってほしかったのも、彼を調べたのも理由でしょうね。
「でも、肝心のトルテくん本人は全く気付いていなかったみたいだ。今の所は下働きとして置いているらしいけれど、魔王さまはどうするつもりでいるのやら」
「お父様にはお父様の考えがあるわ。それで十分じゃない」
マカロさんは思わせぶりな表情と、一息ついて。私を見据えて返事をする。
「なら、良いけれどね。シフォンも知っているように魔獣の活発化の著しさ、そして最後に破壊神を倒して一万年周期…………破壊神の復活はいつ起こっても不思議ではない。
その時──一体どうなるか」
「……そうね」
その事も分かっている。
──トルテ、私にとっての友達。だけどもしもの時には……。