「……zzz」
部屋のベッドで、遅くまで僕は眠っていた。
魔王城での下働き、忙しい仕事だけれど毎日ずっと仕事と言うわけじゃない。今日は休み。しかも五日間もの連休……激務続きだったからしばらくの休暇、みたいな感じ。
「うう……結構眠ったのに、まだ眠いな」
眠り続けて一旦、少しだけ目が覚める。
僕は仕事の疲れが溜まっていて、休みの内三日間はずっと自室のベッドで眠りっぱなしだった。
(せっかくの休み、本当ならココア村に里帰りしてムースに会いたかったのに……)
休みは前々から分かっていて僕は里帰りをする予定を立てていた。
けれど、タイミングが最悪で村の近場で多数の魔獣が群れをなして大出現した。最近、魔界全域で魔獣の出現が増加したせいみたいで……ムースと遠識の手鏡を使って通話した話では村そのものに被害は届かないようだった。が、軍による地域まとめての警戒強化と一時封鎖を受けて、村に直接行くことは出来なくなった。
(みんな無事そうなのは安心だけど、会いに行けないのはつらい。休みでも他にする事も思いつかないし……寝ているしかない、よね。
……目が覚めたし、また二度寝するか)
そう考えてベッドの毛布に潜ってまた眠りにつこうとする。……丁度その時。
部屋の扉からノックの音がした。
休みなのに誰だろう? そう思いながら扉を開けると、木精族の寮母、エクレさんがいた。
「休んでいる所、ごめんなさいね。トルテちゃん。
その顔と寝癖……ぐっすり眠っていたのね」
大人の女性って感じの、お淑やかな表情。僕は少し恥ずかしくなりながらも応えた。
「あっ、うん。けど全然大丈夫、何か用かな?」
何とかそう返すと、彼女はこんな事を言った。
「せっかくの里帰り、魔獣の出現で駄目になっちゃって、残念ね。
代わりと言っては何だけれど、良かったら私と一緒に……ハイキングなんてどうかしら?」
エクレさんからの、ハイキングの誘い。ちょっと驚きだ。
「ハイキングって? どんな感じの」
「ふふ、ちょっとしたものよ。近くの山に行って、上まで登って景色を眺める感じで。トルテちゃんの友達、シフォンちゃんも一緒なの」
「……シフォンも」
「うん。──城の中ではずっと若い二人に、見て欲しい景色があるから。きっと良い経験になると思うわ」
里帰り出来なくて、僕はもう休日中は寝て過ごそうとしていた。でも、考えればあまりに退屈だし、エクレさんがそこまで言うような景色。気にはなったんだ。
だから僕の答えは。
「なら僕も一緒に行くよ。友達が一緒なら安心だし、それに景色がどんなものかも興味があるし」
エクレさんは嬉しげに微笑んだ。
「良かった。それなら外に出かける準備、お願い出来るかしら?
私も色々と用意するから、一時間くらいしたらまた迎えに来るわ」
こうして僕はハイキングに行くことになった。
軽いものだと思っていたハイキング、けれどそれは……思っていたものと大きく違っていたと、後で思い知らされた。
────
僕とエクレさんと、そしてシフォン。
「トルテも一緒なんて嬉しいわ! よろしくね!」
「うん。僕も嬉しいよ」
シフォンと合流して親しげに話す僕。準備ももちろん、ちゃんと済ませてある。
開いた城の城門。エクレさんは木を彫って作られた杖を持って、僕たちに向かって言った。
「二人も揃ったことですし、早速行きましょうか。シフォンちゃんのワイバーンに乗って行くのも悪くないけれど、三人はちょっと重たいでしょ?
それに地上からの風景も楽しみたいし、だから──」
そう話すと彼女は杖を構えて詠唱する。魔法と思ったけれど、それとは別の術で。
「あれは……召喚術!」
召喚術、魔界に隣接する別次元の存在、幻獣を呼び出して使役する技だ。魔法なら魔力を持つ魔族なら誰でも使えはするけれど、召喚術は魔法とは比べ物にならないくらい複雑で、使える人はほぼ皆無。
エクレさんの前に円形の召喚陣が出現して、そこから半実体の、霧のようにゆらめく影が現れる。四本脚で大きな尻尾と耳を持つ、銀色でふさふさの体毛の──獣。
「トルテちゃんにはまだ話してなかったけれど、私は召喚術を操る数少ない存在、召喚士でもあるの」
彼女が呼び出した大きな獣……幻獣。それは僕とシフォンを済んだ水色の瞳で見据える。
「どう? 召喚術も召喚された幻獣も、普通じゃ見られないものよ?」
「そうかもだけどさ……シフォン。あれって襲って来たり、しないよね」
「ふふふっ! プディングを始めて見た時とそっくりな反応ね。
心配しなくても彼女は優秀な召喚士。安全は保証するわ」
改めて召喚された幻獣を眺めると、瞳も穏やかそうで襲って来る様子もない。
「幻獣フェンリル、この子なら三人乗せても風のように速く走れるの」
「……やっぱりこれに、乗って行くんだ」
緊張はした。けれど空飛ぶワイバーンにだって乗ったことがある、これくらい全然……平気だ。
僕たちはエクレさんが召喚した幻獣、フェンリルに乗って城を出た。
空を飛ぶプディングと違って、猛スピードで大地を駆けて走る幻獣。
「うわわ……わっ!」
走る揺れもそれなりで、しっかり捕まっていないと振り落とされそうな勢いだ。
「こう言うのも最高ねっ! モフモフして心地良いし、地上の景色だってこんなに近くで!
もちろんプディングに乗るのも大好きよ。でもやっぱり、幻獣に乗るのも良いと思わない?」
上機嫌で言うシフォン。
「すごいな、シフォンは。でもこうして流れて行く景色を見るのは、悪くないかも」
「でしょ? ……そう言えば、トルテはどうして山に向かうかって聞いてる?」
彼女からの問い。僕は正直に答えた。
「景色を見に行くのが目的だろ? どんな物を見に行くのか聞いてないけど、多分頂上から眺める地上の風景じゃない?」
「ふーん、やっぱりトルテは知らないんだ」
「……? 知らないって?」
「決まっているじゃない、これから観に行くものについて。
それは普通は見ることもない……とにかく凄いものなの」
そう言えば、エクレさんも何か特別なものだとは、話していた。
「ねぇ? トルテはそれがどう言うものか、知りたい?」
シフォンからの問いかけ。確かに何なのかは気にはなる。けれど──。
「ううん。せっかくだからどんな物なのか、直接見るまで知らないでおきたい。
……後でのお楽しみ、と言うこと」
「それが良いかもね。ふふっ、きっと一生の思い出になると思うわ」
やっぱり何か特別なものがあるらしい。見るまでのお楽しみ……と言うことにはしているけれど、やっぱり気にはなるな。
そうこう話しているうちに、エクレさんが僕たちにこんな事を……。
「二人とも、目的地が見えて来たわ!」
「えっ? でもハイキングに行くような山なんて、どこにも」
「よく見て、トルテちゃん。あそこに見える山がそうよ」
「──え。嘘、だよね?」
エクレさんに指し示された方向。そこは天高くそびえ立つ、積もった雪で白銀に輝く巨大山脈が見えた。
「トルテは初めて見るかしら? 魔界でも有数の高い山脈……シュガー山脈。あまりに高い山だから普通の人はまず近づかないような所なの」
「ちょっとした山だって言ったのに。あんな高い山なんて、登れるわけないだろ!?」
思っていたものと違ってエクレさんに言ってしまう。彼女は含み笑いを見せて返した。
「人の足で登れば……ね。けれど幻獣フェンリルならこれくらいの山でも簡単に踏破出来るの。寒さだって毛皮もあるし、思っているより大変じゃないわよ。
……まぁそれでも少し時間はかかるし、ちょっとだけ寒いかもしれないけど」
「エクレさんの言う通り! まぁ、私は百年前に修行で頂上まで登ったことはあるけどね。
トルテも多少鍛えた方が良いと思うし、いっそ歩きでも──」
「いやいや! さすがに無茶だって! 僕が保たないに決まっているだろ!?」
シフォンの無茶はさすがに僕も止めた。