魔王城の下働き   作:双子烏丸

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慈愛な気持ち

 

 ────

 

 僕たちを乗せた幻獣はシュガー山脈を疾走する。

 切り立った岩壁も容易く飛び越えて進んで行く。確かにエクレさんの言う通り、踏破は簡単かもしれない。

 

「……ううっ、やっぱり寒い」

 

 辺り一面真っ白で、吹雪が絶え間なく吹き荒ぶ斜面。確かに幻獣のおかげで乗りっぱなしで済むけれど、それでもこの寒さはなかなか辛い。

 普段の服だと耐えられなくて用意していた厚着を着てはいるけど、まだ寒いくらいで。

 

(かれこれ数時間走りっぱなしな気がするし、割りとキツいかも。シフォンは……)

 

 シフォンも、それにエクレさんも全然平気そうで。僕は思わずこう伝える。

 

「あの、さ。……もう結構登ったと思うんだけど、あとどれくらいで着きそう?」

 

 僕の質問にエクレさんが、振り返って答えてくれた。

 

「大体山の半分を超えたくらいかしら? だから頂上までは残りもう半分って所ね」

 

「……うげっ」

 

 ここまで来てまだ半分なんて、正直ショックと言うか。シフォンはそんな僕に声をかける。

 

「トルテはもしかして、辛い?」

 

「……ちょっと。この寒さは慣れてなくて、辛いって言うか」

 

「……そう。トルテは普通の人、だものね。辛いのは当然だわ」

 

 そうつぶやくシフォン。エクレさんも同じように考えたみたいで、こんな提案をしてくれた。

 

「なら一回休みましょうか。まだ時間には余裕があるから、休憩してから頂上まで向かいましょう」

 

「気持ちは嬉しいけど、こんな所で休憩なんて無理だって。それこそ凍えちゃうよ」

 

「大丈夫よ。私たちに任せてちょうだい」

 

 

 

 僕たち三人は山の上でも比較的平らな場所で幻獣を降りて、僕は幻獣の身体にくるまって吹雪をしのいでいた。

 

「……こんな場所で、一体どうしようって言うんだ?」

 

 エクレさんはまた杖を構えて、僕に微笑みを投げかける。

 

「まぁまぁ、ちょっと待っていてね。これを──こうして」

 

 彼女は何やら詠唱を始める。また召喚術みたいだけれど、フェンリルを呼び出したものとまた違う詠唱で、展開された魔法陣の文様も異なっている。

 

(一体、今度は何を呼び出そうと……えっ!?)

 

 詠唱が終わったと同時に、魔法陣から飛び出す何か。丸っこい何かが弾けるように……たくさん。シフォンも驚いているみたいで。

 

「こんなものまで召喚出来るなんて、驚きだわ! ちっちゃくて丸々してて、可愛い!」

 

 一度にたくさん召喚されて来たのは、白くて小さくて丸い、ぬいぐるみみたいな小人だった。

 手足も丸っぽくて、一頭身の身体……顔なのか? 口はなくて黒いつぶみたいな目が2つついていた。

 

「幻獣の一種、ノームって言うの。フェンリルのように速く走れたり強くはないけれど、こう見えて働き者なのよ」

 

 僕たちに説明すると彼女は特殊な言葉でノーム達に何か伝える。

 何を言っているか全く分からないけれど、どうやら幻獣には伝わっているようで。ノーム達は頷くような仕草をみせると早速作業にとりかかる。

 

 

 降り積もっている雪をせっせとかき集めて、固めて、何かを形作って行く。エクレさんが言うようにとっても働き者で、またたく間に固めた雪は形を成していって……そして何かが出来た。

 

「みんなお疲れ様。さぁ、元の世界に戻って大丈夫よ」

 

 再びエクレさんは魔法陣を召喚して、ノーム達はその中へと次々と入って消えて行った。

 本当にあっと言う間だったけれど、それよりノームが作ったあれは……。

 

「雪で出来た……ドーム、なのか?」

 

 雪で作られた何かドームみたいなもの。人が入れるくらいの入り口があって、中は大きく空洞が空いていて、それに煙突もある。

 

「後はシフォンちゃん、よろしくね」

 

「分かったわ。念のために用意して、良かったかも」

 

 シフォンはドームの中に入っていってバックパックから薪を何本か出して敷いた。そして魔法を使って炎を出して点火、焚き火をして煙が煙突から上っていく。

 

「何でも、カマクラ、と言うものらしいわ。これで中に入ればホカホカ。トルテもきっと気に入ると思うわ」

 

 

 カマクラと言うらしい雪のドーム。

 中に入るとさっきまでの寒さがウソのように暖かで、思わず一息ついた。

 

「ほんと……快適だ。雪で出来ているのが信じられないくらいだよ」

 

「とっても良いわねっ! ここでゆったり過ごすのも素敵かも」

 

 シフォンも焚き火の火にあたって温まっていた。エクレさんは彼女に話す。

 

「気に入って貰えてよかったわ。でも、休める時間は決まっているから程々にお願いね」

 

「分かっているわ。でも、せっかく焚き火もあるもの。美味しいものを食べながら過ごしましょう。

 トルテも、お腹が空いているわよね?」

 

「ずっと移動続きだから、少しね。一応少しはお菓子とか持って来たけれど、乗っているので一杯一杯で食べる暇なんてなかったし」

 

 僕が正直に答えるとシフォンは満足げな様子を見せて。

 

「そう! こんな事もあるんじゃないかって、とっておきを用意しておいたの!」

 

 彼女は再びバックパックを置いて、中から何か袋のような物を取り出す。シフォンが開けたその中身には白い何かが沢山入っていた。

 

「これって何? 白くて丸くて、モチモチそうで……美味しそう」

 

「魔界の街では人気のお菓子、マシュマロって言うの。このままでも甘くてモチモチして美味しいわ」

 

「なら早速食べてみようかな! ──あれ?」

 

 僕がマシュマロの袋に手を伸ばそうとすると、シフォンは持っていた袋を引き離した。

 

「何するんだよシフォン!」

 

「このままでも美味しいけど、せっかくだから特別な食べ方をしましょう。私に任せて、トルテ」

 

「……むぅっ」

 

 何かおあずけを食らった気分だけれど、言われた通りシフォンに任せる。

 彼女はワクワクした様子でマシュマロを、今度は幾つもの棒を取り出してその一本に突き刺した。それから棒に刺したマシュマロを焚き火に近づけてじっくりと炙る。甘い匂いが立ち込めて白い部分をこんがりと焼ける。

 十分に焼けた後、シフォンは棒を持ってそれを手渡した。

 

「寒い場所には熱々の焼きマシュマロ! さぁどうぞ」

 

 焼きマシュマロが刺さった棒を受け取って眺める。白くてモチモチなマシュマロは所々黒く焦げて、熱気の交じったいい匂いがした。こんな初めてな食べ物につい見とれているとシフォンは含み笑いをしながら言う。

 

「早く食べないと冷めちゃうわよ。見た目はあれかもだけど、味は保証するから……ね!」

 

 確かに見た目は少し気にはなるけれど、彼女に言われて僕は焼きマシュマロを一口。味は──。

 

「──んっ! 外側はアツアツだけど、中はとろける甘い触感で美味しいよ」

 

「トルテが喜んでくれて良かった! ……ふふっ。我ながら上出来ね」

 

 シフォンも焼きマシュマロを口に、美味しそうに食べている。エクレさんまで気に入ってくれたみたいで。

 

「シフォンちゃんの言うように美味しいお菓子ね。マシュマロは知っていたけど、こんな食べ方があるなんて。

 ──私の方も紅茶のためのポットとティーカップに、後は三人分のサンドイッチも用意しているの。良ければどうかしら?」

 

 彼女の提案も僕は嬉しかった。

 

「エクレさんの紅茶もいいね。それにサンドイッチも……嬉しい」

 

「確かに焼きマシュマロは美味しいけど、ちょっとお腹には物足りないかもしれないものね。助かるわ」

 

 

 

 僕たち三人は暖かいカマクラの中で、美味しいものを食べてゆっくり休んでいた。

 

「こういうのも、悪くないな」

 

 今いるのは極寒の高い山の上。けれどこんなに快適だとそれさえも忘れてしまいそうになる。

 

「ふふ、このカマクラの作り方、調べておいて良かったわ」

 

「私もカマクラだなんて全く知らなかったわ。……エクレさんは一体どうやって知ったのかしら?」

 

 シフォンの質問にエクレさんはこんな答えを。

 

「マカロの図書館にある本──『異世界見聞録』からよ」

 

「異世界、見聞録?」

 

「ええ。ずっと昔、この魔界とは別の世界を渡る術を習得したある人が、色々な異世界へと渡り歩いて知った伝聞を記録したものよ。

 このカマクラも異世界の文化で、他の文化や食べ物、知識とかも色々魔界に流入しているの。今ではそうした起源を知らずに自然と生活に溶け込んでいたり……ね」

 

「……ふーん」

 

 そんな不思議な話も、僕は横目で聞きながら。

 

「面白そうな本じゃない。今度私も図書館で借りて読んでみようかしら。それに異世界か、私も旅してみたいかも。

 ねぇ──トルテはどう?」

 

「えっ!?」

 

 聞いていた途端急に話題を振られて一瞬戸惑う。

 

「だから、私たちが暮らす魔界とは違う異世界への旅よ。トルテは行ってみたいかしら?」

 

 異世界を旅するの……か。正直気にはなる。けれど……。

 

「ううん。僕は別に、いいや」

 

「ええっ!? 知らない世界に知らない物が沢山なのよ? きっとワクワクするはずなのに……どうして?」

 

 意外そうなシフォン。でも僕にとっては当然の理由で、彼女にこう答えた。

 

「他の世界を旅するのも面白いと思うけど、やっぱりこの世界には愛着があると言うかさ。離れたいとはあまり思わないんだ」

 

「なるほどね、ふふっ」

 

 ふいに彼女は笑う。僕はそれに反応して呟く。

 

「別に笑わなくてもいいだろ。価値観は人それぞれなんだしさ」

 

「ごめんね。でも、トルテのそう言う所……私は好きよ」

 

「っ!!」

 

 

 不意に言われたそんな言葉。僕は思わず驚いてシフォンを見てしまう。

 

「好きって……嬉しいけど、でも──」

 

 どう言おうか言葉に困る。シフォンはさらにクスクスと笑いながら。

 

「トルテってば。確かに貴方の事は好きよ。でも、それはお友達としてと言うか、強いて言うなら世話の焼けるかわいい弟みたいって言うか、心配しなくてもトルテが思っている好きじゃないから安心して。

 正直私のタイプとは、全然違うわけだし」

 

「最後の言葉は余計だよ」

 

 彼女はそうねと言うと、こんな事も……続けて話す。

 

「それに私、誰かの想い人を後から取る趣味はないわ。あの子の事──トルテも好きなんでしょ?

 貴方の事ですもの、異世界を旅するよりもこの世界にいたい理由も、一番は彼女なんじゃないかしら」

 

 見透かしたようなシフォンの言葉。僕は一言も返せずに、沈黙する。彼女は少し目を閉じてから……。

 

「まぁいいわ。でも……ならどうして魔王城にまで来て、離れて働くようになるのかは気にはなるけどね

 いちいち聞くような無粋な真似はしないわ。何のためかは知らないけれど、あの子が好きなら少しでも早く一緒になった方がいいわよ?」

 

「……それは」

 

 痛い所をつかれてしまった。僕だって……出来ることなら。けど──。

 

「分かっているよシフォン。魔王城で働くのも僕なりの目標があって、それが叶ったら僕は──その時には、ちゃんと」

 

 僕自身満足出来るような答えじゃなかった。けれどシフォンは頷いて、優しくこう言ってくれた。

 

「誰よりトルテが一番、考えているわよね。

 だから応援しているわ、私は。改めて、これからも困った事があったら何でも言ってちょうだいね。助けになれる事は出来る限りはしてあげるから」

 

 シフォンの想い、優しさ。それは未熟な僕にとって……。

 

「うん。とても嬉しいよ──シフォン」

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