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暖かいカマクラで十分に休んだ後、僕たちは再び幻獣フェンリルの背にのってシュガー山脈の頂上目指す。
相変わらず極寒な外だけれど我慢出来る。急勾配な坂や崖をものともせずに駆け上がるフェンリル。やがて目の前に、ようやく。
「見えてきた……あれが頂上」
ずっと先に見える、切り立った山のてっぺん。まだ距離はあるけれどフェンリルならすぐに辿り着けそうだ。実際それから間もなくして頂上に迫って到着。僕とシフォン、エクレさんは幻獣の背から降りて辺りを見渡す。
あまりにも高い頂上。大きな月が空に浮かび、下を見下ろすと一面が雲で覆われた果てしない雲海が広がっている。地上はほとんど見えないけれど壮大な景色で見入ってしまう。
「すごい景色だ。魔王城よりもずっと高い、山の上。こんな壮大な風景が見れただけでも来た甲斐がある気がするよ」
「高い山の頂上からの風景って、何だかロマン! ですものね。うーん! 良い気持ち!」
僕の横でシフォンそう言いながらぐっと背伸びをする。相変わらず寒いけれど、この景色を前にしたらすっかり忘れて感じなくなってしまう。
「ここまで来れたんだ……何か凄い気分。ありがとうエクレさん。カマクラや美味しい焼きマシュマロ、そしてこの頂上の眺め。来て良かったよ」
僕はエクレさんにお礼を伝える。優雅に微笑んで応える彼女、そして。
「お礼の言葉、嬉しいわ。──でもお礼を言うのはまだ早いわよ。
ここからがとっておきの、私の見せたい光景ですもの」
彼女は空高く、あの大きな月を見上げて言った。特別な何かを見せてくれるみたいな事は話していた。それが何なのか、もうすぐ分かる。
懐中時計を取り出して時間を確認するエクレさん。
「ふふ、丁度いいタイミング。
──シフォンちゃん、トルテちゃん、あの月を観て頂戴」
僕たちも月を見上げる。いつもよりずっと大きく見える月、けれどそこまで変わらない……そう思っていたときに。
「えっ!?」
月の輝きが急速に強まって辺りを照らす。眩いまでとはいかないくらいの淡い光が僕たちがいる山頂に降り注ぐ。
「こんな事って……一体?」
「一万年周期のこの時がついに、やって来るのね。遥か遠い世界の果てから──ほら」
「!!」
輝く月から──何かが姿を現した。
まるで穴から抜け出て来たように出現した、それは、輝きながら夜空を泳ぐ半透明の超巨大魚……のような、何かだった。
(魚に似てはいるけれど、姿が微妙に違う。何より光りながら空を泳ぐあの巨体……山の一つくらいの大きさがあるんじゃないのか?
すごく神々しくて、まるで……)
「……この世界の存在じゃないみたいだ」
思わず呟いた一言。それを聞いたエクレさんは僕に視線を向けると。
「正解よ、トルテちゃん。
夜空にいるあの存在はエンジェルホエールと言う、魔界の外からやって来た存在なの」
「本当に世界の外から、来た存在だなんて」
僕は改めてあの光り輝く巨大存在、エンジェルホエールを眺め直す。
「異世界見聞録によると、あの存在は永遠に近い時間を生きて、色々な世界を回遊しているらしいわ。この魔界にも世界と外との境界線の薄い膜の部分……月を通過してやって来て、しばらく空を泳いでからまた月から去って行くの。
生態なのか分からないけれど、でも一万年の周期で一度、こうしてやって来るのよ。でも身体は私たちと違ってエネルギーで出来ていて半透明だから地上からでは見えないの。唯一姿が見えるのがここ、シュガー山脈の山頂よ」
「そっか。だから……ここまで」
不思議な光景だった。別の世界の存在が、こうして目の前に存在して悠々と泳いでいる。
シフォンもこの情景に魅入っているみたいで、しばらくはただ眺めていた。それから僕に向かって……。
「魔界だけじゃなくて、世界はまだまだ……ずっと広いのね」
僕は頷く。
「きっと世界は私たちが想像するよりもずっと大きくて、それに比べれば魔界一つの問題は取るに足りないかもしれないわ。
けど、それでも私たちにとってはそれさえ大きくて大変な問題で。……ううん、もっと小さい問題さえも、私たちは必死でどうにかしようとして生きている。
私も、トルテだってそうでしょう?」
「……うん、そうだね」
カマクラでのシフォンとの会話を思い出しながら、僕は答えた。
一人ひとり、誰もがそれぞれ問題を抱えていて、それでも頑張って生きている。僕が魔王城で働いているのも……そうだから。
(でも魔王さまに、娘のシフォンはさらに魔界全てに責任を持っている。……改めて考えればとっても凄いことだよね)
「──私の事を見つめて、どうかした?」
考えていたせいでついシフォンを見つめていた。僕は彼女に言う。
「その通りだなって思っただけさ。
世界の凄さに対して僕たちはずっと小さい存在で、けれどそれさえ自分たちにとっては重要な事なんだ。例えどれだけ矮小ものだとしても……それは、きっと大切なものだって」
自分でも気恥ずかしくなりそうな答えだけれど、彼女はそうね──と同意するように微笑んで応えてくれた。エクレさんも僕たちを優しい眼差しで眺めて。
「この光景を見た二人の感想、ちょっと意外だったわ。でも……とっても良い答えだと思うわ、私も」
月が上る空には、淡く輝いて泳ぐエンジェルホエールの巨体が今、ちょうど真上を通り過ぎる。しばらくこの神秘的な景色を眺める僕たち。きっと、これから先ずっと忘れる事のない光景の一つになると思う。
あまりに広大な世界の一端。ずっと矮小に過ぎない僕でも……思い出には出来るはずだから。