魔王城の下働き   作:双子烏丸

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破壊への序曲

 

「──おやおや。強力な眷属ではあったのですが、まさか一撃で倒してしまうとは」

 

 突然の声。反応してシフォンはその方向を向く。──と同時に何かが彼女に迫り剣の一振りのような攻撃を繰り出す。

 

「っ!!」

 

 すぐさま彼女は自身の剣で防いで、弾き飛ばす。相手は空中で態勢を整えて上手く着地、僕達三人を見据える。

 

「一体誰なの? この気配……人ではないわね」

 

 僕達の前にいたのは、全身漆黒の人型の、何かだった。その体はまるで液体みたいな質感で、顔には中央に一つの金色の目玉だけがあった。

 右腕は剣のような形状になっていた。多分さっきの攻撃はあの腕で繰り出したようだけれど、瞬く間に形状を変化させて左腕同様に普通の腕のような形になる。……もしかしてあれは自分の体を自由に変えられるのか?

 

「何、あれ? 分からないよ」

 

「……ムースは僕の後ろに下がっていて。もう危険な目には、遭わせたくないから」

 

 僕はムースにそう言ってみせる。そして謎の人影はシフォンに、そして……僕にまで、一つの眼で視線を向ける。

 

「さすがは魔王シュトレの娘で、魔界一の剣士と言われるだけはありますね。そして──」

 

「──?」

 

 一体何だ? 今、僕に注目を向けられた気がするけど……まさかね。

 

「私の事を知っていて貰って光栄だわ。でも一方的に知られているのは面白くないわね。

 貴方の事も私に教えてもらおうかしら? そうでないと、不公平でしょう」

 

「おっと、これは失敬」

 

 漆黒の何かは丁寧な口調で、言葉を続ける。

 

「私の名は、クランチ。この世界……万物の根源である偉大な主さま、あなた方の言う『破壊神』の忠実な下僕です」

 

「……と言うことは貴方も魔獣なわけ。人型で知性を持つ魔獣だなんて、聞いたことないわ」

 

「私は主さま自らが生み出した存在。他の眷属とは少しばかり、違うのですよ」

 

 この異様な状況、向かい合っているのはシフォンで、僕とムースはただ見ていることしか出来なかった。

 

「言葉を話そうとも、魔獣は魔獣。人々を脅かす脅威であるならここで排除するだけだわ!

 ──三日月飛斬!」

 

 彼女は剣に魔力を集めて、エネルギーの斬撃を弧の形で放つ。

 会心の一撃──その威力はクランチの右肩から腹部まで斜めに大きく抉った。普通なら確実に致命傷になるはず……だったけれど。

 

「やはり悪くない攻撃ですね……ふふ」

 

「!!」

 

 けれど、それでも痛痒にどころか、ダメージを受けている様子もない。シフォンや僕が驚く中、クランチの抉れた部分は瞬く間に繋ぎ合わさり元通りになる。

 

「……得体がしれないわね」

 

 これには苦々しい顔を見せる彼女。対してクランチには表情は無いけれど、含み笑いのような声を立てて余裕を見せる。

 

「このまま貴方と手合わせするのも良いのですが、それは私の本来の目的ではありません。

 私はただ──主さまに同行して来ただけなのですから」

 

「何ですって!?」

 

「主って……もしかして、それって」

 

 僕も、シフォンもその言葉の意味が分かった。──それと同時にだった。

 

 

 クランチの背後の空間が大きく歪み、漆黒の穴が生み出される。

 

「──主さま、よくぞ御越し下さいました」

 

 空間の穴から現れた姿。複数の大きな黒い翼で全身を覆った……何か。

 

「……」

 

 翼は同じ向きに、背中から左に生やした幾つもの翼で全身をくるんだ、人と同じ大きさのまるで何かの繭みたいな姿。ただ……翼の隙間から見える二つの瞳が、僕達を覗いていた。

 

「あれが……破壊神。やはり復活していたのね。

 でも──」

 

 魔獣はずっと巨大だったのに対して、目の前のあれは人と同程度の大きさでしかない。姿だって強そうに見えないし、本当にあれが世界を滅ぼそうとする破壊神なのか?

 

「大した姿じゃないわね。恐らくはまだ完全に復活しきれていないのかしら……今なら私でも!」

 

 シフォンはそう言うと一気に破壊神だと思われる何かに迫る。

 

「シフォン! いきなりそんなっ!?」

 

「大丈夫よトルテ! お父様に代わって今ここで仕留めてみせるわ!」

 

「……主さま」

 

 迫る彼女。クランチは間に入ろうとする……けれど。

 

「構わない、クランチ」

 

 まるで子供のような声で制したのは、破壊神自身だった。

 シフォンは瞬く間にその正面にまで迫り、剣先を直線に向けて引き──。

 

「私の技で倒されなさい!

 新月……瞬突撃!!」

 

 魔力を剣先に集めた、高威力の突きの一撃。その閃光の一撃は破壊神の中央を貫いた……ように見えたけれど。

 

「──そんな!?」

 

 シフォンの攻撃は身体を覆う翼に阻まれて、傷一つつかない。

 

「……魔王の娘が、その程度?」

 

「くっ! ただの翼のはずなのに、異常なまでに硬い!」

 

「気は済んだ? なら今度は、僕の番だね」

 

 破壊神は翼の一枚を大きく広げた。

 

「──まずいわ!! トルテ! ムース!」

 

 異常な気配を察したシフォンは急いで僕達のもとに向かって、両腕で抱きとめる。

 同時に──翼はぶんと一振りされる。

 

 

 翼のはためき一つ。たったそれだけで激烈な衝撃波と猛風が巻き起こる。

 その勢いは時計塔を、周りの建物までもまとめて吹き飛ばし、跡形もなく消し去ってしまう。

 

「これが破壊神の、力?」

 

「あんなに大きかった時計塔が……全部壊される、なんて」

 

 さっきまでいた時計塔も。そして下にあった建物の広範囲が、一瞬で瓦礫の山と化していた。

 

「破壊神相手だったのに、甘く見てしまったのが……間違いだったわ。

 ……二人とも、落ちないようにしっかり掴まっていて」

 

 僕とムースは今、さっきみたいに纏う鎧の背から魔力をエネルギーに変換した翼を広げて、空中を飛ぶシフォンに掴まっていた。

 あの攻撃の直前に彼女は僕達を連れて時計塔から、安全な距離まで離脱したんだ。

 

「破壊神一人の街がこれだけ破壊されるなんて、復興が大変そうだわ。

 姿は見えないけど、あの攻撃で自滅……なんて、わけはないわよね」

 

 さっきまで時計塔があった場所には崩れて巻き上がった煙。破壊神の姿はどこにも見えないと思っていた時、煙を切り裂いて……あの翼の繭が姿を現した。

 

「私の主さまの力の一端、お分かりになったでしょうか?」

 

 隣には背中から羽根を広げて飛ぶクランチも。シフォンが睨む中、破壊神が言葉を発する。

 

「くくくくっ、悪くはない。少しは肩慣らしにもなったし……それなりに満足だよ」

 

「……まだ続けるつもり? これ以上戦うのは……私も」

 

 彼女は一人呟く。でも、向こうはその気はなさそうで。

 

「本当はこのまま止めを刺しても構わないけれど、せっかく復活したんだ。……残りの楽しみはまた今度にとっておくよ。

 後、君の部下が戦っている眷属も、ついでに引き上げさせてあげる。復活した僕にとってはたかが街の一つや二つ──些細な事に過ぎないから」

 

 破壊神の背後には、現れた時と同じような空間の穴が開けられた。

 

「魔王の娘にして、勇敢な剣士のシフォン・デ・アラモード。またいずれ、相見えようか。

 心から楽しみにしているよ──トルテ、君にも」

 

 それだけ言い残すと、破壊神はクランチとともに穴の暗闇の中へと姿を消す。

 開けられた穴もその後すぐに塞がれて、跡形もなくなる。……後に残ったのは破壊されたアビスシティの街だけだ。

 

 

 シフォンは地上の安全な所に僕とムースを下ろした。それから自分の鎧姿を解除して、いつもの格好へと戻る。

 

「あの……私達を助けてくれて、ありがとうございます」

 

 ムースは助けてくれたシフォンにお礼を言う。彼女は微笑みかけて返す。

 

「気にしなくて構わないわ。民を守るのが私の役目だもの」

 

 こう答えた後、シフォンは遠識の手鏡を取り出して誰かと話す。

 

「……もしもし、ネムラ。そっちの様子は……えっ……魔獣の大群がいきなり消失した?

 本当にそんな事まで出来るなんて…………ううん! こっちの話。詳しい話は後で伝えるわ。」

 

 通話でいくつか話した後、鏡を閉じる。

 

「……」

 

「トルテも、シフォンさんに助けてもらったんだからお礼を言わないと…………トルテ?」

 

「……あっ、うん」

 

 僕はある考え事をしている最中、ムースからの言葉で我にかえる。

 

「深刻そうにして、何か考え事していたの? でも……あんな事があったんだし、無理はない……よね」

 

 彼女の言うように、いきなりの魔獣や破壊神の襲撃。普通なら混乱しても当然な状況だと自分でも思う。

 

「……うん。それもあるし…………あと、破壊神が最後に僕の名前を呼んだ事も、ちょっと気になるって言うか」

 

 僕の言葉にシフォンが反応する。

 

「それを言ったら私だって、向こうは名前を知っていたでsょう? 別に気にすることないわ」

 

「……シフォンは魔王さまの娘だから、知っていてもおかしくないさ。

 けど、僕は偉いわけでもない……ただの下働きで。そもそもどうして破壊神がこの街に、僕達の前に現れたのかだって。……もしかして僕を」

 

「──やめなさい」

 

 ぴしりと、シフォンは僕の言葉を打ち止めるように短く言い放った。その雰囲気……いつも僕に向けるものではなくて。

 驚いてつい固まってしまう。シフォンもはっとした様子を見せて、すぐに優しい表情に戻って改めて言う。

 

「トルテったら、ただの考えすぎよ。難しいことは後回しにして……今は無事でいられたことを喜ばないと」

 

 確かにその通りで、それに、これ以上言い出せるような感じでもなかった。

 

「──」

 

 破壊神──神話上の存在が目の前に現れ、存在していたと言う事実と、この惨状。せっかくムースと会えたのに、もうそれどころではなかった。

 きっと、魔界の存亡そのものに関わる重大な事が……目の前で動き出してしまったんだ。

 

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