僕は一人村外れの牧場に来ていた。
丘には沢山の家畜がいて、その中を歩いてムースを探す。
(どこにいるんだろう、ムース……あっ)
すると、向こう側の横倒しになった丸太に座って、一息ついて休んでいる人影があった。僕はそこに向かって呼びかける。
「──ムース!」
人影……ムースは僕に気がついてこっちを向いた。驚いた表情を一瞬浮かべて、それから僕に駆け寄って、急に抱きついて来た。
「!!」
「ただいま、トルテっ! 戻って来てくれたんだね!」
「まぁね。少し外出許可を貰って、村に帰ってきたんだ。
……ちょっと苦しいよ」
ムースがぎゅっと抱きしめる力が、少し強かった。彼女はごめんねと呟いてからこたえる。
「だって、この前のアビスシティの事もあったから……それに魔界中で大変な事になって……本当は、ずっと不安で。
トルテと会えて私……安心したんだ」
僕もムースの肩を抱きとめる。すると、僅かに震えているのが感じられた。あれから何度か遠識の鏡で話した時は普通そうにしていたけれど、本当は不安な気持ちを抱えていたんだと。
「……そっか」
やっぱり戻って来て正解だった。僕は彼女が満足するまで抱き合った後、こう話す。
「ムース、良かったら残りの牧場の仕事を手伝うよ。そうすれば少しは楽になるだろうし、アビスシティの時には手伝って貰ったからお返しも……何より一緒に過ごせるから」
これにムースも嬉しげに頷いてくれた。
「ありがとう! 二人で一緒にしよう、トルテ!」
ムースと他愛のない話をしながら牧場の手伝い仕事を。……破壊神の復活で魔界は大変な事になっているけれど、それも忘れる事が出来るくらいに。
それくらい、彼女と一緒にいられて充足していた、……ムースだって、きっと。
それから、仕事が終わって二人で村に戻った。そこでシフォンとも合流して……。
「シフォンさんも、村に来てくれていたんですね!」
「お久しぶりね、ムース! トルテも……無事彼女に会えて良かったわ」
彼女からの言葉に僕も感謝を伝える。
「おかげさまでね。改めて、村まで連れて来てくれてありがとう」
「どういたしまして。助けになれて、私も嬉しいわ。……さて、と」
「……?」
急に改まったようなシフォン。それから僕の事をまっすぐに見据えて近づき、手を握った。
「シフォンさん!?」
いきなりの事でムースも驚く。
「トルテも故郷に戻れて、大切な人との時間ここからが私の本題。お礼と言ってはなんだけど、少しだけ付き合ってもらうわ」
突然の提案に驚いているのは僕も同じだ。
「付き合うって、一体何の……?」
「ちょっとだけ、トルテに紹介して貰いたい人がいるの。
ガレット・ドワーリン、お父様の忠臣の一人にして……村の長老として隠居している彼に」
シフォンは真っ直ぐに僕を見つめて、言った。
「ガレットさんに、会いたいだって?」
彼女がついて来たのはそれも目的だったのか……けれど、どうして。
「私は、彼にどうしても問いただしたい事があるの。それは──」
シフォンが言葉を続けようとした、その瞬間だった。
「シフォン様……ですか?」
人々の中から僕たちに近寄る足音とともに呼びかける声。毛もくじゃらの温和そうな顔に逞しい身体を持つ、壮年のドワーフ族の男性。
驚くようにシフォンの事を見つめている彼こそ、ガレットさん。僕の父親代わりで村の長老でもあった。
「本当に、久しぶりね。最後に会ったのはもう随分と昔だったもの」
「あの時はこんなに小さかったのに、今では随分とご立派になられて。私も嬉しい限りです」
そう言って恭しく一礼する彼。その後で僕の方を見て朗らかに笑いかける。
「トルテも、よく帰って来たな。……それに立派になって、私も嬉しい」
久しぶりにかけてくれた彼の優しい言葉。つい、嬉しくなる。けれど──
「……」
シフォンの様子はどこか複雑だったように見えた。
「……シフォン?」
「ガレット、こうして会うことになるとわね。お父様、魔王ガレットと共に破壊神と闘った忠臣で、『あれ』を託されてこの辺境の村で隠居した……そうよね」
「……ええ。私は魔王様からある使命を任され、この地で過ごして参りました。
そして……私は」
ガレットさんはそう言って僕の方に、視線を向けた。……どう言う事なんだ?
「分かっているわ。けれど、破壊神が復活した今、これ以上隠しておくべきではないわ。
トルテも貴方の元に戻って来た。もう本当の事を教えるべきだと思うの。それが育ての親としての、貴方の責任ではないかしら」
「……」
僕の方に、彼は顔を向けて言葉を切り出す。
「すまない、トルテ」
いきなりの謝罪。これって、一体どう言う……。
「どうして僕に……謝るんだ?」
「……私はトルテにずっと、隠し事をし続けていた。大きな秘密を、君自身の事を。
君は……普通の人間では、ないと言うことを」
「──」
僕が普通じゃ……ないって。
するとムースも、戸惑ったようにしてガレットさんに詰問する。
「そんな! トルテは──今までだって、普通に私と一緒に過ごして来て……どこもおかしい所なんてなかったのに」
彼女からの問い詰めに、彼は項垂れつつも……言葉を返す。
「ああ。ムースの言う通りこれまでは、何も無ければ普通の子供だ。……しかし、だとしても違うのだ」
「あ……え……」
ムースだけじゃない。僕も、どうすればいいか。驚くことすら出来なくて呆然としていた。
「──」
「すまない。ずっと、トルテは天涯孤独で、私が引き取った孤児だと教えて来た。
だが、実はそうではない。本当の君は……」