ガレットさんが言葉を続けようとした……その時だった。
「──待って」
彼が続けようとするのを、シフォンが制した。
見るといつの間にか手元には彼女の剣、ラティエルショコラがあって、その剣先を少し離れた位置にいた村の人たちの方に向ける。
「シフォン! どうして!?」
これには僕も、思わず制止の声が出て止めようとする。
「さっきから妙な気配を感じるのよ……明らかに人とは違う怪しい気配が」
剣を向けられた方を見る。急に剣を向けられてみんな慌てている様子で……いや、一人だけ平然としている人物がいた。
一見すれば普通の村人の男性。だけれど、ここは僕の故郷の村で、小さい村だから全員と顔見知りだ。なのに、この男は全く見覚えがない。
「……え?」
「貴方は一体何者なの? 正体を現しなさい」
はっきりとしたシフォンの言葉。すると、男性は含み笑いをして……言った。
「さすがは魔王の娘……勘が鋭いものですね」
そう言った瞬間、男性の体は黒い液体へと置き換わり……人型をした単眼の異形へと変貌した。
異形の出現に村のみんなは驚き、恐怖する。
「くっ……全員急いでその場を離れろ!」
ガレットさんは村の長老として命令を出す。みんなは急いでその場から一気に逃げ出して、この場にいるのは彼とシフォン、そして僕とムースの四人だけに。
「アビスシティでお会いした以来ですね、シフォン、そしてトルテさま」
あれはアビスシティでの事件で、破壊神と共にいた人型魔獣。名前はたしか……。
「……クランチ!? 何でまた僕たちの前に? それにやっぱり……僕の、名前を……」
間違いない。あれはただの下働きなはずの僕の名前を知っている。
それに……僕の事を『さま』付けして呼んだ。魔王さまの娘のはずのシフォンなら分かるけれど、何故か。僕の存在は奴らにとって、一体何なんだ?
「また現れるなんてね! トルテには指一本、触れさせはしないわ!」
シフォンは僕を守るようにして前に遮り、剣を構える。でも、クランチは余裕そうで……。
「成る程、貴方が相手とは……骨が折れる。ですが──!」
「!!」
クランチはその変幻自在な身体、その右腕を長く伸ばして迫る。けれどそれは僕やシフォン、ガレットさんではなく……ムースに。
「──えっ!?」
「しまった!!」
シフォンもガレットさんも警戒しきれていなかった。ムースはクランチの腕に掴まれると、自身のもとに一気に引寄せて捕らえる。
「彼女はトルテの大切な人、でしたね。……返して欲しいですか?」
「ムースを──返せっ!」
……その時、僕はムースの事しか頭になかった。シフォンが止める間もなく僕はクランチに走って迫る。
これこそ、クランチの術中だと半分分かっていても。
────
「──かかりましたね」
僕がクランチの元に近づいたその時、奴の中央から黒い球体のようなものが広がって、僕ごと中に取り込む。
「!!」
視界が全て闇に包まれる。けれど、それはすぐに収まり……気がつくと全く別の場所にいた。
周囲を無限に広がるように思える荒れ地の平原。それ以外は何もない寂寥とした空間、さっきまでいたはずの村とは全く違う場所に僕はいた。クランチとムースも。
「……トルテ、っ」
僕に呼びかけるムースの声。
「クランチ……ムースを返してくれ」
僕の言葉に対して、クランチは無言で自分の身体に左手をねじ込む。自身の体内を弄りながら、引き抜いた手には……一本の剣が握られていた。
そして、その剣を僕の元へと投げる。丁度すぐ目の前の地面に突き刺さる剣。クランチはムースからも右腕を放して開放すると……。
「トルテさま、大切な人と共にここから脱出したいのでしたら、私と戦い勝ってみせてください」
「戦う、だって?」
「ええ。貴方の力……ぜひ見たい」
奴はそう言い放つと、右腕を剣のような形状に変化させてゆっくり迫る。
戦うしかないのか。僕は渡された剣を地面から抜いて構える。
(ビスケさんに言われた通り。魔力を剣先に集めて……そして一部は、身体能力の強化にも)
自分の魔力に集中し、迫るクランチを見据える。
「では……参ります!」
またたく間に距離を詰めるクランチ。剣状の右腕を振るう一閃、僕はギリギリで避ける。……けれど腕先がぐにゃりと曲がり再び僕を突き刺そうと刃先が迫る。
「!!」
剣身で刃を弾いて防ぐ。クランチは僕に向き直って更に連続で突きを繰り出す。
(ただ連続突きを繰り出すだけじゃない。腕を蛇のようにうねらせて軌道が読みづらい)
「つっ!」
剣と回避で攻撃を抑えようとするけれど、あちこち攻撃がかすって切り傷が出来る。
「私のこの攻撃を凌ぐとは……魔族にしては悪くありません」
「この──やろう!!」
僅かな攻撃の合間を退かさず、今度は僕が剣を一振りする。斜めに入った斬撃、クランチの胴体に大きな裂け目が出来る……けれど。
「──ふむ」
奴は一つの目玉で冷静に僕を見据える。傷もまたたく間に塞がり再び攻勢に転じる。
刃と刃のぶつかり合い。けれど圧しているのはクランチで……隙を見て何度反撃してもすぐに再生して手応えがない。
「はぁ……はぁ……っ」
「──ふふふ」
再び攻撃が入った。肩から右腕が千切れそうになっても、また再生する。僕が消耗しているのにクランチはずっと余裕を見せたままで。
それに攻撃さえわざと受けているようで、本気を出していないのか?
「……もう、終わりですか」
限界に来た僕は、剣を杖代わりにして膝をつく。もう……立ち上がることさえ
「くっ……はぁ」
「本当に力を出さないのですか。……それとも出せないのか、困りましたね」
冷たい視線のクランチ。それから、ふと何か思いつくような様子を見せて別の方向に向く。
「大切な人、と言いましたね。貴方がその程度なら……彼女にももう価値はありませんから」
代わりに奴は、座り込んでいるムースへと左腕を伸ばす。腕はロープのように伸び、彼女の首を締め上に持ち上げる。
「あっ……ぐぅ……っ」
呼吸が出来ずに苦しそうな彼女の声。僕は……。
「やめ……ろ」
「ふっ、死にゆく彼女を前に……せいぜい自分の無力さを味わうが良いでしょう」
「──!」
瞬間だった。僕の中の何かが『砕けた』感じがした。
「──止めろ!!」
何か身体が変化する感覚を覚えながら、僕はクランチに手を開いてかざし……強い力を放つ。
「素晴らしい。これでこそあの方の……力」
クランチはムースから左腕を離し、放たれた力を両手で受け止めようとする。
大柄のエネルギーの塊、それを両手で受け止めようとする奴だけれど、耐えきれずに遠くに吹き飛び……エネルギーに呑まれて爆発する。
一体自分が何をしたのか、僕は理解できなかった。
「これ……は、何なんだ?」
分からない。だけど、ムースはまだ苦しそうに咳をしているけれど無事そうだ。僕は彼女の元に近寄って、右手を伸ばす。
「大丈夫、ムース? あの化け物はもういない。だから安心してよ」
「……トル……テ? その姿、本当に……トルテ、なの?」
僕の方を見たムースは、まるで別人を……何か異質な物を見るような目で。
「当たり前じゃないか。僕は……」
その時、自分でも気がついた。ムースに伸ばした右手、腕先が竜のような鱗で覆われた、鋭い爪の生えたものになっていた事を。
「何だよ……これは」
僕が戸惑っていた時、虚空に漆黒の穴……空間の裂け目が現れて破壊神が現れる。
幾つもの翼で覆われた繭のような姿。その隙間から垣間見える瞳で僕を見据える。
「素晴らしい。ようやく、自分の力に覚醒したみたいだね」
「お前は……っ! どう言う事なんだ、これは!」
戸惑いと混乱で言葉が荒くなる。でも……傍にいるムースは、怯えていて。
「……くっ」
本当に分からない。破壊神は僕の様子を見つめて、続ける。
「まだ分からないのかい? 君は僕とまったく同じ、半身だと言うのに……」
「何……だって?」
「つまり、こう言う事だよ」
破壊神の身体を覆っていた翼の繭が開く。覆っていた翼の中に隠されていたのは、人型の姿だった。
背から生える幾つもの左の翼。禍々しい大きな角に、尻尾、そして竜のような硬く鋭い爪を生やした四肢。けれど、その本体はとても、見覚えのある姿で。
その姿は人魔族の少年だった。冷酷な笑みを浮かべる表情は少しあどけなさがある顔で……僕の姿とそのまま、瓜二つだった。
「……どうして、僕の姿をしている?」
「本当に何も分からないなんてね。面白いよ」
僕の反応を見て愉悦じみた表情を見せる、破壊神。そして彼は一枚の大きな鏡を僕の前に召喚して──言った。
「僕が君の姿をしているんじゃない。……君の方こそ、僕の姿をしているんだ」
鏡に移っていたのは自分の姿のはずだ。なのに、僕の姿もさっき見た右手だけじゃない、四肢も……生えて来た尻尾、角も。そして背から幾つも生えた右の翼。左右が反転していて形状も少し違う部分もあるけれど、その変貌した姿は破壊神と同じ姿。
「……そんな。こんな事って」
「この僕が直々に君の正体について教えてあげよう。……と言いたい所だけれど、時間切れのようだ」
「え……?」
同時に何もないはずの空間に、広がるひび割れた亀裂。そして亀裂は砕けて、割れて、その向こうからラティエルショコラを握り魔装を纏ったシフォンと、武装して大斧を持ったガレットさんが現れた。
「トルテ! ムース! 助けに来たわ──えっ?」
シフォンは僕の姿に気が付き。戸惑いを見せる。一方でガレットさんは覚悟していた……と言うような様子で。
「やはり、目覚めてしまっていたのか」
「どう言う事か分からないけれど、あの向こうにいるのが破壊神でしょ!? とにかく今は二人を連れて……」
シフォン達は僕とムースを連れて逃げようとしてした。……けれど。
「ふふ、その必要はない。──トルテの本当の姿を見ることが目的だった。今は引き上げてあげるよ」
破壊神はそう伝えると、自身の真下に大きな黒い穴を開ける。この場から去るつもりだ。僕は思わず呼び止めようとした。
「待てっ! 僕は一体、何なんだ!?」
「その事は別の人間に聞くといい。少なくともあの二人は、既に知っているみたいだからね。
……それと最後に」
穴に沈み込みながら、破壊神はある事を言い残す。
「次に会う時、その時にこそ──決着をつけよう。
僕と君、どちらが残るか……ね」
そう言い残して破壊神は闇の大穴の中に消えた。穴もすぐに消えて僕たち四人がその場に残った。
「……」
「……トルテ」
呆然と膝をついたまま、唖然となっている僕にムースは歩みよって心配そうに肩に触れようとする。僕は思わず──。
「触るなっ!」
「あっ──」
ムースは手を引っ込めた。見ると彼女の怯えた表情……顔をそらして、俯いて。
「……ごめんね、トルテ」
「僕の方こそ……怒鳴って悪かった。でも、こんな姿になった僕を……君には…………見せたくないから」
僕は僕でなくなったかのような思いだった。まるで化け物のような自分自身、どうしていいか……分からないでいた。