「……」
僕は一人、部屋の中で引き籠もっている。
あの時自分に起こったこと、そして、城に戻って聞かされた自分の正体。……破壊神の魂、その半分の生まれ変わりであると言う、正体。
(部屋に結界まで張って、僕を閉じ込めようと。……ははっ、この前まではただの下働きだったのに今はこの扱いか。けれど仕方ない、よね。僕は人では……ないんだから)
どの道、外に出る気にもなれない。もう誰とも……関わる気にさえ。
そう考えていた最中に、扉がノックされる音を聞いた。
「トルテ……いる、よね」
扉越しに控えめに、声をかけるのはムース。一緒に魔王城に来ていた彼女は、こうして何度か僕の様子をシフォンと代わりばんこで見に来ていた。……けれど。
「……」
「……やっぱり、話をする気分じゃない?
仕方ないよね。自分の事を知って、ショックなのは……分かるから」
「……」
その通り。僕はもう普通ではいられない。みんなとも、ムースとも──共にいる資格はない。だから……
落ち込んでいる気分の僕。ムースはそんな僕に、向こうの扉に手を当てて言った。
「でもねトルテ、これだけは知っていてほしいの」
「……」
「あの時、私は驚いて……正直に言ってトルテにおびえていたの。裏切ってしまったって思っても、無理はないよね。
けど……私はトルテの味方でいたいの。どんな事があっても、傍にいたいから」
彼女からの言葉。ムースも僕の正体を知って、怖がっても無理はないはずなのに……それでも傍にいたいって、味方だって言ってくれる。
(城に戻ってからも、シフォンと一緒に何度もこんな僕を気にかけて、僕は……)
「すぐに立ち直るのも、難しいよね。でもまたいつものトルテに戻るのを待ってるから。
世界も大変なことになっているけど、私はそんな事よりもただ、トルテと一緒にいたいの。だってトルテの事が……ずっと好きだから」
少し間を置いて、改めてムースは言い残す。
「ただの幼馴染なのに、トルテには迷惑かもしれないけど……せめて知ってほしかったの。
じゃあ、私はもう行くね。……またトルテと会って話が出来るの、待ってるから」
それから、彼女の足音が聞こえだす。部屋から離れて行こうとする彼女に……。
「──僕もずっと、ムースの事が好きだ。世界中で……一番に」
足音がぴたりと止む。それから、また戻って来る足音。
「心配させてごめん。僕ももっと早く、気持ちを伝えれば良かった。
ムース……小さい頃にした約束、覚えている?」
「……約束?」
「ずっと昔で、小さい頃の事だから、忘れても無理はない事よね。
村外れの牧場で夜、二人で約束した──あの時の事」
僕はムースにあの時の出来事を……伝え話すことにした。
────
多分、千年近い昔の事だったと思う。
村の牧草地がある小高い丘で、小さかった僕とムースは一緒に夜空と、それから下から見渡せるココア村を眺めながら過ごしていた。
「涼しくって、良いきもちだねー!」
「……うん、そうだね」
昔だったから、その頃の僕はずっと内気で、代わりにムースは元気があった感じだった。
それに小さい村だから、年が近いのは彼女だけで……この頃から村で一番仲が良かったんだ。
「ねぇねぇ! トルテ?」
「どうか……した?」
「トルテは大人になったら何になりたい? 私達はまだ子供だけど、いつか大人になるんだし。そうなったらどうしたいかなって?」
そんな質問に、僕は答えに困った。
「……ええっと」
「はやくはやく! 答えてよっ!」
急かすムース。僕は困ってつい、彼女に言い返した。
「そう言うムースは一体……何になりたいのさ」
「ふふん! そう言うと思ったわ」
なぜか得意げなムース。それから、彼女はこんな事を話してくれた。
「私の夢はね、大好きな人のお嫁さんになること。
ありきたりな夢かもしれないけど、好きな人の一番傍にずっと……それって素敵な事だと思うの」
「好きな人の……お嫁さん。ムースはどんな人が好きなの?」
彼女はそれを聞いて、ムースはくすっと笑う。
「誰が好きなのかは、内緒! でも、お嫁さんは大人になってするものでしょ?
だから、結ばれるなら私は……一人前の大人の人がいいなって」
「一人前の──大人」
その時、胸がどきっとしたのと、そして僕が決めたこと。今でも覚えている。
「なら僕は……一人前の大人になるよ。ムースの望むようなずっと立派な大人に、少しでも早く。
だから──」
────
「それでトルテは魔王城で働いて、いたんだ。
私が望んでいたような、一人前の大人に……なるために」
「……うん。僕もムースの事が好きだった。だから相応しい大人になりたくてここで頑張って……。
でも、それが君に寂しい思いにさせていた……本当に、ごめん」
「ううん。あの約束の事も……私だって覚えていたけれど、子供同士の他愛ない話だって思っていて。
でもトルテはずっと、本気であの時の約束を考えてくれて……頑張ってくれていたんだね」
向こう側から扉の一部が、少しきしむ音がした。ムースがそこに手を置いている感じで。僕も同じ所に扉に手を置く。
「ありがとう。私……この先どうなっても、トルテと一緒だから」
「……嬉しい、ムース」
僕とムース。心が通じ会える感じがした……その時に。
「大変よ! ムース! トルテも!!」
駆ける足音。そして声の主はシフォン。
「どうしたの?」
「大変なの! 破壊神が城の前に現れてお父様と話していて……それが──」
シフォンは自分の知っている事を、僕たちに話してくれた。
────
破壊神が出現したと言う城の外、城門付近には駐留する魔王軍が集まり警戒態勢を敷いている。
「ビスケ……案内ご苦労。この先は私一人で十分だ。
──皆も決して手を出すな」
他の者は城門手前に待機させ、門から外に出る。
城の外──その上空には漆黒の片翼を幾つも生やした、トルテに瓜二つの存在……破壊神が単独で佇み、私を見据えていた。
「……まさかこう言う形で姿を現すとはな」
「まあね。前の戦い……おかげさまで力が半減したからね。だからその分、頭を使うことにしたんだよ」
「今のお前ならば、我々の力を以てすれば再び倒すことも可能だ。──この場で!」
私は剣を抜き、戦闘態勢をとろうとする。……が。
「……悪いけれどここで戦うつもりはない。僕は君にいくつか伝えに来たに過ぎない。
まずはこれを見てほしいね」
破壊神は指を鳴らす。すると……水晶玉が目の前に出現し、景色を映し出す。
「これは……アビスシティの景色か? ────っ!」
映し出されていたのは復興中のアビスシティ。だが様子がおかしい。
街の中心に謎の大きな陰りが生まれ、人々が上を見上げて騒然としている。そこには……風船のように膨らんで空に浮かぶ、巨大な魔獣の姿があった。
「何だ、これは!」
「ふふふ、これは僕の特製、大型爆弾魔獣さ。僕の意思一つでいつでも爆発させる事が出来て、その威力はあれくらいの街……今度こそ跡形もなく消し飛ばせる」
「街をまるごと人質にしたのか」
状況はまさしくそれだ。破壊神は得意げに薄笑いを見せる。
「そう、言うこと。もしあの街を住民ごと消滅させられたくないなら、ここからずっと北にある巨大荒野、かつて君たちと僕が戦った決戦の地に、僕の半身……トルテを連れて来て貰おうか。
同行人は君以外の誰かなら一人だけ許すよ」
「……」
破壊神から提示された条件。……奴は人質をとり覚醒したトルテを呼び出し、そして取り込むことで再び力を取り戻そうとしているのか。
許せるわけがない。だが、街を一つ人質にされたのでは今手出しするのは不味い。
「僕が伝えたいのは、それだけさ。
じゃあね魔王さま、望み通り半身を連れて来るのを──待っているよ」
そう伝え、破壊神は背後に空間の亀裂を生み出し、姿を消した。
「……」
私は僅かに考え込むが……この状況、私だけの一存では決め切れはしない。
「──魔王さま」
執事のカータードが姿を見せ、私に声をかける。
「カータード。至急マカロら三人と、シフォン、そして各地の代者と遠識の鏡で繋いでくれ。
いよいよ本格的に破壊神の対応会議を、始めなくてはならない」
────
「──そう言う事が起こって、魔界中の代表者達とともに破壊神の対策会議が行われたわ」
破壊神がアビスシティとその住人全てを人質に取り、破壊神の半身……つまり僕を連れて来るように迫った事。僕とムースはシフォンからその事を聞いた。
「トルテを引き渡せだなんて……そんな」
「仕方ないわムース。破壊神は自分の力を取り戻したいと考えている、至って当然の事だわ」
「……会議の結果はどうなったんだ?」
僕はそう訪ねた。するとシフォンは少し間を開けた後、納得していない様子でこたえた。
「お父様と、そしてみんなとも話を進めて……そして一つの事が決まったの。
トルテを渡して力を取り戻してしまえばより大きな被害が出る。それなら、街を一つ犠牲にしてでも最大戦力で即刻破壊神を討伐すると」
「──っ!」
そんな事を決めるだなんて。アビスシティは大きい街で、無数の人間がいるはずだ。なのに……。
「そんな……事って」
「私も納得出来ないわ。だからトルテ──貴方の力が必要なの」
彼女からの提案。さらにこう話を続ける。
「これはお父様、魔王シュトレにも内密の事。
破壊神の提案によれば貴方と、それから一人まで案内として同行が許されているの。そしてお父様は今軍を集めているのに時間を取っている。
……だから総攻撃を仕掛ける前に私達で破壊神の元に向かって、先に倒してしまうの」
「「えっ!?」」
衝撃的な言葉。僕も、ムースも驚きの声が出る。
「一応確認するわ。トルテ──今は元の姿に戻っているけれど、またあの時の姿に……破壊神としての力を出すことは出来るかしら?」
その問いは僕に複雑な思いを抱かせる。けれど……。
「……うん。何となくだけど、あの時、自分の力を知ってからその出し入れは感覚的に出来るようにはなった。
やろうと思えば、だけど」
「良いわ。破壊神の力を半分受け継いでいるなら、恐らく対等に戦うことも可能なはずだわ」
「駄目だよっ!」
ムースが言葉を遮って反論する。
「……ムース」
「トルテを危ない目に遭わせるなんて……そんな事、させたくないよ」
僕を案じる彼女の気持ち。……分かっている、けれど。
「ありがとう、ムース。でも……ごめん。
街を救えるのは僕しかいないから。だから──破壊神を倒しに行かなきゃ」
僕は身体の奥に眠る力を呼び出すように、集中する。
自分の姿があの時のように、変化する感覚がある。そして変化を終えた僕は……扉に触れる。
「二人共、扉から離れていて」
シフォン、ムースが扉から離れる足音が聞こえる。彼女達が離れ終えた事を確認すると、扉に触れる手に力を集める。
(力の扱い方、要領は魔力を扱うのと大体同じだ。自分の中にあると知った……桁違いの力、力を抑えて集中して──)
その力を扉にぶつけて──結界ごと破壊する。
「結界をこうも容易く……さすがね。その姿も──」
「分かっている、シフォン。……ひどい姿だって言うのは僕だって。でも、僕のこの力で救えるものがあるなら」
これが僕の決意。破壊神の分身として生まれた僕が、成すべきこと。
「行こう。破壊神を倒しに」
必ず倒してみせる。けれど──。
僕はムースの傍に寄る。今の姿は化け物じみているはずなのに、ムースも怖がりもしないで僕の傍らに来て、抱きしめてくれる。
「こんな姿の僕を、想ってくれるんだ」
「本当に……行っちゃうの?」
「……うん。でも、きっと無事に戻って来る。
化け物かもしれないけれど、もし……本当にそんな僕でも構わないなら、その時にはムースと──」
僕が言葉を続けようとした時、ムースはぐっと顔を近づけて唇で塞いだ。
「んっ──」
内気な彼女に似合わない、いきなりのキス。傍で見ていたシフォンも目を丸くしていて、僕も同じように……驚いていた。
ほんのり温かくて、柔らかい感覚。それからムースは僕に言った。
「さっきも言ったから、トルテと一緒にいたいって……。
だから無事に帰って来て。──約束」
彼女からの言葉。僕はムースにいつものように笑顔を見せて応えた。
「うん──約束するよ」
────
僕とシフォンは城を出て、空を飛ぶ。
(翼は右にしかないけれど……魔力で飛べるみたいだ)
使う事は出来るけれど。自分の力にはいまだ慣れずにいた。
「ちゃんとしなさいよ。力に慣れていないのは分かるけれど、もうすぐ破壊神と戦う必要があるのだから」
シフォンはプディングに乗って先に飛んでいる。破壊神の指定した場所、その案内のために。
「ごめんなさい。本当に普通の人として暮らしていたのに、大変な事に巻き込んでしまって」
「シフォンが謝ることはないよ。だって、元々僕の生まれからして、いつかこうなる事だと思っているから」
破壊神の一部としての、自分。破壊神との決着はどの道いつか来たのかもしれない。シフォンはそう、と一言呟くと前を向き直す。それから少ししてから、ふいに僕に言った。
「ムースとのこと、ちょっと驚きだったわ。こうした状況であんな風に思えるなんて、きっとトルテへの愛は本物なのよね。
……ふふ、私もそんな素敵な人と、恋してみたいわね」
僕は無言で、こくりと頷く。
「うん……あの子のためにも、無事に帰らないといけないわ。
私だって魔王の娘として、人々を守る責任があるの。貴方を巻き込んで、お父さまに黙ってリスクを冒しているとも分かっている。
言う資格はないかもしれないけど、トルテ、貴方の事も守ってみせるから」
────
そうして、僕たちは破壊神が待つ場所……魔界の大荒野にたどり着いた。
僕、そしてシフォンは着地して目の前の相手を見据える。
「やぁ、来てくれて嬉しいよ、トルテ」
僕たち二人の前に立っていたのは、破壊神。身体の左背から生える幾つもの翼を開いて、僕と全く同じ顔を向けて薄く微笑む。それからシフォンの方にも目線を向けて、続ける。
「それに、シフォン。君が来るのも──”分かって”いたよ。一人だけ案内役として同行を許すと。ああ言えば、君が僕の半身を連れて来てくれるだろうって」
「……トルテと同じ姿をしていても、その上からな物言いは気に入らないわ」
シフォンは既に魔装を纏っていて、破壊神を睨む。
「良い表情だね。……まぁいい、二人共歓迎するよ。
トルテ……僕が君を連れて来た理由、分かるかな?」
破壊神からの問に、僕は少し躊躇った後で答えた。
「……僕の破壊神としての魂が目的、なんでしょ?」
「正解。一万年前の戦いで、僕の魂は分けられて力が半減した。だからそれを──取り戻したい」
やっぱりそれが目的か。……けれど、この後破壊神が続けた言葉は僕たちにとって意外なものだった。
「けれど……ただ奪うだけと言うのも、面白くない。例え自覚がないにしても君も僕と同じ、破壊神だ。──そこで一つ提案がある
トルテ、君と僕とで一騎打ちをしてみないか? 戦い、勝者が敗者の全てを取り込み力を得ることが出来る。……破壊神として相応しいと思わないか?」
「つまり……決闘しろ、と言うことなのか?」
要点をまとめれば、そう言うことだ。破壊神はにやりと笑い、頷く。
「その通りだよ。もし君が勝てば、アビスシティに設置した魔獣も自動で消え去る。
ここに来たのはそれが目的なんだろう?」
向こうからそう提案するとは思ってもみなかった。けれど、覚悟はしていた。
「本当に、僕が勝てたら全て救えるのか?」
「もちろん。君が望むなら」
なら答えは決まっている。
「分かった。その勝負──乗るよ」
破壊神は満足気な様子を見せる。一方、シフォンは一歩前に進み出て、そんな破壊神に言った。
「一騎打ちですって? 悪いけどトルテはこの間力に目覚めたばかり、不公平すぎるわ。
せめてハンデの一つはつけても良いじゃない?」
「ほう?」
「この勝負は一体二……私もトルテと一緒に戦う事を許可して欲しいわ。
破壊神同士の勝負、たった一人の援軍くらい大した違いはないはずでしょ?」
彼女からの提案。少しでも戦いを有利にするため、そして魔王の娘としての責任も入っている言葉。破壊神は構わないと、当然のように答えた。
「それくらいなら許してあげるとも。──ただし、君の消滅がいち早く訪れる結果になろうとも知らないが」
瞬間、破壊神から強烈な漆黒の波動が放出される。ただ立っているだけなのに思わず吹き飛ばされそうな程の圧力。これが破壊神の本当の力、なのか。
つい後ずさりそうになる。シフォンはそんな僕を叱咤した。
「呑まれないで、トルテ。そして忘れないで……貴方にも同じくらいの力があることを」
彼女は物怖じせずに破壊神と対峙していた。シフォンの言う通り、僕は自分の力を信じる。
(確かに普通なら発する波動だけでも強烈だ。でも──破壊神の力を引き出した今の僕なら、全然何でもない)
それに気づければどうってことはない。
破壊神──伝説上の世界の厄災を相手に僕は、僕たちは今……立ち向かう。